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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)8059号 判決 1971年11月27日

原告 大塚利夫

<ほか一名>

右原告両名訴訟代理人弁護士 門田実

被告 有限会社朝日屋

右代表者代表取締役 山内菊資

<ほか一名>

右被告両名訴訟代理人弁護士 木宮高彦

同 菊地仙治

同 伊藤重勝

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  原告ら

(一)  被告らは、各自原告大塚利夫に対し金五〇七万一、〇一四円および内金三四一万〇、七一四円に対しては昭和四三年一二月六日以降、内金一六六万〇、三〇〇円に対しては昭和四五年八月一二日以降、それぞれ完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  被告らは、各自原告大塚キヨに対し金二九万七、四五〇円およびこれに対する昭和四三年一二月六日以降完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  訴訟費用は、被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言

二  被告ら

主文同旨の判決

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  当事者の地位

1 原告大塚利夫(以下原告利夫という。)は、別紙物件目録(一)記載建物(以下本件建物という。)において昭和四三年三月二〇日より玩具小売商を営んでいたものであり、原告大塚キヨ(以下原告キヨという。)は本件建物を所有していたものである。

2 被告有限会社朝日屋(以下被告会社という。)は、別紙物件目録(二)記載建物(以下被告建物という。)において「そば店」を営んでいたものであり、被告山内菊資(以下被告山内という。)は、被告会社の代表取締役であるとともに被告建物を所有していたものである。

(二)  火災の発生

被告建物の厨房内の「そばかまど(BU型)」の煙突は、その背後にある同建物のトタン張り壁面から約一二センチ離れた位置に垂直に設置されていたところ、昭和四三年一二月五日午前四時一七分ごろ、右煙突の輻射熱による長時間の過熱により炭化していた右壁面のトタン裏側の木ずりから発火して火災となり、右かまど附近にあった石油入りドラム缶に引火爆発し、本件建物はほぼ全焼した。

(三)  被告らの責任

1 本件火災の発生につき、被告山内には次のとおりの重大な過失があった。

(1) 被告山内は、東京都火災予防条例第三条一項一号同条例施行規則第三条によれば、本件そばかまどを設置するについて可燃性の構造部分である本件建物と被告建物との共通の壁(前記トタン張りのもの)から少くとも〇・五メートル以上の距離を保たなければならない注意義務があるのに、これを怠り、右共通の壁に接着させて本件そばかまどを設置した。また、同被告は、本件そばかまど付近に石油の入ったドラム缶を放置した点においても火災予防上要求される注意に欠けるところがあった。

(2) 被告山内は、右条例第三条一項一七号ホによれば本件そばかまどに付属する煙突のうちかまどから一・八メートル以内にある部分は、前記共通の壁から四五センチ以上離して設置しなければならない注意義務があるのに、これを怠り右壁面からわずか一二センチ位離れた位置に右煙突を設置した。なお、本件火災の二、三日前に目黒消防署によって実施された目黒商店街査察において、被告山内は右(1)、(2)記載の事実に関して警告を受けていたにも拘らず、何等の改善措置を講ずることなく放置した。

(3) 被告山内は、毎日十数時間連続して灯油を使用するような業務用そばかまどの煙突を木造家屋内に設置するに際しては、右煙突に近接する壁の部分をモルタル、しっくい等の不燃性の材料で造ったり、右煙突については、その表面の温度が過度に上昇するのを防止する構造にするなどして、防火設備に万全を期し、火災の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、本件そばかまどの煙突に近接する前記共通の壁部分を可燃性の木ずり構造としまた、右煙突は、径約五吋のスレート製で表面温度が上昇しやすい亜鉛メッキ鉄板を使用してその外周を総巻きにした。

(4) 被告山内は、毎日午前八時から午後九時まで約一三時間にわたり、灯油を燃料とする本件そばかまどを使用するに際しては、その発熱量が莫大であることを考慮して釜たきを一時全く中止したり、一ヶ月に少くとも二回はその煙突掃除をする等して右煙突の表面の温度が過度に上昇しないようにし、また、夜間には本件そばかまどの設置されている被告建物に人を寝泊りさせる等して火災の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、長時間連続して本件そばかまどを使用し、半年に一回位しか煙突掃除をせず、また、被告建物は夜間は無人のままだった。

