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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)1865号 判決 1977年6月21日

原告 合名会社田村商会訴訟承継人 株式会社田村商会

右代表者代表取締役 田村文雄

右訴訟代理人弁護士 高木義明

同 鈴木隆

右復代理人弁護士 小林正憲

被告 外池滋

右訴訟代理人弁護士 大西佑二

同 森憲

同 大塚芳典

主文

一  被告は原告に対し、別紙目録(二)記載の建物部分を明渡せ。

二  被告は原告に対し、左の各金員の支払をせよ。

1  金二三一万一六〇〇円。

2  昭和五一年四月二二日から右明渡ずみまで一か月金一一万七〇〇〇円の割合による金員。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

但し、被告は、金二〇〇万円の担保を提供したときは、右仮執行を免れることができる。

事実

(申立)

第一原告の求めた裁判

一  主文第一項と同じ。

二  被告は原告に対し、左の各金員の支払をせよ。

1 金二四六万六六〇〇円。

2 主文第二項の2と同じ。

三  主文第四項と同じ。

四  仮執行の宣言。

第二被告の求めた裁判

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

(主張)

第一原告の請求原因

一  もと原告たる合名会社田村商会は昭和五一年四月一日原告に吸収合併され、現在の原告は右合名会社の権利義務を承継したものであるが(但し以下右もと原告及び現在の原告を通じて原告という)、原告は、昭和四五年一〇月一六日被告に対し、別紙目録(一)記載の建物(以下本件建物という)のうち同目録(二)記載の建物部分(以下本件室という)を左の条件で賃貸した。

1 期間は右契約日より起算して二年。

2 賃料一か月五万五〇〇〇円及び共益費一か月五〇〇〇円(以下両者を合わせていうときは賃料等という)。

3 更新料 賃料一か月分。

二  右契約は、原告が最初の更新時に法定の要件を備えた更新拒絶の通知をしなかったため法定更新され、昭和四七年一〇月一六日以降、期間の定めのない賃貸借となった。

三  しかし、被告には左のとおり背信的行為などの事実が存するので、原告の立場とも総合し、本件には、これを解約するに足る正当事由がある。

1 原告は、本件建物によってマンションを経営し、一階を自己の事務所及び他への貸事務所とする外は、二階以上(七階まで)を住宅用として他に賃貸している。

2 被告は、前記のように昭和四五年一〇月より本件室(右マンションの二階二〇三号室)を賃借りしているものであるが、右契約の締結については、被告の職業がデザイナーであったため、原告は住居以外の目的に使用されることをおそれて当初これを断わったところ、被告が「あくまで住居として使用する。もし仕事をするとしても、たまに夜持帰ってする程度だ。」と言明するので、原告は、契約書への調印(同第七条にすでに用途制限の明記がある)の外、特に念書(甲第一号証)を徴し、「時にデザインの仕事を持帰ってする場合には、あくまでも住居としての範囲で使用すること、」なお「商号等の表示をしないこと」等を確約せしめたうえ、初めて本件契約の締結に応じたのである。

3 しかるに被告は、同年暮にはデザイン用具等を搬入し、翌四六年には事務員をおくなどして本件室を仕事場として常時使用するに至り、原告方管理人の注意もきかないので、原告は、昭和四七年一〇月の更新時前被告に対し更新をしない旨告げたのであるが、被告は、言を左右にして結局本件室の使用を続け、更に、「右使用を続けるなら増額賃料等を支払うべし」とする原告の後記意思表示を無視して、これを支払わない。

4 原告は、本来第二回目の更新時に当る昭和四九年一〇月にも後記の如く増額賃料等の請求をしたが、被告は、再度これを無視し、あまつさえ、同年暮には約一立方メートルものデザイン用機械を搬入した。

5 しかも被告は、昭和五〇年五月八王子市所在のマンションの一室を購入し、同月三日付をもって妻と共に本件室から右マンションへの転出入手続も了している。

6 以上のように、被告は、原告との約に反して本件室を事務所として使用しているのみならず、本件契約の当初のいきさつからみるとそれはむしろ詐術的であり、しかも原告方の注意、要望等を無視して長期間右使用を継続しながら増額賃料等も支払わないなど、その態容においても甚だ悪質である。

他方、原告は、前記のように本件建物によってマンションを経営しているのであるが、二階以上を住宅専用としている以上、被告のような行為を放置すると、他の賃借人との統一もとれず、環境もわるくなり、ひいては原告の収益にも影響を及ぼすこととなる。

