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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)2151号 判決 1980年11月26日

原告 新井みよ

右訴訟代理人弁護士 西村真人

同 岸巖

同 糸賀昭

同 河合喜代治

被告 森川勇

<ほか三名>

右四名訴訟代理人弁護士 近藤與一

同 近藤博

同 近藤誠

主文

一  被告村松正男、被告森川勇、被告大東観光開発株式会社は、原告に対し、各自五〇〇〇万円及びこれに対する昭和五一年一一月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告高根沢ミヨに対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の四分の三と被告村松正男、同森川勇、同大東観光開発株式会社に生じた費用を右被告三名の連帯負担とし、原告に生じたその余の費用と被告高根沢ミヨに生じた費用を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項及び第三項に限り、原告が金一〇〇〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自五〇〇〇万円及びこれに対する昭和五一年一一月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  第一次的請求関係

1  主位的請求原因

(一) 原告は、昭和四八年五月二一日被告大東観光開発株式会社(以下、被告会社という)及び株式会社奥那須温泉開発協会(以下、訴外会社という)の代表取締役である被告村松との間で、黒磯市百村字石滝山林一五〇〇坪(以下本件(一)の土地という)につき、売主を右両会社とし、買主を原告とする売買契約を締結した。被告森川は、右被告村松の使者として、右売買契約締結のための原告との交渉及び右売買契約の締結行為をした。

(二) 原告は、同日、右両会社の代表取締役である被告村松との間で、本件(一)の土地上に建設される建物に使用されるべき温泉権(一七口)につき、売主を被告会社及び訴外会社とし買主を原告とする売買契約を締結した。被告森川は、右被告村松の使者として、右売買契約締結のための原告との交渉及び右売買契約の締結行為をした。

(三) 原告は、被告森川に対し、同日、右(一)、(二)の各売買契約の手付金として、五〇〇万円ずつ計一〇〇〇万円を、同年八月四日、右(一)の売買契約の中間金として二一〇〇万円及び右(二)の売買契約の最終代金として一九〇〇万円計四〇〇〇万円をそれぞれ支払った。

(四) ところが、本件(一)の土地は、実在しない、架空の土地であった。

(五) また、訴外会社は、(二)の売買契約当時から、すでに事実上倒産状態にあって、(二)の温泉権につき温泉を継続して完全に供給する設備の維持改善をする能力はない。

(六) (一)、(二)の各売買契約が成立し、原告が(三)の五〇〇〇万円を支払ったのは、被告森川が原告に対し、(一)、(二)の各売買契約締結にあたり、(四)、(五)の各事実を秘匿し、本件(一)の土地が実在しており、それが被告会社及び訴外会社の所有である旨並びに(二)の温泉権につき温泉が継続して完全に供給される旨告げて原告を欺き、原告をその旨誤信させたためである。

(七) 被告村松、同高根沢及び同森川は、以上のように原告から金員を騙取することを共謀し、被告森川は、右共謀に基づき、(一)、(二)、(三)、(六)の各行為をなした。

(八) 被告会社は、不動産の売買及び斡旋を業とするものであり、被告村松は、昭和四八年当時、被告会社の代表取締役であった。

2  予備的請求原因

(一) 1(一)の「黒磯市百村字石滝山林一五〇〇坪」を「黒磯市油井字上の平一九番二ないし四の山林三筆合計約一五〇〇坪」(以下、本件(二)の土地という)とする外は1(一)と同じ。

(二) 1(二)の「本件(一)の土地」を「本件(二)の土地」とする外は1(二)と同じ。

(三) 1(三)と同じ。

(四) ところが、本件(二)の土地は、(一)の契約当時、第三者の所有するところであって、被告らが原告に対し、右売買契約に従って本件(二)の土地の所有権を移転し、右土地を引き渡すことはできない状態にあったものであり、原告は、右所有権を取得することも、右引渡しを受けることもできなかった。したがって、前記温泉権も無価値なものである。

(五) (一)、(二)の各売買契約の締結は、被告村松、同高根沢、同森川が合意したうえ、実行することにしたものであった。

(六) 被告村松、同高根沢、同森川は、(一)の売買契約の締結を合意し、これを実行するにあたっては、その対象物件である本件(二)の土地が第三者の所有物であったのであるから、その所有権を買主である原告に移転し、かつ引渡しをすることができるか否かについて調査をなし、これが可能であることを確認する義務がある。右調査をすれば、被告らが原告に対し、右売買契約に従って本件(二)の土地の所有権を移転し、かつ、引渡しをすることはできない状態にあったことを容易に知りえたはずであるのに、被告らは、右調査をしなかった。

(七) 1(八)と同じ。

よって、原告に対し、被告村松、同高根沢及び同森川は民法七〇九条、七一九条第一項により、また、被告会社は、商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項、七一九条第一項により、主位的に故意、予備的に過失による不法行為に基づく損害賠償義務があるから、原告は被告らに対し、各自五〇〇〇万円及びこれに対する不法行為時後である昭和五一年一一月一九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