被告山内は、右のとおりの重大な過失により本件火災を発生させたのであるから「失火ノ責任ニ関スル法律」の規定により、また被告会社は、その代表取締役である被告山内がその職務を行うにつき右重大な過失により本件火災を発生せしめたのであるから有限会社法第三二条、商法第七八条二項、民法第四四条一項の規定により、それぞれ右火災により原告らの蒙った後記損害を賠償すべき責任がある。

2 仮に右主張が認められないとしても、本件そばかまどは、(1)かまど、(2)煙突、(3)燃料槽、(4)配管が一体となって構成されているところ、右そばかまどに使用する灯油の貯蔵所である右燃料槽は、被告建物南側屋外にアングルで台を作りその上に設置されていて、右配管によって地下を通して右かまどに直結されているものであるから、右燃料槽および配管はいわゆる土地の工作物に該当し、したがってこれらと一体をなす右かまどおよび煙突もまた土地の工作物というべきである。

そうして本件建物の火災は、右工作物の設置および保存について存した前記(三)の1記載の瑕疵から直接に発生したものであるから、これによる損害の賠償については民法第七一七条が適用されるところ、被告会社は右工作物の占有者として、被告山内は右工作物の占有者および所有者として、それぞれ本件火災により原告らの蒙った後記損害を賠償しなければならない。

(四)  損害≪省略≫

(五)  よって、被告利夫は、被告ら各自に対し右1の(1)ないし(4)の合計金五〇七万一、〇一四円および内金三四一万〇、七一四円(同(1)と(2)との合計額)に対する本件火災の翌日である昭和四三年一二月六日以降、内金一六六万〇、三〇〇円(同(3)と(4)との合計額)に対する請求の趣旨変更申立書の送達の翌日である昭和四五年八月一二日以降各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告キヨは、被告ら各自に対し右2の金二九万七、四五〇円およびこれに対する本件火災の翌日である昭和四三年一二月六日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

(一)  請求原因第(一)項の事実は認める。

(二)  同第(二)項の事実中、出火の日時は認め、その余の事実は否認する。

(三)  同第(三)項の1の各注意義務の内容は争い、本件煙突はスレート製でその外周は亜鉛メッキ鉄板で総巻きにしてあったことおよび被告山内が半年に一回煙突掃除をしていたことは認め、その余の事実(但し被告建物は夜間無人のままだったことは除く。)は否認する。

同第(三)項の2の事実中、本件そばかまどに使用する灯油の貯蔵所である燃料槽は、被告建物南側屋外に設置されていて、配管によって地下を通して本件かまどに直結されていることは認め、その余の事実は否認する。

(四)  同第(四)項の事実は不知。

三  仮定抗弁

仮に本件そばかまどが土地の工作物に該当し、且つ被告らが本件そばかまどの占有者であるとしても、被告らは次のとおり損害の発生を防止するに必要な注意をなしたので本件火災による損害を賠償する責任がない。つまり、本件そばかまどは、昭和二六年ごろ旧そばかまどを設置するに際し目黒消防署予防課の認可を受けた場所と同じ場所にそばかまどの製造販売を専業とする訴外株式会社河野製作所の施工課工事主任佐藤勇二が消防署の指示および部内規定に従って設置したもので、その煙突と前記共通の壁とは下部において一三ないし一五センチ離れており、且つ上部に行くほどその間隔は広がるように煙突が斜めになっているほか、壁面下部(床から約一メートル)は厚さ三センチのモルタルが塗られ、煙突は、スレート(一〇ミリ)と鉄板(〇・五ミリ)との二重製のものを使用し、その上端は屋根から二・八メートル突出させてある。また、本件そばかまどの上部天井には「換気扇」が設けられていて通風が十分であるため右煙突の輻射熱はたえず屋外へ放出され、煙突の周囲の温度が上昇しないようになっている。さらに本件そばかまどに使用する灯油の貯蔵タンクは屋外に設置され、その燃料は地下の配管により右そばかまどに直接補給されていた。つぎに、本件そばかまどの保存については、油量の調整、バーナーのコック栓およびガスの元栓の開閉等に留意し、煙突掃除を半年に一回行ってその過熱の防止に努めていた。

