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東京地方裁判所 昭和54年(レ)98号 判決 1980年12月15日

控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という。) ナミコ・サイトウ・テイラー (日本名・斉藤なみ子)

右訴訟代理人弁護士 寺沢平八郎

被控訴人(附帯控訴人、以下「被控訴人」という。) 武蔵証券株式会社

右代表者代表取締役 清水達也

右訴訟代理人弁護士 上野襄治

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  原判決主文第二項を次のとおり変更する。

もし右引渡しの強制執行ができないときは、控訴人は、被控訴人に対し、金三二万六、〇〇〇円を支払え。

三  本件附帯控訴を棄却する。

四  差戻前の第二、三審及び差戻後の第二審における訴訟費用は、全部控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「一 原判決を取り消す。二 被控訴人の請求を棄却する。三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、「一 本件控訴を棄却する。二 控訴費用は、控訴人の負担とする。」との判決を求め、附帯控訴として原判決に対する仮執行の宣言を求めるとともに、その訴えを一部変更し、原判決主文第二項を「もし右引渡しが不能のとき、又は、日本国内において右引渡しの強制執行ができないときは、右引渡しに代え、本件口頭弁論終結の日(昭和五五年九月二二日)の東京証券取引所における右銘柄株式の一株当りの最終値による同株式一、〇〇〇株分の金員を支払え。」と変更するよう求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり附加するほか、原判決事実摘示第二の一、二項及び第三と同旨(ただし、乙第一号証の提出を除く。)であるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

一  請求原因1項のうち、被控訴人が証券取引法二条九項所定の証券会社であることを認める。

二  被控訴人は、三洋証券の有した株主権を民法四二二条によって代位取得したと主張するが、これは、東京証券業協会の昭和二四年一二月一〇日統一慣習規則の二「店頭売買事故株券及び権利の引渡未済の処理等に関する規則」(以下「慣習規則」という。)三条に従い、被控訴人が三洋証券に決済して取得したものである。しかし、三洋証券が本件の除権判決を理由として本件株券の名義書換えを拒絶されたのは、本件株券を買い受けてから約六か月間名義書換えをしなかったためであり、このように名義書換えが遅れたことは、株券の引渡しを受けたときは遅滞なく名義書換手続を行うことを定めた慣習規則一条に違反するから、本件株券は、慣習規則三条の対象とはならない。したがって、被控訴人は、慣習規則三条による決済に応じたとしても、民法四二二条による代位取得はできない。

(被控訴人の主張)

一  仮定主張

被控訴人は、昭和四八年二月一〇日、新興証券に対し、池貝鉄工株式五、〇〇〇株を含む一万八、〇〇〇株の買付けを委託し、新興証券は、同月一四日、東京証券取引所で右株式を買い付けた。そして、被控訴人は、同月一五日、新興証券から右株券の送付を受けたが、その中には、本件株券も含まれていたから、同日、本件株券の表章する株主権を取得した。被控訴人は、昭和四九年四月三日、新興証券に対し、右株券を含む池貝鉄工株式五、〇〇〇株の売付けを委託し、新興証券は、三洋証券に対し、同日、右株式を売り付け、同月八日、これを交付した。したがって、三洋証券は、同日、本件株券の表章する株主権を取得した。

以上のとおり、被控訴人は、昭和四八年二月一五日、証券市場を通じて本件株券を買い付け、その表章する株主権を善意取得し、三洋証券は、昭和四九年四月八日、被控訴人からこれを承継取得したものである。

二  控訴人の主張に対する反論

1  被控訴人は、慣習規則の適用を条件として賠償したものではないから、慣習規則の適用の有無は、被控訴人がした賠償の効力には関係ない。

2  池貝鉄工の決算期は九月末日であるところ、三洋証券は、昭和四九年九月一二日に本件株券の名義書換えを請求したので、慣習規則一条に違反しない。そして、本件株券が除権判決によって無効となったことは、三洋証券にとって損害であり、被控訴人が本件株券を新興証券を介して三洋証券に売り渡したときに事故原因が付着していた以上、被控訴人は、三洋証券に対して賠償責任を負わざるをえない。

(証拠関係)《省略》

理由

一  被控訴人が証券取引法二条九項所定の証券会社であることは、当事者間に争いがない。

《証拠省略》を考え合わせると、次の事実が認められる。

新興証券は、昭和四八年二月一四日、被控訴人からの買付け委託により、本件株券を東京証券取引所で買い付け、そのころ、これを被控訴人に交付した。被控訴人は、昭和四九年四月八日ころ、新興証券に対し、本件株券の売付けを委託し、新興証券は、右委託を受けて、同日ころ、三洋証券に対し、本件株券を売り付け、交付した。三洋証券は、同年九月一二日、池貝鉄工の決算期が九月末日であることから、その株式事務を処理する中央信託銀行に対し、本件株券の名義書換えを請求したが、同銀行は、本件株券について既に除権判決が確定していることを理由に、これを拒絶した。そこで、新興証券は、三洋証券に対し、また、被控訴人は、新興証券に対し、いずれも同年一〇月一五日ころ、慣習規則三条に基づく本件株券に代わる他の株券交付の請求に応じて、池貝鉄工株式一、〇〇〇株を譲渡し、引き渡した。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右に認定した事実によれば、被控訴人は、昭和四八年二月一四日ころ、本件株券の表章する株主権を善意取得し、昭和四九年四月八日ころ、これを三洋証券に譲渡したが、その名義書換えができないことから、同年一〇月一五日ころ、三洋証券に対し、慣習規則三条に基づき、他の池貝鉄工の株券を譲渡し、交付したものと認められる。

