大判例

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東京地方裁判所 昭和48年(行ウ)68号 判決 1974年1月30日

原告

ソニー株式会社

右代表者

盛田昭夫

右訴訟代理人

井本良光

被告

特許庁長官

三宅幸夫

右指定代理人

中村勲

外三名

主文

一  被告が昭和四六年八月一〇日にした

(一)  商標登録願昭和四四年第六〇三四〇号(商標出願公告昭和四六年第九六五一号)に係る原告の昭和四六年四月一〇日付の商標登録異議申立

(二)  商標登録願昭和四四年第六〇三四一号(商標出願公告昭和四六年第九六五二号)に係る原告の昭和四六年四月一〇日付の商標登録異議申立

に対する不受理処分を取り消す。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一  訴外M電器産業株式会社は、

(1)  昭和四四年七月八日商品の区分を第一一類とし、標章を「ソロバック」とする商標登録願を被告に提出し、同日商標登録願昭和四四年第六〇三四〇号として受理され、

(2)  右と同日に、商品の区分は前同様、標章を「ソロバックス」とする商標登録願を提出し、同日商標登録願昭和四四年第六〇三四一号として受理された。

二  特許庁審査官は、右(1)記載の出願につき、商標法第一六条の規定に基づいて、昭和四五年一〇月二六日付で、(2)記載の出願につき、同じく同月二七日付で出願公告をすべき旨の決定をし、被告は、商標法第一六条第二項に基づいて、前記(1)記載の出願につき、昭和四六年二月一〇日商標出願公告昭和四六年第九六五一号で、前記(2)記載の出願につき、同日商標出願公告昭和四六年第九六五二号で、商標公報に掲載して公告した。

三  原告は、法定の異議申立期間内である昭和四六年四月一〇日に、被告に対し商標登録異議申立(以下「本件異議申立」という。)をした。

四  被告は、その後前記商標出願公告昭和四六年第九六五一号にあつては標章を「ソロバック」と掲載すべきところ「ソロバックス」と誤り、商標出願公告昭和四六年第九六五二号にあつては標章を「ソロバックス」とするところを「ソロバック」と誤つていることを発見したとして、昭和四六年五月一二日付の商標公報に、前記両出願公告は誤りであるから取り消す旨を掲載し、昭和四六年六月一日に、先の出願公告決定に基づく出願公告であるとして、再度出願公告をした(商標出願公告昭和四六年第三一三五九号、同昭和四六年第三一三六〇号。)。

五  被告は、昭和四六年八月一〇日、原告の前記二件の本件異議申立について、「再公告になつたため」との理由により受理しない旨の処分(以下「本件処分」という。)をし、その通知は、同月一八日原告に到達した。

原告は、昭和四六年一〇月六日被告に対し、本件処分につき行政不服審査法に基づく異議申立をしたが、被告は昭和四八年一月三〇日右異議申立を却下する旨の決定をし、右決定は、同年二月四日原告に送達された。

六  本件処分は、違法であるから取り消されるべきものである。

その理由は、次のとおりである。

(一)、(二)<略>

(三)  <前略>

被告指定代理人は、本案前の答弁として、「本件訴を却下する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として次のとおり述べた。

「原告が登録異議を述べようとしている出願人を松下電器産業株式会社とする商標登録願昭和四四年第六〇三四〇号出願については、昭和四六年一一月一五日付で登録査定となり、昭和四七年二月二八日商標権設定登録(登録第九五一六四一号)がされており、同じく、同会社を出願人とする商標登録願昭和四四年第六〇三四一号出願については、昭和四六年一一月一六日付で登録査定となり、昭和四七年八月一六日商標権設定登録(登録第九七五九九八号)がされて、いずれも商標登録を了しており、この商標登録の効力を争うためには、商標法第四六条による商標登録無効の審判手続によるべきであつて、商標登録異議申立によつてその効力を争うことはできない。すると、原告が本訴において取消しを求める本件処分及びこれに対する不服の申立てを却下した被告の処分につき、何らかの違法事由が認められ、これをいずれも取り消すべきものと仮定した場合においても、既に商標が登録ずみである現在においては、原告のした本件異議申立は、そのような形態において登録商標の効力を争うことができないものとして再び不受理(却下)とされるにすぎないものである。すなわち、本件請求は、その点において訴えの利益を欠き、却下されるべきものである。

そもそも、審査官は、商標登録査定(商標法第一七条、特許法第六〇条、第六二条参照)をするに当つては、異議申立の有無にかかわりなく、異議の起りうべきあらゆる点につき探知検討して適正な査定をすべき職務と権限を有するものであり、法が登録異議申立の制度を設けたのは、第三者をして法律所定の期間内に異議の申立をし、出願に対する審査官の注意を喚起せしめることにより、商標登録が適正に行われるようにはかつたものにすぎないものであり、審査官は、異議に拘束されることなく出願を許容すべきか否かを、その職権で調査し探知したところにより判定すべきものであり、本質的には、異議申立は、この判定にあたり参考として考慮されるに過ぎないものと解されるものである(最高裁昭和三〇年(オ)第五三五号審決取消請求事件、昭和三六年四月二五日判決参照)。

