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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)9652号 判決 1969年6月20日

原告 竹内慎一

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 小川景士

被告 根津神社

右代表者代表役員 内海元

右訴訟代理人弁護士 吉原歓吉

同 秋山知也

同 荒木勇

主文

被告は原告等に対し各金一七八万三、七七九円及びこれに対する昭和四二年六月二一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告等において各自金三〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

一、原告等訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は「原告等の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求めた。

二、原告等訴訟代理人は、その請求原因として、

(一)  原告等は夫婦であり、昭和四二年六月二一日当時、あと一〇日で満二歳を迎える一人子の長女桃子がありいつくしんでいた。

(二)  一方、被告は由緒ある神社で境内には子供が遊ぶ為の滑り台、ぶらんこ、砂場等を設置して広い境内を子供、老人等の遊技に開放し、又右神社では毎月三回の例祭並びに縁日もあり、結婚式場を営むなど賑っていた。

(三)  昭和四二年六月二一日原告竹内たか子は桃子を連れて被告の境内に行き、同所で子供を遊ばせていたところ、午前一一時四五分頃被告が境内の仁王門(楼門以下楼門という)の囲りに設けた木柵に桃子等の子供が触れたところ、右木柵の一部、高さ一メートル、長さ二・五メートル、重さ約六〇キログラムが外側に倒れて桃子が下敷となり、その衝撃によって頭蓋内損傷を受けて仮死状態となり、約五時間後に死亡した。

(四)  ところで、本件木柵は被告が昭和三五年九月楼門の復元完成の頃、別紙第一図面の構造で作り、保管して来たものである。そして、その設置場所は、被告が文京区の管理下にある児童遊園地と地続きで、車輛の進入は遮断されたところであり、かつ毎月の縁日には夜店がで、結婚式場も営まれて人々が集散し、事実として多数の老幼男女が常時散歩や遊技をなしている場所であるため、人々に接触する機会も多いものであるが、右木柵は形になりその一方すら六〇キログラムもあるのであるからその組合せなどには十分注意すべきところ、単にはめこみだけで接合させ、特に相互間にかすがいとかボルトで補強することもなく単に羅列していたために起ったものであって、右は工作物の設置の瑕疵と言わなければならず、又一方において、右の如く、人々に危険をもたらすものを、五年以上も定期的に設備を検査保守することもなく、単に朝の掃除の折と、お勤めのあと境内を見廻るにすぎず特に本件事故の直接の原因となった木柵は二つを結合するはめこみがはずれ、単にこれを長さ八センチメートルから一二センチメートル程度の釘二本で補修していたためこれが十分きかずに倒れたため本件事故が起ったものであって、本件事故は、土地の工作物である右木柵の設置及び保存の瑕疵によって生じたものである。

従って、被告は右工作物の所有者兼占有者として右事故により生じた損害を賠償すべき義務がある。

(五)  右損害額は次のとおりである。

(1)  治療費 原告等各金九、一一四円。

原告等は桃子の治療費として共同で合計金一万八、二二九円を支出し各自金九、一一四円の損害を蒙った。

(2)  葬儀費用 原告等各自金九万三、七七五円。

原告等は桃子の葬儀費用として共同で合計金一八万七、五五〇円を支出し各自金九万三、七七五円の損害を蒙った。

(3)  桃子の得べかりし利益喪失による損害原告等相続分のうち各自金五三万三、三九〇円請求。

桃子の逸失利益は、一八歳で就職し、昭和四〇年度産業別常用労働者一人平均月間現金給与額女子分(五人から二九人の事業所、同年度日雇労働者の給与よりも低い)である金一万八、三〇〇円の収入から金一万円の生活費を要して四五年間稼働したものを下らないものと考えられ、右利益額をホフマン式方法により現価に換算すると金一六五万五、三五二円となるが、原告等は右桃子の父母として少くともその三分の二に当る金一一〇万三、五六八円を各自二分の一宛相続したが、このうち各金五三万三、三九〇円を請求する。

(4)  慰謝料 原告等各自金一〇〇万円。

原告等が結合のきずなである長女桃子を失った痛手は大きく慰謝料は原告等各自金一〇〇万円が相当である。

(5)  弁護士費用 原告等各自金一五万円。

原告等は弁護士に依頼しなければ本件損害賠償請求は無理な事件であるが、原告等が本訴のため債務負担した弁護士費用は金三〇万円であり、原告等各自の負担額は金一五万円である。

