大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和53年(ワ)6707号 判決 1980年12月25日

本訴原告兼反訴被告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 河崎光成

同 肥沼隆男

本訴原告兼反訴被告 乙山一郎

右訴訟代理人弁護士 桜井英司

本訴被告兼反訴原告 市毛定男

右訴訟代理人弁護士 熊本正

右訴訟復代理人弁護士 岩田光史

主文

一  本訴被告(反訴原告)は、本訴原告(反訴被告)甲野太郎に対し、

1  別紙第一物件目録記載の土地についての、東京法務局中野出張所昭和五二年五月一六日受付第一〇四一二号持分全部の所有権移転請求権仮登記及び同法務局同出張所同年八月六日受付第一六八七七号持分全部移転登記の、

2  別紙第二物件目録記載の建物についての、同法務局出張所同年五月一六日受付第一〇四一四号所有権移転請求権仮登記及び同法務局同出張所同年八月六日受付第一六八七九号所有権移転登記の、

各抹消登記手続をせよ。

二  本訴原告(反訴被告)乙山一郎の請求を棄却する。

三  反訴被告(本訴原告)乙山一郎は、反訴原告(本訴被告)に対し、別紙第三物件目録記載の建物を明渡し、かつ昭和五四年一一月二一日以降右明渡済まで月額一〇万円の割合による金員を支払え。

四  反訴原告(本訴被告)の反訴被告(本訴原告)甲野太郎に対する請求および反訴被告(本訴原告)乙山一郎に対するその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、本訴原告(反訴被告)乙山一郎と本訴被告(反訴原告)との間においては、本訴被告(反訴原告)に生じた費用の二分の一を本訴原告(反訴被告)乙山一郎の負担とし、その余は各自の負担とし、本訴被告(反訴原告)と本訴原告(反訴被告)甲野太郎との間においては全部本訴被告(反訴原告)の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

(本訴請求の趣旨)

一  主文第一項同旨。

二  本訴被告(反訴原告)は、本訴原告(反訴被告)乙山一郎に対し、

1 別紙第一物件目録記載の土地についての、東京法務局中野出張所昭和五二年五月一六日受付第一〇四一一号持分全部の所有権移転請求権仮登記及び同法務局同出張所同年八月六日受付第一六八七六号持分全部移転登記の、

2 別紙第三物件目録記載の建物についての、同法務局同出張所同年五月一六日受付第一〇四一三号所有権移転請求権仮登記及び同法務局同出張所同年八月六日受付第一六八七八号所有権移転登記の、

各抹消登記手続をせよ。

三  本訴の訴訟費用は本訴被告(反訴原告)の負担とする。

(本訴請求の趣旨に対する答弁)

一  本訴原告(反訴被告)両名の各請求を棄却する。

二  本訴の訴訟費用は本訴原告(反訴被告)両名の負担とする。

(反訴請求の趣旨)

一  反訴原告(本訴被告)に対し、反訴被告(本訴原告)甲野太郎は別紙第二物件目録記載の建物を、反訴被告(本訴原告)乙山一郎は別紙第三物件目録記載の建物を、それぞれ明渡し、かついずれも昭和五二年八月一〇日以降右各明渡済までそれぞれ月額一〇万円の割合による金員を支払え。

二  反訴の訴訟費用は反訴被告(本訴原告)両名の負担とする。

三  仮執行の宣言

(反訴請求の趣旨に対する答弁)

一  反訴原告(本訴被告)の各請求を棄却する。

二  反訴の訴訟費用は反訴原告(本訴被告)の負担とする。

第二当事者の主張

(本訴原告甲野太郎主張の請求原因)

一  本訴原告(反訴被告)甲野太郎(以下、単に原告甲野という。)は、別紙第一物件目録記載の土地(以下、第一物件という。)所有権につき持分二分の一及び別紙第二物件目録記載の建物(以下、第二物件という。)の所有権を、それぞれ有している。

二  ところが、

1 第一物件の原告甲野の持分につき、本訴被告(反訴原告、以下単に被告という。)のため、昭和五二年五月一四日付売買予約を原因とする主文第一項1記載の仮登記及び同年八月六日付売買を原因とする同項1記載の登記が、

