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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)5801号 判決 1975年2月27日

原告 奥山正次

被告 弓田虎之助 外一名

主文

原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告弓田虎之助は、原告に対し、別紙物件目録記載(二)の建物を収去して、同目録記載(一)の土地を明け渡し、かつ、昭和四二年四月一九日から右土地の明渡しずみに至るまで一か月金八八〇円の割合による金員を支払え。

2  被告岩見利夫は、原告に対し、右建物から退去して、右土地を明け渡せ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告ら

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  別紙物件目録記載(一)の土地(以下本件土地という。)は、もと訴外藤田謙二の所有であつたところ、同人は、昭和二五年八月三一日、東京北簡易裁判所における調停において、被告弓田虎之助(以下被告弓田という。)との間で、本件土地につき、建物の所有を目的とし、存続期間を二〇年とする賃貸借契約を締結し、被告弓田は、その後、本件土地上に、別紙物件目録記載(三)の建物(以下本件旧建物という。)を所有していた。

2  原告は、昭和二九年一月二二日、藤田謙二から、本件土地の所有権の譲渡を受けるとともに、その賃貸人としての地位をも承継取得した。

3  ところで、原告と被告弓田とは、その後原告の提起した本件旧建物の収去、本件土地の明渡しを求める訴訟事件について、昭和三三年一二月八日、東京北簡易裁判所において、訴訟上の和解をしたが、その和解において、原告は、被告弓田に対し、本件土地の賃貸借契約を継続することを承諾する一方、被告弓田は、原告に対し、同被告が約定賃料の支払いを四か月分以上怠つたときなどには、原告において右契約を直ちに解除することができ、その解除の場合には、同被告が、本件旧建物を自費をもつて収去し、本件土地を明け渡すことを約束した。

4  右和解によれば、被告弓田は、右賃貸借契約の解除の場合には、本件旧建物自体を収去すべき義務を負うのであるから、同被告が右和解後本件土地上に所有しうる建物は本件旧建物のみに限定され、同被告は、本件旧建物につき、その同一性を失わせるような増改築工事をすることは許されなくなつたものと解すべきであるのにかかわらず、同被告は、昭和四二年一月ごろから、原告の反対を無視して、本件旧建物につき、その土台、柱等を全部取り替え、一階部分を大幅に増改築し、二階部分を新築するなどの大工事をなし、本件旧建物とは同一性の認められない別紙物件目録記載(二)の建物(以下本件新建物という。)を建築した。しかも、被告弓田は、本件新建物の建築工事をするに際し、建築基準法第六条所定の確認申請をしなかつたのみならず、右のとおりに建築された本件新建物は、同法第四二条、第四四条、第五二条、第五五条、第五七条等にも違反し、抵触するものであつた。したがつて、被告弓田のなした本件新建物の建築工事は、本件土地の賃借人としての義務に違反し、かつ、その賃貸人である原告との間の信頼関係を著しく破壊する行為であるといわなければならない。

5  そこで、原告は、昭和四二年四月一九日被告弓田に到達の書面をもつて、同被告の右行為を理由として、本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

6  仮に原告のなした右契約解除の意思表示がその効力を生じないとしても、本件土地の賃貸借契約は、その存続期間の満了により、昭和四五年八月三一日をもつて終了したものであるところ、被告弓田は、その後も、本件新建物を所有して、本件土地の使用を継続しているので、原告は、同年九月一一日同被告に到達の書面をもつて、原告が自ら本件土地を使用する必要があることを理由として、同被告の本件土地の使用継続につき異議を述べた。

7  仮に原告のなした右5および6記載の契約解除の意思表示および異議がその効力を生じないとしても、本件土地の約定賃料額は、昭和四二年以前から一か月金八八〇円となつていたものであるところ、被告弓田は、昭和四三年一月一日以降の約定賃料の支払いを全くしないので、原告は、前記和解上の特約に基づき、昭和四五年一二月一四日同被告に到達の書面をもつて、右賃料の不払いを理由として、本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

8  以上のいずれの理由によるにしても、本件土地の賃貸借契約はすでに終了しているのにかかわらず、被告弓田は、その後も、本件土地上に本件新建物を所有して、本件土地を占有し、かつ、その占有により、原告に対して、一か月金八八〇円の割合による本件土地の賃料相当額の損害を与えており、また、被告岩見利夫(以下被告岩見という。)は、本件新建物内に居住して、本件土地を占有している。

