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東京地方裁判所 昭和47年(ヨ)7518号 決定 1974年1月21日

債権者

株式会社都民住宅協会

右代表者

南方孝三

債務者

樋口時造

右代理人

五十嵐敬喜

主文

一  債権者が一〇以内に債務者に対し、金八〇〇万円の保証を立てることを条件として、債務者は、債権者が別紙目録一の(一)、(二)、(三)、(四)、記載の土地上に建築中の同目録二記載の建物につき、地上一〇階部分(西側立面、南側立面を別紙図面(一)の赤線で囲まれた部分、北側立面、東側立面を別紙図面(二)の赤線で囲まれた部分で特定される部分)の建築工事をすることを妨害してはならない。

二  債権者のその余の申請を却下する。

三  申請費用は、これを三分し、その一を債権者の、その余を債務者の各負担とする。

理由

一本件疎明資料および当事者審尋の結果を総合すれば、次の事実が一応認められる。

(一)  債権者は、別紙目録一の(一)、(二)、(三)、(四)、記載の土地(以下本件土地という。)を所有しているが、右地上に同目録二記載の建物(以下三軒茶屋マンションという。)を建築することを計画し、昭和四七年五月二九日建築確認を受け、同年七月一九日、申請外大日本土木株式会社との間に、請負代金三億四、五〇〇万円、工期昭和四七年七月二〇日から同四八年七月三一日とする建築工事請負契約を締結し、右申請外会社において、昭和四七年七月二〇日頃、右建築工事に着工し、昭和四七年一二月中旬頃までに地上二階までの鉄骨組立工事を完成し、次いで一階部分のコンクリート工事に着工せんとした際、債務者および附近住民から、三軒茶屋マンションが計画どおり建築されると債務者等が著しく日照の阻害を受けるのみならず、地域の環境が破壊されるとして反対を受けたため、同年一二月中旬から現在まで右建築工事を中止しているが、右建物が計画どおり完成すると、マンション(一三二戸)として分譲する予定である。

(二)  債務者は、昭和一七年頃から、別紙目録四記載の建物に家族と共に居住しているが、右建物は債務者の実弟浪貝一郎が昭和二六年二月一三日にその所有者である浪貝清豪から買受けたものであり、その敷地である別紙目録三記載の土地は、同申請外人が昭和二六年一二月一一日国から払下げを受けたものである。右建物には、六帖、四帖半、二帖の和室と土間、車庫、の外台所、浴室、納屋がある。

(三)  債権者の建築する三軒茶屋マンションと債務者の居住する建物の位置関係は別紙図面(三)記載のとおりである。債権者所有の本件土地は、赤坂見附から渋谷を経て瀬田に通ずる国道二四六号線に接し、都市計画上、右道路沿い二〇メートルの範囲は商業地域、第七種容積地区、容積率七〇〇%、右二〇メートル以北の範囲は、住居地域、第三種容積地区、容積率三〇〇%とされているが、本件土地は、52.6%が商業地域内に存在するため、全体として、商業地域の容積率七〇〇%が適用される。しかしながら、昭和四八年一一月二〇日の改正によつて、商業地域は、第五種容積地区、容積率五〇〇%、住居地域は、第二種容積地区、容積率二〇〇%となつている。

(四)  国道二四六号線に接する大橋附近環状線までの全長約二、七六〇メートルの地域の土地利用の状況は、その地域に存在する数百棟にものぼる全建築物のうち、八階以上の建築物は、道路北側において、上馬マイホーム(一四階)、万隆マンション(一四階)、ニュー池尻(一三階)の三棟、道路南側において、三軒茶屋ハイツ(一三階)、カーサー池尻(一三階)の二棟のみであり、その他は、ほとんど、三―四階建の建築物である。

また、南を国道二四六号線、北を下谷通り、東を三宿との境界通り、西を茶沢通りによつて囲まれた区域の土地利用の状況は、その地域に存在する全建築物(五四七棟)のうち、一階が九一戸(16.6%)、二階が四二〇戸(76.8%)、三階が二五戸(4.6%)、四階が九戸(1.6%)、五―六階が一戸(0.2%)、八階が一戸(0.2%)で、一―二階の建物が全体の93.4%を占めているのみならず、三階以上の建物は、ほとんど国道二四六号線沿いに集中し、その背後の建物はすべて二階以下である。

(五)  三軒茶屋マンションの建築によつて債務者が被る日照阻害の状況は、冬至についてみると、別紙図面(三)のとおりで、債務者の居住する建物の居室のうち日照をうけ得る南側開口部は、既存の祐和ビル(四階)によつて終日日照が阻害され、東側開口部は、ほぼ午前八時から九時までの間、右祐和ビルと岡部建材店の間の道路(幅員約3.6メートル)から進入するスリット光線によつて日照を受けうるが、それ以降は全く日照が受けられず、西側開口部は、従前午前九時以降終日日照を受け得たが、三軒茶屋マンションが建築されると、午前九時以降、終日日照を受けられないことになる。また、債務者の居住する建物の西側開口部の中心で地面から一メートルの地点から、三軒茶屋マンションをながめた場合の角度(仰角)は約八四度であり、これを横角でみると、約一五〇度の角度であつて、天空は極めて狭くなる。

