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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)10462号 判決 1977年6月28日

原告 新東興業株式会社

右代表者代表取締役 伊藤俊彦

右訴訟代理人弁護士 菊本治男

湯浅徹志

右訴訟復代理人弁護士 久島和夫

辻洋一

被告 河井尹尚

右訴訟代理人弁護士 原長一

桑原收

田中清治

青木孝

佐藤寛

末光靖孝

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し金五一五万八一八〇円及びこれに対する昭和四六年一二月六日から支払いずみまで年六分の割合による金員の支払いをせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  被告

(本案前の申立)

原告は、当初被告が故意に原告に対する任務に背いて原告に財産的損害を被らせたことを理由に、不法行為による損害賠償請求権に基づいて本訴請求をしたところ、その後本件最終口頭弁論期日に至って従前の主張を改め、昭和四六年九月一三日原告(委任者)と被告(受任者)との間に、別紙物件目録記載の土地四筆につき原告のために所有権移転登記の申請事務を処理する旨の委任契約が成立したとし、被告が右契約上の義務の履行を怠ったことを理由に、債務不履行に基づく損害賠償を請求する旨の訴の交換的変更をなすに至ったものであるが、本件訴訟は昭和四六年一一月当庁に係属して以来、数年にわたる弁論及び証拠調期日を重ねてきたのであって、その訴訟の最終段階においてかかる訴の変更をすることは訴訟手続を著しく遅延させる結果になるから、右訴の変更は許されない。

(本案の申立)

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

(変更後の請求原因)

1 原告は住宅の建設及び販売等を事業目的とする株式会社であり、被告は司法書士の資格を有し、その業務に携わる者である。

2 原告は昭和四六年九月二日訴外金久土地株式会社(以下「金久土地」という。)から別紙物件目録記載の土地(以下同目録(一)記載の土地を「本件(一)土地」、同目録(二)記載の土地を「本件(二)土地」、同目録(三)記載の土地を「本件(三)土地」、同目録(四)記載の土地を「本件(四)土地」とそれぞれいい、これらの土地を総称するときは「本件土地」という。)を買受け、その所有権移転登記は、同社に対する本件土地の売主で同土地の所有名義人である訴外株式会社三共石炭商会(以下「三共石炭商会」という。)から直接原告宛に経由することを約した。一方、原告はそのころ訴外丁保良との間で、本件土地の購入資金の一部を借受けることを約すとともに、右債務の履行を担保するため同土地につき代物弁済の予約及び抵当権設定契約を締結した。

そこで、原告代表者伊藤俊彦は昭和四六年九月一三日、金久土地の代表者兼三共石炭商会の代理人たる訴外本間昭吉及び丁保良らとともに被告のもとを訪れ、本件土地に対する原告のための所有権移転登記(中間省略登記)及び丁保良のための抵当権設定登記、所有権移転請求権仮登記等(以下右各登記を総称して「本件登記」という。)の登記申請事務を嘱託したところ、被告は右三名から交付された登記申請用添付書類に不備がないことを確認したうえで右嘱託を受任した(以下「本件委任契約」という。)。なお、その際被告は原告代表者に対し、三共石炭商会の本件土地所有権に関する登記済証(以下「本件権利証」という。)は、被告が同社から嘱託を受けた分筆登記事務処理のため現に預り保管中である旨明言した。

被告の右の言行により、本件土地につき本件登記が確実に経由されるものと信じた原告代表者は、前同日被告の事務所において本間昭吉に対し本件土地の売買代金の一部金五〇〇万円を支払い、他方、被告に対し本件登記の登録免許税相当額及び手数料等合計金一五万八一八〇円を支払った。

3 ところが、被告は本件登記申請事務の履行に先立って、昭和四六年九月二二日三共石炭商会及び訴外高田勉の両名から、本件土地に対する同人のための所有権移転登記(以下「別件登記」という。)申請事務を受任して同日これを処理し、東京法務局八王子支局登記官をして右登記を経由せしめた。

