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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)11197号 判決 1972年2月29日

原告 中野英夫

被告 株式会社淀屋 外一名

主文

一  原告の被告株式会社淀屋に対する第一次請求を棄却する。

二  被告株式会社淀屋は原告に対し一〇〇万円およびこれに対する昭和四五年一一月二五日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

三  原告の株式会社淀屋に対するその余の予備的請求を棄却する。

四  原告の被告早坂城治に対する請求を棄却する。

五  訴訟費用は四分し、その三を原告、その一を被告等の負担とする。

六  この判決は原告勝訴の部分に限り三〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

被告等は各自原告に対し二〇〇万円およびこれに対する昭和四五年一一月二五日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

旨の判決並びに仮執行の宣言。

二  被告等

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訴費用は原告の負担とする。

旨の判決。

第二主張

一  原告(請求原因)

(一)  被告株式会社淀屋(以下「被告会社」という。)は不動産の売買等を業とする会社であり、被告早坂城治は被告会社の代表取締役である。

(二)  原告は昭和四五年四月二五日被告会社との間で左記の契約を締結した。

1 被告会社は埼玉県北足立郡新座町大字大和田字大正二〇三五番地二宅地のうち七八・〇六平方米(私道を含む。)(以下「本件土地」という。)上に木造二階建共同住宅一棟延床面積八九・二五平方米(以下「本件建物」という。)を建築し、右土地建物を代金五四五万円で原告に売渡すこと。

2 原告はすでに被告会社に差入れてある一〇〇万円を手付金に充て、残代金四四五万円は被告会社の斡旋により訴外都民信用組合から借受けて被告会社に支払うこと。

3 本件建物の完成、本件土地、建物の引渡、所有権移転登記および代金の支払は昭和四五年七月一五日までとすること。

4 原告もしくは被告会社の一方が契約上の義務に違反したときは、相手方は契約を解除することができ、この場合には違約金として原告が義務に違反したときは被告会社に対する手付金一〇〇万円の返還請求権を放棄し、被告会社が義務に違反したときは原告に対し手付金の倍額二〇〇万円を支払うこと。

(三)  しかるに、(1) 本件土地内には近隣数個の土地の共有の汚水浄化装置が埋設されており、原告が被告会社に対しその撤去を請求したが、被告会社はこれを拒絶し、(2) 被告会社は、原告の事前の諒解がなかつたにかかわらず、都民信用組合からの融資を受けるについて原告所有の川崎市高石八二八番の宅地に対し抵当権を設定すべきことを要求し、原告がこれを拒絶するや、昭和四五年八月一一日原告に到達した内容証明郵便をもつて不当にも契約解除の意思表示をなし、契約履行の意思を放棄し、(3) さらに、本件土地上に本件建物と異なる建物を建築し(建前は昭和四五年九月二六日頃)、以上により本件土地・建物の完全な所有権を移転する義務の履行を不能ならしめた。そこで、原告は昭和四五年一〇月三日被告会社に到達した内容証明郵便をもつて本件土地建物売買契約を解除する旨の意思表示をなした。

(四)  よつて原告は被告会社に対し前記(二)、4の約定による違約金二〇〇万円(損害賠償額の予定)の支払を求める権利がある。

(五)  仮に右違約金請求が理由がないとしても、本件土地は都市計画法所定の都市計画区域内にあり、且つ住居地域に指定されているため、建築基準法の規定により敷地総面積から三〇平方米を控除した面積の六〇パーセント以下の延面積を有する建物しか建築することができず、したがつて本件土地から私道部分を除いた残地を敷地とする場合本件建物を建築することができないことが契約後に判明した。のみならず、原告が新座町役場で調べたところによると、被告会社は本件土地の両隣の土地に建築済の建物の各建築確認申請に当り、本件土地を左右に二分して、その両隣の建物の各敷地として申請していること、本件土地近辺の被告会社の分譲土地に建築され、もしくは建築中の建物についても建築基準法違反があり、係官から注意を受けていること、その結果被告会社は本件土地を含めて近辺の土地には将来建築制限の変更をみるまで新らしい建物を建てない旨の誓約書を差入れていること等の事情から本件土地が建築適地でないことが判明した。このことは前記のように本件土地に汚水浄化装置が埋設されていたことと相俟つて本件土地建物売買契約の目的物の隠れた瑕疵に当る。原告は本件建物を四戸建のアパートとして利用し、各戸当り一ケ月一万八、〇〇〇円、合計七万二、〇〇〇円の賃料を収取することを目的として右売買契約を締結したのであるが、右瑕疵あるがため右目的を達することができないことが明らかになつたので、原告は前記(三)の内容証明郵便をもつて右売買契約を解除する旨の意思表示をなした。

