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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)8938号 判決 1979年10月12日

原告(甲事件別紙選定者目録(一)選定当事者) 田宮洋史

<ほか一二八名>

原告(甲事件別紙選定者目録(二)選定当事者) 川島健次

<ほか一〇名>

被告 シェル石油株式会社

右代表者代表取締役 エフ・ダプリュー・ピー・ベントリー

被告 シェル化学株式会社

右代表者代表取締役 デイー・エイチ・コルビル

右被告ら訴訟代理人弁護士 松崎正躬

右同 原慎一

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告ら)

一  甲事件について

被告シェル石油株式会社(以下、被告シェル石油と略称する)は原告田宮洋史に対し(1)金一万九八五一円およびこれに対する昭和四九年五月二六日から右支払済まで年五分の割合による金員、ならびに(2)金二六万九二〇一円およびこれに対する昭和四九年六月二六日から右支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

被告シェル化学株式会社(以下、被告シェル化学と略称する)は原告川島健次に対し金一万七二六五円およびこれに対する昭和四九年六月二六日から右支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

仮執行の宣言。

二  乙事件について

被告シェル石油は原告田宮に対し金一万二八八四円および内金一三八七円に対する昭和五三年一月二六日から、内金一三八七円に対する同年三月二六日から、内金一八五一円に対する同年四月二六日から、内金六九三円に対する同年五月二六日から、内金四八五七円に対する同年六月二六日から、内金二七〇九円に対する同年七月二六日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

被告シェル化学は原告川島に対し金九五三〇円および内金八三四円に対する昭和五三年一月二六日から、内金二〇七円に対する同年三月二六日から、内金一四六〇円に対する同年四月二六日から、内金四一七四円に対する同年六月二六日から、内金二八五五円に対する同年七月二六日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

仮執行の宣言。

(被告ら会社)

主文と同旨。

第二当事者の主張

(請求原因)

一  被告シェル石油株式会社(以下、「被告シェル石油」と略称する)は、石油製品の輸入・販売を業とする会社であり、被告シェル化学株式会社(以下、「被告シェル化学」と略称する)は、化学原料・化学薬品等の輸入・販売を業とする会社である(以下、両社を総して「被告ら会社」という)。別紙選定者目録(一)記載の原告田宮および選定者らは被告シェル石油の、同目録(二)記載の原告川島および選定者らは被告シェル化学の各従業員であり(以下、以上の当事者および乙事件原告らを総して「原告ら」という)、その構成する全石油シェル労働組合(以下、「シェル労組」と略称する)に所属する組合員である。

二(一)  甲事件について

シェル労組は、昭和四九年四月から五月にかけて六波にわたるストライキを実施した。甲事件原告らおよび選定者らは、別紙未払賃金目録(一)(二)「四月及び五月分ストライキ」欄記載のとおりストライキを理由として就業しなかった。

甲事件原告らおよび選定者らは、右目録(一)(二)「四月分組合欠勤」「五月分組合欠勤欄」記載のとおり組合活動により就業しなかった。

これに対し被告ら会社は、右目録(一)(二)「六月二五日支払いの賃金よりのカット額」欄記載のとおり甲事件原告らおよび選定者らのストライキおよび組合活動による不就業に対し所定の賃金支払日に(被告ら会社の賃金支払日は毎月二五日である)賃金控除を行い、同目録(一)(二)「未払賃金合計額」欄記載の金員の支払をしない。

(二)  乙事件について

シェル労組は、昭和五二年一二月から昭和五三年六月までの間数回にわたってストライキを実施した。シェル労組の組合員である原告田宮および同川島(以下、「乙事件原告ら」という)は、別紙未払賃金目録(三)「前月ストライキ」欄記載のとおりストライキを理由として就業しなかった。

乙事件原告らは、右目録(三)「前月組合欠勤」欄記載のとおり組合活動により就業しなかった。

被告ら会社は、右目録(三)「賃金カット額」欄記載のとおり乙事件原告らのストライキおよび組合活動による不就業に対し賃金支払日に賃金控除をし、同目録(三)「未払賃金合計額」欄記載の金員の支払をしない。

三  よって、原告らは被告ら会社に対し請求の趣旨記載のとおり甲事件および乙事件の各未払賃金の支払とこれに対する各支払期日の翌日から右各金員の支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する認否)

原告ら主張の請求原因事実は、すべて認める。

(抗弁)

一  被告ら会社は、給与規則の定めるところに従って原告らの賃金控除を行ったものである。

すなわち、給与規則第三一条(なお、昭和五四年一月現在の給与規則では第三二条)には「不就業による賃金控除」の定めがなされており、それによれば、「社員が、『組合活動による不就業(ただし、会社が賃金支給を認めているものを除く)』(第四号)、『争議による不就業』(第五号)の場合、不就業の時間数又は日数に応じて時間割基準賃金又は基準賃金日額を賃金より控除する」こととなっている。

原告らは、その主張にあるとおりストライキに参加してその間所定の労働に就業しなかったし、又、会社が賃金支給を認めた以外の組合活動に従事しその間所定の労働に就業しなかった。よって、被告ら会社は、右給与規則の定めるところに従って原告ら主張のとおりの賃金控除をしたものである。

二  被告ら会社は、昭和三三年住宅手当が新設されて以来従業員の組合活動による欠勤については給与規則の定めるところに従い、本給と同様住宅手当についても所定の賃金控除を行っており、又、昭和四五年春闘以降に行われた争議行為による不就業についても住宅手当は当然賃金控除の対象として来た。

