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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)10529号 判決 1970年7月07日

原告 青木淑恵

原告訴訟代理人弁護士 近藤善孝

被告 大畑和夫

右訴訟代理人弁護士 加藤勝三

主文

1  原被告間において被告が左記抵当債権を有しないことを確認する。

別紙目録記載の土地についてなされた東京法務局大森出張所昭和二九年四月二六日受付第七五九五号抵当権設定登記に表示された債権者藤沢利太郎債務者株式会社大和不動産投資部昭和二九年四月二六日附金銭消費貸借による金二〇〇万円の債権、弁済期昭和三〇年四月二五日、利息年一割。

2  被告は原告に対し別紙目録記載の土地について東京法務局大森出張所昭和三八年九月一日受付第三〇三八五号をもって被告のためになされた抵当権移転の附記登記の抹消登記手続をせよ。

3  被告が別紙目録記載の土地について申立てた任意競売(東京地方裁判所昭和四三年(ケ)第一二九四号事件)はこれを許さない。

4  原告のその余の請求については訴を却下する。

5  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨(原告が求める判決)

1  原被告間において、左記抵当債権が存在しないことを確認する。

別紙目録記載の土地についてなされた東京法務局大森出張所昭和二九年四月二六日受付第七五九五号抵当権設定登記に表示されている債権者藤沢利太郎債務者株式会社大和不動産投資部昭和二九年四月二六日附金銭消費貸借を原因とする債権額二〇〇万円の債権、弁済期昭和三〇年四月二五日、利息年一割

2  被告は原告に対し、前項記載の抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

3  被告は原告に対し別紙目録記載の土地について東京法務局大森出張所昭和三八年九月一七日受付第三〇三八五号をもって被告のためになされた第1項記載の抵当権の移転の附記登記の抹消登記手続をせよ。

4  被告が別紙目録記載の土地について申立てた東京地方裁判所昭和四三年(ケ)第一二九四号不動産競売手続はこれを許さない。

5  前項に限り仮執行の宣言ができる。

6  訴訟費用は被告の負担とする。

第二請求原因

一、原告の土地所有権

(1)  売買契約の成立

(イ) 原告は別紙目録記載の土地(以下本件土地という)を昭和三〇年九月一〇日その所有者である株式会社大和不動産投資部(以下大和不動産という)からその代理人菊地敏郎を通じて代金一五万九、七五〇円で買受けて所有権を取得し、その後仮登記仮処分命令により昭和三七年六月二〇日所有権移転仮登記をなし、その後昭和三八年六月五日右仮登記に基いて所有権移転の本登記手続をした。

(ロ) かりに原告と契約をした菊地に代理権がなかったとしても、同人は当時前記大和不動産の取締役であり、かつ同会社所有の本件土地ならびに隣接地の売渡しの交渉等の事務を管掌していたものであるから、商法四三条により、同人のなした売買契約は大和不動産に対して効力がある。

(ハ) 仮りに菊地に代理権がなく、かつ商法四三条の規定が適用されないとしても、大和不動産は菊地のなした無権代理を暗黙の間に追認した。すなわち

(ⅰ) 本件土地は、同会社所有の本件土地に隣接する他の土地が原告以外の五名の者に分譲された際に原告が買い受けたもので、原告を含む六名との売買契約の締結はいずれも菊地が代理して行なったものである。

訴外会社がこの売買の事実を知ったのは遅くとも昭和三〇年一二月ころであり、原告を除く他の五名については既に所有権移転登記がなされていたこともそのころ知った。それから今日まで一四年余の間原告を除く他の五名に対し、所有権移転を争ったことは一度もない。

(ⅱ) 原告は大和不動産に対し、契約の履行を求めるため、昭和三七年本件土地所有権移転登記請求の訴を大森簡易裁判所に提起し、原告勝訴の判決を得、この判決は昭和三八年五月二九日確定した。

(2)  取得時効の完成

かりに原告が前項の売買により所有権を取得しないとしても、原告は一〇年の短期取得時効により本件土地の所有権を取得した。すなわち原告は昭和三〇年九月一〇日本件土地を買受けてから後善意無過失で本件土地上に建物を所有することにより公然占有して来たから、昭和四〇年九月一〇日の経過により取得時効が完成した。

二、債務不存在確認および登記抹消請求の原因

登記簿によれば、本件土地につき訴外藤沢利太郎のために請求の趣旨1記載の抵当権設定登記があり、また被告のため請求の趣旨3記載の抵当権移転の附記登記がある。

しかし、右抵当権は、

(1)  昭和三〇年八月二五日頃弁済により消滅した。

(2)  かりに然らずとするも、右同日頃抵当権者の債権放棄によりこれに従たる抵当権も消滅した。

(3)  仮りに然らずとするも、右同日頃抵当権者の抵当権放棄により抵当権は消滅した。

(4)  右(1)ないし(3)の消滅原因が認められないとしても、原告は、前記のとおり、(一の(2)参照)、本件土地の占有を継続し、取得時効が完成したので、民法三九七条により本件の係争抵当権は消滅した。

