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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)10814号 判決 1979年6月25日

原告(反訴被告。以下原告という。)

秀吉魁

右訴訟代理人

中村源造

外五名

被告

松本祐商事株式会社

右代表者

松本祐正

右訴訟代理人

鬼倉典正

牧野雄作

被告

相模興産株式会社

右代表者

伊東勝雄

右訴訟代理人

衣里五郎

被告(反訴原告。以下被告という。)

日本地所株式会社

右代表者

志波正男

右訴訟代理人

関口保二

外四名

主文

一  原告は被告日本地所株式会社に対し、別紙物件目録一記載の各建物及び同目録二ないし四〇記載の各土地を明渡せ。

二  原告の被告らに対する本訴請求及び被告日本地所株式会社の原告に対するその余の反訴請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、本訴、反訴を通じ、全部原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一原告がもと本件土地及び建物を所有していたこと、被告らがそれぞれ本件土地及び建物につき原告主張の各所有権移転登記を有していること、原告が本件土地及び建物を占有していることはいずれも当事者間に争いがない。

二そこで、まず、本件契約に関する事実経過を検討することとする。

<証拠>を綜合すると次の事実を認めることができる。

1  原告は、昭和三六年春ころまで、東京都中央区銀座に所在する秀吉ビルにおいて歯科診療所で開業していたが、そのころ右診療所を同都港区芝白金台町所在の原告の自宅に移転すると共に、秀吉ビルの賃貸を主たる営業目的とする秀吉商事の代表取締役としての仕事も、高令(明治一三年生)でかつ耳が不自由であることから、原告夫婦と同居していた秀吉商事の取締役である長女の慶子に殆んど任せるようになつたこと、

2  慶子は、昭和四〇年三月ころ、平沢博に対する金銭債務の返済及び和歌山所在土地の買付資金を得るため、本件土地及び建物、本件土地付近の慶子所有山林一筆、同人の弟秀吉弘章所有の港区芝白金台町所在土地及び建物、原告及び秀吉商事所有の秀吉ビルを、原告並に秀吉弘章に無断で担保にして金員を借入れることを考え、懇意にしていた金融仲介業者の高梨美枝に相談し、金融業者佐藤清一郎の紹介によつて、同月中旬ころ、金融及び不動産売買等を営業目的とする被告松本祐商事を訪ね、前記各不動産を担保として金六〇〇〇万円の貸付を依頼したが、その際慶子は、同被告の代表取締役松本祐正に対し、自分はハイデイ株式会社の代表取締役である旨述べ、その名刺を交付したこと(なお右ハイデイ株式会社は、旧商号をハイデイ・オート・ヒンジ株式会社といい、秀吉弘章が発明考案した建築用金具の製造販売等を目的とする会社で、右弘章、慶子らが代表取締役となつており、慶子はその資金面を担当していたこと)、

3  松本祐正は、かねて手形割引に関して、原告は老令で十分活動できないため、原告の娘が一家を切り回している旨を聞いたことがあつたため、その娘が慶子であることが判明したが、同人が持参した前記不動産の登記簿謄本によると、既に他に担保権が設定されているものがあり、また慶子の話では、訴訟中のものもあるとのことであつたため、松本は貸付の申込を断つたが、数日後慶子らが再び貸付を懇請したため、松本は、本件土地及び建物並に慶子所有土地を買戻特約付で買受けることにするなら右申込を考えてもよい旨慶子に告げ、同人もこれに承諾し、原告所有の本件土地及び建物の売却について原告から委任されている旨松本に告げ、また慶子に同行した高梨美枝及び慶子並に原告の委任を受けたとして交渉に関与するようになつた戸田誠意弁護士も同様に本件土地及び建物について慶子と取引しても間違いない旨松本に話し、さらに松本は借受金は、原告及び慶子の借金の整理と、その残金での和歌山県所在土地購入の手付金とする旨慶子からの説明をきき、慶子所有土地については秀吉商事の豊栄信用組合に対する債務につき慶子が物上保証していること並に本件土地のうちの一部については原告と慶子が連帯して金員を借受け、その旨の抵当権が設定されていることを知つたこと、

4  松本は、慶子に本件土地の実測図を用意させ、昭和四〇年三月下旬ころ、同人の案内により本件土地及び建物並に同人所有土地を検分したが、一部に保安林指定地域の存するところから、買受代金を金三〇〇〇万円とすることにし、慶子にその旨の売買契約締結の意思を確かめたところ、同人は、同年四月二日、同人及び原告の印鑑証明書を持参したうえ、念書を書き原告に無断で持参した原告の実印を押捺したこと、

5  慶子と松本の間では、結局買戻期間二カ月とする買戻特約付売買の合意をみたため、松本は鬼倉典正弁護士に契約書の作成を依頼し、同年四月五日頃、同弁護士から届けられた不動産売買契約書(以下「本件契約書」という)を慶子に交付して、内容の検討及び原告に相談のうえ翌日の契約書締結の際には原告に出席するよう伝えて欲しい旨述べたこと、