そのうえ、被告は前記のように他に住居を有するに至っている。

これらを彼我総合すると、本件については、その解約につき正当な事由が存するものである。

四  よって原告は被告に対し、昭和五〇年一〇月二一日到達の書面をもって本件賃貸借契約を解約する旨申し入れたから、同契約は昭和五一年四月二一日の経過とともに終了したので、被告には本件室を明渡すべき義務がある。

五  金員請求

1 原告は被告に対し、本件契約の存続中、左の如く二回にわたり賃料等の増額の意思表示をした。

(一) 昭和四七年一〇月口頭で(又は昭和四九年三月二一日着の書面で)昭和四七年一〇月一六日より一か月賃料六万五〇〇〇円、共益費六〇〇〇円の計金七万一〇〇〇円。

(二) 昭和四九年一〇月六日着の書面で同年同月一六日より一か月賃料九万円、共益費八〇〇〇円の計金九万八〇〇〇円。

2 右各増額は正当であるから、被告にはこれが支払義務の存するところ、右の割合により計算した未払賃料等の各総額は、右(一)(昭和四七、一〇、一六より四九、一〇、一五まで)が金一七〇万四〇〇〇円、(二)(昭和四九、一〇、一六より解約発効日たる昭和五一、四、二一まで)が金六〇万七六〇〇円である。

3 次に、本件契約では前記のとおり更新時に一か月分の賃料相当の更新料を支払うことになっていたから、被告は原告に対し、昭和四七年更新分として金六万五〇〇〇円、同四九年分として金九万円の計金一五万五〇〇〇円を支払うべき義務がある。

4 最後に、前記解約発効の翌日たる昭和五一年四月二二日以降の賃料等相当損害金は、一か月金一一万七〇〇〇円(賃料分一〇万八〇〇〇円、共益費分九〇〇〇円)をもって相当とすべきである。

六  よって、原告は被告に対し、本件室の明渡と、前項2及び3の合計金二四六万六六〇〇円並びに昭和五一年四月二二日より右明渡ずみまで一か月金一一万七〇〇〇円の割合による損害金の支払を求める。

第二被告の答弁

一  原告主張第一項の事実は認める。

二  同第二項の事実も認める。

三  同第三項につき、

1 1の事実は認める。

2 2の事実中、被告がデザイナーであること及び被告が原告に対し本件契約書への調印の外、原告主張のような趣旨の記載ある念書を差入れたことは認めるが、その余は争う。

原告は、被告が本件室をデザイン事務所としても使用することを認めたのであるが、他への都合があるというので、原告のいう文言に従って作成したのが右念書である。

3 3の事実については、被告は、本件室につき、三部屋中二部屋は住居用に使用し、奥の一室のみを書斎兼作業場としていたにすぎず、しかもその作業についても、通勤の補助事務員と共に、若干の用具や小型コピー、幻灯機各一台を使用してなす程度のもので、騒音を発する訳でもなく、又建物を損傷したりすることもない。従ってそれは、前記念書からみても、正に「住居としての範囲」内のものである。

3の事実中、右の趣旨に反する事実及び不更新と増額等の各意思表示の事実は争う。

4 4の事実は認める。但し、金員関係部分は後述のように原告の請求が不当であり、また機械の点は、前記幻灯機が古くて使えなくなったので、代りに高さ八〇センチ位、縦一メートル位、横七五センチ位のトレスコープ一台を入れたのであるが、これも拡大器たる性質上、前同様、騒音、損傷等を生じさせるものではない。

5 5の事実は一応認める。しかし、これは、郷里にいた老母を呼び寄せてその面倒をみるためのものであって、ただ銀行ローン等の関係から被告名義とし、且つ転出入手続をとったにすぎず、被告は、月に一、二回同所を訪れるにすぎない。

6 6の事実及び主張は争う。

被告は、上記のように原告の了解を得て本件室を住居兼事務所として使用しているのであり、しかもその使用方法は前叙のようにあくまで住居としての範囲を超えず、近隣にも原告にも迷惑を掛けていない。また、八王子のマンションの件も上記のとおりである。

しかるに、原告こそ、被告との約に反して前記念書をたてにとり、違約・不信義の言動をなし、且つ不当な金員請求をなすものであって、本件にはその解約を正当化する事由は存しないものである。

四  同四の申入のあった事実は認める。

五  同五の事実につき、

1(一) 口頭表示は否認し、書面表示は認める。

(二) 認める。

2 争う。原告の増額率は、いずれも不当に高率である。

3 本件契約に原告主張のような更新料約定の存することは認めるが、右の如き約定はその法律的根拠を欠くから無効であり、然らずとしても右約定は本件の如き法定更新の場合には適用がない。

