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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)11099号 判決 1986年3月03日

原告

ユーゴーリニア

(旧商号 ユーゴースラベンスカ・ラスニカ・プロバイドバ)

右代表者専務取締役

フラン・バレンティック

右訴訟代理人弁護士

窪田健夫

下山田聡明

被告

日本曹達株式会社

右代表者代表取締役

樫田邦雄

被告

日曹商事株式会社

右代表者代表取締役

樫田邦雄

右被告両名訴訟代理人弁護士

横地秋二

大塚利彦

大野正男

吉川精一

西垣道夫

主文

被告らは、原告に対し、各自金一億七四一〇万七〇四八円及びこれに対する昭和五二年六月一四日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告らの負担とする。

この判決は仮に執行することができる。ただし、被告らにおいて各金五〇〇〇万円の担保を供するときは、その被告は右仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金一億七四一〇万七〇四八円及びこれに対する被告日本曹達株式会社は昭和四八年七月一〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を、被告日曹商事株式会社は昭和五〇年一月二五日から支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

昭和四八年七月九日(以下、特にことわらないときの歴年は昭和四八年である。)午後二時五分ころ、南緯二九度五〇分、東経三七度三四分のインド洋上を航行中のリベリア船籍貨物船マーゴ号(以下「マーゴ号」という。)の一番船倉で火災が発生したことが発見され、同日午後二時四〇分ころ、一番船倉で爆発が起つた(以下同日の火災と爆発とを順次に「第一次火災」、「第一次爆発」という。)。このため、マーゴ号は、南アフリカ共和国のダーバン港に避港したが、同月一一日午後九時五分ころ、同港において、その一番船倉で爆発が起こり、火災が発生した(以下同日の火災と爆発とを順次に「第二次火災」、「第二次爆発」という。)。更に、同月一四日午前九時以降数度にわたり、マーゴ号の一番船倉で爆発が起こり、火災が発生した(以下同日以降の火災と爆発とを順次に「第三次火災」、「第三次爆発」という。)。右各火災と爆発により、マーゴ号の船体は損傷し、積荷も被害を受けた(以上の一連の火災と爆発を総称して以下「本件事故」という。)。

2  当事者

(一) (原告) 原告は、船舶による物品の海上運送を主たる業とする会社であつて、四月一七日、パナビエロ・エス・エイ(以下「パナビエロ」という。)との間で、同社所有のマーゴ号について定期傭船契約を締結し、五月一七日、横浜港においてマーゴ号の引渡を受け、本件事故当時、マーゴ号を貨物運送のために航行させていた。

(二) (被告日本曹達) 被告日本曹達株式会社(以下「被告日本曹達」という。)は、化学製品の製造販売を目的とする会社であつて、本件事故当時、マーゴ号の一番船倉には、同被告が製造して販売した六〇パーセント高度さらし粉(以下「本件高度さらし粉」という。)が積載されていた。

(三) (被告日曹商事) 被告日曹商事株式会社(以下「被告日曹商事」という。)は、被告日本曹達が一〇〇パーセント出資して設立されたものであつて、被告日本曹達製造の化学製品等の販売を目的とする会社である。

3  本件事故の原因

(一) (船倉構造と積付状況) マーゴ号には、船首から船尾の間に一番ないし五番の五個の船倉があり、一番船倉は上から順に、上部中甲板、下部中甲板、下部船倉の三つの空間に区分されている。(以下単に「上部中甲板」「下部中甲板」「下部船倉」というときは、マーゴ号の一番船倉のそれを指す。)。

マーゴ号の一番船倉には、五月一九日、横浜港において、下部船倉の船首側に分離前の相被告であつた日本特殊農薬製造株式会社(以下「日本特殊農薬」という。)が製造した農薬「ヒノザン」を収納した大型鋼製ドラム缶(二〇〇リットル入り)一六六缶が積付けられ、その上に被告日本曹達が製造した本件高度さらし粉を収納した鋼製ドラム缶(五〇キログラム入り)四四五缶が積付けられ、更にその上にはヒノザンを収納した小型鋼製ドラム缶(二〇リットル入り)四六缶を一梱包として木製の枠で組んだ木枠組一〇組が積付けられ、右さらし粉及びヒノザンの各缶等の周囲にはチューブ入りタイヤ一七五六本が積付けられていた。

(二) (七月九日までの気象等) マーゴ号の航海中、七月七日夕方から天候が悪化し、同月八日には風力七(ビューフォート風力階級表による。以下同じ)となり、大きなうねりが出始め、同月九日午前一一時ころには風力八となり、海は非常に荒れ、船は激しく横揺れした。

(三)(1) (高度さらし粉の一般的性状)高度さらし粉は、次亜塩素酸カルシウムを主成分とする極めて強力な酸化性物質であつて、被告日本曹達の製造に係る六〇パーセント高度さらし粉は、有効成分たる次亜塩素酸カルシウムを約六〇パーセント含有している。高度さらし粉は、水分を吸収したとき、日光の直射を受けたとき、酸類・有機物・還元性物質が混入したとき、加熱されたとき、製品の希釈剤として使用するものが不適当であつたときなどには、急激な組織分解を惹起し、高熱を発して爆発する。なお、高度さらし粉の安定性は、原材料、製造方法、製造工程中の品質管理、最終製品の充填作業における監視等によつて左右され、不充分な品質管理のもとで製造された場合には、製品の運送過程においても自然組織分解を起こす危険性を有するものである。

(2) (本件高度さらし粉の性状)

被告日本曹達は、高度さらし粉の原料となる石灰石、水、塩の品質検査をしておらず、製造工程におけるサンプルの迅速な分析をすることなく、粗悪製品もそのままドラム缶に充填収納される製造方法をとつており、また充填場は、鉄筋スレート葺で建築後一〇年以上経過した建物であるため、充填作業中粉塵等の異物が混入する可能性があるうえに、有効塩素、水分、加熱損失を除いては最終の製品に対する品質検査が充分に行われていない。また、被告日本曹達が製造した高度さらし粉は、アメリカ合衆国のオーリン社の製品に比べて、有効塩素含有量の変動範囲が大きく、衝撃に対する感度が高く、熱に対しても激しく反応し、摂氏約七〇度で分解する可能性がある。

(3) (下部船倉の積荷) 下部船倉には、本件高度さらし粉を除けば、発火する可能性を有する貨物は積載されていなかつた。

(四) (本件事故の機序) 本件事故は、ヒノザン、チューブ入りタイヤ等とともに下部船倉に積載されていた本件高度さらし粉が、化学反応を起こしたことにより惹起されたものである。

すなわち、

(1) (高度さらし粉とヒノザンの混合による高度さらし粉の爆発) 第一次火災の直前には、マーゴ号は荒天のため激しく動揺し、とりわけ一番船倉は船首側に位置しているため、船首部の大きな上下動及び横揺れにより、積荷が互いにぶつかり合い、このため、本件高度さらし粉のドラム缶が損傷して中味がこぼれ、同様に損傷してこぼれたヒノザンと混合したか、又は、ヒノザンの小型ドラム缶が損傷してヒノザンがこぼれ、その下の本件高度さらし粉のドラム缶の上に落ち、いわゆる水密とはなつていなかつたドラム缶の上蓋の隙間から徐々にドラム缶内に浸入して混合し、これにより激しい化学反応を起こして爆発・火災に至つたものである。なお、前記のようにこぼれた本件高度さらし粉が荷敷等の有機物と混合して、爆発・火災に至つた可能性もある。

(2) (高度さらし粉の自然爆発)

被告日本曹達が製造した高度さらし粉は、本件事故以前においても、その製造工程における品質管理の不充分により事故を頻発したものであつて、その中には高度さらし粉の自然組織分解が原因と考えられるものがある。本件高度さらし粉は、品質管理が不充分で分解温度が低下しているうえに、周囲を他の積荷で囲まれて熱帯地方を航行し、荒天のための荷崩れによる衝撃で自然分解したため、本件事故が発生した。

以上いずれかの機序で、本件高度さらし粉が分解し、これによつて発生した熱が周囲のチューブ入りタイヤを燃焼させ、本件事故に至つたものである。

(五) (被告らの主張に対する反論)

被告らは、本件事故は乾燥ココナツの自然発火によつて発生した旨を主張する。

しかしながら、乾燥ココナツとコプラとは、その製法、用途、発熱形態及び包装等並びにこれらに関する法的規制を全く異にし、両者を同視することはできないし、乾燥ココナツには自然発火の可能性はなく、仮に荷役作業中等に雨がかかつても内部に浸透することはない。また、乾燥ココナツについての自然発火の事例は皆無である。

4  被告らの責任

(一) 被告日本曹達の責任(不法行為責任)

本件事故の原因が被告日本曹達が製造した本件高度さらし粉にあることは前記のとおりである。そして、被告日本曹達は、前記のとおり、高度さらし粉が多数の爆発事故を起こしていることから、これが有機物又は還元性物質と混合すると爆発し、さらに自然爆発する可能性を帯有していることを充分知悉していたのであるから、これを製造販売するにあたつては、その性質及び爆発の危険性を明示する標札等を貼付するなどして、高度さらし粉の流通経路に関与する港湾運送業者及び船舶運航業者に対し、その運送、保管等の取扱に際し有機物や還元性物質から隔離して取扱うよう指示警告し、加熱・摩擦・衝撃を加えるような取扱をなせば爆発に至る危険性があることを知らしめるべき業務上の注意義務がある。