昭和四六年五月一九日に家族手当を含む賃上げが妥結したが、その際被告ら会社は、「家族手当は、住宅手当と同様に基準賃金として毎月固定して支給されるものであるから組合活動あるいはストライキ等による不就業控除の対象となる。右手当のみを特別に扱う理由がない」旨を説明したところ、シェル労組は、会社の説明は一応理解出来るとして納得し、ただ住宅手当は時間外労働の割増賃金の基礎に算入することになっているのに、家族手当はこれに算入されないのは得心のいかない点があるので今後検討してみたいとのべたにすぎない。被告ら会社は、同年秋給与規則の改正を行い、家族手当を基準賃金の一つと定めた。

その後行われた労働協約締結交渉においても、シェル労組は、「就業時間中の組合活動に対しては、賃金を支給しない」「会社は争議行為中の不就業に対する賃金は支払わない」との会社側の提案を受け入れた。

このように、被告ら会社とシェル労組との度重なる長期にわたる交渉経過に照らし、賃金控除の対象となる賃金は、本給のほか住宅手当、家族手当を含むいわゆる基準賃金であると労使共に理解していたことは明らかであり、そのことは従来の長期にわたる慣行によって賃金控除の対象をかかるものとして理解し、かつその理解が十二分に定着していたものである。

(抗弁に対する認否および原告らの主張)

一  抗弁第一項の事実は認める。

二  抗弁第二項の事実は否認(なお、昭和四六年秋被告ら会社主張のような給与規則の改正が行われたことは認める)。

三  原告らの主張

(一) 労働基準法第二四条第一項によれば、「賃金は、通貨で直接労働者にその全額を支払わなければならない」と規定されている。ところで、同法にいう「賃金」とは、労働力の対価的性質を有する部分と、生活補助的性質を有する部分とに二分され、ストライキや組合活動による不就業の場合に賃金控除し得るのは前者に限られ、生活保助的部分については賃金控除できないというべきである。

又、労働基準法第三七条第二項は、いわゆる時間外労働、休日出勤に対して支払われる割増賃金の基礎となる賃金には家族手当、通勤手当等を算入しないと定めているが、これは明らかに賃金を労働時間と交換的に支払われるものと、そうでないものとに区分すべきことを示している。そして、家族手当等右割増賃金の計算基礎となる賃金に算入されないものは生活保助的部分に相当することは明らかである。

又、賃金をこのように二分する考え方は、最高裁判所の判決例(昭和四〇年二月五日民集第一九巻第一号五二頁、「明治生命事件」)をはじめとする多くの裁判例の説くところであり、すでに確立された考え方となっている。

被告ら会社の給与規則、退職金規定における賃金の取扱いは若干恣意的な感じは免れないが、基本的に被告ら会社も賃金二分論に立脚し、労働力の対価として支払う賃金として本給を定め、従業員たる地位に対して支払われる生活補助的性格を有する賃金として住宅手当、家族手当、通勤費手当、指定休日手当、当直手当、燃料手当、別居手当を定めている。そうであるとすれば、原告らのストライキや組合活動のための不就業に対し、その賃金の中の生活補助的部分の賃金である住宅手当、家族手当についてまでも控除することを定めた被告ら会社の給与規則第三一条は、労働基準法第二四条第一項に違反しているから同法第九二条第二項によって無効であるから、右給与規則第三一条に基づいて行われた本件賃金控除は無効である。

(二) 前記最高裁判所の判決によれば、「労動協約等に別段の定めがある場合」には、生活補助的部分の賃金であってもストライキによって控除しうるという。しかしながら、被告ら会社の就業規則、給与規則は、右の「別段の定め」に該当しない。

(1) 被告ら会社とシェル労組との間には、未だ労働協約が存在しない。

(2) 最高裁判所の裁判例がいう「労働協約等に別段の定めがある場合」とは、労使間の合意を重視する立場を明らかにしたものであり、労働組合の合意によるものでなければならないから、意見聴取義務のみで作製、変更される就業規則がこれに該当するとは言い難い。

のみならず、被告ら会社においては、就業規則およびその他の規程の改廃の際に、労働者の意見聴取すら行わないし、もちろん組合の意見を記した書面を添付して労働基準監督署に届出ることもしていない。このように被告ら会社の就業規則の取扱いは労働基準法に違反する粗雑、杜撰なものであり、又、家族手当の新設および手当額増額に際し、被告ら会社がシェル労組に意見を求めたらこれに反対である旨の意見を表明したであろうことは交渉の経過から明らかである。従って、単に就業規則等の諸規則、規程が存在するからといって、それが「労働協約等に別段の定めがある場合」に該当しないことは明らかである。

(三) シェル労組が、住宅手当、家族手当の賃金控除に同意した事実はない。シェル労組は、昭和四六年春闘以降の労使の交渉過程で主にこの点を繰返し主張したのでこの点についてのべる。

被告ら会社は、昭和四六年シェル労組の反対を押し切って家族手当を新設したが、同年五月一九日の妥結団体交渉においてシェル労組はストライキによる賃金控除は本給のみを対象にすべきであると主張し、その後、同年六月二九日の団体交渉においてもなお「家族手当は賃金控除の対象にはしえない。再検討を求める。」と主張した。