これにより、被告の本件委任契約に基づく債務の履行は不能になったから、被告は右債務不履行の結果原告が被った損害を賠償すべきである。

4 原告が被告の右債務不履行により被った損害は、前記のとおり原告が金久土地に支払い、かつ、同社からの回収が不能になった売買代金相当額金五〇〇万円と被告に支払った本件登記の登録免許税及び手数料等相当額金一五万八一八〇円の合計金五一五万八一八〇円である。

5 よって、原告は被告に対し、損害賠償として金五一五万八一八〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四六年一二月六日から支払いずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(変更前の請求原因)

変更後の請求原因3の後段を「被告は本件委任契約に基づくその任務に背き、原告に財産上の損害を与えることを認識しながら、別件登記申請事務を受任してこれを処理してしまったのであるから、民法七〇九条により原告の被った損害を賠償すべき責を負う。」と、同4に「右債務不履行により」とあるのを「右不法行為により」と、同5に「本件訴状送達の日の翌日」とあるのを「本件不法行為後の日」とそれぞれ訂正するほかは、同請求原因と同旨。

二  請求原因に対する認否

(変更後の請求原因に対する認否)

1 請求原因1の事実のうち、原告の事業目的は不知、その余は認める。

2 同2前段の事実は不知。

同2中段の事実のうち、原告主張の日時に原告代表者、本間昭吉、丁保良らが被告の事務所を訪れ、本件土地に関する原告のための所有権移転登記(但し中間省略登記ではない。)及び丁保良のための抵当権設定登記等の申請事務処理を被告に依頼したことは認めるが、その余は否認する。

原告代表者らは、所有権移転登記申請手続に不可欠な本件土地所有権に関する登記済証を持参しなかったので、被告がその欠缺を指摘したところ、本間昭吉は後日右登記済証を被告のもとに持参する旨約したが、結局右約束は履行されなかったのであって、およそ、登記事務に関する委任契約は、嘱託者が必要書類を完備して申込み、受託者が右申込みを承諾したときに成立するのであるから、本件においてはまだ委任契約が成立していないのである。

同2後段の事実のうち、被告が原告からその主張の金員を受領したことは認めるが、その余は不知。

右金一五万八一八〇円は、被告が原告代表者らから依頼があった本件登記申請事務を処理するに必要な費用を概算したところ、同人から折角持参したので受領して欲しい旨の要請があったので、将来同登記申請に必要な書類が完備し、被告が正式に右事務を受任したときは、これを登録免許税及び手数料に充当する趣旨で受領したにすぎない。このことは、右金員の領収書である甲第五号証に「仮」という文字が付加されていることからも明らかである。

3 同3の事実のうち、被告が原告主張の日時に別件登記申請事務の委任を受けてこれを処理し、同登記が経由されたことは認める(但し、本件(四)土地については同登記はなされていない。)が、被告の債務不履行責任は争う。

本件委任契約は未成立であって、被告は原告のために事務を処理する義務を負っていなかったのであり、しかも被告は別件登記申請事務を受任した当時、その対象が本件土地の一部であることを知らなかったのである。

4 同4の損害額の主張は争う。

(変更前の請求原因に対する認否)