2 第二物件につき、被告のため、同年五月一四日付売買予約を原因とする同項2記載の仮登記及び同年八月六日付売買を原因とする同項2記載の登記が、

それぞれ経由されている。

三  しかし、原告甲野は、被告との間で、第一物件についての同原告の持分及び第二物件について売買予約契約及び売買契約を締結したことはなく、被告名義の右各仮登記及び登記はいずれも真実の権利関係に反し無効である。

四1  被告の答弁第三、四項の各事実は否認する。

2  同第五項の各事実中、被告主張のとおり、原告甲野が同乙山に対し、昭和五二年四月末ころ国民金融公庫との間に連帯保証契約を締結する代理権を授与したことは認めるが、その余は否認し、争う。即ち、

被告は同項において表見代理の成立を主張するが、本件物件は東京都内の土地及び建物であり、その価額も極めて高く、本件のような売買契約をなすにあたってはより慎重な調査行動の必要があり、また被告は不動産業も営んでいるからこのことは熟知していながら、本件売買契約成立までの間それまで一面識もなかった原告甲野またはその家族と一度も確認も接触の試みもさえせず、また被告は本件建物に賃借人が入居していたことは知っていたものであり、その主張の本件売買契約においては契約のわずか三か月後にこれをも含めて本件建物から退去して明渡す定めになっているところ、かかる短期間に売主はともかく賃借人も真実退去するかは疑問であり、かかる点に配慮をした形跡もない、などの諸点を考え合わせると、被告には原告乙山の代理権の存在を信ずるにつき過失があったものというべきである。

3  被告の答弁第六項の主張事実中、原告乙山が同甲野の代理権を有していたことは否認し、その余は不知。

4  同第七項の各事実は不知。

五  よって原告甲野は、被告に対し、所有権に基づき、被告名義の前記各仮登記及び登記の抹消登記手続をするよう求める。

(本訴原告乙山一郎主張の請求原因)

一  本訴原告(反訴被告)乙山一郎(以下、単に原告乙山という。)は、第一物件の所有権につき持分二分の一及び別紙第三物件目録記載の建物(以下、第三物件という。)の所有権を、それぞれ有している。

二  原告乙山は、被告との間で、昭和五二年五月一〇日、第一物件についての原告乙山の持分二分の一及び第三物件を被告に売却する旨の売買契約(以下、本件売買契約という。)を締結し、被告から手附金七〇〇万円を受領した。被告は、答弁第三項において、本件売買契約における売主は原告両名であり、原告甲野の所有する第一物件の二分の一の持分及び第二物件も売買の目的物とされていた旨主張するが、否認する。

三  本件売買契約においては、

1 昭和五二年八月九日に所有権移転登記申請をなし、かつ同日目的物件を明渡すこと

2 買主である被告が違約したときは、売主である原告乙山は催告を要せずして契約を解除できること

が約された。被告は、答弁第三項リ(ロ)記載の特約が結ばれた旨主張するが、否認する(同項のその余の部分については、前項末尾記載のとおり原告甲野の第一物件についての二分の一の持分および第二物件も売買の目的となっていたとの点は否認し、その余の部分は認める。)。

四  そして、原告乙山は、被告に対し、同人の要求により、本件売買契約締結と同時に、印鑑証明書、委任状、住民票等の書類を交付した。

五  ところが、被告は、右第三項1の約定に反し、原告乙山より預り保管中の右書類を利用して、約定登記日以前に、

1 第一物件の原告乙山の持分につき、被告のため、昭和五二年五月一四日付売買予約を原因とする本訴請求の趣旨第二項1記載の仮登記及び同年八月六日付売買を原因とする同項1記載の登記を、

2 第三物件につき、被告のため、昭和五二年五月一四日付売買予約を原因とする同項2記載の仮登記及び同年八月六日付売買を原因とする同項2記載の登記を、

それぞれ経由した。

六  そして、被告は、原告乙山に対し、右各登記受付日の昭和五二年八月六日の直後、土地建物の所有権を取得したとして直ちに明渡すよう強く求めるので、原告乙山は、右各登記は前記第三項1の約定登記日以前になされたものであり約定に違反していること、及び明渡期限が到来していないことを述べて再三にわたって右各仮登記及び登記の抹消を求めたところ、被告はこれに応じないのみならず、原告乙山に対し明渡を強要する態度であった。被告は答弁第七項において、原告乙山が被告に対し本件物件についての本登記手続をなすことを了承した旨主張するが、否認する(ただし、被告が答弁第六、七項で主張する期日に、被告主張のとおり、原告乙山が、合計一〇四〇万円を代金の一部として受領したこと及び登記申請に必要な一切の書類を被告に交付したことは認める。)。