(六)  そして、右のような場合についても、前記(一)、4の違約金の約定が適用されてしかるべきであるから、原告は被告会社に対し違約金二〇〇万円(損害賠償額の予定)の支払を求める権利がある。

(七)  被告早坂城治は被告会社の代表取締役として終始本件土地建物売買契約に関与し、本件土地建物に前記(五)のような瑕疵があることを秘して原告をして売買契約を締結させ、手付金一〇〇万円を被告会社に支払わせ、原告に二〇〇万円相当の損害を被らせた。したがつて、被告早坂は原告に対し二〇〇万円の損害賠償をなすべき義務がある。

(八)  よつて原告は被告等に対し各自二〇〇万円およびこれに対する昭和四五年一一月二五日(被告会社については本件訴状送達の日の翌日に当り、被告早坂については本件訴状送達の日の後に当る。)以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を請求する。

二  被告等(請求原因に対する認否および抗弁)

(一)  請求原因第一、第二項の事実は認める。

同第三項の事実中本件土地に原告主張の汚水浄化装置が埋設されていること、被告会社が原告に対しその主張のとおり抵当権設定の要求をしたところ、原告がこれを拒絶したこと、被告会社が原告主張の契約解除の意思表示をしたこと、被告会社が本件土地上に本件建物と異なる建物を建築したこと、原告がその主張の日に被告会社に到達した内容証明郵便で本件土地建物売買契約を解除する旨の意思表示をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。汚水浄化装置があつても本件土地に本件建物を建築し、その他本件土地を利用するになんら支障がなく、これを撤去することははじめから契約の内容をなしていなかつた。また、原告主張の宅地に抵当権を設定することは事前に原告が諒解していたことであつた。本件土地上に本件建物と異なる建物を建築したのは、被告会社が本件土地建物売買契約を解除した後のことに属する。

請求原因第四項は争う。

同第五項の事実中本件土地が都市計画法所定の都市計画区域内にあり、且つ住居区域に指定されていたため、建築基準法の規定により敷地総面積から三〇平方米を控除した面積の六〇パーセント以下の延面積を有する建物しか建築することができないこと、本件土地に汚水浄化装置が埋設されていることおよび契約解除の意思表示の点は認めるが、その余の事実は否認する。本件土地に建築制限の存すること、汚水浄化装置が埋設されていることは原告が契約当時いずれも了知していたところであつた。しかも、右建築制限があつても本件建物を建築することは現実には可能であつたのみならず、建築確認を申請し、これを得るのは被告会社であつて、原告は出来上つた建物の引渡を受けるだけの立場にあるのであるから、本件建物を建築できるかどうかは本来原告に関係のないことなのである。また、浄化装置の存在が本件建物建築の支障とならないことは前述のとおりである。それ故、本件土地建物売買契約の目的物に隠れた瑕疵があつたとする原告の主張は失当である。

同第六項は争う。

同第七項の事実中被告早坂が被告会社の代表取締役であること、原告が手付金一〇〇万円を被告会社に支払つたことは認めるが、その余の事実は否認する。

同第八項は争う。

(二)  (抗弁)

原告は相当の資金の手持もなく、売買代金の大部分を都民信用組合からの借受金に仰ぎ、右借受金は本件建物の家賃収入をもつて返済する目算で本件土地建物売買契約を締結したのであるが、その後家賃収入だけでは借入金の返済ができないことが判明するや、契約履行の意思を喪失し、(1) 被告会社の再三の請求にかかわらず、前記抵当権設定を含む都民信用組合からの金員借入手続に協力する義務を履行せず、かえつて同組合に赴いて融資手続の進捗を阻げる行為にすら出た。(2) 本件土地建物売買契約は、その内容上注文建築的要素を加味しているので、原告の意向を無視して建築を強行しうるものではなく、原告としては被告会社の要請があつたときは建築の細部につき指図をなす等の協力義務があるのに、これを履行せず、建築の監督公署に彼此上申して被告会社の業務を妨害する始末であつた。そこで、被告会社代理人弁護士遠藤雄司は昭和四五年六月一九日原告に到達した内容証明郵便をもつて右(1) (2) に関する協力を催告したが、原告がこれに応じなかつたので、やむなく同年八月一一日原告に到達した内容証明郵便をもつて本件土地建物売買契約を解除する旨の意思表示をなした。