9  よつて、原告は、被告弓田に対しては、本件土地の賃貸借契約の終了を理由として、本件新建物を収去して、本件土地を明け渡し、かつ、昭和四二年四月一九日から本件土地の明渡しずみに至るまで一か月金八八〇円の割合による損害金を支払うことを請求し、また、被告岩見に対しては、本件土地の所有権に基づき、本件新建物から退去して、本件土地を明け渡すことを請求する。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1ないし3記載の事実はすべて認める。

2  請求原因4記載の事実および主張のうち、被告弓田が、昭和四二年一月ごろから本件旧建物の増改築工事をして、本件旧建物を本件新建物としたことは認めるが、その余の事実および主張はすべて争う。原告主張の和解は、被告弓田が本件旧建物の増改築工事をすることを禁止する趣旨のものではないのみならず、同被告は、右工事に際し、本件旧建物の土台、柱等を取り替えたことはないし、本件旧建物と本件新建物とは、何ら同一性を失つていない。また、被告弓田が、右工事に際し、仮に建築基準法の規定に違反したことがあつたとしても、それは、単に行政法規違反の問題を生じるにすぎず、本件土地の賃貸人である原告との間の信頼関係には何ら影響を及ぼすものではない。

3  請求原因5記載の事実は認める。

4  請求原因6記載の事実および主張のうち、本件土地の賃貸借契約の存続期間が昭和四五年八月三一日をもつて一応満了したこと、被告弓田がその後も本件新建物を所有して本件土地の使用を継続していること、原告がその主張の日にその主張のとおりの異議を述べたことは認めるが、その余の事実および主張は争う。右賃貸借契約は、借地法第六条により、法定更新された。

5  請求原因7記載の事実のうち、本件土地の約定賃料額が昭和四二年以前から一か月金八八〇円となつていたこと、原告がその主張の日にその主張のとおりの意思表示をしたことは認めるが、その余の事実は争う。

6  請求原因8記載の事実および主張のうち、被告弓田がその後も本件新建物を所有して本件土地を占有していること、被告岩見が現在本件新建物内に居住していることは認めるが、その余の事実および主張は争う。

三  被告弓田の抗弁

原告は、請求原因5記載の本件土地の賃貸借契約解除の意思表示により右契約は終了したと主張して、その後、被告弓田が本件土地の賃料の支払いの提供をしても、これを受領しないことが明らかであるので、同被告は、別紙賃料供託明細表記載のとおり、いずれも一か月金八八〇円の割合による昭和四二年八月一日以降の約定賃料相当額の金員を、原告のため、東京法務局に供託している。もつとも、昭和四三年一月一日以降の賃料の供託については、供託書に被供託者の氏名を「奥山正夫」と記載して供託しているが、この記載は、原告の氏名の誤記にすぎないことが明らかであるから、供託の効力に影響を及ぼすものではない。したがつて、請求原因7記載の本件土地の賃貸借契約解除の意思表示はその効力を生じていない。

四  被告岩見の抗弁

被告弓田は、その主張のとおり、本件土地につき、建物の所有を目的とする賃借権を有するものであり、そして、被告岩見は、昭和三六年一二月一〇日以降、被告弓田から本件旧建物ないし本件新建物の一部を賃借して、これに居住しているものであるから、被告岩見は、右建物の賃借人として、本件土地を占有する権原を有する。

五  抗弁に対する原告の認否

1  被告弓田の抗弁記載の事実および主張のうち、原告が請求原因5記載の本件土地の賃貸借契約解除の意思表示により右契約が終了したと主張していること、被告弓田がその主張のとおりに昭和四二年八月一日以降の約定賃料相当額の金員を供託していること、昭和四三年一月一日以降の賃料の供託につきその供託書に記載された被供託者の氏名が「奥山正夫」となつていることは認めるが、その余の事実および主張は争う。供託書上被供託者の氏名を「奥山正夫」と記載した供託は、不適法な供託であつて、無効である。