6  翌六日夕方、中央区日本橋所在の被告松本祐商事の事務所に慶子、戸田弁護士、高梨及び佐藤の四名が訪れ、慶子は松本に対し、原告所有の土地及び建物並に慶子所有土地を合計代金三〇〇〇万円で被告松本祐商事が買受ける、買戻期間は同年六月六日、買戻代金三四〇〇万円とする買戻特約付売買をする旨告げ、原告もその旨承諾していると話し、ここに慶子、同被告間において右契約が合意されたが、松本は、本件契約に関して、前記交渉の経緯から、慶子が原告から代理権を付与されたものと信じていたものの、さらに原告に直接意思を確認したいと考え、慶子に対し原告が来ない理由を尋ねたところ、慶子は、原告は高令で体調が悪くて来られない旨答え、なおも松本が原告宅に赴いて原告の署名を得たいとの希望を述べたのに対しても、慶子及び戸田弁護士ともども原告は多勢の人に会うのを嫌うので右両人らに任せるよう主張し、このため松本は鬼倉弁護士に電話で処置を相談したところ、同弁護士から戸田弁護士は間違いない旨伝えられ、また同年三月ころ、被告松本祐商事が穂積省吾から土地建物を買戻特約付で買受けた際、穂積の代理人として戸田弁護士が約定どおり履行したことがあつたこともあつて同弁護士を信頼し、結局原告の署名捺印を得ることを慶子と戸田弁護士とに委ねたこと、

7  被告松本祐商事事務所を出て、慶子、戸田弁護士らは、同弁護士事務所に寄つて毛筆、硯等を用意し、金融仲介業者慶田耕造らと共に千代田区有楽町の料理屋に行き、同所の座敷で戸田弁護士の指示を受けた慶田が、本件契約書(乙第一号証の二九)、領収書(同号証の三〇)、不動産売渡証(同号証の二七)、所有権移転登記手続のための委任状(同号証の四〇、乙第五号証の二)、即決和解手続のための委任状(乙第一号証の四三)等の書類に原告の氏名を墨書し、慶子が持参した原告の実印をその名下に押捺して、原告名義の右各書類が偽造されたこと、その後、慶子は原告宅に先に帰り、やや遅れて戸田弁護士及び高梨が原告方を訪れて原告に会つたが、同弁護士は専ら高梨の知人として原告に紹介され、高梨の娘の縁談の話が交わされただけで本件契約に関しては、慶子及び戸田弁護士の打合せどおり全くなされないまま同弁護士及び高梨は原告宅を辞去し、佐藤清一郎運転の自動車で松本宛本件契約書等を届けたこと、

8  そのころ、慶子から松本に書類が全部整つたので佐藤に届けさせる旨の電話があり、しばらくして前記のとおり佐藤が書類を届けてきたため、松本は本件契約書等の原告名下の印影と、原告の印鑑証明書の印影とを対照し、同一であることを確認し、翌四月七日、横浜地方法務局横須賀支局前で慶子と会い、別個の借入金債務の清算をした後、本件契約に基づく代金を支払い、本件土地及び建物につき被告松本祐商事名義の所有権移転登記が経由され、同月二三日、横須賀簡易裁判所において、同被告と原告の訴訟代理人であるとする戸田弁護士との間で、本件土地及び建物の明渡し等に関して即決和解調書が作成されたこと、

9  同年八月、原告は右即決和解調書について、戸田弁護士が代理権を有しないことを理由として、横須賀簡易裁判所に請求異議の訴えを提起し、同裁判所は昭和四三年一月一一日、原告の請求を認容する旨の判決を言渡したが、本件土地及び建物は、同年五月一〇日、被告松本祐商事から同相模興産が、ついで同日本地所に順次売渡され、それぞれその旨の所有権移転登記が経由されたこと、

10  昭和四四年一〇月四日、原告が本訴を提起した(この点は記録上明らかである)こと、

右認定に反する<証拠>はいずれも措信できないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三そこで、前項の事実を前提にして、本訴の抗弁1、2及び反訴請求原因1、2につき判断することにする。

前記二項1ないし6認定の事実によれば、慶子は原告を代理する権限を有しないにも拘らず、その代理人として被告松本祐商事との間で本件契約を締結したものであることが明らかである。

この点に関して、原告は、本件契約につき原告の代理人として意思表示をした者はいないし、仮にいたとすれば戸田弁護士である旨主張するが、右認定の事実のとおり、慶子は頭初の融資申込の時点から本件契約内容の確定に至るまで終始松本と交渉しており、他方戸田弁護士は本件契約交渉において慶子の意を受けてこれを補佐したに止まり、主体的役割を担つた即決和解(二項8)も、慶子の合意後のことであつて、原告の右主張は到底採用できない。

四そこで、被告らが主張する民法一一〇条及び一一二条による表見代理の成否につき判断する。

(基本代理権の存否について)