四  抗弁に対する答弁

抗弁事実中、本件そばかまどの煙突がスレートと鉄板の二重製のものを使用してあること、本件そばかまどの燃料である灯油の貯蔵タンクは屋外に設置されていて、右燃料は地下の配管によって右そばかまどに直接補給されていたことおよび右そばかまどの煙突掃除は半年に一回行われていたことは認め、前記河野製作所が本件そばかまどを設置するに際し、消防署の指示に従ったことおよび右煙突と前記共通の壁とは下部において一三ないし一五センチ離れており、且つ上部に行くほどその間隔は広がるようになっていたことは否認する。

第三証拠≪省略≫

理由

一  当事者の地位

原告利夫は本件建物において昭和四三年三月二〇日より玩具小売商を営んでいた者であり、原告キヨは本件建物を所有していた者であることおよび被告会社は被告建物において「そば店」を営んでいたものであり、被告山内は被告会社の代表取締役であるとともに被告建物を所有していた者であることは、当事者間に争いがない。

二  火災の発生

≪証拠省略≫によると、昭和四三年一二月五日午前四時一七分ごろ出火して(但しその日時は当事者間に争いがない。)本件建物一階のうち店舗部分は、その天井、壁体の表面の一部分のみが焼損しただけであるが、玩具倉庫および居室(四・五畳)は、全面的に焼失し、ダイニングキッチンは被告建物側の壁体上方部分および天井部分のみが焼損し、さらにその二階部分は、全面的に焼失したことが認められる。

≪証拠省略≫を総合すると、本件火災の原因は被告建物の厨房の「そばかまど(BU型)」の煙突が、その背後にある同建物のモルタル塗り壁面(床から約一二〇センチまでの部分)から約一二センチ、モルタル壁上部のトタン張り壁面から約一五センチ離れた位置にほぼ垂直に設置されていたところ、右煙突の輻射熱により、右トタン裏側の木ずり部分が長時間にわたり過熱された結果、炭化して発火し本件火災になったものと推認するのが相当である。≪証拠判断省略≫

三  被告らの責任

(一)  ≪証拠省略≫を総合すると、(一)本件そばかまど(幅九二センチ、奥行九二センチ、高さ八〇センチ)は、そばかまど等の製造販売を二〇年以上営んでいる訴外株式会社河野製作所の施行課工事主任であった訴外佐藤勇二が昭和四三年六月二日に被告建物の厨房の元のそばかまどと同じ場所に被告建物と本件建物との共通の壁に接近させて設置したものであるところ、東京都内の「そば店」では右と同様そのそばかまどをその背後の壁面等に本件そばかまどと同程度又はそれ以上に接近させて設置しているところがかなりあること、(二)その煙突は、直径一六センチ、厚さ一センチの放熱しにくいスレート製の市販のものに、それに亀裂が生ずるのを防ぐため厚さ〇・五ミリの亜鉛メッキ鉄板を総巻きした二重製のもの(但し右煙突がスレート製でその外周を亜鉛メッキ鉄板で総巻きにしたものであることは当事者間に争いがない。)で、前記認定のとおり右共通の壁の厚さ約三センチのモルタル部分からは約一二センチ、右モルタル壁上部のトタン張り壁面からは約一五センチ離れた位置にやや斜めに設置されていたところ、右河野製作所ではそばかまどを設置するに際しては、その煙突と後部壁面等とは約一五センチ位離しているが、未だ消防署等よりその距離に関して注意を受けたことがないこと、(三)右かまどの設置にあたってその位置、煙突の構造等につき被告山内が佐藤勇二に対し特段の指示を与えたことはないこと、(四)右共通の壁のモルタル壁の上方はトタン張りでその内側は木ずり(いわゆる「ぬき」)、真壁(竹を編んで両側から土を塗ったもの)、さらに本件建物側はベニヤ板の構造になっていたこと、(五)本件火災前の昭和四三年一一月二八日に消防士浜武克征らによって行われた目黒商店街の査察に際しては、本件そばかまどおよびその煙突の設置位置に関して何ら具体的な警告はなされなかったこと、(六)右河野製作所では今までに約一、五〇〇台のそばかまどを設置しているが、本件火災以外にそばかまどまたはその煙突の輻射熱が原因でその後方の壁体の内部から発火した例は未だないこと、以上の事実が認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