又、被告ら会社と同年秋から行われた労働協約締結交渉において、被告ら会社は、「時間内組合活動」あるいは「ストライキ」による不就業賃金控除を提案し、右事項について協議を重ねた後、シェル労組もこれらを受け入れるに至ったが、この間「控除すべき賃金の範囲」についての具体的な議論がなかった。従って、労使とも住宅手当、家族手当が賃金控除の対象に含まれるという当然の認識があったとは言えない。むしろ同年五月一九日、六月二九日の団体交渉でシェル労組が明らかにした考え方を基本にして協議交渉を行っていたものである。従って、シェル労組が、住宅手当、家族手当から賃金控除がされてきたという慣行を認めたものでない。

(四) 被告ら会社は、ストライキおよび組合活動のための不就業による賃金控除を長期間行って来たものであり、そのような「慣行」が成立していたと主張する。

賃金が、重要な労働条件であり、その決定にあたっては労使の対等協議を必要とするものである以上、賃金の支払、計算方法も当然協議の対象とならなければならない。又、労働基準法第二四条第一項が定めるように「書面による協定」なしに賃金控除はなし得ないのであるから右慣行もこれに該当し得るものでなければならない。とすれば、本件賃金控除は、「控除し得る賃金の範囲に関する違法性」と「書面による協定なしに賃金控除し続けて来た違法性」の二重の違法性をあわせ持つものである。従って、被告ら会社が主張する「慣行」は違法であることが明確な「慣行」であり何ら効力を有するものでない。

被告ら会社が主張する「慣行」は、昭和五一年五月一八日付「要求書」により「住宅手当、家族手当を不就労控除の基礎賃金としない」との要求を提出したときまでであり、それ以後慣行は存在していない。

まして昭和五三年九月一日に訴を提起した「乙事件」は明示の異議申立て以降の賃金控除に対するものであるから「慣行」を考慮する余地はない。

(原告らの主張に対する反論)

一  民法第六二三条および第六二四条は、賃金を労務者が「約シタ」労務の「報酬」であると規定し、労働基準法第一一条も賃金とは、「名称の如何を問わず労働の対償として、使用者が労働者に支払うすべてのもの」をいうと規定し、何れも賃金の本質は労働者の提供する労働に対する対価性にあることを規定している。従って、いわゆる生活保障的部分の賃金も少くとも右各条文に定められている「賃金」として支給されるものである限り、労働との対価性を有することは否定できない。のみならず、労働者がストライキを実施するにあたっては、労働契約上の権利義務から離脱し、使用者と敵対関係に立つものであり、このような場合においては、いわゆる生活保障的部分も含めて、すべての賃金について請求権を失うと解するのが妥当である。

二  被告ら会社とシェル労組との交渉経過については、抗弁第二項で主張したとおりである。

三  その余の原告らの主張はすべて争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因第一、第二項の各事実および抗弁第一項の事実は当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば次の各事実が認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。

1  被告ら会社は、シェル興産株式会社、シェル船舶株式会社、株式会社ライジングサンと共にいわゆるシェルグループを構成するものである。シェルグループの総従業員は約二五〇〇名で、そのうち被告シェル石油の従業員は約二〇〇〇名、被告シェル化学の従業員は約一九〇名である。シェルグループ間においては、役員も相当数が兼務しているほか、従業員も相互間で人事交流が行われている実情にある。又、就業規則・給与規則等もシェルグループ間では全く同一内容のものが制定施行されている。

2  シェル労組の結成から現在に至る経過は次のとおりである。

昭和二五年ころ、シェル石油従業員組合が結成され、昭和四五年にこれが全石油シェル労働組合と名称を変更した。ところが、昭和四七年九月ころ、シェル労組から現業部門の一部従業員が脱退してシェル従業員組合を、又、昭和四九年一〇月には支店・本社等の事務部門の一部従業員がシェル民主労働組合をそれぞれ結成し、昭和五二年二月にはこの二つの組合が合併して全シェル労働組合を結成するに至った。被告会社と全シェル労組との間では昭和五二年二月ころ労働協約が締結されたが、シェル労組との間では未締結の状態である。

なお、シェル労組の組合員数は約二〇〇名、全シェル労組の組合員数は約一五〇〇名であり、その他組合未加入者が約二〇〇名いる。

シェル労組は、昭和三三年ごろ、全国石油産業労働組合協議会に加盟した。

3  シェルグループ五社の主要な労働条件の改訂等に関してはシェルグループ五社から委任を受けた被告シェル石油人事部と各組合の中央執行委員会との間で団体交渉が行われ(これを通常「本部団交」と称している)、シェルグループ五社を共通に規律する協定を成立せしめ、それが実施されている。

4  被告ら会社の就業規則によれば、従業員に対する賃金に関する事項は、給与規則によって定められる旨規定されている。そして給与規則によれば、被告ら会社は、従業員に対し支給する賃金として、基準賃金(1)本給・(2)住宅手当・(3)家族手当、基準外賃金(1)通勤費手当・(2)特別勤務手当・(3)当直手当・(4)燃料手当・(5)別居手当、管理職手当・職務手当、一時金を定めている。又、従業員が(1)無断の欠勤、(2)組合活動による不就業(但し、会社が賃金支給を認めているものを除く)、(3)争議による不就業等の所定の理由により就業しなかった場合、不就業の時間数又は日数に応じて時間割基準賃金又は基準賃金日額を賃金から控除する旨定められている。