(5)  かりに(1)ないし(4)の抵当権消滅原因が認められないとしても、被告は原始抵当権者藤沢より債権譲渡をうけたことはないから、債権も抵当権も取得していない。

三、任意競売不許の理由

被告は、本件土地上に自己が有していると主張する前記抵当権に基づき、東京地方裁判所に本件土地の任意競売の申立をなし、同裁判所昭和四三年(ケ)第一、二九四号事件として昭和四三年一一月四日右競売開始決定がなされた。

しかし、被告が有すると主張する抵当権ならびにその被担保債権は前記二記載の理由により消滅し存在しない。

≪以下事実省略≫

理由

一、原告の土地所有権取得について

本件土地がもと大和不動産投資部(以下大和不動産という)の所有であったこと、菊地敏郎が昭和三〇年当時同会社の取締役であったことは当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫を総合すると、原告は本件土地を昭和三〇年九月一〇日大和不動産から同会社の取締役菊地敏郎を介して代金一五九、七五〇円で買受け、その代金の支払を終り、本件土地につき昭和三七年六月二〇日所有権移転仮登記をなし、昭和三八年六月五日右仮登記に基づく本登記をしたことが認められる。右売買につき菊地敏郎が同会社から代理権を授与されていたことについては、確たる証拠はないが、前掲各証拠によれば商法四三条の適用に関する原告主張事実(請求原因一の(1)の(ロ)の事実)が認められるので、同人に代理権があったと同じ効果が認められる。

被告は、菊地敏郎は私利をはかるために、右会社の代表者深沢義治の印鑑を冒用して本件売買をなしたものであると論難するけれども、かりに右の主張が真実であるとしても、買受人たる原告自身においてその事実を知っていたことにつき主張立証がないから、商法四三条の適用を妨げることはできない。

二、被告の抵当権取得について

本件土地につき訴外藤沢利太郎のため請求の趣旨1記載の抵当権設定登記がなされ、その後被告のため請求の趣旨3記載のとおり抵当権移転の附記登記がなされていることは当事者間に争いがない。

本件においては、原告は原始抵当権者藤沢利太郎が適法に抵当権を取得したこと自体については敢えて争っていない。そこで、抵当権自体は適法に成立したものとして判断を進める(ただし、信憑すべき藤沢利太郎の証言によれば、被担保債権の真実の額は当初から一〇〇万円であることが認められる)。

被告は、大和不動産の代表者である深沢義治が個人として藤沢を含む投資債権者から、抵当債権二〇〇万円の譲渡をうけ、その後被告が深沢から右抵当債権を譲りうけたと主張し、証人深沢義治は、同人が投資債権者の代表数名から係争の抵当債権を譲りうけた旨証言しているが、≪証拠省略≫を総合すると、深沢の右証言は信用できず、他に藤沢利太郎が抵当債権を深沢に譲渡した旨の証拠はない。むしろ、右各証拠によると、藤沢利太郎は誰にも抵当債権を譲渡せず、また弁済もうけることなく現在に至っていることが認められる。被告本人は深沢から、抵当債権を譲受けたと供述しているが、深沢自身がこれを取得したことが認められないから、かりに同人が深沢と債権譲渡の契約をしたとしても、被告は債権も抵当権も取得することはできない筋合いである。

以上によれば、原告の請求のうち被告に対して、抵当権移転の附記登記の抹消を求める請求は理由がある。

三、抵当権設定登記の抹消請求について

(一)  原告は本訴において、被告に対し抵当権移転の附記登記のみならず、抵当権設定登記(主登記)の抹消をも求めている。この点に関し、従来判例は抵当権の現在の名義人である者に被告適格を認めて来たのであるが、本件の被告のように、単に登記簿上権利移転の附記があるだけで、実体法上権利を取得していない者にまで被告適格を認めることは、主登記の権利者の固有の利益を害し、不当な結果を招来する危険があるので、原告の本訴請求のうち抵当権の主登記の抹消を求める部分は被告に被告適格がないので、不適法として訴を却下する。

