大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和52年(ワ)9928号 判決 1979年7月03日

原告 伊藤光男

被告 五十嵐政治

主文

一  被告は原告に対し金二〇〇万円及びこれに対する昭和五二年六月一四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はその五分の四を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金二五〇万円およびこれに対する昭和五二年六月一四日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  被告は本多不動産の商号で不動産取引業を営む者であるが、昭和五二年四月二〇日原告との間で、坂井賢三の代理人と称して、別紙物件目録記載の土地(以下、本件土地という)を、同地上に被告が建築する床面積七六平方メートルの木造家屋(以下、本件家屋という)と共に一括して、坂井賢三が次のような定めで売渡す旨の売買契約を締結した(以下、本件契約という)。

(1)  代金

一四六六万円

(2)  手附

五〇万円(右代金に充当する)

(3)  代金支払期

昭和五二年五月一一日までに中間金一五〇万円を支払い、残金一二六六万円は(4) の手続と引換に支払う。

(4)  引渡及び登記

売主は買主に対し、昭和五二年五月末日までに本件土地、家屋を引渡し、それぞれ所有権移転登記手続をする。

(5)  違約金

売主の義務不履行により本件契約が解除されたときは、売主は買主に対して、違約金として領収済の手附金の倍額を支払う。

(6)  解除条件

右(3) に定める残金一二六六万円の支払は銀行融資をもつて当てるものとし、もし右銀行融資が受けられなかつたときは、本件契約は白紙に戻す。この場合、売主は受領済手附金その他を買主に返還する。

(二)  原告は、被告に対し、本件契約締結の際に手附金五〇万円を、同年五月中旬に中間金一五〇万円をそれぞれ支払つた。

2(一)  本件契約の締結に当り、被告が坂井賢三の代理人として意思表示をしたものではないとすれば、被告は、売主本人として原告との間で前記1(一)の本件契約を締結した。

(二)  そして被告は原告から前記1(二)のとおり各金員を受領した。

3  ところが、本件契約当時本件土地は坂井賢三が所有していたが、その後坂井はこれを小泉正夫に譲渡し、昭和五二年六月一三日その所有権移転登記を了えてしまつた。

4  しかも被告は、同年五月末日を過ぎても本件家屋の建築に着手しようとしない。

5  そこで原告は被告に対し、昭和五二年九月一三日到達の書面で、本件契約を解除する旨の意思表示および支払済代金二〇〇万円の返還と約定違約金五〇万円の支払を請求した。

6  よつて、原告は被告に対し、無権代理人としての責任又は売主本人として、本件土地所有権移転義務の履行不能もしくは本件家屋の所有権移転義務の履行遅滞による解除にもとづき、約定違約金五〇万円と既払代金二〇〇万円の計二五〇万円及びこれに対する昭和五二年六月一四日から同年九月一三日までは利息、同月一四日から支払ずみに至るまでは遅延損害金として、民法所定の年五分の割合による金員の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)の事実のうち被告が坂井賢三のため代理人として本件契約を締結したこと及び(4) の引渡と登記の時期の約定は否認する。右(一)のその余の事実は認める。すなわち本件契約において被告は売主本人である。また引渡と登記の期限は、同年九月末日の約束である。なお本件契約書に「坂井賢三代理人被告」と表示したのは、本件土地が登記簿上坂井賢三所有名義であつたためで、実質は坂井から小泉正夫に譲渡されていたので、被告が小泉からこれを買受け、本件家屋を建てて、一括して原告に売渡す趣旨の契約であることは原告も承知していた。

同(二)の事実は認める。

2  請求原因2(一)の事実のうち、被告が本件契約の売主本人である点は認め、その余の事実については請求原因1(一)の認否と同一である。

同(二)の事実は認める。

3  請求原因3のうち坂井賢三が、小泉正夫に本件土地を譲渡した時期は否認し、その余の事実は認める。右譲渡の時期は、本件契約締結前であり、本件契約当時本件土地は小泉正夫の所有であつた。