そして、右基準賃金日額については、「基準賃金(本給、住宅手当、家族手当)の二一分の一を基準賃金日額とする。ただし、守衛については二五分の一をもって基準賃金日額とする。通勤手当、別居手当及び時差出勤手当Bについては、それぞれ二一分の一をもって日額とする。ただし、守衛については二五分の一をもって日額とする。」旨の定めがあり、又、時間割基準賃金は、「という方式により算出する」とされている。

又、被告ら会社の就業規則・給与規則その他の諸規程によれば、(1)就業規則所定の病気休暇扱いを受けた従業員に対して、その休暇期間中について所定の勤務時間就業した場合に支給される基準賃金と同額が支給される。(2)特別勤務についた場合の割増賃金の計算基礎となる基礎基金は、本給・住宅手当・時差出勤手当Bを含むが、家族手当・通勤費手当・指定休日手当、当直手当・燃料手当・別居手当・資格手当は含まない。(3)指定休日手当・燃料手当・別居手当は、不就業控除の対象となっていない。(4)年二回支給される一時金および退職の算出にあたっては本給のみを基礎として算出することが認められる。

被告ら会社の基準賃金は、従業員が所定の労働条件のもとに稼働したことに対して支給される固定的な賃金であり、基準外賃金は、所定の労働条件外の労働に対して支給する変動的な賃金である。又、本給は、職務職能給的要素のみならず年令的要素を取入れることにより、生活保障的な機能をも包摂させるとの考え方のもとに賃金体系が構成されている。

5  シェル労組(当時はシェル石油従業員組合)は、昭和三二年ころ被告ら会社に対し、会社から社宅を供与されている従業員とそうでない従業員との間では住宅費の負担につき経済的な不均衡を生じているので、これを是正すべく住宅手当を新設してその差額分を補填することを要求した。そして、団体交渉を重ねた結果、昭和三三年春闘において被告ら会社も社宅供与者との間の経済的均衡を保つと共に被告ら会社の住宅問題に対する配慮の姿勢を示すためにシェル労組の要求を受け入れて住宅手当を新設することとなった。被告ら会社は、同年一〇月その旨の就業規則・給与規則を改正したが、そのなかで住宅手当を本給と共に基準賃金の一つと定めた。

6  シェル労組は、昭和四一年ころから昭和四四年ころにかけて、中高年層の生計の補助という名目のもとに家族手当の新設を要求したが、被告ら会社は、被告ら会社の本給には年令的要素を取り入れており、生活保障的な機能をも十分考慮されているとしてこの要求を拒否した。

その後、被告ら会社は、昭和四六年度春闘の際、「最近の若年労働者の不足に伴う初任給等の上昇は、中高年層と格差を縮小させる傾向が著しく、加えて、中高年層の生活費が特に扶養家族との関連において、若年層、扶養家族の少くない層に比べてかさむ事実は会社として充分認識している。この中高年層の生計費のかさみを是正するには、本給だけでなく、家族数に応じた手当を設定する方法がより実態に即した、きめの細かい解決策である」として家族手当の新設を提案した。しかし、シェル労組は、クリーン・エイジの原則に反することを理由に右提案に反対し、むしろ家族手当を本給に組入れるように要求して(当初はその全額の本給組入を要求していたが、後においてはその半分に限って本給組入れを要求した)その後三波にわたるストライキを行った。

しかしながら、同年五月一九日の団体交渉においてシェル労組も家族手当を新設することを受け入れるに至った。その際、被告ら会社は、「家族手当は、賃金体系として住宅手当と同様に基準賃金として処理する。四月・五月分の争議行為による基準賃金(本給・住宅手当・管理職手当・職務手当)に対する不就業控除分は、六月分の給与から控除する。今回新設の家族手当の支給は事務の都合上七月になるが、事務の煩雑をさけるため今回の争議行為に限り特に家族手当に対する控除は行われない。」旨通告し、従業員に対しても「社員のみなさんへ『賃金(家族手当を含む)の支払等について』」という昭和四六年五月二〇日付の書面を交付してこれを周知せしめた。これに対してシェル労組は、「ストライキを理由とする賃金カットは本給に限るべきであり、家族手当はいわゆる生活保障的部分の賃金の性格を有するものであるから、これをカットの対象とすべきでない。」と主張した。同年六月三〇日開催の団体交渉の席上においてもシェル労組は「家族手当を基準賃金にいれるというが、基準内の意味を明確にすべきである。又、現行給与規則九条、一〇条、三〇条からは、家族手当は賃金カットの対象になし得ないと考えるがどうか」とその主張を繰返した。しかし、被告ら会社は、「他社でも一般的に基準内で扱っている。住宅手当と同じようにノーワーク・ノーペイの原則でカットの対象とすべきであると考えるので、そのために規則を改定する」と答弁し、シェル労組は、「それでは、賃金カットの為にわざわざ給与規則を改正するとしかとれない。再検討を要求する。」と発言した。

被告ら会社は、この間の団体交渉の経過および会社側の基本的な考え方は「団交ニュース」あるいは「社員のみなさんへ」と題する書面等を通じて従業員に周知せしめると共に、シェル労組も「中闘速報」等で団体交渉の情況を組合員らに逐次報告していた。

