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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)9729号 判決 1969年6月09日

原告 株式会社杉田工務店

右訴訟代理人弁護士 森虎男

被告 松沢信用金庫

右訴訟代理人弁護士 高梨亮彦

同 山本朝光

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は被告は原告に対し金一〇〇〇万円およびこれに対する昭和四二年九月二一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする、との旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一、原告は土木建築、不動産売買管理その他これに附帯する業務を営む会社であり被告は金融等を業とするものである。

二、原告は被告に対し左記約束手形二通を振出した。

1  額面 金四〇万二六〇円

振出日 昭和四一年九月二八日

支払期日 同四二年八月三一日

支払場所 横浜銀行登戸支店

2  額面 金三一万三八二〇円

振出日 昭和四二年五月一一日

支払期日 同年八月三一日

支払場所 横浜銀行登戸支店

三、右約束手形二通は支払期日である昭和四二年八月三一日被告において支払場所横浜銀行登戸支店に呈示されたが、原告は集金が遅れた為同日中に右支店に預金をすることができず支払を拒絶されるに至ったのであるが、原告の経理担当職員である杉田昭雄は同日午后三時から四時までの間に被告の審査部長矢崎、上北沢支店貸付課長大庭両氏に対し電話を以て明九月一日には手形金全額を持参するから不渡処分にしないように申入れたところ右両氏はこれを承諾しさらに大庭は九月一日午後五時頃までに手形金を持参すればよいと答えた。そこで翌九月一日午后三時少し前に被告上北沢支店に手形金合計七一万九〇八〇円を持参し、前記手形につき現金決済すると共に取消届提出依頼書を同支店に提出した。

四、しかるに被告は原告のため不渡処分撤回手続を行なわなかったため、原告が不渡処分を受けたことが同年九月四日全国の金融業者および土木業界に知れわたり、原告は信用を失墜し、原告振出の手形の割引の可能性は失われ事実上原告は手形の振出ができなくなった。

五、かりに被告の主張するとおり原告が手形金全額を被告方に持参したのが右九月一日の午后五時四五分を過ぎていたとしても被告は同日午后五時頃までに手形金全額を持参すれば不渡処分にしないことを約していたのであり、わずか四五分の遅延にすぎないのであるから顧客の信用を維持することを配慮し手形の送付先である三和銀行永福町支店などへ電話連絡するなどの措置により不渡撤回の手続をなし、原告に不測の損害を蒙らせないようになすべき信義則上の義務がある。

六、被告の右債務の不履行によって多額の損害を蒙ったがそのうち信用失墜による損害は少くとも金五、〇〇〇万円を下らない。

七、よって原告は被告に対し右の損害のうち金一、〇〇〇万円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四二年九月二一日から完済に至るまで民事法定年五分の割合による損害金の支払を求める。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

請求原因第一、二項の事実は認める。第三項中原告主張の約束手形二通が期日である同年八月三一日呈示されたが、預金不足の理由で不渡となったこと、同日原告が被告の担当者矢崎および大庭に電話を以て明九月一日には手形金全額を持参する旨の連絡があったこと、翌九月一日原告が被告方に手形金全額を持参し、被告がこれを受領したことは認めるがその余の事実は否認する。

被告は、原告からの電話連絡に対し営業時間内に手形金全額を持参するならば不渡処分にならないようにする旨回答し、営業時間である午后三時までに現金を持参しなければ不渡届撤回はできない旨伝えたのである。

しかるに原告が現金を持参したのは右九月一日の午后五時四五分を過ぎてからであったからすでに本件手形は手形交換所に届けられる為三和銀行に届け終っていたのであり、被告は不渡届撤回の手続をすることができないことおよび不渡届取消の手続をとる旨説明し原告はこれを納得したものである。請求原因第四項の信義則上の義務のあることは争う。

