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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)6031号 判決 1975年7月07日

原告

アルマー産業株式会社

右代表者

黒田長義

右訴訟代理人弁護士

寒河江孝允

右補佐人弁理士

鈴江武彦

外一名

被告

山田工業株式会社

右代表者

山田光次

右訴訟代理人弁護士

馬瀬文夫

外二名

右補佐人弁理士

江頭藤八

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実<抄>

一、原告は次の特許権の特許権者である。

発明の名称 焼却脱臭炉の構造

出願日 昭和四三年六月一二日(特許願昭四五―一〇一三五〇)

公告日 昭和四六年五月三一日(特許出願公告昭四六―一九三八六)

登録番号 第六四五五三四号

二、本件特許発明の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の項の記載は、次のとおりである。

「バーナと対向して設けられた仕切壁の下端に急傾斜の第1傾斜壁及びゆるやかな傾斜の第2傾斜壁を順次連続して設けるとともに、前記仕切壁の上方に投入口を設け、かつ前記仕切壁前方の燃焼室上壁内面を上向きの湾曲状に形成したことを特徴とする焼却脱臭炉の構造。」

理由

一原告が本件特許権の特許権者であること、請求の範囲の項の記載が請求原因二の項のとおりであること及び被告製品が被告の製造販売にかかるものであることは当事者間に争いがない。

二成立について争いがない甲第二号証(本件公報)によれば、本件特許発明は、次の構成要件からなることが認められる。

(一)  バーナと対向して設けられた仕切壁の下端に急傾斜の第1傾斜壁及びゆるやかな傾斜の第2傾斜壁を順次連続して設けること。

(二)  前記仕切壁の上方に投入口を設けること。

(三)  前記仕切壁前方の燃焼室上壁内面を上向きの湾曲状に形成すること。

(四)  焼却脱臭炉の構造であること。

三前認定の被告製品の構造は、次のとおり区分説明することができる。

(一)' バーナ(1)と対向して設けられた後壁(2)、該後壁(2)の上部は垂直壁(2)'、この下端に急傾斜の第1傾斜壁(3)、燃焼用火格子より成るゆるやかな傾斜の第2傾斜壁(4)、更に続いて水平状の残渣処理用格子より成る底壁(5)を順次設けること。

(二)' 前記後壁(2)の上方に投入口(6)を設けること。

(三)' 燃焼室の上壁(7)を、その内面が上向きの長くゆるやかな傾斜面(7)'とこれに続く水平面(7)"とから成り、左右方向には第2図及び第3図のように上向き円孤状になるようにしたこと。

(四)' 焼却脱臭炉であること。

四そこで、前認定の本件特許発明の構成要件及び被告製品の構造に基づき、本件特許発明と被告製品とを対比する。

(一)  本件特許発明では、仕切壁の下端に急傾斜の第1傾斜壁及びゆるやかな傾斜の第2傾斜壁が順次連続して設けられている(構成要件(一))のに対し、被告製品では、垂直壁(2)'の下端に急傾斜の第1傾斜壁(3)及び燃焼用火格子より成るゆるやかな傾斜の第2傾斜壁(4)が設けられている(構造(一)')。ところで、原告は、本件特許発明のゆるやかな傾斜の第2傾斜壁は火格子を含むものであると主張するのに対し、被告は、これを争い、本件特許発明のゆるやかな傾斜の第2傾斜壁は文字どおりの壁を意味し、火格子を含むものではないと主張するので、まずこの点について検討する。

