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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)10399号 判決 1980年3月25日

原告

中山博顕

外一名

右訴訟代理人

高山俊吉

外四名

被告

右代表者法務大臣

倉石忠雄

右訴訟代理人

浜秀和

外六名

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因1記載の事実(当事者の地位)は当事者間に争いがない。

二請求原因2記載の事実(本件事故発生の経緯)中、富夫が新入生歓迎会食会でビールを飲んだこと及び東京商船大学の入学コンパ時等に上級生が各部屋を回つて下級生に酒を飲ませる「部屋回り」と称する慣行があつたことは、<証拠>により認めることができ、その余の各事実は当事者間に争いがない。

三東京商船大学における入学歓迎コンパの実情について

<証拠>によれば、東京商船大学においては例年新入生に対し入学歓迎コンパと称して長いときは一週間にわたり、学寮内において新入生に対し上級生らが事実上強制する形で連日多量の飲酒をさせていたこと、場合によつてはそれが常軌を逸する程度の強要となつたこと、そのため新入生の中には少なからず急性アルコール中毒に陥り、嘔吐し、昏倒する者があつたこと、そして本件事故の年より前においても、症状が悪いため救急隊の出動を求めた例もあつたこと(但し、<証拠>によれば、その人数は昭和四八年、昭和四九年に各一名であり、入院後間もなく帰寮していることが認められる。)をそれぞれ認めることができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上の認定事実によれば、東京商船大学内、ことに学寮内には、新入生に対し飲酒強要の慣行もしくは雰囲気が存在していたことは否定できず、時にそれが節度を超えるものであつたことも否定することはできない。そうであれば、前認定の富夫の飲酒状況も、<証拠>によれば、富夫自身がいささか軽率に杯を重ねたと思われる場面のあつことが窺知できるけれども、それも全体としての雰囲気の中で考えれば、全く任意に飲酒をしたというものではなく上級生の供応を容易に断りきれないで飲酒を重ねたものと推察することができる。

四債務としての安全配慮義務について

1 原告らは被告の責任原因として不法行為責任に加えて、債務不履行としての安全配慮義務違反を主張し、その「債務」としての安全配慮義務の発生根拠として富夫・被告間に在学及び在寮契約が締結されたと主張する。しかし、大学における学生の在学関係は、私立大学の場合と国立大学の場合とでその法律関係の内容に本質的差異がないとはいうものの、本件東京商船大学は被告である国の設置する国立大学であり、その設置、管理、運営は国の教育行政の一環として行われており、その行政主体の行政処分(入学許可)により富夫との間で公法上の営造物利用関係が形成されているのであるから、私立大学における在学が私法上の契約によることから直ちに国立大学の場合もそれと同視しその在学関係を私法上の契約関係から生ずるものと理解することは相当でなく、行政処分によつて発生する法律関係と理解するのが相当である。

従つて、原告ら主張の富夫・大学間の在学・在寮契約の締結及び富夫・大学間の原告らを第三者とする保護契約の締結の主張は失当として排斥を免れない。

2 かように、国立大学の在学関係は行政処分によつて発生すると解すべきであるが、一方、このことから直ちに大学の学生に対する安全配慮義務が否定されるものではなく、行政処分によつて発生した法律関係が一定の目的(大学においては教育・研究目的)達成のための管理権を伴うものである以上、信義則等により、管理をなすべき者(大学当局)は被管理者(学生)の身体・生命・健康についての安全配慮義務を、その法律関係に内在し、又は付随するものとして負うものと解され、この義務の不履行よる損害賠償義務は、私法上の契約により大学在学の法律関係が成立した場合と異ならないものと解するのが相当である。

従つて富夫と大学当局との間において、右の意味での安全配慮義務の内容及び安全配慮義務違反の有無について検討することとする。

五被告の責任原因について

1 一般的に大学当局には、教育過程において学生に対する管理のうえから又は前記のような法律関係の特質から学生に対し安全配慮義務が生ずるが、その具体的内容は個々の事柄及び具体的状況によつて異なり、また尽すべき注意の程度も差異があるのは当然である。

そこで、本件の「学寮内における飲酒行為」に関する安全配慮義務について検討するに、東京商船大学は全寮制を採用し、すべての学生に入寮を義務づけているが、これは単に学生に対する宿舎の便宜供与を目的とするにとどまらず、大学の特殊性から、長期間の洋上生活に耐え得る人間を育成する等のため、集団による共同生活を送らせること自体を教育目的の一としているからであり、この特別の関係から、大学側には単に寮舎の物理的管理・運営をする義務以上に、寮舎内での学生の生活についても、生活秩序、規律の保持等を通じてその安全を配慮する義務を負うものというべきであるが、その負うべき義務の内容、程度はさらに考慮の必要がある。