七  そこで、原告乙山は、被告に対し、昭和五二年八月二日、前記第三項2の約定に基づき、口頭をもって本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。

八  よって原告乙山は、被告に対し、所有権に基づき、被告名義の前記各仮登記及び登記の抹消登記手続をするよう求める。

(本訴請求原因に対する本訴被告の答弁)

一  原告甲野主張の

1 請求原因第一項の事実中、原告甲野がもと所有者であったことは認める。

2 同第二項の事実は認める。

3 同第三項は争う。

4 同第四項2の原告甲野の主張は争う。

5 同第五項は争う。

二  原告乙山主張の

1 請求原因第一項の事実中、原告乙山がもと所有者であったことは認める。

2 同第二項の事実中、本件売買契約の内容は争う。

3 同第三項1の事実は認めるが、同2の事実は否認する。

4 同第四項の事実は認める。

5 同第五項の事実中、被告が原告乙山主張のとおりの各仮登記及び登記を経由したことは認めるが、被告が約定に反して各登記を経由したとの点は争う。

6 同第六項の事実は否認する。

7 同第七項の事実は否認する。

8 同第八項は争う。

三  被告は、原告乙山と、昭和五二年五月一〇日、次の契約内容により、第一ないし第三物件(以下、本件物件という。)を買い受ける旨の本件売買契約を締結し、同人に対し手附金七〇〇万円を交付した。

イ 売主 原告両名

ロ 買主 被告

ハ 売買代金 三六五〇万円

ニ 手附金 七〇〇万円(ただし残金授受のとき、売買代金の一部に充当する。)

ホ 中間金 一〇〇〇万円を昭和五二年五月二五日限り支払う。

へ 残金 昭和五二年八月九日限り所有権移転登記申請と同時に支払う。

ト 原告両名は、昭和五二年八月九日までに、本件物件を明渡す。

チ 本件物件には、契約締結時現在次のとおり所有権を阻害する負担があるので、被告が支払う売買代金をもって同人が順次これを抹消することとし、昭和五二年八月九日支払うべき残金は、右抹消に要した金員を控除して算出する。

株式会社第一勧業銀行 七〇〇万円(抵当権)

日建工業株式会社 五五〇万四〇〇〇円(抵当権)

古作木材株式会社 七〇〇万円(抵当権)

株式会社月山 五〇〇万円(根抵当権仮登記)

合計 二四五〇万四〇〇〇円

リ 特約として、

(イ) 被告は、右ホ記載の中間金一〇〇〇万円のうち五〇〇万円を、昭和五二年五月一四日に支払い、右金員をもって本件物件に附着する株式会社月山を権利者とする根抵当権の負担を抹消する。

(ロ) 右(イ)の五〇〇万円の支払と同時に、原告両名は、被告を名義人として、本件物件につき売買予約を原因とする所有権移転請求権仮登記手続を行なうとともに、同人に対し所有権移転登記手続に必要な一切の書類を引き渡すこと(これは、被告が原告両名に対し、この時点で売買代金の六九パーセントを支払うことになり、さらに第二回中間金五〇〇万円の支払で同八四パーセントを支払うことになるので、原告両名から被告に交付された印鑑証明書の有効期間中、適時に被告が所有権移転登記をしても、原告両名は異議を申し出ない旨の合意が右契約時に成立したためである。)。

四  原告乙山は、本件売買契約締結にあたり、同甲野のためにすることを示した。

五1  原告甲野は、本件売買契約締結に先立って、同乙山に本件売買契約締結及び代金受領の代理権を授与した。

2  仮にそうでないとしても、

(一) 原告両名は本件物件の購入に際し、ローンを利用したが、原告乙山はその返済を遅滞したため、国民金融公庫から融資を受けてその返済をすることを考えて昭和五二年四月末ころ、原告甲野に対し右借入に際しての連帯保証人となることを依頼したところ、同原告はこれを承諾して、そのころ原告乙山に対して同公庫からの金員借入の際連帯保証契約を締結する代理権を授与した。