三  原告(抗弁に対する認否)

抗弁事実中原告が売買代金の支払を都民信用組合からの借受金に仰ぎ、右借受金は本件建物の家賃収入をもつて返済する目算で本件土地建物売買契約を締結したが、その後家賃収入だけでは借入金の返済ができないことが判明したこと、原告が被告会社から抵当権設定ならびに本件建物の建築に関する指図を要請されたこと、被告等主張の各内容証明郵便をもつて催告および契約解除の意思表示を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。原告としては、本件土地に建築制限があり、汚水浄化装置が埋設されている等瑕疵ある物件を多額の借入までして買わされるのははなはだ迷惑なので、被告会社に対し善処を申入れたが、被告会社は違反建築でも建ててしまえばそれまでであり、汚水浄化装置は撤去しないという一点張りであつて、原告に対し納得できる説明をしなかつたのであり、このような事情のもとにおいては原告には被告等のいう協力義務はないとすべきである。

第三証拠<省略>

理由

一、請求原因第一、第二項の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで、本件土地建物売買契約に基づく完全な所有権の移転が不能になつたかどうかを判断する。

(一)(1)  成立に争いのない甲第四号証、汚水浄化装置の写真であることについて争いのない甲第八号証と証人細川武司の証言、被告早坂本人尋問の結果によれば、本件土地の西北隅に近隣数個の土地の共用に充てられる汚水浄化装置が埋設され、地表にその表面(約半坪)を露出していることが認められる。しかし右汚水浄化装置が存在することにより、売主たる被告会社が本件土地を引渡し、また本件土地につき所有権移転登記手続をなす等の行為により買主たる原告に対しいわゆる完全な所有権を取得させることを不能ならしめる事情を認めるに足る証拠はない。

(2)  被告会社が原告に対し、原告が都民信用組合からの融資を受けるにつき原告所有の川崎市高石八二八番地の宅地に対し抵当権を設定すべきことを要求し、原告がこれを拒絶したことは当事者間に争いがなく、被告会社がそのことを理由の一つとして本件売買契約を解除する旨の意思表示をしたことは後述のとおりである。このように被告会社が契約解除の意思表示をしたことによつて契約履行の意思を放棄したと認められるとしても、右解除の意思表示がその効力を生じないことは後に説明するとおりであるから、被告会社は依然として契約に拘束され、本件土地建物の引渡、所有権移転登記手続等原告に対し完全な所有権を取得させる行為をなすべく義務づけられているのであり、該義務はたとえ被告会社が契約履行の意思を放棄したとしても、客観的にみてその履行が不能に陥つたものとすることはできない。

(3)  被告会社が本件建物と異なる建物を建築したことは当事者間に争いがなく、原告、被告早坂各本人尋問の結果によれば、その時期はおおむね昭和四五年九月中であつたことが認められるが、右建物が具体的にどのように本件建物と異なるかを明らかにしうる証拠がないから、該建物建築の一事により本件土地建物の完全な所有権の移転が不能になつたと速断することはできない。

