大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和51年(特わ)287号 判決 1977年9月26日

本籍

東京都台東区東上野二丁目八五番地

住居

同都墨田区押上二丁目一五番一七号

職業

会社役員

小池静雄

明治三七年三月一九日生

右被告人に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は検察官清水勇男出席のうえ審理を逐げ、次のとおり判決する。

主文

1  被告人を懲役一年および罰金一五〇〇万円に処する。

2  右罰金を完納することができないときは、金三万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

3  この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

4  訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都台東区東上野二丁目一一番二〇号において不動産売買業を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、仕入れの水増及び売上の一部除外等の方法により所得を秘匿したうえ、昭和四七年分の実際総所得金額が一億二六五三万一七六五円、分離課税による長期譲渡所得金額が二九万九〇〇〇円(別紙(一)修正損益計算書参照)あつたにもかかわらず、昭和四八年三月一五日、東京都台東区東上野五丁目五番一五号所在の所轄下谷税務署において、同税務署長に対し、同年分の総所得金額が一四五八万八八七八円、分離課税による長期譲渡所得税金額が二九万九〇〇〇円でありこれに対する所得税額が五〇二万七九〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額八二〇三万三九〇〇円と右申告税額との差額七七〇〇万六〇〇〇円(別紙(二)税額計算書参照)を免れたものである。

(証拠の標目)

判示冒頭の事実及び全般にわたり

一、被告人の当公判廷における供述

一、第一回、第五回、第六回、第八回各公判調書中の被告人の供述部分

一、被告人の検察官に対する供述調書二通

一、被告人の収税官吏に対する質問てん末書二通

一、前野林造の収税官吏に対する質問てん末書

一、同じく検察官に対する供述調書

一、前野まつ、飯泉ナツ、飯泉正之の収税官吏に対する各質問てん末書

一、高久勇の収税官吏に対する質問てん末書

一、同じく検察官に対する供述調書

一、中村弘、吉田宅蔵の収税官吏に対する各質問てん末書

一、柳沢健一の収税官吏に対する質問てん末書(二通)

一、岩田新吉、大久保隆司、長島明の収税官吏に対する各質問てん末書

一、第七回公判調書中の証人大山隆一郎の供述部分

一、第八回公判調書中の証人中野毅の供述部分

判示事実添付の別紙(一)修正損益計算書に掲げる科目別当期増減金額欄記載の数額について

<土地売上・建物売上・施設負担金につき>

一、収税官吏上野晃作成の昭和五〇年九月二三日付昭和四七年分売上調査書

一、大槻眞一郎作成の昭和五〇年三月二二日付上申書

一、細川俊子の検察官に対する昭和五一年二月六日付供述調書

一、武田康の検察官に対する昭和五一年二月二日付供述調書

一、園木秀寛の収税官吏に対する昭和五〇年二月二五日付質問てん末書

一、同じく収税官吏に対する昭和五〇年四月二五日付質問てん末書

一、中野毅の検察官に対する昭和五一年一月二七日付供述調書

一、第七回公判調書中の証人大山隆一郎の供述部分

一、武田康の収税官吏に対する質問てん末書

一、同じく検察官に対する供述調書

一、田中幸男の収税官吏に対する質問てん末書

一、同じく検察官に対する質問てん末書

一、細川俊子の収税官吏に対する質問てん末書

一、同じく検察官に対する供述調書

一、奥山幸男の収税官吏に対する質問てん末書

一、同じく検察官に対する供述調書

一、服部幸和の収税官吏に対する質問てん末書

一、白井嘉子の収税官吏に対する供述調書

一、辻勇の収税官吏に対する質問てん末書

一、赤尾省三の収税官吏に対する質問てん末書

一、服部幸和作成の昭和五〇年三月四日付上申書

一、小池俊雄の収税官吏に対する質問てん末書

一、出月興隆の収税官吏に対する質問てん末書

一、本井豊の収税官吏に対する質問てん末書

一、同じく検察官に対する供述調書

一、証人大山隆一郎の当公判廷における供述

一、第八回公判調書中の証人中野毅の供述部分

一、押収してある売上帳(昭和五一年押第二三七六号符四)、売買契約書(前同号符五)、勘兵衛売出し経費概略等一袋(前同号符六)、売買契約書各一袋(前同号符七、符八)、総勘定元帳一綴(前同号符九)、土地売買相互契約書等各一袋(前同号符一〇、符一一)、売買契約書一袋(前同号符一二)、出金伝票一袋(前同号符一三)、売買契約書一袋(前同号符一四)、メモ一袋(前同号符一五)、登記済証等一袋(前同号符一六)、伊奈村契約書等一袋(前同号符一七)、見積書等一袋(前同号符二二)、請求書等一袋(前同号符二三)