しかるに、被告日本曹達は、右注意義務を怠り、本件高度さらし粉を製造販売して流通経路におきながら、その危険性や取扱上の配意を原告ら流通関与者に知らしめる措置を採ることなく、漫然と放置していたため、右危険性を知らない原告をして、これを通常の雑貨としてマーゴ号に積付け、しかも引火性物質であるヒノザンその他の有機物と混載せしめ、これにより本件事故を惹起せしめたものである。

よつて、被告日本曹達は、民法七〇九条により本件事故によつて原告の被つた後記損害を賠償する責任がある。

(二) 被告日曹商事の責任

(1) (債務不履行責任) 被告日曹商事は、昭和四八年五月一九日、原告に対し、被告日本曹達が製造した六〇パーセント高度さらし粉のドラム缶四四五缶につき横浜港からアレキサンドリア港まで運送方を依類し、原告はこれを承諾した。

荷送人である被告日曹商事は、運送人である原告に対し、右運送契約に基づき、貨物の種類及び危険性を正確に通知する義務がある。

しかるに、被告日曹商事は、右通知義務を怠り、貨物である本件高度さらし粉が前記危険性を帯有する品物であることを知りながら、これを原告に通知しなかつたため、右危険性を知らない原告をして他の貨物と混載積付せしめ、これにより本件事故を惹起せしめたものである。

よつて、被告日曹商事は、運送契約上の義務違反による債務不履行により本件事故によつて原告の被つた後記損害を賠償する責任がある。

(2) (不法行為責任) 仮に、被告日曹商事が荷送人でないとしても、同被告は、被告日本曹達が製造した本件高度さらし粉を販売する会社であつて、その危険性を知悉していたのであるから、本件高度さらし粉を流通経路におくにあたつては、被告日本曹達と同様の業務上の注意義務があるところ、被告日曹商事は、右注意義務を怠り、本件高度さらし粉を販売、運送を託して流通経路におきながら、その危険性を原告らに知らしめる措置を採ることなく漫然と放置していたため、右危険性を知らない原告をして、これを他の有機物と同一の船倉に積付けせしめ、これにより本件事故を惹起せしめたものである。

よつて、被告日曹商事は、民法七〇九条により本件事故によつて原告の被つた後記損害を賠償する責任がある。

5  損害

(一) 原告は、パナビエロに対し、前記定期傭船契約を締結するに際し、発火性又は危険性を有する貨物を船積しないことを約し、右約定に反して船積した貨物に起因してマーゴ号及び船主たる同社の被つた損害につきこれを賠償する旨を約した。

(二) 原告は、パナビエロから、前記約定に基づき、本件事故による損害賠償の請求を受け、昭和五二年六月一四日、ロンドンにおいて、原告がパナビエロに対し損害金二九万七八四三・〇九スターリングポンド及びこれに対する遅延損害金七万一八一〇・九四スターリングポンドの合計三六万九六五四・〇三スターリングポンドを支払うことを命ずる仲裁裁定がなされ、原告は、同日、パナビエロに対し、右金員を支払つた。

(三) 同日において、一スターリングポンドは四七一円に換算されるから、原告が支払つた右金員は一億七四一〇万七〇四八円(円未満切捨)と換算される。

6  結論

よつて、原告は、被告日本曹達に対しては、不法行為に基づき、被告日曹商事に対しては主位的に債務不履行に基づき、予備的に不法行為に基づき、損害金一億七四一〇万七〇四八円及びこれに対する被告日本曹達は不法行為の後である昭和四八年七月一〇日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、被告日曹商事は本件訴状送達の翌日である昭和五〇年一月二五日から支払ずみに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、(二)及び(三)は認めるが、(一)は知らない。

3(一)  同3(一)、(二)の各事実は知らない。

(二)  同3(三)の事実のうち、高度さらし粉が有機物又は還元性物質と混合すると急激な組織分解を起こし、付近に他の高度さらし粉が存在するときは連鎖反応を惹き起こすことがあることは認めるが、その余の事実は否認する。

(三)  同3(四)冒頭の事実は否認する。本件事故の原因は、後記のとおり、乾燥ココナツの自然発火、船員のタバコの火の不始末、又は電気配線等の損壊とスパークと考えられる。

同3(四)(1)の事実は否認する。

同3(四)(2)の事実は否認する。被告日本曹達は、原料である石灰石、水、塩の品質検査を行い、摂氏一五〇度の熱風乾燥を行つて製造工程や製品についても充分に管理しているもので、その製造にかかる高度さらし粉は自然爆発を起こすものではなく、これによる事故例はない。

(四)  同3(五)の事実は否認する。

4  同4の各事実は否認する。

三  被告らの主張

1  発火場所

第一次爆発は、下部中甲板におけるガス爆発であつて、その火源は下部中甲板に存在した。加えて、第一次火災の発見状況、その直後の状況及び乾燥ココナツの焼毀状況からすれば、第一次火災は下部中甲板で発生したものである。

2  爆発及び火災の各原因

(一) 原告は、本件事故が本件高度さらし粉により発生した旨を主張する。しかしながら、

(1) 高度さらし粉が爆発炎上する際には、白い粉が飛び散り、オレンジ色の炎が燃え上がり、塩素臭を発するのが特徴である。しかるに、第一、二次爆発、火災の際には右のような特徴は見られなかつた。

(2) 高度さらし粉の爆発・燃焼の際には次々に自らの成分中の酸素を放出するため、二酸化炭素を注入しても消化の効果はないものであるところ、本件第一、二次火災に対し二酸化炭素の注入が有効に消火の効果をあげている。

(3) 第三次爆発の際には、白い粉が飛び散り、オレンジ色の炎が燃え上がつた。これは高度さらし粉の爆発の特徴と一致するもので、第三次爆発こそが高度さらし粉の爆発であり、高度さらし粉は第三次爆発の時点まで燃焼しないで残遺していたものである。

(二) 本件事故の原因は、下部中甲板に積載されていた乾燥ココナツの自然発火であることの蓋然性が高い。なお、船員のタバコの火の不始末、荒天時の積荷の移動による電気配線等の損壊とスパークが原因である可能性もある。

(1) 乾燥ココナツの自然発火

本件事故発生当時、出火場所である下部中甲板には、紙袋入りの乾燥ココナツが積載されていた。

乾燥ココナツは、コプラと同様椰子の実の果肉を乾燥したもので、多量の脂肪分を含んでおり、その成分及び化学的性質はコプラと同視すべく、水分の存在によつて発熱して発火する性質を有しているものであるところ、マーゴ号に積載された乾燥ココナツは積荷作業中降雨のため濡れた。

したがつて、本件事故の原因は、乾燥ココナツが水濡れし、自然発火の与件が具備された結果発火したことによる。

(2) タバコの火の不始末

船舶乗組員や荷役作業員のタバコの火の不始末による火災発生はままある。したがつて、本件事故原因もタバコの火の不始末の可能性がある。

(3) 荒天時の積荷の移動による電気配線等の損傷とスパーク

本件事故は、海が非常に荒れ、船が激しく横揺れした際、下部中甲板に積まれた製材、ジエルトン材、合板等の積荷が移動し電気配線等に当たつてそれを損傷したため、スパークが生じ、その火花が積荷に燃え移つたことによる可能性がある。

3  被告らの責任について

被告らは、原告に対し、本件高度さらし粉のドラム缶に貼付した製品ラベル及び取扱注意ラベルにより高度さらし粉の化学的性質ないし取扱上の注意事項を通知しており、マーゴ号乗組員は、荷送人であるテナント・トレーディングの運送代理人であるジャパン・エキスプレスから危険品有害物事前連絡表を、原告の総代理店である南洋物産から化学辞典の抜粋を受け取つており、また、マーゴ号にはブルーブック(危険物船舶運送取扱要領青書)が備え付けられていたから、本件高度さらし粉の化学的性質及び取扱上の注意事項は知つていた。また、原告は、運送人として、本件高度さらし粉を積載するに際しては、関係法規を遵守するとともにこれを知る義務がある。

したがつて、仮に本件事故の原因が本件高度さらし粉にあるとしても、その責任は、高度さらし粉の取扱上の注意事項を遵守せず、又はこれを知る義務を怠つたために本件高度さらし粉とヒノザンとを混載した原告か、若しくは、ヒノザンの化学的性質を原告に知らせなかつたために原告をしてこれと本件高度さらし粉を混載せしめた日本特殊農薬か、又は右両社にあつて、被告らには、何らの責任もない。

四  被告らの主張に対する原告の認否

1  被告らの主張1のうち、第一次爆発が下部中甲板におけるガス爆発であることは認めるが、その余の事実は否認する。

2  同2(一)のうち、高度さらし粉の燃焼に対して二酸化炭素が消火の効果をあげえないこと、第三次爆発が高度さらし粉の爆発であることは認めるが、その余の事実は否認する。

