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東京地方裁判所 昭和42年(行ウ)130号 判決 1972年2月18日

東京都世田谷区中町二丁目二七番一五号

原告

矢田樟次

右訴訟代理人

弁護士

中條政好

東京都千代田区大手町一丁目三番二号

被告

東京都国税局長

安川七郎

右指定代理人

樋口哲夫

高橋昌憲

掛札清一郎

本田隆之

河奈祐正

竹内学治

右当事者間の差押処分取消請求事件につき、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

(原告)

「被告が原告の昭和三三年分所得税の徴収のため昭和四一年一一月二五日別紙目録記載の土地に対してした差押処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

(被告)

主文と同旨の判決

第二原告の請求原因

一  被告は、品川税務署長が昭和三五年九月三〇日付で原告に対してした昭和三三年分所得税の更正処分(以下、「本件更正処分」という。)に基づき原告が納付すべきこととされた所得税一五〇万八〇一〇円および過少申告加算税七万五四〇〇円を徴収するための滞納処分として、昭和四一年一一月二五日、原告所有にかかる別紙目録記載の土地を差し押えた。

しかしながら、次に述べる理由により、本件更正処分は無効であるから、少なくとも取消原因となる違法が存するものである。

(一)  本件更正処分については、所得税務署長の署名捺印のある適式な通知書が原告に送達されていない。

(二)  本件更正処分は、訴外株式会社教育同人社が昭和三三年七月三一日原告の同会社に対する八八三万六二五八円の債務を免除し、これにより原告が右同額の贈与による一時所得を得たとの認定のもとになされたものである。しかし、原告は、昭和三〇年六月三〇日まで同会社の常務取締役に在職していたことはあるが、同会社に対して右のような債務を負担したこともなければ、右のような債務免除を受けたこともない。思うに、本件更正処分がなされた真の理由は、原告が昭和三〇年六月中に右会社から退職金一〇〇〇万円の支払を受けたことに対する国の所得税徴収権が時効により消滅したところから、その埋め合わせをする意図に出たことにあり、明らかに不当である。

かりに、右会社が原告に対して債権を有していたとしても、その額は、同会社から原告に対する別訴立替金請求事件において両者間で合意された一八万円にすぎないから、原告が受けたという債務免除益が退職所得について控除の認められる二〇万円を上回ることはありえない。のみならず、相続税法二一条の三第一項の規定によれば、法人からの贈与による財産に対しては課税をしないものとされているのであるから、本件更正処分は、いずれにしても違法たるを免かれない。

ところで、租税滞納処分は、これに先立つ課税処分が瑕疵なく適法になされていることを前提としてのみ許されるべきものであつて、課税処分に存する違法は当然に滞納処分の違法を来たすと解すべきであるから、本件更正処分が前記のように違法なものである以上、本件差押処分も違法として取消しを免かれない。

なお、被告主張の確定判決は、本件更正処分の取消請求を出訴期間徒過の理由で却下したものにすぎず、右処分の実体的な適法性について判断したものではないから、右判決の存在は本訴請求の妨げとなるものではない。

第三被告の答弁および主張

原告主張の請求原因事実中、被告が別紙目録記載の土地につき原告主張の趣旨による差押えをしたこと、本件更正処分が原告主張のような認定に基づいてなされたものであることは認めるが、その余は争う。

本件更正処分については、品川税務署長の適式な更正通知書が昭和三五年五月三〇日書留郵便によつて原告あてに発送され、原告はこれを同年一〇月一日受領している。

品川税務署長は、株式会社教育同人社が昭和三三年七月三一日原告に対する貸付金を貸倒れとして免除する処理をしたことに基づき、同会社より原告に対し贈与であつたものと認定して本件更正処分をしたものであり、そこに何らの違法はなく、かりに右認定に誤りがあつたとしても、その違法は本件更正処分を無効ならしめるものではない。

原告の主張は、課税処分が違法であるから滞納処分も違法であるというに帰するが、課税処分と滞納処分は別個・独立の行政処分であるから、前者の違法が後者に承継されるものではなく、しかも、本件更正処分については、原告はすでにその取消しを求める抗告訴訟を提起し、出訴期間の徒過を理由とする訴却下の判決が確定している(最高裁判所昭和三八年(オ)第六九五号事件)のであるから、その適法性が形式上確定しているものである。

さらに、原告は、右抗告訴訟と併合して、豊島税務署長を被告として本件更正処分に基づく滞納処分の取消しを求める訴を提起し、その理由として、本訴と同じく債務免除を受けた事実がない旨を主張したところ、原告の敗訴判決が確定したのであるから、いわゆる争点効の理論により、本訴において同趣旨の主張をすることは許されないというべきである。

第四証拠関係

(原告)

甲第一ないし第四号証、第五号証の一、二、第六、七号証を提出し、証人渡辺清、臼杵渡の各証言および原告本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立を認めた。

(被告)

乙第一号証、第二号証の一、二、第三ないし第八号証を提出し、証人青山勝一の証言を援用し、甲第一ないし第四号証の成立を認め、第五号証の一のうち郵便官署作成部分の成立は認めるがその余の部分は不知、その余の甲号各証の成立は不知と述べた。

理由

被告が、品川税務署長が原告に対してした昭和三三年分所得税の更正処分に基づく未納税金の徴収のための滞納処分として、昭和四一年一一月二五日、原告所有にかかる別紙目録記載の土地を差し押えたことは当事者間に争いがない。