(六)  債務者は、経済的損失を除外しかつまた長年住みなれた土地への執着心を棄てて他に転居すれば、三軒茶屋マンシヨンの建築によつて被る日照、通風等の被害を回避することが可能であるが、債務者は、工学けんま器の一部である木製の箱を作ることを業としている特殊な技術者であるから、仕事先の関係、仕事の性質上発生する騒音等のため、他に転居することは極めて困難である。しかしながら、債務者の居住する建物は、明治四二年頃に建築された木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建であつて、はるかに耐用年数を経過し、かつ、その間取についても日照、通風に対する配慮が殆んどなされていないから、その構造、外観等のいずれの点からみても本件地域の建物として相応しいものとはいい難いのみならず、債務者においても、近い将来、右建物を改築するかあるいはその敷地に建物を新築する計画を有しているから、債務者が近い将来改築し、あるいは新築するであろう建物を基準として日照阻害等の被害を考察するのが相当であるというべきところ、債務者の建築可能空間についてみるに、右敷地に接する道路が幅員約3.6メートルの私道であるから、容積率が二一六%であり、道路に接する地点で許容される最高の高さは5.4メートルであるから、二階建かあるいはセットバック方式の三階建の建物を建築することが可能である。そこで、債務者の建物を二階ないし三階にした場合の仰角についてみると、二階からの仰角は83.5度(基準点地上3.7メートル)、三階からの仰角は八三度(基準点地上6.4メートル)となり、また、二―三階の各基準点に、冬至、春秋分、夏至における太陽の最高高度の時点(真太陽時一二時)で、日照を与えるための三軒茶屋マンションの壁面の高さを算定すると、二階の場合においては、冬至、6.48メートル、春秋分10.05メートル、夏至24.55メートル、三階の場合において、冬至9.8メートル、春秋分13.05メートル、夏至27.25メートルで、これを三軒茶屋マンションの階層にあてはめてみると、二階の場合において、冬至二階、春秋分三階、夏至九階、三階の場合において、冬至三階、春秋分四階、夏至一〇階となるから、債務者の建物を二―三階にした場合であつても、債務者に日照の利益を享受させ得るためには、春秋分の時点を基準にすると、三軒茶屋マンションを三―四階に設計変更することが必要であり、夏至を基準にすると、八―九階に設計変更することが必要となる。

(七)  債権者は、経済的損失を度外視すれば、三軒茶屋マンションの階数を減らすことによつて、債務者に与える日照、通風等の被害を回避することが可能であるが、階数を減らすと、債権者の得べかりし利益は、相当程度削減され、その削減階数の如何によつては、大幅な損失を被り、企業の存続自体を危殆に陥入れる結果を招来することにもなる。ところで、三軒茶屋マンションの建築によつて債権者が得ることができる利益、階数削減によつて被る損失等については、基礎資料がないため適確に把握することが困難であるが、都心のマンションの建築費が坪約五〇万円、分譲価格が坪一〇〇万円程度であり、三軒茶屋マンションの一階の床面積が平均約一二〇坪であるから、これに土地購入費、土地購入代金借入れの金利、諸経費等を参酌すれば、三軒茶マンションの階数を削減することによつて、債権者が被る損失は、一階あたり概算約五、〇〇〇万円程度になる。

債権者は、三軒茶屋マンションの建築によつて被る債務者および附近住民の被害を回避するため、工事着工前から債務者の居住する建物と敷地の買取りの交渉を行つたのみならず、本件仮処分申請の前後を問わず幾度も債務者および附近住民とその解決方を交渉し、これまで(イ)、建物の階数を一四階とし、他に二、〇〇〇万円の補償をする。(ロ)、樋口時造金三、〇〇〇万円、田岡健次郎金一、〇〇〇万円、上山智身金一億円、小川稔金一、〇〇〇万円、高木小よし金四、〇〇〇万円で各土地・建物を買取る外金一、〇〇〇万円の補償を支払うが一五階を維持する、(ハ)、一五階を維持する場合は、樋口に金一、〇〇〇万円を補償する外総額金二、〇〇〇万円を、一四階を維持する場合は総額一、五〇〇万円、一三階の場合は総額金一、〇〇〇万円、一二階の場合は総額五〇〇万円を支払う旨の解決案を提案したが、その交渉の過程において、債務者の隣家の森岡との間に同人の土地四〇坪(別に私道九坪を含む)を坪四五万円で買取る話がまとまつたものの、債務者は如何なる条件を呈示しても六階以上の建築には応じられないと主張したため債権者の提案はいずれも受入れられず交渉が決裂した。

