大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和46年(ワ)6265号 判決

原告 大家・ハロルド・俊夫ことハロルド・トシオ・オイエ 外一名

被告 株式会社読売新聞社

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(一)  被告は原告ハロルド・トシオ・オイエに対し、金五、〇〇〇、〇〇〇円と、これに対する昭和四六年五月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払い、かつ、「讀賣新聞」夕刊全国版各版社会面に別紙第一記載の謝罪広告を一回掲載せよ。

(二)  被告は原告有限会社アメリカン・アミユーズメント・カンパニーに対し、金一三、二六〇、〇〇〇円と、これに対する昭和四六年七月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  訴訟費用は被告の負担とする。

(四)  金員支払部分につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  原告有限会社アメリカン・アミユーズメント・カンパニー(以下原告会社という)は娯楽機械の輸入製造販売を業とする会社、原告ハロルド・トシオ・オイエはその代表取締役であり、被告は日刊紙「讀賣新聞」を発行する新聞社であるが、昭和四六年五月七日原告オイエが賭博幇助容疑で警視庁愛宕警察署警察官により逮捕された事実に関し、同日付右新聞夕刊全国版社会面に別紙第二記載のとおりの内容の記事(以下本件記事という。)を掲載し報道した。

(二)  本件記事は、その見出し及び本文により、読者に対し、遊技機械のロタミントやスロツトマシンは賭博に使用されて暴力団の資金源となつている反社会的な遊技機械であり、原告らは暴力団と関係を持ち、スロツトマシンを賭博に使用するため、メタルに代えて百円硬貨を使用できるよう改造し、これを暴力団に大量に販売して利益を得ている反社会的悪人であるかの如き印象を与え、また右記事中において原告会社の工場を官憲の目を逃れた不法目的のための秘密工場であるかの如く「地下工場」と称し、工場内部の描写についても「雑然と」「ちらばり」等という表現を用い、また原告オイエが他に隠れた犯罪を犯しているかの如く「大家の直接の容疑」という表現を用いて原告らの悪性をあおりたて、これによつて原告らの名誉は毀損された。

(三)  本件記事は、被告の従業員である取材記者訴外石橋功が取材して執筆したものを、被告本社社会部部長訴外門馬晋に送稿し、被告本社整理部において見出しなどの大きさを決定し、被告本社編集局長の権限で、「讀賣新聞」紙上に掲載されたものであり、右一連の行為による前記不法行為は、被告自身の不法行為である。

(四)  仮に、右行為が被告自身の不法行為ではないとしても、前記不法行為は、被告の被用者である取材及び編集担当者らが、その事業の執行につきなしたものであるから、被告はその使用者として責を負う。

(五)  原告オイエは、被告の右不法行為により名誉を毀損せられ精神的苦痛を蒙つたところ、これを慰藉するに足る賠償額は、金五、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

また、同原告の名誉を回復するためには、別紙第一記載の謝罪広告を「讀賣新聞」夕刊全国版各版社会面に一回掲載する必要がある。

(六)  原告会社は、訴外千葉和海との間で、昭和四六年五月五日、原告会社が輸入したスロツトマシン八五台を、代金二一、二五〇、〇〇〇円(一台金二五〇、〇〇〇円)で売渡す旨約したが、本件記事によりスロツトマシンが賭博のための反社会的製品であると報道され、また、原告会社の名誉が毀損せられ、信用を失墜したため、買主千葉の嫌忌を受けて右売買契約を解除され、右代金額と仕入原価等金七、九九〇、〇〇〇円(一台九四、〇〇〇円)との差金一三、二六〇、〇〇〇円の得べかりし利益を失い、同額の損害を受けた。

(七)  よつて、原告オイエは被告に対し、慰藉料金五、〇〇〇、〇〇〇円と、これに対する不法行為の日である昭和四六年五月七日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払及び前記謝罪広告を掲載することを求め、原告会社は被告に対し、右金一三、二六〇、〇〇〇円と、これに対する訴状送達の日の翌日である同年七月二四日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(一)  請求原因(一)は認める。ただし、別紙第二の見出し中「改造」は六倍見出し明朝体活字である。