2  被告岩見の抗弁記載の事実および主張のうち、被告岩見が被告弓田から本件旧建物ないし本件新建物の一部を賃借してこれに居住していることは認めるが、その余の事実および主張は争う。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1ないし3記載の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  ところで、請求原因4記載の事実のうち、被告弓田は、昭和四二年一月ごろから本件旧建物の増改築工事をして、本件旧建物を本件新建物としたことは、当事者間に争いがないところ、原告は、右増改築工事は、本件土地の賃借人としての義務に違反し、かつ、その賃貸人である原告との間の信頼関係を著しく破壊する行為であると主張するので、その主張の当否について判断する。

まず、証人弓田あや子の証言、原告および被告弓田各本人尋問の結果によれば、被告弓田は、右増改築工事を実施するに当り、事前に、原告に対し、右工事の実施を承諾してほしい旨懇願したが、原告は、一度はこれを承諾する旨の返答をしながら、その後これに反対する態度を示すに至つたので、被告弓田は、この問題の処理につき弁護士に相談したところ請求原因3記載の訴訟上の和解においては、本件土地上の建物の新築や増改築の問題には何ら触れていないから、原告の承諾を得ずに右工事の実施をしてもかまわない旨の回答を得たため、結局、原告の承諾を得ないまま、右工事をして、本件旧建物を本件新建物としたものであることが認められる。

そこで、右訴訟上の和解により、被告弓田はその後本件旧建物の増改築工事をすることが許されなくなつたものと解すべきであるかについて考察するに、前記のとおり当事者間に争いのない請求原因3記載の事実および成立につき争いのない甲第二号証(乙第六号証)の和解調書上の表現によれば、右訴訟上の和解においては、被告弓田は、同和解所定の契約解除の場合には、本件旧建物を収去すべき義務を負うことが合意されており、かつ、本件旧建物は「木造亜鉛葺平家建(建坪一三坪四合五勺)一棟」と明示されていることが認められるから、一見、同被告は、右和解により、本件旧建物の同一性を失わせるような増改築工事をすることはもちろん、その規模を変更するような増改築工事をすることも許されなくなつたものと見られないこともない。しかしながら、さらに検討するに、右和解においては、本件土地上の建物の新築や増改築の禁止の問題については、直接には何ら触れていないのみならず、成立に争いのない甲第三号証の二、甲第八号証、原告と被告弓田との間では成立に争いがなく、原告と被告岩見との間では証人弓田あや子の証言により真正に成立したと認められる甲第三号証の四、五、右証人の証言および被告弓田本人尋問の結果を総合すれば、右和解の成立時における本件旧建物の規模は、その登記簿上の表示では、右和解調書上の表示と同様に、「建坪一三坪四合五勺」となつていたが、実際には、それよりもかなり大きく、本件新建物の一階部分の床面積とそれほど相違のなかつたことが認められ、したがつて、右和解調書上における本件旧建物の表示は、当時における本件旧建物の実際の規模を正確に記載したものではなく、単にその登記簿上の表示をそのまま記載しただけのものにすぎないと推定される(甲第五号証および乙第九号証も、この推定を覆すに足りるものではない。)から、右和解は、被告弓田がその後本件土地上に所有しうる建物の規模までを限定する趣旨のものではなく、したがつてまた、少なくとも本件旧建物との同一性を失わせるようなものでない限り、同被告に対して本件旧建物の増改築工事をすることを禁止する趣旨のものではなかつたと解するのが相当である。

そして、前掲甲第三号証の二、四、五、証人弓田あや子の証言、被告弓田本人尋問および検証の各結果によれば、被告弓田が昭和四二年一月ごろから本件旧建物についてなした増改築工事の内容は、本件旧建物の部屋の一部を模様替えし、二階部分を新築し、一、二階を通じる柱を入れ、外側に化粧用ベニヤ板やタイルを張り、古い柱に塗料を塗るなどしたものの、本件旧建物の土台や柱を取り替えるなどしたものではなかつたことが認められ、これに反する証拠はないから、本件旧建物と本件新建物とは、少なくとも法律上の同一性を失つていないものと解するのが相当である。したがつて、被告弓田が本件旧建物についてなした右増改築工事は、その工事の実施に当り本件土地の賃貸人である原告の承諾を得なくても、その賃借人として当然になしうる範囲内のものであつたと解すべきである。