変更後の請求原因に対する認否3の後段を「被告の不法行為責任に関する主張は争う」と改めるほかは、同認否と同旨

第三証拠《省略》

理由

一  まず、被告は、原告による訴の変更は訴訟手続を著しく遅延させるものであるから許されるべきではないと主張するので、この点について判断する。

原告は、当初昭和四六年九月一三日原告を委任者、被告を受任者として本件登記の申請事務を目的とする委任契約が成立したことを前提として、被告が右契約に基づく任務に背いてその事務の履行を怠り、原告に損害を与えることを認識しながら、別個に三共石炭及び高田勉から別件登記申請事務を受任し、右登記申請を先行させて原告に財産上の損害を被らせた旨の事実に基づいて、被告に対し民法七〇九条の不法行為責任を追求すると主張し、裁判所も原告の右主張事実について審理を進めてきたところ、原告は本件最終口頭弁論期日において、被告の責任原因を本件委任契約の債務不履行に変更するとして従来の主張を改めたものであって、右の経緯は本件記録に照して明らかである。従って原告は右期日において請求原因を変更して訴を変更したものといわなければならない(この場合、支払いを求める損害賠償金五一五万八一八〇円もその発生原因を異にするから、厳格にいえば請求の趣旨にも変更があるわけであるが、訴訟の取扱上の慣例では請求の趣旨が形式上同一であれば、請求の趣旨には変更がないのと同様に取扱われる。)。ところで、原告の右訴の変更の趣旨は、従前の不法行為責任を請求原因とする訴を取下げ、新に債務不履行を請求原因とする訴を提起する(いわゆる訴の交換的変更)にあると解されるけれども、右訴の変更に被告が異議がある以上、旧訴の取下げについては被告の同意が得られないことになるから、結局右訴の変更はいわゆる訴の追加的変更に該り、債務不履行責任を請求原因とする訴と不法行為責任を請求原因とするそれとが併合(本件の場合は予備的併合)されたものとして取扱われることとなる。

しかして、右摘示からも明らかなとおり、原告は当初から、原、被告間に本件委任契約が成立した事実、被告が右契約に基づく債務の履行を懈怠した事実を主張し、ただ、これに被告の加害の認識という事実を付加して、主張の法律構成としては不法行為による損害賠償請求としたのであって、右契約の成否、債務不履行の有無についても証拠調べの過程において審理が尽され、原告の右訴の変更が右証拠調べの結果に基づいてなされたものであること、現に、原告は右訴の変更に伴って何ら新な証拠調べの申請をしなかったことは、本件記録上明らかであり、他方被告にも新な立証の必要が生じたとは認められない。してみれば、原告の右訴の変更が訴訟手続を著しく遅延させるものであるとする被告の主張は採用の限りでない。

二  《証拠省略》によれば以下の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

1  金久土地は昭和四六年八月九日三共石炭商会から同社及び訴外株式会社阿僧木経営事務所(以下「阿僧木経営事務所」という。)の共有にかかる東京都日野市三沢八六八番一山林八六四平方メートル(以下「本件(一)元地」という。なお、同土地はその後同年九月七日本件(一)土地、同(二)土地同番四の土地の三筆に分筆された。)、同所八六二番一山林二七〇平方メートル(以下「本件(二)元地」という。なお、同土地は前同日本件(三)土地、同番八の土地の二筆に分筆された。)及び本件(四)土地の三筆(右三筆の地積合計は約四一三坪で、登記簿上の所有名義人はいずれも三共石炭商会であった。)を代金四〇〇〇万円で買受け、前同日右代金のうち金一〇〇〇万円を同社に支払うとともに、残金は同年九月ないし一一月の各末日限り金一〇〇〇万円宛支払い、右残代金の完済と引換えに所有権移転登記手続をすることを約した。なお、右売買契約においては、右の約定とは別に、金久土地は三共石炭商会の承諾があれば、右三筆の土地の一部を第三者に転売することができ、この場合同社は金久土地のために転売にかかる部分を分筆して所有権移転登記手続をする(但し、金久土地は右転売代金をもって三共石炭商会に対する売買代金の支払いに優先的に充当する)ことが約されていた。そこで、金久土地は原告と転売交渉をした結果、前同年九月二日右両者間に、右訴外会社が三共石炭商会から買受けた前記三筆の土地のうち七二七・七平方メートルを代金一七六〇万円で売渡す旨の売買契約が成立し、その代金支払い方法は、右契約成立と同時に手付金二〇〇万円、同月一一日に中間金一〇六〇万円(右金員の支払いと引換えに右売買対象土地につき原告のために所有権移転請求権保全仮登記手続をする。)同月三〇日に残金五〇〇万円とし、右代金完済と引換えに所有権移転登記手続をすることが約された。