2 さて、原告らは、大学側が尽すべき安全配慮義務の具体的内容として請求原因4の(一)の(1)のアないしウのとおり主張する。

ところで、一般に、大学は学生の教育と学術の研究とを目的とする教育研究施設であつて、その設置目的を達成するために必要な事項については、法令に格別の規定のない場合でも、学則等によりこれを規定し、実施することのできる自律的、包括的権能を有するのであり、これを本件東京商船大学についてみれば、前叙の全寮制の目的に照らして、寮生活による教育目的達成に必要な範囲内で、教育施設の一である寮舎内における共同生活に関する秩序及び規律の保持のため規則等を制定し、実施することができ、これに基づく寮運営を通じて学生に対する安全配慮義務を尽すべきものと考えられるところ、<証拠>によれば、東京商船大学の学寮の運営については、大学の定めた学寮規則により、大学の正式に認めた組織である寮生自治会がすべて学生の自治によつて行うものと定められていること、学生部長が責任者となり、寮生自治会を通じて間接的に寮生に対する指導・助言するものとされていること、寮秩序の維持に関しては学生による統制委員会が組織され、機能していることを認めることがきる。かように寮生の生活については原則として寮生の自治に任されていること、そのこと自体、教育目的達成のための寮運営のあり方として問題はなく、またそこに起居するものは殆ど成人あるいは成人にごく近い年齢に達した大学生であり(未成年者は四割未満)、是非の判断、節度保持についてもその自制を十分に期待できる者であること、さらには「飲酒」行為はその性質上、強制的に禁止したり管理するよりも、思慮分別のできる大学生自らの自制に委せるべきものであり、大学生である以上はその環境がどうであれ、大学生が自らの判断と自らの責任のもとで対処すべき事柄であることを考え合せると、大学の安全配慮義務は寮生活に及ばないものではないが、その義務の程度は大学が直接に学寮内における学生の共同生活や学生の飲酒態度に介入するまでの必要はなく、第一次的には教育目的にかなう寮生の自治に委ね、その組織を通じて助言・指導し、第二次的にこれを補完するため学生が一同に会する機会をとらえて寮生の注意を喚起する程度で足りると解するのが相当である。

3 ところで、<証拠>によれば、大学当局は昭和五〇年度の入学式の前後に、かねて入学歓迎コンパの際に救急隊の出動を求めた経過に鑑み、学生課長久々宮久が昭和五〇年四月七日寮生自治会委員長、学生自治会委員長を呼び出し、入学式のスケジュールを打合せるとともに、入学コンパについて派手になり飲酒の量が多過ぎないよう注意を与え、入学式当日の式前のオリエンテーシヨン時には、峰学生課長補佐が新入生に対し、飲酒について飲みたくない者はすすめられても断るよう注意を与え、入学式場においても、屋代学生係教官も飲酒についての注意を与え、また学生もその告辞の中で個人の自覚と飲酒の自制について注意を喚起し、一方、寮務委員長は、入学式後父母同席の場で飲酒の自制を求め、また学寮の共用ロビーには飲酒の自制を求める大型の掲示(立看板)がなされていたことを認めることができ、これを覆すに足る証拠はない。

右認定の本件事故の経過に照すと、東京商船大学では入学歓迎コンパにおいて従来は過度の飲酒の慣行があつたこと、前々年、前年にも新入生の中に急性アルコール中毒に陥つた者がいたこと、本件事故は未だ大学生活・寮生活に馴れない入学式の当日に起つた出来事であつたこと等が認められるので、これらの点に深い関心を寄せるとしても、一方で、東京商船大学において学寮の運営は原則として寮生の自治に委されていること、飲酒は分別を備えている大学生が本来自らの判断で対処し自分自身で責任を負うべき問題であること等から考えてみると、大学のとつた前記の措置は、大学に求められる安全配慮義務の内容・程度として欠けるものではないというべきである。

4  結局、本件においては東京商船大学当局に原告ら主張の内容の安全配慮義務の存在を認めることはできず、また被告に損害賠償責任を認めるべき安全配慮義務違反の過失の事実を認めることもできない。

六結論

よつて、原告らの請求はその余の点を判断するまでもなく理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(山田二郎 久保内卓亜 内田龍)

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