(二) 同2(二)の事実は否認する。

3  同3の事実は否認する。

第三  証拠<省略>

理由

第一請求原因1事故の発生の事実は、当事者間に争いがない。

第二請求原因2当事者のうち、(二)(被告日本曹達)及び(三)(被告日曹商事)の各事実は、当事者間に争いがなく、(一)(原告)の事実は、<証拠>により認められる。

第三本件事故の原因(請求原因3)について

一1  マーゴ号の構造について検討する。

<証拠>を総合すると、次の各事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) マーゴ号は、総トン数八九五一トン、全長約一四六メートル、全幅約一八・八メートルの一般貨物船である。

(二) マーゴ号の船橋は中央よりやや船尾側に位置しており、五つの船倉を有していて、船首側から船尾側にかけて順次に、一番船倉、二番船倉、三番船倉、四番船倉、五番船倉と呼ばれ、各船倉は相互に隔壁で分隔されている。なお、一番船倉の更に船首側の部分には船首倉がある。

(三) 各船倉は、上側の中甲板と下側の下部船倉との二段に区分されているが、一番船倉だけは船首楼があるため、中甲板が更に船首楼部分にあたる上部中甲板(船首楼甲板ともいう。)とその下側の下部中甲板とに区分されている。上部中甲板の床部分もまた上部中甲板、下部中甲板の床部分もまた下部中甲板といい、上部中甲板の天井部分を船首楼露天甲板という。(このように、上部中甲板及び下部中甲板なる用語は、空間を指す意味でも、その床部分を指す意味でも用いられるが、本件においては、特にことわらない限り、空間を指す意味で用いることにする。)上部中甲板は、航海に必要な道具類を格納しており、貨物室としては使用されていなかつた。

(四) 一番船倉についていえば、その船首楼露天甲板の大きさは、概ね縦約一五・九メートル、横約一五・六メートルであり、下部船倉に向かうに従つて、縦横ともに狭小となつており、また、高さは、上部中甲板は約二・一メートル、下部中甲板は船首側で約五・三メートル、船尾側で約四・四メートル、下部船倉は船首側で約七・五メートル、船尾側で約八・一メートルとなつている。

(五) 各船倉には、ハッチ(倉口)があり、一番船倉のそれを一番ハッチという。一番ハッチは、一番船倉の中央やや船首寄りの部分にあり、縦約八・二四メートル、横約六・八九メートルの大きさである(以下一番ハッチのうち、船首楼露天甲板上にあるハッチを「露天甲板ハッチ」、上部中甲板の床部分にあるハッチを「上部中甲板ハッチ」、下部中甲板の床部分にあるハッチを「下部中甲板ハッチ」とそれぞれいう。)。

ハッチは、貨物の積み下ろし以外のときは、ハッチボード(倉口蓋)で閉鎖されており、露天甲板ハッチは、ハッチボードの上に鉄製のハッチカバーをかけ、その上をターボーリン(覆布)で覆つて雨水などの浸水を防ぐようになつている。他方、上部中甲板ハッチと下部中甲板ハッチは、木製のハッチボードで閉鎖されてその上に貨物を積み付けることはできるが、何枚かのハッチボードが一ないし二センチメートル程度の間隔をおいて並べられているだけであるため、気体等の流通は容易である。

(六) 一番船倉には、船首側と船尾側にそれぞれ四本の換気筒が設けられていて、船首側の換気筒は、いずれも上部中甲板、下部中甲板及び下部船倉に通じており、船尾側の換気筒のうち、デリックポストを兼ねたより高い(高さ九・六メートル)二本は下部中甲板と下部船倉に通じており、より低い(高さ一・七メートル)二本は下部中甲板のみに通じている。本件事故発生前は、船首側の換気筒のうち、三本が木栓で閉鎖され、残りの左舷側の一本が強制通風筒としてファンを使つて空気を取り入れ、下方に導かれている空気ダクトにより上部中甲板、下部中甲板、下部船倉に空気を送り、船尾側の換気筒四本が排気筒の役割を果たして空気を外に排出していた。

2  一番船倉の積付状況について

<証拠>によると、次の各事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) 五月一九日、横浜港において、マーゴ号の一番船倉には、下部船倉の船首側に新しい乾燥した荷敷が敷かれ、その上に日本特殊農薬が製造した農薬であるヒノザンを収納した大型鋼製ドラム缶(二〇〇リットル入り)一六六缶が下部船倉の船首側から下部船倉中央位に二段にわたつて左右両舷一杯に積付けられた。この上に荷敷が敷かれ、更にその上に被告日本曹達が製造した六〇パーセント高度さらし粉を収納した鋼製ドラム缶(五〇キログラム入り)四四五缶が概ね三段に、一部は四段に積付けられた。

そして、その上に更にヒノザンを収納した小型鋼製ドラム缶(二〇リットル入り)四六缶を一梱包として木製の枠で組んだ木枠組一〇組が下部船倉のほぼ中央部に積付けられ、右高度さらし粉及びヒノザンの周囲には、チューブ入りタイヤ一七五六本が隙間をふさぐ形で積付けられた。

本件高度さらし粉とヒノザンとは、鋼製ワイヤー・ロープで縛り、四角な材木をくさびにして止め、しつかりと固定されていた。

本件高度さらし粉を一番船倉の下部船倉に積付けたのは、マーゴ号の積荷監督であるディミニックがマーゴ号には防水カバーがないため、できるだけ水と熱から遠ざけようと考えたためであつた。

下部船倉にはそのほか内容未充填の塩素容器九二包、デキストラン(D―グルコースから成る多糖類の一種)一〇〇カートンが、上部中甲板には一般雑貨一〇〇ケースがそれぞれ積込まれて、同日午後一一時五〇分、マーゴ号は横浜港を出港し、名古屋港に向かつた。

(二) 名古屋港においては、一番船倉には船積はされなかつた。

(三) マーゴ号は、同月二二日、神戸港に到着し、同港で、下部船倉の船尾側にステンレススティールシート一〇ケース、プラスチックボタン三一三ケース、チューブ入りタイヤ七〇〇本、一般雑貨九八ケースが積込まれ、横浜港において上部中甲板に積込まれていた一般雑貨一〇〇ケースが下部船倉のヒノザンの木枠組の上のタイヤの上部に積替えられ、同月二五日午後〇時一五分、神戸港を出港し、門司港に向かつた。

(四) 門司港においては、一番船倉には船積が行われず、マーゴ号は、同月二七日、同港を出港し、香港に向かつた。

(五) マーゴ号は、同月三一日午前九時三〇分、香港に到着したが、一番船倉には船積が行われず、六月一日午前一時二五分、同港を出港し、東マレーシアのタンシヨンマニ港に向かつた。

(六) マーゴ号は、同月五日、タンシヨンマニ港に到着し、下部中甲板の前部に製材が積込まれ、同月七日、同港を出港し、シンガポール港に向かつた。

(七) マーゴ号は、同月九日、シンガポール港に到着し、同港において、下部中甲板にジエルトン材、下部船倉に袋入りペッパー二八〇〇袋と籐製ステッキ五二束がそれぞれ積込まれ、同月一三日、同港を出港し、ポートケラン港に向かつた。

(八) マーゴ号は、同月一四日、ポートケラン港に到着し、下部中甲板の後部にゴム六九パレットが積込まれ、同月一七日、同港を出港し、インドネシアのペナン港に向かつた。

(九) マーゴ号は、同月一八日、ペナン港に到着し、下部中甲板に合板及びラテックス(乳樹脂)を収納した缶を積込み、同港を出港し、スリランカのコロンボ港に向かつた。

(一〇) マーゴ号は、同月二三日、コロンボ港に到着し、下部船倉の上部空間に繊維六一八包、乾燥ココナツ二四七三袋のうちの一部を積込み、残りの乾燥ココナツの袋を下部中甲板に積込んだ。この間、同月二四日朝、同月二六日午後、同月二七日、降雨のため再三荷役作業が中断されたが、特に同月二七日午前一時四〇分ころの降雨は急であつたため、ハッチの閉鎖が間に合わず、積荷の一部が濡れたことが記録された。

同月二八日午後五時五〇分、最後の船積港であるコロンボ港を出港してヨーロッパに向かつた。

3  航海の状況について

<証拠>によると、次の各事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) マーゴ号は、コロンボ出港後、六月二八日、同月二九日に風力六の荒天に遭遇し、その後七月六日までは風力四程度の平穏な航海を続け、同日、積荷監督であるディミニックが一番船倉を検査したが、特記事項はなかつた。

(二) 七月七日夕方から天候は悪化し始め、同月八日には、南西の風、風力八を記録し、海が荒れ、大きなうねりがマーゴ号に激突した。降雨は時おり断続的にある程度で、概ね曇天であり、視界は良好であつた。

(三) この天候は同月九日まで続き、マーゴ号は激しく横揺れし、甲板上に積載していた積荷が移動した。

4  本件爆発・火災の状況と損傷状況

<証拠>を総合すると、次の各事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) 七月九日午後二時五分、マーゴ号が南インド洋を南アフリカ共和国のケープタウンに向け航行中、南緯二九度五〇分、東経三七度三四分の位置において、見張の二等航海士が一番船倉の船尾側の換気筒から煙が出ているのを発見し、直ちに火災警報を鳴らし、船長室にいた船長に報告した。