4 争う。

(立証)《省略》

理由

一  原告の請求原因第一、二項の事実は争がない。

二  原告が被告に対し昭和五〇年一〇月二一日到達の書面をもって原・被告間の本件賃貸借を解約する旨申入れたことも争がないから、右申入に正当事由が存するか否かをみるに、《証拠省略》を総合し、弁論の全趣旨を参酌すると、左の各事実が認められる。

1  原告は、国鉄代々木駅より徒歩数分の場所に高速道路四号線に面して建設せられた本件建物によって、通称アクロポリスなるマンションを経営し、一階を自己の事務所及び他への貸事務所とする外は、二階以上(七階まで)を住宅用として他に賃貸している。

2  被告は、オスカー・デザインの名称で商業デザインの仕事を業とするものであるが、従前住居兼事務所としていた渋谷区本町所在のマンションの一室を立退く必要に迫られ、昭和四五年一〇月原告方を訪れた。

3  原告代表者は、被告の職業から、賃貸建物が住居以外の目的に使用されるおそれが多いとみて断わったところ、被告は、その後二、三回原告方を訪れ、「是非貸してくれ。他にもオフイスもあるから、ここは住宅専用に使う。」というので、原告も結局承知することとし、同月一六日本件室(二階二〇三号室)について賃貸借契約が結ばれた。

ところで、右契約については、その契約書(乙第一号証の一)の第七条に「賃借人は本物件を自己の住居(三名)としてのみ使用し他の用途に供してはならない。」との条項が存するのであるが、被告より、「会社員でも仕事を家に持って帰ることがあるのだから、その程度は認めてほしい。」との頼みがあり、原告代表者も右の程度なら差支えなかろうと考えてこれに応ずることとしたが、前記のように元来不安もあったので、右の趣旨を明確にさせるため念書を作成させることとし、同日被告は「契約書全条を厳守いたしますが、時にデザインの仕事を持帰ってする場合には、あくまでも住居としての範囲で使用し、近隣に迷惑をかけぬことを確約」する旨の念書(甲第一号証)を差入れ、更にその後被告より入口に名刺を貼りたいとの申入れがあったが、右名刺には前記「オスカー・デザイン」の肩書が入っていたため、原告は、右貼付を禁ずると共に、右念書の末尾に「商号等は表示いたしません。」旨追記させた。

なお、原告は、上記契約の際被告より、敷金として金二二万円は預かったが、その他には、例えば事務所承認料ともみられるような金員は何ら受取っていない。

4  ところが、その後被告は、本件室全部を事務所としては使用しないものの、その一部を常時デザイン関係の事務所として使用し、しかも他にオフイスもなかったため、被告方には、常勤の通いの事務員の外、仕事関係の人間の出入りがあり、又仕事用の用具、材料等の搬入もあったので、騒音こそは特段たたなかったとはいえ、原告方では、被告に対し、更新をしない旨の方針を決めた。

5  尤も、原告の右更新拒絶の通知は、期間満了の六か月ないし一年内になされず、満了の約二か月前の昭和四七年八月より一〇月にかけ三回位なされたのであるが、被告は「二年後に明渡す。」とか「それもはっきりとは確約できない。」とか言って明渡に応ぜず、そのため原告代表者は致し方なく同年一〇月初旬口頭で被告に対し、立退かぬのなら同月一六日から賃料等を増額する(従前一か月六万円を後記のように七万一〇〇〇円とする)旨及びその支払を求めたのであるが、被告はこれにも応ぜず、じ来被告は契約当初のままの右六万円の額で賃料等を供託している。

6  原告は、右より約一年半後の昭和四九年三月にも書面で事務所使用に警告を発し、更に同年一〇月に再度賃料等増額(右一か月七万一〇〇〇円を後記のとおり九万八〇〇〇円に増額)の意思表示をしたのであるが、被告は依然これらに応ぜず、同年暮には約一立方メートル弱のデザイン用機械を搬入し、更に少くとも昭和五〇年度の職業別電話帳に本件室の電話を前記オスカー・デザインの名称で登載するに至った。

7  しかも、被告は、郷里の老母を呼寄せて面倒をみる必要があったとはいえ、昭和五〇年五月には八王子市所在のマンションの一室を購入し、主として形式上のものにせよ、同月三日付をもって妻と共に本件室から右マンションへの転出入手続も了している。

8  なお、上述のように原告は本件室を住宅用として賃貸しているので、賃料等もこれを前提として定められ、又一時金も賃料四か月分の敷金を預かるのみであるが、本件建物の一階の貸事務所部分についてみると、本件室と比較し、賃料等は約二倍に相当し、又一時金も保証金として賃料の二〇か月分相当の金員が徴せられている。

