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東京地方裁判所 昭和46年(特わ)1050号 判決 1972年2月16日

主文

被告人を懲役五月および罰金二万五、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

一、(被告人の経歴等)

被告人は、昭和一四年陸軍予科士官学校に入校し、その後昭和一六年に陸軍航空士官学校入校、同一八年同校を卒業した後、白城子陸軍飛行学校学生、同校教官を経て、同一九年一二月から南方各地を転戦し、終戦直前に大阪八尾飛行場勤務に戻り、終戦時は陸軍大尉の経歴を有し、戦後は、同二一年に東京大学に入学し、同二二年当時の高等試験司法科試験に合格し、同二四年に同大学を卒業した後司法修習生となり、同二六年右修習を終えて直ちに弁護士を登録して弁護士の業務に従事していたものである。

二、(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  酒気を帯び、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態で、昭和四六年一月二九日午前二時三〇分ころ、東京都文京区関口二丁目一番地付近道路において、普通乗用自動車を運転し

第二  前同様の状態で、同年三月二七日午前零時五〇分ころ、同都練馬区東大泉町五〇四番地付近道路において、前記自動車を運転し

第三  前同様の状態で、同年五月七日午前零時三五分ころ、同都豊島区東池袋一丁目四八番地付近道路において、前記自動車を運転し

第四  呼気一リットルにつき0.25ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で、同年七月七日午前一時二〇分ころ、同区東池袋一丁目三四番地付近道路において、前記自動車を運転し

第五(一)  別紙犯罪事実一覧表中番号1、3ないし5および7記載のとおり、警察署長の許可がないのに、同四四年一二月八日午後三時五五分ころから同四五年九月一〇日午前一〇時二五分ころまでの間、前後五回にわたり、同都公安委員会が道路標識によつて駐車禁止の場所と指定した同都港区新橋一丁目一番地道路ほか二か所において、普通乗用自動車を駐車し

(二)  前記一覧表中番号2および8記載のとおり、法定の除外事由がないのに、同四五年四月二三日午後三時ころおよび同年一〇月八日午後四時ころの二回にわたり、同区新橋一丁目一八番地先道路ほか一か所において、前記自動車を駐車するに際し、その左側端に沿わず、右側端に駐車し

(三)  前記一覧表中番号6記載の日時・場所において、消火栓から五メートル以内の部分に前記自動車を約二時間三五分の間駐車し

たものである。

三、(証拠の標目)<略>

四、(法令の適用)<略>

五、(弁護人および被告人の意見に対する判断)

なお、被告人および弁護人は、被告人が判示第一ないし第三の事実について、「アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態」にあつたことを強く争つているのであるが、いずれの場合も被告人の呼気一リットル中のアルコール含有量は0.5ミリグラム丁度かそれ以上という検知結果であつたことが認められ、証人五十嵐覚、同村山弘三、同由井尋一の各証言、および当裁判所のこの種事件審理の経験からすると、右0.5ミリグラム以上という数値は相当に多量の酒類を飲用しないと現われない数値であり、またこの数値が出ると本人の外観・言動にも異常を呈することが多いと認められるから、右数値はそれだけで「正常な運転ができないおそれがある状態」を認定するには足りないとしても、外観の状況と併せて右状態を認定するに有力な指標となるべきところ、第一、第三の事実については各鑑識カード記載のように外観に異常な点が多く見受けられたのであり、第二の事実については右カードに記載の異常な点は少ないけれども、取調べた村山弘三巡査は被告人の衣服や髪が乱れていたことや、歩くとき上体がふらついたことも考慮し、運転は危いと思つて被告人の妻に迎えにくるよう電話をさせたというのであり、また飲酒した金沢明方を出てから、同人の妻をバーに案内しようとして約一時間もぐるぐる道を廻つて目的を果さなかつたこと、検挙後も交番に金沢明を呼び寄せながら迷惑をかけたわびもいわず、虚勢をはる態度であつたことも認められるので、アルコールの影響により外観、言動に異常が現われていたというべきである。そして右事情のほか、右第一と第三の各場合も、検挙に当つた警察官が被告人に運転を続けさせることは危険だと判断していることも併せ考えると、いずれの場合も被告人が客観的に見て「アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態」にあつたと認定するに十分であるから、前記被告人、弁護人の抗争はその理由はない。

六、(量刑の事情)

本件は四回にわたる飲酒運転の量刑が主体となるところ、被告人は、昭和三八年三月に普通自動車免許を取得し、爾来自車の運転を続けていたものであるが、昭和三八年九月から同四四年九月までの間に、一一件にわたる道路交通法違反(速度違反、信号無視、酒気帯び運転を含む)による罰金刑に処せられており、その後、本件における第一の飲酒運転の検挙の際、検察官に運転免許証を預かられてしまつたのに、その始末もつけず、平然として同種飲酒運転を四回も続けたのであり、被告人の運転者としての態度は、遵法精神に全く欠けた悪質なものといわなければならない。しかも、そのうえに被告人が法律専門家としての弁護士であることをあわせ考えれば、被告人の本件違反に対する社会的責任は重大といわなければならない。

被告人は元陸軍航空将校であり、戦後も飛行機操縦の訓練と実務を続け、事業用操縦士の資格を有することから、飛行機の操縦と比べて自動車の運転はいわば下駄をはく程度に考えていたし、酒にも強いことから、いつもこの位の飲酒なら大丈夫だという感覚で連続違反をしてしまつたことが認められ、その後本件捜査、公判段階を通じて被告人の交通法規遵守に対する反省の態度は十分に認められるのであるが、飲酒運転に対する社会的非難も取締りも厳しい今日、それだけの事情で被告人の責任を軽減して考えることはできない。

被告人が航空関係事件での専門家であるすぐれた弁護士であり、沖繩における人権問題についても多大の尽力をした等、弁護士としての資格を失なうには惜しい人物であること等、被告人にとつて有利な諸事情を勘案したうえでもなお、刑の執行を猶予することは相当ではないと考える。

(和田保 武田平次郎 小野寺規夫)

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