(二)  以上によれば履行不能を理由とする原告の被告会社に対する違約金請求はその余の点について判断するまでもなく失当とすべきである。

三、次に本件売買契約に隠れた瑕疵があつたかどうかについて判断する。

(一)  本件土地が都市計画法所定の都市計画区域内にあり、且つ住居地域に指定されているため建築基準法の規定により敷地総面積から三〇平方米を控除した面積の六〇パーセント以下の延面積を有する建物しか建築することができないことは当事者間に争いがない。したがつて本件土地上にはその面積(七八・〇六平方米)から私道分(前記甲第四号証によると、その面積は約一八平方米と認められる。)を引き、さらに三〇平方米を控除した面積の六〇パーセントに当る約二四平方米以下を延面積と有する建物しか建築することができないから、延面積八八・二五平方米の本件建物は建築できないこととなる。即ち、建築基準法によれば建築主事は確認申請にかかる工事計画が同法の規定等に適合しないことを認めたときは建築確認をすべからざるものであり(同法第六条)、建築確認なくして建築した建築物については工事の施工の停止、または当該建築物の除却、移転等の措置を命じられるのである(同法第九条)。してみれば、本件土地は契約で予定された本件建物の敷地としての使用上の適性を欠くものといいうる。しかも本件売買契約は売主において本件土地上に本件建物を建築して、土地建物ともども売渡すという内容のいわゆる建売契約であるから、本件売買契約はその目的の全部に亘つて瑕疵あるものというべきである。

被告等は叙上のような建築制限があつても、本件土地上に本件建物を建築することは(違法の問題を惹起することなく)現実に可能である旨主張するが、被告早坂本人の供述もこの点につき納得できる説明をしているものとは認め難い。また、本件売買契約の趣旨によれば、建築確認を申請して、これを受けるのは被告会社で、原告は出来上つた建物の移転を受ける立場にあることは否定できないが、そうであるからといつて本件土地上に本件建物を建築することができるかどうかは本来原告に関係のないことであるとはいえないこと当然であつて、この点に関する被告等の主張は失当である。

そこで、前記瑕疵が隠れたものであるかどうかについて検討するに、証人細川武司の証言と原告本人尋問の結果によれば、原告は本件売買契約当時前記のような瑕疵あることを知らなかつたことを認めることができ、右認定に反する被告早坂本人の供述は信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そして、土地売買取引の活溌化している今日において建築制限に関する一般取引人の関心と知識が相当に高まつているとはいえ、買主としては、売主が不動産業者である場合には取引物件についての建築制限の具体的内容については、あげて業者の調査並びに判断に委ねていることが多い実情にあることを考えると、被告会社が原告に対し宅地建物取引業法第一四条の三所定の建築制限に関する説明書も交付していない(このことは被告早坂本人尋問の結果によつて認められる。)本件において原告が前記瑕疵に気付かなかつたからといつて注意懈怠を責めることは許されない。したがつて前記瑕疵は隠れた瑕疵であるとすべきである。そして、本件売買契約の内容と照らし合わせると、原告は前記瑕疵の故に本件売買契約を締結した目的を達することができないものと認めるのが相当である。

(二)  原告が昭和四五年一〇月三日被告会社に到達した内容証明郵便をもつて本件売買契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

四、そこで、被告等の抗弁について判断する。

(一)  原告が被告会社の斡旋により都民信用組合より四四五万円を借受け、右借受金をもつて本件土地建物の売買代金内金四四五万円を被告会社に支払うことは本件売買契約の内容をなしていたこと前述のとおりである。ところで、証人細川武司の証言と原告本人尋問の結果によれば、原告は本件建物をアパートとして利用し、一戸当り一ケ月一万八、〇〇〇円、合計七万二、〇〇〇円の家賃収入を挙げて、これを都民信用組合からの借受金の返済に充てる目算を立て、被告会社の社員青木某(同人は本件売買契約の交渉から締結までの衝に当つた。)も右目算の実現可能なことを保証し本件売買契約においても売買代金中四四五万円は都民信用組合からの借受金をもつて支払うことを契約内容としてとり入れることとしたので、原告は結局本件売買契約締結に踏み切つたのであるが、契約締結後原告が本件土地付近の不動産取引業者について調べたところ家賃は一戸当り一万円ないし一万二、〇〇〇円位が相場である旨の回答を得、他方昭和四五年六月初頃都民信用組合からは借受金を家賃収入で行うというような返済計画では四四五万円の融資は困難であるとの意向に接したので、原告は本件売買契約関係を維持すべきかどうか判断に迷わざるをえなくなつたことを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。以上のような実情のもとにおいては、原告が都民信用組合からの金員借受手続を推進するよう被告会社に協力すべきものと断ずることははなはだ無理であるとしなければならない。被告等は右金員借入手続の一環として原告がその所有の前記川崎市内の宅地につき都民信用組合のため抵当権を設定することは原告の事前に諒解していたところであつた旨主張するがこの点を認めるに足る証拠はない。したがつて、被告会社が原告に対し右抵当権設定手続をとることを要請したとしても、原告がこれに応じて抵当権設定手続をする義務はなかつたというべきである。

