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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)8085号 判決 1982年11月26日

原告 横山敬一

右訴訟代理人弁護士 西村眞人

同 河合喜代治

同 糸賀昭

同 小松昭光

被告 葛飾商工信用組合

右代表者代表理事 原田忠之輔

右訴訟代理人弁護士 原田策司

同 相澤建志

同 児玉康夫

右訴訟復代理人弁護士 井野直幸

主文

一  被告は、原告に対し、五〇〇万円及びこれに対する昭和五一年七月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  主文第一、二項同旨

2  仮執行の宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五〇年七月二九日、被告に対し、金子操名義で二五〇万円、金子肇名義で二五〇万円を、いずれも期間は一年、支払期日昭和五一年七月二九日、利率年七・八五パーセントとの約で定期預金(以下「本件定期預金」という。)として預け入れた。

2  仮に、右各預金の預金者が原告であると認められないとしても、右預け入れは、右各預金名義人の父で、被告と取引のある訴外金子繁(以下「金子」という。)の勧誘によるものであるが、金子は被告の貸付課長である訴外松原昭(以下「松原」という。)と共謀の上、昭和五〇年八月二日頃、原告に無断で、被告に対し本件定期預金の預金証書及び届出印鑑を紛失したと虚偽の申出をなし、預金証書の再発行と届出印鑑改印の各手続をなした上、再交付を受けた定期預金証書及び改印した印鑑を利用し、本件定期預金を同人の被告からの借入金債務の担保に供したところ、後日金子の被告に対する借入金と相殺処理されてしまい、原告は五〇〇万円の返還を受けられず同額の損害を被った。右原告の損害は、預金の勧誘から担保差入れまでの金子、松原共謀の上の一連の不法行為により被ったものであるから被告は、松原の使用者として右損害賠償の責に任ずべきである。

3  よって、原告は、被告に対し、主位的には、預金五〇〇万円及びこれに対する支払期日たる昭和五一年七月二九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、予備的に損害賠償金五〇〇万円及びこれに対する不法行為後の昭和五一年七月二九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  第1項の事実中原告主張の本件定期預金の存在は認めるが、その預金者が原告であることは否認する。

2  第2項の事実中本件定期預金につき預金証書の再発行と届出印鑑改印の手続がなされたこと、右各預金がその主張のとおり担保に供されて相殺処理されたことは認めるが、その余の事実は否認する。

三  抗弁

仮に本件定期預金の預金者が原告であるとしても、右預金債務はすでに消滅している。即ち、

被告は、昭和五〇年六月七日、訴外株式会社富士工芸(以下「富士工芸」という。)と信用組合取引約定を締結し、同約定に基づき、富士工芸に対し、同日、三、〇〇〇万円、同年八月二七日、二五〇〇万円を手形貸付の方法により貸付けた。

本件定期預金については、前記預金証書の再発行及び届出印鑑改印の手続がとられた後、富士工芸の代表者であり、右再発行後の預金証書及び届出改印の所持者である金子が、これを昭和五〇年九月一〇日富士工芸に対する右各貸付金債務の担保として被告に差入れた。

昭和五二年九月二一日当時、被告の富士工芸に対する右貸付金債権は、元利合計五、九二八万円であり、本件定期預金債務は元利合計五三五万九、一四二円であったところ、被告は、右同日、富士工芸との取引約定に基づき、本件定期預金債務の払戻をなして、これを右貸付金債務の弁済に対当額で充当した。従って、善意無過失の被告は、民法第四七八条の規定の類推適用により本件定期預金債務の消滅を原告に主張できる。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実中差引計算に関する経過事実は不知、その余の事実はすべて否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  《証拠省略》によれば、金子が代表者をする富士工芸は建築及び室内装飾を業とするが、昭和五〇年当時すでに経営悪化の兆しがみえ始めていたこと、富士工芸は、同年五月頃、被告に対し新規取引を申込み、被告の信用調査を経た上、同年六月七日、代表者の金子とその知人の田中館和夫を保証人として、被告との間で取引約定を締結し、同日、金子所有の居宅及び富士工芸所有の同社営業所を担保に供し、手形貸付の方法により被告から三、〇〇〇万円を借受けたこと、しかし、富士工芸代表者の金子は、同社の資金繰りが逼迫していたこともあって、被告から再度融資を受ける必要に迫られることは必至と予測し、予て知合の原告がもと全国信用組合連合会の職員をしていたこともあって、被告ら信用組合から融資を受けるについては顔のきく立場にあるといわれていたところから、原告に対し、富士工芸が被告から再度融資を受けるについての口添えを依頼したこと、そこで、原告は、同年七月、金子を伴って被告の店舗を訪れ、理事長に面会して富士工芸への融資につき配慮するよう要請したこと、これに対し、被告側では期待に副うよう努力すると答えるとともに、原告に対し預金面での協力を要請したこと、このようないきさつもあって、原告は、協力預金をすることとし、金子が融資を受けるにつき寄与するようにとの配慮から、その預金名義人として金子の子である「金子操」、「金子肇」の名義を使用し、各二五〇万円ずつ合計五〇〇万円の定期預金を被告に預け入れることにしたこと、そこで、同年七月二九日、原告は、その使用人で経理担当の訴外今野俊一(以下「今野」という。)に対し、現金五〇〇万円、金子から聞きとった右預金名義人両名の住所氏名を記載したメモ及び当日金子が持参した「金子」と刻された印章二個を手交し、右各定期預金の預入手続を依頼したこと、今野は金子と共に被告店舗に赴き、預金係カウンターの女子行員に現金五〇〇万円、金子名義の印章二個及び預金名義人両名の住所氏名を記載したメモを渡し、右両名名義による記名式定期預金の預入手続の申込をなしたが、同行した金子が富士工芸に対する先の融資担当者で当時の被告融資課長の松原に呼ばれてカウンター内の同人の席に行ったため、右現金等は同人の席に廻されて、定期預金申込書の作成等の預入手続は右松原の席で金子により行われ、本件定期預金証書も右松原の席でまず金子に交付され、次いでカウンター外の来店者用の椅子で待っていた今野に金子から二個の印章と共に手渡されたこと、そして、原告の許に帰った今野から、本件定期預金証書二通及び金子名義の届出印二個が原告に手交され、原告がこれらを所持し、保管していることを認めることができる(本件定期預金がなされたことは当事者間に争いがない。)そして、右認定に反する《証拠省略》は信用しない。