火災警報を聞いた積荷監督ディミニックは、一番船倉の船尾側の高い換気筒二本から煙が出ているのを目撃し、その後、船長及び一等航海士は一番船倉の船尾側にある四本の換気筒全部から煙が出てくるのを目撃した。その煙は、ゴムを焼く強い臭いを伴つた濃い黒色の煙だつた。

火災発見と同時に、船長は、換気筒を閉鎖して濡れた帆布のカバーをかけ、換気筒のスイッチを切ってファンを停止するよう命じ、午後二時三五分ころには、一番船倉に二酸化炭素の注入が開始された。

(二) 同日午後二時四〇分、前記二酸化炭素注入作業中、一番船倉で弱い爆発が起こつた(第一次爆発)。これは、音が押し殺されたような爆発であつたが、露天甲板ハッチのハッチカバーの後部が持ち上げられ、くさびが飛び出し、止め棒が曲り、ハッチカバーにかけられていたターボーリンがゆるみ、ハッチからは黒い煙と黒い泥のような物とタイヤの燃える強い臭いが出て来た。このため、船長はハッチ後部をターボーリンで覆い、二酸化炭素を注入するとともに、二番船倉へ延焼することを恐れ、同日午後二時五〇分、全船に向けてSOS信号を発信したが、その後三〇分間隔で二酸化炭素を注入し続けた結果、火災は一旦鎮火できそうに見えたので、同日午後四時三〇分、SOS信号を取り消した。船長は、同日午後五時、マーゴ号をダーバン港に避難させることに決定してその旨を関係者に打電し、針路を変更した。

(三) 同月一〇日午後一〇時四五分、マーゴ号はダーバン港に入港した。待機していた消防官ハロルド・ウォルターズ、検査員ブライアン・ローレンス、同ロナルド・ベル、同ジャック・スミス等が直ちに乗船し、火災の原因究明と事後処理を協議した結果、同夜、陸上から約二トンの二酸化炭素が一番船倉に注入された。(マーゴ号の二酸化炭素はそれまでに使い果されていた。)

同月一一日午前一〇時三〇分ころ、消防士が一番船倉の船尾側の換気筒を通じて温度を測定したところ、下部中甲板は華氏八二度、下部船倉は華氏七六度であつた。また、消防士の一人が船首倉に下りて、一番船倉の船首側隔壁を手で触れたところ、下部中甲板は暖かく、下部船倉は適度に涼しかつた。なお、この時の周囲温度は、華氏六五ないし七〇度であつた。

これにより下部中甲板での作業は可能であると判断され、同日午後一時三〇分、露天甲板ハッチが開かれ、注入された二酸化炭素を排出して、係官らが上部中甲板に入つたところ、そこは黒いタール状の物質でおおわれ、アンモニアの臭気が感じられ、また、上部中甲板ハッチのハッチボードは乱れていて、そのうちのいくつかが下部中甲板積の貨物の上に落ちていたが、ハッチビームは元のところにあり、下部中甲板に落ちなかつたハッチボードは煙で汚れていたが焦げてはいなかつた。このとき下部中甲板からは薄煙も出ていなかつたし、下部中甲板の積荷も乱れていなかつた。

次に、上部中甲板ハッチの前部が開かれ、ハッチビームを船尾側に動かして係官らが下部中甲板に降りたところ、下部中甲板に積んだ乾燥ココナツの袋は煙で汚れており人夫による荷揚作業が進むにつれて、次第にその品質が低下し、袋は手をかけると破れやすく、結局乾燥ココナツはバケツですくい出さなければならない状態であつた。

同日午後八時二五分ころ、下部中甲板の前部に積付けられた木材の間から、灰色で霞のように細い煙が上つて来るのが視認され、ゴムが燃えた臭いが充ちて来たものの、木材の荷揚作業が進められた結果、木材は煙で汚れているだけで燃えてはおらず、前記煙は、下部船倉からたち昇つていることが判明した。

少し経つうちに上つて来る煙の量が非常に増加したので、上部中甲板ハッチを閉鎖し、その上をターボーリンでおおい、更に荷敷で押さえた。そして、午後九時に二酸化炭素が再び注入された。このとき露天甲板ハッチは閉鎖されなかつた。

(四) 同日午後九時五分、大きな爆発音とともに船首楼甲板の換気筒の上に炎が噴出し、濃黒色の煙とゴムの焼ける臭いが発生した(第二次爆発)。右爆発により上部中甲板ハッチのハッチボードは吹き飛ばされ、船が震動した。

同日午後九時三〇分までには露天甲板ハッチが閉鎖され、一番船倉に二酸化炭素が注入された。

(五) 同月一二日、ハッチを閉鎖したまま船首楼甲板の右舷側の換気筒から温度測定をしたところ、華氏九二度であり、翌朝も同じだつた。なお、ダーバンにおいては、当時、周囲温度は約華氏六五度であつた。

(六) 同月一三日午前七時ころ、一番船倉から煙の出ている徴候はなかつた。そこで、一番船倉の荷揚作業を再開することが決まり、同日午前八時ころ、ハッチが開けられ、二酸化炭素排出作業と並行して下部中甲板の木材と乾燥ココナツの荷揚作業が行われた。スミス消防官が見分したところ、下部中甲板のゴムの周囲に若干の火災による被害が認められたものの、その被害の大部分は、煙と熱によるものであつて、火元らしい痕跡は認められなかつた。

同日午後七時ころ、下部中甲板の荷揚作業は完了し、下部中甲板ハッチのハッチボードに達したところ、四つのハッチボードの下側が焦げており、そのうち左舷側の左舷から三ないし四つ内側の一つは下から上まで焦げが貫通していた。下部船倉における上部のタイヤは、平均には積まれていなかつたが、火と煙とによつて著しく焼損され、そのいくつかは容けて一体となり、一部は内部の鋼製ワイヤーが露呈されており、下に進むにしたがい右タイヤの焼損度合は深刻であつた。他方、右舷側前部に積まれたタイヤの焼損度はさしたることはなく、タイヤの後方に積まれた繊維の梱包の被害もさして重篤ではなく、上部は焼損を免れていた。また、ハッチの真下の前方に積まれた籐の杖は、黒くなつていたし、デキストランは、ハッチ底部の前端から三分の一くらい後方にあつて、全部割れ、黒煙と熱で、汚損、損壊されていた。

同日午後五時一五分ころにおける下部船倉の温度は華氏七二度であり、煙は出ていなかつたが、同日午後七時三〇分ころ、極めて細い煙が繊維の梱包を通じて漏れて来たので、消防士が消火泡をかけてこの煙を消し止めた。

(七) 同月一四日午前四時ころ、下部船倉の中心部から更に薄煙が間欠的に生じ、午後七時ころには下部船倉から黒煙が出始め、ゴムの焼臭が漂い、午前七時五〇分、連続的でなくぶっぶっと噴出する状態で炎が上つたが、マストまでは達しなかつたところ、午前九時すぎに至るや、猛烈な短い炎が、五分ないし三〇分間隔で吹き出し、オレンジ色の炎が船首楼甲板のハッチ縁材から約一五フィート上空まで達した(第三次爆発)。午前九時二〇分ころから、消化の目的で、ホースを用い水を噴射させて一番船倉を浸水させたが、その浸水の最中にも時々炎が水を通して上がつて来た。

午後二時三〇分ころ、マーゴ号は船首から三二フィートの吃水で擱坐し、午後四時四〇分ころ、浸水は下部中甲板の上部に達し、積荷は水に浸つた。その後午後五時五〇分に新しい爆発があり、露天甲板ハッチのハッチボードが吹き飛ばされ、ターボーリンが引張られた。

同月一六日午後一一時一〇分ころ、煙が一番船倉の通行ドアから出て来た。

同月一九日午前八時三〇分ころ、下部中甲板の後部から泡立音と小爆発音とが聞こえたが、同日午後六時三〇分ころ、火は完全に消えた。

(八) 同月二八日に至り、荷揚作業が完了した。

下部船倉に積まれていた高度さらし粉のドラム缶は全部爆発しており、ドラム缶の底部には凝固した化学物質が残つており、ドラム缶は衝撃によつて歪んだりつぶれたりしており、ボルト締めの部分がへこんでいた。

ヒノザンの小型ドラム缶のうち、一個だけ内容物がなくなつており、多数の小型ドラム缶からは多くの漏出があつたが、大型ドラム缶からは多量の漏出はなかつた。高度さらし粉の上に積まれていたタイヤは、溶け合つて完全に癒着し、多くのタイヤの針金の網目が溶けて付着していた。