(6)  損益相殺 原告等各自金二、五〇〇円。

原告等は被告から桃子の葬儀に際し、金五、〇〇〇円の香典を受けたので原告等は各自二分の一金二、五〇〇円宛前記損害に充当した。

以上のとおり、原告等は被告に対し、各自金一七八万三、七七九円の損害賠償請求権を有する。

(六)  よって、原告等は各自被告に対し金一七八万三、七七九円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和四二年六月二一日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、被告の抗弁事実を否認すると述べた。

三、被告訴訟代理人は右答弁として、

(一)  原告主張の請求原因第(一)項の事実は不知。

(二)  同第(二)項の事実は、被告が由緒ある神社であること、及び九月の大祭時に境内が混雑することは認めその余の事実は否認する。

なお、境内は神社尊厳維持のため存するものであり、その性質上崇敬者参拝人の為に自由に出入をさせているけれども決して子供や老人等の遊技に開放することはない。もっとも、境内が広く特に御本殿の裏側(多玉垣より外の部分)にもかなり空地が存するので、文京区役所において遊戯施設を設備したいと要請があり、区当局に約一、三二二平方メートルを文京区に提供し、区当局の管理の下に児童遊園地として開放しているが、本件の境内とは全然別個の所である。

(三)  同第(三)項の事実は、原告等主張の日時、場所において木柵が倒れ桃子が亡くなった事故が発生したことは認めるが、その詳細は不知。

(四)(1)  同第(四)項の事実は、被告において本件木柵を原告主張の日時頃、その主張の如き構造で作り、保管して来たことは認めるが、その余の事実は否認する。

(2)  もともと、本件木柵は重要文化財である楼門の保護のため設置したものであり、木柵相互も切り込みで固定して絶対に倒れないよう強固に設置したものであり、幼児位の力で倒れるような施設ではないし、又、被告としては毎朝境内を巡視して異状の有無、設備の破損状況の発見に努め常に注意を払ってその整備に努めていたが、たまたま本件楼門が社務所から相当離れた位置にあるところから、被告の職員の目のとどかぬうち数人の少年が本件木柵を乗り越えて内側に入り強くゆさぶりを繰返して木柵相互の固定箇所を破壊し、外側に押し倒し、たまたまそこに遊んでいた被害者が災厄に遇ったもので、被告の木柵の設置保存に瑕疵はなかった。

(五)  同第(五)項の事実は、被告が原告等主張のとおり原告等は香典金五、〇〇〇円を渡したことは認めるが、その余の事実は不知。

と述べ、抗弁として、

仮に、本件木柵が土地の工作物であり、その設置保存に瑕疵があり、そのため事故が発生し被告に責任があるとしても、本件事故当日、二歳程度の幼児であれば、誰かがこれに付添ってこれを監護する義務があるのに、原告竹内たか子は桃子を遊ばせながら事故当時子供から離れた位置に在って木柵が倒れる際にその場に居合わせなかったのである。そして事実その場に居合わせたならば前項少年のいたづらを注意するとか、木柵が倒れる際も身をもって押し止める等事故を防止しえたのである。従って、本件事故の発生には原告竹内たか子の過失もあるので、過失相殺を主張する。

と述べた。

四、証拠≪省略≫

理由

一、≪証拠省略≫を綜合すれば、原告主張の請求原因第(一)及び第(三)項の事実が認められる。右認定を左右する証拠はない。

二、そこで、本件事故発生の原因並びに被告の責任の有無について検討する。

(一)  本件木柵は被告が昭和三五年九月頃楼門復元完成の時、これを保護するため、別紙第一図面の構造で作り以来占有管理して来たことは当事者間に争いがない。

(二)  そして、≪証拠省略≫を綜合すれば、

(1)  右木柵は檜約一〇センチメートル(三寸五分)の角材を主体と作られた高さ一メートルの岩乗なもので、別紙第二図面記載のとおり、楼門脚部をとり囲み、の部分四個、の部分二個から成り、の角の部分は、かすがいとかボルトで補強されることなく台材にはめこみで作られていたこと。