<期首棚卸土地・土地仕入・造成費・支払利息・給料・経費につき>

一、収税官吏上野晃作成の昭和五〇年八月一八日付土地仕入調査書

一、同じく昭和五〇年一〇月二四日付造成費関係調査書

一、同じく昭和五〇年八月二八日付給料関係調査書

一、同じく昭和五〇年八月二三日付支払利息調査書

一、収税官吏若林英徳作成の昭和五〇年八月二九日付経費関係調査書

一、押収してある個人事業の廃業等届(前同号符三)

<事業税見込控除につき>

前掲各勘定科目掲記の各証拠の標目と同じ

<公表金額並びに過少申告の事実につき>

一、押収してある昭和四七年所得税確定申告書(前同号符一)

一、同じく収支計算書一綴(前同号符二)

別紙(二)課税総所得金額及びほ脱額計算書に掲げる項目のうち配偶者控除の否認について

一、収税官吏上野晃作成の昭和五一年五月一七日付報告書

(弁護人の主張に対する当裁判所の判断)

(土地販売額(仕切価格)について)

被告人、弁護人は本件土地の販売価額を争い、台商物産(株)、西友開発(株)、(株)労協などの不動産業者に対し、いわゆる仕切値を定めて販売したが、右仕切値につき、台商物産に対しては三、三平方メートル(坪当り、以下坪当りという)二万二〇〇〇円および二万三〇〇〇円、西友開発らに対しては坪当り二万五〇〇〇円であって、直接顧客売却分を含めて土地売上の合計は一億四二五八万三二六〇円であつたから、検察官の主張する土地売上合計二億一二〇一万八六五〇円は誤りである旨主張する。

被告人が台商物産(株)、西友開発(株)及び大栄信販(株)等の不動産業者との間で取交した各契約書(前同号符五、符七、符八)、被告人の作成した売上帳(前同号符四)によれば、右被告人、弁護人の右主張にそう内容の記載のあることは認められるが、しかしながら、被告人が本件土地を直接に最終顧客に販売した際、実際の坪単価は三万六〇〇〇円であるのにかかわらず、書類上は坪単価を二万三〇〇〇円としてくれと顧客に依頼し、虚偽の内容の取引金額を売買契約書に記載せしめている事実や(大槻眞一郎作成の昭和五〇年三月二二日付上申書、細川俊子の検察官に対する昭和五一年二月六日付供述調書)、売買契約書には真実の取引価額は記載されていないと顧客が申立てている事実(武田康の検察官に対する昭和五一年二月二日付供述調書、前同号符一二の売買契約書)、更に、本件土地の買入れの際においても、当時、被告人が現実の価格と異なつた価格を契約書に記載するように指示した事実(園木秀寛の収税官吏に対する昭和五〇年二月二五日付質問てん末書)が認められ、これらの事実と対比すれば、前掲契約書や売上帳の記載のみをもってたやすく真実の取引金額が記載されてあるものと認めることはできない。

台商物産(株)関係における仕切価格については、右台商物産の代表取締役である園木秀寛の収税官吏に対する昭和五〇年二月二五日付、質問てん末書によれば、被告人が右園木秀寛及び(株)労協の中野毅に対し、坪当り金額を決めるに当って計算の根拠を示し三万四五〇〇円でどうかと指示した後、同人らは一〇〇〇円だけまけてもらうよう交渉し最低坪当り三万三〇〇〇円で仕切ってもらうことになつたこと(前同てん末書問一三)、また、被告人と台商物産との売買契約書には二万二〇〇〇円~二万三〇〇〇円となつているのは、被告人が台商物産に本件土地を売り渡すに際して、実際の取引価額よりも低い金額で契約書を作成して持つてきたものであり、実際は昭和四六年中に台商物産が顧客と契約したものについては坪当り三万三〇〇〇円で、また、昭和四七年になつて台商物産が顧客と契約したものについては坪当り三万五〇〇〇円で被告人から仕切られたものであると申立てている事実(前同てん末書問一五)が認められる。また、「勘兵衛団地売出し経費概略」(前同号符六)と題するメモについては、園木秀寛および中野毅の捜査官に対し供述したところによれば、台商物産が被告人から坪単価三万三〇〇〇で一、〇〇〇坪を仕入れて販売した場合の利益を概算したものであることが認められる。しかして、諸経費を差引くと利益が二二〇万円程度の少額にしかならず儲からないために被告人に対し仕切値を下げてもらう交渉したと申し立てている事実を認めることができる(園木秀寛の収税官吏に対する昭和五〇年四月二五日付質問てん末書問六、中野毅の検察官に対する昭和五一年一月二七日付供述調書第三項)。更に、中野毅は、検察官に対して「台商物産の仕切価格は四七年に入ってから少し上って三万五〇〇〇円位になつたのではないかと記憶しています」旨明白に供述している(中野毅の検察官に対する前同供述調書第三項)。これらの事実を併せみれば、台商物産に対する仕切坪単価は三万三〇〇〇円ないし三万五〇〇〇円であつたと認めるのが相当である。右認定に反する第八回公判調書中の証人中野毅の供述部分は信用しない。