(二)  同(二)のうち、「地下工場」「雑然と」「ちらばり」「大家の直接の容疑」という表現が本件記事の中にあることは認め、その余の主張は争う。

本件記事中には、スロツトマシンやロタミントがすべて暴力団の資金源になつている反社会的な賭博機械であることは記載されておらず、そのような印象を与えるものでもない。また、原告らが暴力団に関係しているとの記載もない。訴外伊藤が暴力団員であると記載しただけである。

なお原告会社の工場内部の描写において「雑然と」「ちらばり」などの表現を用いたからといつて原告らの悪性をあおる表現ということはできないし、「直接の容疑」という表現は、スロツトマシンを百円硬貨を使用できるように改造することが直ちに犯罪となるものとは一般には考えられていないので、原告オイエの逮捕の理由となつた行為を具体的に説明するため用いたのであつて、余罪があることを示唆する意図で用いたものではないし、右表現が余罪の存在を示唆するものということもできない。

(三)  同(三)のうち、本件記事が掲載されるに至つた経緯は認めるが、不法行為であるとの主張は争う。

(四)  同(四)、(五)は争う。

(五)  同(六)のうち、主張の売買契約の成立は不知。その余は争う。

三  抗弁

(一)  本件記事の内容は記事掲載当時未だ公訴の提起されていない人の犯罪事実に関するものであるから、公共の利害に関する事実であつて、被告は本件記事をもつぱら公益をはかるために報道したものである。

(二)  本件記事の内容は、左記のとおり、すべて又は少くとも主要部分において真実であるから、本件記事の報道に違法性はなく、不法行為は成立しない。

1 スロツトマシンは、円盤形のメタルを挿入してハンドルを引くと回転する三個の回転盤をボタン操作により一個ずつ停止させ各回転盤上に描かれた数種類の絵の組合わせを指示されたように作ることによつて、二ないし二〇倍のメタルが出る仕組みの遊技機械であり、賭博性があるため、現金を直接使用してはならず、円盤形のメタルを用いて一定のゲーム場において遊技機械として使用するものとして風俗営業等取締法による都道府県公安委員会の許可を得たうえで使用することを許されているものである。

2 昭和四六年五月七日の本件記事が報道された頃は、都内の喫茶店、スナツクには、百円硬貨を用いて遊技できるよう改造されたスロツトマシンが、公安委員会の許可を得ないで置かれ、その数は都内で数百台に達していたのであり、一台のスロツトマシンが一ケ月十数万円を上まわる利益を上げ、これが暴力団の資金源となつていたのである。そこで、警視庁防犯部と愛宕署では、これらの取締に乗出していた。

3 同年四月五日ごろ、右改造されたスロツトマシンによる賭博行為の容疑で、暴力団碑文谷一家幹部訴外浦上徳三が逮捕された。取調の結果、同人は同四二年ごろから原告オイエと知合い、同原告は浦上に対し、右改造されたスロツトマシン数台を売渡していたことが明らかになつた。

4 次いで、麻雀屋「京極」に改造されたスロツトマシン二台を置いて、客に賭博をさせた容疑で、暴力団元東声会準構成員訴外伊藤豊が逮捕された。同人は、浦上の紹介で原告オイエと知合い、右二台のスロツトマシンのうち一台を同原告から買つたこと、その外にも同原告から同種のスロツトマシンを買つたことがあることが明らかになつた。同原告は伊藤に対し右売渡の際に「勝負が早くてロタミントよりはるかにもうかるから、この機械専門に商売しなさい。おれのところで分けてやるから。」などと告げたものである。

5 原告オイエが伊藤に売渡したスロツトマシンは、キヤビネツトは、合法的に使用が認められている国産の「オリンピアスター」のものを用いているが、リール絵は、米軍のみに納入されているものを貼付し、コイン・エントリーは、削つて拡大し、百円硬貨を使用できるようにし、また、リールの回転を速くして、一回のゲームが四、五秒で終了するようにしたものであつた。

