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東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)221号 判決 1971年5月10日

原告 横山弥枝子

被告 目黒税務署長

訴訟代理人 野崎悦宏 外三名

主文

被告が原告に対し昭和四三年六月二七日付をもつてなした無申告加算税(被告が同年八月二八日付でなした決定により二九万五、〇〇〇円に減額されたもの)の賦課決定処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

(原告)

主文と同旨の判決。

(被告)

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決。

第二当事者の主張

一  原告主張の請求の原因

(一)  被告は原告に対し、昭和四三年六月二七日付をもつて、課税標準を七八〇万九、二二八円、税額を三〇七万九、九五〇円とする贈与税ならびに税額を三〇万七、九〇〇円とする無申告加算税の賦課決定をなした。原告はこれを不服として昭和四三年七月二日被告に対し異議の申立てをしたところ、被告は同年八月二八日付をもつて右贈与税につき課税標準を七五七万四、七一四円、税額を二九五万七〇〇円、無申告加算税につき税額を二九万五、〇〇〇円とする旨一部取消しの決定をした。原告は同年九月九日東京国税局長に対し審査請求をしたところ、同局長は昭和四四年七月一日付をもつて右請求を棄却する旨の裁決をし、原告はその頃右裁決書謄本の送達を受けた。

(二)  しかし、被告の右無申告加算税賦課決定は違法であるからその取消しを求める。

二  被告の主張

(認否)

原告主張の請求原因(一)の事実は認める。

(抗弁―課税の根拠)

被告が本件無申告加算税の賦課決定をした経緯は次のとおりである。

(一) 原告は、昭和四二年中にその父横山弥蔵から別紙目録記載の物件(以下、本件不動産という。)の贈与を受けたので、相続税法所定の贈与税を納付すべき義務があるところ、同法二八条の規定によれば、原告は贈与を受けた年の翌年である昭和四三年二月一日から三月一五日までに右受贈にかかる本件不動産の課税価格、贈与税額その他政令で定める事項を記載した申告書を所轄税務署長である被告に提出しなければならなかつた。

(二) そこで、被告所部の調査係官は、本件贈与税の件に関し、原告の納税相談に応ずるため、原告に対して昭和四三年二月八日および同年二月二九日の二回にわたり期日指定のうえ出署方を依頼したところ、右二月二九日原告と原告代理人西村義太郎弁護士(以下、原告代理人という。)の両名が出署した。原告代理人は、「生活費を受贈した場合、贈与税の課税対象となるのか」或いはまた、「本件贈与がもし受贈者である原告の生活費に充当されるものであれば、課税関係はどうなるのか」等の質問をしたので、調査係官は、相続税法二一条の三、一項を示し、扶養義務者相互間において生活費又は教育費に充てるため行なわれた贈与で、通常必要と認められるものは贈与税の課税対象とはならないこと、しかし、本件についてはそのような事実は認められないこと、なお原告側に意見があれば文書をもつて提出されたい旨申し述べたところ、その後、同年三月六日原告から不動産譲渡契約証書、遺言公正証書等が提出された。

なお、被告の所部係官が、仮りに贈与税が課税されない場合でも、資産の異動による譲渡代金相当額については、贈与者に所得税(譲渡所得)が課税される旨の説明をつけ加えたことはあるが、本件贈与に関し贈与税は課税されないと指導したことはない。

(三) 調査係官は、原告の提出にかかる前記資料を検討したところ、原告の受贈物件は贈与税の課税財産に該当すると判断されたので、昭和四三年三月九日、原告および原告代理人が来署した際、同人らに対し、本件贈与財産は贈与税の課税対象となること、非課税になるのは、右財産中の賃貸建物(アパート)についての賃料収入のうち、通常生活費、教育費に充てられるものに限る旨説明し、自主申告をするようすすめたが、原告代理人は、「受贈物件のアパート四棟の賃貸料が生計費となるのであるから、受贈物件は贈与税の課税価格に算入されないものであり、贈与税申告の義務はない」として自説を固執し、贈与税の申告書を提出しなかつた。

(四) 原告の妹である横山喜代枝が、昭和四三年三月一五日来署し、調査係官のもとへ原告代理人作成の本件贈与に関する相続税法、所得税法上の見解を記載した書類を提出したが、本件贈与税の申告書は提出しなかつた。そこで、右調査係官は横山喜代枝に対し、「申告期限は本日限りですから、本日中に申告書を提出しないとまずいですよ」と注意を促した。

(五) こうして、本件贈与に関する贈与税の申告期限である昭和四三年三月一五日を経過するも、原告から申告書が提出されなかつたため、被告所部の調査係官は本件贈与税の決定に先だち、同年六月二二日原告代理人に対し贈与税の申告を行なうよう再度電話ですすめたが、同代理人はなお申告を拒否する旨の返答をした。

以上の次第で、原告および原告代理人は終始本件贈与に関する贈与税申告に応じなかつたし、他に正当な理由も認められなかつたので、被告は本件贈与税の賦課決定処分に加えて、国税通則法(昭和四五年法律第八号による改正前のもの。以下同じ。)六六条一項の規定により本件贈与税の無申告加算税を賦課する決定処分をしたものである。

