東京地方裁判所 昭和49年(ワ)1356号 判決 1976年9月29日
原告
株式会社石井製作所
右代表者
石井勘蔵
原告
岡田勝年
右両名訴訟代理人弁護士
関根志世
右輔佐人弁理士
牧哲郎
被告
有限会社大塚製作所
右代表者
大塚勝一
右訴訟代理人弁護士
菊池武
外三名
右輔佐人弁理士
福島茂
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判<略>
第二 請求原因
一、原告らは、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件特許発明」という。)の持分均等の共有者である。
発明の名称 電解蓄電器に於ける電極端子引出部の加工方法
出願日 昭和三七年六月八日
(特許願昭三七―二三一六〇号)
公告日 昭和四〇年一〇月一九日
(特許出願公告昭四〇―二三七八〇号)
登録日 昭和四一年三月一二日
特許番号 第四六八五九六号
<後略>
理由
一原告らが本件特許権の共有者であること、本件明細書の特許請求の範囲の項の記載が請求原因二の項のとおりであること及び被告が別紙説明書及び図面記載の方法(被告方法)を使用して被告製品を業として製造販売していることは当事者間に争いがない。
二右争いがない特許請求の範囲の項の記載によれば、本件特許発明は、次の構成要件に区分説明することができる。
(A) プレス若しくは類似装置のベツドに加工する電極端子引出杆とほぼ同じ幅の圧潰下型を固定し、その上方に圧潰下型と嵌合する圧潰下型を順次設け、切断刃は行程の短い昇降装置に、圧潰上型は行程の長い昇降装置にそれぞれ連繋して成る装置を用い、
(B) まず電極端子引出杆を圧潰下型に乗せて圧潰上型により圧潰し、引続き切断刃を作動してその不要部分の切断を行う、
(C) 電解蓄電器における電極端子引出部の加工方法。
三右争いがない別紙説明書及び図面記載の被告方法の説明によれば、被告方法は、次のとおり区分説明することができる。
(A') プレスの台板(21)上に取付けるベツド(2)に加工する電極端子引出杆とほぼ同じ幅の上向き突出部(1a)を有するダイス(1)を固定し、その上方にダイスの上向き突出部(1a)と嵌合するカツター(3)及びカッター(3)と嵌合するポンチ(7)を順次設け、カツター(3)はロツト(10)、(10a)、(19)により小さく昇降するホルダー(4)に、ポンチ(7)は連杆(11)、ラム(15)により大きく昇降する移動盤(8)にそれぞれ連繋して成る装置を用い、
(B') 右装置のダイスの上向き突出部(1a)上に電極端子の引出部を乗せ、ポンチ(7)を下降してその下向き突出部(7a)により圧潰し、引続きカツター(3)を作動して切刃(6)を備える間隙(5)により上下の突出部(7a)、(1a)間よりはみ出た不要部分を切断する、
(C') 電解蓄電器における電極端子引出部の加工方法。
四前認定の本件特許発明の構成要件及び被告方法の区分説明に基づき、本件特許発明と被告方法とを対比する。
(一) (A)と(A') (A')のプレスの台板(21)上に取付けるベツド(2)は(A)のベツド、(A')のダイスの上向き突出部(1a)を有するダイス(1)は(A)の圧潰下型、(A')の下向き突出部(7a)を有するポンチ(7)は(A)の圧潰上型、(A')のカツター(3)は(A)の切断刃、(A')のロツト(10)、(10a)、(19)により小さく昇降するカツターホルダー(4)は(A)の切断刃の行程の短い昇降装置、(A')の連杆(11)、ラム(15)により大きく昇降する移動盤(8)は(A)の圧潰上型の行程の長い昇降装置にそれぞれ該当するものと認められる。
ところで、(A)の「上方に圧潰下型と嵌合する圧潰上型を順次設け」の構成について、原告らは、本件明細書の特許請求の範囲の項及び発明の詳細な説明の項の各記載を根拠として、「上方に圧潰下型と……圧潰上型を順次設け」とはベツドの上に圧潰下型を、その上方に圧潰上型を順次設けることを、「嵌合する」とは圧潰下型の上端と圧潰上型の先端部とがびつたり嵌まり合うことを意味すると主張するのに対し、被告は、これを争い、「嵌合」の語は嵌まり合うことを意味するが、圧潰下型と圧潰上型とが嵌まり合うということはあり得ないこと及び「順次」の語が複数個の部材を前提とするものであることを根拠として、(A)の「上方に圧潰下型と嵌合する圧潰上型を順次設け」とは圧潰下型と嵌合する切断刃、その上方に圧潰上型を順次設けることを意味すると主張するので、この点について検討する。
