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東京地方裁判所 昭和43年(行ウ)205号 判決 1974年1月28日

東京都中央区日本橋蠣殼町一丁目三〇番地

原告

辻彰一

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

中村梅吉

右指定代理人

岩淵正紀

石塚重夫

小山三雄

高野利正

田辺安夫

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、金二七九万二六〇〇円及び内金一万円に対し昭和四一年一二月一四日から、内金五万円に対し同四二年四月一日から、内金五万円に対し同月二五日から、内金一〇万円に対し同年六月一日から、内金一〇万円に対し同年七月一日から、内金一〇万円に対し同年八月一日から、内金一〇万円に対し同年八月三一日から、内金一〇万円に対し同年九月三〇日から、内金二万円に対し同年一一月一日から、内金三万円に対し同四三年二月八日から、内金九〇万円に対し同年三月一日から、内金一三万二六〇〇円に対し同年九月一三日から、内金五万円に対し同年一一月一日から、内金一〇万円に対し同四四年四月五日から、内金一〇万円に対し同年八月八日から、内金一〇万円に対し同月九日から、内金七〇万円に対し同月三〇日から、内金五万円に対し同四五年二月一一日から、いずれも昭和四五年三月三一日までは日歩二銭の割合による金員並びに同年四月一日から各還付のための支払決定の日に至るまでは年七・三パーセントの割合による金員の支払いをせよ。

2  日本橋税務署長が昭和四二年一月一六日付で賦課決定した重加算税八一万四五〇〇円及び過少申告加算税五万八一五〇円並びに原告の昭和三六年分所得税の昭和三七年三月一六日から同年三月三一日までの間における利子税一万三四〇〇円、同三七年四月一日から同四五年二月一〇日までの間における延滞税八一万二三〇〇円の各債務が存在しないことを確認する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二  被告

主文同旨の判決

第二原告の請求原因

一  原告の本件修正申告の効力

1  原告は、昭和三七年三月一五日、日本橋税務署長に対し、昭和三六年分所得税について、不動産所得四万三二六〇円、給与所得四九万一〇〇〇円、総所得金額五三万四二六〇円、税額四万〇二〇〇円とする確定申告をした後、同四一年一一月一五日前記税務署長に対し、右の所得のほかに不動産譲渡所得六九七万〇一〇六円を加算して、総所得金額を七五〇万四三六六円、税額を二八三万二八〇〇円(増差税額二七九万二六〇〇円)とする修正申告(以下「本件修正申告」という。)をした。

2(一)  しかし、本件修正申告は、原告が、日本橋税務署長所部の職員塩崎朝博(当時東京国税局勤務大蔵事務官。以下「本件税務職員」という。)の後記(二)のような急迫かつ執ようなしようようにより、真実は、後記二のとおり、右増差所得税債務がないのにあるものと誤信してしたもので、錯誤に基づく申告であり、かつ、右申告当時は、三年の更正期間を徒過し更正することができない状態にあつたので、右職員が執ように修正申告を迫つたものであることなどに鑑み、かかる詐術、教唆によつて行なわれるに至つた原告の行為には重大な過失はない。したがつて、本件修正申告には右のような明白かつ重大な錯誤があるから無効である。

(二)(1)  原告は富士銀行及び有楽土地株式会社(以下「有楽土地」という。)の職員から、原告と有楽土地との間に昭和三六年七月一二日締結された不動産交換契約(以下「本件交換契約」という。)に基づく原告の譲渡財産(以下「本件譲渡財産」という。)にかかる譲渡所得に対しては所得税は課税されない旨説明を受けていたので、右譲渡所得については、修正申告を拒否し続けていたところ、本件税務職員から「日時がないからもうこれ以上待てない。出さないなら出さないでもよい。その代り全財産を没収する。」と言われたので、心理的圧迫を受け、全財産を没収されては大変だと思い込むとともに、右職員の説明は正しいかも知れないと思い、自分では気が進まないながら、本件修正申告の申告書に署名押印した。

(2) 原告は、本件修正申告書の記載にあたつては、本件税務職員から、同職員が記載した申告書控を示され、「これをみて書け。」と命ぜられるままに、自分の住所・氏名と「(2)修正申告額」欄の所得金額部分の数字三行だけを記載した。