すると、仮に被告において、登録異議申立がされている事案につき、この異議申立を正式に受理することなく、審査官をして登録査定(又は拒絶査定)をさせたとしても、この異議申立を受理しなかつたという瑕疵(違法)が直ちに登録査定の違法に結びつくものではなく、いわんや、手続が更に進行し商標権設定登録がされたのちにおいて、右の瑕疵を主張させることは適当ではない。このため、商標法第四六条では商標登録無効の審判制度を認めているのであり、登録異議を申立てそれが認容されなかつた者であろうと、なんら異議申立をしなかつた者であろうと、新たに、設定された商標登録の効力を争いうる。従つて、商標権設定登録によりその権利に影響を受ける者は、同法第四六条の商標登録無効の審判により、自己の権利を譲るべきである。」

被告指定代理人は、本案につき、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、答弁及び主張として、次のとおり述べた。

「一 請求原因一ないし五の事実は認め、同六の主張は争う。

二 特許庁審査官は、被告がした再度の出願公告である商標出願公告昭和四六年第三一三五九号、同昭和四六年第三一三六〇号につき、法定の期間内に登録異議申立がなかつたとして、昭和四六年一一月一五日及び同月一六日付で、それぞれ商標法第一七条、特許法第六二条に基づく登録査定をし、被告は、商標法第一八条に基づき、前者の出願公告に相当する出願に対して昭和四七年二月二八日に登録第九五一六四一号をもつて商標権の設定登録をし、後者の出願公告に相当する出願に対して昭和四七年八月一六日に登録第九七五九九八号をもつて商標権の設定登録をしたものである。

三 原告は、本件登録異議申立書不受理処分の理由は、ただ「再公告になつたため」との記載のみで、具体的な理由が明示されていないから、右不受理処分は、違法であると主張する。

しかしながら、不受理処分は、理由の附記が法律上要求されているわけではなく、理由附記が不明瞭であつたとしてもこれにより直ちに不受理としたことが違法となるわけではない。仮りに、不受理処分に理由附記が義務づけられているものとしても、理由附記は、一般に処分の客観的合理性・慎重性を担保し、処分庁の恣意を控制するとともに、処分の理由を処分を受ける者に知らせることにより、不服の申立てに便宜を与える趣旨に出たものであるから、登録異議申立人に対する不受理処分書の理由附記の程度は、登録異議申立書を不受理としたその判断の根拠を登録異議申立人が理解できる程度の具体性を備えておれば足りるものと解される(東京地判昭和三四年二月四日行裁例集一〇巻二号二八七頁、大阪地判昭和四二年(行ワ)第一五号昭和四七年三月二六日参照)。

ところで本件処分の処分理由は、「再公告になつたため」と記載されているのであるが、これと最初の出願公告の取消が公告されている事実および再出願公告が商標公報に掲載された事実と相まつて、右附記理由より、最初の出願公告が取り消され新たに再出願公告がされたので、最初の出願公告に対する本件異議申立は、結局異議の対象とされている出願公告が存在しなくなつたことに帰し、これを受理することができないものであることが容易に理解できるのである。

従つて、本件処分の附記理由は、登録異議申立人が理解できる程度の具体性を有するものである。

四 原告は、原告の本件異議申立は適法なものであると主張する。そもそも、商標公告制度は、出願され、出願公告決定された商標を国民に周知させ、二重出願を防止するとともに、公衆審査にかけて登録異議申立を待つものであるから、出願公告においては、出願人・出願日・出願番号・指定商品・標章が特定されることが不可欠である。ところで、本件のように、その一つである標章を誤つて公報に掲載した場合には、再出願公告の根拠法規が存しないとはいえ、そのままでは、一般第三者が適切な登録異議の申立をすることができないから、被告には、当該出願公告を取り消し瑕疵のない出願公告をする義務があるものというべく、また、商標登録出願の公告においては、特許・実用新案の出願公告の場合と異なり、仮保護の権利が発生することもないから、被告が、先の出願公告を取り消し、あらためて、出願公告を行なつたことは妥当なものというべきである。

そうとすれば、先に取り消された出願公告に対してした原告の本件異議申立は、被告の出願公告の取り消公告の存在により、異議の対象を失い、この時点において不適法なものになつたというべく、これを不受理とした被告の本件処分は、適法である。」