下部船倉の前部隔壁は、右舷側において著しく歪曲し、下方から二メートルの高さまでは火炎による損害がなかつたが、その上方は極度に焼損していた。

また、下部船倉の中心線隔壁も両側が著しく歪曲し、二番船倉側の隔壁付近にも一番船倉からの猛烈な熱が加えられた形跡が視認された。

二以上の事実を前提として、第一次火災の出火場所を検討する。

1 前記一4認定の各事実、なかんずく、第一次火災が発見されたとき最初から黒い煙が発生しゴムの焼臭がしたこと、第一次爆発は二酸化炭素を注入した直後に発生したこと、第一次爆発の際も黒い煙とゴムの焼臭が発生し、黒い泥のようなものが発生したことに、<証拠>をあわせ考えると、第一次火災の初期の段階でゴムが燃焼したこと、そこへ二酸化炭素を注入したため酸素不足となつてゴムの未燃ガスが発生したこと、その未燃ガスが第一次爆発を惹起したことが明らかである。

そして、第一次爆発の際、露天甲板ハッチのハッチカバーが持ち上がつたこと、上部中甲板ハッチが乱されていたこと、しかし下部中甲板の積荷は乱れていなかつたことは前記一4認定のとおりであるから、これらの事実に<証拠>を総合すると、第一次爆発は上部中甲板及び下部中甲板で発生したものと推認される(すなわち、第一次爆発が下部船倉で発生したとすると、下部中甲板ハッチの上には乾燥ココナツ等の積荷がおかれていたのであるから爆風がこれらの下部中甲板の積荷を乱すことなく、その上の上部中甲板ハッチを乱し、更にその上の露天甲板ハッチのハッチカバーを持ち上げたことになり、不合理である。)。

2 ところで、一番船倉の積荷状況は前記一2で認定したとおりであつて、この積荷のうち、第一次火災の初期の段階で燃焼し、第一次爆発を惹起した未燃ガスを発生させたところのゴムに関係すると思われるものとしては、下部船倉のタイヤ、ヒノザン、下部中甲板のゴム、ラテックスがある。

このうち、まず、ヒノザンについては、<証拠>中にヒノザンはニトリルゴムを含有する旨の供述及び記載部分があるものの、右は証人岸野茂雄の反対趣旨の証言に照らし、たやすく措信できず、他にヒノザンがゴムに関係すると認めるに足りる証拠はない。

次に、ラテックスについては、<証拠>によると、ラテックスは水分を多量に含み缶に入つていること、揮発性が高いアンモニアを含有しているためこれがゆるやかに加熱されるだけで強いアンモニア臭を発生させることが認められるところ、前記一4認定のとおり、七月一一日になつてアンモニア臭が発生したことは認められるものの、第一次火災でラテックスが燃焼していればもつと早い時期にアンモニア臭が発生するはずであるのにそのような証拠がないことからすれば、第一次火災の早い時期にラテックスが燃焼したと推理するのは不合理である。

以上の事実に加えて、第一次火災の際ゴム以外のものが多量に燃えたとの証拠がなく、ゴム自体が自然発火するものでないことを勘案すれば、第一次火災は、下部船倉のタイヤの近くか、下部中甲板のゴムの近くから発生したものと推認される。

3 下部中甲板のゴムの近くに乾燥ココナツが積載されていたことは前記一2認定のとおりであつて、被告は、本件事故は下部中甲板に積載されていた乾燥ココナツが自然発火したことにより発生したものである旨を主張する。

そこで、以下、乾燥ココナツの自然発火の可能性について検討する。なお、ここに「自然発火」とは、物質が空気中で発火温度よりはるかに低い温度で自然に発熱し、その熱が長期間蓄積されて発火点に達し、ついに燃焼に至る現象をいうこととする。

(一) <証拠>を総合すると、次の各事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(1) 乾燥ココナツは、ココナツの皮をむいた核を細砕し、粉砕し、又は粒状にすることによつて得られそれ以上加工することなしに主として食用に調製された乾燥製品である。

ところで、スリランカ政府は、主要輸出品目の一つである自国産の乾燥ココナツの製造と輸出について「乾燥ココナツの衛生的業務の基準法」及び「乾燥ココナツの仕様書」を定め厳しく規制をしている。

すなわち、その製造工程は、まず殻を割つて果肉を取り出し、表皮と汚れた部分とを削り取つて水洗いし、摂氏九五ないし一〇〇度の熱湯のタンクの中を約九〇秒間通過させた後細かく砕いて、摂氏八五ないし一一〇度の熱風乾燥を行うというものであるが、工業は衛生的施設、換気方法、管理面等において、ごみ、小動物、カビ等の混入を防止する構造とし、すべての設備及び器具を一日二回洗浄、消毒し、製造工程においては、ココナツの果肉を手で取扱うことなく、自動システムにより厳重な管理がなされている。

また、その包装には、ポリエチレンの裏地のついた五重のクラフト紙の袋を用い、最外側のクラフト紙は濡れに強いもの、内側の四枚のクラフト紙は一平方メートルあたり七〇の規格のもの、ポリエチレンの裏地は三〇〇ゲージのもので一回の作業で袋の全幅にわたつて熱で封印される。

そして、製造後三ないし六日目に製品の細菌学上の検査が行われ、輸送にあたつても腐敗や変質を防ぎ汚染されないような取扱が義務づけられている。

(2) 他方、コプラは、ココ椰子の果実の胚乳を乾燥させたものであつて、脂肪を六四ないし六八パーセント、窒素物を九ないし一〇パーセント、可溶性無窒素物を一四ないし二六パーセント、水を四ないし六パーセント、灰分を一・五ないし二・七パーセント含有しており、主としてココナツ油の原料として利用されている。

コプラについては、その製造等につき特段の法的規制はなく、製造は、天日乾燥、人工乾燥、燻煙によつて行われ、包装も麻袋が用いられることが多い。このため、コプラにはバクテリアや菌類を含有することが多く、適度の湿度と空気が与えられると組織の分解及びこれによる発熱、更には発火を起こすことがある。そこで、コプラは、危険物船舶運送及び貯蔵規制(昭和三二年八月二〇日運輸省令三〇号)並びに国際危険物海上運送規則である通称イムココードにおいて自然発火性物質にあげられ、また、船舶輸送中に自然発火を起こして火災に至つた例がかなりあり、いわゆるロイド海難週報によつて統計的処理をした資料(乙第五号証の二)によると、昭和四八年から昭和五一年までの四年間に起つた貨物による貨物船の火災爆発事故の約四・三パーセント(二三三件中の一〇件)が、コプラによるものである。

これに対し、乾燥ココナツについては、これを取り扱うわが国の主要輸入業者、船舶関係者らの間においては、自然発火に関する体験事例、見聞事例はなく、乾燥ココナツが危険な物品であるとは認識されていない。なお、乾燥ココナツやコプラに含有されるココナツ油は、そのほとんどが飽和脂肪酸から成つているため酸化し難いものである。

(3) マーゴ号に船積された乾燥ココナツは、スリランカで製造されたものであつて、その等級は「細かい」に格付けられ、粒子間には空気がほとんどなく、含水量は三パーセント未満で、ポリエチレンの裏地のついた五重のクラフト紙の袋に入つていた。

(二) 右認定したところを要するに、乾燥ココナツとコプラとは、原料を同じくするものであつて、両者に含まれる油脂(ココナツ油)自体には異なるところがないが、コプラは、船舶輸送中に自然発火して火災に至つた事例がかなりあり、危険物船舶運送及び貯蔵規則、イムココードでも自然発火性物質とされているのに対し、乾燥ココナツは、わが国の輸入業者、輸送関係者間において、自然発火した事例が体験されたり、見聞されたりはしておらず、危険物であると認識されてはいないのである。そうしてココナツ油は、飽和脂肪酸から成り酸化しにくいことからみると、コプラが自然発火するのは、バクテリア等の繁殖による発酵熱によるものと考えられ、コプラと乾燥ココナツの自然発火性に関する差異は、それらの製造方法、貯蔵・運搬方法等の違いによつて生ずるものと解される。すなわち、主として油脂をとるためのコプラは、不衛生な状態で生産・貯蔵・運搬されるのに対し、そのままの形で食用に供される乾燥ココナツは、特に腐敗、発酵を防止するための様々な工夫がなされており、運搬途中で腐敗、発酵が起りにくい乾燥ココナツは自然発火しないものと考えられるのである。

もつとも本件では、前記一2で認定したとおり、コロンボ港において乾燥ココナツを積込み中、降雨のため再三作業が中断し、少なくとも一度は急な降雨のためハッチの閉鎖がまにあわなかつたというのであるから、コロンボ港で荷役作業中、乾燥ココナツが雨水で汚染された可能性があり、そうだとすると、雨水中のバクテリア等が濡れた乾燥ココナツ内で繁殖、発酵した可能性も一概に否定し難い。しかしながら、

(1) 仮に乾燥ココナツが自然発火したとすると、バクテリア等による発酵熱(前掲甲第一五二号証によると生物の発酵自体はせいぜい摂氏七〇度とされる。)ガゴムをも燃焼させる程度に蓄積されて高まるためには、相当多量の乾燥ココナツが水に濡れ、かつバクテリア等の微生物が発生する必要があると推知されるところ、積荷作業中の降雨で乾燥ココナツの袋のいくつかが水に濡れ雨水で汚染された可能性はあつても相当多量の袋にこのような異常が生じたことを認めるに足りる証拠はないこと。

