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東京地方裁判所 昭和49年(行ウ)101号 判決

原告 氏原茂 ほか六〇名

被告 国

代理人 藤浦照生 遠藤きみ 古川悌二 ほか五名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事  実〈省略〉

理由

第一LST乗組員の雇用関係等について

一  次の事実については、当事者間に争いがない。

1  我が国の船舶運営会は、昭和二一年、合衆国軍隊のLSTの貸与を受け、外地からの帰還輸送のためその運航を開始した。LSTの運航は、昭和二七年四月一日、日本法人である米船運航株式会社に移管され、同社は、MSTSとの運航契約に基づいて右貸与に係るLSTの運航を行つていたが、MSTS司令官は、昭和三七年一月二二日付け書簡をもつて調達庁長官に対し、米船運航株式会社とのLST運航契約の更新を打ち切り、同年四月一日以降はMSTSが直接LSTを運航すること、米船運航株式会社の船員はその自由意思で船員契約二九、〇〇〇号によりMSTSの下で引き続き使用されること、及び以上の切替えにつき調達庁長官の協力を得たいこととの通告及び協力要請を行い、これに伴い、米船運航株式会社は、同年三月末日をもつて解散することになつた。

ところで、地位協定一二条四項の「現地の労務に対する合衆国軍隊………の需要は、日本国の当局の援助を得て充足される。」との規定を受け、日本国政府(代表者調達庁長官)と合衆国政府(代表者契約担当官)とは、昭和三二年九月一八日、基本労務契約を締結した。同契約は、日本国政府が在日合衆国軍隊の要求に応じ日本人労働者を雇用し、法律上の雇用主となつたうえ、これを在日合衆国軍隊に提供するといういわゆる間接雇用の方式を定めたもので、対象とする職種は、会計職、クラークタイピスト職、通訳職、航空機修理工、戦闘車機械工、電気工、弾薬取扱員など約九〇種に及んでいる。しかし、船員については、他の職種と比べて給与、職務形態等が異なるため、日本国政府と合衆国政府とは、これを基本労務契約の対象から除外し、昭和三三年四月三〇日、前記船員契約二九、〇〇〇号を締結した。船員契約二九、〇〇〇号も基本労務契約と同様の間接雇用の方式を定めたものである。これらの契約によつて、在日合衆国軍隊の労務の需要の大部分が充足されていた。

前記MSTS司令官の通告及び協力要請を受けた調達庁では、米船運航株式会社の解散に伴うLST乗組員の失業を防止するため、至急LST乗組員の雇用の措置を講じなければならないとの考えから、同庁労務部長名の昭和三七年二月一九日付け書簡をもつてLST乗組員の加入する全日海の組合長に対し、MSTSの右協力要請について早急に全日海と協議したい旨申し入れた。その後行われた調達庁と全日海との間の協議において、全日海が、LST乗組員の職務の特殊性等を理由に、LST乗組員が船員契約二九、〇〇〇号に規定されている労働条件のままで雇用されることに難色を示したことから、日本国政府(代表者調達庁長官)は、取りあえず当面の暫定措置として、全日海組合長との間に昭和三七年三月二〇日付け協定書を作成のうえ、同月三一日、合衆国政府(代表者契約担当官)との間に、船員契約二九、〇〇〇号に規定された労働条件等に若干の修正を加え契約期間を同年六月三〇日までとする、LST乗組員のみを対象とした船員契約三六、〇〇〇号を締結し、同年四月一日、同契約に基づいてLST乗組員を雇用し、これをMSTSに提供することとなつた(雇用関係の事務は神奈川県知事に委任され、神奈川県労務管理事務所が事務処理に当たつた。)。日本国政府と合衆国政府との間の船員契約三六、〇〇〇号及びLST乗組員との間の雇用契約は、同年七月一日から一か月間期間を延長されたが、同月三一日をもつて期間満了により終了し、LST乗組員は、同年八月一日、MSTSとの間で直接雇用契約を締結した。

2  LST乗組員とMSTSとの間の雇用契約書は、署名欄でLST乗組員を「民間人船舶従業員(Civilian Marine Employ-ee)」と表示し、また、同契約書三条の定めによりLST乗組員の労働条件の詳細を定めるためMSTS司令官が制定したJMPIは、一章A節において、JMPIはMSTSに「直接雇用されている日本人船舶従業員に適用される。他に特に記されていない限り、本規則書に使われている用語『船員』、『従業員』、『船舶乗組員』及び『船舶従業員』はMSTS所属船舶の船員として雇用され、或いは従業する民間日本人船舶従業員を指すものである。」と規定し、更に同章B節において、「JMPIはMSTSに直接雇用されている民間日本人船舶従業員の雇用条件を定義するものである。」と規定している。

また、JMPIは、一〇章A節1において、「本規則に述べられている制服及びそのための種々の記章は、米海軍用船LSTに乗船勤務のため、極東管区軍事海上輸送司令部に雇用されている日本人船員であることが一目瞭然となるようデザインされたものである。」と規定するとともに、同章BないしD節において、LST乗組員の制服(正規制服、作業制服)、階級章、袖口及び肩章筋等につき職員、部員に分けて各階級ごとに詳細に規定している。

更に、JMPIは、八章H節において、爆発物、放射性物質等の危険物を運搬する船舶の乗組員には一定割合の危険手当を支給する旨を、また、同章M節において、砲火、爆弾等による直接的戦時危険によつて被撃したときは、その乗組員に対し船舶被撃慰労金を支給する旨を、六章D節において、職務上の災害については、治療費、障害補償、死亡補償等を支給する旨を規定している。

