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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)583号 判決 1975年2月20日

原告 株式会社松田まこと建築設計事務所

右代表者代表取締役 松田誠

右訴訟代理人弁護士 丸尾美義

同 堀合辰夫

同 長谷川修

同 小嶋正己

被告 山口シズエ

右訴訟代理人弁護士 飯塚信夫

右訴訟復代理人弁護士 伊東眞

主文

一  被告は原告に対し金五五万円およびこれに対する昭和四五年五月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は五分し、その四を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は原告において金一〇万円の担保を供するときは第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

(当事者の求める裁判)

一  原告

1  被告は原告に対し金七〇万円及びこれに対する昭和四五年三月一日から右支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

(当事者の主張)

第一請求の原因

一1  原告は建築設計・施行監理を目的とする会社であるが、昭和四三年八月一二日被告の委任を受け、同人との間に被告所有の藤沢市藤沢字石原所在の土地約一七〇〇平方メートルに建物を新築するにつき、次の設計監理契約(委任類似の契約)を締結し、これに対する報酬金額を二八〇万円と定め、これを設計契約時金五〇万円、設計図完成時金一〇〇万円、上棟時金六〇万円、完成引渡時金七〇万円に分けて支払うことを約した。

(一) 設計

(1)敷地の現状調査及び整地の計画、(2)右敷地内に建設される建物の設計、(3)計画建物に付属する諸設備の設計

(二) 監理

(1)見積書の検討及び請負契約の立会、(2)工事進行時における請負契約の監督、(3)注文者と工事請負者との調停

2  原告はこれにより本件敷地の現状調査をし、これに基づき敷地計画及び敷地内に建設される建物の設計をする義務を負うのであるが、一般に設計契約においては、当該敷地の区域並びに隣接地との境界については委任者の指示に従い、これを基にして現状調査、設計を行うものであって、隣接地との境界の確定等を含むものではない。そして、本件においても、右趣旨で契約を締結し、被告から敷地実測図の交付を受け、敷地の境界、区域の指示を受け、これを前提として設計管理を行う趣旨であった。

二1  原告は右契約に基づき、その本旨に従って受任義務を履行したのであるが、右契約締結に先立ちすでに同年六月被告の依頼により右土地の地形を検討してこれに適合する賃貸用施設の設計について申入れを受け、同月中現地の調査をしていたが、契約成立後同年八月被告から右敷地測量図の交付を受け、同年八月一四日現地確認及び高低差調査をしたうえ、一戸建賃貸住宅六戸の建築設計を完成し、なお昭和四四年六月被告の申入れにより賃貸用住宅を分譲用住宅に設計を変更した。これに基き被告との間に建築請負契約を締結した訴外藤栄建設株式会社の工事施行につき前記各監理業務を行った結果右建物(棟数は敷地減少に伴い被告の都合で五棟として)は昭和四五年二月完成し、引渡しを終った。

2  原告は前記のとおり被告から敷地実測図の交付を受けて、敷地の境界・区域の指示を受け、これを前提として現状の確認および面積、高低差測量をしたのであるが、右被告提示の測量図ではその敷地面積が合計一九二七・二八六平方メートルとなっていて道路敷部分二一三・五三八平方メートルを含んでおりこれを除くと一七一三・七四八平方メートルで、原告が現地調査に際し測量確認した敷地面積一七一八・九二平方メートルとほぼ一致したので、これにより原告は被告の指示どおりの敷地面積があることを確認して右敷地内に六棟の建物を建築する設計をしたのであって、原告の調査・設計に杜撰・疎漏はなく、その義務を誠実に履行した。

三  被告は、右報酬金額のうち金二一〇万円を支払ったが、残額七〇万円を支払っていないので右金額及び完成引渡しの後日である昭和四五年三月一日から右支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

第二答弁

一1  請求原因事実一の1は認める。

2  同一の2は否認する。設計監理契約上の義務を負担した者は、専門の業者として十分現地を調査し、整地計画を立てて設計監理する義務を負っており、本件において被告は右契約に際し予め測量士に面積を測量させその図面を原告に提示して設計監理を依頼したことはあるが、これは現場を指示する程度の意味で示したものにすぎず、特に敷地面積を指示したわけでもないのであって、原告は専門の業者として、更に独自に現場を確認し、高低差の調査その他宅地造成基本測量を含め一切を調査し、整地計画を立て、その土地に何棟の建物が建つかを確定し、各設計図を作成し、これに基いて請負者において作成する見積書を検討し、請負契約に立会い、自己の作成した設計図通り完全に工事がなされることを監理することを内容とする契約を締結したものである。