4  請求原因4の事実は認める。

5  請求原因5の事実は認める。

三  抗弁

1  本件土地所有権の取得

(一) 被告は、昭和五二年四月二八日小泉正夫から本件土地を代金八二〇万円で買い受けた。

(二) したがつて、本件土地が坂井賢三から小泉正夫に譲渡されたからといつて、本件契約が履行不能となつたものではない。

2  着工及び引渡の延期の合意

(一) 被告と原告は、昭和五二年五月一七日頃本件家屋の建築着工は、原告が被告に対し本件土地残代金相当分の金六七〇万円を支払つた後にすることを合意した。

(二) 右延期の合意に至る経過は次のとおりである。

(1)  本件契約は、被告が本件土地を取得し、これに本件家屋を建築し、両物件を一括して原告に売渡すものであるところ、代金一四六六万円のうち残金一二六六万円(約八六パーセント)は本件家屋の完成、引渡時に支払を受ける約定であり、被告の負担は大きかつた。

(2)  原告は、残金一二六六万円のうち一〇〇〇万円は東武信用金庫新小岩支店からの借入が内定しており、本件契約から一ケ月後には貸出がある予定であるから、五月末日には被告に同額を支払えるし、二六六万円は原告が所属する鉄工組合から借受けられるので、残金の支払に不安はないと本件契約締結の際に説明したので、本件契約が成立したものである。

(3)  ところが昭和五二年四月二三日被告が同道して東武信用金庫新小岩支店に融資の申込をした結果、右(2) の一〇〇〇万円の融資の内定はなく、原告の年収が不足するので、一〇〇〇万円の融資は受けられないことが判明し、本件土地残代金相当分の六七〇万円の融資すら同年五月一〇日に拒絶された。

(4)  そこで、本件家屋の建築確認許可は昭和五二年五月一七日におりたが、被告及び本件土地の前売主小泉正夫は原告の支払能力に不安を覚え、右(一)のような申入をするに至つたものである。

3  本件変更契約

(一) 昭和五二年七月二五日、原告、被告及び小泉正夫は本件契約の内容を次のとおり変更することを合意した。

(1)  原告は残代金一二六六万円のうち六五〇万円を第一住宅金融株式会社から、三〇〇万円を東武信用金庫から、三一六万円を鉄工組合からそれぞれ融資を受けて調達し、支払に当てる。

(2)  本件家屋の建築は小泉正夫が発注者となり被告に建築を請負わせ、完成後、本件土地残代金六七〇万円を被告から受領するのと引換に被告に同家屋及び本件土地を引渡す。

(3)  被告は、原告から残代金一二六六万円の支払を受けるのと引換に、原告に対して本件家屋及び本件土地を引渡す。

(4)  なお原告は右(2) の六七〇万円に対する昭和五二年五月三〇日から支払済みまでの期間について相当の金利を支払う。

(二) もつとも、本件変更契約書には原告の署名・捺印がないけれども、被告及び小泉は原告との間で右(一)のとおり合意したものであり、原告も右(一)の合意の席上では「判りました。」と述べた。

そして原告は右契約書に署名・捺印するというので、被告は同書面を原告に交付したところ、原告は署名・捺印をしなかつたものである。

(三) 右のとおり、本件変更契約により小泉は本件土地の譲渡を承諾したのに、原告は本件変更契約を合意しておきながら、自ら履行に応じない態度に出たので、被告も小泉も同契約に基く履行(本件家屋の建築)に着手できない状態におかれており、かかる状況下では被告の債務不履行はその責に帰し得ないものである。

4  責に帰し得ない遅滞

仮に右2(一)の延期の合意の成立が認められないとしても、右2(二)のような事実があるので、原告の資金繰りの不安が解消し、他から融資の内定があるまで、本件家屋の着工を差し控えた被告の措置については信義則上、債務不履行の責任を問い得ないものである。したがつて、本件土地、家屋の引渡ができないことは、むしろ原告の責任でこそあれ、被告の責に帰すべき事柄ではない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)、(二)の事実は否認する。本件契約締結の際、被告は本件土地の所有者は坂井賢三であると説明していた。本件土地の所有権が小泉正夫に移転したことを被告が原告に知らせたのが昭和五二年七月初め頃であり、その頃から数回、被告の依頼で原告も小泉と会い、本件土地に本件家屋を建築できるように交渉したが、小泉は「自分に金を払つてくれない限り、家は建てさせない。被告とは手を切れ。」と言い、原告に対して、本件土地及び本件家屋の代金として一五〇〇万円を支払うことを要求した。しかし、原告は既に被告に対して二〇〇万円を支払済みであり、これ以外に一五〇〇万円もの金員を支払うことはできないので、右交渉も不調に終り、原被告間の本件契約は履行不能が明らかになつた。

