大判例

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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)9982号 判決 1976年6月16日

原告

精興工業株式会社

右代表者

清水久

右訴訟代理人

品川澄雄

被告

株式会社大成製作所

右代表者

田島太一

右訴訟代理人

村下武司

外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判<略>

第二  請求原因

一、原告は、次の実用新案権の実用新案権者である。

考案の名称 自動車用スキーハンガー締輪取付装置

出願日 昭和四二年七月一三日

(実用新案登録願昭四二―六〇一〇九号の分割)

(実用新案登録願昭四五―一二八九七二号)

公告日 昭和四七年一一月二日

(実用新案出願公告昭四七―三六三五八号)

登録日 昭和四八年六月一五日

登録番号 第一〇〇四九七三号

二、本件考案の願書に添付した明細書の実用新案登録請求の範囲の項の記載は、次のとおりである。

「ハンガー本体の両側面部に任意数設けたピン押入孔とこのピン挿入孔とに貫通せしめたピンとこのピンに、ゴム又は合成樹脂等の弾性材料によつて一端に突起部、他端にテーパー部を設けたピン受入孔を夫々形成せしめた外筒を押入せしめて構成したことを特徴とする自動車用スキーハンガー締輪取付装置。」

理由

一<省略>

二本件明細書の請求の範囲の項の記載を概成要件に区分説明すると、次のとおりである。

(一)  ハンガー本体の両側面部に任意数設けたピン押入孔があること。

(二)  ピン押入孔に貫通せしめたピンがあること。

(三)  ピンに、ゴム又は合成樹脂等の弾性材料によつて一端に突起部、他端にテーパー部を設けたピン受入孔をそれぞれ形成せしめた外筒を挿入せしめてあること。

(四)  自動車用スキーハンガー締輪取付装置であること。

三前認定の本件考案の構成要件及び別紙目録記載の被告製品の構造に基づき、本件考案と被告製品とを対比する。

(一)  本件考案の構成要件(三)は、ピンに、ゴム又は合成樹脂等の弾性材料によつて一端に突起部、他端にテーパー部を設けたピン受入孔をそれぞれ形成せしめた外筒を挿入せしめた構成であるのに対し、被告製品は、ピン(3)に、一端に突起部(4)、他端に開口段部(5)を設けたピン受入孔(6)をそれぞれ形成せしめた合成樹脂製外筒(7)を挿入せしめた構造であつて、外筒他端のピン受入孔にテーパー部が設けられていない。従つて、被告製品は、本件考案の構成要件(三)を充足しない。

原告は、被告製品の外筒(7)のピン受入孔(6)の端部に設けられた開口段部(5)は、本件考案の外筒のピン受入孔の端部に設けられたテーパー部と同じ役割を果しているものであつて、両者の形状機能からみて、この点の相違は、単なる構造上の微差に過ぎないと主張する。しかしながら、実用新案登録請求の範囲には考案の詳細な説明に記載した考案の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない(実用新案法第五条第四項)ところ、前認定のとおり本件考案の請求の範囲には外筒にテーパー部を設けることが明記されており、本件明細書の考案の詳細な説明の項には、本件考案の構成の説明として、実施例に即し、「外筒7の一端には、突起部7aを設け、かつ他端部7bにはピン受入孔7cを設け、かつ該ピン受入孔7cの内周部面にはテーパー部7dを設けて形成する。」と外筒にテーパー部を設けることが記載されており、また図面にもテーパー部7dが明示されていることが認められる。反面、本件公報には、他端に開口段部を設けたピン受入孔を形成した外筒の構造が、本件考案の他端にテーパー部を設けたピン受入孔を形成した外筒の構成の中に含まれることを示唆するような記載は全くない。右事実によれば、外筒のピン受入孔の端部にテーパー部を設けることは、本件考案の必須の構成要件であると解するほかはない。外筒の受入孔の端部にテーパー部を欠く被告製品は、本件考案の構成要件を充足せず、本件考案の技術的思想とは異なる技術的思想のものというべきである。この点の相違を単なる構造上の微差に過ぎないということはできない。原告の主張は、理由がない。

原告は、また、テーパー部の作用効果は外筒をピンに装着する場合、開口部を広くして装着を容易にすると共に、一旦装着されると内径が奥に向つて狭くなつているために狭くなつている部分がピンを緊縛して脱荷を防止するところにあり、この作用効果は被告製品の開口段部(5)でも同様に達成し得ることが一見して明白であるから、右差異から、被告製品が本件考案の技術的範囲に属しないということはできないと主張する。しかしながら、作用効果自体が考案の構成要件たり得ないことはいうまでもないことであるから、本件考案のテーパー部と被告製品の開口段部(5)が作用効果において同一であるとしても、そのことから直ちに被告製品の開口段部(5)が本件考案のテーパー部に該当するということはできない。のみならず、両者は作用効果においても差異があると考えられる。すなわち、本件考案の外筒のピン受入孔の端部にテーパー部を設けたことの作用効果については本件公報に何らの記載もないが、テーパーという形状そのものからして、外筒がピンにスムーズに挿入されるという作用効果があると考えられるのに対し、外筒のピン受入孔の端部を段部とする場合は、その形状から考えて、段部がない場合に比べれば外筒をピンに挿入することが容易であろうが、その容易というのも段部の内側角がピンに接触するまでのことであり、その後ピンにピンの受入孔がはまり込む際は、ピンに段部の内側角がひつかかり、そのため段部の内側角が押しつぶされたりしながらピンに外筒が挿入されて行くものと考えられるから、テーパー部のもののようにスムーズにはピンに外筒を挿入し得ず、その点でテーパー状のものに劣るということができ、両者はその点で作用効果上も相違するということができる。鑑定人Kの鑑定の結果によれば、外筒の開口部の機械的強度は開口部が段部になつている方がテーパー状になつているものより劣るが、本件考案の実用新案登録出願当時の合成樹脂成型の技術分野においては、開口部がテーパー状になつているものも段部になつているものも共に、本件考案におけるような締輪取付装置に使用する場合には同一の効果をもつものとあらかじめ判断して設計を行うことが極めて容易であり、当時の成型技術者が直ちに採用し得る技術であることが認められるが、そうであるとすれば、出願人が段部のものも本件考案に包含されるようにして出願できたはずである(ただしそうした場合にもなお実用新案登録され得たかどうかは分らない。)のに、前説明のとおり、本件明細書には段部のものを包含することを示唆するような記載は全くなく、テーパー部を設けることのみが記載されているから開口部の形状はテーパー状のものに限られるものといわなければならない。原告の主張は理由がない。

(二)  右のとおりであるから、その余の点について検討するまでもなく、被告製品は本件考案の技術的範囲に属しないものというべきである。

四よつて、原告の本訴請求は、その余の争点について判断するまでもなく、理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(高林克巳 清永利亮 小酒禮)

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