西友開発(株)、大栄信販(株)、(株)労協の各仕切価格については、第七回公判調書中の証人西友開発(株)の代表取締役大山隆一郎の供述部分によれば、被告人との交渉は一切中野毅が一人で行なつていたが、仕切値が三万七〇〇〇円位であることは中野毅から聞いたと思うと述べており、しかして、右中野毅の検察官に対する供述によれば「西友開発の仕切値は三万七~八〇〇〇円から四万円だつたと思います」「(株)労協でも一区劃だけ販売しましたが、その時の仕切値はやはり西友の場合と同じであつたと記憶しています」と述べていること(中野毅の検察官に対する昭和五一年一月二七日付供述調書第三項)及び園木秀寛の収税官吏に対する質問てん末書によれば「西友開発、労協の場合は、小池さんの仕切値は坪当り三万七〇〇〇円であると言うことを中野君と私が小池さんから聞いております」と供述していること(園木秀寛の収税官吏に対する昭和五〇年二月二五日付質問てん末書問一九)等の各事実を併せ考えれば、西友開発(株)、(株)労協に対する仕切坪単価は三万七〇〇〇円であると認めるのが相当である。右認定に反する第八回公判調書中の証人中野毅の供述部分は信用しない。しかして、大栄信販(株)との取引については、実際は西友開発との取引であり、大栄信販(株)は単なる名目にすぎないことが認められる(第七回公判調書中の証人大山隆一郎の供述部分)。

なお台商物産(株)に対しては、昭和四七年に至って三万三〇〇〇円から三万五〇〇〇円に仕切価格が二、〇〇〇円引上げられた事実の認められることは叙上のとおりであるが、その後、被告人と右台商物産(株)の園木秀寛との間に取引上仲違いを生じ、西友開発(株)に仕切先をかえたこと(被告人の第一〇回公判廷における供述)をみれば、その間の地価上昇をも考慮し、仕切価格が更に二、〇〇〇円引上げられ、結局、西友開発(株)に対しては、三万七〇〇〇円とされたものと推認することもできる。

ところで、弁護人は、本件土地の最終販売価額は坪当り単価平均五万六三六二円であり、これから大山証人の証言によれば、坪一万円の利益があり更に、坪当り一万五〇〇〇円ないし二万円の経費がかかつた旨の供述部分があるので、これによれば、実際の仕切価格は坪三万七〇〇〇円より更に五〇〇〇円ないし一万円低い計算になると主張する。

しかしながら、第七回公判調書中の証人大山隆一郎の供述部分によれば、経費については、広告、雑費につき一万円を帳簿で確認できるとして、より明確、かつ具体的に述べており、そこで、これに右の利益分一万円を加え、仕切値を三万七〇〇〇円として合計すれば、売値は五万七〇〇〇円となって、同証人の申立てている売値とほぼ符節することとなる。従って、右供述部分と対比すれば、弁護人の挙示するところの同証人が最終的な経費の金額を述べた供述部分は、余りに抽象的に過ぎて、仕切値段を算出するための根拠としては合理性を欠くものといわねばならない。以上のとおりであるから、仕切価格にかかる弁護人の主張はすべて失当である。

(建物売上額について)

弁護人は、建物売上額につき、建物三棟合計四三坪単価一一万円で、二棟合計二五坪を坪単価九万円の合計額六九八万円で西友開発(株)に売却したものであつて、検察官の主張する建物売上坪あたり単価一三万円、合計額八八四万円は誤りである旨主張する。

