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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)2740号 判決 1967年10月18日

1事件原告 石井専一

2事件原告 木下哲治

3事件原告 斎田キヨミ

4事件原告 田中芳夫

右四名訴訟代理人弁護士 前田茂

同 柏原行雄

被告 ミツバ工業株式会社

右訴訟代理人弁護士 辻市衛門

主文

1事件の昭和四二年(手ワ)第六七号約束手形金請求事件、

2事件の昭和四二年(手ワ)第二〇〇号約束手形金請求事件、

3事件の昭和四二年(手ワ)第六二号約束手形金請求事件、

4事件の昭和四二年(手ワ)第一九九号約束手形金請求事件、

の各手形訴訟の判決を認可する。

右各事件の異議申立後の訴訟費用は被告の負担とする。

事実

<全部省略>

理由

一、被告の代表取締役であった榎本滋がその在職中に原告ら主張の本件各手形を振出したことは当事者間に争いがなく、請求原因事実のうちその余の事実は原告らがそれぞれ本件手形として提出した<証拠省略>の各手形を原告らが所持している事実およびその記載自体によりこれを認めることができる。

右事実によれば被告が、前記榎本滋の本件各手形振出行為について責を負う限り被告は原告らに対し、それぞれ原告ら請求のとおりの手形金およびこれに対する各訴状送達日の翌日であることが記録上明らかな原告ら主張の日から完済までの年六分の割合による法定の遅延損害金を支払う義務がある。

二、そこで被告が本件各手形の振出について責を負うべきかどうかについて考察を進める。

(一)  先ず、権限ゆえつによる振出の主張について検討する。

<証拠省略>によれば、本件各手形が振出された昭和四〇年末から同四一年当時、被告会社において振出される手形の通常の形式は代表取締役中沢久一郎の振出名義により、統一手形用紙により支払場所を協和銀行渋谷支店などの金融機関として振出される扱いであったことが認められる。この事実と本件各手形が右のような取扱に反して前記榎本代表の名義によりかつ市販の手形用紙を用い、支払場所を被告会社として振出された事実(この事実は本件各手形で<証拠省略>の体裁および記載自体により明らかである)および証人中沢久一郎の証言とを合せて考察すると、被告会社においては被告主張のとおり代表取締役二名の権限分掌を定め、手形、小切手の振出権限をすべて前記中沢久一郎の所掌事務とし、前記榎本にはその権限を認めていなかったものと認めることができる。

したがって、本件手形は前記榎本が被告会社内部の制限に反して振出した手形であると考えるほかはない。

証人榎本滋の証言には、本件各手形は被告会社の資金繰りのために振出されたものでその振出について被告の他の代表者である前記中沢久一郎に話してその諒解を得ている旨本件各手形の振出については前記の制限に反していないかのような証言があるが、証人中沢久一郎の証言により、やはり被告会社の資金繰りのために前記榎本を通じて他から融資を受けるための手形として同人に交付された手形であることが明らかな前記乙第四号証は被告会社の通常の形式によって振出されているのであって、もし、前記榎本の証言のように中沢代表の諒解があるならば本件各手形もまた通常の形式により振出されるのが順当であると思われ、右証言はたやすく信用できない。

しかしながら、代表権に加えた制限は本件の場合は、代表権行使の一環である手形振出の権限を全く認めないものであるから、このような制限は代表取締役が一般的代表権を有するものとされる法の建前と矛盾し無効ではないかとの疑いがあるがこの点を一応度外視しても)善意の第三者には対抗し得ないことは商法第二六一条第三項、第七八条、民法第五四条により明らかであるところ、原告らは後記三において詳述するようにいずれも前記榎本と古くから親交のあったもので、手形取引や金銭貸借を本来の業としているわけではないのに、特に同人からの依頼があったのでこれに応じて本件各手形と引換えに手形金額に相当する金銭を貸与している事実が認められるのであって、反証がない限り、原告らは本件各手形が前記榎本により代表権に基いて適法に振出されたものと信じてこれを取得したものと推認するのが相当である。

しかして、本件各手形が前記のように異例の形式により振出されたという事情も、原告らが本件各手形を取得するにいたった前記事情からみれば、原告らが前記榎本を信頼し、手形の形式に特段の重きを置かないで手形を取得したということも充分にありうることで、これと同旨の原告ら各本人尋問の結果は信用してよいと思われ、前記認定を妨げる反対の事情とするのには不充分である。