(二) そして原告乙山は被告との間で本件売買契約を締結するに際し、被告に対し、同原告の所持する、原告甲野の実印および印鑑証明書、本件物件の各権利証、原告甲野の署名押印のある白紙委任状を示し、かつ被告に対し、原告甲野は妻同志を姉妹とする義兄であり、同人から一切任されている旨明言したものであるから、被告は原告乙山に契約締結および代金受領の代理権があると信じたものであり、右信じたことについては正当な理由がある。

六  被告は、売主兼売主原告甲野の代理人である同乙山に対し、昭和五二年五月一四日、右第三項リ(イ)の約定に基づき五〇〇万円を支払うとともに、同人から、本件物件について売買予約を原因とする仮登記申請及び売買を原因とする本登記申請に必要な一切の書類の引き渡しを受け、さらに同月二五日、同ホの約定に基づき第二回中間金として五〇〇万円を支払った。

七  さらに被告は、原告乙山に対し、同年六月二七日、四〇万円を支払ったが、同原告はその際被告に対し、同日支払の四〇万円を含めると代金の九〇パーセントが支払済になりまた印鑑証明書の有効期限がせまってもいたため、前記第三項リ(ロ)の約定のとおり、本件物件について移転登記手続をなすことを承諾したので、被告は同年八月六日、本件各本登記を経由した。

(被告主張の反訴請求原因)

一  本訴における被告の答弁第三ないし第七項記載のとおり、原告らと被告との間には本件物件についての有効な同所記載のとおりの売買契約が存在する。

二  右契約にもとづく原告両名の本件物件明渡義務の履行期昭和五二年八月九日は既に到来した。

三  同年八月一〇日以降の、原告甲野の居住する第二物件一階部分及び同乙山の居住する第三物件一階部分の相当賃料額は、それぞれ月額一〇万円である。

四  原告乙山主張の事実中、被告の既払の額が合計一七四〇万円であり代金残額が一九一〇万円であること及び現在残存している債権の元本額が一二九〇万円であることは認めるが、本件物件に附着する負担の抹消に要する費用額については争う。すなわち、古作木材株式会社の元本債権は七〇〇万円であるところ、利息年一割の約定があるので、昭和五四年一〇月二三日までで五年間と二一八日分の三九一万七九〇六円の利息が発生しており、これを加えると本件物件に附着する負担の抹消に要する金額は合計一六八一万七九〇六円となるから、被告から原告両名に支払うべき代金残額は二二八万二〇九四円である。右残代金の支払と本件建物の明渡が同時履行の関係に立つことは認めるが、被告は、昭和五四年一一月二〇日、右金員を東京法務局に弁済のため供託した。

五  よって被告は、本件売買契約に基づき、原告甲野に対し第二物件を、同乙山に対し第三物件を、それぞれ明渡し、かつ債務不履行による損害賠償請求権に基づき、いずれも昭和五二年八月一〇日以降右各明渡済まで、それぞれ月額一〇万円の割合による金員を支払うよう求める。

(反訴請求原因に対する原告両名の答弁)

争う。それぞれ各原告ら主張の本訴請求原因記載のとおりであるから、反訴請求は失当である。

(原告乙山の主張)

原告乙山は、被告から、売買代金として合計一七四〇万円を受領したので、代金残額は一九一〇万円である。

ところで、本件物件に附着していた負担のうち、現在残存しているのは、

株式会社第一勧業銀行   四〇〇万円

日建工業株式会社     一九〇万円

古作木材株式会社     七〇〇万円の合計一二九〇万円である。

そこで、代金残額一九一〇万円から本件物件に附着する負担の抹消に要する費用一二九〇万円を控除した六二〇万円の支払があるまで、原告乙山は第三物件の明渡を拒絶する。

第三証拠《省略》

理由

第一  本訴について

一  第一物件が原告両名の持分各二分の一ずつの共有であったこと、第二物件が原告甲野の所有であり第三物件が同乙山の所有であったことおよびいずれも被告名義の、原告甲野主張の請求原因第二項記載の各仮登記及び登記、同乙山主張の請求原因第五項記載の各仮登記及び本登記(以下、本件各仮登記及び登記という。)がそれぞれ経由されたことについては、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで本件売買契約の存否、内容、代金支払の経過および被告主張の表見代理の主張について順次検討する。

