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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)2302号 判決 1969年3月31日

被告 永楽信用金庫

理由

一  本件土地建物が原告の所有であることおよびこれにつき原告主張のとおりの根抵当権設定登記がなされていることは当事者間に争いがない。

二  《証拠》を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、

杉田静は、昭和三〇年一一月一九日被告から手形貸付により五〇〇、〇〇〇円を借り受けたが、その後同月二八日ごろ、被告に対し、さらに五〇〇、〇〇〇円の借入方を申込んだ。被告の貸付業務担当者貸付課長宮内良亮は杉田に対し、物的担保を提供しなければ右借入申込みには応じられない旨答えたところ、同人は保証人兼物的担保提供者たるべき者として原告の名を挙げた。そこで宮内は、そのころ、原告に面接して被告との間に、被告、杉田間の手形貸付による貸金契約につき同人のために本件土地および建物につき被告主張の本件根抵当権設定契約を締結する意思を有するや否やを確かめたところ、原告はその意思がある旨を答えたので、宮内は、原告に対し、持参していた所定の根抵当権設定契約書用紙および右契約に基づく根抵当権設定登記手続申請に要する委任状用紙各一葉を手交し、これらに署名押印したうえ、本件土地および建物の権利証、原告の印鑑証明書と共に被告店舗に届けるよう申入れた。原告は昭和三〇年一一月二八日、右根抵当権設定契約書用紙に押印し、かつ、右委任状に署名押印したうえ、これらを権利証、印鑑証明書と共に杉田静を通じて被告に届けたので、被告は、即日、杉田静との間に、原告を連帯保証人として、被告主張のとおりの手形貸付契約等による継続的取引契約を締結した。そして被告は前同日杉田に対し五〇〇、〇〇〇円を貸付け、さらにその後、右契約に基づき、同年一二月二二日、一〇〇、〇〇〇円、昭和三一年四月一八日、五二、六〇〇円(内金六〇〇円はその後に弁済された。)、昭和三二年九月三〇日、五八、〇〇〇円、昭和三三年三月三一日、六五、七七八円を各貸渡した(各貸金契約締結の点は、昭和三二年の分および昭和三三年の分を除き当事者間に争いがない。)。被告は、右根抵当権の設定登記手続をなすことを暫く猶予した後、昭和三一年二月下旬頃にいたり右の手続をしようとしたが、原告から交付を受けていた前記印鑑証明書の有効期間が既に経過していたため原告に対し再び印鑑証明書の交付を請求し、同年六月ころその交付を受け、これと前記本件土地および建物の権利証、根抵当権設定契約書、委任状とを用いて本件根抵当権設定登記手続の申請をした。その際、被告は右の契約書の日付が空欄であつたので、そこに昭和三一年六月二八日と記入し、その結果、本件根抵当権設定登記手続がなされるにいたつた。

以上のとおり認められる。《証拠》中以上の認定に反する部分は採用せず、他に右認定を左右すべき証拠はない。

右認定事実によると、原、被告間には昭和三〇年一一月二八日に、被告主張のとおりの根抵当権設定契約が締結されたものであり、また、被告と、杉田および原告との間には、原告を連帯保証人として、被告主張の継続的取引契約が結ばれ、この契約に基づき、被告主張のとおりの各消費貸借契約が締結されたものといわなければならない。そして、右の継続的取引契約が昭和三三年七月一六日に解約された事実は当事者間に争いがないので、結局被告は右解約の当時杉田に対し前示五口の債権合計金七七五、七七八円を有していたものというべきである。

三  原告は、被告の杉田に対する前示債権中最初の三口は本件根抵当権設定契約および継続的取引契約の成立以前に生じたものであるから本件根抵当権の被担保債権たり得ないと主張するけれども、右の各契約が成立したのは昭和三〇年一一月二八日であつて右の各債権はいずれもその後に発生したものであること前認定のとおりである以上、登記上の右契約の日付がこれに後れているからといつて、前示各債権の被担保債権なることを否定することはできないと解すべきであるから、原告の右主張は理由がない。