二1  同二の1の事実中被告が前記測量図を原告に提示したこと、原告が現地調査をしたこと、その他の調査・建築設計をしたこと、被告の申入れにより賃貸用住宅を分譲用住宅に設計変更したこと、被告が訴外会社と請負契約を締結し、五棟の建物を建築し、これについて監理をしたことは認めるが、その余は争う。原告は当初六棟を建築できるとして設計し、これにもとづいて工事がなされたのであるが、原告の調査が杜撰であったため五棟しか建築できないことが判明し、一棟は建築できなかったのであるから、委任事務を尽くしたとはいえない。

2  被告は本件委任契約において前記一の2記載の義務を負っており、これを具体的に遂行するについては、土地の造成、建築設計、建築着工の前にその対象土地の面積を確認するのが当然であり、現地測量の際隣地の権利者を調査しその境界がどこにあるかを調べ、完全な建築施工ができるようにすべき義務を負い、又本件土地は平地でなく相当の高低差がある土地なので、造成計画や建築面積等を確実に把握して設計処理すべき義務があるのであり、設計監理業者としては隣地との境界を含めて土地全体の正確な測量をする必要があった。このため被告も契約時直ちに金五〇万円を支払った。そこで原告は設計図作成前に別府測量事務所によって藤沢市役所安藤土木課長、隣地所有者長谷川、原告代表者、被告側の高野耕造立会の上で測量し、測量図を作成したのであるが、右測量図面には「隣地境界立会ヲ要ス」と記載があり、公図によると本件土地の中に道路敷もあるなどの事情があるのであるから、原告は隣地との境界その他の確認をし、総ての計画を立てるべきであったのにこれをしなかったのであり、このため当初六棟を建築する設計がなされたが、結局五棟にせざるを得なかったのである。

三  同三のうち、被告が金二一〇万円を支払ったことは認めるが、その余は争う。

原告は委任事務を完全に尽くしていないし、一棟分については監理をしていないのであるから、これを尽くさなかった部分について報酬支払義務は発生しないところ、履行された委任事務の内容・程度からして残額報酬債権は存在しないというべきである。

第三抗弁

被告は前記答弁二の2記載のような債務不履行があったものであるところ、右不履行により当初原告の予定した六棟の設計にもとづき六棟の建築請負契約を締結したところ、急に藤栄建設からの申入れで六八二号一棟について建築中止をせざるを得なくなり、その工事を取りやめたのであるが、すでに同会社によって右建物の建築用に用意された建築材料代金七七万円、材木加工料二〇万円合計九七万円のうち材木一〇万円を引き取った残額八七万円を昭和四八年八月一八日同会社に五棟の請負代金のほかに支払ったため、原告は右金額の損害を蒙ったので、本訴において右損害賠償請求権を以て対等額で相殺の意思表示をする。

第四抗弁に対する答弁

被告主張の抗弁事実は否認する。原告に被告主張の債務不履行のないことは前記のとおりであって、当初六棟の予定が五棟に止まったのは藤栄建設株式会社が、本件工事着工後の昭和四四年一一月ころ、六八二号建物の建築予定敷地の西側に隣接する土地所有者から右敷地との地境につき異議が出て、被告において境界確認、再測量の結果、右敷地は約五〇平方メートル減少するところとなったのであるが、面積が減少しても、多少設計変更を加えて建物の位置をずらすことによって当初設計どおりの規模において六八二号の建物を建築することが可能であり、原告はその図面を作成していたにもかかわらず、被告は一方的に藤栄建設に対し右建物建築工事中止の申入れをしたものであって、仮りに、被告が損害を被ったとしても、原告の責任ではない。