2  抗弁2のうち(一)の事実は否認する。同(二)(1) の事実は認める。同(二)(2) の事実は否認する。もつとも、東武信用金庫新小岩支店から一〇〇〇万円を借入れるつもりであることは被告に説明したが、万一、融資を受けられないこともありうるので、請求原因1(一)(6) のような解除条件(融資不調の場合は、契約を白紙に戻す旨)を本件契約書第一一条に明記したものである。したがつて、融資の実現を確約したことはない。

同(二)(3) の事実のうち、昭和五二年四月下旬に原被告が融資申込に東武信用金庫に行つたこと(その正確な日は四月三〇日頃である)及び同申込が拒絶されたことは認めるが、拒絶の理由は否認する。東武信用金庫が原告の融資申込を拒絶したのは、原告が本件土地は坂井賢三の所有であるとして融資申込をしたところ、同金庫の調査により、本件土地は既に金芳某に売却されており、二重売買の疑いがある物件で、担保物件として適当でないと判定されたからである。

同(二)(4) の事実のうち、被告主張の項、本件家屋の建築確認許可がおりたことは認めるが、その余は否認する。原告は前述のとおり、東武信用金庫から融資を断られた時点で、本件契約書の第一一条(請求原因1(一)(6) の解除条件)に基づき、被告に対し、本件契約を白紙に戻し、支払済みの代金二〇〇万円を原告に返還するように申入れたが、被告はこれに応ぜず、かえつて嫌がる原告をして第一住宅金融株式会社及び江戸川信用金庫に対する融資申込をなさしめたものである。

3  抗弁3(一)は、本件変更契約のような内容の申込があつた点のみ認め、承諾(合意成立)の事実は否認する。同(二)の事実は、原告が本件変更契約書に署名・捺印を拒否した事実のみ認め、その余は否認する。同(三)は争う。すなわち、昭和五二年八月二七日頃、原被告及び小泉正夫その他が被告事務所で話合をしたが、原告は、本件変更契約案にあるような「相当の金利」なるものを負担しなければならない理由はないし、小泉はいわゆる町の金融機関の関係者らしく思われ、危険でもあつたので、申込を拒否し、署名・捺印を拒んだものである。

4  抗弁4の事実は否認する。被告が本件土地を坂井賢三さらには小泉正夫から取得できなかつたために、本件契約は履行できなかつたものであり、被告に債務不履行の責任がある。

第三証拠<省略>

理由

一  先ず、本件契約の売主について判断する。

1  請求原因1(一)のうち被告と原告との間で同(1) ないし(3) 及び(5) 、(6) のような内容の本件契約締結の意思表示の合致があつたことは当事者間に争いがない(代理行為の点は除く)。

2(一)  成立に争いがない甲第一ないし第五号証、乙第二号証および証人小泉正夫、同伊藤幸子(その一部)の各証言及び原告本人尋問の結果を総合すれば、

(1)  本件契約が締結された昭和五二年四月二〇日当時、小泉正夫は内妻である「金芳のり子」の名義をもつて坂井賢三との間で本件土地を買受けることについてはすでに合意に達し、手附の授受も了えていたが、買受代金の支払を了えていなかつたので、金芳のり子名義でも小泉正夫名義でも未だ所有権移転登記を受けられる状況には至つていなかつた(小泉が昭和五二年六月一三日に至つて坂井から直接に本件土地の所有権移転登記を受けたことは当事者間に争いがない。)。

(2)  ところで、原被告間の本件契約書末尾の売主住所氏名欄には「売主坂井賢三代理五十嵐政治」と被告の氏名及び住所が記載されているけれども、同契約書冒頭の売主欄には「五十嵐政治」と被告の氏名が記載されている。

(3)  本件契約締結の際、被告は原告に対し、本件土地の登記簿上の所有名義人は坂井賢三であるが、実際は坂井の手を離れて、被告の一存で処分できるものであり、いずれ坂井にも引き会わせると説明した。それまで原告は、本件土地の所有者を被告と信じて本件契約締結の交渉を被告との間で進めてきたが、右の説明を聞き、かつ被告から本件土地の登記簿謄本を示されて、現に坂井賢三の所有名義であることを確認し、坂井賢三の所有地を買受けるものであり、それは可能なものと認識して、本件契約を締結した。