6 そこで、捜査当局は、原告らは官憲の目を逃れて原告会社の修理工場において大量のスロツトマシンを百円硬貨を使用して賭博ができるように改造し、これを他に販売していたのではないかとみて、強制捜査に踏切つた。

原告オイエは、昭和四六年五月七日朝、賭博ができるように改造したスロツトマシン一台を前記伊藤豊に売渡したものとして賭博幇助容疑で警視庁愛宕警察署警察官により逮捕され、原告会社の工場は捜索されたのである。

7 本件記事は以上の事実を忠実に表現したものであり、誇張もわい曲もない。「地下工場」との表現は、当時、改造されたスロツトマシンが都内に大量に出回り、捜査当局の捜査にもかかわらず、原告会社の工場が摘発されるまで、改造工場が判明していなかつた事実にかんがみ、一般に反社会的目的のための工場を指すとされる右表現を用いたものであり、相当な表現である。仮に、右工場が「地下工場」というに値しないとしても、読者をして記事に注目させることを目的とする見出しの表現としては許される。「直接の容疑」との表現も、仮にそれが余罪の存在を示唆するとしても、逮捕の被疑事実は改造されたスロツトマシン一台を伊藤に売渡したことであるが、原告オイエは前記のとおり他にも売渡していることが明らかであつたから、真実を表示したものである。その他の表現も、いずれも真実を表示したものである。

(三)  仮に右(二)の2ないし6の事実が真実であると認められないとしても、本件記事の原稿を執筆し、そのための取材をした被告の記者訴外石橋功及び右執筆された原稿に基づき本件記事を掲載した被告の編集担当者には、左記のとおり、右事実を真実と信ずるにつき相当の理由があつたから、石橋において本件記事の原稿を執筆し、編集担当者において本件記事を「讀賣新聞」に掲載したとしても、不法行為は成立しない。即ち、

石橋は、以前からスロツトマシンによる賭博事件につき関心を持つて取材をなし、警視庁防犯部及び愛宕警察署でその捜査が行なわれていることを知つて、右捜査当局の部長、課長、捜査主任らの責任者から、前記(二)の2ないし5の事実を捜査当局がつかんだことを取材して知つていたところ、右責任者から、直接前記改造をし、大量に暴力団関係に売渡したものと思われる原告オイエを逮捕し、かつ、同原告の自宅及びその工場を捜索することを知らされ、逮捕状も見せてもらつた。そこで、石橋は、被告本社社会部のデスクに連絡をとり、その指示を受けながら、被告横浜支局の支局員及びカメラマンを同行して捜査官の後について同原告の自宅及び工場に直接出向き、同原告の逮捕及び捜索の現場でその状況を現認し、かつ、捜査の責任者から、捜査の結果をも取材した。右捜索により、改造されたスロツトマシンに貼付されていた米軍にのみ納入されているリール絵と思われるもの及び百円硬貨と同じ大きさのメタルなどが押収された。石橋は、右取材の結果をありのまま原稿にまとめて、被告本社社会部デスクに送り、デスクは右原稿を整備して整理部に送り、整理部で見出しを付け扱い方を決定してこれを報道した。以上のとおり、被告の記者石橋と編集部員は、長期にわたる取材の結果と右逮捕、捜索差押の現認とを総合して、すべて真実であると信じて本件記事を掲載したものである。

四  抗弁に対する認否

(一)  抗弁(一)は認める。

(二)  同(二)について、冒頭記載の主張は争う。

同(二)の1は認め、2は不知。3は争う。

同(二)の4のうち、原告オイエが伊藤にスロツトマシン一台を売つたことは認め、同人が暴力団関係者であることは不知。

その余の事実は否認。

同(二)の5は争う。6の前段は争い、後段は認める。

同(二)の7は争う。捜索を受けた原告会社の建物は、一階が作業所、二階が事務所兼作業所であり、作業所には電気ドリル、金ノコ、スパナなどの修理工具や修理中のビンゴ、スロツトマシンが置かれていたが、右修理工場の存在は警察署の知悉していたところであるので、官憲などの目から隠れた秘密の工場であることを意味する「地下工場」とは言えないものである。また、原告オイエが逮捕されたのは、賭博幇助容疑のみであるから、右容疑の外に重大な犯罪容疑が存することを示唆する「直接の容疑」という表現は、真実を伝えていない。