(3) 本件税務職員は、本件修正申告書の提出のしようようにあたり、「本来ならば四〇〇万円位のところを二七〇万円にまけてやる。」と言い、原告を喜ばせて書かせた。

二  増差所得税の不存在

1  本件交換契約に基づき取得した財産の範囲

本件交換契約に基づいて原告が取得する財産(以下「本件取得財産」という。)は、同契約書(甲第一五号証)第二条記載のとおり、有楽土地所有の東京都中央区日本橋蠣殼町一丁目三〇番地の四の土地のうち宅地四〇坪(分筆後同番地の二三となる。以下「本件宅地」という。)と同宅地上に有楽土地によつて新築される木造瓦葺二階建延坪八〇坪の建物(以下「本件木造建物」という。)であるべきところ、原告の都合により有楽土地の承諾の下に、右木造建物に替えて鉄筋コンクリート造四階建の建物を建築することにしたため、原告が本件交換契約に基づいて現実に取得したのは、本件宅地と鉄筋コンクリート造四階建の建物各階三三・七五坪のうち一・二階及び中二階五・八四坪並びに三階六・六六坪部分である(以下「本件新築建物」という。)。なお、同建物の他の部分、すなわち三階の残りと四階部分は、原告が別途借入金によつて建築したものである。

2  本件譲渡所得の金額の計算

(一) 租税特別措置法三八条の適用

本件交換契約は、いわゆる交換差金を伴わない居住用財産の交換に該当し、租税特別措置法(昭和三七年法律第四六号による改正前のもの。以下「措置法」ともいう。)三八条の適用があり、所得金額の計算上その譲渡はなかつたものとみなされるのである(なお、本件交換契約締結時においては、交換により取得すべき本件木造建物が現存していなかつたのであるから、土地については昭和三六年において、建物については翌三七年においてそれぞれ同法条の適用が認められるべきである。)。

(二) 租税特別措置法三五条の適用

(1) 仮に、本件譲渡所得金額の計算上、措置法三八条の規定の適用がないとしても、次の理由から本件譲渡財産及び本件取得財産には、措置法三五条の適用がある。

(ア) 本件譲渡財産である土地及び木造建物は、その大部分が原告の居住の用に供されていたもので、その一部が有限会社辻印刷所(以下「辻印刷所」という。)に賃貸されていたにすぎないところ、このような場合、措置法三五条関係国税庁長官通達(昭和三五年一月一六日直資三)によると、その全部を居住用財産として取り扱うべきこととしているから、本件譲渡財産はその全部が居住用財産となる。

(イ) 本件取得財産たる本件宅地及び本件新築建物については、原告は、昭和三七年三月三〇日建物完成により一・二階を住居とし、そのごく一部分を辻印刷所に賃貸した。原告は同年一二月七日住居を四階へ移転したが、その利用状況は右の(ア)の場合と全く同様であるから、本件新築建物全部が居住用財産となる。

(ウ) 仮に、本件譲渡財産及び本件取得財産のうちに居住の用に供されていない部分(事業用部分)があるため、右財産の全部を居住用財産ということができないとしても、措置法三五条の規定は、居住用財産の買換えの場合だけでなく、耕作用財産及び採塩用財産の買換えの場合にも適用があるのであるから、広く一般の居住用財産の従たる部分に属する事業用財産の買換えについても、当然その適用があると解される。したがつて、右財産の一部が貸室の用に供されているため事業用財産に該当するからといつて、右同条の規定の適用を否定することは許されず、右財産の全部が右法条の規定の適用対象財産に当たるというべきである。

(2) そこで、右法条を適用して、譲渡所得金額を計算すると、次のとおり零となる。

(ア) 譲渡所得算出上の基礎事実は、左記のとおりである。

<省略>

<省略>

(なお、右の(A)の金員のうち一三〇〇万円は、本件交換契約書第二条記載の建物の有楽土地が負担すべき部分八〇坪の建築代金相当額であつて、原告は有楽土地が宏成建設株式会社(以下「宏成建設」という。)に直接支払うべき右建物部分の建築代金を代理受領したものである。また、原告が、本件交換契約書第二条に基づいて営業補償費及び家屋移転費として有楽土地から支払を受けた金員五〇〇万円は、辻印刷所が収受すべきものを原告が代理受領したものである。したがつて、これらは、いずれも本件交換契約に基づく財産の譲渡によつて原告が取得した収入金額には当たらない。)

(イ) 右各項目の数額に基づき譲渡所得の金額の計算過程を算式をもつて示せば、次のとおりである。

<省略>

<省略>

三  増差所得税の納付

原告は、本件修正申告に基づき、被告に対し前記の増差所得税額二七九万二六〇〇円を次のとおり分割して納付した。

納付年月日 納付金額(円)

