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東京地方裁判所 昭和43年(刑わ)2393号 判決 1969年3月11日

被告人 仲戸功

昭一七・三・一〇生 自動車運転助手

主文

被告人を罰金三〇、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

訴訟費用中、証人高柳節雄に支給した分は、被告人の負担とする。

本件公訴事実中、業務上過失致死の点については、被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、公安委員会の運転免許を受けないで、昭和四三年一月一一日午後二時四五分頃、東京都葛飾区立石二丁目一番地付近道路において、大型貨物自動車(ニツサンUD型六トン車)を運転したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は、道路交通法第六四条、第一一八条第一項第一号に該当するので、所定刑中罰金刑を選択のうえ被告人を罰金三〇、〇〇〇円に処し、刑法第一八条により右罰金が完納できないときは五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、訴訟費用中、証人高柳節雄に支給した分は刑事訴訟法第一八一条第一項本文により被告人に負担させることとする。

(無罪の判断)

本件の公訴事実第二は

被告人は、自動車運転の業務に従事しているものであるが、昭和四三年一月一一日午後二時四五分頃東京都葛飾区立石二丁目二番地付近道路において大型貨物自動車を運転し、本田広小路方面から平和橋方面に向かい進行中、交通渋滞のため前記番地先交通整理の行なわれていない交差点入口付近に先行車に続いて一時停止のうえ発進するにあたり、当時自車前後および左側車線には車両が連続し横断歩道をふさいで停止しており、自車も横断歩道上に車両後部をかけて停止していたのであるから、横断歩行者が自車前方を横断することが予想される状況にあつたので、自車の前方左右を注視するはもちろんとくに左方に注意を払らい、周囲の安全を確認して発進すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、前車が発進したのを認めるや、その安全を確認せず、前車の動静に注目して漫然発進し時速約五キロメートルで進行した過失により、左方から自車左側斜め後方に停車していた車両前を通過し自車進路前方を左から右に横断しようとした高橋とつ(当時八四年)に全く気付かず、同女に自車左前部付近を衝突転倒させたうえ左後輪にて轢過し、よつて同女をして即時同所において、胸・腹腔臟器挫滅等により死亡するに至らせたものである。

というのである。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

一、証拠によると右公訴事実に関連し、次のような事実が認められる。

(一)  被告人は一八才の少年時、大型自動車運転免許を取得して運転業務に従事中、一年余りして交通事故を起し、免許取消の行政処分を受け、以後、第一種原動機付自転車の運転資格を取得したほかは、自動車の運転については無資格であつたが、勤務先の必要に迫られて、最近に至るまで大型貨物自動車の運転をしばしば繰り返して来ていたものである。

(二)  被告人は右公訴事実の日時、キアブオーバー型の大型貨物自動車(ニツサンUD四一年式六トン車茨一い三七五六号、車体の長さ七・五五米、幅二・四八米、以下、「本件自動車」ということがある。)を運転し、助手席に勤務先の自動車運転手高柳節雄を同乗させて本田広小路方面から平和橋方面に向つて進行し、東京都葛飾区立石二丁目一番地付近道路にさしかかつた。

(三)  右場所は、歩車道の区別のある車道幅員一一メートルのコンクリート舗装道路(被告人の進行して来た道路)と立石駅方面から四ツ木方面に通ずる歩車道の区別のない幅員七・一メートルないし九米のアスフアルト舗装道路とが交差するところで右交差点の手前には白ペイントで縞模様によつて表示された幅三メートル位の横断歩道が設けられている。右交差点は交通整理は行われておらず、右横断歩道にも信号機は設置されていない。また、交差点の一二、三メートル位先には遮断機の開閉する京成電鉄押上線の踏切がある(以下、右場所を「本件交差点」ということがある。)。