けだし、一般論として、抵当権の主登記と附記登記の抹消を求める訴訟において、抵当権の移転が有効に行われている場合には、主登記の権利者を被告としてこれに訴訟を追行させてもその者は、既に被担保債権を譲渡しているので、訴訟追行の熱意に乏しいことが予想されるので、敢えてこの者を被告として訴訟に引き入れなくてもよいということは一応是認できる(最高裁昭和四四年四月二二日判決民集二三巻四号八一五頁参照)。しかし、右の場合、抵当権の移転が有効に行われていない場合には、抵当権は主登記の権利者に残留しており、この者は自己の抵当権の主登記の抹消を求める訴訟につき重大な関心を有するに反し、附記登記の名義人はもともと抵当権を取得していないのであるから、訴訟追行の資料にも乏しく、またその熱意にも乏しいであろうと考えられる。そしてもし、かかる実情を無視して附記登記の名義人のみを被告として審理を進めれば、もし、真実の抵当権者(すなわち主登記の名義人)を被告とした場合には、主登記の抹消につき請求棄却の結果が出される可能性のある案件であっても、被告が十分防禦方法を尽しえないため、またはその熱意に欠けるため、請求認容の判決が言渡される危険のあることが予想される(登記の実務として、この判決が確定すれば、原告は単独で、附記登記のみならず主登記の抹消申請をすることができる)。実体的権利を伴わない附記登記の名義人を被告とすることの不当性はまさにここにある。もっとも、右の場合請求認容の判決の既判力は、主登記の名義人には及ばないから、右判決の結果、主登記まで抹消されれば、この者は、その事件の原告またはその後の土地所有者を被告として、抹消された主登記の回復を訴求する余地は残されている。しかし、このことの故に附記登記の名義人を被告とすることの不当性が払拭されるものではない。いな、主登記の名義人をして後日かような救済方法を講じざるを得ざる羽目に追い込む可能性を包蔵すること自体が問題であり、かかる結果を招来するおそれのある訴訟追行方法が不当なのである。以上の次第であるから、なんら実体的権利移転を伴わない本件被告には、主登記抹消の請求については被告適格を認めることはできない。

(二)  上記の点に関し、多少問題となるのは、原告は主登記抹消請求の理由として、原始抵当権者藤沢に対する弁済、同人の債権放棄および抵当権の放棄のほか、本件土地の取得時効完成による抵当権消滅(民法三九七条)をも主張していることである。

当裁判所は、反対の判例もあるが(大審院昭和一五・八・一二判決、民集一九巻一三三八頁)、原告が本件土地買受人であること自体は、民法三九七条による抵当権消滅を主張することの妨げとはならないものと解する。

しかし、原告が取得時効の完成を理由として主登記の抹消を求める場合に主登記の名義人を除外して審理判決することの不当性は既に前段に述べたとおりである。のみならず、民法第三九七条については、土地占有者が従来抵当権の存在を認めながら占有を継続した場合には、たとい土地の取得時効が完成しても、これによって抵当権は消滅しないものと解されているので、土地所有権の取得原因としての時効が完成した場合には、その土地上に存する抵当権が必然的に消滅するものとはいえず、この点からしても、真実の抵当権者たる主登記の名義人を除外して主登記抹消請求の当否を審理することは、他の消滅原因の場合に劣らず、主登記の名義人の利益を害する結果となるので、本件被告に被告適格を認めることはできない。

四、債権不存在確認請求について

前認定によれば、藤沢利太郎から被告への債権譲渡が認められない。したがって、原告の債権不存在確認請求のうち、原告主張の債権が被告に帰属しないことの確認を求める部分は理由がある。しかし、原告の右請求はその主張の債権が被告にはもちろん、原始抵当権者藤沢利太郎にも絶対的に帰属していないことの確認を求める趣旨であるようにも解される。もし、そうであるならば、藤沢利太郎に対する関係においても不存在確認を求める部分については、三に述べたと同様の理由により被告にはその適格がないので、その部分については不適法として訴を却下する。

五、執行不許の請求について

被告が藤沢利太郎から抵当債権を譲受けたとして前記のように本件土地に抵当権移転の附記登記をなし、右附記登記に基いて東京地方裁判所に任意競売の申立をなし、同裁判所が昭和四三年一一月四日競売手続開始決定をしたことは当事者間に争いがない。原告は本訴において、本件土地が原告の所有であり、被告に抵当権がないことを理由として競売手続の許されないことを訴求するものであるが、原告が本件土地について所有権を取得し、仮記登を経て所有権取得の本登記をしたこと、および被告が本件土地について抵当権を有しないことは前認定のとおりであるから、民事訴訟法第五四九条第一項を準用し、原告の右請求はこれを認容する。

六、むすび

以上の次第であるから、請求の趣旨のうち、第1項の一部(被告に関する部分)、第3項および第4項の各請求を認容し、第1の残部と第2項については訴を不適法として却下し、訴訟費用の負担につき同法九二条但書を適用し、主文のとおり判決する。

(なお、仮執行の宣言は、民事訴訟法五四九条四項、五四八条にあたる場合ではないから、これを附けない)

(裁判官 伊東秀郎)

<以下省略>

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