昭和四一年一二月一三日 一万

同 四二年三月三一日 五万

同 年四月二四日 五万

同 年五月三一日 一〇万

同 年六月三〇日 一〇万

同 年七月三一日 一〇万

同 年八月三〇日 一〇万

同 年九月二九日 一〇万

同 年一〇月三一日 二万

同 四三年二月七日 三万

同 年二月二九日 二万七三五〇

同 日 八七万二六五〇

同 年九月一二日 一三万二六〇〇

同 年一〇月三一日 五万

同 四四年四月四日 一〇万

同 年八月七日 一〇万

同 年八月八日 一〇万

同 年八月二九日 七〇万

納付年月日 納付金額(円)

昭和四五年二月一〇日 五万

納付済額合計 二七九万二六〇〇

四  被告の過納金の還付義務

しかし、右納付金は、前記の理由によつて明らかなごとく、過納金であつて、原告に還付されるべきものである。

五  附帯税債務の不存在

1  日本橋税務署長は、昭和四二年一月一六日付で原告に対し、本件修正申告に基づき原告が新たに納付すべきことになつた前記増差所得税に対する附帯税として、過少申告加算税五万八一五〇円、重加算税八一万四五〇〇円の賦課決定をしたほか、旧利子税一万三四〇〇円、延滞税八一万二三〇〇円の債務がある旨主張している。

2  しかし、右の各附帯税の基礎となるべき本件修正申告は既に述べたとおり無効であるのみならず、原告は課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実を隠ぺいないしは仮装したことはないから、右の各附帯税の債務は存在しない。

六  結論

よつて、原告は被告に対し、前記過納金二七九万二六〇〇円及びその分割納付金である前記三の各金員に対する各納付の日の翌日から昭和四五年三月三一日までは日歩二銭の割合、並びに同年四月一日から各還付のための支払決定の日までは年七・三パーセントの割合による国税通則法所定の還付加算金の支払いとともに、前記の各附帯税債務の存在しないことの確認を求める。

第三請求原因に対する被告の認否及び主張

一1  請求原因一の1(本件修正申告)の事実は、認める。

2(一)  同一の2(本件修正申告の無効)の事実のうち、本件修正申告が、本件税務職員のしようように応じてされたものであることは認めるが、その他の点は争う。

(二)(1)  本件税務職員は、原告に本件譲渡財産の譲渡所得の計算内容について再三説明し、原告はこれを十分理解したうえで、本件修正申告書に署名押印したものである。

すなわち、原告は、右職員から修正申告書を提出するようしようようされ、本件修正申告書を提出するために東京国税局に出向いてきたものであるが、そのときには、すでに、本件修正申告書の提出によつて新たに納付することとなる税額やその計算の内容をあらかじめ了知しており、右職員に対して「今日は実印を持つてきました。」と言つて、その実印を使用して本件修正申告書に押印していること、また、原告は、本件修正申告書を提出した日に右職員と日本橋税務署に同行して納税の猶予について相談していることなどから明らかなように、右職員が強迫的なしようようをした事実はなく、本件修正申告書は、原告の自由な意思に基づいて作成され、かつ、提出されたものである。

(2) 仮に、本件修正申告に原告が主張するような錯誤があつたとしても、その錯誤は客観的に明白かつ重大なものではないから、本件修正申告が無効となるものではない。

すなわち、原告が主張するような申告書記載事項の過誤の訂正は、原則として国税通則法第二三条(更正の請求)に定める手続によつてのみされるべきであり、右の手続によらないで申告書の記載内容の錯誤を主張することが許されるのは、その錯誤が客観的に明白かつ重大であり、右手続による是正方法以外にその是正を許さないならば納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合に限られる。

(3) 本件税務職員が原告に対してした本件修正申告書の提出のしようようは、原告にとつて税負担の面で最も有利となると認められる方法で検討した結果をその内容としてされたもので、右職員には、原告をして錯誤の状態に陥らしめようとする詐欺又は強迫等の意思は全くなく、このことと前述した事情とを合わせてみれば、原告が錯誤に陥るような条件は全く存在しなかつたというべきである。

(4) 所得隠ぺい行為による確定申告の更正期間は、法定申告期限から五年であるから、原告が主張するような、本件税務職員が特に更正期間徒過により修正申告を強要しなければならない事情があつたわけではない。

二1(一) 請求原因二の1(本件交換契約に基づき取得した財産の範囲)の事実のうち、本件取得財産に本件宅地が含まれていたことは認めるが、その他の事実は争う。

(二)(1)  本件宅地と金員一、八〇〇万円である。

すなわち、有楽土地は、富士銀行の依頼に基づき原告所有の土地を譲り受けるため原告と交渉した結果、原告の所有する土地の譲受対価として、有楽土地が所有する本件宅地と金員一八〇〇万円とを原告に給付するということで原告と合意したものである。そして、右金員一八〇〇万円は、次のとおり有楽土地から原告に支払われた。