第三証拠≪省略≫

理由

一  原告主張の請求原因事実一は当事者間に争がない。

二  右設計監理契約によって、原告は設計の一項として「敷地の現況調査及び整地計画」について義務を負うとされているのであるが、その具体的な内容については明細な記載は契約書にも記載されていない。この点について、原告は、敷地の現状を調査し、当該区域並びに隣接地との境界については、注文者の指示に従い、その敷地範囲を確定し、これに基づいて整地計画を立て、設計をするを足るとするに対し、被告はこれに止まらず、隣地との境界についても、専門家として、独自に調査し、建築について支障がないよう隣地所有者の立会を求めるなど厳格に確定して設計すべきである、と主張する。よって、この点について検討する。

敷地の境界・範囲について格別争のない通常の場合においては、設計監理の受任者は、その事務の内容からみて、常に進んで被告主張の点まで厳格に調査確定させて設計する義務があるとはいえず、委任者の指示・提出する図面等にもとづき現実に敷地に当るなどしてその範囲を実測確定し、高低差を含め敷地の現状を調査すれば足りると解されるが(ちなみに、≪証拠省略≫によると財団法人日本建築家協会制定の「建築家の業務及び報酬規程」に、「建築主は、設計業務の時期に応じて建築家の必要とする正確な次の資料を提供する。――3敷地に関する調査資料――敷地の所有権・借地権及び地上権に関する資料・敷地測量図及び地積調査書、敷地に関する給排水・ガス等の施設の現状を示す資料――と記載されており、原告本人尋問もその主張に添う供述をしている。)、できるだけ正確な設計を行うため、専門家として、その必要とする限度で、相応の注意をもって調査を行う必要があり、境界の不明など敷地の範囲が確定できない等の事情があるときは、委任者の協力を求めるなどして、法的な解決はともかく、できるだけその範囲を確定のうえ、可及的に正確な調査を基に設計を行い、紛争の態様によってはこれを考慮して委任者に不利益を及ぼさないよう配慮し、委任の趣旨に添うよう努めるべき義務があるのであって、常に単に委任者から指示・提示された図面のみにもとづいて処理すれば足りるものとはいえない。

本件土地においては、契約当時から隣地との境界不明その他の紛争が生じていた形跡は証拠上認められないから、当初から明示して隣地との境界の紛争を前提として、問題の余地を残さない程正確な調査確定までも明示して委任したものとはみられず、敷地の調査を含め包括的に設計監理を委任したとしても、当然被告主張のような義務を含む契約が明示もしくは黙示になされたとはいい難く、前記一般的な範囲で敷地の調査・確定義務を負っていたと認めるのが相当である。≪証拠判断省略≫

三1  原告が右設計監理契約にもとづきその主張する調査、設計、監理行為を行ったことは被告の認めるところである。

2  そこで、原告が前記委任の範囲で、その義務を尽くしたかどうかについて検討する。

≪証拠省略≫によると次のように認められる。すなわち、

原告は右契約に際し、被告から実測図面(被告が昭和三二年訴外郊外土地株式会社から買受けた際の実測図)の交付を受け、被告の側から現地の案内指示を受けたので、右図面の境界標識(四個)および測量点の杭を一応現場に当ってみて右実測図は、本件土地東側の道路に接する幅一メートルの道路敷地を含んでいるが、この部分を除き、当時の土地の現況に符合すると判断し、別府測量事務所に依頼して実測図(甲第三号証)及び高低差図を作成し、これを基にして六棟の建物の建築設計を行い、建物の建築工事を請負った藤栄建設は右設計に従って五棟まで建築工事を行った。六棟目にかかる際にいたって本件土地の西側に接する道路の使用権を主張する大沢組代表者から右敷地について異議申立がなされ紛議が生じたので、財務局横浜出張所、藤沢市土木課、道路を隔てた隣地所有者、原・被告、藤栄建設の関係者らが立会って論議されたが結論を得るに至らなかった。右隣接の道路部分については原・被告の契約以前から道路としての明瞭な状態をしていなかったので、原・被告ともこれに気付いていなかったが、公図写にはこれとつながりがあると推定される農道敷らしい表示が本件土地のほぼ中央を斜に横断するような表示があったので、原告は建築確認申請の際藤沢市の係官に尋ねたところ、現在は使用されていないので、妨げにならないといわれ、確認申請は受理され、建築許可を受けて前記建築にかかったものである。右紛争後はそのまま六棟目の建築工事をすることができず、被告の依頼した沢内工務所の作成した右道路部分といわれる部分を除いた実測平面図にもとづいて、原告において拡大した実測図を作成し、これを合せて建物の建築位置を変更した建物配置図を作り直し、請負業者を通じ原告の意思を確めたが、被告の諒解を得られず、やむなく五棟に止めることになり、その施工を完了するまで監理を行ったものである。

