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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)178号 判決 1969年12月11日

原告 工営設備水道株式会社

右訴訟代理人弁護士 中山淳太郎

被告 協栄生命保険株式会社

右訴訟代理人弁護士 関口保二

同 関口保太郎

同 上野譲治

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し、金二、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四二年六月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、原告は、昭和四〇年八月一七日被告との間に、原告を保険金受取人とする次のとおりの生命保険契約(二口)を締結し、保険掛金の支払いをした。

一、証券番号 A第一、五三二、一二五号

保険契約者 原告

被保険者 河崎文夫

保険者 被告

保険金額 一、〇〇〇、〇〇〇円

契約始期 昭和四〇年八月一七日

終期 昭和四五年

保険料 年払金一七、八〇〇円

二、証券番号 A第一、五三二、一二六号

その他の契約内容は一と同じ。

二、被保険者河崎文夫(以下被保険者という)は、昭和四二年五月一二日死亡したので、原告は被告に対し直ちに保険金二口合計二、〇〇〇、〇〇〇円の支払いを請求するにもかかわらず、被告はこれに応じない。

よって右保険金二、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四二年六月一日より支払ずみに至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払いを求めるため本訴におよんだと述べ、

被告の抗弁事実に対し、その第一項は認め、第二項は不知、第三項中申込書告知欄中に「無」と記載してあることは認めその余の事実は否認し、第四項中本件生命保険契約解除の意思表示が昭和四二年七月一五日原告に到達したことは認め、その余の事実は否認し、第五項はすべて否認する。被保険者は、本件生命保険加入のため受診の際、保険診査医訴外山本彰義に対し、宮脇直一医師より高血圧症と診断されているがこの程度のものは何でもない旨云われているので、よく診査してほしい旨口頭にて告知したものであって主張のような告知義務違反はないと述べた。

立証<省略>。

被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め答弁として原告主張の請求原因事実はすべて認めると述べ、抗弁として、

一、被保険者の死亡原因は脳出血症であり、脳出血症の原因は高血圧症によるものである。被保険者は、昭和四二年五月一二日、右死因によって死亡する約三カ年程前から高血圧症にかかっており、鳥取県鳥取市西町五丁目一〇一番地医師宮脇直一の治療を受けていたが、その初診時昭和四〇年八月一一日には血圧最高一八〇ミリ、最低一二〇ミリあり軽度の頭痛を訴える自覚症状さえ有していた。

二、右のような高血圧症の患者を被保険者とする生命保険契約の締結は、被告をはじめ一般保険会社の拒絶するところである。

三、しかるに、保険契約者たる原告ならびに被保険者は右一項記載の重要な事実を認識しながら、昭和四〇年八月一七日、本件生命保険契約締結の際、勤労保険申込書を提出するに当りその告知事項中「被保険者殿は今迄につぎの病気のため治療を受けたことがございませんか。現在からだの具合の悪いところはございませんか。」という箇所に「高血圧症」と記載してあるにかかわらず、「無」として被保険者、原告連署のうえ被告へ提出し、悪意により重要な事実を告げなかったものである。

四、そこで被告は、原告ならびに被保険者の商法第六七八条第一項本文所定の告知義務違反に基づき、昭和四二年七月一五日到達の各書面をもって、保険契約者たる原告に対し、前記二口の本件生命保険契約解除の意思表示をなしたので、同日本件保険契約は解除の効果を発生し、被告の保険金支払義務は消滅したものである。

五、仮りに、右解除の効力が認められないとしても被告は、本件生命保険契約の「詐欺無効」を主張する。

すなわち、被保険者は、本件生命保険契約の申し込み日たる昭和四〇年八月一七日のわずか六日前である同月一一日、頭痛と肩こりを訴えて医師宮脇直一の診察を受けた結果、最高一八〇ミリ、最低一二〇ミリもある高血圧症と診断せられ、注射を受け、薬を服用し、その後同月一三日、一六日とさらに、二回にわたって、右医師の診察を受け注射薬の服用を重ね、よって最高一七〇ミリ、一五〇ミリ、最低一〇〇ミリと血圧を順次降下させたにもかかわらず、保険契約申込書二通の告知事項欄にいづれも高血圧症にかかった事実も、その治療をしている事実もない旨記載し、さらに同月一七日に被告の嘱託医山本彰義から診査を受けた際にも、右事実を告げず、被告を欺罔し、よって被告をして高血圧の現在症なきものと誤信させて、本件生命保険契約を締結せしめたもので被告の勤労保険普通保険約款第一二条に該当し無効であると述べた。

立証<省略>。

理由

一、請求原因事実はすべて当事者間に争いがない。

二、そこで、被告の告知義務違反の抗弁について、検討する。被保険者の死因が脳出血症であり、脳出血の原因が高血圧症であって、被保険者は、昭和四二年五月一二日脳出血症により死亡する約三カ年程前から高血圧症にかかっており、鳥取市西町五丁目一〇一番地医師宮脇直一の治療を受けていたが、その初診時である昭和四〇年八月一一日には血圧最高一八〇ミリ、最低一二〇ミリあり、軽度の頭痛を訴える自覚症状を有していたこと、主張申込書の告知事項欄に「無」と記載あることはいずれも当事者間に争いがない。

