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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)7189号 判決 1969年12月12日

原告 千葉喜一

右訴訟代理人弁護士 鳥生忠佑

同 小野寺利孝

被告 向島信用組合

右訴訟代理人弁護士 渡辺重視

同 山口邦明

同 二瓶広志

主文

被告は原告に対し、別紙物件目録記載の建物につき、東京法務局墨田出張所昭和四二年七月二九日受付を以てなした第三〇四四九号の根抵当権設定登記、第三〇四五一号の停止条件付賃借権設定仮登記および第三〇四五〇号の停止条件付所有権移転仮登記の各抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一、原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、請求の原因として次のとおり述べた。

別紙物件目録記載の建物は原告の所有であるところ、右建物につき被告のため主文第一項掲記の各登記がなされている。よって被告に対し右各登記の抹消登記手続をなすべきことを求める。

二、被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

原告の請求原因として主張する事実はすべて認める。しかし、原告主張の各登記は次に述べるとおりいずれも適法になされたものである。すなわち、被告は、昭和四二年七月一五日、原告の父である訴外千葉喜平との間で継続的手形割引ならびに継続的金銭消費貸借契約を結んだが、同年同月二七日原告の代理人である右訴外人との間に、同人が前記契約に基づいて被告に対して負担すべき一切の債務を担保するため原告主張の本件建物につき根抵当権設定契約、停止条件付代物弁済契約および停止条件付賃借権設定契約を結び、右の各契約に基づいて本件各登記手続をしたものである。

仮に右喜平に前記根抵当権設定等の契約を結ぶについて原告を代理する権限がなかったとしても、喜平は昭和三七年一一月一〇日に訴外永代信用組合との間で、自己の同組合に対する債務を担保するため、原告の代理人として、本件建物につき根抵当権設定、停止条件付代物弁済等の契約を結び、同年同月二四日にはその旨の登記手続をなした。そして、喜平は原告の父として原告と同居して生計を共にし、原告の実印、印鑑証明書、本件建物の登記済権利証を所持し、これらを使用して本件各登記手続に必要な委任状を作成したものであり、被告の係員が本件建物の調査に赴いた際も右係員と面接したりしているので、被告は以上の事情から喜平には本件各契約を締結するにつき原告を代理する権限ありと信じたものでその信ずるについては無理からぬ事由があったものというべきである。したがって、原告は民法第一一〇条により、右各契約につき本人としての責任を免れない。

仮にそうでないとしても、原告は昭和四三年四月二六日に被告の店舗を訪れ、喜平の被告に対する債務につき事情を調査した際に、喜平の債務については、誠意を以て原告自ら弁済する旨を言明し、本件各契約についての喜平の無権代理行為を追認したものである。したがって、いずれにしても原告は、本件各契約による責任を負うものであるから、右契約に基づく本件各登記の抹消を請求することはできない。

三、原告訴訟代理人は、被告の抗弁に対し次のとおり述べた。

被告の主張事実のうち、喜平が原告の父であって原告と同居していること、原告が訴外永代信用組合に対し被告主張のような契約を締結する代理権を与えたことがあり、これに基づく契約が結ばれて登記がなされたこと、原告が昭和四三年四月頃被告組合を訪問したことがあることはいずれも認めるが、その余の事実はすべて否認する。原告は靴の小売店を、喜平は工務店をそれぞれ営むものであって、原告は喜平と同居はしているが、その生計も営業も全く喜平とは関係がなく、喜平の債務につき自己の所有家屋を担保に提供したり担保権設定のための契約につき喜平に代理権を与えるような間柄ではない。被告主張の根抵当権設定等の契約は、喜平が原告の代理人と称して原告に無断で被告との間に結んだものである。また、喜平が嘗て永代信用組合に対し本件建物を担保に供することにつき原告を代理する権限を有していたからといって、直ちに被告との間の本件各契約につき表見代理関係が認められるわけのものではない。被告が右各契約につき喜平に代理権ありと信じたとしても、原告本人につき一度の面接もなさず契約を結んだ被告は無過失であるとはいえない。

