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東京地方裁判所 昭和48年(行ウ)172号 判決 1979年3月05日

東京都新宿区神楽坂六丁目三八番地

原告

大久保正次

右訴訟代理人弁護士

大石徳男

東京都新宿区三栄町二四番地

被告

四谷税務署長 山田芳郎

右訴訟代理人弁護士

神原夏樹

右指定代理人

町谷雄次

小笠原忠

吉岡栄三郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  原告

1  被告が原告の昭和四一年分所得税について昭和四五年一月三一日付でした所得税決定処分及び無申告加算税賦課決定処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、昭和四五年一月三一日原告に対し原告の昭和四一年分所得税について総所得金額五二〇万円、税額一六六万五四〇〇円との所得税決定処分及び無申告加算税一六万六五〇〇円の賦課決定処分(以下、一括して「本件処分」という。)をした。

原告は、これを不服として昭和四五年二月九日被告に対し異議の申立てをしたが、同年四月三〇日棄却されたため、更に同年五月二三日国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、同所長は昭和四八年九月一七日付でこれを棄却し、その裁決書謄本は同月一九日原告に送達された。

2  しかしながら、本件処分は違法であるから、その取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認めるが、同2は争う。

三  被告の主張

原告は、昭和四一年分の所得税について確定申告書を提出しなかつたが、原告の同年分における所得金額は次のとおりであるから、被告がした本件処分は適法である。

1  原告は、昭和四一年中に旭興業株式会社(以下、「旭興業」という。」から合計一〇五五万円の債務免除を受け、利益を得たので、その額を所得税法(昭和四二年法律第二〇号による改正前のもの。)三四条の規定により原告の一時所得の金額として次のとおり計算したものである。

(イ) 一時所得にかかる総収入金額 一〇五五万円

(ロ) 右収入を得るために支出した金額 〇円

(ハ) (イ)から(ロ)を差し引いた金額 一〇五五万円

(ニ) 一時所得の特別控除額(三四条三項) 一五万円

(ホ) (ハ)から(ニ)を差し引いた金額 一〇四〇万円

(ヘ) (ホ)の二分の一相当額(二二条二項二号) 五二〇万円

2  債務免除益を認定した理由

旭興業は、昭和四一年八月三一日及び同年一二月二八日に大久保峯松、北鉄鉱業株式会社及び青原工業株式会社に対する貸付金合計一〇五五万円を貸倒れとして損金に計上したが、これらの貸付金の真実の債務者は後記3(一)ないし(三)のとおりいずれも原告であったと認められる。原告は、旭興業の代表者中島栄蔵の娘婿で税理士業務を営み、旭興業の関与税理士でもあるほか、八王子市東中野字一〇番の山林一九八三平方メートルを所有し、資力も十分あつたのであるから、旭興業は右貸付金を回収することが可能であったにもかかわらず、これを単純に貸倒れとして処理し、その後においても債権債務の存在について確認を行つている事実がない。したがつて、旭興業は原告に対し右貸付金債務を免除したものというべく、これにより原告は免除相当額の利益を得たものである。

3  貸付金の債務者が原告であると認定した理由

(一) 大久保峯松に対する貸付金一九一万円について

右貸付金は、旭興業がその所有する建物(以下、「中島ビル」という。)を同栄信用金庫(以下、「同栄信金」という。)に譲渡するに際し、同栄信金から原告が同栄信金に対して負担していた債務を決済することを条件とされたため、旭興業がこれを弁済し、その弁済した金額を原告の兄である大久保峯松(昭和四二年九月一五日死亡)に対する貸付金として経理したものである。しかし、右弁済は原告の債務につき行われたものであるから、原告に対する貸付金とすべきものである。

(二) 北鉄鉱業株式会社に対する貸付金三五〇万円について

右貸付金は、北鉄鉱業株式会社が昭和三五年一二月二〇日同栄信金から五〇〇万を借り入れるに際し、原告が連帯保証人の一人となっていたところ、旭興業が中島ビルを同栄信金に譲渡するあたり、同栄信金から原告の右連帯保証債務につき示談金を支払うよう求められ、旭興業がこれを支払い、その支払金額を同社に対する貸付金と経理したものであつて、それが原告に対する貸付金であることは明らかである。