<証拠>を総合すればつぎの事実が認められる。

被保険者は昭和四〇年八月一一日宮脇直一医師の許へ頭痛と肩こりを訴えて、診察を求めてきたが、同医師は診察の結果、被保険者が前記のとおりの血圧値を示したので、被保険者に対し血圧の右数値を示し、高血圧症であることを告げるとともに心身の安静と食餌療法を指示し、肩こりの治療薬を注射し、鎮静剤二日分を交付したこと、ついで同月一三日は被保険者方からの連絡で同人方へ往診したが、前同様の症状を訴え、その日の最高血圧は一七〇、最低血圧は一〇〇を示していたこと、同月一四日は被保険者方の家人がきて前記の鎮静剤を二日分交付したこと、同月一六日は頭痛をひどく訴えたので、前記の薬にかえて、別の鎮静剤(水薬)二日分与えたが、その時の最高血圧は一五〇、最低血圧は一〇〇であったこと、同月一七日午前九時頃被告の嘱託医山本彰義は被告鳥取支社外務員山崎秀夫の案内で、被保険者の健康審査のため被保険者方に赴き、同家の奥八畳間で、被保険者を診査したが、診査にかかる前、被保険者の妻であったよし子は同家、事務室から奥八畳間の同医師に対し、被保険者は頭が痛いといっているからよく診てくれとの趣旨を告げたこと、同医師は被保険者の血圧を計ったが、右腕の最高血圧が一四六最低血圧が九〇を示したので、更に左腕を計ったところ最高血圧一四四、最低血圧八八を示した。そこで同医師は高血圧症の既往症等を被保険者に尋ねたが、同人はこれを否定したこと、そこで、同医師は被告に提出すべき診査報状中、被保険者が既往における高血圧症の有無欄に「無」の記載、血圧降下剤使用の有無欄にも同様「無」の記載をなし、血圧の欄には前記左右両腕の数値を記載し、綜合意見欄には、最低血圧がやや高いため危険性もあると考え判定は被告に委せることにして不適格のCの判定を避けて、一応Bの評定をし、被告の鳥取支社に提出したこと、同医師としては、被保険者から前記のとおり、既往に高血圧症の治療を受けていた事実の申告があり、これが確知できれば、Bの判定はしなかったものであること、訴外山崎秀夫も保険契約者である原告(当時被保険者が原告の代表取締役)および被保険者から、同人が既往に高血圧症で治療を受けていた事実がありながら、その旨告知がなかったので保険契約者および被保険者に代って、同日付で前記のように告知事項欄中無とある個所に該当の記入をし、申込書二通(乙第二号証同第三号証)に被保険者および保険契約者の捺印を求めて各整備の上、被告の鳥取支社を経て、前記診査報状(乙第六号証)とともに被告に送付されたこと、被告は鳥取支社から送られた前記各保険申込書と診査報状を査定基準に従って審査の結果、保険許可の決定をしたものであるが、その査定基準とは診査報状面の血圧数値が、最高血圧が一五九、最低血圧が九〇を超えると失格とするものであること、前記のように被保険者が保険医による審査前に、他の医師の診断を受け、最高血圧が一八〇、最低血圧が一二〇を示したことにより高血圧症と診断されて治療を受けている事実を被告が知れば不合格となったこと、被保険者は同年九月六日から昭和四二年五月一二日まで前後十数回に亘り高血圧症のため前記宮脇医師の治療を受けたことをそれぞれ認めることができる。<省略>。

三、以上のとおりとすると、一般的に高血圧症が脳出血、死亡という経過を辿るおそれが十分あることは顕著な事実であることや、前記のとおり保険契約者が被保険者の既往症を告げたならば、被告は本件契約をなすにつき更に慎重な考慮を払い或いはその締結を差控えたかも知れない程のものであったことを合せ考えれば、高血圧で治療中であることは、被告に対して告げられるべき重要な事実であるといわなければならない。それにもかかわらず、保険契約者たる原告は被保険者が右高血圧症であることを知りながら、本件契約に際してこれを告げなかったことは、原告の悪意を推定するに難くないから、原告は本件保険契約に際し、被告に対し悪意により重要な事実を告げなかったものと言う外はない。

しかして、被告が原告に対し、告知義務違反に基き昭和四二年七月一五日到達の書面により、本件二口の生命保険契約解除の意思表示をしたことは当事者間に争いないから、右書面到達と同時に、本件保険契約は商法第六七八条第一項本文に基き有効に解除され、被告の保険金支払いの義務は消滅したものということができる。

よって、原告の本訴請求は理由がないものとして棄却を免れない<以下省略>。

(裁判官 柏木賢吉)

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