そして、MSTS司令官は、昭和四二年五月四日付け指令「MSTS船員の身分証明に関する件」によつて、MSTS所属の日本人船員に対し一定様式のMSTS乗組員身分証明書及び合衆国国防省非戦闘員身分証明書を発行し、これを携行させることを定めているが、右非戦闘員身分証明書には、「非戦闘員」であることが明らかにされ、その職名欄には、「合衆国国防省雇用人―日本人」の記号が赤でスタンプされていた。

3  LST乗組員は、昭和三七年八月一日MSTSの直接雇用になつてから、船員法及び船員保険法の適用を受けなくなり、昭和四〇年四月一日以降は、渡航目的欄に「TO GET ON BOARD LST SHIP」と記載された数次往復用一般旅券の発給を受けた。

また、LST乗組員は、MSTSから得た給与所得について、合衆国政府から所得税を徴収されることはなかつたが、日本国政府(所管者税務署長)から所得税の源泉徴収を受けた。

4  原告らは、別紙三経歴一覧表記載のとおりLST乗組員の経歴を有し、MSTSから得た給与所得につき日本国政府から別紙四源泉徴収所得税一覧表記載のとおり所得税の源泉徴収を受けた。

二  <証拠略>により次の事実が認められ、<証拠略>のうちこの認定に反する部分はたやすく措信できず、他にこの認定に反する証拠はない。

1  船舶運営会は、戦時海運管理令(昭和一七年勅令第二三五号)に基づき昭和一七年四月一日設立された特殊法人で、第二次大戦中は民間所有の全船舶を国家使用船として総合的かつ一元的に運航していたが、終戦後は連合軍総司令部日本商船管理局の支配下で引き続き国家使用船の一元的運営に当たるとともに、合衆国からLST一〇〇隻など合計二一五隻の船舶の貸与を受けて帰還輸送に従事した。昭和二五年四月一日の船舶民営化に伴い、船舶運営会は、商船管理委員会と改称し、LSTを中心とする合衆国貸与船の運航に当たつた。平和条約の発効を前にして昭和二七年三月三一日商船管理委員会は解散することとなり、帰還輸送業務は運輸省が、LSTの運航は新設の米船運航株式会社が担当することになつた。

2  米船運航株式会社が貸与を受けたLSTは、二、三一九トンの四二人乗りで、合衆国が第二次大戦中、戦車、車両等を陸揚げするため製造した艦艇の一種であり、艦が海岸に乗り上げ、艦首が観音開きとなり、艦に内蔵された道板(ランプ)が桟橋代りとなつて、船艙の戦車等がこれを渡つて上陸できるようになつたものである。米船運航株式会社では、MSTSとの運航契約に基づき、日本本土、沖繩、韓国、台湾、フイリツピン等の合衆国軍隊の基地間の補給物資の輸送にLSTを運航させた。米船運航株式会社が運航するLSTの乗組員は全員が日本人で、同社が昭和三七年三月三一日解散した当時は、八九二人の日本人が一七隻のLSTを運航していた。

3  MSTSは、横浜市神奈川区瑞穂町の合衆国軍隊の基地内に本部を有するが、経費節約、ドル防衛のため、昭和三七年四月一日から横浜港ノースピアを本拠としてLSTを直接運航することとなつた。そして、MSTSからの協力要請を受けた日本国政府では、米船運航株式会社の船員を雇用してMSTSに提供し、それに伴う給与等の経費についてはMSTSから償還を受けることになつたが、従来の船員契約二九、〇〇〇号には船長等幹部クラスの船員の給与に関する定めがないところ、米船運航株式会社のLST乗組員は船長以下全員が日本人であるため、日本国政府では、合衆国政府との間で、船長等幹部クラスの給与に関する定めを備えた船員契約三六、〇〇〇号を締結し、これに基づきLST乗組員を雇用した。船員契約三六、〇〇〇号による労働条件は、米船運航株式会社時代のそれを維持ないし上回るものであつたが、LST乗組員全員が加入する全日海は、右労働条件に本来不満で、米船運航株式会社解散に伴う暫定措置として船員契約三六、〇〇〇号による雇用に同意したにすぎず、そのため同契約の期限は同年六月三〇日までとなつていた。そして、調達庁長官は、全日海組合長との間で交換した同年三月二〇日付け協定書において、全日海から提案のあつた新しい労働条件について研究し、同年五月三一日までには全日海と協議の成立をみるよう努力することを約していた。その後、全日海は、LST乗組員の勤務の特殊性を理由に、外国船舶の日本人船員の水準を上回る労働条件を求め、調達庁及び神奈川県労務管理事務所と交渉していたが、調達庁や神奈川県労務管理事務所を介するよりも、直接雇用の方式に移行したうえMSTSと直接交渉した方が今後においてより有利な労働条件を獲得できるとの判断から、同年六月八日、同月一四日及び同月一九日、直接雇用方式を前提とした労働条件についてMSTSとじかに交渉し、交渉の決裂に伴い、同月二五日付け調達庁長官あてのストライキ通告書で、同月二八日以降ストライキを含む一切の行動の自由を留保する旨を通告した。日本国政府は、全日海の意向を受け、MSTSとの船員契約三六、〇〇〇号及びLST乗組員との雇用契約を一か月間延長し、その間に日本国政府、全日海及びMSTSの三者がLST乗組員の取扱いについて更に協議した結果、三者は、同年八月一日以降LST乗組員をMSTSの直接雇用に切り替え、新しい労働条件を定めることに合意した。