(4)  原告が本件契約を締結するに至つた事情は、原告がその営業である機械部品製造業の工場住居となる建物を入手したいと考えたことに端を発し、階下を工場、二階を住居とする建物を敷地共に一五〇〇万円程度で建築したいと物色を始めたことによるものである。

もつとも、原告は手許に右資金全額の用意があつたわけではなく、内金一〇〇〇万円は東武信用金庫から融資を受けるべく、同金庫と予め下交渉を進めていたが、本件契約締結当時は、同契約後一箇月位で右融資がなされることが、ほぼ確なものとして見通しが立つていたので、右の事実をも被告に説明し、念のため、銀行融資が受けられないときは本件契約を失効させることとして、請求原因1(一)(6) の解除条項を本件契約中に設けることにしたものである。

(5)  したがつて、原告は、本件契約を締結後の四月下旬頃、被告を同道して東武信用金庫新小岩支店に本件契約に基づく代金の支払に当てるべく資金の融資を正式に申し込んだが、その際、同申込書には本件土地の所有者を坂井賢三と記載した。

しかしながら、原告は本件家屋の建築は被告に依頼しており、被告の責任においてなされるものであることは熟知していたので、同家屋の建築設計、見積も原告と被告との間で打ち合わせが進められた。

(6)  そして、本件契約において、代金額は本件土地と本件家屋を一括して定められており、分別されていない。との事実を認めることができる。

(二)  右認定事実及び弁論の全趣旨によれば、本件契約は売主を被告として、締結されたものと認めるのが相当である。すなわち、本件契約は、土地の取得をのみを主眼としたものではなく、原告の工場兼住居の取得をも主要な目的としたものであり、そのための本件家屋の建築は被告が行ない、その完成建物と土地とを一括して原告に売り渡すというものであつて、本件家屋の建築販売主として坂井賢三を予定したものではない。しかも本件契約において、本件家屋の代金と本件土地の代金とは区別されず、一括して一四六六万円と定められているのであるから、前記(1) で認定した契約書冒頭の売主の表示に従つて被告が本件家屋のみならず本件土地の売主ともなつて、本件契約が締結されたものとみるのが妥当だからである。

本件契約書の末尾の売主欄には被告が坂井賢三代理人と肩書していることは前記(1) 認定のとおりであるけれども、同表示の方が真実であるとすれば、本件家屋の売主も坂井賢三ということになり、本件契約の締結に至る前示認定の各事情からみて極めて不自然であり、右の肩書の記載は、むしろ、被告が主張するとおり、当時本件土地の所有名義人が坂井であり、同人所有の土地を本件契約で売買の目的物件としたところから、この趣旨(他人の物の売買だが、それが確実性のあること)を表わす便法として用いられたにすぎないものと理解し、認定するのが、合理的である。右認定と異り、原告の主張にそう証人伊藤幸子及び原告本人の各供述部分はにわかに採用できない。他に右の認定に反する証拠はない。

二  そこで本件契約の解除の効果について判断する。

1  請求原因2(二)(従つて同1(二))の事実、同3のうち本件土地が坂井賢三から小泉正夫に昭和五二年六月一三日所有権移転登記された事実及び同4、5の事実はいずれも当事者間に争いがない。

2(一)  原告は本件土地、家屋の引渡期限は昭和五二年五月末日であると主張し、前掲乙第二号証によれば本件契約書中において右主張と同旨の条項が設けられていることが認められるけれども、原告本人尋問の結果によれば、本件契約の締結の際、本件家屋の建前を原告本人の誕生日である昭和五二年六月二三日と合意し、したがつて、同家屋の完成は梅雨期をはさんで二箇月の余裕をみて同年九月頃と合意した事実が認められる。

(二)  また、証人小泉正夫の証言及びこれにより真正に成立したことが認められる乙第一号証の一ないし四、第六号証、成立に争いがない乙第三号証によれば、

(1)  被告は本件契約締結の八日後の昭和五二年四月二八日小泉正夫との間で、本件土地を代金八二〇万円、うち手附五〇万円は同日、中間金一〇〇万円は同年五月一五日各支払うこと、残金六七〇万円は同年五月三一日所有権移転登記及び本件土地明渡と引換に支払うこととの趣旨の本件土地売買契約を締結し、右手附金は同契約と同時に、中間金一〇〇万円は同年五月一四日に小泉に支払つた。