なお、原告オイエは、右容疑につき逮捕されたが、その後嫌疑がないとの理由で不起訴処分となつたものであり、犯罪の立証のできないものであることが明らかになつた。これは、本件記事の内容が真実でないことを示している。また、犯罪の立証もなしえない被疑者についての逮捕の記事としては、はなはだ不相当に誇大かつわい曲されている。

(三)  同(三)のうち、原告オイエが賭博幇助容疑で逮捕されたこと、原告会社の工場が捜索されたことは認め、石橋が主張のような取材をしたことは不知。その余の主張は争う。本件記事掲載の経緯は、請求原因(三)記載の範囲で認める。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因(一)は、本件記事の見出しの「改造」という活字の大きさを除き、当事者間に争いがない。成立に争いのない甲第一号証によれば、右活字は六倍見出し明朝体であると認められる。

二  同(二)について判断する。

新聞記事による名誉毀損の成否については、記事の正確な意味内容のみならず、読者に与える印象をもその判断基準とすべく、後者の判断にあたつては、一般の読者が通常新聞を読む際の読み方を前提として、本文の内容の外、特に、見出し及び前文の内容、配置、活字の大きさ、写真の有無、内容、本文の長さ、掲載場所などを総合的に勘案し、かつ、同種ないし関連記事がその前後の時期に掲載されていれば、その記事との関連性も考慮の上、判断すべきであると解するのが相当である。

これを本件記事についてみると、一記載の事実及び前顕甲第一号証によれば、本件記事は、「讀賣新聞」夕刊社会面のトップ記事として、写真入り七段抜きの見出し付きで掲載されたものであり、その内容は、本文を精読してみれば、原告オイヱが、警視庁防犯部と愛宕警察署により、伊藤豊に改造したスロツトマシン一台を売渡した容疑で逮捕され、原告会社の工場などが捜索を受けたこと、警視庁は、原告会社においてさらに大量のスロツトマシンを改造していた疑いを持つていること、改造されたスロツトマシンは賭博性が強く、かつ、その収益が暴力団の資金源となつていることを骨子にしているものと認められる。その範囲では、原告らと暴力団との直接の関係は明示していないし、改造の点も警視庁による疑いに止めている。しかし、本件記事は、見出し及び前文を中心に一見した限りでは、原告会社がスロツトマシンの改造をする工場を有し、原告オイエが右工場においてスロツトマシンを百円硬貨が使えるよう改造していたものであり、右改造機械が暴力団の手を経てその資金源となることにより重大な社会問題にもつながるとの認識ないし印象を与えるものと認めるのが相当であり、とくに大活字の見出しに使用されている「とばく」「地下工場」の表現は読者の注意と興味を引き、前記印象を強くしているものと認めるべきであるし、さらに、本文を通読しても、多くの部分で警視庁の見解との表現形式がとられているとはいえ、右見出し及び前文と相まつて、真実、原告オイエが賭博向きに改造したスロツトマシンを暴力団員に売り渡したことにより賭博幇助の罪を犯したほか、原告会社はスロツトマシンの改造工場を有し、原告オイエは、右工場で大量のスロツトマシンの改造をしていたものであるとの印象を与えることに変りがないことが認められる。この場合、「直接の容疑」「地下工場」との表現は、どちらも余罪の存在を示唆するものであると認められるし、また、成立に争いのない乙第三、第四号証によれば、本件記事が掲載される前月及び前々月において、ロタミントやスロツトマシンによる賭博が「讀賣新聞」紙上に報じられていたことが認められ、これに連続するものとして本件記事を受けとめるときは、読者に前記認定の印象を与える度合いが一層強いものと推認するに難くない。以上の認定を左右するに足りる証拠はない(なお、本件記事は、改造されたスロツトマシンの賭博性を説明しているが、ロタミントやスロツトマシンが原告ら主張のようにすべて賭博機械であると断じた部分も、それを印象付ける部分もない。また、都下に出回つている改造されたスロツトマシンが、すべて原告らの改造によるものであるとの印象を与えるものでもない。)。