3  主位的請求原因に対する認否

請求原因1の事実のうち、(四)及び(八)を認め、その余を否認する。

4  予備的請求原因に対する認否

請求原因2の事実のうち、(一)、(二)、(三)、(四)のうちの本件(二)の土地が(一)の売買契約締結当時第三者の所有であったこと及び(七)を認め、(四)のうちの原告が本件(二)の土地の所有権の取得とその引渡しを受けることができなかったことは明らかに争わず、その余を否認する。

二  第二次的請求関係

1  請求原因

(一) 一1(一)ないし(七)又は、一2(一)ないし(六)と同じ。

(二) 被告会社は、不動産の売買及び斡旋を業とするものであり、昭和四八年当時、被告村松は、被告会社の代表取締役であり、被告高根沢及び同森川は、被告会社の実質上の取締役であり、かつ、表見代表取締役であった。仮に、被告高根沢が実質上の取締役と認められないとしても、同被告は、その当時、被告会社の監査役であった。

(三) 被告村松、同高根沢及び同森川は(一)の各行為をなすにあたり、悪意又は重大な過失により、その取締役又は監査役としての任務を懈怠した。

(四) 仮に、一1(七)の一部または一2(五)の一部が認められず、共謀又は共同の合意に関与しなかった者があるとしても、その者は、他の取締役(代表取締役、表見代表取締役及び実質上の取締役を含む)の一1又は同2の不法行為を放置した点に義務違反があり、右義務違反につき、悪意又は重大な過失がある。

よって、原告は、被告村松、同高根沢、同森川に対し、商法二六六条の三(被告高根沢については、予備的に同法二八〇条、二六六条の三)により、各自五〇〇〇万円及びこれに対する右損害発生時後である昭和五一年一一月一九日から支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)の事実に対する認否は、一の3、4に記載のとおり。

(二) 請求原因(二)の事実のうち、被告会社が不動産の売買及び斡旋を業とするものであること、昭和四八年当時、被告村松が被告会社の代表取締役であり、被告高根沢が被告会社の監査役であったことを認め(但し、登記簿上そのようになっているのみで、名目的監査役である)、その余を否認する。

(三) 請求原因(三)、(四)の事実を否認する。

三  第三次的請求関係

1  請求原因

(一) 被告村松、同高根沢、同森川は、原告との間で、被告会社及び訴外会社の代表取締役村松正男名義で、一2(一)及び(二)の各売買契約を締結した。

(二) 被告会社及び訴外会社は、左の事実があるので、実質的には、被告村松、同高根沢及び同森川の個人企業であって、会社資格は全くの形骸にすぎず、かつ、右被告三名は法人格を濫用している。

ア 被告会社及び訴外会社は、被告村松、同高根沢によって設立された。

イ 被告会社の資本金はわずかに一五〇万円であり、訴外会社の資本金はわずかに五〇万円であって、しかも、それは被告村松と同高根沢の出資によるものである。

ウ 被告村松は右両会社の代表取締役、被告高根沢は右両会社の実質上の専務取締役、被告森川は右両会社の実質上の取締役、東京支店長であったが、右両会社の業務執行及び企業運営は、右被告三名の意思のみに基づいて行われていた。

(三) 右売買契約は、一2(四)の事情により履行不能であった。

(四) 原告は、右履行不能により、少なくとも、一2(三)記載の五〇〇〇万円に相当する損害を被った。

よって、原告は、被告村松、同高根沢、同森川に対し、債務不履行による損害賠償請求権に基づき、各自五〇〇〇万円及びこれに対する履行不能時後である昭和五一年一一月一九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

全部否認する。

第三証拠《省略》

理由

第一第一次的請求関係

一  主位的請求原因について

1  まず、請求原因(六)の事実について判断する。

《証拠省略》によれば、被告会社及び訴外会社の代表取締役である被告村松と原告との間に、昭和四八年五月二一日、売買契約書上の表示が黒磯市百村字石滝山林一五〇〇坪の土地について、売主を右両会社、買主を原告とする売買契約が締結されたことが認められる。右売買契約が現実に右表示どおりの土地を対象として成立したか否かは別として、仮に、そうであり、かつ、右売買契約成立と同時に請求原因(二)の売買契約が成立したとしても、右各売買契約を締結するための交渉及び右締結にあたって、被告森川が故意に虚偽の事実を告げて原告を欺いて原告を誤信させ、その結果右売買契約が成立したと認めるに足りる証拠はない。したがって、請求原因(六)の事実は、これを認めるに足りない。