被告ら会社は、昭和四六年秋に就業規則・給与規定を改正し、家族手当を本給・住宅手当と共に基準賃金の一つとした(この事実は、当事者間に争いがない)。

その後、シェル労組は、昭和四七年度春闘において、家族手当を本給に組入れることを要求項目の一つに加え、被告ら会社と団体交渉を重ねた。

7  被告ら会社とシェル労組の間で昭和四六年九月ころから労働協約締結交渉が開始されたが、この交渉で討議された協議内容を総括するものとしてシェル労組が「会社案・組合案・合意事項対立事項・問題点とそれに対する見解」を一覧にした書面を作成したが、その「合意の事項・対立事項」欄によると争議行為中の労働条件について「会社は、争議行為中の不就労時間に対応する賃金は支払わない」、又、組合活動と賃金について「会社は、就業時間中の組合活動には賃金を支給しない。ただし、団体交渉及び軽微な組合活動の場合は控除しない。現行の慣行を双方認め合意」との記載があり、シェル労組は、これらの諸点に関する会社案を受け入れ、合意が成立するに至った。

右労働協約交渉は、昭和四九年二月ころまでの間一七、八回にわたって行われたが、非組合員の範囲をめぐって合意が成立せず、結局、シェル労組と被告ら会社は労働協約を締結するに至らなかった。

なお、昭和四六年一一月二六日、シェル労組から「争議に関する協定書(組合案)」と題する書面の提示が行われた。それによると、「会社は争議行為中の不就業時間に対する賃金は支払わない」旨の条項が記載されていた。

8  被告ら会社は、昭和三一年ころ、本給等を基準賃金とする旨の賃金体系を定め、あわせて、従業員が、組合業務による欠勤(但し、会社との団体交渉の場合を除く)、無許可の欠勤等をした場合は、各不就労日につき、基準賃金月額を一か月の所定就業日数で除して算出した基準賃金日額を基準賃金から控除することを規定した。そして、その旨を「就業規則」と題する小冊子(後においては「社員ハンドブック」と改称した)を社員に頒布して周知せしめた。

9  被告ら会社は、昭和四一年九月、就業規則・給与規定等の改正を行い、新たに争議により就業しなかった場合を不就業による賃金控除の対象に加えると共に不就業の時間数又は日数に応じて時間割基準賃金又は基準賃金日額を賃金より控除することとした。そして、右改正についてシェル労組(当時はシェル石油従業員組合)等に意見を求めたが、一、二の支部組合あるいは組合分会から右改正には異議がある旨の意見が示されたほかは格別の反対もなかった。

被告ら会社は、就業規則・給与規定等の改正を労働基準監督署に届出たほか、従業員に対しては「社員ハンドブック」を頒布してこれを周知せしめた。

10  被告ら会社においては、従業員が組合業務あるいは争議により就労しなかった場合の賃金控除は次のとおりである。

(1)  組合活動による不就労の場合

昭和三三年ころの給与規則によれば、従業員が組合業務により欠勤(ただし、会社との団体交渉の場合を除く)をした場合については、「各不就労日につき、基準賃金月額を一か月の所定就業日数で除して算出した基準賃金日額を基準賃金から控除する」と定められていた。そこで被告ら会社は、従業員が組合業務を理由として一日欠勤した場合には、右給与規則の定めるところに従ってその都度賃金の控除をしていた。

その後、昭和四一年に就業規則・給与規則等の改正が行われ、従業員が、組合活動(従来の「組合業務」を「組合活動」と改め、又、「会社との団体交渉の場合を除く」とあったのが「会社が賃金支給を認めているものを除く」と改められた)により就業しなかった場合、「不就業の時間数又は日数に応じて時間割基準賃金又は基準賃金日額を賃金より控除する」こととなり、被告ら会社は、右給与規則に則って組合活動を理由とする不就業に対しては賃金控除を行い現在に至っている。

(2)  ストライキによる場合

従業員が、ストライキ等の「争議により就労しなかった場合」の賃金控除については、昭和四一年の就業規則・給与規則改正の際、新たに賃金控除項目の一に加えられた。

シェル労組は、昭和四五年に始めてストライキによる闘争を行ったが、これに対し被告ら会社は右給与規則の定めるところに従って本給および住宅手当の基準賃金に対して不就業賃金控除を行った。翌四六年にもストライキを行ったが、これに対しても同様の賃金控除をした(なお、この年に家族手当が新設されたが、事務上の都合から家族手当は賃金控除をしなかった)。その後、シェル労組が昭和四八年、昭和四九年、昭和五〇年に行ったストライキに対しても、基準賃金である本給、住宅手当、家族手当等から所定の賃金控除がなされた。

(3)  シェル労組と被告ら会社との間では、この間被告ら会社のストライキ・組合活動による賃金控除に関して格別の協議も行われることもなかった。ところが、シェル労組は、中央委員会の決定であるとして昭和五一年五月一八日付「要求書」を被告ら会社に交付し、「一時金、労働協約(重要項目)、合理化反対要求、思想信条の自由に関する要求」を提示したが、右労働協約に関する項目のなかに「住宅手当ならびに家族手当をストライキ等不就業控除の基礎賃金としない」との一事項があった。そして、それ以降被告ら会社との間で住宅手当・家族手当に対する賃金控除を不当とする旨の団体交渉が重ねられた。しかし、両者の意見は平行線をたどり、昭和五一年六月二四日本訴(甲事件)の提起に至ったものである。