≪証拠判断省略≫

右認定の事実によれば、原告としては、右境界紛争は当初から予想していなかったのであり、被告提示の図面をもって境界標識測量点を確認し、道路部分を除外して実測図を作成して設計監理を行ったが、右過程においても、それらしい形跡は全く認められず、六棟目にいたって急に生じてきたものとみられ、右紛争を予想しなかったことについて格別の不注意・遺漏があったとは認め難い。もっとも、前掲甲第三号証によれば、契約当初別府測量事務所において作成した実測図に註記として、「隣地・境界立会ヲ要ス」との記載がみられるが、現実に具体的紛争が起きていた形跡はなかったことは前記のとおりであって、特にこの点が重要な事項として指摘されていたとはみられない。又前記のように、公図上に示された道路敷の表示の問題について、藤沢市に尋ねて建築許可を受けており、この部分について現に後に格別の問題が起きた形跡はなかったのであるから、これについて問題とする点はなかったと考えられる。ただ右道路が本件土地の西側に接する部分において注意して検討するときは公図写上ややあいまいになっているように見えるので、この点を明確にしようとすれば、更に公図を調べ、隣地所有者の立会を求めて確認するなどの措置を取ったとすれば、その際これに関連して本件土地の境界についても、前記紛争が明らかになったであろうことが考えられないではないが、前記のとおり敷地範囲を一応確定して格別疑問を持たず、予定通り五棟まで建築工事を設計監理してきた原告としては、その点まで予想して隣地所有者の立会を求めて厳格な調査・確定をすべきであったと直ちにいうことはできない。そして≪証拠省略≫によれば、後に前記境界の紛争が生じ、確定的な解決をみるにいたらなかったので、紛争の部分約四八平方メートルを除外して改めて作成された実測図により新たに建物配置図を作成し、請負業者を通じ原告の意思を確かめようとし、結局格別の行き違いもなく五棟の建物を建築するに止めることで工事を終ったのであるから、原告としては敷地の現状調査、設計については右委任の義務を一応尽くしたと認めるのが相当である。しかしながら、監理の委任義務については、結局前記のとおり五棟については工事の監理が行われたが、六棟目の一棟については工事を施工しないで終ったのであるから、これについては、契約どおりの監理が行われたものということはできない。

四  右のとおりであるとすれば、被告は原告に対し、前記約定の報酬額のうち、右監理の行われなかった分を除き、その他の部分に相当する額について支払うべきであるところ、当初の契約において各部分についてその金額は明示されていないし、他にその算定基礎を定めてもいないので、諸般の事情を考慮し、一棟につき監理が行われなかった部分を少くともほぼ五パーセントに相当する金一五万円と評価し、これを除いた金二六五万円と認めるのが相当である。そして被告が原告に対し報酬として金二一〇万円を支払ったことは当事者間に争がないので、残額は金五五万円となる。

五  被告はなお、原告の債務不履行による損害賠償を以て相殺を主張するが、前記のとおり原告が格別の債務の履行を怠ったと認めることができない以上、被告の相殺の主張はその前提を欠き、採用することができない。

六  建築されなかった一棟を除き五棟の建物が原告主張のころ完成引渡されたことはこれを確認する資料がないが、≪証拠省略≫によれば、昭和四五年五月二〇日付で被告と訴外藤栄建設株式会社との間に請負代金の清算について計算書が作成されていることが認められるので、遅くとも同日までには右五棟について完成引渡がなされ報酬金の支払期が到来したものと認めるのが相当である。

七  以上のとおりであるから、被告は原告に対し、約定の報酬金額の残額金五五万円およびこれに対する右弁済期の翌日である昭和四五年五月二一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきである。

よって、右の限度で原告の請求を正当として認容し、その余は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺卓哉)

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