<省略>

なお、本件交換契約に際し、有楽土地は、原告及び八洲実業株式会社(以下「八洲実業」という。その代表者は玉利義男で、原告の知人。)から右金員一八〇〇万円につき前記の各名目で支払つてくれるようにとの申出があつたため、これに従うこととしたが、その支払方法が変則的な形態を採つたものであるため、後日右金員の支払いに関し紛争が生じることのないように、念のため和解調書(甲第一号証)を作成し、本件交換契約の実効を担保したのである。

(2) 原告は、本件取得財産は本件宅地と本件木造建物に代る本件新率建物であると主張する。なるほど、本件交換契約書第二条には、有楽土地が原告に対して本件宅地と本件木造建物とを給付する旨記載されているが、原告が実際に取得した建物は、右契約書記載の木造建物ではなく、鉄筋コンクリート造四階建の建物である。そして、原告が取得した右建物は、本件交換契約に基づいて有楽土地が自己の名において建築したものではなく、原告が有楽土地から宏成建設の紹介をうけ、同社との間に締結した建物建築契約に基づいて建築されたものであり、右建築契約の当事者は、原告と宏成建設とである(ちなみに、有楽土地においては、土地買取りに関連して相手方に対し建物を給付すべき債務を負担することを内容とする契約を締結するような場合であつても、現実には建物それ自体の給付に代え、その建物の建築価額に相当する金員を支払う方法を採ることにより、建物の材質の良否等をめぐる紛議を回避しているのが通例である。)

2(一)  請求原因二の2(本件譲渡所得の金額の計算)の事実のうち、(二)の(2)の(B)全部及び(C)のうちの立退料の点は認めるが、その他の点はすべて争う。

(二)(1)  措置法にいう居住用財産とは「居住の用に供する家屋、当該家屋の敷地に供される土地及び当該土地の上に存する権利」(三五条四項一号)とされており、土地と家屋とを切り離して適用する建前になつていないから、同法三八条三五条一項二号について原告主張のような適用はありえないわけである。しかも、同法三八条は金銭等の授受が行なわれなかつた場合にのみ適用されるべきものであるところ、既に述べたとおり、原告はその所有する土地及び建物を有楽土地に譲渡し、その反対給付として有楽土地から本件宅地と金員一八〇〇万円とを取得したのであつて、いわゆる交換差金の授受を伴わない交換ではないから、あえて特例措置の適用を求めるとすると、措置法三八条ではなく、同法三五条である。

よつて、本件譲渡財産にかかる譲渡所得について措置法三八条の適用があるとする原告の主張は、いずれにしても失当というべきである。

(2) 次に、譲渡所得算出上の基礎事実は左記のとおりである。

(ア) 本件譲渡財産の譲渡価額二八四八万二〇〇〇円

本件譲渡財産の対価として原告が取得したのは、本件宅地と金員一八〇〇万円とである。被告が右宅地を昭和三七年分相続税評価額(路線価方式によつて評価した価額)により評価したところ、一〇四八万二〇〇〇円と算定されたので、本件譲渡財産の譲渡価額を右金員一八〇〇万円と合わせて二八四八万二〇〇〇円と認定した(なお、原告の本件宅地の取得は昭和三六年中にされたが、被告が右宅地の評価にあたり昭和三六年分の相続税評価額によらないで昭和三七年分の相続税評価額によつたのは、相続税評価額が前年の売買実例価額等を基礎として評定されていることを考慮したからである。)。

(A) 原告の主張する建物建築代金(一三〇〇万円)の代理受領について

原告は、右金員は本件交換契約書第二条記載の建物の建築代金相当額であり、有楽土地から右建物の建築請負業者である宏成建設に直接支払うべきところを原告が同社に代つて受領したものであるから、右金員は原告に帰属するものではないと主張するが、原告が取得した建物は、本件交換契約書第二条に記載された建物ではなく、鉄筋コンクリート造四階建の建物であり、しかも右建物の建築請負契約の当事者は原告と宏成建設であること、有楽土地は、既に述べたとおり右建築請負契約の当事者となることはないことなどからすれば、右金員は、本件譲渡財産の譲渡代金の一部であることは明らかである。