(2)  本件事故を起した木柵は別紙第一図面表示の構造をした別紙第二図面赤線表示の部分であり、重さ約六〇キログラムのものであるが、丁度の角のはめこみの部分がゆるくなって柵と台材のところを一三、四センチメートルの釘二本打ちつけてとめてあったが、その釘は台材と上部木柵を強固に結合させておらず、五、六歳の少年が引張るか、二、三歳の幼児でも体重をかければ倒れる程度のような状態にあったこと。

がいずれも認められ(る。)≪証拠判断省略≫

(三)  又、≪証拠省略≫を綜合すれば、同日一一時四〇分過ぎ頃原告竹内たか子は桃子と一緒に本件事故現場の北方約八・四〇メートルの所に来て、同所で桃子は鳩に飼をやっていたが、母が「お兄ちゃんがいる」と言ったので、伊藤ケイ子の子供泰弘のいる本件木柵の所に走り寄ったほんの一瞬間、丁度原告竹内たか子と訴外伊藤ケイ子が桃子の走る格好がおかしいので顔を見合せ目を離したほんの一寸した間に木柵が倒れ泰弘と桃子が倒れた木柵と石畳の間に押えつけられ、運悪く桃子の頭が木柵部分と石畳との間にはさまったため、頭蓋内損傷を生じ死に至ったものであること。

当時、本件木柵付近には二歳になる泰弘がおるばかりで、乱暴をする大きい子供はいなかったことがそれぞれ認められる。

右認定を左右するに足る証拠はない。なお、被告は本件事故が数人の少年の乱暴な行為によって生じたと主張しているが、本件に顕われた証拠によってはこれを裏付ける証拠は全然ない。

(四)  以上認定の事実に、≪証拠省略≫を綜合して認められる、被告は元旦などには非常に参詣人が多いし、楼門は言わば玄関にあたるところで非常に混雑する関係もあって特に大工に注文して岩乗なものを作っていたこと、しかも又、被告職員も十分境内の施設の管理に気をつけ朝のお勤めがすむとすぐ境内をまわって異状がないかを調べるなどしていたこと、並びに子供のいたずらもかなり激しいことを綜合すれば、被告において本件木柵を設置した当時は十分注意して岩乗なものを作成したが、以来約五年の歳月が流れる間、専門家に注意して検査してもらうこともなく過ぎたところ、子供のいたずらも激しく、ために本件木柵のはめこみ部分に損傷を来し、その修理も完全でなかったため、桃子、泰弘のどちらか、又二人か分らないが、こわれた時、運悪く本件木柵が倒れて本件事故が起ったものと解するの外はない。

してみると、本件事故は本件木柵の保存の瑕疵により生じたものと言わなければならない。

三、ところで、本件木柵が民法第七一七条に規定する「土地ノ工作物」に該当するかどうかについて検討するに、土地の工作物とは土地に接着して人工的作業を加えることによって成立したものと解されているところ、本件木柵は前記認定のとおり一つのグループ(別紙第二図面表示)だけでも総重量約六〇〇キログラムあり、岩乗な構造から殆んど移動することも困難な状態であることなど、その用途、構造、形態から見て土地の工作物と解するに十分である。

四、右事実によると、本件事故は土地の工作物である木柵の保存の瑕疵によって生じたものであるところ、被告は右木柵の所有者兼占有者であるから免責事由はなく、過失の有無にかかわらず、その生じた損害を賠償すべき義務がある。

もっとも、多くの人が集り、子供が遊ぶ境内において、前記認定の如き瑕疵のある木柵を専門家に見せることなく放置しておいたことは、たとえ朝夕お宮を守るものとして主観的に相当と考える注意をしていたものであるとしても過失がないとは言えない。

五、次に本件事故につき原告竹内たか子に過失があったかどうかについて検討する。

≪証拠省略≫を綜合すれば、本件事故現場は、由緒あるお宮の社殿に近く、全体からみるとその中心部入口に当り、内境内とも言える場所で、通常閑静にして神々しく、人々の心を休ませてくれる場所であることが認められるところ、神社の常として、かかる場所で子供を遊ばせることは通常一般になされていることであり、危険性もないので子供をできるだけ自由にしておくことも普通一般の人の良くすること公知の事実である。