そこで次に、原告主張の各相殺について順次検討する。先ず昭和三二年四月一七日頃、杉田が被告に対し普通預金債権金九〇〇、〇二九円を有していた事実は当事者間に争いがないけれども、原告がその頃被告に対し右預金債権を反対債権として相殺の意思表示をした事実についてはこれを認めるに足りる確かな証拠がない。もつとも、《証拠》によると、原告は、昭和三二年四月一七日ごろ、杉田静が中小企業金融公庫から融資を受けたことを聞知し、同日、宮内良亮に対し、右融資にかかる金員をもつて、先ず、杉田の本件継続的取引契約に基づく被告に対する債務の弁済に充てて欲しい旨申入れたが、宮内から、杉田と協議しなければ、右処置に出ることはできない旨告げられ、宮内に対し、杉田静が右金員を受領すべく被告店舗を訪れたときは、杉田に対し右金員をもつて右弁済に充てるよう申入れたいので、その旨原告に通知して欲しい旨申し述べ、そのまま宮内の下を辞したことが認められるけれども、右事実をもつて直ちに原告主張の相殺の意思表示がなされたものとは断定し難いから、原告の前記主張は理由がないといわねばならない。

次に《証拠》を総合すると、杉田静は、昭和三二年三月三〇日ごろ、国民金融公庫に対し、約六〇〇、〇〇〇円の負債につき同公庫の代理店である被告から強くその返済を請求されていたので、右債務の弁済に充てるため、被告から七〇〇、〇〇〇円を借受けたこと、さらに杉田は、同年四月三日、中小企業金融公庫から、事業設備資金として一、〇〇〇、〇〇〇円を借受け、一旦これを被告に対する普通預金口座に預入れたが、その後同月一〇日、右預金中一〇〇、〇〇〇円の払戻しをなし、次いで同月二六日、右預金残額九〇〇、〇〇〇円を払戻し、内金七〇〇、〇〇〇円を、被告に対する前記借入金の弁済に充てたことが認められる。右認定に反する証人杉田静の証言(第一回)部分は採用せず、《証拠》も右認定を覆えすにたらず、他に右認定を左右すべき証拠もない。以上の事実によれば、原告の主張する杉田の被告に対する普通預金債権七〇〇、〇〇〇円は、原告が右債権を反対債権として相殺の意思表示をした昭和三四年一二月五日当時には既に払戻によつて消滅していたものというべきであるから右相殺の意思表示はその効力を生ずるに由なく、また杉田が被告に対し原告主張のような損害賠償債権を取得した事実も認めることができないのでこの事実を前提として昭和三九年三月七日に原告のした相殺の意思表示もその効力を生じえないといわねばならない。

次に、昭和三九年九月五日に原告のした相殺の意思表示について、原告主張の各反対債権の存否について検討する。先ず杉田が被告に対し五〇、〇〇〇円の出資をした事実は当事者間に争いがないけれども、杉田が被告金庫を脱退した旨その他杉田が被告に対し右出資金の返還請求権を取得するにいたつた事由につき何の主張も立証もない以上、杉田が被告に対し原告主張のような債権を有するものと認めることはできない。また杉田が被告に対し原告主張のような曙定期積金債権を有していた事実は《証拠》だけではこれを認めるに足りず、他に右の事実を認めうる証拠はない。さらに、杉田が被告に対し、原告主張の配当金支払請求権、昭和三〇年三月三〇日付および同年一〇月三一日付各契約に基づく定期積金返還請求権、普通預金返還請求権、および無記名定期預金の利息債権を有していた事実は当事者間に争いがない。しかし、《証拠》によれば、右各債権のうち、配当金支払請求権および昭和三二年六月三〇日までの利息債権については被告主張のとおりの弁済がなされた事実が明らかである。そして、右以外の定期積金返還請求権、普通預金返還請求権、および利息債権中の残余の分の金額を合計しても本件抵当権の被担保債権七〇〇、〇〇〇円に満たないことは計算上明白である。したがつて、原告の右相殺の意思表示によつては右被担保債権の全部は消滅するにいたらないものである以上、この点に関する原告の主張は、その余の争点を判断するまでもなく採用しえないというほかはない。

最後に原告が昭和四一年三月五日にした相殺の意思表示について検討する。昭和三〇年一一月一五日に杉田が被告に対し、無記名定期預金五〇〇、〇〇〇円を預け入れた事実は当事者間に争いがない。しかし、《証拠》を総合すると、杉田は前示のとおり昭和三〇年一一月一九日に被告から五〇〇、〇〇〇円を借り受けた際に、右の無記名定期預金債権に被告のため質権を設定して右五〇万円の債務の担保に供していたところ、昭和三三年七月九日にいたり被告は質権の実行により自ら預金債権を取立てた上、これを前記五〇〇、〇〇〇円の債務の弁済に充当した事実を認めることができ、この認定を動かすに足りる証拠はない。そうすると、原告の右相殺の意思表示の当時には既にその主張する反対債権は消滅していたことになるから、右の意思表示もまた効力を生じえないといわねばならない

四  以上のとおりであるから、本件根抵当権の不存在確認とその登記の抹消を求める原告の本訴請求はいずれも理由がないものとして棄却した。

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