なお、被告弓田のなした右増改築工事が建築基準法の規定に違反しまたは抵触するものであつたという原告の主張について検討するに、前掲甲第三号証の二、四、五、成立に争いのない甲第三号証の一、三、甲第九号証の一、二、証人武宮正、同弓田あや子の各証言、被告弓田本人尋問および検証の各結果によれば、被告弓田は、右増改築工事の実施に当り、事前に建築基準法第六条所定の確認申請をすることを怠つたこと、新築した二階の一部には同法第四四条に違反して同法第四二条所定の道路上に突き出した部分があつたこと、そのため、同被告は、東京都北区役所建設部建築課の係員から注意を受けるに至つたので、その後二階の一部を削り取り、また、事後的に確認申請をなして、昭和四三年七月中に、その確認を得たことが認められるが、それ以外には、原告の主張するような建築基準法のその余の各法条に違反または抵触する工事がなされたことを認めるに足りる証拠はない。しかも、被告弓田の右増改築工事について右に認定したような建築基準法違反の事実があつたとしても、それが直ちに、本件土地の賃借人としての義務に違反するものであり、また、その賃貸人である原告との間の信頼関係にまで影響を及ぼすものであるとはいえない。

以上を総合して判断すれば、前記認定のとおり、被告弓田が本件旧建物の増改築工事を実施するに当り原告の承諾を得ていなかつたとしても、右増改築工事は、本件土地の賃借人としての義務に違反し、かつ、その賃貸人である原告との間の信頼関係を著しく破壊する行為であつたとは認められないと解するのが相当である。

してみれば、被告弓田に原告との間の信頼関係の破壊行為があつたことを理由とする原告の本件土地の賃貸借契約解除の主張は、その余の点について判断するまでもなく、その理由がないといわなければならない。

三  次に、原告は、本件土地の賃貸借契約は、約定の存続期間の満了により昭和四五年八月三一日をもつて終了したと主張するので、この主張の当否について判断する。

まず、請求原因6記載の事実のうち、本件土地の賃貸借契約の存続期間が昭和四五年八月三一日をもつて一応満了したこと、被告弓田がその後も本件新建物を所有して本件土地の使用を継続していること、原告が同年九月一一日同被告に到達の書面をもつて原告の主張するとおりの異議を述べたことは、いずれも当事者間に争いがない。

そこで、原告の右異議につき借地法第六条第二項、第四条第一項但書所定の正当な事由があつたかについて考察するに、原告本人尋問の結果によれば、原告は、将来本件土地上に自己所有の建物を建築して、これに居住したいという希望のもとに、藤田謙二から本件土地を買い受けたものであり、また、右異議を述べた当時から現在に至るまで、妻子とともに、現住所の賃借アパートに居住し、洋服裁縫業を営んでいるものであることが認められる。しかしながら、他方、成立に争いのない甲第一号証(乙第二号証)、乙第一号証、丙第一、第二号証、証人弓田あや子の証言、被告弓田本人尋問の結果によれば、被告弓田は、昭和二三年六月ごろ本件旧建物を買い受けて以来、妻とともに、本件旧建物ないし本件新建物に居住し、また、昭和三六年一二月ごろから、その一部を被告岩見に賃貸して賃料収入を得ているものであつて(なお、被告岩見が本件旧建物ないし本件新建物を賃借していること自体は、当事者間に争いがない。)、本件土地を長期間にわたり生活の本拠として使用してきたものであり、さらに、被告弓田は、長年勤務していた日本火薬王子染料工場を昭和四二年に定年で退職し、その退職金をもつて本件旧建物の増改築工事をしたものであり、右退職後は、ボイラーマンとして上野のホテルに勤務しているが、もし、本件土地の賃貸借契約の存続期間の前記満了とともに、本件新建物を収去して、本件土地を明け渡さなければならないとすれば、直ちに生活に困窮するに至ることが認められる。したがつて、以上に認定のような原告と被告弓田との双方の事情を比較考量して判断すれば、原告の述べた前記異議にはいまだ正当な事由があつたとは認められない。

そうすると、被告弓田の本件土地の賃貸借契約は、借地法第六条により、法定更新されたものといわざるをえず、前記存続期間の満了により右契約が終了したとする原告の主張は、その理由がないというべきである。

