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東京地方裁判所 昭和53年(ホ)3282号 決定 1978年12月05日

被審人 山内正夫

主文

被審人を過料五〇万円に処する。

手続費用は被審人の負担とする。

理由

一  申立人を東京保育所労働組合(執行委員長尾崎璋枝、以下「組合」という。)、被申立人を被審人とする都労委昭和四九年不第一〇三号事件について、東京都地方労働委員会は、昭和五〇年一月二一日付で、別紙命令書主文1ないし3のとおりの命令を発した。被審人の再審査申立(中労委昭和五〇年不再第一五号)に対して、中央労働委員会は、昭和五〇年九月一七日付で、「本件再審査申立てを棄却する。」との命令を発した。被審人は、更に、中労委を相手方として、中労委が発した右命令の取消を求める行政訴訟を提起したが(当庁昭和五〇年(行ウ)第一二九号事件)、翌五一年六月一八日右訴を取下げた。

被審人は、前記救済命令の確定後「組合」が昭和五二年七月一〇日付、同月二三日付各内容証明郵便をもってなした山村ルミ(以下単に山村という。)の原職復帰についての団体交渉申し入れに応ぜず、また、同命令主文2で命ぜられた掲示を全然履行していなかったことにより、当裁判所(当庁昭和五二年(ホ)第五六四五号中労委命令不履行過料事件)において昭和五三年二月三日付をもって過料五〇万円に処せられた。

また、山村と被審人間の解雇をめぐる訴訟事件の決定、判決としては別紙命令書理由第1、3記載のものがあるほか、山村の被審人に対する昭和四七年一〇月一日以降の調整手当等の請求を認容した当庁昭和五〇年(ワ)第二五〇七号賃金請求事件の確定判決があり、他に関連事件として、山村が被審人及び野田清昭(以下単に野田という。)を相手方として、被審人が東京高等裁判所昭和五一年(ウ)第二五一号強制執行停止申立事件について保証として供託した東京法務局昭和五一年四月七日金第三、二〇九号にかかる金二〇〇万円の供託金取戻請求権につき、山村と被審人及び野田との間において、被審人が右取戻請求権を有することの確認を求めた当庁昭和五二年(ワ)第九二〇四号詐害行為取消請求事件があるが、同事件については昭和五三年六月一九日原告勝訴の判決が言渡された。

以上の事実は本件記録により、容易にこれを認めることができる。

二  また、本件記録によれば、前記過料決定後の労使間折衝及び団体交渉の経過は次のとおりと認められる。

第一回団体交渉(昭和五三年二月二〇日)について

「組合」は被審人に対し、同月一〇日付(内容証明郵便によるもの、以下日付のみ記載)で山村の職場復帰に伴なう要求事項書を送付すると共に、別に同日付で交渉期日同月二〇日、交渉場所墨田三愛学園、交渉事項山村に対する解雇撤回と無条件職場復帰、バックペイ等支払いの件とする団体交渉を申し入れたところ、被審人は同月一四日付で「団体交渉申し入れを受諾する。バックペイについては山村が就労命令に応ぜず、一日も出勤していないから適法な賃金以上は支払わない。」と回答した。

同月二〇日「組合」側は山村のほか執行委員長渡辺慧子、代理人弁護士板垣光繁らが、被審人側は本人と被審人の経営する山内商事(株)の取締役である前記野田清昭及び園児父兄らが出席し、交渉が行なわれたが、第一回目であり、具体的な討議がなされるまでには至らなかった。

第二回団体交渉(同年三月二二日)について

亀戸勤労福祉会館内の亀戸労政事務所図書室において行なわれ、「組合」から同日の交渉事項として、山村について、1、正規の保母として都に提出する職員名簿に登録すること、2、クラス担任をさせること、3、賃金は都の行政職六等級一一号俸と同額を支給することの三項目の要求が示されたところ、被審人は3については受諾する、2については保母黒田と共同担任させたい旨回答した。しかし、1については園児数に見合った保母が登録されているから欠員があれば登録してもよいと回答し、更に「組合」側が都から三愛学園勤務の全職員は九名であると知らされたので保母数を明らかにして欲しいと要望したのに対し、被審人は全職員九名ではないと否定する一方、保母数等も明らかにせず、都で再調査してくるように求めたので同項については合意に至らなかった。

第三回団体交渉(同月二九日)について

冒頭「組合」側から再調査の結果三愛学園の保母が九名であり、前回全職員九名と述べたのは誤りであったことが判明したので前回の発言を撤回する旨の発言がなされた。

被審人から山村のクラス担任について保母黒田が山村との共同担任を承諾しないので副園長である被審人の長女と共同担任させる旨の回答がなされ、その他復帰に伴なう社会保険の加入手続等についても若干の話合いがなされたが、被審人は「組合」の執行委員長の個人問題や「組合」側の代理人弁護士が交渉に出席していることについて揶揄、批判したり、或は救済命令不履行による過料の話を持ち出したりして真剣に応答しようとしなかった。