(2)  その後、同年七月一一日に至り、被告と小泉正夫は右本件土地売買契約の登記、明渡と残代金支払の履行期限を同月二五日まで延長することを合意した。

(3)  原告は同年七月二一日第一住宅金融株式会社から、本件契約に基く買受代金の支払に当てる資金として、諸手続が完了したときは六五〇万円を融資する旨の「融資証明書」の交付を受けている。

との事実を認めることができる。

(三)  以上(一)、(二)の認定事実及び当事者間に争いがない請求原因1(一)(3) の事実によれば、原被告は、本件契約において、残代金一二六六万円の支払と本件土地、家屋の引渡、登記とを同時に履行することを合意したが、その期限は昭和五二年五月三一日ではなく、同年九月頃と約束したものであることは明らかであり、原告本人の供述もこの点で食い違いはない。

この点につき、証人伊藤幸子は、昭和五二年六月二三日を本件土地、家屋の引渡期限とする合意がなされたように供述するが、前掲原告本人尋問の結果及び右(二)で認定した事実からは六月二三日を期限として関係当事者が行動していた状況は窺えないこと、本件家屋の建築確認許可は昭和五二年五月一七日に下りており、六月二三日までには四〇日の期間もないこと(同許可に関する抗弁2(二)(4) の事実は当事者間に争いがない。)、六月は梅雨期に入り、建築工事の進捗は天候上の理由で遅れることは予め計算に入り得る事柄であることなどに照らせば、右証言部分はにわかに信用できない。

前掲乙第二号証の引渡、登記期限に関する記載も右認定を動かすに足りず、他に右認定を動かす証拠はない(むしろ乙第二号証の右期限の記載は、後記4で述べるとおり、東武信用金庫に対する融資手続上の考慮に基づいた便宜的記載とみるのが妥当である。)。

(四)  してみると、原告は昭和五二年九月一三日に本件契約解除の意思表示をしているけれども、その解除の当時、被告の本件家屋の譲渡、引渡債務は未だ履行遅滞に陥つていないから、履行遅滞を理由とする解除は理由がない。

のみならず、原告は右履行遅滞を理由とする解除の前提となる催告をした旨の主張もしないから、この点でも右解除の主張は失当である。

3  そこで履行不能の有無について判断する。

(一)  前記一1で認定したとおり、本件契約のうち本件土地に関する部分は、坂井賢三所有地を目的とした売買契約であるから、いわゆる他人の権利の売買にほかならない。

右の事実と前記二1、2で認定、摘示したところを合わせれば、他人の権利の売主でもある被告は、おおよそ昭和五二年九月頃までには本件土地の取得を了え、かつ同地上に本件家屋を建築して、両物件の所有権を同時に原告に移転し、登記する義務を負つたものであり、この所有権の移転及び登記と原告の残代金一二六六万円の支払とは同時履行の関係にあつたことは明らかである。

そして、前記二2(二)で認定したとおり、被告は右売主としての義務を履行すべく、本件契約締結の八日後に、小泉正夫との間で本件土地売買契約を締結している。また、右売主となつた小泉正夫は昭和五二年六月一三日坂井賢三から本件土地の所有権移転登記を受けていることは、右二1のとおりである。

したがつて、本件土地売買契約の履行が可能なものであれば、被告の本件契約に基づく本件土地の売主としての義務もまた履行でき、前者の契約の履行の可能性が消滅すれば、本件契約の右義務も履行不能に帰したものと言うことができる関係にあることは明らかである。

(二)  前掲乙第一号証の一ないし四、第六号証、成立に争いがない甲第三号証の一、二、証人小泉正夫の証言及びこれにより被告作成名義の文書として真正に成立したことが認められる乙第五号証、証人伊藤幸子の証言及び原告本人尋問の結果を総合すれば、