二  原告らは、本件住宅手当および家族手当は、生活保障的部分の賃金であり、このような生活保障的部分の賃金は、従業員としての地位を保持することに対して支払われるものであるから、ストライキによる不就労という事実により影響を受けることなく当然に支払われるべきであるし、又、被告ら会社との間には右不就業賃金控除に関する「労働協約等に別段の定め」も「慣行」もないと主張する。

(一)  従業員は、労働契約により従業員としての一般的な地位を取得すると共に所定の労働力を使用者の下に提供して就労することを義務づけられ、これに対し使用者は「労働の対償」としての賃金を支払うこととなる。そして、現実に支払われている賃金をみてみると、日々の労働の提供に対応して交換的に支払われる部分(以下、交換的部分の賃金という)と生活保障的に従業員の地位に対して支払われる部分(以下、生活保障的部分の賃金という)とに大分され、ストライキによって控除し得る賃金は、労働協約等に別段の定めがある場合のほかは、拘束された勤務時間に応じて支払われる交換的部分の賃金としての性格を有するものに限られると解されることは、つとに指摘されるところである。

ところで、賃金に関する事項、すなわち具体的な賃金の額、賃金体系、賃金の査定又は計算および支払の方法、支払の締切および時期、その他支払条件等に関しては、それが強行法規あるいは公序良俗に反しない限り基本的には労働協約、就業規則あるいは慣行等によって規律される労働契約の定めに委ねられる。従って、従業員は、それが交換的部分の賃金であると生活保障的部分の賃金であるとを問わず、労働契約の定めるところに従って発生する賃金債権に基づいて所定の賃金の支払を受け得るのであって、従業員が、契約の本旨に従った労働の提供をしなかった場合、現実に就業しなかった時間あるいは期間等に対応する賃金請求権が発生しないとする旨労働契約に定めがあるときは、それに従うこともまた当然である。しかしながら、生活保障的部分の賃金については、その賃金の性質上、争議行為等を理由とする不就業の場合賃金を控除し得る等の別段の定めがない以上賃金控除が出来ないというにとどまるのであって、賃金が生活保障的部分の賃金に該当するからといってそれが直ちに具体的な賃金債権の発生要件をも覊束するものではない。

従って、原告らと被告ら会社との労働関係も当然労働契約に基づいて展開されているのであるから、賃金に関する事項、ことにストライキ等による不就業の場合における賃金控除に関する条項がどのようになっているか検討することを要する。

(二)  前記認定した事実によると、住宅手当は、昭和三三年に設定され、本給と共に基準賃金の一つとしての賃金体系が定められた。その後、昭和四一年九月従業員が争議行為により就業しなかった場合賃金が控除され得る旨給与規則が改正されたが、右改正にあたっては、シェル労組らから格別の反対意見も提示されることもなかった。そして、被告ら会社は、現実に右給与規定の定めるところに従って昭和四五年以降実施されたストライキによる不就業に対しては、所定の賃金控除を行ったが、昭和五一年五月一八日付「要求書」による要求が出されるまで右賃金控除が問議されることもなかった。

このような事情に照らすと、住宅手当の設定および争議行為による不就業の場合の賃金控除に関する給与規則の右定めはすでに労働契約の一内容として原告らをも拘束していると解すべきである。

(三)1  次に家族手当についてみるに、前記認定事実によれば、次のことが認められる

昭和四六年被告ら会社が、家族手当設定を提示したことに対しシェル労組らはいわゆるクリーン・エイジの原則に反するとしてその本給組入れ等を主張し三波にわたるストライキを実施した。しかしながら被告ら会社の提案どおり家族手当を設定することで妥結に至った。そこで、被告ら会社は、家族手当を基準賃金として処理することとし、それに必要な給与規則等の改正を行う旨シェル労組に通告し、従業員に対しても「社員のみなさんへ」と題する書面あるいは「団交ニュース」等を頒布して家族手当の取扱等に関する周知を図った。これに対しシェル労組は、「家族手当は生活保障的部分の賃金であり、又、給与規則の条項からして争議行為による不就労控除の対象とすることは相当でない。給与規則の改正は再検討を要する」との主張を繰返した。被告ら会社は、シェル労組のこのような意見をふまえて同年秋給与規則を改正し家族手当を本給・住宅手当と共に基準賃金に組入れた。その後、シェル労組と被告ら会社は、「争議に関する協定書」の作成交渉あるいは労働協約の締結交渉が行われたが、その過程においてシェル労組は争議行為中の労働条件として「会社は、争議行為中の不就業時間に対する賃金は支払わない」との原則を一応肯定する態度を示し、ことに労働協約締結交渉では右の点につき双方に合意が成立するに至ったものである。シェル労組は、昭和四八年、同四九年、同五〇年にそれぞれストライキを実施したが、これに対し被告ら会社は、右給与規則の定めるところに従って所定の不就業控除を行った。シェル労組は、昭和四七年に家族手当を本給に組入れるようにとの要求を提示したほか、別段の異議もなく経過したが、昭和五一年五月に至ってシェル労組から中央委員会の決定であるとの「要求書」が提出されたが、その中の労働協約に関する重要項目の一として「住宅手当・家族手当をストライキ等不就業控除の基礎としない」との提示が出されたものであり、その後この点に関する交渉を重ねたが、意見の一致に至らず本件訴訟の提起に至ったものである。