(2) 乾燥ココナツが自然発火したとすると、第一次火災の際、ゴムの燃焼に先行して、乾燥ココナツ及びその袋等の燃焼を生ずべく、更にそれよりも前に、蓄積された熱による発煙現象が長時間持続すべく、前記認定のマーゴ号の構造、換気筒の状況からすると、船倉に発生した煙等は、船橋にいる者によつて容易に視認されるべきであるのに、本件では、そのような徴候は目撃されておらず、却つて、前記のとおり、第一次火災の際、最初から黒い煙とゴムの焼臭とが知覚されていること及び第一次爆発後の乾燥ココナツの荷揚状況を目撃した船長や検査人も乾燥ココナツの品質が低下し、袋が破れ易く、バケツでひろう必要があつた旨を供述しながら、乾燥ココナツやその袋が燃えたとは供述していないこと(前掲甲第一一一号証、第一一四号証)。

(3) 七月一三日、スミス消防官が見分したところ、下部中甲板のゴムの周囲にいくらかの火災による被害が視認されたが、その被害の大部分は煙と熱によるものであつて、火元らしい形跡は認められなかつたことは、前記一4に認定したとおりであるところ、スミス消防官の右判断は現場に臨検見分した専門家の判断として信用性が高いものと考えられること。

以上の諸事実を考えあわせると、乾燥ココナツが自然発火し、下部中甲板のゴムが燃えたとは到底考え難いといわざるを得ず、<証拠>中、右判断に反する部分はたやすく信用できない。

(三) 以上のとおり、第一次火災の出火源は、乾燥ココナツではなく、しかも下部中甲板のゴムの近くてはなかつたことが明らかである。

4(一)  被告らは、タバコの火の不始末が本件事故の原因であつた可能性がある旨を主張するが、前掲甲第一一二号証、ミルトン証言によると、荒天時に船倉に入ることは荷崩れなどがあつて極めて危険であること、事故発生前の七月七日からは海が非常に荒れたため、乗組員は船倉内に出入りをしなかつたことが認められ、右のような事情に照らすと、本件火災の原因が船員のタバコの火の不始末であつたとは考え難いところである。

(二)  被告らは、荒天時の積荷の移動による電気配線等の損壊とスパークが、本件事故の原因である可能性がある旨を主張するが、<証拠>によると、マーゴ号の電気系統としては、上部中甲板から下部中甲板への縦通路の灯火として六〇ワットの照明灯一灯が上部中甲板の右舷後方の甲板裏に取りつけられているのみであり、これは防爆かつ防震型のものであること、一番船倉内には音響測深儀の電線のほかには電気配線は存在せず、右電線は特に鉄板で囲われ、一〇〇ボルト以下の低電圧を使用していて、いわゆるスパークによる延火はもとよりスパーク自体も殆んどあり得ないことが認められるのであつて、この事実によると、一番船倉内の電線等が損壊し、これによつてスパークが生じる可能性は極めて低く、特に第一次火災の火源は下部中甲板のゴムの近くにはなかつたことを併わせ考えると、電気配線等の損壊によつて本件事故が発生したとは考え難いといわざるをえない。

5 ところで、前記一4認定の事実、なかんずく、第二次爆発の前に下部船倉から煙が出始めこれが次第に濃くなつたこと、第二次火災後の検査において、下部中甲板ハッチのハッチボードの四つが下側が焦げていたことからすると、第二次爆発の火源は、下部船倉にあつたことが明らかである。

また、前記一4認定の事実、なかんずく、第三次爆発の際オレンジ色の炎が噴出したこと、浸水後もなお炎が噴出し続けたこと、第三次火災後の焼損状況は、下部船倉の前部隔壁の右舷側が著しく歪曲し、下から二メートルの高さから上方は極度に焼損していたことに<証拠>をあわせ考えると、第三次爆発は、下部船倉の本件高度さらし粉が爆発したものであることが認められ、したがつて、第三次爆発の火源も下部船倉にあつたものと推認される(第三次爆発が下部船倉の本件高度さらし粉の爆発であることは、当事者間に争いがない。)。

そして、第一次爆発と第二次爆発は、いずれも初めにゴムの焼臭と黒色煙とが発生したのち、二酸化炭素注入五分後に発生していること、爆発そのものはさして大きくなく、黒煙とゴムの焼臭とを伴つたこと、爆発後に黒い泥のような物質が発生したことなど、いくつかの点において共通の特徴を有しており、また、第一次火災の発生から第二、三次爆発に至るまでの一連の本件事故がそれぞれ別個の原因によつて偶然に発生したとは考えられず、これらの爆発、火災の間には何らかの関連性があるものと推知するのが相当であるから、第一次火災の火源も下部船倉にあつたものと推認できる。

三そこで、発火場所である下部船倉に積まれていた貨物の性質について検討する。

1  下部船倉に積まれていたのは、ヒノザン、本件高度さらし粉、チューブ入りタイヤ、内容未充填の塩素容器、デキストラン、ステンレススティールシート、プラスチックボタン、一般雑貨、ペッパー、籐製ステッキ、繊維、乾燥ココナツであることは前記認定のとおりであるところ、<証拠>によると、右のうち、ヒノザン、本件高度さらし粉、乾燥ココナツを除くその余の貨物は、いずれも発火性も引火性も有しないことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

2  乾燥ココナツが自然発火したものでないことは前記判断のとおりである。

3  ヒノザンの性質について

<証拠>を総合すると、次の各事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) ヒノザンは、化学名をオー・エチル・エス・エス・ジフェニル・ジチオ・ホスフェイトといい、農作物の種々の病害を除去する農薬であつて、一般にヒノザンという商品名で市販されている有機リン剤である。

(二) ヒノザンは、製品中に有効成分を四八・八ないし五二・二パーセント含有し、五〇パーセントのヒノザンは、水で希釈し、乳化液として散布し、利用するものである。

(三) ヒノザンは自然発火することなく、また水と接触したり、震動、衝撃、摩擦を与えたりしても発火することはない。ヒノザンを発火点測定装置により発火温度を測定したところ、最低発火温度は摂氏五三五度、瞬間発火温度は同六四〇度であつた。

ヒノザンに火源を与えた場合、引火点である摂氏三四度以上になると引火し、ゆるやかに燃焼する。火源がない場合は発火温度である摂氏五三五度に達しないと発火しない。

4  高度さらし粉の性質等について

<証拠>を総合すると、次の各事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) 高度さらし粉は、次亜塩素カルシウムを主成分とする極めて強力な酸化性物質である。高度さらし粉は、その純度を有効塩素量で表わし、六〇パーセント高度さらし粉と七〇パーセント高度さらし粉とがあるが、被告日本曹達が製造した六〇パーセント高度さらし粉は、次亜塩素酸カルシウム六二ないし六五パーセント、塩化ナトリウム一二ないし一五パーセント、炭酸カルシウム及び水酸化カルシウム六ないし七パーセント、水分一パーセントを含有するものである。

(二) 高度さらし粉は、水分を吸収したとき、日光の直射を受けたとき、酸類、有機物、還元性物質が混入したとき、加熱されたとき、摩擦や衝撃を受けたときには、急激な組織分解を惹起し、高熱を発して爆発する危険性を有するといわれ(その分解の化学式は次のとおりであり、酸素を放出し、発熱する。)、また、高度さらし粉が爆発燃焼するときは、白い粉をふき上げ、カルシウムの燃焼に特有なオレンジ色の炎を発生する。

(三)(1) 本件事故後、ダーバンにおいて、マーゴ号の船長らが実験したところ、高度さらし粉とヒノザンを混合すると、爆発的な激しさで猛烈に燃え上がり、また、高度さらし粉とヒノザンの混合物を缶に入れたところ、缶が爆発的に激しく反応をおこした。

(2) 本件事故後、本件事故原因の調査にあたつたミルトンが実験したところ、六〇パーセント高度さらし粉をタイヤ又はゴムと接触させてもタイヤは引火せず、湿つたおがくずと接触させると、おがくずが自然燃焼を始めた。

(3) 東京消防庁所属消防技師である内田稔の実験によると、高度さらし粉をアンモニア塩、またはアンモニアと同類であるアミノ基を含む薬品と混合させると活発に反応し、水が存在すると、その反応を促進することが認められた。

(4) 財団法人検定新日本社の実験によると、六〇パーセント高度さらし粉を摂氏五〇度に保つて、直接ヒノザンと接触させると、緩やかに反応し、発熱するが、直接ゴム製品と接触させても反応は起こらなかつた。また、ゴムとヒノゼンを同置した状態で六〇パーセント高度さらし粉に僅かな湿気を与えると、一五分後に反応し、発火するが、湿気を多く与えると、五分後に反応し、発火した。

(5) 横浜地方海難審判庁が、昭和四九年六月二八日、被告日本曹達二本木工場において検査したところ、高度さらし粉を帯状に置き、その一端にマッチを用いて点火した場合、マッチの軸木部分のみが激しく赤い炎をあげるが、そこを過ぎると高度さらし粉の熱分解が伝播するのみであること、同様にして高度さらし粉の一部に機械油を滴下した場合、マッチの軸木部分のみに赤い炎があり、次いで高度さらし粉の熱分解が進み、それが機械油のある部分に達すると爆発的に燃焼すること、同様にして高度さらし粉の一部に水を滴下した場合、マッチの軸木部分のみに赤い炎が見られ、次いで高度さらし粉の熱分解が進み、それが水の部分に達すると熱分解は消滅し、後に白色の固形物が残つたことが認められた。