以上の各事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

三  以上に判示の事実関係からみると、本件契約の締結に当り、原告が被告に対し本件室を常時事務所として使用することを承認した事実は認められず、本件室はあくまで住居用であって、もし仕事をするとしても会社員等が時に仕事を持帰ってする程度の世間通常の範囲内のものにすぎず、これが特に甲第一号証の念書で確認されたのも、右例外的場合を拡大して認容するためではなく、前叙のように被告の職業柄右の違反をき憂した原告がこれを防止するため特に右一札の差入を求めたものであることが認められる。

従って、被告はとりわけこれを遵守すべきであるのに、契約後日を経ずして、たとえ本件室の全部ではないにしても、これを常時事務所として使用し、且つそのため、騒音等は特段たたなくとも、人の出入り、材料等の搬入も行われたのであり、しかもこれに対する原告の注意、要望等をきき入れず、長期間事務所としての使用を継続したうえ、大型機械の搬入、職業別電話帳への登載などその使用方法は益々大胆になっている。そのうえ被告は、右の如く実質事務所兼用であるのに、低れんな住宅用一時金と賃料等を支払っているにすぎず、しかも右賃料等についても、後記のように原告の正当な二度の増額の請求に対し、これに応ぜず、他方、老母を養うとの事情があるにせよ、八王子にマンションを購入しているという状況にある。

なるほど、原告は、自己自身の居住を必要とする自然人ではないし、又現にその経営が不振である等の事情も認められない。しかし、被告の叙上のような行為は、原告との間の信頼関係を傷つけ、やがてこれを喪失せしめるに至る態のものであるのみならず、多数の者に本件建物を賃貸している原告としては、被告との賃貸借をこれ以上存続せしめることは、その経営上種々の支障を生じさせることは推認に難くない。

これに、被告が現に生活に困窮している等の事情が認められないことを総合考量すると、本件については、これを解約するに足る正当な事由が存するものというべく、従って原告のなした前記解約の申入れは理由があるから、本件賃貸借契約は、右申入れのときより六か月を経過した昭和五一年四月二一日限り終了したものであり、被告には本件室を明渡すべき義務がある。

四  金員請求について

1  原告が被告に対し、昭和四七年一〇月初旬口頭で、同月一六日より賃料等を、従前の一か月六万円から同七万一〇〇〇円(賃料六万五〇〇〇円、共益費六〇〇〇円)に増額する旨の意思表示をしたことは前認定のとおりであり、又昭和四九年一〇月六日着の書面で、同月一六日より賃料等を一か月九万八〇〇〇円(賃料九万円、共益費八〇〇〇円)に増額する旨の意思表示をしたことは争がない。

2  そこで右増額の当否について考えるに、右各増額の意思表示は、昭和四五年一〇月及び同四七年一〇月より各二年の期間をおいてなされたものであり、且つその間の物価及び公租公課等の上昇は顕著な事実であるから、右各意思表示の時期には増額を相当とする事由が存したものというべく、しかしてその額については、《証拠省略》を総合して認められる本件建物の二階以上の住宅部分の他室の賃料等の額を参考とし、これに本件契約の当初賃料等の額など叙上判示の諸事情を併せ勘案すると、前記各意思表示にかかる賃料等の額はいずれも相当な額と認められる。

3  従って被告は、原告の右各意思表示により、本件賃料等として、昭和四七年一〇月一六日より同四九年一〇月一五日までの分として計金一七〇万四〇〇〇円、昭和四九年一〇月一六日より同五一年四月二一日までの分として計金六〇万七六〇〇円、以上合計金二三一万一六〇〇円を支払うべき義務がある。

4  原告は更に、前記解約発効日の翌日たる昭和五一年四月二二日以降の賃料等相当損害金は一か月一一万七〇〇〇円(賃料分一〇万八〇〇〇円、共益費分九〇〇〇円)と主張するところ、この点についても、前記2と同旨の理由でこれを相当とすべきである。

5  なお、原告は二回にわたる更新料の支払を求めるところ、本件につき原告主張のような更新料支払の合意のあること自体は争がないが、右合意の効力はさておいても、原告の主張する昭和四七年一〇月の更新は前記のとおりいわゆる法定更新であるから、このような場合には右合意の適用をみないものというべく、しかして本件契約は上記のとおり右の時期以後期間の定めのない契約となったのであるから、昭和四九年一〇月にはそもそも更新なる事実が存しない。従って、原告の本主張はいずれも失当である。

五  如上の次第であるから、原告の請求は、本件室の明渡と、未払賃料等並びに解約の翌日から右明渡ずみまでの賃料等相当損害金の支払を求める部分を理由ありとして認容し、更新料請求部分を失当として棄却し、民事訴訟法九二条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小谷卓男)

<以下省略>

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