本件公報によれば、本件特許発明の詳細な説明の項に、実施例に即した炉の構造の説明として、「この炉1内上部には側部には開口部部2を有する仕切壁3が配設されているとともに、前記仕切壁3の下端には急傾斜の第1傾斜壁4及びゆるやかな傾斜壁5が順次連続して設けられ、これら各壁3、4、5の前側に燃焼室6を、裏側に脱臭室7を形成し、」と記載され、また実施例の説明の後に、本件特許発明の構成について、「本発明は以上詳述したように、バーナと対向して設けられた仕切壁の下端に急傾斜の第1傾斜壁及びゆるやかな傾斜の第2傾斜壁を順次連続して設けるとともに前記仕切壁の上方に投入口を設け、かつ前記仕切壁前方の燃焼室上壁内面を上向きの湾曲状に形成したことを特徴とするものである。」と記載され、更に実例を示す第1図及び第3図には、仕切壁3、第1傾斜壁4、第2傾斜壁5及び底壁8の部分のすべてにわたつて斜線が引かれ、これらが一連一体のものとして記載されており、右各記載によれば、本件特許発明の第2傾斜壁は、仕切壁、第1傾斜壁及び底壁と何ら区別されることなく、「壁」とされていることが明らかである。また、本件特許発明の作用効果の説明として、詳細な説明の項に、「仕切壁3に沿つて落下してきた被燃焼物は、まず、急傾斜の第1傾斜壁4上を比較的速く通過しながら、含有している水分等が乾燥され、次に、ゆるやかな傾斜の第2傾斜壁5上をゆつくり通過して充分に燃焼され、焼却して灰となつたものは底壁8上に達し、順次炉外に排出され、」、「仕切壁上方の投入口より連続的に投入された被燃焼物は急傾斜の第1傾斜壁を通過する際に乾燥されるとともにゆるやかな傾斜の第2傾斜壁をゆつくり通過して充分に焼却され、灰となつて順次移送されるので、水分をある程度含んでいる被燃焼物を確実に焼却し、」と記載されており、右記載によれば、被燃焼物は、第1傾斜壁を通過する際乾燥され、次いで第2傾斜壁を通過中そこで焼却され、焼却されて灰となつたものは、更にその下端に連設された底壁に移送されるというのであるから、第2傾斜壁は、そこから灰が取り出される構造にはなつていないものといわなければならない。更に、本件特許発明の明細中、第2傾斜壁が火格子を含むことを示唆するような記載は全く存しない。右のとおりであるから、本件特許発明の第2傾斜壁は、文字どおり壁を意味し、火格子を含むものではないと解すべきである。そうすると、被告製品の第2傾斜壁(4)は、火格子より成るものであるから、本件特許発明の第2傾斜壁に該当しないものというべきである。

原告は、本件特許発明の詳細な説明の項の記載を引いて、本件特許発明の第2傾斜壁が燃焼用であることは明らかであるところ、これが火格子から構成されることはありふれた周知のことであること、本件特許発明の実施例において傾斜壁に続く水平面の壁を底壁8と称しているが、これが炉の構造からみて灰とり用の壁となつているから、壁という用語から火格子を含まないとはいえないこと、及び実施例第1図、第3図によれば、第2傾斜壁5及び底壁8の下方に送風ないし灰集積室に当たるものが形成さされていることからみて、これを文字どおり壁に限定して火格子のような構造のものを除外したものとは考えられない旨主張する。しかしながら、本件特許発明において、被燃焼物が第2傾斜壁を通過中そこで焼却されるものであることは前説明のとおりであるが、そこで焼却されるからといつて、第2傾斜壁が火格子でなければならない必然性は全くなく、従つて燃焼用であれば火格子で構成されることが周知であるとはいえないし、また底壁8も、灰がその上に達し、順次炉外に排出されるというだけで、それ自体火格子の構造のものであるかどうかも、明細書及び図面の記載がら明らかではないし、更に実施例の第1図及び第3図中、第2傾斜壁5と底壁8の下部に箱状の区画が記載されているが、その区画には外部と接する部分のすべてにわたつて斜線が引かれているだけで、その区画が燃焼室及び外部とどのような関係になつているのか明らかではないし、また詳細な説明の項にも、その区画が何を意味するのか何ら記載されておらず、それが原告のいう送風室ないしは灰集積室なのかどうか判然としない。原告の右主張は、その前提を欠き、理由がない。

被告製品は、本件特許発明の構成要件(一)を充足しないというべきである。

(二)  被告製品は、後壁(2)の上方に投入口(6)が設けられている(構造(二)')から、本件特許発明の構成要件(二)を充足する。

(三)  本件特許発明では、仕切壁前方の燃焼室上壁内面を上向きの湾曲状に形成している(構成要件(三))のに対し、被告製品では、燃焼室の上壁(7)内面を上向きの長くゆるやかな傾斜面(7)'とこれに続く水平面(7)"とで形成している(構造(三)')から、被告製品は、本件特許発明の構成要件(三)を充足しない。