同第五項は否認する。

ちなみに不渡届撤回についての取扱は次のとおりである。不渡届に関する規定としては東京手形交換規則第二一条(本則第二一条の不渡届という)とこれの運営を補完する目的を以て実施されている社員総会決議によるもの(双方届出による不渡届)と二種類あるが、現金不足、資金不足、取引解約後、当座取引なし、取引なし、の所謂信用に関する一定の不渡返還の場合には持出銀行と支払銀行との双方から不渡届を提出すべき措置が強制されているので現今の不渡届の約九七%が後者の方法により処理されている実状にある。

そして双方届による場合は、交換日の翌日営業時限までに不渡手形の代り金を受領し、または買戻しの行われたときに限り、持出銀行は不渡届の所定の消印欄に押切印を押捺して届出ることができ、この消印機に押切印のある届出については、不渡届出がなかったものとみなし、不渡報告への掲載は行わないことになっている。(社員総会決議昭和四〇、四、一改正実施)

そして、交換日より第五日目の営業時限(午后三時)まで取消届を提出することが可能であるが、前記の如き交換日の翌日営業時限をすぎて買戻しが行われた場合は、前記取消届を所定期間内に提出したとしても一旦は不渡報告に不渡の事実が掲載されるが、遅くとも次回の不渡報告に取消された事実が記載されることになる。(手形不渡届の通知方式と異議申立事務等取扱要領・交換所通知昭和四〇・四・一改正実施)従って、本件においては、交換日の翌日九月一日営業時限午后三時までに本件手形の買戻しが行われなかったのであるから、一旦は不渡報告の掲載は免れず、前記時限以後に買戻しが行われた事由により取消届が出され、不渡事実が掲載された九月四日付不渡報告(第二〇四号)自体の後段に不渡取消として同時に掲載されたものである。(三日目に手形交換所で受理した取消届は不渡報告と同時に掲載される内規になっている。)

証拠<省略>。

理由

原告振出の約束手形額面四〇万五二六〇円および三一万三八二〇円の二通がその受取人である被告によって支払期日である昭和四二年八月三一日、支払場所横浜銀行登戸支店において呈示されたが同日までに原告の資金の準備ができなかった為支払を拒絶されるに至ったので、原告の経理担当者である杉田昭雄は被告上北沢支店貸付課長大庭、審査部長矢崎の両名に対し不渡処分を免れるため同日電話を以て翌九月一日には右手形金全額を持参するから不渡処分の撤回手続をなすことを依頼し、被告側の両名がこれに承諾を与えたことおよび同日中に原告が右手形金全額を被告方に持参し被告がこれを受領したことは当事者間に争がない。

しかし原告は右手形金を持参すべき時刻は右九月一日午后五時頃までに持参する約であったが同日午后三時少し前にその全額を被告に支払ったといい、被告はその営業時間内である午后三時までに右金員を持参すれば不渡届撤回手続をなすことを約したに拘らず、原告は同日午后五時四五分を過ぎてから手形金を持参したので不渡届撤回手続をなすことができなかったものであると主張する、そこで<省略><証拠>を総合して判断すると不渡届撤回手続をなすには被告の営業時間内である午后三時までに手形金を持参することが必要であったことが認められるところ、証人大庭の証言にあるとおり同人は原告の経理担当者である杉田昭雄に対し被告の営業時間内である右九月一日午后三時までに手形金を持参するよう申述べたものと認め得られるところ、原告が現金を持参したのは同日の午后五時四五分を経過していて、原告の要求する不渡届撤回の手続をとることはできなかったが、不渡届取消の手続をとったことが認められる。<省略>。

そうだとすると原告は約束の右九月一日午後三時をはるかにすぎた同日午後五時四五分を過ぎて手形金を被告に持参したのであるから、被告が不渡届撤回の手続をとらなかったとしてもその責を問われる理由はなく、約束の時間は午後三時であったのであるからその後二時間四五分を過ぎて現金を持参した原告の為不渡届撤回の手続をとるべく尽力しなかったとしても被告は信義則に反することはないこと、先に認定した事実に照らしても明らかである。

よって、原告が被告に対し契約不履行による損害賠償を求めんとする本訴請求は被告にその不履行を認めることができない。<以下省略>。

(裁判官 荒木大任)

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