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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)7287号 判決 1973年6月18日

被告 港信用金庫

理由

一  弘電社が被告に対し本件預託金債権を有しており、これにつき仮差押決定が発せられ、また本件預託金債権のうち本件債権につき差押取立命令が発せられ、前者が昭和四二年一二月二〇日、後者が昭和四五年二月四日被告に対し送達されたことは当事者間に争いがなく、《証拠》によれば、主位的請求原因(二)の事実および本件仮差押決定は前訴判決の訴訟物である原告の弘電社に対する約束手形金一、三二八、八〇〇円を保全権利として発せられたものであることが認められる。

二  そこで原告の主位的請求について判断すると、《証拠》を総合すれば、被告は本件仮差押決定の送達を受けた当時弘電社に対し二億二、三千万円の貸金債権を有していたので、これと本件預託金返還請求権と対等額で相殺した事実が認められる。

ところで、本件仮差押決定と同時に民事訴訟法六〇九条一項所定の陳述を求める催告書が被告に送達されたが、被告が同条所定の七日の期間内にこれに回答しなかつたことは当事者間に争いがない。

原告は、右のように陳述義務を懈怠した被告が相殺権を行使することは信義誠実の原則に反し権利の濫用である旨主張する。しかし、右陳述義務は、債権の差押をなす者にその差押により執行の目的を達し得るか否かを判断せしめ、その回答いかんによつては更に他の有効適切な手段をとるべきことを考慮する機会を与えるために、第三債務者に課せられた訴訟法上の義務であつて、第三債務者がこの義務を怠つたからといつて実体法上の相殺をなすべき権利までをも失うものではない。このことは、同法六〇九条二項が第三債務者が陳述を怠つたことによつて差押債権者に対し損害を与えた場合その賠償をなすべき旨を規定している趣旨からもうかがうことができる。蓋し、もし第三債務者の陳述懈怠に債務承認の効果を認め相殺権の行使を許さないとすれば、かかる義務違反を理由とする損害賠償の規定は不要と解せられるからである。

原告は、信義誠実の原則違反、権利濫用の理由として原告が被告の無回答により本件債権によつて弘電社に対する債権の弁済を得られるものと信じて同社に対し訴を提起した旨主張するが、これらはすべて被告に対する損害賠償請求の成否につき考慮されるべき事情であつて、そのことによつて被告が相殺すべき権利までをも失ういわれはない。

以上によれば、本件債権は相殺により消滅したというべきであるから、原告の第一次請求は理由がない。

二  予備的請求について、

(一)  《証拠》によれば、原告は本件仮差押決定と同時に送達された陳述の催告に対し被告からの回答がなかつたので、本件預託金債権により被保全権利である弘電社に対する前記約束手形金債権につき弁済を受け得るものと信じ、弘電社の他の財産について保全手続を経ずに昭和四三年一月前訴を提起したこと、そして、原告は勝訴判決を得たものの、被告が本件債権を相殺し、その上前訴係属中の同年二月項弘電社が倒産したため(倒産の事実は当事者間に争いがない。)結局前記約束手形金債権につき弁済を受け得ないまま現在に至つていること、もし被告において、陳述義務を尽し、反対債権の存在を述べ支払意思のない旨を回答していたならば、原告は当時弘電社に残存していた他の財産について保全手続を経る予定であつたし、またその手続をなすことが可能であつたものと認められる。しかしながら、かかる事実があるからといつて、原告主張のように前訴判決により認容された金額全額が損害であると認めるのは早計である。何故なら原告において弘電社の他の財産に対する保全手続をなしたとしても同社は前訴係属中の昭和四三年二月に倒産したのであるから、原告が他の債権者に対し優先弁済を受ける地位にない以上、債権全額について弁済を受け得るということは到底考えられず、たかだか、優先的地位にある債権者が弁済を受けた後の同社の残資産につき同社に対する全債権者の債権の割合に応じて配分を得たと予想される金額が原告の損害であるということができるに過ぎないからである。しかして、右予想配分額は経験則に照らせば少額のものと推察されるが、本件においてはこれを認むべき証拠はない。

(二)  また、原告は前訴の弁護士費用が損害である旨主張し、《証拠》によれば、原告は前訴の弁護士費用として、計四〇〇、〇〇〇円の支払を約束し、すでに二〇〇、〇〇〇円支払済であることが認められる。しかし、一方《証拠》によれば、弘電社が原告に対する前記約束手形金債務の存在を争つていた事実が認められ、また、前記(一)認定の事実によれば、原告は被告から本件債権につき反対債権の存在と支払意思のないことの回答を受けていれば、前訴提起当時弘電社の有する他の資産につき保全手続を経た上同社に対し右約束手形金請求の訴を提起したものと予測される。すなわち、原告は被告の陳述命令に対する回答いかんにかかわらず弘電社に対し訴を提起したものと予測し得るのであるから、前訴の提起遂行に要した前記弁護士費用は、被告の陳述命令に対する無回答と因果関係のある支出と認めることはできない。

三  よつて、他に陳述義務懈怠と因果関係に立つ損害の立証がない以上、その余について判断するまでもなく原告の損害賠償請求は理由がない。

以上認定したところによれば、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却

(裁判官 松野嘉貞)

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