(四)  被告人は、本件自動車を運転して本件交差点に差しかかつたのであるが、当時、そのかなり手前から同方向に進む車輛の渋滞が続き、進行方向に二車線を形成して、中央線の左側を前記踏切の方向に向かい停止、発進を繰り返していた。被告人は中央線寄りの車線を先行車の普通貨物自動車(以下「<1>車輛」ということがある。なお他の車輛についても同様に表示することがある。)に追尾して進み、本件交差点入口の前記横断歩道の手前で、前車との間隔をおき、横断歩道をふさがないようにして一時停止したが、その停止時間一〇秒ないし数一〇秒の間には本件自動車の前の横断歩道を利用して車道を横断する歩行者はなく、左手の歩道にも被告人は歩行者の姿を認めなかつた。

(五)  間もなく、先行車がやや前進したので、被告人は本件自動車を前進させ、自車の車体が右横断歩道を通過したと思われる位置で、再び停止した前車の後尾に一メートル足らずに接近して停止した(実際には、本件自動車の後尾一メートル位が右横断歩道上に残つていたのであるが、被告人はその点の認識がなく、むしろ、通り過ぎたと思つていた。)。右一〇メートル位の前進の際、左側の歩道寄りの車線に連続して停止していた車輛も相前後して若干の距離を前進したうえ連続状態で停止したが、本件自動車およびその先行車との切れ目と左側車線の車輛間の切れ目とは、大小の車輛が入り乱れて続いているために横に一致せず、不規則となつており、本件自動車前部の左横は車種不明の車輛(<2>)の車体中央部ないし後部付近となつており、それに続いて本件自動車の左中央部分から後尾にかけ、さらに後方の前記横断歩道をふさぐような位置に普通貨物自動車(ライトバン)(<3>)が停止し、その後方には横断歩道に接するように軽自動車(<4>)が続いており、一方、本件自動車の後方にも車種不明の車輛(<5>)が横断歩道上を車体前部でふさぐようにして停止した。これら車輛が右のような位置に停止したのは前方の京成電鉄の踏切の遮断機が閉まり先行車が停止したためである。

(六)  以上の状況を図示すると概ね別紙見取図のとおりである。

(七)  このような状態で多くの車輛が二車線をつくつて遮断機の開くのを待つているとき、車輛の間を縫つて前記横断歩道を渡ろうと、同横断歩道の東端の歩道までまた被害者高橋とつ(当時八四年、身長一、三七メートル、以下、単に「本件被害者」ということがある。)が横断歩道上を車輛がふさいでいてこれを利用することが出来ないものと見てとり、すぐに同所から歩道上を南に進み、交差点かどの歩道の縁石から車道に降りると<2>車輛の後尾と<3>車輛の前部の間を通り、本件自動車の車体左側の、二車線間の約六、七〇センチメートルの間隙に出て、そこを車輛の進行方向に進み、さらに本件自動車の左前角部分付近にまで至つた(この歩行の経路を前記見取図上に示すと点線のとおりである。)頃、前記踏切の遮断機が上がり、それまで停止していた車輛が相前後してゆるい速度で発進し、被告人も本件自動車を前車輛<1>の前進に続いて、時速五キロメートル前後で発進させた。

(八)  右発進までの停止時間は正確には判明しないが、京成電車の前記踏切通過のため遮断機が閉められていた間であつて、一分前後であると思われ、その間被告人はギヤを低速位置に入れて発進に備えており、前車が発進すると、前方と左後部の安全を前面ガラスをとおし、または左側フエンダーミラーやフロントミラーを介して確認出来る範囲内で確めただけで自車を発進させたが、その際、助手席で週刊誌を読んでいた同乗の高柳節雄をして被告人の確認出来ない部分の安全につき確認させることをさせなかつた。被告人としては自車の進路等の安全確認は右の程度で足りるものと考えていたものである。