二そこで、前項に認定した各事実関係に基づき考察するに、債権者の建築する三軒茶屋マンションの完成により、債務者が長年享受して来た日照、通風等の生活利益が奪われ、極度に悪い生活環境のもとでの生活を余議なくされるに至るものであるから、債権者において、故意に債務者を害する意図のもとにマンションを建築しようとしているものでないこと、本件地域の特殊性、債権者の被害回避への努力等の諸事情を十分斟酌しても、債務者の受ける被害の程度は、社会生活上、いわゆる受忍限度を著しく超えているものと認めるのが相当であり、右の事情の下においては、債務者の日照、通風等の生活利益の侵害を回復するには、債権者が建築する三軒茶屋マンションを地上一〇階程度に削減するのが相当と判断される。

ところで、債務者居住の建物を二―三階とし、債権者の建築する三軒茶屋マンションを主文どおり設計変更して建築するとしても、債務者は、冬至、春秋分においては、ほとんど日照を受け得ず、わずかに、春秋分と夏至との間において、若干日照を受けるうることができるにすぎないが、債務者の日照阻害は、既存の祐和ビルと三軒茶屋マンションとのいわゆる複合日照であつて、債権者にのみその責を帰せしめ得るものではないこと、債務者居住の建物を二―三階にすれば、その南側開口部の日照は夏至、春秋分は勿論、冬至においてもその建物の構造いかんによつては相当程度回復するのみならず、そこから仰ぐ天空は、著しく開放され、また債務者の二―三階の西側開口部からの仰角は、二階からみて約七七度、三階からみて約七六度となつて、そこから仰ぐ天空は、相当程度開放されるから採光、通風の点において相当改善される上、三軒茶屋マンションによつて受ける圧迫感その他の心理的影響が著しくやわらぐものと考えられる。

以上のとおりであるから、債務者が日照、通風等の阻害によつて生活上被る不利益は、右被害の軽減をもつてその受忍限度内の被害に回復するものと判断すべく、したがつて、債権者は、債務者との関係においては、右限度内において、本件土地の所有権に基づき三軒茶屋マンションを適法に建築し得るものというべきであるから、債権者が右の限度内において、三軒茶屋マンションを建築するについて、これを妨害し、あるいは妨害させんとする債務者に対し、その妨害を排除しかつ将来予想される妨害を予防する権利を有するものと解するのが相当である。

三ところで、債権者は、三軒茶屋マンションの建築工事に着工したが、債務者等の反対によつて、地上二階までの鉄骨組立工事を完成した段階において、工事を中止し、その後一年余も経過しているのであるから、その工事の性質、工事進捗の経過からみて、右工事を早急に完成する必要があるものと窺われ、かつ本件疎明資料によつて認められる債権者会社の経営の規模(資本金四、八〇〇万円、従業員約一二名)、経営内容(昭和四七年九月から同四八年二月までの赤字約一億二、〇〇〇万円、昭和四八年三月から同年八月までの赤字約一億七、〇〇〇万円、昭和四八年九月から同四九年二月までの赤字予想額約二億円)に照らすと、右建築工事を早急に完成しなければ、債権者が倒産の危機に瀕するに至るであろうことは十分推認しうるところであるから、債権者が本件仮処分申請によつて、債務者の妨害ないし将来予想しうる妨害行為を排除、予防する必要のあることも十分肯認できる。

四以上説示したとおり、債権者の債務者に対する本件仮処分申請は、主文第一項の限度で理由があるから債権者に金八〇〇万円の保証をたてることを条件にこれを認容するが、その余は失当であるから却下し、申請費用の負担について、民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり決定する。

(塩崎勤)

物件目録一

(一) 東京都世田谷区太子堂二丁目三五六番二〇

宅地 360.14平方メートル

(二) 東京都世田谷太子堂二丁目三五六番二一

宅地 444.74平方メートル

(三) 東京都世田谷区太子堂二丁目三五六番三七

宅地 143.60平方メートル

(四) 東京都世田谷区太子堂二丁目三五六番六七

宅地 31.24平方メートル

物件目録二

(一) 物件目録一記載の土地上に建築中の建物一棟

鉄骨鉄筋コンクリート造 一五階建共同住宅

一階床面積 383.643平方メートル

二階から一一階までの床面積 いずれも388.893平方メートル

一二階床面積 381.543平方メートル

一三階床面積 372.093平方メートル

一四階床面積 362.643平方メートル

一五階床面積 353.193平方メートル

物件目録三

(一) 東京都世田谷区太子堂町三五六番の二八

一 宅地 95.66平方メートル

物件目録四

(一) 東京都世田谷区太子堂町三五六番地

家屋番号 同町甲三三七番

木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建居宅

一棟

建坪 39.66平方メートル

別紙(一)(二)<省略>

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