以上の経緯に照らすとシェル労組は、給与規則改正後、家族手当の設定および基準賃金への組入れについて格別の反対を表明していないのみならず、その後昭和四八年から同五〇年までの間実施されたストライキに対しては不就業賃金控除が行われたが、これについても昭和五一年五月一八日付「要求書」の提示に至るまでシェル労組と被告ら会社との間で団体交渉等の議題となったこともない。又、労働協約締結交渉の過程においても、昭和四八年にはストライキによる不就業に対し賃金を支給しないことで双方の意見が合致しているのであり、この場合、原告らが主張するように右賃金の具体的内容について協議がなかったことが認められるが、現行の賃金体系を改正すべきであるとの協議がなされる等特別の事情のない限り、現行の賃金体系が当然のことと認識されて労働協約締結交渉がなされたと認めるのが相当である。

そうであるとすれば、原告らは、給与規則の改正により家族手当を基準賃金として設定することを受け入れたと認めるのが相当であり、(又、後記認定のように右給与規則の改正を左右する事由も認め難い)、従ってそのような労働契約条項が成立したと解して妨げないと考える。そして、同時に争議による不就業控除についても当然労働契約の一内容としての拘束力を有していると認められる。なお、昭和五一年五月一八日シェル労組からなされた「住宅手当・家族手当をストライキ等の不就業控除の基礎としない」との主張は、それが提出された事情や「要求書」の記載内容に照らすと労働協約締結に関するシェル労組の基本的な考え方を摘示し被告ら会社に要求したものであるというべきであり、これがなされたからといって本件給与規則の効力が左右されるものでもない。

2(1)  原告らは、被告ら会社の給与規則の改正手続は、シェル労組等の意見をとっていないし、又、行政官庁への届出もしていない等杜撰なるものであるし、又、シェル労組は右改正について反対の意見を表明したものであるから右給与規則はこれをもって「労働協約等に別段の定め」があるとも認め難いと主張する。

賃金に関する事項は、労働契約の中で最も重要な事項の一つであることは多言を要しない。本件の場合、給与規則は就業規則と一体をなすものであるから、その改正には所定の手続を要するというべきであろう。従って、労働基準法に定める労働者の過半数で組織する労働組合の意見を聴くことが要請されている。ところで、意見を聴くことは、就業規則改正等に関して労働者に自由かつ十分な意見を陳述する機会が与えられ、このような労働者の意見が、使用者による就業規則変更手続上十分に反映考慮されかつ尊重されたと認め得る事実の存することをもって足りると解すべきである。

これを本件についてみるに、証人大倉圭四郎の証言によれば、被告ら会社が、本件給与規則の改正にあたって意見を聴いたことが窺われないわけではないが、同証人の証言はあいまいでこれを明確に断定することは出来ない。しかしながら、被告ら会社は、家族手当の設定につき労使間で妥結に至った際、これを基準賃金に組入れることを表明し、そのための給与規則を改正する用意があることを通告した。その後引続き行われた団体交渉のなかでも被告ら会社は、給与規則改正に関する基本的な考え方をのべ、これに対しシェル労組も「賃金カットのために給与規則を改正するしかとれない。再検討を要求する」等と発言し、右の問題についての協議が重ねられるという経過を経た後、被告ら会社は、昭和四六年秋給与規則を改正したものである。このような事情に照らすと、シェル労組は、給与規則の改正されることを当然認識しこれを前提としてそれに必要な意見を陳述したというべきであり、被告ら会社においてもこれに対し十分な説明をつくし、又その改正内容についても従業員に周知すべく配慮をしたと認められる。従って、被告ら会社が、給与規則を改正するにあたってシェル労組の意見を聴かなかった手続上の瑕疵があるとする原告らの主張は失当である。

又、右給与規則の改正について労働基準監督署長に対する届出がなされていないとしても、かかる届出は効力発生の要件でないから前記周知の手続をとった以上、右給与規則の効力の発生に支障がないというべきである。

(2) さらに、原告らは、給与規則の改正について反対の意見を表明したのであり、労使間に合意が成立したとは認められないと主張する。

前記認定した事実によると、原告らは、本件家族手当をストライキ等による不就業控除の対象とする旨の給与規則改正については被告ら会社に再検討を要求する等の意見表明をしており、必ずしも賛意を示していなかったものと認められる。

被告ら会社は、従来から本給に職務・職能給的要素と年令的生活保障的要素の二つの性格を包摂せしめていたが、その後の社会的・経済的情勢の変化から住宅事情、家族構成等の労働以外の事情によって本給にくい込む出費を余儀なくされ、ひいては本給が実質的に労働の対価に見合ったものでなくなったため、住宅手当・家族手当が設けられたものである。とすれば、住宅手当・家族手当の設定は、いわば本給をして労働の対価に見合ったものとする作用を営ましめるもの、すなわち本給の実質的な低減を補完するものとして設けられたと認められる。従って、被告ら会社における住宅手当・家族手当は、本給を補完し相互に相俟って従業員の所定の労働に対する対価となるのであって、交換的部分の賃金としての性格を有することも否定し得ないところである。それ故、住宅手当・家族手当は、本給に比して生活保障的部分の賃金としての色彩が濃いとしても、これを本給と共に基準賃金の一つとすることは、被告ら会社の賃金体系に照らして考えてみても何ら不都合でないと認められるし、その他就業規則・給与規則等の諸規定の調和を害しない範囲での改正と解される。