1  《証拠省略》を総合すると、

(一) 原告乙山は、昭和五一年一一月、同人を代表取締役とするA株式会社の事業資金とするため、同人の妻の姉の夫にあたる同甲野を連帯保証人として融資を受けることを計画し、同人には第二物件及び第三物件を建築するにあたって共同で利用した株式会社第一勧業銀行及び株式会社日建工業のローンの返済に充てるための借入である旨述べて、連帯保証人になることの了解をとりつけ、同年一一月一九日、原告甲野を連帯保証人として国民金融公庫からA株式会社名義で二〇〇万円を借り入れたこと

(二) 原告乙山は右借入金を所期の目的のとおりA株式会社の用途に費消し、原告甲野には右公庫からは金員を借り入れることができなかった旨虚偽の報告をしていたこと

(三) 原告乙山は、昭和五二年一月ころ、同甲野に無断で本件物件を担保として株式会社月山から融資を受けたが、その返済に窮し、本件物件を担保としてさらに融資を受けることを計画し、同原告の友人訴外丙川二郎(以下、丙川という。)に対し、右会社に対し借金があるので本件物件を担保として融資先を斡旋するよう依頼したところ、丙川から本件物件を買戻特約付で売却し、その代金のうちから六ないし七〇〇万円を同人及び同人の友人である訴外丁原三郎(以下丁原という。)に融資すれば、二か月程度で二〇〇〇万円にして返済するという話をもちかけられ、これを承諾して原告甲野に無断で本件物件の全部を買戻特約付で売却することを決意したこと

(四) 原告乙山は、昭和五二年四月二五、六日ころ、右のような事情を秘して、同甲野に対し国民金融公庫から借り入れができるようになったので再度連帯保証人になってくれるよう依頼したところ、同人もこれを承諾し同乙山に対して、連帯保証契約締結の代理権を授与するとともに同人の実印及び印鑑証明書交付申請に必要なカードを交付し、同乙山は右カードを利用して昭和五二年五月九日付で同甲野の印鑑証明書二通を入手したこと(ただし、同年四月末ころ、原告甲野が、同乙山に対して、連帯保証契約締結の代理権を授与したことについては、同甲野と被告の間に争いがない。)

(五) 丁原の友人栗原は久道重雄(以下、久道という。)に原告乙山を紹介し、同年五月七、八日ころ、同乙山、丙川、丁原、栗原、久道の五名が江古田駅前の喫茶店で本件物件の売却方について話し合い、そのころ久道は原告乙山に晴海不動産を紹介したこと

(六) 同じころ、市毛工務店を経営し、自らも不動産取引業を営む被告は、栄不動産稲村公稔(以下、稲村という。)から本件物件を紹介され、航空写真を見た上で直接下見に行き、本件物件の外観を調査したところ価格及び立地条件の点で満足したため購入を希望する旨稲村に申し出たこと

(七) 同年五月九日、原告乙山、丙川、晴海不動産従業員山口信也(以下、山口という。)、稲村及び被告らが晴海不動産に集まって本件物件の売却について交渉し、席上原告乙山は、同甲野の実印、印鑑証明書、同日丁原が原告甲野の氏名を記載し同乙山がその名下に同甲野の実印を押捺した白紙委任状及び本件物件の各登記済権利証(右各権利証は、同年一月、原告乙山が同甲野に無断で本件物件を担保に前記株式会社月山から融資を受けた際、原告甲野に無断で同会社に預け入れてあったのを、その時期は定かではないが原告乙山において同会社から返還を受け、所持していたものである。)を所持し、これらを被告らに示し、かつ被告らの「甲野さんは一緒に来られないんですか」「甲野さんという人はどういう関係の人ですか」という質問に対し、原告甲野は警察官であり勤務がまちまちで忙しいから来られないこと、同人は原告乙山の妻の姉の夫にあたること、同人から本件物件売却について一切任されていること等を述べたこと

(八) ところが、右同日には被告が手附金として一〇〇万円しか準備していなかったので契約締結にはいたらず、被告らは同日本件物件所在地に赴き、原告乙山の居住する第三物件の一階部分の下見をしたこと、しかしその際被告は壁一枚を隔ててこれと隣接する同甲野居住の第二物件の一階部分については、原告乙山が同甲野は不在であり、かつ同人宅と同一の間取りだというので調査せず、同甲野及びその家族と接触もしなかったこと、

