大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和44年(ワ)11854号 判決 1971年2月24日

原告 丸山正雄

右訴訟代理人弁護士 徳満春彦

被告 三光信用金庫

右代表者代表理事 羽成福督

右訴訟代理人弁護士 村中清市

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一  被告が預金取引等の業務を営む金融機関(信用金庫法による金庫)であることは当事者間に争がない。

二1  ≪証拠省略≫によると、被告金庫赤羽支店は、昭和三九年五月一三日株式会社鳥羽電機商会の代表取締役鳥羽良雄の妻鳥羽千鶴子を、実弟服部万亀雄および鳥羽良雄の代理人として、服部万亀雄の名で、鳥羽良雄を保証人として、当座勘定契約を締結したことが認められ、(被告との間に服部万亀雄名義の当座勘定契約がなされたことは当事者間に争がない)他に右認定を覆えす証拠はない。

2  しかして、≪証拠省略≫によると、服部万亀雄はそのころ東京相互銀行との間に当座契約をしていたが、被告との間の右当座勘定契約の締結について鳥羽千鶴子に代理権を与え、又はその夫である鳥羽良雄にこれを依頼した形跡はなく、鳥羽千鶴子自身も服部万亀雄の意思を確認せず、鳥羽良雄から指示されるまま同人から交付された服部万亀雄のゴム印および届出印鑑と酷似した印を持参し、同人の名で前記当座勘定契約を締結したものであり、右契約にもとづき、鳥羽良雄が昭和四二年一〇月一二日死亡する当時まで服部万亀雄の意思にもとづかず、別紙目録記載の本件手形を含む同人名義の小切手、約束手形が振出され、株式会社鳥羽電機商会の営業上の支払等に利用されてきたことが認められる。もっとも、鳥羽良雄の死亡後服部万亀雄において、同人の知らない同人名義の手形小切手が振出されていることに気付きながら、被告に対し本件手形の支払呈示に対しては契約不履行を理由に支払拒絶を申入れ、その後も右当座勘定契約を解除することなく存続させていたばかりかその後同人がこれを利用していたことが≪証拠省略≫によって認められるが、右証拠によっても、服部万亀雄は(直接本人又は鳥羽千鶴子において)被告に対し右当座勘定契約、本件手形の振出しが同人の意思にもとづかないことを表明しながら、被告係員大友彪光らの意見説明もあり、同人名義の手形について不渡処分を受けることによる同人の信用上の混乱や、当座取引口座の消滅することによる不便などを考慮した結果右のようにしたものであることがうかがわれ、右を以て直ちに前記認定を履えすことはできない。≪証拠判断省略≫

三  しかしながら、右契約締結に際し、被告係員大友彪光、内藤四郎三が(両名が被告金庫の右係員であったことは当事者間に争いがない)、前記認定のように、鳥羽千鶴子において右契約締結について代理権の授与を受けていなかったこと、したがってまた右当座勘定契約を利用し、服部万亀雄名義を冒用して手形小切手が振出され、これを取得した者が損害を蒙ることがあるであろうことを知っていたことはこれを認めるに足る証拠はなく、≪証拠省略≫によると、右係員らは、鳥羽千鶴子の夫鳥羽良雄の経営する鳥羽電機商会が都内北区赤羽地区においては指折りの電気器具商であり、同人が保証人となっていること、服部万亀雄は同会社の専務取締役として同会社の営業部面を担当してその事業に参加し、当時の被告赤羽支店次長内藤四郎三は服部万亀雄を一度紹介されたことがあり、鳥羽千鶴子とは子供の学校を通じ以前からの知り合いであり、他から同商会との取引を紹介する者があったことなどから服部万亀雄の届出印と酷似する印を持参した鳥羽千鶴子を信用し、服部万亀雄本人に直接意思を確めないまま同人の承諾をえていたものと考えて契約締結に応じたことが認められる。もっとも、右証拠によっても、右のような事情から服部万亀雄の名義で当座勘定契約がなされながら、右当座が前記鳥羽電機商会の営業資金の運用に使用されたものであろうことを推察していた形跡がないではないが、当座勘定契約が契約者の希望で架空人名義でなされることがあり、まして、同会社の専務取締役の口座がたとえ右のような目的で設けられることがあっても、格別の疑問を抱くほどではなかったことがうかがわれ、直ちに右当座勘定契約が服部万亀雄の意思にもとづかないものであったことを被告係員において知っていたとすることはできない。