この間接雇用から直接雇用への切替えに対するLST乗組員の態度は、船長及び機関長の一部に反対論があつたものの、大部分の乗組員は、間接雇用でも直接雇用でも待遇がよくなりさえすればよいという考えで、右切替え自体に異論はなかつた。

4  かくして、八二五人のLST乗組員が、昭和三七年八月一日、MSTSと直接雇用契約を締結し、JMPIで定める労働条件(給与、勤務時間、休暇、災害補償、福利厚生等の条件)の下で勤務することになつたが、MSTSから支給されるLST乗組員の給与は、当時の日本における船員の最高水準を行くものであつた。

そして、右給与は、LSTが日本国内の港に入港した後支払われていた。外国の寄港地で乗組員が現金を必要とする場合、その申出により現地貨幣で支払われることがあつたが、それは給与の内払で、日本国内の港に帰港後精算された。

LST乗組員の着用する制服及び記章は、LST乗船のためMSTSに雇用された日本人船員であることが一目瞭然となるようデザインされたもので、特に、職員(船長、航海士、機関長、機関士、通信長、通信士、電気士、冷凍機士及び事務長をいう。)の制服制帽は、冬服の袖口章及び夏服の肩章を含め、日本海運界の慣習によつて日本船舶の船員が着用する標準型のものをモデルにデザインされたものであつた。帽章及び階級章は、合衆国海軍のそれをモデルにデザインされているが、「MSTSFE」の文字を入れ、日本人船員であることが明らかになるよう配慮されていた。

LST乗組員は、右制服を着用して合衆国軍隊の基地に出入りしていたが、地位協定一五条一項(a)所定のピー・エツクス、社交クラブ、劇場等の施設及び地位協定二一条所定の合衆国軍事郵便局を利用することは許されていなかつた。

また、LST乗組員に対し発行されたMSTS乗組員身分証明書及び合衆国国防省非戦闘員身分証明書も、地位協定九条三項において合衆国軍隊の構成員が携帯すべきものとして定められている身分証明書とは、明らかに内容を異にしていた。

ところで、MSTSの直接雇用となつたLST乗組員には船員法が適用されないため、それまで船員手帳で行われていた海外渡航のための身分証明をどのような方法で行うかについて、法務省、外務省及び運輸省の三省間で協議した結果、最終的結論を得るまでの暫定措置として、従来の船員手帳の官庁記事欄に海運局が「此の船員手帳の所有者は在日米軍(米海軍極東海上輸送司令部)に雇用されて居る日本人であつて在日米軍のLST乗組員として勤務して居るもので有ることを証明する。」と記入したうえ、これを使用して出入国の身分証明を行うことにした。しかし、昭和三九年一一月三日、南ベトナムのダナン市内に上陸中のLST乗組員が警察官に射殺されるという事件が発生し、LST乗組員の取扱いの曖昧さが問題化したこともあつて、右三省は、船員法の適用のないLST乗組員の身分証明を船員手帳で行うことは望ましくなく、一般外国船舶の船員と同様、旅券により出入国させるのが最も適切との結論に達し、以後はLST乗組員に旅券発給の申請をさせ、新規採用の乗組員には船員手帳を交付しない方針を決めた。しかし、右方針について全日海の協力が得られず、後記のようにLST乗組員の増員を計画していたMSTSは、合衆国国防省の許可を得て、全日海と直接交渉し、労働協約に代わるものとして、昭和四〇年三月一五日、全日海との間で、JMPIに含まれる労働条件は全日海との協議に基づき決定すること、LST乗組員の安全を最大限確保するものとし、全日海から申入れがあつたときは安全保障について全日海と協議すること、組合費の任意源泉徴収を行うことなどを定めた確認書を交換した。その結果、全日海も旅券方式への切替えに同意することとなり、外務省は、昭和四〇年四月一日以降、LST乗組員の申請に基づき数次往復用一般旅券(渡航先として、韓国、台湾、フイリツピン、南ベトナム、カンボジヤ、タイ及び合衆国並びに必要経由国と記載したもの。)を発給することになつた。そして、LST乗組員が右旅券を所持して最初に本邦を出国しようとするときは、出国の事実を表示するため、当該旅券に入国審査官認証印を押捺し、同証印下端に「出国」と記載し、右乗組員が帰国し又は再度出国する際は旅券に何らの記載もしないが、LSTが本邦外の地域に向け直接出港するとき又は本邦外の地域から直接入港したときは、入国管理係官が臨船のうえ入出港届及び乗員名簿を徴するという取扱いがなされた。この取扱いは、一般外国船舶の船員及び航空機の乗組員の取扱いと同じものである。

なお、LST乗組員の代表者は、昭和三七年暮ころ、船員法適用の陳情のため、池田内閣総理大臣に面会する約束を取り付けたが、保険料の負担に難色を示す全日海の反対で面会を取りやめた。