(1)  原告は本件契約を締結して間もない昭和五二年四月下旬頃、東武信用金庫に対し、かねてから(前記一2(一)(4) 参照)事前折衝を重ねていた本件土地及び本件家屋の買受代金に当てる資金一〇〇〇万円の融資申込を正式になした(右融資申込の点は当事者間に争いがない)。同金庫は、右申込を受けて、担保物件に予定されていた本件土地の権利関係を調査したところ、登記簿上は原告の説明するとおり坂井賢三の所有であつたけれども、坂井は本件土地を「金芳のり子」(前記一2(一)(1) のとおり小泉正夫の内妻)なる人物に売却する話を進め、すでに手附金の授受もあつた事実を知つたので、原告が本件土地を坂井から買受けるためと記述した同申込に対しては、右担保物件は二重売買された物件であるおそれが大きいとの理由で、同年五月末までの間に融資を断つた(右申込が拒絶されたことは当事者間に争いがない。)。

(2)  そこで被告は、原告を説得して、東武信用金庫以外の金融機関から融資を受けるべく、心当りの金融機関を紹介し、原告をして融資の申込をいくつかなさしめた。その結果、原告は昭和五二年七月下旬頃までに、第一住宅金融株式会社から六五〇万円の融資の内諾を得たが、それも、本件土地及び本件家屋(建築完成後)を担保に提供することが条件とされた。

(3)  他方、小泉正夫は、被告との間の本件土地売買契約に定める残代金六七〇万円の支払期限である昭和五二年五月三一日が徒過してから、被告に対して残代金の支払を再三請求してきたが、被告は予定していた銀行融資が下りない等の理由で、右残代金の支払を履行しなかつた。

(4)  そして被告は、右五月三一日を徒過してから、原告に対し、本件土地は坂井から小泉正夫に所有権が移転していることを告げ、原告が小泉と面会して、本件土地上に本件家屋の建築が可能になるように折衝することを要請した。

そこで原告は、同年七月頃までの間に小泉正夫と何度か右の目的で話合をしたが、小泉は、本件土地の残代金が支払われない以上、他人名義の本件家屋の建築を許すわけにいかないとの意向を示し、どうしても原告が建築を欲するならば、原被告間の本件契約を終了させ、あらためて小泉との間で同じ内容の契約を締結したらどうか、但し、その場合、原告が被告に支払済みの二〇〇万円は小泉との関係においては支払がないものとして、売買代金額は土地、建物一括で一四〇〇万円ないし一五〇〇万円位になるとの提案をした。

しかし、原告は、すでに被告に支払済の二〇〇万円が小泉に対する内金支払としての効力を持たないのでは、右提案に応じることはできなかつたので、これを断つた。

(5)  かくして行き詰つた三者間の関係を解決するため、昭和五二年夏頃、原被告及び小泉正夫は伊藤工務店(本件家屋建築の際は、その建築工事を担当することが予定されていた第三者)を交じえて被告事務所において話合をした。

右話合において被告は、「本件家屋の建築工事の発注者を小泉とし、小泉は本件土地上に本件家屋建築に着手することを承諾すること、本件家屋及び本件土地に対する銀行融資決定額は先ず本件土地代金の支払に当て、なお不足があるときは銀行融資以外の金員をもつて原告が決済すること、右土地代金及び建物代金は、本件家屋の表示登記から二週間以内に支払うこと、原告は昭和五二年五月三〇日以降、右代金決済まで、小泉に対し「相当の金利」を支払うこと、その他、本合意の内容及び進行については小泉と協議して進めること、本件家屋の代金に関しては、原告、小泉、伊藤工務店において協議の上決定すること」、を骨子とした提案、申入をし、出席者の同意を求めた(抗弁3(一)のような申込があつた限度では、上記の事実は当事者間に争いがない。)。

(6)  被告の右提案、申入に対し、小泉正夫は異論がなく、原告も一応は検討に値するとの態度を表明したが、なお工事の着手、完成期限も定かでなく、本件契約とは当事者間の権利義務の内容が著しく異ることもあつて、右提案、申入を記載した「契約書」と題する書面の交付を受けるにとどめ、持ち帰つて検討し、納得がいけば署名、捺印して同提案、申入のとおりの契約を締結することにした。

(7)  原告は右書面を持ち帰り、詳細に検討した結果、工事の着手、完成の期限が空欄になつている点は別として、昭和五二年五月三〇日以降、買受代金完済まで小泉に対し「相当の金利」というあいまいな表現で金利を支払う義務を負担させられる条項に最も強く危険を感じた。それというのも、原告はそれまでの小泉正夫との折衝を通じて、小泉は第三者から資金を借り入れて本件土地を購入しており、その借入れた資金に対して利息を負担していることを察知していたので、「相当の金利」なるものの負担が過重となるおそれがあつたからである。