(九) 翌昭和五二年五月一〇日、晴海不動産において、丙川、同不動産代表松本佐太郎及び山口らが同席したうえ、原告乙山は、被告と、本件物件中原告甲野所有部分については同人のためにすることを示して、被告の答弁第三項記載のとおりの本件売買契約(特約リ(ロ)の趣旨も被告主張のとおりである)を締結し、かつ不動産売買契約書と題する書面の売主欄に同人自身の署名・押印をするとともに、自ら原告甲野の氏名を記載し、名下にその実印を押捺して右契約書を作成し、さらに右契約書同様同人自身の署名・押印をするとともに、自ら原告甲野の氏名を記載し、名下にその実印を押捺した七〇〇万円の領収証と引き換えに被告から手附金七〇〇万円を受領したこと(ただし、目的物件の如何、売主及び特約リ(ロ)を除く本件売買契約のその余の内容並びに原告乙山が手附金七〇〇万円を受領したことについては、同原告と被告の間に争いがない。)、及び右の間被告は原告乙山が同甲野の代理権を有するものと信じていたこと

(一〇) その後、被告は、原告乙山に対し、昭和五二年五月一四日五〇〇万円、同年五月二五日五〇〇万円、同年六月二七日四〇万円を支払い、手附金を含めると合計一七四〇万円の代金支払が終了し、かつ右五月一四日には小野司法書士事務所において株式会社月山の根抵当権の負担の抹消手続がなされ、同時に原告乙山から被告に対し、本件物件の所有権移転登記手続に必要な一切の書類が交付されたこと(ただし、以上については、原告乙山と被告の間に争いがない)、そして同年六月二七日、被告から原告乙山に対し四〇万円が支払われた際、同原告は被告に対し被告が前記リ(ロ)の約定のとおり本件物件につき所有権移転登記手続をなすことについて承諾を与えたこと、等の各事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

2  前記第一項記載の争いのない事実及び前記1記載の各認定事実によれば、原告乙山は、同人を代表取締役とするA株式会社名義で国民金融公庫の融資を受けるにあたって原告甲野から連帯保証契約締結の代理権を授与されたところ、権限を踰越して同甲野に無断で、本件物件中同乙山の所有に属する部分の他、同甲野の所有に属する部分をも売却する旨の本件売買契約を被告と締結し、被告は同契約中特約リ(ロ)に基づいて本件各仮登記及び登記を経由したというべきであるから、原告乙山主張の請求原因事実中その余の部分について判断するまでもなく、被告が約定に反して本件物件中原告乙山所有部分について本件各仮登記及び本登記を経由したことを理由として本件売買契約を解除した旨の原告乙山の主張は理由がなく、また原告乙山が同甲野の授与した代理権に基づいて本件売買契約を締結した旨の被告の主張も理由がない。

3  そこで、被告が主張するように被告が、原告乙山に同甲野を代理して本件売買契約を締結する権限があったと信ずるにつき正当な理由があったかどうかについて以下検討する。

ところで、被告は市毛工務店を経営し、自ら不動産取引業を営む者であることは先に認定したところであるところ、代理人と自称する者が本人に無断でその所有にかかる土地建物の売却方を申し込むことはわれわれの経験上しばしば見られることであるから、右申込を受けた不動産取引業者としては、代理人と称する者が本人の実印、印鑑証明書、目的物件の登記済権利証及び外見上本人の署名・捺印のある白紙委任状等を所持し、これを示したとしても、なおその者に本人を代理して法律行為をする権限の有無について疑念を生じさせるに足りる事情が存する場合には、当該自称代理人の代理権の有無につき、本人に照会するなどしてその意思を確認する手段をとるべき義務があり、これを怠ってその者が右実印等を所持していたことのみにより代理権があるものと信じたに過ぎないときは、いまだ民法一一〇条にいう代理権ありと信ずべき正当の理由があったとはいえないというべきである。

これを本件についてみるに、《証拠省略》を総合すれば、原告甲野所有の第二物件一階部分には同人及びその家族が居住し、被告もこれを知っていたこと、原告甲野は昭和五二年五月の七、八日ころ、九日および一〇日の三回にわたる本件売買契約締結に関する交渉に一度も立会わず、被告もこれを知っていたこと、及び被告は本件売買契約にいたるまで原告甲野とは一面識もなかったことを認定することができ、かつ原告甲野と同乙山はその妻同士を姉妹とする義兄弟であり被告もこれを知っていたことは前記認定のとおりであり、本件のように他の代理権が授与されそれに伴って本人の実印、印鑑証明書等が交付されることは少なからずありうることであるから結局被告は、原告乙山が本件売買契約締結の代理権を有するか否かについて疑問を抱いてしかるべき状況にあったといわなければならない。