5  MSTSの直接雇用になつてからも、LST乗組員は、従来どおり、合衆国国旗を掲げるLSTに乗船し、MSTSの指令に従い、日本人乗組員だけで日本本土、沖繩、韓国、台湾、フイリツピン等の合衆国軍隊の基地間の補給物資の輸送を行つていたが、昭和三九年八月のトンキン湾事件あたりから南ベトナムへの輸送が次第に増えだした。そして、昭和四〇年三月合衆国海兵隊がダナンに上陸し、ベトナム戦争が本格化するに及び、南ベトナムへの出航が中心となり、MSTSでは数百人の日本人船員を新たに採用し、千数百人の日本人乗組員が合計二八隻のLSTに乗船し、南ベトナムへ出航するようになり、同年四月二四日からは南ベトナム海域でLSTを運航する乗組員に特別区域慰労金が支給されることとなつた。このころのLSTは、約四か月の日程で横浜港を出発し、沖繩、韓国、台湾、フイリツピン、タイに立ち寄るなどして弾薬、燃料、戦車、雑貨等を南ベトナムに運び、往復の約一か月を除く三か月間は、南ベトナム沿岸の港の間で右の軍需品や合衆国軍隊の兵士等を輸送し、時にはタイ国の兵士を輸送することもあつた。そして、約一週間から一〇日横浜に帰港した後、次の約四か月の航海に出発するというローテーシヨンを繰り返し、一二か月から一四か月に一回は横浜港で三ないし四週間の特別修理を行つた。なお、南ベトナムの海域において、武装した合衆国軍隊の兵士が乗り込むことはあつたが、LST自体は武装しておらず、LST乗組員も武器を携行していなかつた。しかし、昭和四五年ころからLSTの運航は次第に縮少され、昭和四八年一月のベトナム和平協定成立のころには六隻が運航されるにとどまり、同年七月末には五三八人になつたLST乗組員のほぼ全員が解雇された。

この間の昭和四〇年三月二七日には、ダナン入港中のLSTに南ベトナム解放民族戦線の手投弾が投げられ、乗組員一人が軽傷を負つた。また、昭和四二年四月二〇日には、サイゴン港に通じるロンタウ川を航行中のLSTが南ベトナム解放民族戦線の砲撃を受け、乗組員一人が死亡、四人が重軽傷を負つた。更に、同年五月一三日、南ベトナムのチユライ付近でLST乗組員一人が撃たれて負傷した。そして、日本国政府もMSTSに対し、LST乗組員の安全確保について申入れを行つたが、ベトナムの戦火に巻き込まれて死亡又は負傷したLST乗組員は右のとおりで、原告らの中には戦火により直接負傷した者はいない。

第二日本国政府の違法行為―その一(安全保護義務違反)の存否について

一  原告らは、まず、日本国政府がLST乗組員をしてMSTSと直接雇用契約を締結するのやむなきに至らしめたものであり、日本国政府の右行為は、安保条約六条、地位協定一二条四項及び憲法九条に違反するとともに、安全保護義務に違反し、違法であると主張する。

1  前記認定のとおり、MSTS司令官は、昭和三七年一月二二日付け書簡をもつて調達庁長官に対し、船員契約二九、〇〇〇号に基づく間接雇用により米船運航株式会社の船員を使用したいとしてその協力を要請し、日本国政府も、LST乗組員の間接雇用のためMSTSと特に船員契約三六、〇〇〇号を締結し、同年四月一日LST乗組員と雇用契約を締結したものである。船員契約三六、〇〇〇号による労働条件は、米船運航株式会社時代のそれを維持ないし上回るものであつたが、LST乗組員全員が加入する全日海は、当初からこれに満足せず、米船運航株式会社解散に伴う暫定措置として船員契約三六、〇〇〇号による雇用に同意したにすぎず、右雇用に移行した後もより高水準の給与等を求めて調達庁及び神奈川県労務管理事務所と交渉し、更には調達庁や神奈川県労務管理事務所を介するよりも直接雇用の方式に移行したうえMSTSと直接交渉した方が今後において有利な労働条件を獲得できるとの判断から、直接雇用方式を前提とした労働条件についてMSTSとじかに交渉を始め、交渉決裂に伴いストライキ通告を行う事態となり、日本国政府、MSTS及び全日海の三者が協議した結果、LST乗組員の雇用関係を間接雇用から直接雇用に移行し、新しい労働条件を定めることで三者の合意をみるに至つた。これに伴い、日本国政府は、同年七月三一日をもつてMSTSとの船員契約三六、〇〇〇号及びLST乗組員との雇用契約を終了させ、MSTSは、同年八月一日LST乗組員と直接雇用契約を締結するに至つたものである。すなわち、直接雇用への移行は、全日海の要求に由来するもので、日本国政府やMSTSが直接雇用への移行を積極的に企図した事実はないのである。

原告らは、直接雇用の方式は日本国政府がベトナム戦争に加担しているとの国際・国内世論の非難を避けるという要請と、LSTの運航に日本人乗組員を確保したいというMSTSの要請との矛盾を原告らの犠牲において解決しようとして生み出されたものであると主張するが、南ベトナムにおける合衆国軍隊の軍需品の輸送がLSTの運航業務の中で重要性を帯びてきたのは、昭和三九年八月のトンキン湾事件、昭和四〇年三月の合衆国海兵隊ダナン上陸あたりからであつて、昭和三七年八月一日の間接雇用から直接雇用への移行の当時においては、日本本土、沖繩、韓国、台湾、フイリツピン等を往来して合衆国軍隊の補給物資の輸送を行うというLSTの運航業務には従前と変化がなく、直接雇用への移行がベトナム戦争と何らかの関連を有することをうかがわせる証拠はない。右移行は、あくまでも、給与等の面でより有利な労働条件を獲得しようとした全日海の要求に端を発するもので、日本国政府及びMSTSにおいて右移行を積極的に推進すべき利益ないし必要性というものは格別認められないのである。

したがつて、日本国政府が、全日海の要求に関しMSTSと協議し、三者間の合意成立に伴つてMSTSとの船員契約三六、〇〇〇号及びLST乗組員との雇用契約を終了させたことをもつて、日本国政府も直接雇用への移行に関与しているといい得る余地があるにしても、それは受身的ないし消極的関与というべきであり、日本国政府がLST乗組員をしてMSTSとの直接雇用契約を締結するのやむなきに至らしめたという非難は当たらない。