さらに原告は、昭和五二年九月四日頃、坂井賢三を訪問し、被告との間の本件土地をめぐる関係を訊ねたところ、坂井と被告との間で具体的に本件土地の売買の交渉が行なわれた事実は無かつたとの回答を得た。

(8)  原告は以上の経過に照らして、被告の本件契約の履行に対する態度に不信をいだき、昭和五二年九月上旬頃、被告に対し、右「契約書」に署名、捺印することを拒否する旨を回答し、同月一三日到達の書面で、本件契約の履行不能を理由に、解除の意思表示をした(同解除の意思表示の到達は当事者間に争いがない。)。

(9)  他方、小泉正夫は被告との間の本件土地売買契約を、残代金の支払につき一旦は七月二五日まで履行期限の延長に応じたが、結局、昭和五二年八月末頃右契約を解消せしめ、これを確認する一札を被告から差入れさせた。

との事実を認めることができ、これを覆えすだけの証拠はない。

(三)  被告は昭和五二年四月二八日付本件土地売買契約により、小泉正夫から本件土地所有権を取得したので、本件契約に基く売主の義務が履行不能になることはあり得ないと抗弁1において主張するけれども、他人の権利の売主は、その権利を取得して買主に移転し、かつ権利の移転について第三者対抗要件を具備させることまでが、売主としての義務に含まれることは明らかであり、本件土地売買契約が成立したことのみをもつて、被告の右義務の履行が終るものではない。そして、右(二)に認定した事実(とくに(二)(9) )によれば、結局、被告は代金支払の目途が立たないため、本件土地所有権を確定的に取得すること(移転登記を受けること)ができず、小泉正夫との間の本件土地売買契約は解消させられたのであるから、これによつて被告は本件契約に定める本件土地所有権の移転義務を履行できなくなつたものと言わなければならない。

(四)  被告は、本件変更契約が成立したので、本件契約の履行不能は生じ得ないと抗弁3において主張するけれども、右(二)(とくに(二)(7) 、(8) )のとおり、本件変更契約は原告との間で結局は成立に至らなかつたものであるから、右抗弁もその余の点について判断するまでもなく失当である(なお附言すれば、原告が署名、捺印を求められた「契約書」は極めてあいまいで、原告の権利、義務の範囲も不明確な部分が多く、この点でも同書面に署名、捺印しなかつたことは不当な行為ではない。)。

(五)  また被告は、本件契約に基づく売主の本件土地、家屋引渡義務については、先ず原告が同契約に定める残代金中六七〇万円(本件土地代相当分)を被告に支払つた後に、被告が建築に着手し、完成して、土地、家屋を一括して引渡す旨の合意が成立したと抗弁2において主張しているから、原告の右先給付が履行されない間に被告が右引渡義務について債務不履行の責任を生じる余地はないと争うものと解されるけれども、右主張のような先給付の合意が成立したことを認めるに足る証拠はない。

したがつて、右抗弁は、その余の点について判断するまでもなく、失当である。

4  そこで抗弁4の責に帰し得ない事由について判断する。

(一)  原被告間の本件契約によれば、原告の残代金一二六六万円の支払と被告の本件土地・家屋の引渡・登記とは同時に履行されるべきものと定められていたことは前示一1(請求原因1(一)(3) )のとおり当事者間に争いのない事実であり、右引渡・登記の期限が、契約書の記載とは異り、昭和五二年九月頃と口頭で合意されたものであることは前示2(三)のとおりである。

(二)  しかしながら、前示一2(一)(4) 、(5) のとおり、本件契約締結の際、原告は被告に対し、残代金のうち一〇〇〇万円は、下交渉の結果、東武信用金庫新小岩支店から融資を受けられる見込がついており、その融資時期は本件契約から約一箇月後と予想される旨を述べ、本件契約締結後の四月下旬に、被告を同道して右金庫に融資の正式申込をしている。