(二)  本件売買契約は注文建築的要素を包含していることは前記契約の内容に徴して明らかであるから、特段の事情がないならば、原告は被告会社の要請に応じ建築の明細につき指図をなし、約旨に従つた建物の完成に協力すべきものである。しかし、前認定の実情のもとにおいては、原告が被告会社の要請に応じて右指図をしなければならないとみるのは行過ぎである。

(三)  そうとすれば、被告会社代理人弁護士遠藤雄司が昭和四五年六月一九日原告に到達した内容証明郵便をもつて都民信用組合からの金員借入手続に対する協力並びに建築の明細に関する指図を催告した当時(右催告がなされたことは当事者間に争いがない。)原告はこれをなすべき義務を負つていなかつたのであるから、原告が右催告に応じなかつたことを理由に同年八月一一日原告に到達した内容証明郵便をもつてなされた本件売買契約解除の意思表示(右意思表示がなされたことは当事者間に争いがない。)はその効力を生じなかつたものとすべきである。

(四)  したがつて、被告会社の契約解除の意思表示にかかわらず本件売買契約はその効力を存続し、その後昭和四五年一〇月三日に原告がなした解除の意思表示によりはじめて解除されたものとすべきである。

五、(一) ところで、原告は前記のように本件売買契約の目的に隠れた瑕疵があることを理由に契約が解除された場合にも、違約金の約定が適用されると主張する。しかし、右約定は明らかに契約当事者の一方たる被告会社に契約上の義務違反があつた場合に違約金として手付金の倍額の支払義務を課したものであつて、売主の担保責任に関する特約の趣旨を合わせ含むものとは認め難いから、原告にはその主張のような違約金の支払請求権はないとすべきである。

(二) しかし、本件売買契約が解除された以上被告会社はその受領した手付金一〇〇万円の返還義務を負つていることは明らかである。そして、被告会社に対する原告の違約金の請求はその実質において手付金倍戻の請求であり、右請求のうちには前記のような手付金返還義務の履行請求が包含されているとみることができ、該請求は理由があるとすべきである。

六、原告は被告早坂に対し商法第二六六条の三の規定に依処して損害賠償を請求するところ、右規定は、取締役が悪意または重大な過失により会社に対する善良な管理者の注意義務(商法第二五四条第三項、民法第六四四条)あるいは忠実義務(商法第二五四条の二)に違反し、これによつて第三者に損害を被らせた場合における取締役の第三者に対する損害賠償義務を定めたものであるから、原告としては被告早坂の被告会社に対する義務違反の事実を具体的に主張すべきであるにかかわらず、この点についてなんら主張していないから、被告早坂に対する原告の請求は失当としなければならない。原告の請求が取締役個人の一般不法行為(民法第七〇九条)による損害賠償を求める趣旨であると解すべきであるとしても被告早坂本人尋問の結果によれば、本件売買契約の交渉から契約締結の運びまですべて被告会社の社員が遂行し、被告早坂は直接関与せず、代表取締役としての職務上契約内容は了知していたものの売買契約書の調印も役員大田節子に代表者印を預けてなさしめたものであることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。そして右に認定した事実関係より進んで、被告早坂が直接原告に対し原告主張のように手段を弄して手付金一〇〇万円を支払わせたことを肯認するに足る証拠はない。のみならず、原告の主張する損害のうち一〇〇万円は、原告が被告会社に対する手付金返還債権を有する以上、損害がないといいうるし、その余の一〇〇万円の損害が発生したと認めうる証拠はない。したがつて一般不法行為による損害賠償請求も失当とすべきである。

七、以上説明したところによれば、原告の被告会社に対する第一次請求(履行不能を理由とする損害賠償請求)は失当として棄却し、予備的請求はその中に包含される手付金一〇〇万円の返還ならびに被告会社に対する本件訴状送達の翌日たること記録上明らかな昭和四五年一一月二五日以降右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容し、その余は失当として棄却し、被告早坂に対する原告の請求は失当として棄却すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 蕪山厳)

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