(B) 原告の主張する収益補償金の帰属について

原告は、有楽土地から領収した金員一八〇〇万円のうち五〇〇万円は原告に帰属すべきものではなく、本件交換契約の履行に伴い一定期間休業を余儀なくされることとなる辻印刷所に帰属する収益補償金であると主張するが、本件交換契約書第二条によれば、右金員は、営業補償費だけではなく、家屋移転費をも含めた金額であるとされていること、右金員五〇〇万円の算定の根拠は全く不明であること、日本橋税務署長に提出された辻印刷所の決算報告書には、右収益補償金が計上されていないこと及び辻印刷所の昭和三五年から同三七年までの各年の営業収益の面からみても、五〇〇万円の収益補償金は過大であると認められることを総合勘案すると、右金員五〇〇万円は、本件譲渡財産の譲渡代金の一部と認めるべきである。

(イ) 居住用取得財産の取得価額 九〇一万七四〇一円

本件取得財産は、本件宅地(時価評価額一〇四八万二〇〇〇円)と金員一八〇〇万円(合計二八四八万二〇〇〇円)とであり、同金員によつて原告は右宅地上に鉄筋コンクリート造四階建の建物を建築した。右建物について原告は、その八〇坪部分(本件新築建物)が措置法三五条に規定する居住用財産に当たると主張するが、原告が居住の用に供していたのは、二階と中二階部分の一四九・三五平方メートル(四五・一八坪)である。よつて、右建物の総床面積四七一・七三平方メートル(一四二・七坪)に占める右居住用部分の割合三一・六六パーセントを用いて計算した金額を右同条の居住用取得財産の取得価額とした。すなわち、二八四八万二〇〇〇円×〇・三一六六=九〇一万七四〇一円が右同条による譲渡所得計算上の居住用取得財産の取得価額である。

(ウ) 譲渡財産の取得価額 一七七万三二二〇円

本件譲渡財産の譲渡所得計算上の取得価額は、原告が昭和三七年三月一三日付で日本橋税務署長に提出した再評価申告書記載の本件譲渡財産の再評価額(建物については、再評価額を基として計算したいわゆる譲渡日現在の再評価額相当額)によつた。

(エ) 譲渡経費 四四一万四一四〇円

被告が認定した譲渡経費の内訳は、次のとおりであつて、これは原告が本件税務職員に申し立てた金額に基づくものである。

<省略>

<省略>

(オ) そこで、措置法三五条一項、同法施行令二四条三項によつて本件における譲渡所得の金額を算出すると、次のとおり一五二三万六一五七円となる。

<省略>

さらに、旧所得税法(昭和二二年法律第二七号、以下「旧所得税法」という。)九条一項(昭和三七年法律第四四号による改正前のもの)を適用して、譲渡所得を算出すると、次のとおり七三六万八〇七八円となる。

<省略>

(3) ところで、措置法三五条の規定の適用があるためには、取得した財産を自己の居住の用に供したうえ、その取得の日から一年を経過するまでの間継続して自己の居住の用に供することが必要とされているから、右建物の利用形態が、仮に原告の主張のとおり、原告が昭和三七年三月三〇日に新築建物の一、二階に居住し、さらに同年一二月七日にその住居を右建物の四階に移したものであるとすると、一、二階は、右同条の適用上の要件を満たしておらず、四階部分及び共用部分(居住の用とその他の用の双方に使用されている部分をいう。)のみについて右法条の適用があることになる。そこで、右四階部分及び共用部分の合計部分が右建物の総床面積のうちに占める割合を計算すると、次のとおり、三二・一八パーセントである。

総床面積 四六五・五八八平方メートル(一四〇・八四坪)

四階部分 一一一・五七平方メートル(三三・七五坪)

共用部分 三八・二八平方メートル(一一・五八坪)

居住用部分の割合 三二・一八パーセント

<省略>

したがつて、右割合を用いて本件譲渡財にかかる譲渡所得の金額を計算すると、一五一二万〇二二六円となり、この金額から譲渡所得の特別控除五〇万円を控除し、その控除後の金額の一〇分の五の金額を求めると、七三一万〇一一三円となるから、結局、原告の本件修正申告になる譲渡所得の金額(六九七万〇一〇六円)を上回る。

右計算を算式をもつて示せば、次のとおりである。

<省略>

<省略>

よつて、仮に、被告の右建物のうちの居住用部分及びその割合の認定に若干の誤りがあつたとしても、本件譲渡所得の金額の計算上原告に不利益を及ぼすような誤りは犯しておらず、結局、本件修正申告の効力に影響を及ぼすような重大な誤りはない。