西友開発(株)にかかる「土地売買相互契約書」(前同号符一〇)中の建物に関する昭和四七年一一月六日付、同年一二月六日付各領収書によれば、本件分譲土地上の建物五棟の売上坪単価は、坪一三万円であることが認められる。

しかして、被告人の申立てる坪九万円と坪一一万円は、売却値段ではなく、被告人が山本賢造に建物五棟の建築請負をさせた際の請負価格の坪単価であることが窺われ(見積書(前同号符二二)、請求書(前同号符二三))、また、本件建物は、農地の転用許可を受けるために建てたものではないかと推認されるが、しかし、新築日から売却日までの期間は、長期で五ケ月一〇日間、短期で一ケ月二一日間であることが認められ(登記済権利証(前同号符一六)、収税官吏上野晃作成の昭和五〇年九月二三日付「昭和四七年分売上調査書」)従って、本件建物が六ケ月間も売れずに放置され損を承知で売却した(被告人の第一一回公判廷における供述)というような状況とはとうてい認めることはできないし、他に本件家屋を廉価で売却しなければならぬ特段の事情も認めることができないので、弁護人の主張は採用することはできないといわねばならない。

よってこの点に関する弁護人の主張も失当である。

(特別報酬について)

弁護人は、被告人が西友開発(株)に対して、本件土地を昭和四七年中にすべて売却した場合には六〇〇万円の特別報酬を支払う旨を約定していたところ、同土地は同年中に全部売却されたので、中野毅に六〇〇万円を経費として支払つたのであるから、右経費六〇〇万円を控除すべきである旨主張する。

第八回公判調書中の証人中野毅の供述部分によれば、同人は被告人から大体六〇〇万円ぐらいの金額を受取り、西友開発(株)の大山隆一郎に渡したことがあると述べていることは一応は認められるが、しかし、右金員が特別報酬金としての性質のものであるかどうかについては同人は明確な回答を避けていること、かえつて、右大山は、特別報酬の存在について聞いた覚えはなく、右金員を貰つたことはないと明確に証言していること(証人大山隆一郎の昭和五二年六月二四日公判廷における供述)、並びに、捜査段階では被告人は何ら特別報酬について述べていないことや、被告人の帳簿書類や西友開発(株)の帳簿には、どこにもその旨の記載のないこと、また、被告人の当公判廷における供述も、支払の日時、場所、支払状況について具体性を欠いており、これらの事実を併せ考えれば、前掲第八回公判調書中の証人中野毅の供述部分をもってして、特別報酬金の存在を容認することには消極とならざるを得ない。

また、弁護人は、本件土地所在地が昭和四七年九月一九日施行の村条例により一区画七〇坪以下の宅地造成を認めず、すでに造成されたものについても、その基準に達しないものについては評価証明書の交付をしないなどの措置をとつていたために、被告人の造成地は、ほとんどが、一区画七〇坪以下であることから、本件土地をすみやかに売却する必要が大きく、そのため特別報酬の支払いを約したものであり、また、本件土地のうち、最後の区画の販売価格も四万八四四八円と平均よりかなり安くなつていることは、販売者の側で特別報酬の約束のあることから昭和四七年中に売り切ろうとしたことが推測できる旨主張する。

確かに、伊奈村役場企画課松崎守作成の回答書によれば、宅地造成に関する条例の存在も認められるが、しかし、本件土地は右条例施行日前に既に農地転用許可があつて、すべて宅地造成済のものであること、証人大山隆一郎は弁護人の「四八年まで持ちこすことになると土地の評価証明が貰えなくなるというので急いでいたのではありませんか」との問に対しても「そんなことは私ははじめて聞きましたが、そんなことはなかつたと思います。‥‥評価証明云々という話は今日はじめて聞きました」と証言しており(証人大山隆一郎の昭和五二年六月二四日公判廷における供述)また、本件土地を買受けた顧客出月興隆は、翌昭和四八年一月に入っても残代金を支払うとともに所有権移転登記を了している事実が認められること(出月興隆の収税官吏に対する質問てん末書、収税官吏上野晃作成の昭和五〇年九月二三日付昭和四七年分売上調査書)等を併せ考えれば、右条例の制定の事実を以てしても、本件土地にかかる特別報酬金の存在を推認することはできないといわねばならない。

従って、弁護人の六〇〇万円の経費の主張も失当である。

(不動産所得について)