2  ところで、LST乗組員とMSTSとの直接雇用契約は、LST乗組員がMSTSの指令の下にLSTを運航し、合衆国軍隊の補給物資を輸送することを労務の内容とするものであり、日本国外へも出航することを予定した契約ということができる。原告らは、この点をとらえ、右契約は安保条約六条、地位協定一二条四項及び憲法九条に違反し、右契約の締結に関与した日本国政府の行為は違法であると主張する。

安保条約六条によると、合衆国軍隊は「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため」日本国において基地を使用することができるのであつて、日本国に配置された合衆国軍隊が右基地を根拠地として「極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため」日本国外で行動することは、安保条約六条の予定し許容するところである。したがつて、地位協定一二条四項の「現地の労務に対する合衆国軍隊の需要」の中には、右のような日本国外における行動に伴う労務の需要も含まれるのであつて、LST乗組員が日本国に配置されたMSTSの指令に基づき日本国外において合衆国軍隊の補給物資の輸送に従事したとしても、直ちに安保条約及び地位協定の右条項に違反するものとはいえない(地位協定の右条項の「現地」という用語が、安保条約六条により合衆国軍隊が日本国において使用することを許される基地のみを指すと解すべき根拠はない。)。また、私人たるLST乗組員がMSTSの指令の下に合衆国軍隊の補給物資の輸送に従事したとしても、日本国が武力行使ないし戦闘行為を行うものとは到底評し得ないのであつて、右契約をもつて憲法九条に違反するものとはいえない。更に、地位協定一二条四項は、合衆国軍隊の労務の需要は原則として日本国政府を介した間接雇用によつて充足されることを想定した規定といえようが、合衆国軍隊が日本人労働者を直接雇用することを全面的に排除又は禁止する趣旨を含むものでないことは、その文理上明らかというべきである。

したがつて、右直接雇用契約をもつて安保条約、地位協定及び憲法の右各条項に違反するものとはいえず、この点において同契約の締結に関与した日本国政府の行為をもつて違法と評価することはできない。

3  また、原告らは、間接雇用から直接雇用への移行に対する日本国政府の関与をもつて、安全保護義務に違反する行為であると主張する。

しかし、直接雇用へ移行したことによりLST乗組員の職務内容に変化が生じたわけではなく、しかも当時はベトナム戦争がLST乗組員の職務に影響を与えるという事態はいまだ発生しておらず、また、これが合理的に予見される情勢でもなかつたのであつて、単に日本国政府が法律上の雇用主として介入することをやめ、LST乗組員とMSTSとが直接雇用契約を締結することになつたからといつて、LST乗組員の生命、身体が具体的に危険にさらされることになつたものとは認めることができない。また、憲法一三条等の規定により、日本国政府は国民の生命、身体を保護するためできる限りの努力をすべき政治的、道義的責務を有するということはできても、そのことから当然に日本国政府がLST乗組員とMSTSとの間の労使関係に法律上の雇用主として介入すべき実定法上の義務は発生しないのであつて、右に認定した直接雇用移行当時の状況下においては、日本国政府が右介入をやめたことをもつて法律上の義務違反ということはできない。直接雇用への移行がもともとLST乗組員全員の加入する全日海の要求に基づくものであることからすれば、日本国政府がこれを受け入れるという消極的な形で右移行に関与したことをもつて違法行為と評価することは到底できない。

4  直接雇用に移行した後において、LST乗組員が現に交戦下にある南ベトナムにおいて軍需品等の輸送に従事し、その生命、身体を危険にさらしたことは、前述のとおりである。しかし、これらの乗組員は、その加入する全日海の要求に基づく直接雇用方式の導入に伴い、任意にMSTSと雇用契約を締結し、ベトナム情勢が緊迫化するに至つた後も任意に同契約関係を継続して南ベトナムにおける輸送業務に従事したのであるから、日本国政府の前記関与行為と右危険との間には、相当因果関係が存しないものというべきである。原告らは、MSTSとの雇用契約の締結は任意な契約締結と評し得るものではないと主張するが、右契約締結に何らかの強制が働いたわけではなく、また、右契約以外に原告らに生計の手段がなかつたとまでは認められないのであつて、結局のところ、原告らは直接雇用によつて得られる報酬の高さとの見合いにおいて右契約を選択し、継続したものというほかない。

二  次に、原告らは、直接雇用への移行の際及び移行後において、日本国政府はMSTSに対しLST乗組員の生命、身体の安全を図るため適切な申入れをなし、二者間の取決めをなすべきであつたにもかかわらず、日本国政府がこれを怠つた不作為は安全保護義務に違反すると主張する。

先にも述べたとおり、政府は国民の生命、身体を保護するためできる限り努力すべき責務を負うものであるが、この責務は国民一般に対する政治的、道義的責務にとどまるのであつて、これにより一定の措置をとるべき法律上の作為義務が発生するものではない。政府に具体的な安全保護の措置をとるべき法律上の作為義務が存するというためには、右措置をとるべき義務につき実定法上の根拠規定があるか又はその旨の明文規定がなくても条理上右義務の発生を認め得る場合であることが必要である。