三  請求原因三(増差所得税の納付)の事実は認める。

四  請求原因四(過納金の返還義務)の点は争う。

五1  請求原因五の1(附帯税の賦課等)の事実は認める。

2(一)  同五の2(附帯税債務の不存在)の点は争う。

(二)(1)(ア) 重加算税の根拠

原告は、本件交換契約に基づいて、有楽土地から本件宅地と金一八〇〇万円の金員を取得した。

ところが、原告は、知人玉利義男と共謀して、右金一八〇〇万円の金員のうち、金一〇〇〇万円については、玉利義男の主宰する八洲実業が有楽土地から協力謝礼金として受領したかのごとく仮装した「覚書」(乙第二四号証)を有楽土地と八洲実業との間で作成させ、有楽土地に右覚書にそつた会計処理をさせて、右一〇〇〇万円の金員を受領した事実を隠ぺいした。さらに、原告は、右隠ぺい行為の発覚を防ぐため、有楽土地が振り出した小切手及び約束手形(額面金額合計一〇〇〇万円)を当時原告の顧問税理士であつた佐藤覚及び原告の実弟である辻清次にそれぞれ裏書させて取り立てていた。そして、原告は、昭和三六年分所得税確定申告書において、本件交換契約にかかる譲渡所得金額について何ら申告しなかつたのである。

右の事実が旧所得税法第五七条一項(昭和三七年法律第六七号により削除される以前のもの。以下五六条についても同じ。)に定める「納税者が所得税額の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし又は仮装し、その隠ぺい又は仮装したところに基づき確定申告書を提出していた」場合に該当することは明らかである。

したがつて、日本橋税務署長が、右規定にしたがい本件重加算税賦課決定をしたことは適法である。(なお、原告が有楽土地から取得した本件宅地は、昭和三六年一一月一五日に有楽土地から原告に対して所有権移転登記が経由されており、また、原告が有楽土地から支払いを受けることとなつた前記の金一八〇〇万円の中金一五〇〇万円は、昭和三六年七月一二日から同年九月一九日までの間に、有楽土地から原告に支払われているから、本件譲渡による収入金額が昭和三六年中に確定したものであることは明らかである。)

(イ) 重加算税の計算

日本橋税務署長が、昭和四二年一月一六日付で原告に対して賦課決定した重加算税額八一万四五〇〇円は、本件修正申告により、原告が新たに納付すべきこととなつた増差所得税額二七九万二六〇〇円のうち、原告が前記のとおり仮装行為により隠ぺいした譲渡収入金額七〇〇万円(原告が隠ぺいした譲渡収入金額一〇〇〇万円から原告が実弟辻清次に支払つた立退料金三〇〇万円を控除した金額)に対応する税額一六二万九〇〇〇円(千円未満切捨て)に一〇〇分の五〇を乗じて計算したものである。

右税額一六二万九〇〇〇円及び重加算税率一〇〇分の五〇は、旧所得税法五七条一項及び同法施行規則五四条に規定するところに従い計算したものである(昭和三七年四月二日法律第六六号国税通則法附則(以下「国税通則法附則」という。)九条参照)。

(2) 過少申告加算税の根拠

日本橋税務署長が、昭和四二年一月一六日付で原告に対して賦課決定した過少申告加算税額五万八一五〇円は、本件修正申告により原告が新たに納付すべきこととなつた増差税額二七九万二六〇〇円から前述した重加算税額の計算の基礎となつた税額一六二万九〇〇〇円を除いた金一一六万三〇〇〇円(千円未満切捨て)に一〇〇分の五を乗じて計算したものである(旧所得税法第五六条一項及び国税通則法附則九条参照)。

(3) 旧利子税及び延滞税の根拠

(ア) 旧利子税額一万三四〇〇円は、本件所得税の法定納期限の翌日である昭和三七年三月一六日から同年三月三一日までの間における利子税額として、本件追徴額に旧所得税法五四条に定める利子税率(日歩三銭)を乗じて算出したものである(国税通則法附則七条一項参照)。

(イ) 延滞税額八一万二三〇〇円は、昭和三七年四月一日から本件追徴税額が完納された昭和四五年二月一〇日までの間における延滞税として算出したものである(国税通則法六〇条、六一条及び六二条参照)。

第四被告の主張に対する原告の認否

一1  第三の一の2の(二)(本件修正申告に至る事情)の事実は争う。

2  同(1)において被告は、原告が「今日は実印を持つてきました。」と言つて自発的に修正申告書を作成した、と主張しているが、原告は「今日は実印を持つております。」と言つたにすぎない。