検察官は、被告人において実際の駐車料収入が九万五九〇〇円、租税公課二万三八一四円、駐車管理料一万三〇〇〇円差引不動産所得五万九〇八六円あつたのにかかわらず、申告に際してこれを全額除外していたものであるから、右金額を不動産所得としての逋脱所得を構成する旨主張するところ、弁護人は、被告人が駐車場関係の収入を申告しなかつたのは、土地を駐車場にするために、昭和四七年中に一五万ないし一六万の工事費を支出しているので、収入はなかつたものと考えたためである。仮に、右支出が改良費として不動産収入の必要経費とならないとしても、被告人はこれを知らず、同駐車場からの収益はなかつたものと考えて申告しなかつたものであり、不動産所得については単なる不申告があるのみで逋脱の故意を欠く。また、駐車場造成費が不動産収入の必要経費とはならないものであるとしても、この点は一般人にはわかりにくいところであつて、被告人に犯意はなかつたと主張するのでこの点につき判断する。

被告人が自己の所有土地を駐車場にするために行なつた工事の内容は、同土地約三〇〇坪の畠地に対し高さ約一尺の盛土をして整地し、その上に砂利を敷き、ローラーで地固めをしたものであること、費用としては、盛土整地工事代として有限会社宮本土木に一三万五〇〇〇円を支払い、また砂利代としては約二〇万円をそれぞれ支出した事実を認めることができる(野見山雅雄作成の昭和五二年五月三〇日付回答書、宮本知彦作成の昭和五〇年三月三一日付上申書、および被告人の第一二回公判廷における供述)。

ところで検察官は、右工事代金については、不動産所得の必要経費ではなく、土地の取得価格に算入されるものであると主張する。すなわち、固定資産の取得価格は基本的にその資産を取得してから業務の用に供するまでに支出した一切の費用を含むものとされており、右工事は被告人が既に取得した土地を新しく駐車場としての業務の用に供するためのものと認められるから(収税官野見山雅雄の昭和五二年五月三〇日付回答書)、右土地の取得価格に算入すべきものであつて、被告人の弁解は税務会計上からも全く失当なものである旨主張する。

おもうに、土地の地盛り等の整地に要した費用は、一般的には、土地の価値を高めるための工事として、財産増加の為の費用と目すべく、従っていわゆる資本的支出として固定資産の取得価額に算入されるべき筋合のものであるから、必要経費にはあたらないものと解するを相当とする。

しかしながら、本件工事は、該畠地に地盛りをし、その表面に砂利を敷いてローラーをかけたもので、雨水がたまり自動車がめりこまぬようにし貸駐車場として充分利用できるようにしたものであるから、少なくとも、通常一般の土地埋立工事とは性質を異にするといわねばならない。

しかして、右の砂利を地面に敷きつめる工事にとどまらず、コンクリート舗装の程度にまで至つた場合には、税法上は一定の構築物として減価償却資産となり(所得税法第二条第一九号、同法施行令第六条第二号)、毎年所定の減価償却がなされうるが、しかし、当該土地を貸駐車場として利用するために砂利を地表に敷きつめた程度にとどまる場合には、独立の存在としての設備又は工作物とはなりえないが、そうだからといつて、それは貸駐車場という収入を得る目的のために支出したものであつて、それ自体は、土地の価額も増加せしめるためのものではなく、また、右工事の程度では土地の価額を増加するものともおもわれない。しかも、当該土地を絶えず貸駐車場として整備しておくためには、二三年目毎に一度は砂利を敷かないと、水がたまって駐車場としての利用が困難になるのであるから(被告人の第一二回公判廷における供述)、従って、土地の構成部分として財産的価値の増加にむけられたものときめつけるわけにもいかない。

寧ろ、その本質は、貸駐車場にかかる所得を生ずべき業務に関し、個人が支出する費用のうち支出の効果がその支出の日以後一年以上に及ぶものとして税法上は繰延資産(所得税法第二条第二〇号、同法施行令第七条)にあたるものと解するを相当とする。

そうすると、繰延資産の償却規定(同法第五〇条第一項、同施行令第一三七条)に基づいて、その支出金額との対比において本件不動産所得なるものを考えれば、本件工事がほぼ三年毎に要するものであること叙上認定のとおりであるから、従って、本係争年分においては、不動産所得は生じないことは明らかである。