「讀賣新聞」が全国に販売網を持つ大新聞であることは公知の事実であるところ、以上認定の事実によれば、本件記事がその社会面のトツプに掲載されて発行され、ぼう大な数に及ぶ読者に対し、原告オイエが原告会社の工場において前記犯罪行為をしていたものとして広く報道公表されたことにより、原告らの名誉及び信用が著しく毀損されたことは明らかである。

三  本件記事が、被告の従業員である取材記者石橋功が取材して執筆したものを、被告本社社会部部長門馬晋に送稿し、被告本社整理部において見出しなどの大きさを決定し、被告本社編集局長の権限で、「讀賣新聞」紙上に掲載されたものであることは当事者間に争いがない。右石橋及び編集担当者らの行為は、被告の事業執行行為そのものであると認められるから、原告らの名誉、信用にかかわる右一連の行為が不法行為に該る場合は、同人らの使用者である被告も責任を免れないところというべきである。そして、右石橋及び編集担当者らが、本件記事により原告らの名誉及び信用が毀損されるべきことを充分認識していたことは、新聞の持つ絶大な社会的影響力から、当然に推認しうるし、証人門馬晋及び同石橋功の各証言によつても認められる。

四  そこで、被告の抗弁につき判断する。

新聞記事が他人の名誉を毀損する場合であつても、右記事を掲載することが、公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出たときは、摘示された事実の真実性が証明される限り、右行為は違法性を欠くものとなり、不法行為は成立せず、また、右事実の真実性が証明されなくても、その行為に関与した者において右事実を真実と信ずるについて相当の理由がある場合には、右行為には故意、過失がなく、不法行為の成立は否定されるものと解すべきである(最高裁判所昭和四一年六月二三日判決・民集二〇巻五号一一一八頁参照)。

これを本件についてみるに、抗弁(一)は当事者間に争いがなく、本件記事は公共の利害に関する事実につき専ら公益を図る目的に出たものということができるから、右記事による不法行為の成否は、前記のような認識、印象を与えるものとしての本件記事の内容が、真実に合致するものであるか否か、もしも真実に合致しない場合には、右記事に関係した被告の担当者がその内容を真実であると信ずるにつき相当な理由があつたか否かに係ることになる。

よつて、以下この点に関する抗弁(二)、(三)につき判断を進める。

スロツトマシンの賭博的要素及びその使用許可条件に関する抗弁(二)の1の事実、原告オイエが逮捕され原告会社の工場が捜索されたことに関する同6後段の事実及び同原告が伊藤豊にスロツトマシン一台を売つたこと自体については、当事者間に争いがない。そして、右逮捕、捜索に関連して被告が本件記事を掲載するに至つた経過については、前記争いのない事実に、成立に争いのない乙第三、第四、第七ないし第一四号証、証人石橋功、同門馬晋、同武者邦雄、同山本恵雄、同田中隆雄、同伊藤豊の各証言を総合すると、次のような事実を認めることができる。