原告は、(1)被告製品の右構造は、構成自体本件特許発明のそれと大差なく、正に上向きの湾曲状の一態様といえる、(2)本件特許発明が右構成を採用したことによる作用効果は、炉内面を箱形に形成すると炉内空間が不当に広くなり、隅部に燃焼ガスが十分に行きわたらない無用の炉内空間が形成されるので、これを回避して炉内に十分な蓄熱を行うことにあるところ、被告製品も、前述の構成を採ることにより、同一の作用効果を奏するので、構成要件(三)を充足する旨主張し、更に被告の、本件特許発明の「湾曲状」は円孤状に限られるとの主張に対し、(3)本件特許発明は、従来の焼却炉の欠点に対処すべく、炉内の構造を単純にし、しかも一本のバーナで焼却と同時に脱臭をも行うようにし、燃料の節約及び炉の製作の低コスト化を図り、従つて炉内の構造は、無駄な空間をできるだけ少なくし、少ない燃料で熱効率よく焼却と脱臭を行うことができるよう、そこに技術が集約され、炉の上壁内面を前方からゆるやかに上昇する湾曲状に形成することにより、炉内で発生する燃焼ガスをバーナの火焔方向と同一方向に対流させて、炉内の熱を有効に蓄積させ、また炉内に発生するガスに火焔の一部を放射してガスの脱臭を行うことを意図したものであるから、本件特許発明にいう「湾曲状」は必ずしも円孤状のものに限られる理由はなく、これに近似する構造のものを包含するものであるといつても差し支えないし、請求の範囲の項で円孤状ないし円孤部と記載されないで湾曲状と記載されているのも、ある程度幅のあるものであることを示唆していると主張する。しかしながら、一般の用語例からみても、湾曲状の中に被告製品のような直線面からなる形状が含まれるとするのは困難であるし、また本件特許発明において上壁内面を湾曲状にした趣旨が、原告主張のとおりの作用効果を達成することにあり、かつ被告製品が右と同一の作用効果を奏するとしても、作用効果自体に特許が付与されているのでないことはいうまでもないことであるから、そのことから直ちに被告製品が本件特許発明の構成要件(三)を充足するものとはいえないことも明らかである。ところで、本件公報によれば、詳細な説明の項には、実施例に即して本件特許発明の構成を説明した中で、「燃焼室6の上壁内面10を上向きの湾曲状に形成」と記載され、また作用効果の説明として、「燃焼室6で発生した燃焼ガスは矢印のように上方に向い、上向きの湾曲状に形成された燃焼室6の上壁内面10に沿つて円孤状に旋回して流気路aを通過する際に、上記バーナより発生する火焔の一部により直接放射されるので、ここを通過する燃焼ガスの悪臭は高温分解されて脱臭され、」「燃焼の際に発生する燃焼ガスは上向きの湾曲状に形成された上壁内面にそつて円形状に旋回して流気路を通過する際に、上記バーナより発生する高温の火焔の一部が直接放射して脱臭され、脱臭したガスを排出できる。」と記載され、右記載によれば、被告製品の、燃焼室の上壁(7)内面を上向きの長くゆるやかな傾斜面(7)'とこれに続く水平面(7)"よりなる構造、すなわち第1図にみられるような二つの直線面から形成した構造が、本件特許発明の「湾曲状」に包含されるものとは認められないし、その他被告製品の右構造が本件特許発明の「湾曲状」に包含されることをうかがわしめるような記載は全く見当らない。原告の主張は理由がない。

(四)  右のとおり、被告製品は、本件特許発明の構成要件(一)及び(三)を充足しないから、本件特許発明の技術的範囲に属しない。

五よつて、原告の本訴請求は、その余の争点についてて判断するまでもなく、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(高林克巳 清水利亮 牧野利秋)

<目録省略>

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