(三) 青原工業株式会社に対する貸付金五一四万円について

旭興業は、昭和四〇年三月一二日その代表者中島栄蔵に対し五二四万円を支払い、青原工業株式会社振出の約束手形五通(振出日不明、支払期日昭和三八年七月三一日、同年八月三一日、同年九月三〇日、同年一〇月三一日の額面各一〇〇万円四通、振出日不明、支払期日昭和三八年一一月三〇日の額面一一四万円一通、いずれも受取人は原告。)を受領し、これを同社に対する貸付金として経理した。しかし、青原工業株式会社は昭和三九年一二月三日銀行取引停止処分を受けており、また、右各約束手形の裏書が原告、中島栄蔵、旭興業の順に連続していることからすれば、旭興業が中島栄蔵に対して支払った五一四万円は、原告が青原工業株式会社に貸し付ける資金として中島栄蔵から借り入れた金員をその後返済することができなくなつたため、旭興業が原告にかわつて右借入金を中島栄蔵に支払つたものとみるべきであつて、本件貸付金もまた原告に対するものである。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

(認否)

1 被告の主張1は否認する。ただし、一時所得の金額の計算自体は認める。

2 同2のうち、旭興業が被告主張のとおり一〇五五万円を貸倒れとして損金に計上したこと、原告が旭興業の代表者中島栄蔵の娘婿で税理士業務を営み、旭興業の関与税理士であることは認めるが、その余は争う。

3 同3の(一)のうち、大久保峯松が原告の兄であり、昭和四二年九月一五日死亡したことは認めるが、その余は争う。同3の(二)は争う。同3の(三)のうち、旭興業が昭和四〇年三月一二日中島栄蔵に対して五一四万円を支払い、被告主張の約束手形五通を受領したこと、右各手形の裏書が被告主張のとおり連続していることは認めるが、その余は争う。

(反論)

1 旭興業の貸倒処理にかかる債権の債務者は、いずれも原告ではない。

すなわち、大久保峯松分は、同人が入院治療費や生活費にあてるために同栄信金から原告名義を使用して借り入れたもので、原告の債務ではない。また、北鉄鉱業株式会社分は、同社が同栄信金から借入れをするについて原告が斡旋しただけで、原告自身は右債務につき保証人等の地位にない。更に、青原工業株式会社分については、旭興業が中島ビルを建築するに際し、同社に建築監理を依頼していたところ、同社から原告を通じて旭興業に対し手形貸付の申入れがされ、旭興業においてこれに応じたものであつて、たまたま青原工業株式会社が持参した約束手形に紹介者である原告の名前が受取人として記載されていたため、裏書の連続をととのえるために原告が裏書をしているにすぎない。

2 仮に、旭興業の貸倒処理にかかる債権の債務者が原告であるとしても、債務免除があつたというためには、債権者から債務者に対してその旨の意思表示がされることが必要であるところ、本件においてはかかる意思表示はまつたくされていない。

第三証拠関係

一  原告

1  甲第一、二号証

2  乙第一号証の一、二、第二号証の一ないし四、第三号証の原本の存在及び成立は不知、第四号証の成立は不知、その余の乙号各証の成立(第五号証の一ないし五、第一五、一六号証については原本の存在及び成立)は認める。

二  被告

1  乙第一号証の一、二、第二号証の一ないし四、第三、四号証、第五号証の一ないし五、第六、七号証、第八、九号証の各一、二、第一〇ないし第一二号証、第一三号証の一、二、第一四ないし第一八号証

2  甲号各証の成立は認める。

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  本件処分の適否について

1  旭興業が昭和四一年八月三一日及び同年一二月二八日に大久保峯松、北鉄鉱業株式会社及び青原工業株式会社に対する貸付金合計一〇五五万円を貸倒れとして損金に計上したことについては当事者間に争いがない。