三  原告の主張

(認否)

被告主張の抗弁事実中、(一)は認める。ただし、原告が本件贈与税の納税および申告書提出義務を知つたのは、本件決定処分を受けたときである。同(二)のうち、原告と原告代理人が目黒税務署へ出頭したこと、原告代理人が本件贈与に関し、相続税法二一条の三、一項の適用、解釈について質問したこと、昭和四三年三月六日原告側から被告に対し不動産譲渡契約証書等の書類を提出したことは認めるが、原告代理人と調査係官との問答の趣旨は否認する。同(三)は否認する。原告らが同年三月九日同署に出頭したことはない。同(四)のうち、原告の妹、横山喜代枝が同署に出頭したことは認めるが、原告の代理で所得税の申告書を持参しただけである。その余の事実は否認する。同(五)のうち、昭和四三年三月一五日を経過するも原告が本件贈与税の申告書を提出しなかつたこと、同署から原告代理人に電話のあつたことは認めるが、電話の内容が被告の主張するようなものであつたことは否認する。

(反論)

原告が本件贈与に関し贈与税の申告書を被告に提出しなかつたのは、以下の理由によるものである。

原告および原告代理人は、昭和四三年二月二九日目黒税務署に出頭し、同署の係官高木某と面接したうえ、原告が父から贈与を受けた本件不動産については、右不動産の賃料がすべて原告、原告の父および妹の三名の生活費に充てられてきたのであるから、右贈与物件は相続税法二一条の三、一項二号の「扶養義務者相互間において生活費に充てるためにした贈与に因り取得した財産のうち通常必要と認められるもの」に該当する非課税財産ではないかと質問したところ、右高木係官は上司と相談のうえ、原告らに対し、贈与税は課せられないが、父に対しては別途譲渡税が賦課される余地のあることを示唆し、本件不動産の譲渡明細書の提出を求めた。そこで、原告は同年三月六日同署係官に不動産譲渡契約証書等の書類を提出し、同署から、右係官の示唆した譲渡税の賦課に関する通知がくるのを案じながら待つていた。他方、原告代理人は同年三月一五日付の本件不動産権利譲渡明細書を提出したのであるが、これは本件贈与税に関するものではなく、むしろ、前記のように高木係官が原告の父に対し譲渡税賦課を示唆したので、これに応じたものである。このように原告も原告代理人も、本件贈与税については前記のとおり高木係官から課税されない旨告げられていたので、贈与税の申告をすることなど全く念頭になく(また、被告の方から右申告をするよう慫ようをうけたこともない。)ただ父に対する譲渡税が賦課されるかどうかを懸念していたところ、同年六月二二日頃突如として高木係官から原告および原告代理人に対しそれぞれ電話があり、被告側としては本件不動産に関し贈与税を賦課することに決定したから、被告の通告をまつて納税されたい旨連絡をうけ、ついで前記のとおり、同月二七日付の本件贈与税等賦課決定処分をうけたのである。

以上の次第で、原告は本件贈与税に関し、期限内申告書を提出しなかつたものであり、右は国税通則法六六条一項所定の正当な理由があると認められる場合に当るというべきである。

第三証拠関係<省略>

理由

一  被告が原告に対し、昭和四三年六月二七日付をもつて、課税標準を七八〇万九、二二八円、税額を三〇七万九、九五〇円とする贈与税ならびに税額を三〇万七、九〇〇円とする無申告加算税の賦課決定をしたこと、原告がこれを不服として昭和四三年七月二日被告に対し異議の申立てをしたところ、被告が同年八月二八日付をもつて右贈与税につき課税標準を七五七万四、七一四円、税額を二九五万七〇〇円、無申告加算税につき税額を二九万五、〇〇〇円とする旨一部取消しの決定をしたこと、原告がさらに同年九月九日東京国税局長に対し審査請求をしたところ、同局長が昭和四四年七月一日付をもつて右請求を棄却する旨の裁決をし、原告がその頃右裁決書謄本の送達を受けたことは当事者間に争いがない。

ところで、原告は右無申告加算税賦課決定についてのみその処分の取消しを求めるものであるから、以下右決定処分の適法性の有無について検討することとする。

二  原告が昭和四二年中にその父横山弥蔵から本件不動産の贈与を受けたことは当事者間に争いがないところ、原告に対する本件贈与税賦課決定処分がなされるに至るまでの経緯に関し、成立に争いのない乙第一号証、証人高木優、同西村義太郎の各証言をあわせ考えると、以下の事実を認めることができる。