2  原告は右手付金二〇〇万円を金久土地に支払ったものの、残代金については、手持の資金がなかったため、丁保良から資金を借入れてこれに充てることになったが、同人からの金員の借受けにあたっては、同人に対し右売買対象土地につき担保権を設定する必要があったことから、金久土地と交渉した結果、同社に対し手付金二〇〇万円を除く右売買代金残金のうち金五〇〇万円を支払えば、同社から売買対象土地全部につき所有権移転登記を受け得ることになり、かつ、同社の代表者訴外本間昭吉から、三共石炭商会も右登記を承諾している旨知らされ、右承諾の事実を証明する書類として、三共石炭商会名義の印鑑証明書及び白紙委任状の呈示を受けた。そこで、原告は金久土地との間で売買目的物の特定について協議した結果、本件(一)元地を三筆に分筆したうちの二筆(本件(一)及び(二)土地)、本件(二)元地を二筆に分筆したうちの一筆(本件(三)土地)及び本件(四)土地の四筆を右目的物と定め、これら(本件土地)について所有権移転登記を受けることになった。

3  かくして、原告代表者伊藤俊彦は、昭和四六年九月一三日原告会社従業員高岡幸政、金久土地代表者本間昭吉、丁保良を同道して、司法書士である被告(被告が司法書士であることは当事者間に争いがない。)の事務所を訪れ、被告に対し本件登記の申請事務の処理を依頼した。その際、被告に対し、本間昭吉が三共石炭商会の代理人として同社名義の印鑑証明書、白紙委任状及び資格証明書を、原告代表者が原告名義の印鑑証明書、貿格証明書及び実印(代表者印。委任状作成のためのもの。)丁保良が同人名義の外国人登録証明書及び実印(委任状作成のためのもの。)をそれぞれ交付したが、本間昭吉から本件権利証の交付はなされなかった。被告は右交付を受けた書類を確認したうえ、本件登記の申請に要する登録免許税及び手数料等を金一五万八一八〇円と算出し(但し、被告は当日本件土地の評価証明書の交付を受けなかったため、本間昭吉が記憶していた同土地周辺の土地の評価額に基づいて登録免許税額及び手数料額を概算で算出した。)、原告代表者から右金員の交付を受けて(被告が右金員の交付を受けたことは当事者間に争いがない。)仮領収書と題する書面を作成し、同人に交付した。

4  一方、三共石炭商会の代表者石崎甚吾及び阿僧木経営事務所の専務取締役本川央は、昭和四六年九月二一日に至って、訴外新海源四郎の申請により当庁八王子支部から三共石炭商会が登記簿上所有名義人となっている本件土地につき処分禁止の仮処分決定がなされたことを知り、右仮処分に基づく登記を免れる手段として同土地の所有名義を一時高田勉に移転しようと考え、本川央が金久土地の本間昭吉と相談した結果、被告に委任して取り急ぎ高田勉に対する別件登記の申請をすることとした。そして、本川央、石崎甚吾の両名が同月二二日被告の事務所に赴いて、被告に対し別件登記の申請事務を委任し、右事務に必要な書類(本件権利証を含む)を交付した。これを受けた被告は前同日東京法務局八王子支局に対し別件登記を申請したところ、これが受理され、同日右登記が経由された(右の事実は当事者間に争いがない。)

三  ところで、原告は、昭和四六年九月一三日原、被告間に本件委任契約が成立したことを前提として被告に債務不履行の責任がある旨主張するので、まず、右契約の成否について判断する。