二  他方、控訴人が本件株券を含む池貝鉄工の株券合計二、〇〇〇株につき、盗難を理由として、昭和四八年一一月一五日、東京簡易裁判所に公示催告を申し立て、昭和四九年九月一二日、その除権判決を得、これに基づき、新たな池貝鉄工の一、〇〇〇株券二枚(ほA二八三七七号及びほA二八三七八号)の発行を受けたことは、当事者間に争いがない。

三  被控訴人の控訴人に対する本訴請求は、三洋証券の有した本件株券の表章する株主権を被控訴人が代位取得したということに基づく請求なので、まず、三洋証券が控訴人に対して株主権を主張しえたかどうかについて検討するに、盗難などによって喪失した株券に関する除権判決の効果は、右判決以後その株券を無効とし、申立人に株券を所持しているのと同一の地位を回復させるにとどまるものであって、申立人が実質上株主たることを確定するものではなく、喪失株券の除権判決は、右判決前に株券を善意取得した者の有する実質的権利になんら影響を及ぼさないものと解するのが相当である(東京高裁昭和五四年四月一七日判決、高民集三二巻一号七〇頁参照)。また、控訴人は、本件株券は、記名株式であるから、株主名簿の名義書換えをしない以上、株主権を取得しえない旨主張するが、名義書換えは、会社に対する対抗要件にすぎず、株主権の帰属を決めるものではないから、右の主張は理由がない。

以上の次第で、控訴人が除権判決を得た後も、三洋証券が本件株券の表章する株主権を有していたと解される以上、三洋証券は、控訴人に対し、右株主権に基づき、本件株券に代わって発行を受けた株券の引渡しを請求しうるものと認められる。そして、本件においては、控訴人が新たに発行を受けた二枚の一、〇〇〇株券のうち、どちらが本件株券の表章する一、〇〇〇株の株式について発行されたものであるか特定できないので、三洋証券は、控訴人に対し、新たに発行を受けた二枚の株券のうち、いずれか一枚の株券を引き渡すように求めることができるものというべきである。

四  次に、被控訴人が三洋証券の有した株主権を取得したかどうかについて検討する。

この点につき、控訴人は、三洋証券が本件株券の名義書換えを拒絶されたのは、慣習規則一条に違反して名義書換えを遅滞したからであって、このような株券は、慣習規則三条の対象とはならないから、右規則に従って決済した被控訴人が株主権を代位取得することはない旨主張する。しかし、既に認定したとおり、三洋証券は、昭和四九年九月一二日に本件株券の名義書換えを請求しており、これは、池貝鉄工の決算期である九月末日の前であるから、慣習規則一条に違反したとは認められず、本件株券が慣習規則三条の対象とならないとの控訴人の主張は、その前提を欠くもので理由がない。

そうすると、右の代りの株券の交付による決済は、名義書換不能による事故に関する慣習規則上の処理であって、直ちに損害賠償の内容をなすものと解することはできないけれども、被控訴人がその負担において新興証券を介し、三洋証券へ代りの株券を交付して決済した以上、民法四二二条の類推により、被控訴人は、三洋証券の有した株主権を取得したものと認められる。

五  以上によれば、被控訴人は、控訴人に対し、控訴人が除権判決に基づいて新たに発行を受けた池貝鉄工の二枚の一、〇〇〇株券のうち、いずれか一枚の株券の引渡しを請求しうるから、被控訴人が当審において訴えを一部変更し、右の引渡請求の強制執行が不能となった場合における履行に代わる損害賠償として、本件口頭弁論終結の日の東京証券取引所における最終値による一、〇〇〇株分の金銭の支払を予備的に求める請求は、相当として認めることができる。

そして、本件口頭弁論終結の日である昭和五五年九月二二日の東京証券取引所における池貝鉄工の株式一株当りの終値が金三二六円であることは、当裁判所に顕著であるから、被控訴人が引渡しを求める一、〇〇〇株の価額は、金三二万六、〇〇〇円となり、この金額が右株券の引渡しを受けられない場合に被控訴人が被る損害に相当するものと認められる。

よって、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないので棄却することとし、被控訴人の当審における訴えの一部変更及びその予備的請求の趣旨が、要するに強制執行が不能の場合にその代償を請求する趣旨であることから、原判決主文第二項を変更し、仮執行の宣言については、その必要がないものと認められるので、これを求める附帯控訴を棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安達敬 裁判官 小松峻 佐久間邦夫)

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