右認定の事実によると、本件そばかまどおよびその煙突の設置位置は原告の指摘する東京都火災予防条例、同施行規則の規定する基準に合致しておらず、且つ前記共通の壁の床から約一二〇センチまでの部分は不燃材料であるモルタルを使用しているが、その上部は不燃材料または準不燃材料を使用していないことが明らかであるけれども、前認定のような状況下において煙突の輻射熱による前記木ずり部分の過熱が原因で出火するという如き事態は一般人にとって容易に予想し得ないところであり、被告山内がこの点に関して特別の知識経験を有したことを認めるべき証拠もない。そうすると、前認定のとおり同被告が専門業者である河野製作所に本件そばかまどの設置を一任した以上、右のような出火の危険に対処するため本件そばかまど又はその周辺に格別の防火措置を被告山内が講じなかったとしても、このことについて被告山内に故意に近い著しい注意欠如があったと言うことができず、失火責任法但書の重過失があったとは到底いえない。

なお、被告山内が、本件そばかまど付近に原告主張のドラム罐を放置したと認めるに足りる証拠はない。

(二)  被告山内が、本件そばかまどの煙突掃除を半年に一回行っていたことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、被告山内は本件火災の発生した日の前日(昭和四三年一二月四日)には午前八時ごろ白燈油を燃料とする本件そばかまどに点火し、同一〇時ごろバーナーのコック栓を中開にし、同一一時半から一二時半まではそれを全開にし、一二時半から午後六時ごろまではそれを小開にし、同六時過ぎから七時ごろまではそれを全開にし、それ以降同九時二〇分まではそれを小開にしたが右点火後コック栓を閉めるまでの間それを完全に閉めたことはないことおよび本件火災の発生したころは被告建物には夜間誰も寝泊りしてなかったことが認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

しかし、被告山内は、右のとおり半年に一回しか本件そばかまどの煙突掃除をしてなかったけれども、それによって右煙突内にどの程度すすが残留するか、またすすの残留が煙突の表面の温度をどの程度上昇せしめ、本件火災の発生に寄与することとなったかは本件証拠上明らかではないから、このことを以て同被告を責めることはできないし、また右認定の事実によると、被告山内は釜たきを一時中止することをしなかったことが明らかであるが、もともと本件そばかまどは営業用として長時間連続して使用されることを前提に前記のように専門業者の手で設置されたものであり、しかも営業時間中、バーナーのコック栓を小開にしていた時間がかなりあったのであるから、この点をとらえて同被告に前記重大な過失があったということは到底できない。さらに被告建物に夜間誰も寝泊りしてなかったことも、前認定のような特に火災発生の危険が予想されなかった状況の下においては重大な過失とはいい難い。したがって、原告の主位的請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

(三)  本件そばかまどの燃料として使用される灯油の貯蔵所である前記燃料槽は被告建物南側屋外に設置され、配管によって地下を通して右そばかまどに直結されていることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、右燃料槽は、土台をコンクリートで固め、その上に高さ約一・五メートルの鉄製の台を設置し、その上に右燃料槽が据え付けてあったことが認められる。

右当事者間に争いない事実および認定の事実によると本件そばかまど(煙突を含む。以下同じ)は、右燃料槽および配管と機能的には一体をなしているけれども、これらは本件そばかまどの単なる付属設備にすぎないものであるから、これらが土地の工作物に該当するとしても、直ちに本件そばかまどが土地の工作物であるとはいえない。したがって、原告の予備的請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

四  よって、原告の請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安井章 裁判官 加茂紀久男 北山元章)

<以下省略>

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