即ち

警視庁防犯部と愛宕警察署では、公安委員会の許可条件に合致しないスロツトマシンや、使用の許されていないロタミント等の外国製遊技機械が、都内の深夜喫茶店や麻雀屋等に多数出回り、現金を使用した賭博性の強い遊技に供され、その多くが暴力団関係者の手を介していることにより、これが暴力団の資金源ともなつていることが明らかとなつたので、昭和四五年ごろからその取締に乗出した。そして、昭和四六年四月五日に暴力団碑文谷一家幹部浦上徳三を賭博容疑で逮捕し取調べた結果、東京都港区赤坂三丁目中村ビル内の麻雀屋「京極」内に、スロツトマシン二台が置かれて現金使用による賭博遊技が行なわれていることが判り、内偵の結果現場を押さえ、右機械を持込んで利益の分前を取つていた者として、暴力団元東声会準構成員であつた伊藤豊が同月一五日ごろ逮捕された。右「京極」内に置かれていた遊技機械は、使用が許可されていた国産の「オリンピアスター」のキヤビネツトを用いていたが、米軍のみに納入されていたリール絵を貼付し、コイン・エントリーは削つて百円硬貨を使用できるように拡大し、許可を得るためのタイマーモーターを外してリールの回転を早くする等、明らかに国内で改造を加えたと認められる許可条件に合致しないスロツトマシンであつたが、伊藤はそのうちの一台(乙第五号証はその写真である。原告らも、これと同型の機械を伊藤に売つたことは自認している。)を原告オイエから買受け、その事務所において引取つたものであると述べた。また、浦上及び伊藤の取調により、浦上は原告オイエの事務所に頻繁に出入りしてスロツトマシン等を売つていること、伊藤も浦上に紹介されて同原告を知つたもので、ロタミントより儲かると言つてスロツトマシンの購入を同原告から勧められ(この点は、原告本人尋問においても認めている。)少くとも三台のスロツトマシンを同原告から購入したこと等も明らかとなり、さらに両名は、同原告がスロツトマシンの改造を専門の工場で行なつている趣旨の供述もした。そこで、捜査当局は、原告オイエが原告会社の修理工場において大量のスロツトマシンを、百円硬貨を使用して賭博ができるように改造して他に販売しているものとみて、原告オイエに対する強制捜査に踏切り、伊藤への前記スロツトマシン一台の売却による賭博幇助の被疑事実に基づき、逮捕状及び捜索差押許可状を得て、前記逮捕及び捜索をなすに至つた。逮捕後、同原告は被疑事実である右スロツトマシン一台の改造、売却の事実を認めたので、逮捕当日の夕刻釈放された。

一方、被告においては早くから前記警察の動向を察知し、本件記事以前にも、昭和四六年三月一二日及び同年四月二四日の新聞紙上で、プレス・キヤンペーンの趣旨も含めて、関係者の逮捕及びこれに関連する記事を詳細に報道したが、とくに被告の記者石橋功が中心となつて取材につとめ、捜査当局にも密着してその動きを追い、浦上や伊藤の供述の概略も責任のある地位にある捜査官から聞知していた。そして、石橋は、原告オイエの逮捕当日も、逮捕、捜索のなされることを被疑事実とともに捜査官から聞き、横浜支局の記者及び写真部員を同行して逮捕及び捜索の現場に赴き、逮捕状及び捜索差押許可状に基づき逮捕、捜索のなされていることを現認し、原告会社の作業場において発見された(同記者も現認した)リール絵が国内で使用の許可が与えられているものの絵とは異なる特殊なものであること等を捜査官から説明されて(乙第一八号証の記載は、捜索差押物件の記載と対比すると、右認定の妨げとはならない。)、右作業場においてスロツトマシンの改造が行なわれていることに間違いないものと認め、現認事実を基礎に本件記事の原稿をまとめて電話で被告本社の社会部に送稿した。これを受けた社会部部長門馬晋は、石橋に誤りのないことを再確認し、警視庁詰め記者を通じて逮捕及び捜索のなされた事実を確かめたうえで、送られて来た捜索現場の写真とともに原稿を整理部に送り、同部において見出しを付け、割付けをして、本件記事が同日の夕刊に登載されるに至つた。

以上の事実が認められ、原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信しえず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない(なお、弁論の全趣旨により原告オイエが伊藤に売渡した機械の代金領収書として真正に成立したものと認められる甲第一一号証の二には「Converted」なる表示があり、原告はこれに「ペンキ塗り替え」の訳を付しているが、右訳語の当否は疑わしく、むしろ「改造された」の趣意に解するのが相当と思われる。)。