2  そうであるとすれば、主位的請求原因のその余の点について判断するまでもなく、右請求原因に基づく原告の請求は理由がない。

二  予備的請求原因について

1  請求原因(一)、(二)、(三)及び(四)のうちの本件(二)の土地が(一)の売買契約締結当時第三者の所有であったことは当事者間に争いがなく、同(四)のうちの原告が本件(二)の土地の土地の所有権の取得とその引渡しを受けることができなかったことは、被告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。したがって、この点も当事者間に争いがない。《証拠省略》を総合すれば、請求原因(四)のその余の事実を認めることができる。

2  《証拠省略》を総合すれば、請求原因(五)の事実のうち、(一)、(二)の各売買契約の締結が被告村松と同森川の合意によって実行することにされたものであることが認められるが、その余の事実については、これを認めるに足りる証拠はない。

したがって、被告高根沢に対する予備的請求原因に基づく原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、すでに右の点において理由がない。

3  《証拠省略》を総合すれば、請求原因(六)の事実のうち、被告村松、同森川に関する部分を認めることができる。

4  請求原因(七)の事実は、当事者間に争いがない。

5  以上の事実によれば、予備的請求原因に基づく原告の請求は、被告村松、同森川、被告会社に対し各自五〇〇〇万円及びこれに対する不法行為時後である昭和五一年一一月一九日から支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるが、被告高根沢に対する請求は理由がない。

第二第二次的請求関係

一  被告高根沢に対する原告の第二次的請求は、商法二六六条の三及び二八〇条に基づくものであるから、まず、被告高根沢の被告会社における地位について判断する。

二  被告高根沢らが被告会社の取締役として登記されている者ではなかったことは原告の自認するところである。取締役として登記されていない者で原告の主張する「実質上の取締役」という立場にある者に対して商法二六六条の三に基づく責任を追求しうるかについては、疑問の存するところであるが、仮にこれを肯定する見解を採るとしても、ある者につき右「実質上の取締役」たる立場を肯認するためには、その者が、実際上、取締役と呼ばれることがあるのみでは足りず、会社の業務の運営、執行について、取締役に匹敵する権限を有し、これに準ずる活動をしていることを必要とすると解すべきである。

そこで、被告高根沢について、この点を考えて見るに、《証拠省略》を総合すれば、被告高根沢は、被告会社の社員から専務と呼ばれていたこと、被告村松が、被告会社の東京支店において、被告森川から、同被告が原告から受領した本件売買代金を受領した際に同席したこと、被告会社の事務に従事したことがあることを認めることができる《証拠判断省略》が、右認定の事実によっては、被告高根沢を被告会社の「実質上の取締役」と推認することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

また、商法二六二条の表見代表取締役の法理は、善意の第三者を保護するためのものではあるが、会社の責任に関するものであり、取締役の立場にある個人の責任を定めた商法二六六条の三における取締役の意義を右法理を適用して解釈することには問題があるのみならず、本件各売買契約の締結及び本件売買代金の原告からの受領に被告高根沢が表見代表取締役として関与したことを認めるに足りる証拠はない。

三  被告高根沢が昭和四八年当時被告会社の監査役であったことは、当事者間に争いがない(単なる名目上の監査役に止まるものか否か、また、そうだとした場合の同被告の責任については、しばらくおく)。

すでに判示したところによれば、被告村松が本件各売買契約の締結によって原告に与えた損害は、被告会社の代表取締役として、その職務の執行につき第三者に与えた損害ではあるが、それは、本件各売買契約の締結にあたっての調査義務を過失により尽さなかったことによるものであり、その点において、職務の執行に相当性を欠く点があったものである(被告森川について、被告会社の取締役としての職務執行に基づいて本件損害賠償責任を認めるとしても、その根拠は、右の被告村松の場合と同様である)。

本件各売買契約の締結及びその代金の授受がなされた昭和四八年当時における株式会社の監査役の職責は、主として会計監査であったのであり、被告会社の監査役であった被告高根沢には、右の意味の監査義務があったにとどまり、被告会社の取締役であった被告村松、被告森川の行う前記のような個々の契約締結の相当性までを事前に監査し、取締役をして当該契約の締結を回避させるまでの義務はなかったものと解するのを相当とする。

四  以上判示のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告高根沢に対する第二次的請求は、理由がない。

第三第三次的請求関係

一  まず、請求原因(二)について判断する。仮に同項アからウの各事実が認められるとしても、右各事実によっては、被告会社の法人格が全くの形骸にすぎず、又は、右法人格が濫用されていることを推認するに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

二  したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告高根沢に対する第三次的請求は、理由がない。

第四結論

以上のとおりであるから、原告の本訴各請求のうち被告村松、同森川、被告会社に対する予備的請求原因に基づく第一次的請求である、右被告三名に対して、各自五〇〇〇万円及びこれに対する不法行為時後である昭和五一年一一月一九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分を認容し、被告高根沢に対する請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤滋夫)

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