とすれば、家族手当を本給・住宅手当と共に基本賃金の一つとして支給する旨給与規則を改正し、あわせて争議・組合活動等による不就業控除の対象と規定したことは合理的な根拠があり、又新規定の内容も合理的なものと認められ、その他従業員の既得の利益を奪ったと評することも出来ないから、原告らの同意がなくても、原告らに対しその効力を及ぼすものといわなければならない。

(四)  次に、原告らは、住宅手当および家族手当等は、労働基準法第三七条の法意に照らしても生活保障的部分の賃金であることは明らかであり、又、ストライキ中といえども労働契約は有効に存在しているのであるから、ストライキによる不就業控除をすることは不当と主張する。

賃金を交換的・生活保障的部分の二つの性格をもつものに分類することは不都合でないし、労働基準法が時間外等の労働に対する割増賃金の算定にあたって家族手当・通勤手当等をその計算の基礎から除外しているのは(同法第三七条、同法施行規則第二一条)、こうした一面を肯定しているからであると解される。しかしながら、右規定の趣旨は、住宅手当・通勤手当等の生活保障的賃金は、労働基準法上時間外等の労働に対する割増賃金の基礎となる賃金に算入することを罰則をもって強制されないというにとどまり、実際にこれらを右割増賃金に算入することも可能であり、これらの点はもっぱら労働契約の定めに委ねられているというべきである。従って、被告ら会社の給与規則上住宅手当・家族手当が退職金、一時金あるいは時間外労働の割増賃金の計算基礎金額に算入されていないとしても、かかる事実をもってストライキによる不就業控除に関する規定を無効とする理由とはならない。まして、右給与規則は、従業員がストライキを理由に就業しなかった場合は、その不就業の時間数又は日数に応じて時間割基準賃金又は基準賃金日額を賃金から控除することを規定しているものであり、換言すれば、右不就業の場合には賃金請求が出来ないことを明示して定めたものであるから、ストライキ期間中労働契約が存続しているか否かが問題とされるところではない。

(五)  さらに、原告らは、被告ら会社が従業員がストライキあるいは組合活動により就業しなかった場合賃金控除することにつき書面による協定も存しないのであるから、被告ら会社の本件不就業控除は、労働基準法第二四条第一項に違反すると主張する。

しかしながら、同条で規定するところは、履行期の到来している賃金債権の一部を控除する場合の取扱に関するものであり、債務の本旨に従った労働の提供がない場合は、別段の定めのない限りその限度で賃金請求権が発生しないのであるから不就業控除については本来的に同条違反の問題は生じない。

(六)  以上認定したとおり、原告らと被告ら会社との賃金に関する事項は、すべて就業規則と一体となっている給与規則によって展開している。そして、給与規則のなかにストライキによる不就業の場合それに対応する時間割基準賃金又は基準賃金日額を賃金より控除する旨の明文の条項があり、右給与規則の効力を左右する事由も認められないから、当然これが労働契約の一内容となって当事者を拘束していることは明らかである。従って、従業員がストライキに参加し所定の労働の提供をしなかった以上、それに対応する賃金請求権が発生しないのは当然であり、結局、被告ら会社が、右給与規則の定めに従って原告らがストライキにより就業しなかった時間数又は日数に応じて時間割基準賃金又は基準賃金日額を賃金より控除した措置は相当というべきである。

三  次に、組合活動による不就業控除について判断する。

従業員は、労働契約に従って一定の労働力を一定時間使用者に提供することを義務づけられ、所定の労働時間中使用者の指揮のもとに就労しなければならず、労働協約・就業規則又は労使間の慣行等によって認容されている場合ならびに使用者の許可がある場合を除いて原則として就業時間中は組合活動を行うことは許されない。従って、就業時間中に組合活動を行う場合は、当該労働者の労働力は使用者の支配下から脱し、その限度において労働力の提供は行われていないのであるから、特段の定めのない限りこれに対する賃金債権は発生しないというべきである。

本件においては、給与規則によれば、会社が賃金支給を認めているものを除く組合活動による不就業の場合、その不就業の時間数又は日数に応じて時間割基準賃金又は基準賃金日額を賃金より控除する旨定められており、本給・住宅手当・家族手当等が右賃金控除の対象とされていることは、前記ストライキによる不就業賃金控除の場合と同様である。そして、右給与規則が有効であり、これが労働契約の一内容として当事者を拘束するものであることもすでに認定したとおりである。

従って、原告らが、組合活動により就業しなかった時間数又は日数に対応した賃金請求権は発生していないのであるから、被告ら会社が、給与規則の定めるところに従って不就業の時間数又は日数に応じて時間割基準賃金又は基準賃金日額を賃金から控除した措置を不当と認めることは出来ない。

四  そうとすれば、住宅手当・家族手当は、純然たる交換的部分の賃金とはいえず生活保障的部分の賃金としての性格を有するとしても、ストライキあるいは組合活動による不就業の場合賃金を控除し得る旨の給与規則の定めがある以上、原告らがストライキあるいは組合活動により就業しなかった場合それに対応した時間又は期間賃金の支払を受け得ないのは当然である。

従って、原告らの被告ら会社に対する甲事件および乙事件各本訴請求はその余の主張を判断するまでもなくいずれも理由がないのでこれをすべて棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 星野雅紀)

<以下省略>

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