1  司法書士は他人の嘱託を受けて、その者が裁判所、検察庁又は法務局若しくは地方法務局に提出する書類を作成し、及び登記又は供託に関する事務を代ってすることを業とする者(司法書士法一条)であって、その業務は公共的性質を帯有するから、その処理に関しては公正、迅速かつ誠実を旨としなければならず(同法施行規則一二条)、わけても、業務処理の順序は、特別の事由がない限り嘱託の順序に従わなければならないと解される(改正前の同規則一四条一項参照。なお、右条項は昭和四二年一二月二三日法務省令第六三号によって削除された。)が、右業務処理の順序に関する原則は、司法書士が登記に関する事務の嘱託を受けた場合はとくに厳格に遵守されなければならない。けだし、登記の先後関係は嘱託者及びその利害関係人の権利関係に重大な影響を及ぼすからであり、司法書士が特別の事由なくして右業務処理の順序に違背した場合には、その事務所の所在地を管轄する法務局又は地方法務局の長から懲戒処分を受けることになる(同法一二条)。そして、一般に司法書士に対する登記事務の嘱託にあたっては、嘱託者において必要な書類を整備してこれを可法書士に交付するのが通例であるから、特段の事情のない限り右書類交付の時に嘱託(委任関係)が成立するものと解するのが相当であり、これによって定まる嘱託時期の先後関係が、司法書士の業務処理の順序を決定する基準となるものというべきである。

2  ところで、不動産登記の申請にあたっては、登記義務者の権利に関する登記済証(いわゆる権利証)の提出が要件であることは不動産登記法三五条一項が明定するところであるが、前記認定のとおり、原告が本件委任契約が成立したとする昭和四六年九月一三日には、被告は本件権利証の交付を受けなかったのであって、原告から被告に対する本件登記申請事務の嘱託は、少くともこの点において必要書類が完備されていなかったことが明らかである。

もっとも、原告は、昭和四六年九月一三日当時本件権利証は、被告が他の用件のため現に預り使用中であった旨主張しているので、仮に右主張が肯認されるとすれば、原、被告間には前同日の時点で、本件権利証は被告において整備する約定のもとに、本件委任契約が成立したものと解し得る余地があるところ、証人本川央の証言中には、同人は三共石炭商会の代理人として、本件元地のうち約二分の一に相当する分につき金久土地のために所有権移転登記手続をする目的で被告のもとを訪れたことがある旨の供述部分があり、また、証人高岡幸政の証言及び原告代表者本人尋問の結果中には、昭和四六年九月一三日原告代表者らが本件登記申請事務の嘱託のため被告の事務所を訪れた際、本間昭吉から、本件権利証は本件元地の一部につき第三者に所有権移転登記手続をするため被告を代理人として法務局に提出中であり、被告が後日右権利証の還付を受けてこれを本件登記の申請に用いるとの説明があり、被告もこれを肯定した旨の供述部分がある。

しかしながら、証人本川央の右供述部分によっても、三共石炭商会が被告に対し、いつ、本件元地のどの部分について金久土地のために所有権移転登記事務を嘱託したかを明らかにすることはできず、他にこれを確認し得る証拠はないうえ、右供述部分自体、これを同証言中の他の供述部分と対比して観察するときは信ぴょう性に乏しいといわざるを得ない。けだし、証人本川央はその証言において、当初、本件元地の(登記手続の)関係で或いは被告に会ったことがあるかもしれない旨、すなわち、被告に会ったこと自体記憶が定かでない趣旨の供述をしながら、のちに、同土地の一部につき高田勉のために所有権移転登記手続をする件で被告を訪れたか否かは定かでないが、同じく同土地の一部につき金久土地のために所有権移転登記手続をする件で被告のもとを訪れた記憶があると述べ(これが前段掲記の供述部分である。)、さらに、日時の記憶はないけれども、高田勉のために所有権移転登記をする目的で石崎甚吾と共に被告の事務所に赴いたことがある旨の供述をしているのであって、三共石炭商会が被告に登記事務を嘱託した事実の有無、登記手続の相手方及びその嘱託の時期に関する同証人の証言は、きわめて不正確な記憶に基づくものであることが窺えるからである。