そして、本件事故発生当時、原告竹内たか子の様子は二、(三)認定のとおりであり、事故現場から北方約八・四〇メートルの所まで子供と一緒に来て、木柵の所に他の二歳の子供がおり、桃子がそちらにかけて行く所まで見守っているのである。もっとも本件事故がたまたま、子供のかけて行く格好がおかしいので、隣にいた訴外伊藤ケイ子に話しかけ目を離していた一瞬に起った事故であることは前記認定のとおりであるが、右のような場所で、右認定の如き監督をしていたことをもって、原告竹内たか子に監護上の過失があるとは言えず、その他本件に顕われた全証拠によっても原告側の過失を認めるに足る証拠がない。

従って、被告の過失相殺の抗弁は採用でき難い。

六、そこで、次に損害額について判断する。

(一)  治療費等

≪証拠省略≫を綜合すれば、原告等は桃子の本件事故による傷害につき日本医科大学付属病院での治療費医者への心付等として合計金一万八、二二九円を支出し、各自金九、一一四円(円以下切捨て)の損害を蒙ったこと、並びに原告等は右桃子の葬儀費用として合計金一八万七、五五〇円を支出し、原告等各自金九万三、七七五円の損害を蒙ったことが認められる。右認定に反する証拠はない。

(二)  得べかりし利益喪失による損害

二歳の女子の就労加能年数が少くとも二〇歳から五五歳までの三五年を期待できることは当裁判所に顕著な事実であり、通常の規模(五人から二九人)における二〇歳女子の常用労働者一人平均現金給与額が金一万八、三〇〇円を下らないこと第一七回日本統計年鑑に照して明らかであり、右程度の収入の女子の生活費、それは当該労働者の将来収入を得るに必要な再生産の費用と解されるが、一か月一万円をもって相当とすること、弁論の全趣旨に照して明らかである。そして年令の推移につれて収入も増減し、生活費にも変動があるが、少くとも右労働可能の三五年を通じ、右給与額と生活費の差額一か月金八、三〇〇円程度の利益を得られるであろうことは当裁判所に顕著な事実である。

右の基礎に立ちホフマン式計算法により民法所定の年五分の利率による単利年金現価総額を計算すると、

(8,300円×12×12.9=1,284,840円)

金一二八万円余となる。従って、桃子は本件事故により少くとも右金額相当の得べかりし利益を喪失したものと言わなければならない。

そして、前記一、認定の事実によると、右損害賠償請求権を原告等において父母として各二分の一宛相続したことが明らかであるから、原告等が請求する各自金五三万三、三九〇円は正当である。

(三)  慰謝料

前記認定の原告等と桃子の関係、本件事故の態様並びに、原告等の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨から認められる、本件事故後において被告は桃子の葬儀に際し金五、〇〇〇円の香典を供えただけで他に適切な慰謝の方法をとらずに放置していること並びに原告等が可愛いい盛りの子供を失って大きい悲しみを受けたこと等本件に顕われた諸般の事情を考案すれば、単に本件事故が酔払い運転による交通事故などとはその本質を異にしているとは言え、その原告等の慰謝料は各自金一〇〇万円をもって相当とすることが認められる。

(四)  弁護士費用

本件訴訟は、前記認定の事故の態様、被告の態度からすれば、一般人である原告等において単独でこれを遂行することは容易でないことが認められる。ところで、相手方の故意過失によって自己の権利を侵害されたものが相手方から容易にその履行を受けないため、自己の権利擁護上訴を提起することを余儀なくされた場合においては、一般人は弁護士に委任することが通常である。従って、右訴訟において相当と認められる額の範囲内のものに限り、右不法行為と相当因果関係に立つ損害と考えられるところ、本件訴訟において原告等は弁護士費用として金三〇万円の支払義務を負ったこと、及び右費用が本件訴訟として相当の範囲内であることは弁論の全趣旨により明らかである。

なお、被告としては本件事故を偶発的な事故であって不当抗争をなしているものでないと理解していること被告代表者本人尋問の結果に照し明らかであるが、右の如き事実は前記説示の判断を左右するものではない。

右事実によると、原告等は本件事故により各自金一五万円の損害を受けたものと言わなければならない。

(五)  損益相殺

原告等が被告から桃子の葬儀に際し金五、〇〇〇円を受取ったことは当事者間に争いがなく、原告等がこれを右損害に充当したことは原告等の自陳するところである。

右認定の事実を綜合すれば原告等は被告に対し各自金一七八万三、七七九円の損害賠償権を有していることが認められる。

七、以上の事実を綜合すれば、原告等の本訴請求はすべて理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九八条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅純一)

<以下省略>

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