しかるに、被告は、原告乙山の代理権の有無について本人たる同甲野に照会するなどしてその意思を確認する手段をとった形跡は全くなく、むしろ前項で認定したとおり、被告は、本件売買契約締結に先立つ昭和五二年五月七、八日及び九日の二回にわたって本件物件の下見をし、なかんづく九日には原告乙山宅を訪問しその内部を調査しながら、壁一枚を隔ててこれと隣接する同甲野宅については同乙山が同甲野は不在であり、かつ同人宅も同乙山宅と同一の間取りだからというので挨拶すらしなかったというのであるが、本件物件は東京都内に所在する土地及び建物であって、通常人にとっては高額な不動産であり、しかもその一部が現に原告甲野及びその家族の居住するところであった以上、同甲野が真実売却の意思もっていたとすれば、その家族も当然これを知悉しているはずのことは容易に想像されるのであって、原告甲野宅を訪問して同人の妻等に同人の意思を確認することすらしなかった被告の右行動は軽率の謗を免れず、結局被告は、原告乙山が同甲野の実印、印鑑証明書、本件物件の各登記済権利証及び外形上同人の署名・捺印のある白紙委任状を持参しこれらを提示したことから、同人の言をうのみにして同人に原告甲野の代理権があると軽信し、本件売買契約を締結したものであり、被告に原告乙山が代理権を有していたと信ずべき正当の理由があったものということはできないしまたそのように信じたにつき過失があるというべきである。したがって、表見代理が成立する旨の被告の主張は失当というべきである。

三  そうすると、本訴請求中、原告甲野の請求は理由があるからこれを認容し、同乙山の請求は失当であるからこれを棄却すべきものである。

第二  反訴について

一  反訴請求中、原告甲野と被告との間に本件第一物件についての同原告の持分および本件第二物件について、有効な売買契約が締結されたことを理由とする原告甲野に対する請求が理由のないことは本訴に対する判断から明らかであり、同原告に対する反訴請求は失当として棄却すべきものである。

二  原告乙山が本件物件について被告との間で売買契約をなしたものであることは本訴において判断したところであり、また右契約において同原告が被告に対し、昭和五二年八月九日限り本件建物を明渡すことを約定したものであり、また同原告と被告が、被告において本件物件に附着する負担(同原告の他に対する債務の担保のため設定された抵当権等)について右売買代金中から支払ってこれを抹消し、残余を同原告に交付する旨約定したものであることは、いずれも前記判断のとおりである。

そして同原告は反訴に対する答弁において右売買代金残額の支払と本件第三物件の明渡との同時履行関係を主張するものであるところ、同原告の主張中、被告の支払うべき売買代金残額が一九一〇万円であり、また本件物件に附着する負担として現在同原告が負っている債務の元本額が合計一二九〇万円であることについては当事者間に争いがない。しかし《証拠省略》によれば、同原告の負担する右債務のうち古作木材株式会社に対する元本七〇〇万円の債務については年一割の利息の支払約定があり、昭和五四年一〇月二三日までの右割合による利息をも右債務額に加えると、被告が売買代金中から出捐すべき負担抹消のための額は合計一六八一万七九〇六円となるものと認められ、これに反する証拠はなく、また《証拠省略》によれば被告は昭和五四年一一月二〇日同原告に支払うべき前記一九一〇万円から右一六八一万七九〇六円を控除した残代金二二八万二〇九四円を東京法務局に弁済供託したことが認められるから、同原告は本件第三物件についての明渡義務につき同月二一日以降遅滞に陥いったものであり、同原告の同時履行の主張は理由がなく失当というべきである。

そして本件第三物件の右時点における賃料相当額が月額一〇万円を下廻らないものであることは《証拠省略》によって認めることができこれに反する証拠はないから、同原告は被告の請求に従い本件第三物件を明渡し、かつ遅滞後の昭和五四年一一月二一日以降右明渡ずみまで月額一〇万円の割合による損害金を支払う義務があるというべきである。

よって被告の同原告に対する本件反訴請求は右限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却すべきものである。

第三  以上の次第で訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用し、被告の仮執行の宣言の申立については、その必要がないから却下して主文のとおり判決する。

(裁判官 手島徹)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例