一方、証人高岡幸政の前記供述部分は、昭和四六年九月一三日に被告が原告代表者らに対し、その事務所内の書類が積み上げられた机の上を指示して、同所に本件権利証が置かれてあると説明した旨の当初の供述を、記憶違いであるとして訂正した後になされたものであり、また、原告代表者は、その本人尋問の主尋問において、前記供述部分に表示された本間昭吉の説明は被告の事務所で(被告の面前で)なされたことを明言しながら、その反対尋問においては、同訴外人から右説明を受けた時期、場所について明確な記憶がない旨述べるなど、その供述に動揺がみられるのであって、同証人及び原告代表者の前記供述部分の信ぴょう性には疑義なしとせず、まして、これを強く否定する被告本人尋問の結果と対比するときは、措信することが難しいといわなければならない。その他、昭和四六年九月一三日当時、被告が本件権利証を保管中であったとする原告の前記主張を認め得る証拠はない。

3  かえって《証拠省略》によれば、被告は昭和四六年九月一三日以降本間昭吉に対し再三に亘って本件権利証の交付を求めていることが認められ、他方前記認定のとおり、同月二二日本川央、石崎甚吾の両名が別件登記申請事務の嘱託のため被告のもとを訪れたときには、同権利証を持参していること(証人本川央の証言によれば、同権利証は右当時、三共石炭商会において保管していたものであることが認められる。)に鑑みれば、被告がその本人尋問において供述するとおり、同月一三日における本件登記事務の嘱託にあたっては、原、被告間に、同権利証は後日金久土地又は原告のいずれかが被告のもとに持参することとし、被告はこれを待って右事務を処理する旨が約されたものと認めるのが相当であり、他に右認定を左右し得る確証はない。

してみると、原告主張の本件委任契約は、本件権利証の交付を停止条件とするものであると解すべきところ(従って、昭和四六年九月一三日被告が原告宛に「仮」領収書を発行した趣旨は、登録免許税額及び手数料額が概算額であることもさることながら、被告がその本人尋問において供述するとおり、主としては、右停止条件が成就して同契約の効力が発生した場合、被告が同契約に基づく事務の処理の費用及び報酬に充当する目的で一定の金員を予め受領したものであることを明かにすることにあるとみるべきである)右条件が成就した事実は、本件全証拠によってもこれを認めることができないから、被告に同契約に基づく債務の不履行があったとする原告の前記主張は、すでにその前提において失当たるを免れない。

四  また、原告は、被告は本件委任契約に基づく任務に背いて原告に財産上の損害を与えることを認識しながら、別件登記申請事務を受任してこれを処理し、原告に損害を被らせたから、不法行為責任を負う旨主張するけれども、右にいう「任務」が未成立であることは前記のとおりであるのみならず、前記認定のとおり、被告は昭和四六年九月二二日三共石炭商会から必要書類を完備したうえで別件登記申請事務の嘱託を受けたものであるが、仮に被告がその時点で右嘱託にかかる登記が本件土地に関するものであることを認識していたとしても、およそ司法書士は正当な事由がある場合でなければ他人からの業務の嘱託を拒むことはできない(司法書士法六条。なお、正当な事由なくして業務の嘱託を拒んだ場合は、同法二〇条により二万円以下の罰金に処せられる。)うえ、前記のとおり、司法書士は特別の事由がない限り嘱託の順序に従って業務を処理すべきであるところ、本件において、被告が別件登記申請事務の嘱託を拒否し、又は右嘱託にも拘らず本件登記申請事務をこれに優先して処理すべき特段の事情が存したことを認め得る証拠はないから、別件登記申請事務を先に処理した被告の行為をもって違法とすることはできない。

してみると、被告に不法行為責任があるとする原告の主張も、また採用の限りでない。

五  以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当として棄却すべきである(なお、前記認定事実によれば、被告は昭和四六年九月一三日原告代表者から収受した金一五万八一八〇円については、法律上の原因なくして利得し、原告はこれと同額の損失を被ったことになるが、右の事実は原告が本訴において何ら主張しないところである)。よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大和勇美 裁判官 矢崎秀一 小池信行)

<以下省略>

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