3  同(2)の更正の請求は修正申告には適用がないから、被告の主張は失当である。

二1  第三の二の1の(二)(本件交換契約に基づき取得した財産の範囲)の事実は争う。

2  第三の二の2の(二)(本件譲渡所得の金額の計算)の事実のうち、(エ)の中の立退料の点は認めるが、その他の事実は争う。

被告は、居住用取得財産には事業用部分が含まれているとして、この部分を除外し、居住用部分を三一・六六パーセントとしているが、かかる見解に立てば、譲渡財産中の事業用部分も除外して居住用財産の買換えの場合の譲渡益の限度額計算をすべきである。

三1  第三の五の2の(二)(附帯税の課税根拠)の事実は争う(ただし、被告の税額の計算は争わない。)。

2  原告は、玉利義男に被告主張の金員の代理受領を委任したことはあるが、同人と被告主張のような仮装の共謀をしたことはない。

また、被告は、原告が隠ぺい行為の発覚を防ぐために佐藤寛及び辻清次に約束手形等の裏書をさせたと主張するが、原告は、宏成建設への新築代金の支払いを佐藤に依頼したため小切手を同人に裏書したものであり、辻には立退料支払いのために手形に裏書したものであつて、隠ぺいのための行為ではない。

第五証拠関係

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりである。

理由

一  本件修正申告の経緯

請求原因一の1の事実は、当事者間に争いがない。

二  本件修正申告の効力

ところで、原告は、自己が本件税務職員の詐術、教唆等によつて、真実は増差所得税債務がないのにあるものと誤信して本件修正申告をしたものであるから、右申告は明白かつ重大な錯誤に基づくものであつて無効である旨主張する。

しかし、申告書記載の所得税額が過大であるとの過誤の是正については、申告の当時、既に更正の請求の方法によりえない場合であつたとしても、行為の性質上、その錯誤が客観的に明白かつ重大であるとともに、その是正を許さないならば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ、その記載内容の錯誤を主張することは、許されないものと解すべきである。

そこで、本件についてこれを検討する。

1  いずれも成立に争いのない乙第一ないし第三、第二三、第二四、第二七、第三二号証、原告本人尋問の結果により成立を認める甲第一五号証及び証人塩崎の証言並びに原告本人尋問の結果の一部によると、原告の昭和三六年分所得税の確定申告書には給与所得と不動産所得が記載されていただけで、譲渡所得に関する記載は全くなく(この点、当事者間に争いがない)、したがつて措置法の譲渡所得の課税の特例に関する規定の適用を受けようとする旨等の記載も、その計算に関する明細書の添付もなかつたこと、同三七年分所得税の確定申告書に添付されたメモに、本件譲渡財産の面積、価格、交換に要した費用、本件取得財産の面積、価格及び右両財産の価格の差等が記載されていたこと本件税務職員は、昭和四一年六月ないし七月ころの税務調査に際し、有楽土地から、本件交換契約の契約書(甲第一五号証)、有楽土地が原契約書所定の金員のほかに原告に家屋建設資金三〇〇万円を支払う旨を定めた同附帯約定書(乙第二三号証)及び有楽土地が同契約に関連して八洲実業に対し協力謝礼金一〇〇〇万円を支払うことを約した覚書(乙第二四号証)の提示をうけたが、調査の結果、八洲実業なる会社は現存せず、右謝礼金一〇〇〇万円の内金四〇〇万円は、小切手により原告の顧問税理士佐藤寛の預金口座に入金された後、原告の建築費に充てられており、残金六〇〇万円のうち三〇〇万円は、原告の弟辻清次が原告所有の家屋からの立退料として、残金三〇〇万円は同人が原告のためにそれぞれ受領したことが判明し、結局、右謝礼金一〇〇〇万円も本件交換契約に関して原告に支払われたものとみるほかない状況にあつたこと、かくして本件税務職員は、原告の確定申告に本件交換契約による譲渡所得が脱漏していることを察知したが、同時に、原告が措置法の譲渡所得の課税の特例の規定の適用を希望していることも知り、右確定申告を更正によつて是正する場合には右特例の規定を適用する方法がないので、原告の利益のために原告に対し、右譲渡所得を加算して修正申告しないと、措置法三五条による特例の適用を受けられなくなること及び諸資料によつて右の譲渡所得に関する事実を認定したうえで措置法三五条を適用して算出される所得金額及び税額を説明して、修正申告するように勧奨したこと、原告は、右職員の計算になる税額が予期したより多く、納税が困難であつたため、当初修正申告するのを渋つていたが、同職員の熱心な説得により、結局、これをしなければかえつて不利になることを納得し、同年一一月一五日東京国税局に実印を持参の上出頭して、本件修正申告書(乙第一号証)の住所・氏名及び修正申告額欄の所得金額部分をみずから記載し、その余は本件税務職員に記載して貰い、氏名の末尾に押印したうえ、同申告書を提出したこと、同申告書には、前記確定申告書の記載のほかに譲渡所得金額六九七万〇一〇六円が付け加えられ、これに応じて、総所得金額七五〇万四三六六円、課税所得金額七二九万〇六〇〇円、課税額二八〇万三四〇〇円、増差税額二七九万二六〇〇円 の金額が記載されたこと、原告は、修正申告書提出後右職員に対し、本件修正申告にかかる増差所得税を一度に納入することができない旨を訴えたので、同職員は、原告を日本橋税務署まで連れて行き、担当課長に、原告の修正申告による増差税額を分括納付できるよう取り計らいを依頼してやり、その結果、原告は右増差所得税の分括納付を了えたこと、しかし、その後原告は、山田三郎税理士から、本件修正申告の必要はなく、本件税務職員の行なつた所得の計算が誤りである旨告げられて、それを信ずるに至つたことを認めることができる。