仮に、検察官の主張するように、資本的支出として固定資産の取得価格に算出されるべきであるとしても、叙上のように、本件の如き程度の駐車場造成費については、それが不動産収入の必要経費となりえないか否かは税法上一般人において、直ちに容易に判明できるものではなく、そのうえ、被告人において、本係争年分の駐車料収入金額が九万五九〇〇円程度では、前掲支出した金額との対比において、支出金額の方が著しく多額であり、しかも、貸駐車場として絶えず整備しておくためには、三年毎にまた砂利を敷く必要があると考えていたのであるから、従って、所得は生じないと信じたとしても決して無理からぬことといわねばならず、よって、被告人において、右につき信じたことの相当の理由があると認められるので、結局、逋脱の犯意を欠き責任がない。

(利息収入について)

検察官は、被告人の正和土地開発(株)及び日本産業(株)に対する貸付金の利息収入三一万四二九〇円が申告に際し除外されているので雑所得として逋脱所得を構成する旨主張し、これに対し、被告人は、これら会社は被告人のいわゆる個人会社であつて、根拠とされる伝票、帳簿類も、帳尻を合わせるために利息を受けとつた形にはしたが、現実には何ら受領しないと申立て、弁護人も同旨の主張をする。

正和土地開発(株)の元帳(前同号符一八)、金銭出納帳(同符二五)、昭和四七年六月一九日付出金伝票(同符一九)には、被告人に対し二六万七九〇〇円の利息支払いの記載があり、また、日本産業(株)の総勘定元帳(前同号符二六、同符二八)、金銭出納帳(同符二〇、同符二一)には、昭和四七年四月より同年一二月まで月末毎に被告人に対し利息が支払われて合計四万六三九〇円の金額が被告人に支払つたような帳簿上の記載を認めることはできる。

しかしながら、被告人は、これらの会社が被告人の一人会社ともいうべきものであつて、自己の資金をつぎ込むにあたつて銀行なみの年八分程度の利息を貰いたいと思つていたので、被告人自らが帳簿を記載するにあたつて単にその様に内心の希望を記載したにすぎないものであり何ら利息を受取つていないと述べている(被告人の第一二回公判における供述)。

そこで、これらの帳簿、書類等を精査するに、殆んど鉛筆書きされていたり、差引残高が記入されていないなどの帳簿の杜撰な事実が認められるし、また、例えば正和土地開発(株)の金銭出納帳(前同号符二五)の四七年二月の箇所をみると「二月分領収書不明に付き不記入」と記載されていて、本来、金銭の出入を毎日記入すべきにもかかわらず、二月一日から同月二五日までの期間、全く空白とされている事実を認めることができる。更に、正和土地開発(株)に対する分については、約六ケ月分が一括して支給されたように記載されているのに対し、日本産業(株)に対する分については、毎月末に支払われているように記載されている等支払形態において両者に整合性を欠いている。

右帳簿書類以外には約定利息を定めた書面もなく、会社と役員との取引でありながら議事録もない。

これらの事実を併せ考えれば、前掲両会社は、実質は会社という名の個人事業にすぎず、帳簿も単に税対策上のものであつて、利息の記載も信用できず、真実のものではないと認めることができる。

しかして、会社が代表者から資金を借り受けるといっても、その会社が代表者の個人会社であつて、経済的にはあたかも自己の金銭を自ら使用するのと同様の関係にあり、帳簿上の記載も租税対策上のもので現実に代表者に利息が支払われた事実がないのであるから、会社は無利息で代表者から金員を借り受けたと認めるのが相当である。

従って、叙上のこれら会社の帳簿書類の記載されてあることを前提とする利息収入三一万四二九〇円は否定すべきであり、この点に関する弁護人、被告人の主張は理由がある。

(法令の適用)

被告人の判示所為は、所得税法二三八条一項に該当するが、その免れた所得税の額が五百万円をこえるので、情状により同条二項を適用し、所定刑中懲役刑と罰金刑を併科することとし、所定刑期の範囲内で主文一項の刑に処することとし、右罰金を完納することができないときは、刑法一八条により主文二項のとおり労役場に留置し、右懲役刑につき、情状により同法二五条一項を適用し主文三項のとおり刑の執行を猶予し、なお、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して訴訟費用につき主文四項のとおり全部これを被告人に負担させることとする。

よって主文のとおり判決する。

(裁判官 松沢智)

別紙(一)

修正損益計算書

小池静雄

自 昭和47年1月1日

至 昭和47年12月31日

別紙(二)

課税総所得金額及びほ脱額計算書

小池静雄

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例