父の横山弥蔵から本件不動産の贈与を受けた原告は、かねてより被告から右受贈財産にかかる贈与税に関し納税相談に応じたいので来署されたい旨の通知をうけていたところ、昭和四三年二月二九日原告代理人とともに目黒税務署に出頭した。原告代理人は、原告から本件贈与税に関する法律相談をもちかけられてより、本件の受贈不動産は親子間で生活費に充てるために贈与されたものであるから、相続税法二一条の三、一項二号所定の非課税財産に該当するものとして贈与税の申告の必要はないとの見解をとつていたので、納税相談のため同代理人および原告に応待した同税務署における贈与税、譲渡所得等の調査担当係官であつた高木優に対しても、右見解を披歴して本件受贈不動産については贈与税を納める必要はないのではないかとの意見を述べた。これに対し、同係官は本件贈与財産は非課税財産に当らない旨答えたが、弁護士である原告代理人が、なおも繰り返し強硬に前記見解を述べ、右見解が法律上理由のない所以を明らかにするよう迫つたので、右高木係官は一応中座したうえ、同署にたまたま応援のため出張中であつた東京国税局審査官に意見を求めたところ、同人も非課税財産には当らないと答えたので、再び原告代理人に向い、同代理人の見解には賛同し難い旨回答したが、自説に固執していた同人を納得させることはできなかつた。のみならず、引続き前記相続税法の適用の有無につき、両者意見を交換するうち、高木係官が、本件贈与財産が同法二一条の三、一項所定の非課税財産に当るとしても、他方贈与者に対しては譲渡所得による所得税が課税されるとの補足意見を述べたところから、右意見が本件贈与財産に関し、場合によつては非課税財産ともなりうるとも受けとれるような発言であつたため、原告代理人はここにおいて同係官も結局は自説と同意見になつたものであると速断するに至り、右係官が、なお意見があるのであれば、被告宛ての意見書を提出されたい旨述べたことについても、右譲渡所得に関する意見を求めたものと解釈し、同年三月六日右高木係官の指示に応ずる趣旨で、原告本人を介し本件不動産譲渡契約証書、遺言公正証書および本件贈与に関する所得税法、相続税法上の詳細な意見書を被告に宛てて提出した。担当の高木係官が右書面を見たところ、右書面等のみでは、原告代理人が主張するように、本件不動産が相続税法上非課税財産に当るものとは認められなかつたが、同代理人の右意見書によれば、前記納税相談のため面接した際、原告代理人が強調したように本件不動産が非課税財産であるとの点についての論述はもとより、同係官が補足意見として述べた本件贈与不動産については場合により譲渡所得も発生しうるとの事項についても詳細な反論を展開し、右文面から窺われる原告らの態度に徴し、このまま放置すれば、原告らが本件不動産の贈与に関しては法定の申告期限である同年三月一五日までには贈与税の申告書を提出することは全く期待できない状況であつた。それにもかかわらず、同係官は何ら右書面に応答しなかつたばかりか、原告らに対し贈与税の申告書を提出するようにとの連絡をすることもなく経過し、同年六月二二日に至り、突如として原告および原告代理人に対し、それぞれ電話で、被告としては本件不動産に関し贈与税を賦課することに決定したから、被告の決定書謄本を受領次第、納税されたい旨の連絡をなし、ついで、同月二七日付をもつて本件贈与税および無申告加算税等の賦課決定処分をした。

以上の事実を認めることができるのであつて、右認定に反する証人高木優、同西村義太郎の各証言部分はいずれも措信し難く、乙第二号証も右認定を左右するに足りない。

以上の認定にかかる事実関係のもとでは、本件不動産が非課税財産であるかどうかの法解釈に関し、原告の側に速断のそしりを免れない点があつたにもせよ、原告側から被告に宛て提出された書面によれば、被告係官の説明が原告側に十分伝達、了解されていないことが明白であるにもかかわらず、被告および被告の所部係官が原告らの誤解をとき、申告書の提出を促す等の措置を講ずることなく、納税相談における面接日より三箇月余り経過した後、突如として本件賦課決定処分をなしたことは、贈与税が申告納税制度であるとはいえ、被告側のとつた右措置は納税者たる原告側の被告に対する期待を著しく裏切るものと評するほかはない。

のみならず、証人田尻博秋の証言によれば、被告所部の上席調査官であつた右田尻自身、原告が本件賦課決定処分のなされる直前であつても本件贈与税の申告書を提出しておれば、なお無申告加算税を課することはしなかつたことも十分考えられるとの趣旨の意見を述べていることが認められるところ、このような意見に徴しても、被告および被告所部係官らが、本件贈与税の法定納期限後においても、なお原告らに対し申告書の提出を慫ようするなどの措置を講ずべき余地が十分あつたことを窺うことができるのである。

そして、本来、無申告加算税は、申告納税の実を挙げるため、申告納税を怠つたものに対し制裁として課する附帯税であるところ、本件において原告が贈与税の申告書を法定期限である昭和四三年三月一五日までに提出しなかつたことについては、前記認定の経緯のもとでは、これを原告だけの責に帰することは妥当でなく、むしろ徴税者側である被告自身の責に帰すべき事由によることの方がより大であるとみるべきであるから、このような場合には、原告が本件贈与税について所定の期限までに申告書を提出しなかつたことについては、国税通則法六六条一項ただし書にいう「正当の理由があると認められる場合」に当ると解するのが相当である。よつて、原告に制裁たる附帯税を課することはできない。

以上の次第であるから、被告のした本件無申告加算税の賦課決定処分は違法といわざるをえない。

三  よつて、原告の本訴請求は理由があるものとしてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高津環 小木曾競 海保寛)

(別紙)<省略>

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