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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)10120号 判決 1969年6月30日

原告

猶井章太郎

ほか四名

被告

荏原用賀交通株式会社

主文

1  被告は原告らに対し、それぞれ金二〇万一一二〇円及びこれに対する昭和四三年九月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、これを三分しその一を原告らの負担としその余を被告らの負担とする。

4  この判決は、原告らの勝訴部分に限り、仮に執行できる。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告ら

「被告は原告らに対し、それぞれ金三〇万三七二〇円及びこれに対する昭和四三年九月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二、被告

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決を求める。

第二、請求の原因

一、(事故の発生)

訴外猶井甚太郎は、つぎの交通事故によつて頸椎骨折・胸腔内臓器損傷等の傷害を蒙り、昭和四二年九月二日午前一一時三五分頃死亡した。

日時 昭和四二年九月二日午前一一時五分頃

場所 東京都世田谷区瀬田町二四六番地先

加害車 営業用乗用自動車

運転者訴外 川上久夫

態様 訴外川上久夫は、加害車を瀬田交差点から世田谷通りに向けて運転中、その進路(環状八号線)前方において左から右に向け自転車で横断中の訴外甚太郎に加害車を接触させた。

二、(責任原因)

被告は、加害車を所有し自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により本件事故によつて生じた損害を賠償する義務がある。

三、(損害)

1  葬儀費用等

原告らは、被害者の事故死に伴い、つぎの出損を余儀なくされた。

(一) 死亡にいたるまでの治療費 金二六〇〇円

(二) 屍体引取費用 金三〇〇〇円

(三) 葬儀費用 金二〇万円

2  被害者に生じた損害

(一) 訴外甚太郎の逸失利益 金一一六万円

その算定の根拠は、つぎのとおりである。

(死亡時の年齢) 七三才

(推定余命 八・〇三年(昭和四二年簡易生命表による。)

(稼働可能年数) 四年

(収入) 月収金四万九〇〇〇円

ただし、畑約二二〇〇平方メートルを耕作して生花用柳・野菜を生産販売したことによる収入。

(控除すべき生計費) 月金二万円

(毎月の純利益) 金二万九〇〇〇円

(年五分の中間利息控除)ホフマン式(複式・年別)計算による。

(二) 原告らは、訴外甚太郎の相続人(直系卑属)の金員であり、いずれも右金一一六万円の五分の一に当る金二三万二、〇〇〇円の賠償請求権を相続した。

(三) 原告の慰藉料

原告らは、昭和三〇年にその母を喪って以来、訴外甚太郎一人の手で愛育されて今日に及んだもので、同人は高齢とはいえ、なお壮健にして幸福な生活をしていたものである。一朝にて同人を喪つた原告らの精神的苦痛は筆紙に尽しがたいものがある。この苦痛を金銭をもつて評価すれば、原告らに対し各金六〇万円が相当である。

3  損害の一部填補

原告らは、自賠責保険金として金三〇〇万円の支払を受け、かつ、被告から香典として金三万円を受領し、いずれも平等の割合をもつて、以上の損害の各一部に充当した。

4  弁護士費用 金二九万円

原告らは、本訴原告訴訟代理人に対して右の残金の取立を委任し、その手数料として金五万円を支払つたほか、本訴終了後に報酬として金一三万三〇〇〇円を支払うことを約束した。

四、よつて、被告に対し原告らはいずれも金三〇万三七二〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和四三年九月九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、被告の事実主張

一、(請求原因に対する認否)

請求の原因一、二項記載の全事実及び三項3記載の事実は認める。その余の事実は不知。

二、(過失相殺)

本件事故現場は交差点とはいえ、加害車が通行していた環状八号線の幅員は、訴外甚太郎の進路よりも広く、その間に格段の差異があるのであるから、同人としては加害車の通行を優先せしむべきであり、また、その進路右方の安全を確認したのち横断を開始すべきだつたのである。然るに同人は耳が不自由であつて他車が吹鳴した警笛にも気づかず、道路の安全の確認を怠つたため本件事故に遭遇したものであるから、本件事故発生についての同人の寄与過失はすくなくとも三割ないし四割であつたというべきである。

第四、抗弁事実に対する原告の認否

否認する。

第五、証拠関係〔略〕

理由

一、(事故の原因と責任原因)

請求原因一、二項記載の事実は当事者間に争いがない。この事実によれば、被告は原告ら主張のとおり自賠法三条により本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。

二、(損害)

1  〔証拠略〕によれば、請求の原因三項1の事実がそのとおり認められるから、原告らはこれと同額の損害を蒙つたというべきである。

2  〔証拠略〕によれば、訴外甚太郎は、柳及び野菜の生産により毎月金四万九〇〇〇円を下ることのない収入を挙げていたこと及び同人の月間生計費は金二万円を超えるものではなかつたことが認められるから、同人の生前における月間純利益は金二万九、〇〇〇円を下るものではなかつたというべきである。ところで、〔証拠略〕によれば、訴外甚太郎は死亡当時七三才であつたことが認められ、前記タマエ本人の供述によつて認められる訴外甚太郎の生前の健康状態、職業の態様並びに昭和四二年簡易生命表による同人と同年齢の男子の平均余命が八、〇三年であることを綜合して考えれば、訴外甚太郎は本件事故に遭遇しなければなお四年間は稼働可能であつたと認めるのが相当である。したがつて右稼働期間内における同人の得べかりし純利益をいま一時に支払いを受けるものとしてホフマン式(複式年別)計算により年五分の割合による中間利息を控除すれば、その金額が合計金一二四万二七二円となることは計数上明らかである。