以上の事実によれば、原告オイエは、右作業場においてオリンピアスターの内部を百円硬貨を使用する賭博向きの非合法な遊技機械たるスロツトマシンに改造したうえこれを暴力団員とみなされる伊藤に売渡したものと認められることになるから、本件記事中、同原告が右のような賭博幇助に該る罪を犯して逮捕及び捜索を受けるに至つたものとの認識を与える部分はもとより、原告会社にスロツトマシンの改造工場があるとの認識を与える部分も、真実に合致するものというを妨げない。右記事中に使用されている「地下工場」の表現も、非合法な賭博用遊技機械の改造行為が行なわれた作業場が初めて摘発された場合に使われた用語としては、事実に反する誇張とはいえない。また、工場内部の描写に関する表現においても、石橋記者の現認したままの事実を曲げた潤色があるものとは認められない。

ただ、本件記事のうち、原告オイエが右作業場において大量のスロツトマシンの改造をしていたとの印象を与える点については、同原告に対する社会的非難の度を強くする原因となるだけに、単なる付随的内容として軽視することは相当とはいえないところ、これが真実に合致するものと断ずるには、証拠上いささか欠けるところがあるものといわざるをえない。同原告が改造したうえで他に譲渡したものと証拠上的確に認められるのは、伊藤に売却した三台(同証人の証言を採つても、五台)にとどまるからである。しかし、前記認定の事実によると、本件記事のための取材にあたつた石橋は、捜査の責任者からあらかじめ伊藤や浦上の供述の概略を聞知して、捜査側の見込と同じく、原告オイエが原告会社の修理工場において大量にスロツトマシンの改造を行なつているものとの見通しを持つていたもので、捜索の現場にも立会い、国内で使用が許可されているものの絵とは異なる特殊なものとして説明されたリール絵を現認してその確信を深くしたことが窺われ、この事実に、原告本人尋問の結果によると原告オイエの扱つた遊技機械の多くは、米軍の払下に係る中古品であつたため、賭博向きに改造したものとみられやすい、特殊なリール絵を使用したスロツトマシンであつたものと認められること、並びに同原告の職業とスロツトマシンの改造という事柄の性質上からも、単発的犯行とは考えがたいことを合わせ判断すると、石橋が、逮捕等の原因となつた被疑事実にとどまらず、かなり大量な改造作業が同原告によつて行なわれていたものと信じ、その原稿を受取つた社会部の責任者等においても同じ事情からその点に疑念を抱かなかつたことには、相当の理由があるものということができる。したがつて、この点に関しても、本件記事による不法行為の成立は認められない。

なお、原告らの主張中には、記事の真否如何にかかわりなく、本件記事が誇大であること自体により、原告の名誉が必要以上に傷つけられたとして、非難するふしも窺われるけれども、この意味での記事の取扱方法については、記事の報道価値に関する判断、当日の記事の繁簡、読者の注意を引くための配慮等を総合した整理担当者の裁量に委ねられる範囲がかなり大きく、本件記事の取扱の程度をもつて、読者の客観的判断を損なうほどの、あるいは、原告らに対することさらな名誉毀損を意図したことを窺わせるほどの誇大な取扱であるということはできないから、右誇大性を理由に不法行為の成立を認める余地もない。

五  よつて、原告らの請求は、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 横山長 大出晃之 大橋寛明)

(別紙第一)

謝罪広告

本紙昭和四六年五月七日夕刊第九面紙上において、「とばくスロツトマシン」「″地下工場″を摘発」との見出しの下に、大家・ハロルド・俊夫氏が賭博幇助の容疑で逮捕された事実を報道しましたが、右記事中右大家氏が氏の経営する有限会社アメリカン・アミユーズメント・カンパニーにおいて、あたかも暴力団と関係を有する反社会的製品を隠密裡に製造するものである如く記載致しました。

しかしながら、真実は右大家・ハロルド・俊夫氏は何ら暴力団等反社会的団体と関係を有する方ではなく、また右有限会社アメリカン・アミユーズメント・カンパニーは全く「地下工場」などを保有しておりません。