右事実と本件契約書には原被告間の合意内容と異る昭和五二年五月三一日を本件土地・家屋の引渡・登記の期限と記載している事実(五月三一日は本件契約締結の日から一箇月余の後である)及び前示二2(二)(1) のとおり、被告は小泉正夫との間で締結した本件土地売買契約において、残代金六七〇万円の支払期限をやはり同年五月三一日と約束した事実、前示一2(一)(4) の本件契約中の解除条項の設定の経過ならびに弁論の全趣旨を総合すれば、本件契約締結の際、原告は、残代金一二六六万円の最終的な支払期限を昭和五二年九月頃と定めたものの、約一箇月後と見込まれていた東武信用金庫新小岩支店からの一〇〇〇万円の融資(もつとも、本件契約は「銀行融資」と一般的に表現し、あえて上記金庫に限定した表現を避けているから、上記融資は上記金庫と同視できる程度の金融機関を含むと解する。)が実現したときは、これを本件契約に基く残代金の内払として遅滞なく被告に支払うことを予め承諾しており、被告は、この内払を予定して、小泉正夫との間の本件土地売買契約において、残代金六七〇万円の支払期限を五月三一日と定めたものと推認することができる。

右認定に反する証拠はない。

(三)  右のとおり、銀行融資一〇〇〇万円の内払の承諾は、先履行(先給付)義務の約束とまでは言えないけれども、同融資はほぼ確実なものとして見通しが立つており、これが本件契約締結の基礎となつているものであることが原被告間で了解されて、本件契約が締結されている事実に鑑みれば、同融資が実現しなかつたことにより被告が小泉正夫から本件土地の所有権を取得して(その地上に本件家屋を建築して)、これを原告に譲渡し、登記できる態勢に至り得なかつたものである以上、同履行不能は、信義則上、被告の責に帰し得ない事由によるものと言うべきである。けだし、本件契約において、銀行融資一〇〇〇万円が実現不可能な場合には、被告が本件土地を取得し、本件家屋を建築し引渡すべき義務を負うものでないことは、請求原因1(一)(6) のような解除条項を設けて、銀行融資が不可能となつたときは本件契約を白紙に戻すこと、すなわち同契約上の被告の義務もまた消滅するものと定めていることから明らかなところだからである。

被告の抗弁4の主張は右の趣旨において理由がある。

原告は、坂井賢三から原告が直接に又は被告を経由して本件土地を買受けるものとして東武信用金庫に対し融資を申込んだことから二重売買の疑惑を持たれ、融資を拒否されたのであるから、これにより被告が本件土地を確保できなくなり、本件家屋の引渡義務も履行できなくなつたことは、被告の責に帰すべき事由であると争うけれども、坂井賢三が本件土地を被告以外の第三者に対し売渡すことを約したとしても、それは被告の責に帰し得ない事由である。しかも、前示一2(一)(1) のとおり、東武信用金庫が問題視した「金芳のり子」は実は小泉正夫と同一であり、現実には二重売買は存在しなかつたし、被告は本件土地を買受けた小泉正夫との間で四月二八日に本件土地売買契約を締結することに成功しているのであるから、二重売買の危険なるものは実は全く存在しなかつたことは明らかである。したがつて、東武信用金庫の融資拒否は被告の責に帰することができない事情によるものといわなければならない。

(四)  以上のとおり、被告は他人の権利である本件土地所有権の売主であるところ、結局これを原告に取得させることが不可能となつたものであるが、その履行不能は被告の責に帰し得ない事由によるものと言うべきである。

したがつて、債務不履行(履行不能)を理由とする原告の解除は失当であるが、請求原因5の解除の意思表示は、他人の物の売主である被告が本件土地を同買主である原告に移転すべき義務を履行できなかつたことによる解除権(民法五六一条)の行使としての意思表示をも包含するものと解されるから、後者の解除として有効なものと言うことができる。

そうすると、原告は本件土地が他人の所有であることを認識して本件契約を締結したものであるから、被告に対して交付した手附金及び中間金の合計二〇〇万円は右解除により返還を請求できる立場にあるけれども、損害賠償の予定額である手附金相当額は、これを請求できないことは民法五六一条但書に明らかなところである。

三  よつて、本訴請求は、金二〇〇万円及びこれに対する同金員受領の後である昭和五二年六月一四日から同年九月一三日までは利息、翌一四日から右完済までは遅延損害金として年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるものとして認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を適用して、仮執行宣言は附さないこととし主文のとおり判決する。

(裁判官 山本和敏)

(別紙)物件目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例