また、ドラム缶入りの高度さらし粉を並べて一つのドラム缶に点火したところ、次々に周囲のドラム缶も着火し、ドラム缶の蓋及び内容物である高度さらし粉が飛散した。

(6) 日本特殊農薬の岸野茂雄が、三〇cc容量で摂氏四〇度に保つた状態のるつぼの中に高度さらし粉約一〇グラムを入れそこにヒノザンを少しずつ加える実験をしたところ、どのような濃度でも発熱現象が生じた。高度さらし粉一〇に対しヒノザンの比率を三以下にした場合、発熱発煙現象は認められたが発火はせず、ヒノザンの比率を三ないし九にした場合、発熱発煙現象が認められ、数秒後に発火し、ヒノザンの比率を一〇以上にした場合にはわずかな発熱のみで発火はしなかつた。

(四) マーゴ号に積載された本件高度さらし粉は、五〇キログラム入りの鋼製ドラム缶に内袋もなく直接に入れられており、そのドラム缶には押し込み式の上蓋が取り付けられていたが、この蓋の部分は自然分解により発生するガスを逃がすため、水密には密封されていなかつた。

また、右高度さらし粉を収納したドラム缶を運搬中に転がしたり乱暴に取扱つたりすると、蓋の固定バンドがはずれたり、胴体に損傷を生じたりして、内容物が外にこぼれることがあつた。

(五) 高度さらし粉は、危険物船舶運送及び貯蔵規則においては、水または空気と作用して危険となる物質として危険物に指定され、船舶によりこれが運送される場合には、荷送人に対してはその容器、包装及び標札につき、船長に対してはその積載方法につき、それぞれ規制され、しかも、運送が国際航海に係る場合にあつては、容器及び包装に品名を表示しなければならないことになつていた。同規則には、高度さらし粉に関し、空気中の水分により塩素臭を発して分解し、高温又は直射日光に長くさらすと自然分解し、容器が破損するおそれがあり、食品、居室その他あらゆる人工熱源から遠ざけること、亜鉛内張りした鋼製ドラムを水密に密封すること、標札としてIマーク(水と接触すると危険であることを示す標示をいう。)を使用すること、また、甲板上カバー積載、甲板上室内積載、甲板間積載、倉内熱気隔離積載とすることなどが規定されていた。

四以上のように、(一)第一次火災は下部船倉で発生したこと、(二)下部船倉で自然発火する可能性のある物質は本件高度さらし粉しかなかつたこと、(三)本件高度さらし粉は、加湿、加熱や酸類、有機物、還元性物質との接触、摩擦や衝撃力などの作用等、様々な要因によつて熱分解を起こし、熱と酸素を放出するが、その反応は一様ではなく水やヒノザンとの反応は混合の比率によつて反応が急激になつたり緩やかであつたりすること、(四)本件高度さらし粉の周囲には、これと混合して反応を起こすものとしてヒノザンが積載され、そのほか荷敷板や繊維類などの有機物が存在していたことからすると、第一次火災は、その直前の荒天のため下部船倉に荷崩れが生じた結果、本件高度さらし粉のドラム缶が破損して中味がこぼれ、荷敷等の有機物、水又は同様に損傷して漏出したヒノザンと混合して分解が始まつたか、若しくは漏出したヒノザンが本件高度さらし粉の水密ではないドラム缶の蓋から浸入して本件高度さらし粉に分解が始まつたか、又はもともと不安定だつた本件高度さらし粉のドラム缶のうちのあるものに、荷崩れによる衝撃等を契機として分解が始まつたか、以上いずれかの機序により本件高度さらし粉の分解が始まり、それによつて発生した熱と酸素とによつて、周囲のタイヤが発火し、その火が上昇して上部のタイヤを急速に燃焼させ、これにより相当量のタイヤが燃焼したこと、二酸化炭素の注入によりタイヤの火は消火されたものの、依然高熱のためタイヤから未然性ガスを発生し、これが比重の重い二酸化炭素と置換して上昇し、下部中甲板及び上部中甲板に充満し、これと空気の混合比が爆発点に達したとき本件高度さらし粉が火源となつて第一次爆発を起こしたこと、二酸化炭素を注入しても本件高度さらし粉自体の分解は継続するため、その後第二、三次爆発を惹起したものと推認される。

被告らは、仮に第一次火災の原因が本件高度さらし粉にあつたとすると、その分解は急激に進む筈であり、本件のような経過はとらないものである旨主張するが、前認定の如く、実験例によれば高度さらし粉の反応は与件が異なることによつて様々となり、必ずしも急激に進むものとは限らないのであるから、右主張はにわかに採用し難い。

第四そこで、本件事故に関する被告らの責任の有無について検討する。

一被告日本曹達の責任

1  <証拠>によると、次の各事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) 高度さらし粉は、昭和四五年ころから生産量が急増し、昭和四八年度において、国内で約二七七四三トン生産され、被告日本曹達はその六五パーセントを生産する国内最大手のメーカーであつて、同被告は生産量の約六五パーセントを外国に輸出していた。

(二) 本件事故以前にも、国内においては、昭和三七年、被告日本曹達二本木工場において、高度さらし粉の倉庫の火災事故が発生したのをはじめ、昭和三九年には同工場において、高度さらし粉の充填場の爆発事故が発生し、また、横浜港において、高度さらし粉が冠水して爆発する事故が発生し、昭和四〇年には、同じく横浜港において、高度さらし粉の運搬中、爆発事故が発生し、昭和四八年五月には、奈良市立鳥見小学校において、高度さらし粉が発火する事故が発生した。また、国外においても、昭和四五年三月と七月に、ニコラスデーエル号において、高度さらし粉が爆発し、同年一二月には、ストラット・タブロット号において、被告日本曹達が製造した高度さらし粉が爆発する事故が発生し、昭和四七年二月には、ダイナミック・ベンチャー号において、高度さらし粉が原因とされる爆発火災事故が発生し、同年五月にも、キャサリナウイアーズ号において、被告日本曹達が製造した高度さらし粉が爆発し火災が発生する事故がおこつた。

(三) 本件事故発生前、被告らにおいて高度さらし粉について説明会や講習会を開催したことはなく、取扱上の注意等のアドバイスをしたこともなかつた。

(四) 被告日本曹達は、高度さらし粉が危険品であることを表示すると運賃が割高になることを避ける意図もあつて、あえて危険品であることの表示をせず、いわゆるノーラベルで販売していたこともあつた。

(五) マーゴ号に積載された本件高度さらし粉は、被告日本曹達が製造し、被告日曹商事が買い受け、更にテナント・トレーディングは、昭和四八年五月ころ、これを買い受け、荷送人として原告との間で運送契約を締結し、アレキサンドリア港まで運送するよう依頼した。

なお、船積予約の際は「さらし粉」という名称でなされたものである。

(六) 運送代理人であるジャパン・エキスプレスから原告に対し、危険物であることを示す本件高度さらし粉についての危険品・有害物事前連絡表が交付されたが、右連絡表には、日本語で「固状のまま火気及び水分に接触させてはならない。中味の入つたまま缶の熔接、ハンダ付等はしてはならない。有機還元剤(カーボン、硫黄など)に接触させてはならない。身体に附着すれば水洗すればよい。口腔より身体に入つた時は嘔吐剤にて体外に出し医師の診断を受ける事。日光の直射を避け湿気の少ない場所を選ぶ事。」との記載があるものの、危険品マーク標示欄には何も記載されていなかつた。

(七) マーゴ号の積荷監督であるディミニックは、原告の総代理店である南洋物産から、高度さらし粉についての化学辞典の抜粋を受領していたが、これには、危険分析として「強力な酸化剤で可燃性物質と接触すると急激な燃焼が起こる。突然華氏二一二度以上に加熱されたとき爆発が起こる。分解に至るほど熱せられたとき又は酸、酸性の煙霧と接触したときは、毒性の高い煙霧を放出して爆発する。還元性物質と激しく反応する。」と記載され、火災及び爆発の危険として「普通」と記載されていた。

(八) マーゴ号にはいわゆるブルーブックが備えつけられており、その「酸化性物質」の項目の中には、「次亜塩素酸カルシウム」の性質及び注意事項として「酸と接触すると激しく反応し、刺激的な腐食性のある塩素ガスを発生する。もし熱や直射日光にさらされた場合にははげしく分解する。強酸化性物質であるから木材、綿、わら及び植物油の様な有機物と接触すると発火することがある。湿気にあうとほとんどの金属を腐食する。粉塵は粘膜を刺激する。」と記載され、酸化性物質の性質としては「それ自身は可燃性をもたないが、他の可燃物を一層燃え易くし、火災に包まれた際、酸素を発し、そのため火勢を増大さす性質を有する。これらの物質と可燃性物質との混合物は容易に発火し、この発火現象は僅かな摩擦または衝撃によつても起ることがある。斯かる混合物は爆発的な勢いで燃焼する場合もある。」と記載されていた。