ところで、本件事故の発生原因について調べて見るに、〔証拠略〕を綜合すれば、つぎの事実を認定することができる。すなわち、本件事故の現場は、世田谷区内の瀬田交差点から世田谷通りに通ずる車道幅員二七メートル余、アスフアルト舗装で、しかも極めて見とおしのよい環状八号線通りとその西方砧緑地に通ずる幅員六・五メートルの道路及び幅員一・七メートルの路地によつて形成された交通整理の行なわれていない交差点内であるが、右事故発生当時加害車を運転中の訴外川上久夫は、右環状八号線上を、その制限速度五〇キロメートル毎時を超える時速七〇ないし八〇キロメートルの速度(その後、事故現場において加害車につき制動実験を施行した結果、加害車が前記制限速度で走行中急制動をほどこした場合に生ずるスキツド・マークの長さは右車輪につき一一・七五メートル、右車輪につき七・二五メートルである)で、自車に走行する訴外篠田義久運転の幌付自動車の右側を追い抜く姿勢のもとに右現場に接近しつつあつたこと、そのため、訴外篠田においては、右交差点の約五〇メートル手前において、すでに進路前方左側の前記交差道路から交差点間に進入している訴外甚太郎の自転車を発見して減速等接触回避の措置をとつたにかかわらず、これに後続する訴外川上は訴外篠田の自動車に視界をさまたげられて訴外甚太郎の自転車に気づかず、その前方三三メートルにいたつて、はじめて同人を発見して急制動をほどこしたが及ばず、自車の左前部を右自転車の右前部に接触せしめたこと、一方、訴外甚太郎においても、右横断中、訴外篠田がその約五〇メートル前方において吹鳴した警笛に気づいた様子もなく、右方の交通に対して格別の注意を払つていなかつたこと、そして、右認定を左右する証拠がない。

右事実によれば、本件事故の発生については、訴外川上の前方並びに側方に対する注意義務違反、制限速度違反の過失のほか、訴外甚太郎の右方に対する安全確認義務違反の過失が寄与していることは明らかである。そこで両者の過失割合について見るに、加害車の進路が訴外甚太郎の連絡に対して「広路」の関係に立つことはいうまでもないところであるが、前記認定事実によれば、訴外甚太郎が同交差点に進入した時点における加害車の走行地点が、その数一〇メートル以上右方であつたことも推認に推くないところであつて、本件の場合加害車につき道交法三六条二項所定の「広路優先権」を認めることはできない。のみならず、前記加害車のスキツド・マークの長さに、当裁判所に顕著な危険の発見から制動のききはじめるまでの空走距離を加算して見ると、加害車が制限速度間で走行してさえいれば、訴外川上は、危険発見地点から三〇メートル以内において加害車を停止せしめ得た蓋然性は極めて高度である。そしてみると前記のように三三メートル前方において訴外川上が訴外甚太郎を発見している本件の場合においては、事故発生の最大かつ決定的な要因は訴外川上の制限速度違反にあつたとしても、あながち過言ではない。これと訴外甚太郎が自転車に乗つた高齢者であること及び前記認定の同人の過失を考え合わせると、双方の過失の割合は、大むね訴外甚太郎二に対し訴外川上八と認めるをもつて相当というべきである。

よつて、前記認定の訴外甚太郎の逸失利益金一二四万〇二七二円につき、右に認定した同人の過失を斟酌すれば、同人の逸失利益の損害は、合計金九九万円とするのが相当である。そして原告らがその主張のとおりの相続人であることは、〔証拠略〕によつて明らかであるから、原告らはそれぞれ右金九九万円の賠償請求権の各五分の一を相続したこととなる。

3  以上の諸事実並びに本件にあらわれた諸般の事情を斟酌すれば、原告らに対する慰藉料は、それぞれ金五五万円をもつて相当と認める。

4  請求原因三項3の事実は当事者間に争いがなく、以上の認定額に対し、これを平等の割合をもつて充当すれば、原告らそれぞれ金一八万三一二〇円の賠償請求権を取得したこととなる。ところで、原告らが本訴原告訴訟代理人に対して本訴の提起追行を委任し、その主張のとおり手数料金五万円を支払つたほかに報酬を支払うべき契約を締結したことは、〔証拠略〕によつて明らかであるが、本訴の推移にかんがみれば、被告の賠償すべき弁護士費用は、原告らに対してそれぞれ金一万八〇〇〇円と認めるのが相当である。

三、以上の次第であつて、被告に対し原告らはいずれも金二〇万一一二〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四三年九月九日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める権利があるから、原告らの本訴請求は、この限度において正当として認容し、その余の請求を棄却し、民事訴訟法九二条・一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 原島克己)

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