「嵌合」という言葉は、通常の場合は、(軸と軸受のように)嵌まり合うことを意味するものであり、本件明細書においては嵌合という言葉が四か所において使用されているが、その一か所は今その意味を探求しようとしている特許請求の範囲中であり、他一か所(本件公報一頁左欄二七行目)は、特許請求の範囲と同じ文言態様で使用されているから、これら二か所からは本件特許発明で用いられている嵌合という言葉の真の意味を探り出すことはできないが、他の残りの二か所(本件公報一頁右欄二行目及び四行目)では、嵌合という語はいずれも言葉の通常の意味、すなわち嵌まり合うという意味で用いられていることが認められる。すなわち、本件特許発明の実施例中の説明並びに図面によれば、圧潰下型1の上部1aと切断刃3とが切溝5において嵌まり合い(嵌まり合うからこそ切断刃で電極端子引出杆の不要部分が切断されるものと解される。)且つ圧潰上型の先端7aと切断刃3とが切溝5において嵌まり合うのである。そうすると特許請求の範囲中における嵌合の意味について通常の用法以外の特別の意味をもたせることについて明細書中に何等の記載もない本件においては、それは通常の意味である嵌まり合うという意味で使用されているものと認めるべきである。原告は、特許請求の範囲中における嵌合とは、圧潰下型の上端と圧潰上型の先端部とがぴつたり嵌まり合うことを意味すると主張するが、本件特許発明において圧潰上型と圧潰下型とがびつたり嵌まり合う構造をとりうることがあるものとは到底考えられない。
次に、ベツドに……圧潰下型を固定し、その上方に圧潰下型と嵌合する圧潰上型を「順次設け」るという意味について勘案するに、圧潰下型の上方に設けられる部材が単一の場合には、その部材を「順次」設けるという言方をしないのが日本語の通常の用法である。
以上述べたところから特許請求の範囲中の「その上方に圧潰下型と嵌合する圧潰上型を順次設け」との文言の意味を考えてみると、発明の詳細な説明の項中の実施例の説明及び図面において、圧潰下型の上方に切断刃と圧潰上型という二個の部材が「順次設け」られている点及び圧潰下型と圧潰上型とが切溝を有する切断刃と嵌まり合う構成が示されている点からして、「その上方に圧潰下型と嵌合する切断刃及び切断刃と嵌合する圧潰上型を順次設け」の意味であると解することができ、こう解すれば、「順次」及び「嵌合」の語がその有する普通の意味で使用され、且つ明細書全体を通じて統一して使用されていることになり、またそう解することによつて本件特許発明自体を矛盾なく理解することができる。
なお、<証拠>によれば、本件特許発明の特許出願人(原告株式会社石井製作所)は、本件特許発明の特許出願日の前日に、電解蓄電器における電極端子引出部の加工装置の実用新案登録出願をしたものであるところ、右実用新案の明細書の実用新案登録請求の範囲の項では「加工装置」と記載されている個所が本件明細書の特許請求の範囲の項では「加工方法」、右実用新案の明細書の考案の詳細な説明の項では「考案」と記載されている個所が本件明細書の発明の詳細な説明の項では「発明」と記載されているほか、右実用新案の明細書の実用新案登録請求の範囲の項及び考案の詳細な説明の項では「その上方に圧潰下型と嵌合する切溝を有する切断刃と、切溝と嵌合する圧潰上型を順次設け」と記載されている個所が本件明細書の特許請求の範囲の項及び発明の詳細な説明の項では「その上方に圧潰下型と嵌合する圧潰上型を順次設け」とそれぞれ記載されている点を除けば、両明細書の記載にほとんど同一であり、また添付図面も全く同一であることが認められ、右事実によれば、右実用新案は本件特許発明の方法の実施に直接使用する装置の考案として出願されたものであつて、両者は方法と装置の相違の点を除けば、技術的思想を同一にするものであることが明らかであるところ、右実用新案の明細書の実用新案登録請求の範囲の項のように「その上方に圧潰下型と嵌合する切溝を有する切断刃と、切溝と嵌合する圧漬上型を順次設け」と記載されていれば、「嵌合」及び「順次」の語がその有する普通の意味で使用され、且つ明細書全体を通じて統一して使用されているということができ、これは前説明の当裁判所の本件特許発明の解釈とも一致するところであつて、以上の事実によれば、出願人は本件明細書においても右実用新案の明細書と同様の記載をすべきところ、誤つて本件明細書の記載のように数文字を脱落せしめて記載したものと推認することができる。