原告は、本件更正処分が違法である旨を主張して、これを理由に右差押処分の取消しを求めている。

しかしながら、租税の賦課処分と滞納処分とは、ともに租税収入の確保を究極の目的とするものではあるが、それぞれの処分自体としては、賦課処分にあつては租税債務の確定を、滞納処分にあつては租税債権の強制的実現を目的とし、かつ、それぞれ別個の法律的効果の発生を内容とする独立の行政処分であつて、賦課処分の瑕疵が当然に滞納処分に承認されてその違法を来たすものではないと解すべきである。すなわち、賦課処分に存する違法事由が重大かつ明白であるために賦課処分が当然に無効である場合には、なにびとも、またいつでも、租税債務の不存在を主張することができるから、滞納処分はその根基を欠くものとして違法というべきであるが、賦課処分の違法が処分の取消原因となるにとどまるときは、それが権限ある機関によつて取り消されない限り、これに基づく滞納処分は適法であるといわなければならない。

そこで、次に、本件更正処分について、無効原因となるような最大・明白な瑕疵があるかどうかを判断することとする。

(一)  更正通知書の送達について

成立に争いのない乙第一号証、第二号証の一、二、第三、四号証および証人青山勝一の証言によれば、本件更正処分については、品川税務署長の作成にかかる昭和三五年九月三〇日付の適式な更正・決定通知書が同日書留郵便により原告あてに発送され、同年一〇月一日原告がこれを受領した事実を認めるに十分であつて、原告本人尋問の結果中これに反する部分は信用することができず、他に右認定の妨げとなる証拠は存しない。よつて、本件更正処分の適法な通知がなされていない旨の原告の主張は理由がない。

(二)  所得の存否等について

成立に争いのない乙第二号証の一、二、第四および第七号証、原告本人尋問の結果により原本の存在およびその成立の認められる甲第六号証、証人臼杵渡の証言および原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。すなわち、

原告は、昭和二七年八月頃以降、学校教材の出版等を業とする株式会社教育同人社の常務取締役として販売部門を担当していたが、同会社においては、売上の一部を正規の記帳から除外していわゆる二重経理を行ない、裏経理から役員報酬等の支払をして来ていた。その間、原告と他の同会社役員間に確執を生じ、原告は昭和三〇年六月末日をもつて取締役を退任するに至つたが、その際、正規の退職給与金五〇万円のほかに原告が身を引くことの代償として、代表取締役森松雄の独断により、右裏経理から合計一〇〇〇万円が原告に支払われた。右金員については同会社において源泉徴収にかかる所得税の納付をしなかつたことはもちろん、原告から所轄税務署に対し何らの所得申告もなされなかつた。ところが、その後同会社に対して法人税の調査が行なわれ、その過程において前記の二重経理の事実が発見されたが、右一〇〇〇万円を含む原告への裏経理からの支払分については、これを退職給与金として支給するための正規の手続も経理上の処理も行なわれておらず、そのためその金額を退職給与金として損金に算入することは所轄豊島税務署長の認めるところとならなかつたので、同会社は、右金員をすべて原告に対する貸付金として計上することを余儀なくされ、その点をたつて争うことはしなかつた。しかし、同会社においては、原告に対して右金員の返済を求めうべき関係にはなかつた(原告に対する一〇〇〇万円の支給は、その後の株主総会において事後承認された)ところから、さらに昭和三二年八月一日から翌三三年七月三一日までの事業年度の決算において、原告に対する債権のうち八八三万六二五八円を同事業年度末限り貸倒れ金として放棄する旨の処理した。そして、東京国税局長から同会社の法人税更正処分に対する審査請求の審理中協議団の調査に基づき判明したところとして同会社における右債権処理の事実の通報を受けた品川税務署長は、右債権放棄により原告に同額の一時所得が生じたものと認定し、本件更正処分をなすに至つた(原告は、本件更正処分は、原告が支給を受けた一〇〇〇万円の退職給与金に対する所得税の徴収権が時効消滅したことに対する埋め合わせとしてなされたものであると主張するが、品川税務署長が原告の金員受領に関する事情を知りながら、右のような意図で本件更正処分をしたとの事実を認めさせるような証拠は全く存しないし、さかのぼつて、豊島税務署長が右のような意図のもとに原告に対する債権の計上を強いたものと認めえないことは、その時点では原告のいう時効期間が満了していないことに徴しても明らかである。)。

以上認定の事実関係からすれば、右会社のした原告に対する債権の貸倒れ処理は、単なる帳簿上の処理にすぎずこれによつて真実原告に新たな所得を生ぜしめたものではなかつたこととなるが、その間の事情が、本件更正処分当時において外形上明白であつたものとは到底いえず、かえつて外形上は、まさしく原告が右会社の債権放棄により債権額相当の利益を受けた観を呈していたものというべきであるから、本件更正処分の原因となつた所得の認定につき、客観的に明白な瑕疵があるものということはできない。

なお、会社と原告との間における別訴で合意に達したという一八万円の債権額と本件更正処分の原因である原告が会社から免除を受けたものとされた債務額とを関係づけるべき根拠は何ら認められないから、両者を混同した原告の主張は採用するに由ないし、また、原告のいう相続税法二一法の三の規定は、贈与財産のうち贈与税の課税対象とされないものを定めた規定であつて、所得税とはかかわりのないものであるから、右規定に依拠した原告の主張が理由のないことは明らかである。

してみると、本件更正処分は、当然無効の原因となるような重大・明白な瑕疵のないものとして有効であり、これに基づく租税債権の存在は争いえないものとして確定されていることとなるから、その強制的実現を目的とする本件差押処分に違法はないというべきである。

よつて、原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横山長 裁判官 南新吾 裁判官 竹田穣)

目録

東京都世田谷区玉川中町一丁目二四番九

一 雑種地 二五一平方米(二畝一六歩)

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