そこで、右貸倒処理にかかる貸付金の債務者が原告であるかどうかについて判断する。

(一)  大久保峯松に対する貸付金一九一万円について

成立に争いのない甲第一、二号証、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立の真正を認める乙第一号証の一、二、第二号証の一ないし四、第三号証並びに弁論の全趣旨によれば、同栄信金は、昭和四〇年三月当時、原告に対して証書貸付一五〇万円、手形割引四二万円、合計一九二万円の貸付金を有していたこと、右金員は、病気療養中の原告の兄大久保峯松(同人が原告の兄であつて、昭和四二年九月一五日死亡したことは当事者間に争いがない。)の治療費等にあてるため、原告が借り入れたものであること、同栄信金は、旭興業から中島ビルの一部を買い受けるに際し、原告が旭興業の代表者中島栄蔵の娘婿であること(この点については当事者間に争いがない。)などから、旭興業に対し原告の右借入金債務を立替払いするよう求め、旭興業がこれに応じて昭和四〇年三月一二日原告のために右借入金全額を返済したこと、旭興業は経理上右立替えにかかる金員一九二万円を大久保峯松に対する貸付金に計上し、前記のとおり貸倒処理をするに至つたこと、が認められる。

原告は、同栄信金からの右借入金はすべて大久保峯松が借り入れたもので、原告は単に名義を貸したにすぎない旨主張し、前掲甲第一、二号証中にはこれにそう記載部分もあるが、金融機関から金銭を借り入れるについて真の借主でない者が借主名義を貸すということ自体不自然であるばかりか、本件における貸借は一九二万円という多額のものであることからみても、右記載部分はにわかに措信することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、旭興業は、原告の同栄信金に対する借入金債務を立て替えて支払ったことにより、原告に対し同額の債権を取得したものというべきであつて、旭興業の前記貸付金(成立に争いのない乙第一二号証によれば、旭興業は右貸付金一九二万円のうち一万円の返済を受けていることが認められるから、その残額は一九一万円である。)は、大久保峯松に対するものではなく、原告に対する貸付金というべきである。

(二)  北鉄鉱業株式会社に対する貸付金三五〇万円について

前掲甲第一号証、乙第一二号証、成立に争いのない乙第一八号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第四号証並びに弁論の全趣旨によれば、昭和三五年ごろ、北鉄鉱業株式会社が同栄信金から五〇〇万円を借り入れるに際し、原告がその連帯保証人の一人となつたこと、その後、同社は倒産し、右債務の返済ができなくなつたこと、旭興業は、前記同様同栄信金から原告の右連帯保証債務につき立替払いをするよう求められたため、昭和四〇年六月ごろ原告のために三五〇万円を同栄信金に支払い、経理上これを前記会社に対する貸付金に計上し、前記のとおり貸倒処理をするに至つたこと、が認められる。

原告が北鉄鉱業株式会社の右借入れにつき連帯保証人の地位になかつた旨の前掲甲第二号証の記載部分は、右各証拠に照らしたやすく措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、旭興業は、原告の同栄信金に対する右連帯保証債務を立て替えて支払ったことにより、原告に対し同額の債権を取得したものというべきであつて、旭興業の前記貸付金は北鉄鉱業株式会社に対するものではなく、原告に対する貸付金というべきである。

(三)  青原工業株式会社に対する貸付金五一四万円について

旭興業が昭和四〇年三月一二日その代表者中島栄蔵に対し五一四万円を支払い、青原工業株式会社振出しの約束手形五通(振出日不明、支払期日昭和三八年七月三一日、同年八月三一日、同年九月三〇日、同年一〇月三一日の額面各一〇〇万円四通、振出日不明、支払期日昭和三八年一一月三〇日の額面一一四万円一通、いずれも受取人は原告)を受領したこと、右手形の裏書がいずれも原告、中島栄蔵、旭興業の順に連続していることは当事者間に争いがない。