第四回団体交渉(同年四月一七日)について

前回期日に次回交渉日同月三日と決められ、その後、「組合」側の東都ブロック共闘会議墨田区労働組合連合会の小林基悦と被審人間で未払い賃金等の件について話合いがなされたが、まとまらず、同日の期日は延期された。その後「組合」は同月五日付で交渉期日同月七日、交渉場所墨田三愛学園とする団体交渉の申し入れをしたが、被審人から何の回答もなく、「組合」役員らはやむなく当日墨田三愛学園に赴いたが、被審人は不在であった。そこで更に「組合」は同月八日付で交渉期日同月一一日とする団体交渉の申し入れをしたが被審人から回答がなかった。当日「組合」役員らが墨田三愛学園に赴いたが、被審人は不在であり、帰る途中被審人に出合ったので漸く団体交渉を申し入れたところ、被審人は同月一七日の交渉を約した。

同日は「組合」の執行委員長からそれまでの団体交渉の経過、合意事項(六項目)等を整理して説明がなされ、妥結に至っていない未払い賃金、解決金についての要求がなされた。被審人は「原職復帰に伴なう六項目は要求を受諾した。賃金もこれから仕事に就けばその分は支払う。しかし、解雇後復職までの分は山村が就労しなかった以上一銭も支払わない。」と発言し、話合いに応じようとしなかった。「組合」側は再三にわたり紛争経過等を説明し、話合いに応じるよう説得したが、被審人は未払い賃金、解決金等を請求するのは不当であると非難し、同日は賃金問題について討議に入ることなく終了した。

その後の経過

第四回期日において次回交渉日同月二〇日、交渉場所亀戸労政事務所と約されたが、被審人は同月一八日付で「多勢に無勢で労働会館の密室では不穏当な事態が生じないかと心配である。同月二〇日の交渉場所は墨田三愛学園にして欲しい。未払い賃金はビタ一文支払わない。」と通告してきたので「組合」は小林基悦を通じて確認したところ、被審人が「金の話なら一切応ずるつもりはない。」と回答したので改めて期日について申し入れする旨通告した。

「組合」は同月二一日付で交渉期日同月二八日、交渉場所墨田三愛学園、交渉事項未払い賃金、解決金について、回答期限同月二六日とする団体交渉の申し入れをしたが、被審人からは何ら回答がなかった。そこで同月二八日「組合」役員らが墨田三愛学園に赴いたが園舎は施錠されており、被審人も現われなかった。

また、「組合」は同年六月一〇日付で未払い賃金、解決金について交渉期日同月一九日とする団体交渉の申し入れをしたが、被審人からは回答期限である同月一六日までに何らの回答もなされなかった。

三  そこで被審人に救済命令不履行の事実があるかについて検討するに、第三回期日までの団体交渉においては、一応山村の原職復帰に伴なう労働条件についての話合いがなされ、「組合」側の要求した六項目については被審人が受諾するに至った(第三回までの交渉経過からはその合意内容等判然としないが、第四回期日の冒頭で当事者間において合意が成立したことの確認がなされている。)のであるから、被審人が形式的に団体交渉に応じたにすぎず、実質上はこれを拒否したとまで評価することはできない。

しかし、その後「組合」が団体交渉の申し入れをしたのに被審人は何ら回答せず、前記経過のもとに漸く第四回交渉に至ったのに、被審人は未払い賃金等については一銭も支払わないと回答し、話合いに応じようとしなかったのである。成程、一般に団体交渉において使用者は組合側の要求に応じなければならないものではなく、いわゆるゼロ回答をすることもあり得るところであって、解決金に関する限り被審人の態度を不当と評価することはできないけれども、前記合意に至った六項目は今後の就労に伴なう手続的、附随的事項とも評価し得るうえ、山村解雇をめぐる本件争いについては既に地位保全の仮処分、地位確認、賃金支払いの本案の各事件において「組合」側の主張が認められ、その勝訴のうちに終っているのである。かかる場合、被審人が考慮すべき事項は自ら限定され、「組合」の要求に対し被審人は有額の回答をするか、或はその他の対案を用意し、提示せざるを得ない立場におかれているということができる(なお、七月六日当裁判所は被審人に対して口頭による意見陳述の機会を与えたところ、被審人は言を左右にしつつも「未払い賃金は三〇〇万位支払う気持がある。直ちに相手方に団体交渉を申し入れる。」と述べたが、その後同月二〇日に同日付で団体交渉を申し入れた旨の内容証明郵便を送付してきたのみであった。)。かかる事情を考慮すると第四回団体交渉における被審人の回答、態度は本件紛争の発端を無視した著しく不当、不誠実なものであって法の定める団体交渉応諾の義務をないがしろにしたものといわねばならない。

またこのように被審人が「組合」の要求を真剣に検討し、遂に交渉決裂状態となったとはいえない以上、その後の「組合」のなした団体交渉申し入れについての被審人の対応は同様に団体交渉を不当に拒否したとの評価を免かれない。

四  以上のとおりであるから前記第四回団体交渉期日以降、被審人の意見を聴取した同年七月六日までの間被審人は「組合」との団体交渉を拒否し、前記救済命令主文1を履行しなかったというべく、更に第前記過料決定後同日までの間同主文2で命ぜられた掲示を全然履行していないことも被審人が自認するところであって、これらの事実は労働組合法二七条九項、三二条後段に該当する。よって同条所定の範囲内において被審人を過料五〇万円に処し、手続費用の負担につき、非訟事件手続法二〇七条四項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 牧弘二)

<以下省略>

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