四1  ≪証拠省略≫によると、被告金庫においても、通常当座勘定契約に当っては、契約者の真意を確認しており、それが代理人によってなされるときは、委任状、印鑑証明書の提出を求め、又は直接本人の意思を確めるなど慎重な取扱いをし、これが確認されなければ当座勘定契約に応じないのを建前としているが、本件においては前記のとおり鳥羽千鶴子が服部万亀雄の代理人として出頭し、契約締結に当っていたにもかかわらず、前記三認定の事由があった(なお、当時被告金庫赤羽支店設置後間もなくであって、預金の獲得の必要に迫られていたおりから、規模の大きい鳥羽電機商会と関連のある預金、取引の開設を望んでいた情況にあった)ため、前記のような慎重な調査をせず、鳥羽千鶴子と小口の月掛、手形割引があったにすぎず、鳥羽電機商会、鳥羽良雄、服部万亀雄との間になんら取引がなかったにもかかわらず、単純に鳥羽千鶴子を信用して服部万亀雄名義の当座勘定契約に応じたことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右認定の事実に鑑みると、被告金庫の係員としては、右のような事由のもとであったとしても、本人でなく代理人を通じこれまでにあった千鶴子との小規模の取引とは異る正式な当座取引契約を新らたに締結するについて、慎重さを欠き、通常要請される比較的容易な本人の意思確認を怠った不注意がなかったとはいえず、過失があったということができる。

2  しかしながら、当座勘定契約を取扱う金融機関としては、当座勘定契約に関し直接には契約当事者に対して善良な管理者としての注意義務を負っており、その契約締結に際しては、その契約当事者になろうとし契約当事者として表示されている者に対し右注意義務を負っているのであって、係員が右契約締結上要請される前記のような注意義務を怠り真実本人の意思にもとづかないのに契約当事者として契約締結に応じ、契約名義人に損害を及ぼしたときは、その者に対し損害を賠償すべき義務があることはいうまでもないが、将来右当座勘定契約にもとづき(もしくはこれを冒用して)振出された手形、小切手の所持人となるであろう一般不特定人に対してまで、右契約当事者に対すると同様のもしくはその他なんらかの注意義務を当座勘定契約に際して負うものとはいえない。金融機関が一般社会経済生活において広範囲の機能を果たすことにおいて社会公共性を帯び特に手形小切手を支払手段として利用しようとする者は取引関係のある金融機関を通じてのみ、規定の統一用紙の交付を受けることができるものとされ、(≪証拠省略≫によれば右当座勘定契約当時手形用紙についてはいまだ右のような制度が行われていなかったことがうかがわれる)これによって、手形小切手の偽造によって生ずる紛争の防止を計っていることは否定できないとしても、右は契約当事者相互が負担する契約上の義務を基礎とするものであって、これから派生的に生ずる関係者のすべてに対してまで直接に金融機関が前記注意義務を負担するものと速断することはできない。(ちなみに、当座勘定契約書には被告金庫があらかじめ届出られた印鑑に照合してこれと相違がないと認めて支払を了った小切手又は手形は盗用変造その他事由の如何を問わず損害を生ずることがあっても、当金庫はその責を負わない。小切手又は手形の偽造又は変造が容易に真偽を鑑別できないときもまた同様とする旨の記載がみられる。)

五  以上のとおりであるから、原告の請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺卓哉)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例