さて、前説明のとおり本件明細書の特許請求の範囲の項の「その上方に圧潰下型と嵌合する圧潰上型を順次設け」の記載は、「その上方に圧潰下型と嵌合する切断刃及び切断刃と嵌合する圧潰上型を順次設け」の意味に解すべきところ、更に「その上方に……設け」の技術内容について考えるに、切断刃が圧潰下型と嵌合した状態では切断刃は圧潰下型の上端部より下方に位置し、圧潰下型の上方に設けたことにはならないから、「その上方に……設け」とは、切断刃が圧潰下型の上端部を含めその上方に位置するように設けられることを意味するものと解すべきである。そして、本件特許発明は、右のような切断刃その他から成る「装置を用い」(構成要件(A))、「先ず電極端子引出杆を圧潰下型に乗せて圧潰上型により圧潰し、ひきつづき切断刃を作動してその不要部分の切断を行う」(構成要件(B))ものであるから、結局本件特許発明の切断刃は不要部分の切断前圧潰下型の上端部の上方に位置するよう設けられ、右位置から下降して不要部分を切断するよう作動する構造のものであるというべきである。
これに対し、被告方法では、カツター(3)はダイス(1)の上向き突出部(1a)に嵌合している状態でポンチ(7)がまず下降してダイス(1)の上向き突出部(1a)に乗せられた電極端子引出杆を圧潰し、次いでカツター(3)が上昇して電極端子引出杆の不要部分を切断し、その後カツター(3)がポンチ(7)の下向き突出部(7a)と嵌合する構成であつて、本件特許発明のように切断刃が圧潰下型の上端部の上方に位置するよう設けられ、電極端子引出杆の圧潰につづいて切断刃が下降し不要部分を切断する構成とは異なる。被告方法は、本件特許発明の構成要件(A)及び(B)を充足しない。
原告は、本件特許発明の実施例では、切断刃は圧潰下型の上端部より離れてその上方に位置し、その下降時に不要部分を切断する例が示されているが、これはあくまで実施例であつて、本件特許発明は切断刃が圧潰下型の上端部より離れてその上方に位置することを要件としていないと主張する。しかしながら、本件明細書の特許請求の範囲の項には切断刃の作動については、「ひきつづき切断刃を作動してその不要部分の切断を行う」とのみ記載されているに止まるが、前説明のとおり本件特許発明では、切断刃は不要部分の切断前圧潰下型の上端部の上方に位置するよう設けられ、電極端子引出杆の圧潰につづいて切断刃が右位置より下降して不要部分を切断するよう作動するものと解すべきである。この点、本件明細書にも、実施例に即し、切断刃が不要部分の切断前圧潰下型の上端部の上方に位置し、これが下降して不要部分を切断する構成が記載されているに止まり(本件公報一頁左欄下から三行目ないし右欄二一行目参照)、また添付図面にも右構成が図示されているだけであり、反面切断刃が不要部分の切断前圧潰下型と嵌合して位置し、これが上昇して不要部分を切断する構成が本件明細書の特許請求の範囲に包含されることを示唆するような記載は全く存しない。切断刃が圧潰下型の上端部より上方に位置し、それが下降して不要部分を切断する構成は、単なる実施例に過ぎないとはいえない。原告の主張は理由がない。
(二) 以上のとおりであつて、被告方法は、本件特許発明の構成要件(A)及び(B)を充足せず、ひいてその作用効果も本件特許発明のそれと異なることは明らかであるから、本件特許発明の技術的範囲に属しないものというべきである。
五よつて、原告の本訴請求は、理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(高林克己 清永利亮 塚田渥)