立証<略>

理由

一被告の本案前の答弁について

被告が本件処分をしたことについては、当事者間に争いがない。

被告は、商標登録出願人を松下電器産業株式会社とする商標登録願昭和四四年第六〇三四〇号出願については、昭和四六年一一月一五日付で登録査定となり、昭和四七年二月二八日商標権設定登録がされており、同じく同会社を出願人とする商標登録願第六〇三四一号出願については、昭和四六年一一月一六日付で登録査定となり、昭和四七年八月一六日商標権設定登録がされているから、本件処分に何らかの違法事由があり、これを取り消すべきものと仮定した場合においても、既に商標登録を了している現在においては、原告のした本件異議申立は、そのような形態において登録商標の効力を争うことができないものとして再び不受理とされるにすぎないから、本件請求は、その点において訴の利益を欠くと主張する。

しかしながら、原告のした本件異議申立は形式的には適法なものであり(この点は当事者間に争いがない。)、この点において既に審査官は異議の申立について決定をすべきであつたのに、これをせず、異議の対象である商標登録出願については商標権設定登録がされたからという理由で、すべての異議申立が不受理(却下)となるというのでは、むしろ、被告の行為により原告の訴の利益が奪われたと等しくなり、そのような考えは、到底容認することはできない。

なるほど、商標法第一七条、特許法第五八条第四項によれば、商標登録出願の異議申立に対する決定に対しては不服を申立てることができないけれども、異議申立制度が認められている以上、異議申立人は、その異議申立が形式的に適法なものである以上、自己の異議申立について決定をしてもらう権利を有しているのである。異議申立の制度は、被告が主張するように、単に審査官が商標登録査定をするに当つて、適正な査定ができるように、第三者をして異議申立をさせ、審査官の注意を喚起させるためだけのものではない。審査官は、異議に拘束されることなく出願を許容すべきか否かを職権で調査し、その探知したところにより判定すべきものであることは被告が主張するとおりであるが、このことと形式的に適法な異議申立につき異議申立人になんら応答することなく、その異議申立を無視していいかということは全然別の問題である。被告は、その主張の根拠づけに最高裁判所の判例を引用しているが、右判例は、被告の主張を肯認させるについてはなんらの関係もないものである。

被告は、商標権設定登録がされた後は、商標登録無効審判制度によつて自己の権利を擁護しうるから、本件処分の効力を争う利益はないという趣旨の主張をしているが、商標登録無効の審判を請求することができるということと、本件処分の効力を争う利益があるかということとは、別の問題である。

行政庁の処分は、内容的にも瑕疵がないものでなければならないのはもちろん、手続的にも適正なものでなければならない。前述のように、本件異議申立についての決定に対しては、不服申立をすることはできないけれども、法が、将来権利の行使を受けることのありうべき国民の利害をも考慮して、出願公告制度と一体となつた異議申立制度を認めたということは、国民に異議申立権とでもいうべき公法上の権利を認め、その異議申立についての判断をしてもらえるだけの利益を肯認し、審査官にその利益を尊重すべき義務を課しているものであると解すべきであり、前掲商標法第一七条、特許法第五八条第一項によれば、審査官は、「異議の申立について決定をしなければならない。」のである。被告の主張によれば、結局、異議申立については決定をしなくてもよいということになり、その主張の採りえないものであることは明らかである。

なお、原告は、最初の出願公告について登録異議申立をしたのであり、再度の出願公告(そのような再度の出願公告をしうるかどうかは別の問題として)について異議申立をしたのではないから、その再度の出願公告について登録査定がされ、商標権設定登録がされたからといつて、商標権設定登録があつたという事実で、原告の本件異議申立がその根拠を失ういわれもない。

よつて、被告の、訴の利益を欠くという主張は理由がない。

二本件処分の違法性の有無

請求原因一ないし五の事実は当事者間に争いがない。

右争いのない事実によれば、最初の出願公告において、被告は「ソロバック」とすべきを「ソロバックス」と、また、「ソロバックス」とすべきを「ソロバック」と誤つて商標公報に掲載したというだけのものであり、右公告に基づいてした原告の本件異議申立は、形式的に見れば異議申立としてなんらの瑕疵もない。そうであるとすれば、被告が右商標公報掲載の誤りをいかなる形で訂正しうるかとの点は別として、審査官としては先ず原告の適法な本件異議申立について決定をすべきものであつたことは前に述べたとおりである。

それをしないで、適法な原告の異議申立を受理しないとした本件処分は、他の点の判断をするまでもなく、既にその点で原告の異議申立権を奪うものとして違法であつて、取り消されるべきものである。

被告は、原告の本件異議申立は、被告の出願公告の取消公告の存在によつて異議の対象を失つたものというべく、この時点において本件異議申立は不適法なものとなつたと主張するが、ある行政処分なり事実行為なりに基づいて既に具体的な利害関係をもつ者が生じてきた以上、行政庁としては、その利害関係人に対してなんらの処置を施すことなく、前にした処分を撤回したり、事実状態を変えたりすることは許されないものといわなければならない。被告の主張は理由がない。

三よつて、本件処分が違法であることを理由としてその取消を求める原告の本訴請求は理由があるから、これを正当として認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(荒木秀一 高林克巳 清永利亮)

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