ところで、本件においては、原告らは南ベトナム海域へ出航することによりLST乗組員の安全が脅かされたと主張するのであるから、その安全に対する危険を避けるための措置としては、日本人の乗り組むLSTを南ベトナム海域へ出航させないことが最善である。しかし、日本国政府には、MSTSやLST乗組員に対し右出航を取りやめさせたり、あるいはその航路等を変更させたりする規制権限はないのである。日本国政府として、LST乗組員の安全確保のための措置につき合衆国政府ないしMSTSに申入れをなし、協議を求めること自体は、もとより可能であろうが(安保条約四条参照)、右のような申入れ及び協議をするか否か、協議の結果としていかなる内容の取決めをするかは、外交関係の処理として、日本国政府の広汎な裁量に委ねられており、このことに関し日本国政府を具体的に義務づけていると解すべき実定法上の根拠はない。もつとも、法令に明文の規定はなくとも、国民の生命、身体、財産に対する重大な危険の発生が明白に予想され、政府が一定の措置に出ることによつて右危険の発生を容易に阻止することができ、かつ、政府が右措置に出なければ右危険の発生を阻止することが困難であるといつた事情が存在し、被害者として政府の措置を期待することが社会的に相当とされるような場合には、条理上、政府において右措置をとるべき作為義務を負い、その不作為は違法とされるべきであろう。しかし、本件においては、LST乗組員の職務内容や南ベトナムの情勢等は原告らにおいてこれを認識できたのであり、南ベトナム海域への出航が原告らの生命、身体に重大な危険をもたらすというのであれば、原告らとしては、同人らの加入する全日海を介してMSTSと右出航問題につき交渉するとか、更にはMSTSとの雇用契約を終了させるとかの方法により自力で右危険を回避できたのであつて、原告らにこれを求めることは社会通念上決して無理なことではない。したがつて、政府が作為義務違反を問われる理由はないものというほかない。

三  また、原告らは、日本国政府が船員法施行規則(昭和二二年運輸省令第二三号)の改正によつてLST乗組員にも船員法及び船員保険法が適用されるよう措置しなかつたのは、安全保護義務に違反し、違法であると主張する。

船員法一条一項は「この法律で船員とは、日本船舶又は日本船舶以外の命令の定める船舶に乗り組む船長及び海員並びに予備船員をいう。」と規定し、船員保険法一七条は船員法一条に規定する船員を船員保険の被保険者とすると規定している。そして、右の「日本船舶」については、船舶法一条で、日本の官公署の所有に属する船舶、日本人の所有に属する船舶及び日本に本店又は主たる事務所を有する法人で一定の要件を備えたものの所有に属する船舶をいうと規定し、右の「命令の定める船舶」については、船員法施行規則一条で、船舶法一条に掲げる法人以外の日本法人の所有に属する船舶、日本船舶を所有することができる者及び右の日本法人が借り入れ、又は国内の港から外国の港まで回航を請け負つた船舶、日本国政府が乗組員の配乗を行つている船舶、並びに国内各港間のみを航海する船舶をいうと規定している。以上に掲げる船舶は、日本の官公署、日本人及び日本に本店等を有する一定の法人が所有若しくは管理し、又は乗組員の配乗を行つている船舶と、日本国内のみを航海する船舶とであるが、LSTは、合衆国政府(MSTS)が所有管理し、かつ、日本国外へも航海する船舶であつて、右に掲げる船舶とは明らかに性格を異にする船舶である。そのうえ、LST乗組員は合衆国政府の保護を受けることができ、その給与、勤務時間、休暇、災害補償、福利厚生等の労働条件はJMPIに明定され、これらの労働条件についてLST乗組員はMSTSに対しその改善を要求する権利ないし自由を有しており、現にLST乗組員の加入する全日海はMSTSと各種労働条件の改善について交渉し、労働協約に代わる確認書の交換も行つていたのであつて、船員法や船員保険法の適用がないからといつて、LST乗組員が全く無保護の状態に置かれ、重大な危険にさらされていたとはいえないのである。以上のようなLSTの性格及びLST乗組員の労働条件からすれば、日本国政府が船員法施行規則を改正してLST乗組員を船員法及び船員保険法の適用対象船員とすべき立法上の作為義務を負つていたものと解することは到底できない。

なお、原告らは、地位協定一二条五項の「……賃金及び諸手当に関する条件その他の雇用及び労働の条件、労働者の保護のための条件並びに労働関係に関する労働者の権利は、日本国の法令で定めるところによらなければならない。」との規定に照らし、LST乗組員に船員法及び船員保険法の適用を及ぼすべきであつたと主張するが、右規定は、日本国政府及び合衆国政府が、合衆国軍隊の基地で働く労働者の労働条件等については、当該労働者に本来適用される日本の法令を尊重し、これに従うことを相互に約した規定であつて、この規定から、日本国政府が労働者保護のため新たな立法行為を行い、あるいは右労働者に本来適用されない法令を右労働者に適用されるよう改正すべき義務まで負うものではない。

四  更に、原告らは、日本国政府はLST乗組員に対し旅券を発給し、その出入国に関し特別扱いを認めることにより、LST乗組員をベトナムにおける合衆国軍隊の軍事作戦行動に従事させることに加担し、安全保護義務に積極的に違反したと主張する。

1  第一の二の4で述べたとおり、日本国政府は、昭和四〇年四月一日以降LST乗組員の申請に基づき、渡航目的として「TO GET ON BOARD LST SHIP」と記載し、渡航先として韓国、台湾、フイリツピン、南ベトナム、カンボジヤ、タイ、合衆国及び必要経由国と記載した数次往復用一般旅券を発給し、その出入国の管理については、外国船舶及び航空機の乗組員の場合と同様、旅券に出国又は帰国の証印を行わず、入出港届及び乗員名簿を徴するという方法をとつた。