<証拠>を綜合すると、次の事実を認めることができる。

1 慶子は前記認定(二項2)のとおりハイデイ株式会社の代表取締役であつたが、同社の信用は薄く、運転資金等の調達にも困り、このため慶子及び秀吉弘章が原告に依頼して秀吉商事の名で融資を受けることになり、昭和三七年四月三〇日、豊栄信用組合との間で取引約定を結び、原告及び慶子が連帯保証人となつて、同日金五〇万円、同年九月二八日金一〇〇万円、昭和三八年三月二六日金一〇〇万円、同年一〇月八日金五〇万円をそれぞれ秀吉商事が借受けたが、右貸借については秀吉商事の代表取締役及び連帯保証人である原告を代理して、右信用組合への借入申込み、同組合営業部長日暮美治との交渉、借入金員の受領等を行なつたのは慶子であつたこと、

2  原告は、昭和三六年、秀吉ビルの賃借人であるカール・テケルに対し明渡訴訟を提起したが、昭和三八年一月ころ仮執行宣言付の勝訴判決を予想し、仮執行につき提供すべき保証金の必要に迫られ、そこで高梨美枝の紹介で、同月二九日、秀吉弘章が夏目合名会社から金五〇〇万円を借受け、その際原告が連帯保証したが、右原告の手続一切は慶子が代理して行つたものであること、

3  秀吉弘章は、ハイデイ株式会社の資金として高梨の紹介により、昭和三八年二月二三日、共立産業株式会社から金一五〇〇万円を借受け、その際原告が連帯保証したが、右原告の手続一切は慶子が代理して行つたものであること、

4  原告及び慶子は、ハイデイ株式会社の資金とするため、昭和三九年五月七日、石橋不動産株式会社から連帯して金五〇〇万円を借受け、原告はそのため本件土地のうち一〇筆に抵当権を設定したが、右原告の手続一切は慶子が代理して行つたものであること、

5 前記認定(二項1)のとおり、原告は、秀吉商事の代表取締役としての職務を殆んど取締役の慶子に任せるようになり、さらに、昭和四〇年八月ころまで秀吉商事に関する納税、銀行との取引、職員の雇傭、備品の購入等はすべて慶子が行つたものであること、

以上の事実を認定することができ、右認定に反する<証拠>は措信できないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実を綜合すると、原告は慶子に対し、右認定の連帯保証契約の締結、抵当権設定契約の締結等の代理権を与えていたと認めるのが相当である。

なお、原告は、右各代理行為について、松本が本件契約締結当時これを知らなかつたこと及び本件契約は不動産の売買行為であり、かつ右各代理行為から一年以上後になされているのであるから、基本代理権とはなり得ないものと主張する。

しかし、民法一一〇条の表見代理において、相手方が基本代理権の存在を知つていることは要件ではないと解されるし、また基本代理権の内容と当該(表見)代理行為との内容の相違及び時間的経過等は、正当理由の有無に関する事情として考慮すべきものと解されるから、原告の右主張は、主張自体失当である。

(正当理由の存否について)

前記二項記載の認定のとおり、松本は、慶子から融資の申込みを受ける以前に、原告が高令なためあまり活動出来ないので、原告の娘の慶子が一家を切り回していると聞き(同項3)、現に原告は秀吉商事の代表取締役の職務を慶子に殆んど委せ、(同1)、融資を受けるに際して、慶子は松本に対してハイデイ株式会社の代表取締役である旨告げ(同2)、高梨及び戸田弁護士は、慶子と取引しても間違いない旨強調し(同3)、融資金の使途については、原告及び慶子の債務の整理並に土地購入の手付金であると述べ、慶子が秀吉商事の物上保証人となり、また原告と共に連帯借入をなしており(同3)、慶子は本件土地の実測図を用意して松本に本件土地及び建物の検分をさせ、原告の実印及び印鑑証明書を持参し(同4)、本件契約締結当日においても、松本からの原告の出席依頼に対して、体調の不調、面接の嫌悪等を理由に断り慶子自身がすべて任せられている旨答え、松本は鬼倉弁護士に相談した結果戸田弁護士は間違いないといわれて信頼していたこと(同6)等の事実を綜合すると、松本は、慶子が原告を代理して、本件契約を締結する権限を有するものと信じたものであり、また右のように信じた松本には過失は認め難く、正当な理由を有するものと解するのが相当である。

なお、被告松本祐商事は、金融及び不動産売買を目的とする会社であるから(二項2)、取引相手の代理権の確認については、一般人に比し高度の注意義務を負うべきこと、本件土地は合計三九筆、およそ1万359.98平方メートルに及ぶものであること、基本代理権の内容が金銭消費貸借契約や保証契約の各締結、本件土地のうちの一部についての抵当権設定、秀吉商事の代表取締役としての職務行為等であるのに対し、本件契約は買戻特約付とはいえ不動産の売買であること等を十分考慮しても、前記判断を左右するものではない。

以上のとおり、慶子が原告の代理人として被告松本祐商事との間で締結した本件契約については、民法一一〇条及び一一二条の表見代理が成立し、原告は、本件土地及び建物の売主としての責任があることが明らかである。

そして、買戻期限と定められた昭和四〇年六月六日が原告において買戻の意思表示をすることなく経過し、原告の買戻権を失つたことは弁論の全趣旨から明らかである。

右のとおり、本訴の抗弁2項及び反訴請求原因2項は理由がある。<以下、省略>

(麻上正信 板垣範之 小林孝一)

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