(九)  ところで、本件自動車はキヤブオーバー型の大型自動車であり、その最前部右側にある運転席に座つた場合には、運転席から直視は勿論、左前角に付設されているフエンダーミラー、フロントミラーを利用しても見通しのきかない、いわゆる死角部分を車体左前角付近を中心にしてかなり広く生ずる車輛であり、本件被害者が杖がわりに洋傘を用いて腰をまげ、地上約一メートル位の低姿勢で歩行していたと認められる本件においては、被害者を運転席から確認し得ない範囲は、車体前部中央から一・三メートルないし二・五メートル、左側前部のドア中央から三・八メートルないし三・九五メートルはなれた各点を結んで出来る弧を画く曲線の内側であり、身長一・三七メートルで歩行していたとしても左前ドアの中央から二・三五メートル以内は見えないことになる。また、左サイドミラー、フロントミラーを介しても車体の左前角付近は見ることが出来ない(これを図示すると概ね別紙見取図のようになる。)。

(一〇)  被告人は、被害者が前記経路を通つて自車左前角付近に至り、自車前部を横切ろうとして死角内に入つていたため、前記程度の確認で被害者の姿に気付かないまま本件自動車を発進させ、自車左前部分X付近で被害者を路上に押し倒したうえ、そのまま前進して倒れている被害者を左後輪で轢過してしまつた。そのため同人はすぐその場で胸・腹腔臟器挫滅等によつて死亡した。

二、そこで、右のような事実関係のもとで、被告人に検察官が公訴事実において主張するような業務上の注意義務があるかどうかを検討してみると、本件自動車は車体の長さが七・五五メートルもあり、発進直前の停止の際はその後部が一メートル位横断歩道上に残つていたにすぎない(被告人は通りすぎたと思つていたといい、そのように思うこと自体も無理からぬことのように思われる)ばかりでなく、自動車の前部は本件交差点の中央を越えているほど交差点内に進入しており、しかも中央線寄りの車線に停止し、左側車線にも前後連続した車輛が渋滞し発進の時を待つて列をなしているような状況であつたのであるから、このような状況下にある、交通整理が行われておらず、後方の横断歩道にも信号機がない本件交差点内に、横断歩道を利用せず、いつ一斉に発進するかも知れない状態にある車輛の間を縫つて、あえて、交差点内深く進入している自動車の前部を横断しようと車道内に出てくるような危険、無謀な歩行者があらわれることはむしろきわめて稀のことというべきであつて、通常の自動車運転者がそれを予測しないことがあつたとしても、これをもつて不注意であるということは出来ないと思われる。特に、本件においては、被告人は現場付近に歩行者の姿をまつたく認めていなかつたのであり、また、被告人が本件事故の際に行なつた発進は、渋滞する中央線寄りの車線内にあつて前車に追尾し、同所に至るまで繰り返して来たのと同様な同一方向に直進するためのものであつて、右、左折、後退等特別の運転をしようとしたものではないのであるから、被告人が、被害者の前記のような特異な横断歩行を予測せず、死角内を確めずに前記程度の確認をしたにとどめたことは無理からぬことであり、このことをもつて、右予測の可能性ないし予測義務を前提としてはじめて要求されるべき死角内の安全確認の義務をつくすことを怠つたとすることは出来ないというべきである。そしてこのことは偶々助手席に同乗していた者をして死角内の安全確認をさせることが可能であつたとしても同様であると考えられる。ところで、本件被害者が接触地点まで歩行した経路は前述のとおりであり、それは前記位置に停止した本件自動車の運転席の被告人の視野に入らないいわゆる死角内を歩行したことになるから、被告人が発進の際までにこれに気付かなかつたことは当然であり、そして、この気付かなかつたことは、右に述べた理由から被告人の過失として問うことは出来ないといわなければならない。むしろ、本件事故は、前記のような無謀ともいえる車道内歩行を試みた被害者に大きな原因があつて発生したものと認めざるを得ないものである。

三、以上のとおりであつて、被告人には検察官主張のような予測の義務ないしここから要求される注意義務を怠つた過失があるということは出来ず、したがつて被告人の本件行為は罪にならないというべく、刑事訴訟法第三三六条により被告人に対し業務上過失致死の点については無罪の言渡をすべきものである。

そこで主文のとおり判決する。

(裁判官 佐野昭一)

(別紙)

図<省略>

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