LST乗組員は、出入国管理令二条三号の「乗員」(船舶又は航空機の乗組員をいうと定義されている。)に該当することが明らかであり、その出入国に際しては入国審査官から旅券に出国又は帰国の証印を受けることを要しない(出入国管理令六〇条及び六一条)のであつて、右の出入国の取扱いは、外国船舶の乗組員に対するものとして通常の取扱いである。また、右の旅券は、LST乗組員の申請に基づき、出入国管理令二条六号の「乗員手帳」の一種として発給されたものである。ただ、右旅券には渡航先として南ベトナム、タイ、カンボジヤの国々が記載されており、日本国政府は右各国がMSTSの行動範囲に入るとの解釈の下にLST乗組員に対し右旅券を発給したものと認められ、このような旅券を発給することの適否が一応は問題となり得るといえよう。しかし、右は、合衆国軍隊が「極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため」日本国外においてどこまで行動できるかという安保条約の解釈に係る事柄であつて、右の各国が極東ないしその周辺に位置する国々であることからすれば、日本国政府の右解釈をもつて一見明白に同条約の趣旨に反するものとはいえない。したがつて、右旅券の発給や、出入国の取扱い自体には違法な点は存しないものというべきである。

2  また、原告らは、日本国政府に対し旅券の発給を申請し、MSTSとの雇用契約を任意に維持したうえ、その契約に基づき南ベトナムの海域へ出航したものであつて、日本国政府がMSTSと共にLST乗組員を南ベトナム海域へ赴かしめたということはできない。すなわち、南ベトナム海域への出航はLST乗組員の意思によるものであり、日本国政府の旅券発給及び出入国の取扱いと、LST乗組員の南ベトナム海域出航との間には相当因果関係がないものというべきである。

五  以上のとおりであるから、原告らがMSTSの直接雇用となつて以降船員法及び船員保険法の適用を受けられず、また、南ベトナム海域へ出航して危険にさらされたとしても、これを法律的にみる限りは、日本国政府に原告らの主張するような安全保護義務違反はないものといわざるを得ない。したがつて、右義務違反のあることを前提とする原告らの国家賠償の請求は失当である。

第三日本国政府の違法行為―その二(所得税違法徴収)の存否について

一  原告らがMSTSの直接雇用の期間中いずれも日本国内に住所を有していたことは、弁論の全趣旨により明らかというべきであるから、原告らは、所得税法五条一項(昭和四〇年法律第三三号による改正前は一条一項)の規定により、日本国内に住所を有する居住者として、MSTSから得た給与所得につき、日本国政府に対し所得税を納める義務を有するものというべきである。

二  原告らは、LST乗組員は年間を通じ四か月か五か月に一回程度日本国内の合衆国海軍基地に帰港したにすぎず、その上陸期間も極めて短期間であり、ほとんど合衆国主権下のLST内で居住していたものであつて、日本国内に住所を有するものとはいえず、所得税法上の居住者に該当しないと主張する。

確かに、LST乗組員は、LST内に起居し、その生活の大部分を公海上で過していたといえようが、所得税法上の「住所」とは、個人の生活の本拠、すなわちその者の社会生活上の諸問題を処理する拠点となる地をいうのであり、その意味ではLSTは単なる勤務場所にすぎず、これを住所ということはできない。LST乗組員のような船員の場合は、配偶者その他生計を一にする親族が居住し、あるいはその者が勤務外の期間中通常滞在する地が住所に該当すると解されるところ、LST乗組員は、右のような住所を日本国内に有していたものと認められるのであつて、所得税法上の居住者に該当するものというべきである。

三  次に、原告らは、LST乗組員は地位協定一条(a)の「合衆国軍隊の構成員」に該当するから、地位協定一三条二項等の規定により、MSTSから得た給与所得につき日本国政府に対し所得税を納付する義務を負わないと主張する。

1  地位協定一条(a)は、「『合衆国軍隊の構成員』とは、日本国の領域にある間におけるアメリカ合衆国の陸軍、海軍又は空軍に属する人員で現に服役中のものをいう。」と定義しているが、右の「現に服役中のもの」は、英語正文で「on active duty」と表現されているところ、合衆国法令集タイトル一〇軍隊一〇一条二二項において「active dnty」とは「合衆国の現役の軍務における全時間の服務」をいうと定義されていることに照らし、「現に服役中」とは「現に軍務に服役中」を意味すると解される。一方、地位協定一条(b)は、合衆国の国籍を有する「文民」で日本国にある合衆国軍隊に雇用され、これに勤務し、又はこれに随伴するものを「軍属」とし、これを「合衆国軍隊の構成員」から区別しているのである。これらの点から判断すれば、「合衆国軍隊の構成員」とは、結局、「合衆国軍隊の現役軍人」を指すものと解するのが相当である。そして、合衆国海軍の場合、現役軍人は、将校、下士官及び兵から構成されるところ、将校及び下士官は、合衆国の国籍を有することが任命要件となつており(合衆国法令集タイトル一〇軍隊五〇〇一条及び五五七一条)、LST乗組員がこれに該当しないことは明白である。兵の場合には、合衆国の国籍を有することは要件とされていないが、LST乗組員について兵籍編入の手続がなされた事実のないことは弁論の全趣旨から明らかであり、また、兵籍編入の際には、合衆国憲法の擁護及びこれに対する忠誠並びに合衆国大統領及び上官の命に服従することを宣誓し、少なくとも四か月の基礎訓練を経てはじめて合衆国外に配置されるものであるところ(合衆国法令集タイトル一〇軍隊五〇二条及び六七一条)、LST乗組員が右の宣誓や訓練を経ていないことは弁論の全趣旨から明らかである。そのうえ、LST乗組員は、軍紀に服し戦闘行為に従事することを義務づけられていたものではないから、兵に該当しないことが明白というべきである。LST乗組員は、MSTSと雇用契約を締結し、その契約書において「民間人船舶従業員」と表示され、JMPIにおいても「民間日本人船舶従業員」と表示され、また、職名欄に「合衆国国防省雇用人―日本人」と赤でスタンプされた合衆国国防省非戦闘員身分証明書及びMSTS乗組員身分証明書の発給を受け、米船運航株式会社時代及び間接雇用時代と同じくMSTSの補給業務に従事していたもので、MSTSに雇用された文民たる船舶従業員であり、合衆国海軍の兵には該当しないものというべきである。