証拠<省略>。

理由

本件建物が原告の所有であり、この建物につき原告主張の各登記がなされている事実および右の各登記が訴外千葉喜平と被告との間に結ばれた根抵当権設定等の契約に基づいてなされたものである事実は当事者間に争いがない。

しかし、喜平が右の契約を結ぶにつき原告を代理する権限を有していた旨の被告の主張事実についてはこれを認めるに足りる証拠がない。もっとも、喜平が被告あてに差入れた根抵当権設定契約証書(乙第一号証)には根抵当権設定者としての原告の記名があり、その名下の印影が原告の印章によって押捺された事実は原告の自認するところであるから、反証のない限り右乙号証(原告作成名義の部分)は原告の意思に基づいて真正に成立したものと推定され、さらにこの乙号証に基づいて喜平が前記代理権を有していた事実を窺いえないわけではない。しかしながら他方、<証拠>によれば、喜平はその借入金債務の担保を提供すべきことを被告から要求されたので、原告に無断でその所有の本件建物を担保にすることを考え、原告の知らない間に勝手に原告の印章を持出し、昭和四二年七月二七日頃、これを使用して前記乙号証に押印し、登記に必要な委任状を勝手に作成し、原告に無断で交付を受けた印鑑証明書とともに被告に交付した事実を認めることができる。したがって、前記乙第一号証中原告作成名義の部分は真正に成立したものと認めることをえないから、これを本件事実認定の資料に供しえないし、他に喜平に代理権ありとの被告の主張事実を認めるに足りる証拠はない。

次に、被告主張の表見代理の成否について検討する。喜平が昭和三七年一一月一〇日訴外永代信用組合との間に、自己の同組合に対する債務を担保するため本件建物につき根抵当権設定等の契約を結んだこと、右契約を結ぶについては喜平は原告から代理権を与えられていたこと、同年同月二四日に右契約に基づく登記手続がなされたこと、は当事者間に争いがない。右の事実によれば、喜平の与えられていた右の代理権は喜平がその権限に基づいて契約を結び登記手続も了えたことにより消滅したものと見るべきである。したがって、その後喜平が何らの権限なくして結んだ本件契約については民法第一一〇条による表見代理の成立を認める余地はないけれども、もし契約の相手方たる被告において、過失なくして喜平の旧代理権の消滅を知らず、喜平が嘗て代理権を有していた以上その代理権と範囲を異にする本件についても代理権あるものと信じ、その信じたことにつき正当の事由がある場合には、被告は表見代理による保護を受けるといいうるであろう。しかし、<証拠>を総合すると、被告は本件契約を結ぶにあたっての調査に際し、本件建物については嘗て永代信用組合と原告との間に債権元本極度額を金五〇万円とする前示のような契約が結ばれ、その旨の登記がなされていた事実および右の契約は喜平が原告の代理人として結んだ事実を知っていたことを認めることができる。そしてこの事実からすれば、被告は喜平の右代理権は喜平がその委任事務を完了したことによって既に消滅したものであることも知っていたものと認めるのが相当であって、この認定をくつがえすに足りる証拠はない。そうすると、本件の場合は、前示したような民法第一一〇条と第一一二条との競合を認めうる場合にあたると解すべき余地もないから、この点に関する被告の主張は、その余の点に立入るまでもなく排斥を免れない。

次に被告は原告が喜平の無権代理行為を追認した旨を主張するけれども、証人北島行雄の証言とこれにより成立の真正を認めうる乙第四号証中の記載は、これを原告本人の供述と対比すると、未だ右の事実を認めるための充分な証拠とはなしがたく、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

以上のとおりであって、結局、原告が本件契約につき本人としての責任を負うべき理由はないから、被告に対し本件建物の所有権に基づいて本件各登記の抹消を求める原告の本訴請求は正当として認容しなければならない。<以下省略>。

(裁判官 秦不二雄)

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