右争いのない事実と前掲甲第二号証、乙第一二号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第五号証の一ないし五、成立に争いのない乙第一四、一七号証並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告は昭和三八年ごろ青原工業株式会社から手形による金員の借入方の依頼を受け、旭興業を紹介したが、旭興業が右借入れの申入れに応じた形跡がないこと(旭興業の昭和三九年一月三一日現在の貸借対照表には貸付金の計上がない。)、一方、本件各手形は、日時は定かでないが、受取人の原告から特段の取引関係のない中島栄蔵に裏書されていること、青原工業株式会社は、昭和三九年三月ごろ銀行取引停止処分を受けたこと、旭興業は、右各手形の満期日後であり、かつ、右取引停止処分後である昭和四〇年三月に至り、中島栄蔵に対し五一四万円を支払い、本件各手形を取得し、経理上これを前記会社に対する貸付金として計上したうえ、前記のとおり貸倒処理をするに至ったこと、が認められる。

右事実によれば、原告は青原工業株式会社からの本件各手形による金員借入方の依頼に対し、原告が中島栄蔵から五一四万円を借り受け、これを同社に融資するという形で処理したものと推認することができ、また、旭興業が中島栄蔵に支払った五一四万円は、それが本件各手形の満期日後に、しかも手形振出人が銀行取引停止処分を受けた後にされたことなどに照らすと、原告の中島栄蔵に対する右借入金債務を立て替えて支払ったものと推認するのが相当である。

これに対し、原告は、青原工業株式会社に融資をしたのは旭興業であつて、手形上原告が受取人として記載されているのは、原告が右融資の斡旋をしたからである旨主張し、前掲甲第一、二号証中には、これにそう記載部分があるが、旭興業が本件各手形を取得したのは各手形の満期日後の昭和四〇年三月であることなど前示認定の事実に照らし、右記載部分はたやすく措信することができないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、旭興業は、原告の中島栄蔵に対する右借入金債務を立て替えて支払ったことにより、原告に対し同額の債権を取得したものというべきであって、旭興業の前記貸付金は青原工業株式会社に対するものではなく、原告に対する貸付金というべきである。

以上のとおり、旭興業の貸倒処理にかかる各貸付金の債務者は、いずれも原告であるということができる。

2  そこで、原告が旭興業から右貸付金合計一〇五五万円の債務免除を受けたかどうかについて検討するに、旭興業が昭和四一年中に右貸付金を全額貸倒れとして損金に計上したことは既にみたとおりである。そして、原告が旭興業の代表者中島栄蔵の娘婿で税理士業務を営んでおり、旭興業の関与税理士でもあることは当事者間に争いがなく、前掲甲第一号証、成立に争いのない乙第八、九号証の各一、二によれば、原告は、旭興業の顧問税理士として同社の経理担当取締役である原告の長男とともに同社の決算事務等に関与し、その経理に精通しており、同社の昭和四一年二月一日から昭和四二年一月三一日までの事業年度における経理についても原告が監査を行つていることが認められ、このことからすると、原告は、旭興業が一〇五五万円の前記貸付金を貸倒処理することについても十分知悉していたものということができる。しかも、前掲甲第一号証、成立に争いのない乙第一三号証の二によると、昭和四一年当時、原告は八王子市東中野字一〇番所在山林一九八三平方メートルを所有していたことが認められるのであつて、原告がその当時少なくとも通常の資力あるいは支払能力を有していたことを窺うに十分である。

このように、原告には資力も支払能力もあつたにもかかわらず、旭興業が原告に対する前記貸付金を単純に貸倒れとして損金計上したことは、原告と旭興業及びその代表者中島栄蔵との個人的関係等をもあわせ考えると、その時点において同社としてはもはや債務者である原告に対しその貸付金債務の履行を求める意思を放棄し、右債務を免除したものと解するのが相当であり、このことは、原告自身も十分認識していたということができる。したがって、原告は、これによりその債務免除相当額の経済上の利益を取得したものである。

3  原告が昭和四一年分の所得税について確定申告書の提出をしなかつたことについては、原告においてこれを明らかに争わないから自白したものとみなされるべきところ、以上述べたとおり、原告は同年中に旭興業から総額一〇五五万円の債務免除にかかる経済的利益を受けたので、その額を所得税法(昭和四二年法律第二〇号による改正前のもの)三四条の規定により原告の一時所得の収入金額として所定の計算を行い、国税通則法二五条、六六条に基づいてされた本件処分は、適法である。

三  よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤繁 裁判官 八丹義人 裁判官 佐藤久夫)

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