右に認定したところからすると、本件定期預金の預金者は金員の出捐者であり、かつ、その定期預金証書及び届出印章を所持している原告であるというべきである。

二  次に、《証拠省略》によれば、富士工芸は、昭和五〇年八月下旬、受取手形の不渡から手形決済資金を手当する必要に迫られ、同月二五日、代表者の金子は、再度被告に対し融資を申入れたこと、被告は、当初担保不足として難色を示したが、貸付担当者の松原から本件定期預金債権を担保に供するよう勧められ、これに対し、金子が本件定期預金証書及び届出印章が手許にないことを告げたところ、更に松原から紛失届出の手続をして証書の再発行を受けた上で担保に入れることを示唆され、本件定期預金債権と別途金子が本人と妻米子名義で各二五〇万円ずつ預入れる合計五〇〇万円の定期預金債権を担保とすることを条件として、二、五〇〇万円の貸付が決定され、被告から富士工芸に対し、同月二七日、二、五〇〇万円の貸付が手形貸付の方法により実行されたこと、そして、本件定期預金については、右二、五〇〇万円の貸出日と同日である同月二七日付で金子から預金者両名名義でまず改印届が出され、右貸付実行後である翌九月六日付で、同月二日紛失を理由とする預金証書の事故届が金子から預金者両名名義でなされたこと、これに対し、被告は、同月一〇日、金子に対し、証書の再発行をしたため、金子は、預金者両名名義を使用し、同日付で本件定期預金債権を右二五〇〇万円の貸付金債権の担保に供する旨の担保提供書を作成し、これを再発行を受けた預金証書と共に被告に差入れたこと、右担保差入は原告に無断でなされたものであるが、原告は、翌五一年六月頃になって、知人の知らせで本件定期預金債権が被告に担保として差入れられていることを知り、金子に問い糺したところ、同人は右事実を認め、同年七月一〇日までに被告と協議して右担保を取消し、再発行を受けた預金証書を廃棄する旨の念書を原告に差入れたが、当時すでに富士工芸は被告からの前記借入金の利息の支払も滞りがちとなっており、そのままに右日限を徒過したこと、そこで、原告は、本件定期預金の満期日たる同年七月二九日、前記今野ら使用人をして、被告に対し、原告が所持していた本件定期預金証書や届出印章を示し、本件定期預金の預金者は原告であるとして払戻請求をさせたが、被告は、本件定期預金はすでに担保に供されていることを理由に支払を拒絶し、その後二、三回交渉した挙句、漸く一週間位して、被告は、原告に対し、本件各定期預金について期間中の利息各一九万六、二五〇円を支払ったが、元金の払戻には頑として応じなかったこと、そして、被告は、本件定期預金につき切替の手続をとって預金関係を継続させた上、右の如きいきさつがあり、本件定期預金についての当初の預金証書及び届出印章が原告の手中に存することを承知しながら、昭和五二年九月二一日、富士工芸に対する前記二、五〇〇万円の貸付金債権と本件定期預金債権とを差引計算し、本件定期預金を右貸付金債務の弁済に充当する処理をしたことを認めることができる。そして、右認定に反する《証拠省略》は信用しない。

右に認定したところによれば、本件定期預金債権の担保差入れは、預金証書の差入れなしに行われており、預金証書については、貸付実行後に被告の貸付担当者松原の示唆により紛失を理由とする事故届の提出がなされ、当時は預入れ後未だ一か月を経たにすぎず、その額面額からしてもたやすく紛失することは考え難いところ、その紛失につき首肯し得る事情の説明がなされた形跡もないままに、届出後、僅か数日で預金証書の再発行がなされて、これを直ちに担保として差入れさせていること、そして、預金名義人と同姓であることを除いては、他に金子を本件定期預金債権の準占有者と目すべき特段の事情を認めるに足りる証拠はなく、かえって、前記認定のとおり、本件定期預金の預入に際しては、金子はその預入手続に関与していたとはいうものの、その場には預入された現金及び届出印章を所持する者が他に存在していたことは容易に窺知し得る状況にあったことを考慮すれば、前記二、五〇〇万円の貸付に当り、被告が金子を本件定期預金債権の準占有者であると信じたとすることには多分に疑問があり、また、かかる取扱をしたことにつき被告に過失がなかったと断ずることは困難であるといわなければならない。

従って、前記貸付金債権とその担保とした本件定期預金債権とを差引計算してなした被告の処理につき、民法第四七八条の類推適用による免責を認める余地はないというべきである。

三  よって、本件定期預金五〇〇万円及びこれに対する満期日たる昭和五一年七月二九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言については同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 落合威)

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