(九) 本件事故発生後、港湾貨物運送事業労働災害防止協会は、高度さらし粉による災害を防止する対策を協議し、被告日本曹達も高度さらし粉についての講習会を行つてその危険性の周知に努めた。

2  以上認定の事実によると、被告日本曹達は、高度さらし粉を製造し、しかも国内最大手のメーカーとしてその大半を輸出し、高度さらし粉が過去において爆発事故を起こしたことを知つていたのであつて、高度さらし粉の性質特に発火の危険性について最もよく認識し、また、認識すべきであつたのであるから、荷役会社、船会社、荷送人など流通経路に関与する業者に対し、その取扱の万全が期せられるよう、火気に接触させないこと、酸・有機物・還元性物質等と接触混合させないこと、直射日光を避けること、人工熱源から遠ざけること、高度さらし粉が急激に分解した場合災害を引き起こすおそれのあること等を理解させるなどその危険性について周知徹底させるべき法律上の作為義務を負つていたものというべきである。

したがつて、前記1記載のような被告日本曹達の不作為は、右作為義務に違反するものであつて違法であり、しかも前記認定の本件事故発生に至るまでの経緯にかんがみると、被告日本曹達は、本件高度さらし粉の危険性の周知徹底方を懈怠したことにつき過失があつたものといわざるを得ない。

3  ところで、被告らは、

(1) 被告日本曹達は、原告に対し、本件高度さらし粉のドラム缶に貼付した製品ラベル及び取扱注意ラベルにより、本件高度さらし粉の化学的性質ないし取扱上の注意事項を通知したこと。

(2) マーゴ号乗組員は、危険品有害物事前連絡表及び化学辞典の抜粋を受け取り、またマーゴ号にはブルーブックが備え付けられていたのであるから、本件高度さらし粉の化学的性質及び取扱上の注意事項を知つていたこと。

(3) 原告は、運送人として、高度さらし粉を積載するに際しては、関係法規を遵守するとともにこれを知る義務があること。

を理由として、本件事故についての責任は被告らにはない旨主張する。

しかしながら

(1) 右(1)については、本件高度さらし粉のドラム缶に所論の各ラベルが貼付されていたと認めるに足りる証拠はなく、却つて、被告日本曹達はノーラベルの高度さらし粉を製造販売していたことがあることは前示のとおりである。

(2) 右(2)については、なるほど危険品有害物事前連絡表、化学辞典の抜粋及びブルーブックが、いずれもマーゴ号乗組員の手許にあり、それぞれの記載内容が前記のとおりであることは認められるものの、前記認定のマーゴ号乗組員が高度さらし粉を輸送した経験がなかつたこと、マーゴ号のように多種多量の化学製品が混載雑貨としてほぼ同時に船積予約される場合、これら多種多量の積荷の内容や性状を逐一峻別検査又は調査することは容易ではないうえに、運送人及び船舶乗組員は、通常、化学については素人で専門的な知識がなく、自らの調査研究によつて運送する物資の性状や危険性を迅速的確に知ることはきわめて困難であること等の事情からすると、前記各記載内容の連絡表、抜粋及びブルーブックがマーゴ号乗組員の閲覧しうる状況にあつたことをもつて、本件高度さらし粉の化学的性質ないし危険性についての情報が原告に十分与えられていたものとは言い難いところである。

(3) 右(3)については、当裁判所は、運送人である原告は、運送にあたつて、積荷である化学製品の性質を知つていた方がより便利であるとはいえ、これを知るべき法律上の義務はないと解する。(仮に、原告にも運送人として積荷の性質等について知る義務があるとしても、前記のとおり、ほぼ同時に多種多量の化学製品が船積されるマーゴ号のような雑貨船にあつて、これを逐一峻別検査、調査することは容易ではなく、また、運送人が化学について専門的知識がなく、自らの調査研究によつて積荷の性質等を迅速的確に知ることが困難であることからすると、これらを知るためには高度の知識と技術を有するその製造販売者から提供される情報によらざるを得ず、被告日本曹達は、危険品である本件高度さらし粉の製造者として、その化学的性質、危険性、事故の場合予想される結果の詳細等を告知するべき筋合であつて、右知る義務に右告知義務の不履行を転嫁するとすれば、それ自体自己の義務の懈怠にほかならないというべきである。)

以上のとおり、被告らの前記主張はいずれも失当であつて、被告日本曹達は、これをもつて前記作為義務の懈怠による不法行為責任を免れることはできない。

なお、被告らは、本件事故の原因が本件高度さらし粉にあるとしても、その責任は、本件高度さらし粉の取扱上の注意事項を遵守せず、又はこれを知る義務を怠つたために本件高度さらし粉とヒノザンとを混載した原告か若しくは、ヒノザンの化学的性質を原告に知らせなかつたために原告をしてこれと本件高度さらし粉とを混載せしめた日本特殊農薬か、又は右両社にある旨を主張する。

しかしながら、被告日本曹達において、本件高度さらし粉の危険性を告知していれば、本件高度さらし粉とヒノザンとの混載はなされなかつたことが明らかであるから、被告らの右主張も採用することができない。

4  そうすると、被告日本曹達は、民法七〇九条所定の不法行為に基づく損害の賠償として本件事故により原告が被つた損害を賠償する責任がある。

二被告日曹商事の責任

1  債務不履行責任について

原告と被告日曹商事が、本件高度さらし粉の運送契約を締結したことを認めるに足りる証拠はない(前掲甲第二八ないし第三〇号証、第五〇号証によると、本件高度さらし粉の荷送人はテナント・トレーディングであることが認められる。)から、したがつて、右運送契約上の義務違反による債務不履行に基づく請求は理由がない。

2  不法行為責任について

(一)  被告日曹商事が被告日本曹達が一〇〇パーセント出資して設立され、同被告製造の化学製品等の販売を目的とする会社であること及び被告日曹商事が昭和四八年五月ころ、テナント・トレーディングに対し、本件高度さらし粉を売り渡したことは、前記認定のとおりであるから、同被告もまた、これを製造した被告日本曹達とともに本件高度さらし粉の化学的性質ないし危険性を周知徹底させるべき法律上の作為義務を負つていたというべきである。

しかるに、本件高度さらし粉の危険性について原告に告知していなかつたことは前記認定のとおりである。

したがつて、被告日曹商事は、前記作為義務を懈怠し、しかもこれを怠つたことについては過失があつたものと言わざるを得ない。

(二) なお、被告日曹商事は、本件高度さらし粉の危険性について告知ずみであり、原告がこれを知つていたのであるから被告日曹商事に責任はなく、原告若しくは日本特殊農薬又は右両社に責任がある旨を主張するが、この主張を採用することができないことは被告日本曹達の同旨の主張に対する判断において前示したところと同様である。

よつて、被告日曹商事は、民法七〇九条により、本件事故により原告が被つた損害を賠償する責任があるというべきである。

第五そこで、本件事故により原告が被つた損害について検討する。

一前掲甲第四一号証によると、原告は、昭和四八年四月一七日、パナビエロとの間で、マーゴ号の定期傭船契約を締結し、発火性又は危険性を有する貨物を船積しないこと及びこれに反して船積した貨物から生じたマーゴ号とパナビエロの損害を賠償することを約したことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

二原告が右約定に反し、本件高度さらし粉を船積し、本件事故が本件高度さらし粉を原因として発生したことは、前記認定のとおりである。

三<証拠>によると、パナビエロは原告に対し、本件事故による損害賠償を請求し、これに基づいて、昭和五二年六月一四日、ロンドンにおいて、危険品である本件高度さらし粉をマーゴ号に積載したことは、原告の定期傭船契約違反であり、船主たるパナビエロに対し、損害金二九万七八四三・〇九スターリングポンド及び内金一三万四七四四・四八スターリングポンドに対する昭和四八年八月一日から同五一年二月九日まで、内金六万五二五五・五二スターリングポンドに対する昭和四九年二月一日から同五一年二月九日まで、内金九万七八四三・〇九スターリングポンドに対する昭和四九年二月一日から同五二年六月一日までそれぞれ年九分の割合による利息を支払うべきことを命ずる仲裁裁定がなされ、原告は、昭和五二年六月一四日、パナビエロに対し、右仲裁裁定に従つて合計三六万九六五四・〇三スターリングポンドを支払つたこと及び同日において一スターリングポンドは四七一円に換算されることが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

したがつて、原告がパナビエロに対し支払つた金額は一億七四一〇万七〇四八円(円未満切捨)と換算され、右支払金額は原告の被つた現実損害であつて、原告はこれに対する遅延損害金を求めているから、その起算日は支払日である昭和五二年六月一四日であることが明らかである。

第六結論

よつて、被告らは、本件事故により原告の被つた損害の賠償金として、原告に対し、各自一億七四一〇万七〇四八円及びこれに対する昭和五二年六月一四日から各支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務を負うことは明らかで、原告の被告らに対する本訴請求は、右の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書、九三条を、仮執行及びその免脱の宣言につき同法第一九六条を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官薦田茂正 裁判官大橋弘 裁判官髙部眞規子)

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