四  さらに、原告は、前記和解上の特約に基づき、被告弓田の賃料の不払いを理由として、本件土地の賃貸借契約を解除したと主張するのに対し、同被告は、その抗弁において、当事者間に争いのない一か月金八八〇円の割合による約定賃料相当額の金員を供託しているから、原告の右契約解除の主張はその理由がないと主張するので、右抗弁の当否について判断する。

まず、原告が請求原因5記載の本件土地の賃貸借契約解除の意思表示により右契約が終了したと主張していることは、当事者間に争いがないから、特段の反証のない本件においては、その後、被告弓田が本件土地の賃料の支払いの提供をしても、原告がこれを受領しないことは明らかであつたと推定するのが相当である。そして、被告弓田が、そのことを理由にして、別紙賃料供託明細表記載のとおり昭和四二年八月一日以降の約定賃料相当額の金員を供託していること、ただし、そのうち昭和四三年一月一日以降の賃料の供託につきその供託書に記載された被供託者の氏名が「奥山正夫」となつていることは、当事者間に争いがない。

そこで、供託書上被供託者の氏名を「奥山正夫」と記載してなされた供託が原告のための供託として有効な供託であるといえるかについて考察するに、およそ供託書に記載された被供託者の氏名が供託金の還付を受けるべき債権者の氏名と相違している場合であつても、それが供託者の錯誤による誤記にすぎないことが明らかであるときには、その誤記は供託の効力に影響を及ぼすものではないというべきであり、そして、右のような場合において供託金の還付を受けるべき債権者が法務局に対しその還付を請求するためには、供託金還付請求書(供託物払渡請求書)とともに提出すべき供託書正本または供託通知書に、供託者の作成した氏名訂正証明書または区役所等の発行した供託書記載の被供託者の不在住証明書(供託書記載の被供託者の住所に被供託者として誤記された氏名を有する者が在住していないことの証明書)等供託書に記載された被供託者と供託金の還付を受けるべき債権者とが同一人であることを証明する書面を添付すれば足りると解するのが相当であつて、成立に争いのない乙第一三号証によれば、現に東京法務局の供託実務においても、右と同様の解釈のもとに、供託金還付の手続がなされていることが認められる。よつて、さらに供託書上被供託者の氏名を「奥山正夫」と記載してなされた本件供託の効力について考えるに、弁論の全趣旨によれば、原告の住所には右のような氏名を有する者は在住していないことが認められるとともに、右記載は供託者である被告弓田またはその代理人の錯誤による原告の氏名の誤記にすぎないことが認められるから、右供託は、原告のためになされた供託としての効力を有するものと解すべきである。

以上によれば、被告弓田主張の前記供託の抗弁は、その理由があるというべきであり、したがつて、同被告の賃料の不払いを理由とする原告の前記契約解除の主張は、その余の点について判断するまでもなく、失当であるといわなければならない。

五  以上に認定、判断したところからすれば、原告と被告弓田との間の本件土地の賃貸借契約は現在においても有効に存続しているものといわざるをえず、したがつて、それがすでに終了していることを理由とする原告の同被告に対する本訴請求は、すべてその理由がないというべきである。

六  最後に、原告の被告岩見に対する本訴請求について検討するに、まず、原告が現在本件土地の所有権者であることは、前記のとおり当事者間に争いがない。

しかしながら、被告岩見は、その抗弁において、本件土地を占有する権原を有すると主張するので、その主張の当否について考察するに、原告と被告弓田との間に本件土地の賃貸借契約が現存していると認めるべきことは、原告の被告弓田に対する請求に関してすでに判断したとおりであり、また、被告岩見が被告弓田から本件旧建物ないし本件新建物の一部を賃借してこれに居住しているものであることは、当事者間に争いがないから、被告岩見は、被告弓田が本件土地について有する賃借権および被告岩見が本件新建物について有する賃借権に基づき、本件土地を適法に占有する権原を有するものと解すべきであり、したがつて、被告岩見の抗弁はその理由があるといわなければならない。

してみれば、本件土地の所有権に基づく原告の被告岩見に対する本訴請求も、その理由がないといわざるをえない。

七  よつて、原告の被告らに対する本訴請求はいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 奥村長生)

(別紙)物件目録<省略>

(別紙)賃料供託明細表<省略>

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