前記の本紙記事は全く事実に反しており、このため右大家氏の名誉を甚だ害することになりました。

こゝに大家・ハロルド・俊夫氏に対し深くお詑び申し上げます。

昭和 年 月 日

株式会社読売新聞社

代表者代表取締役 務台光雄

(掲載要領)

一 「謝罪広告」の表題、本文中の原告大家の名前、原告会社名および被告社名は二倍ゴチツク活字

二 右のほか、本文は一倍明朝体活字

(別紙第二)

(見出し)

とばくスロツトマシン(写真四四級太字ゴチツク活字)

″地下工場″を摘発(写真一一〇級長〈3〉太字ゴチツク活字)

百円玉使えるよう改造(「百円玉」が六倍、「使えるよう」が五倍、「改造」が七倍各見出し明朝体活字)

二か所捜索日系アメリカ人逮捕(「二か所捜索」が二倍ゴチツク活字、「日系アメリカ人逮捕」が四倍見出し明朝体活字)

(写真説明)(一倍ゴチツク体活字)

手入れを受けるスロツトマシンの改造工場

(前文)(一倍明朝体活字)

とばく遊技機械、ロタミント、スロツトマシンによる暴力団の資金源を追及中の警視庁防犯部と愛宕署は七日朝、スロツトマシンをとばく用に改造していた“地下工場”など二か所を捜索、経営者の日系アメリカ人を、とばくほう助容疑で逮捕した。ロタミントやスロツトマシンは最近、都内の盛り場のスナツクや喫茶店で急増、とばくに使われて暴力団の新しい資金源となつているが″地下工場″が摘発されたのは初めて。

(本文)(一倍明朝体活字)

逮捕されたのは横浜市中区山手町一三、娯楽機械製造販売業、大家・ハロルド・俊夫(四八)。大家の直接の容疑は、昨年八月ごろ、自分が経営する娯楽機械製造販売会社「アメリカン・アミユーズメント・カンパニー」(横浜市中区長者町三の八の一三)で、さきに同署に逮捕された暴力団、元東声会準構成員、伊藤豊(四九)に対し、とばくができるように改造したスロツトマシン一台を売り渡した疑いだが、同庁では、同社で大量のマシンを改造して流していたものとみて、この家宅捜索となつた。

手入れを受けた同社は一階が作業場、二階が事務所兼倉庫で六十平方メートルの作業場にはビンゴ、スロツトマシンなど修理中の機械が二十数台、雑然と置かれていた。また、約三平方メートルの作業台には、電気ドリル、金ノコ、スパナなどが部品の間に散らばり、一見して修理工場。同庁では大家がマシンを伊藤に売り渡すさい「ロタミントよりはるかにもうかる。オレのところで分けてやるから」と改造したマシンを渡していることなどから、同社で改造しているのはまちがいないとみている。

スロツトマシンは、メタルを機械に入れてハンドルを引くと、中央に並んだ三個の回転盤がまわる。回転盤にはそれぞれ数種類の絵がかかれており、ボタン操作で一個ずつ回転をとめて三個の絵を一定の型にすると、二-二十倍のメタルが出てくる仕組み。

同庁では、必ずメタルを使うほか、回転数を少なくして、回転盤上の絵を見ながらボタン操作できるていどの回転速度ならゲーム機械として認められるとして、都内のゲーム場十五か所(九百四十五台)で許可している。このためゲーム場のマシンは、五十円玉をひとまわり大きくしたていどのメタルが使われており、現金使用は不可能。しかし喫茶店やスナツクでもぐり使用のマシンは、メタルの大きさを百円玉大にし、メタル、百円玉の両方とも使えるように改造されている。

このため一回の百円玉使用で、二百円-二千円の現金が出るため、とばく性が強い。

これら改造されたマシンは、都内に数百台出まわつているとみられているが、マシンより利益が低いといわれるロタミントでも、一台月十数万円の利益があり、マシンはこれをかなり上回るとされ、暴力団の資金源になるとして同庁は、さらに入手、販売ルートについて、大家をきびしく追及する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例