2  原告らは、LST乗組員が「合衆国軍隊の構成員」である根拠として、LST乗組員はMSTSの指揮命令の下に数々の危険な軍事作戦行動に従事してきたと主張するが、LSTにはこれを指揮すべき合衆国海軍の士官は乗り組んでおらず、LST乗組員も合衆国海軍の紀律に服していたものではないから、LSTを軍艦ということはできず、(公海に関する条約八条二項)、また、LST乗組員が南ベトナムへの合衆国軍隊の軍需品の輸送や、南ベトナム沿岸において基地から基地へ移動する合衆国軍隊の輸送を行つていたとしても、これをもつて戦闘行為そのものに参加したものとはいえず、戦闘作戦行動とは区別されるところの一般的な補給又は移動補給の業務に従事していたものというべきであるから、右業務内容からLST乗組員を合衆国軍隊の構成員ということはできない。

また、原告らは、LST乗組員は日本国内における合衆国軍隊の基地への出入りが自由で、出入国もフリーパスであつたと主張するが、それはMSTSに雇用された船舶乗組員として基地への出入りが認められ、出入国についても一般の外国船舶又は航空機の乗組員と同じ取扱いを受けていたというにすぎず、このことをもつて合衆国軍隊の構成員であることの根拠とすることはできない。かえつて、LST乗組員は、右基地内において、合衆国軍隊の構成員が利用する地位協定一五条一項(a)所定の施設及び二一条所定の軍事郵便局の利用を認められていなかつたのである。また、合衆国軍隊の構成員は、日本国への入国又は日本国からの出国に当たつて、氏名、生年月日、階級及び番号、軍の区分並びに写真を掲げる身分証明書を携帯しなければならない(地位協定九条三項)が、LST乗組員の携帯する合衆国国防省非戦闘員身分証明書及びMSTS乗組員身分証明書は、右合衆国軍隊構成員の身分証明書とは明らかに異なるのであつて、これらのことからも、LST乗組員が合衆国軍隊の構成員でなかつたことが明らかというべきである。

更に、原告らは、LST乗組員は合衆国海軍軍人のそれに酷似した制服等を着用していたと主張するが、右制服等は、右軍人のそれとは区別されていたのである。特に、職員の制服制帽は、日本海運界の慣習によつて船員の着用するもの、すなわち一般の民間日本人船員のそれをモデルにしたものであつて、それが同じ船舶乗組員の制服制帽として合衆国海軍軍人のそれと類似点を有するにすぎないのである。また、帽章や階級章は、合衆国海軍軍人のそれをモデルにしているが、「MSTSFE」の文字を入れることにより区別されていたのであつて、制服や記章においても、LST乗組員は合衆国軍隊の構成員とは明確に区別されていたのである。

そして、LST乗組員が危険手当等の支給や災害補償給付を受けていたとしても、それはJMPIの定める労働条件の一つとなつていたのであつて、原告らの主張のようにLST乗組員が合衆国軍隊の構成員であるという実質に由来するものとはいえないのである。

3  以上のとおり、LST乗組員は、合衆国軍隊の構成員ではないから、MSTSから得た給与所得について、所得税法による納税義務を免れることはできない。

四  次に、原告らは、LST乗組員を船員法及び船員保険法の保護の対象から除外しておきながら、課税の対象とすることは許されないと主張するが、課税は国の統治権の一環をなすものであつて、特定の給付に対する反対給付の性質を有するものではないから、右主張は失当である。

五  また、原告らは、日本国政府が外国船舶の日本人乗組員に対しほとんど課税せず、ひとりLST乗組員に対してのみ課税するのは法の下の平等に反すると主張するが、外国船舶の日本人乗組員は、所得税法上の居住者である以上、特別の条約のない限り、その所得につき日本国政府の課税を免れるものではないのであり、また、これらの乗組員に対し課税が事実上行われていないことを認むべき証拠もないから、右主張は前提を欠き失当である。

六  以上のように、LST乗組員は、MSTSから得た給与所得につき、日本国政府に対し所得税を納める義務を有するところ、その源泉徴収は、地位協定一二条五項及び所得税法一八三条一項(昭和四〇年法律第三三号による改正前は三八一条一項)の規定に基づくもので、適法というべきである。

原告らは、地位協定一二条五項は間接雇用の労働者についてのみ適用され、直接雇用のLST乗組員については適用にならないと主張するが、右条項は、合衆国政府の一般的な源泉徴収義務等を規定したもので、直接雇用の労働者に関する源泉徴収義務等を特に除外するものでないことは、その文理上明らかである。

七  LST乗組員がMSTSから得た給与所得に関する所得税の源泉徴収は、以上のとおり適法であるから、それが違法であることを前提とする原告らの国家賠償及び不当利得返還の請求はいずれも失当というべきである。

第四結論

よつて、原告らの本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条並びに民事訴訟法八九条及び九三条一項本文の規定を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤繁 泉徳治 岡光民雄)

別紙一ないし四 <略>

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