2  原告は、本件修正申告は、本件税務職員の詐術等による原告の錯誤に基づき行なわれたものであるから無効であると主張するが、以上認定の事実からすれば、仮に本件修正申告書の記載内容に原告主張のような錯誤があつたとしても、それは同申告書の記載自体から明白な過誤に当らないことはいうまでもなく、また、本件修正申告当時までに税務職員が調査によつて明らかにした前記諸事実を合わせ考慮しても、なおかかる錯誤が客観的に明白であつたということはできないのみならず、本件修正申告の勧奨にあたり本件税務職員が原告に対し、詐術又は強要その他不当な手段を用いたという事実については、本件の全証拠によつてもこれを認めることはできず、前記認定の事実に照らし、本件修正申告については、その過誤の是正を許さないならば納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情があるとは、とうていいうことができない。

よつて、本件修正申告が錯誤によりなされた無効のものであるとする原告の主張は失当である。

三  附帯税債務の存否

1  原告は、本件修正申告に基づく前記増差所得税に対する附帯税なる過少申告加算税、重加算税、旧利子税及び延滞税については、その基礎となるべき本件修正申告が無効であるから、右の各附帯税債務は存在しないと主張する。

しかし、本件修正申告が無効であるとはいえないことは前記のとおりであるから、これを前提とする原告の右主張は、採用するに由ないものである。

2  また、原告は、課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実を隠ぺいないしは仮装したことはないから、原告に対する重加算税の賦課決定は無効である旨主張する。

しかしながら、行政処分たる重加算税の賦課処分は、仮にその処分に違法があつたとしても、その違法が重大かつ明白である場合にはじめて無効となるものと解すべきところ、日本橋税務署長が右賦課処分に当たり原告の仮装・隠ぺい行為の存在について重大かつ明白な事実誤認をしたとの点については、全く主張・立証がないのみならず、かえつて、原告が昭和三六年分所得税確定申告の際に本件交換契約にかかる譲渡所得金額については何ら申告をしなかつたことは前記のとおり当事者間に争いがないうえ、前記認定の事実のほか成立に争いのない乙第三一号証、弁論の全趣旨によつて成立を認める乙第四号証の八、同第五号証、証人塩崎の証言及び弁論の全趣旨を総合すると、原告は、本件交換契約に基づいて有楽土地から一八〇〇万円の金員を取得しながら、その内金一〇〇〇万円については、原告の知人玉利義男が代表者である八洲実業が有楽土地から協力謝礼金として受領したかのように仮装した前記覚書(乙第二四号証)を右両者間で作成させ、右金員の受領を隠ぺいしたうえ、右金員支払のため有楽土地が振り出した小切手を一たん原告の顧問税理士佐藤寛の預金口座に入金させ、また、同じく有楽土地振出しの約束手形を原告の弟辻清次に裏書させたうえで、それぞれ取り立てていたことが認められたので、日本橋税務署長は、右金員のうち辻清次に支払われた立退料三〇〇万円を差引いた七〇〇万円の譲渡収入金額について重加算税の賦課決定をしたことが窺われる。

したがつて、日本橋税務署長が原告の前記仮装・隠ぺい行為について重大かつ明白な誤認をしたとはとうてい認めることができない。

四  結論

以上判示の理由により、本件修正申告及び附帯税賦課決定の無効を前提とする原告の請求はいずれも失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉山克彦 裁判官 加藤和夫 裁判官 石川善則)

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