したがって、前記榎本の代表権に加えた制限は善意の原告らに対して対抗することができないというべきである。

(二)  次に被告主張の権限濫用の点について検討する。

後記三において詳述するとおり、本件各手形のうち原告石井、同木下関係の手形による同原告らからの借金については前記榎本から被告会社に入金されていないのではないかと考えられるふしがありこれらの手形は前記榎本が、被告会社の資金繰りの借金とその担保のための手形振出とに藉口し、代表取締役の権限を濫用して振出した手形であるという疑を容れる余地がある。

原告斎田、同田中関係の各手形については後記三のとおりこれらの手形の原因関係である金銭貸借または株式の貸借が被告会社のためになされたものと認められるので、その担保のためになされた手形振出は代表権の濫用に当らない。

しかしながら、榎本が代表権を濫用してこれらの手形を振出したとしても、右の原告らがそれにつき悪意でまたは権限濫用を知りうべくして過失により知らずにこれらの手形を取得した場合でなければ、被告は手形振出について責を免れないと解すべきところ、原告石井、同木下らの悪意を認めるのに足りる証拠はなく、むしろ後記三のとおり同人らがそれぞれ本件手形により金銭を貸与していると認められ以上、この点についても善意であったものと解されるのであり、また過失の有無についても、前記認定のとおり、これらの手形が被告代表者の肩書を付して、真実その代表者であった榎本の名義で振出され、かつ、同原告らは榎本と親交があったという事情があるから、同人からこれらの手形により借金の申込を受ければ、たとえ手形が前記のとおり異例の形式によって振出されたものであっても、同原告らが、榎本において被告会社の資会繰りのために金銭の借用をするものであると考えるのが自然であり、同原告らが権限濫用の事実を知らなかったことについて過失があったものということができないし、ほかに過失の存在を認める証拠はない。

そして原告斎田、同田中関係の手形についてみても(仮りに権限濫用があったと仮定しても)以上の事柄はすべて同様である。

したがって、本件各手形の振出につき前記榎本に代表権限の濫用があっても、被告はこれを原告らに対抗することができず本件各手形の振出について責を負うべきである。

三、次に、被告は、本件各手形が原因関係なくして振出された(原告田中関係の手形については、更に受取人と原告田中との間に原因関係なく手形が移転された)と主張しているので、この点について考察を進める。

<証拠省略>によると、前記榎本は被告会社の資金繰りのため原告石井、同木下、同斎田から、それぞれ同原告ら関係の各手形金額に相当する金銭を借用してこれを被告会社に入れまた自己の妻榎本光子からその所有の清水建設株式会社の株式一〇〇万円相当を被告会社の資金繰りに利用するために借用し、これらの各借金および株式貸借の担保として本件各手形が振出され更に原告田中関係の手形については受取人の榎本光子と同原告との間に一〇〇万円の金銭貸借がありこれを原因として手形が譲渡されたという証言がある。

しかし、他方<証拠省略>は被告会社がその資金繰りのために前記榎本から借金していたが、その借金は逐一乙第二号証の一ないし四の被告会社の帳簿に記載してあり、同人が被告会社の資金繰りのために入れた金銭は右帳簿に記載された以外のものはなく、榎本が本件各手形により原告らから借金し、被告会社に入れた金銭はない趣旨の証言がある。

ところで、前記榎本が被告会社の資金繰りのため、自己資金または他から借用した資金をもとに、自己が被告会社に金銭を貸付けるという形で多数回に亘り資金の操作をしていたことは<証拠省略>によりこれを認めることができるのであるが、榎本証人のいう本件各手形による借用金額が被告会社に入金になったという金額について帳簿上の記載の有無をみると、前記榎本と被告会社間の金銭貸借の帳簿である前記乙第二号証の一ないし四の帳簿には、原告斎田キヨミ関係の二〇万円の手形による借用金に当ると考えられる分が昭和四一年八月一〇日付で、同五〇万円の手形によるそれと考えられる分が同年九月九日付でそれぞれ入金の記載がなされているほかには記載がない(これらの入金の日付は原告斎田関係の手形の振出日より数日間の遅れがあるけれども、証人榎本滋の証言によると、同原告からの借金は同原告の自宅で行われたというのであり、借用後何日かおいて入金された可能性があり、また後記の一五〇万円の入金についても榎本の銀行預金払出日と被告会社に対する入金の日付との間に四日のずれがあることは後述のとおりであって、右の程度の日付のずれは、乙第二号証の一ないし四記載の前記五〇万円、二〇万円の入金が原告斎田からの借用金による入金であると認める妨げにならない。)。尤も同号証には同年一一月一日付で七〇万円の入金の記載が、また、昭和四〇年一二月二八日付で一五〇万円の入金の記載があり、前者の入金は原告木下関係の手形二通のうち一通分の金額および振出日付に略合致し、後者の入金は原告石井関係の手形金額および振出日付に略合致するので、これらの手形による借用金が被告会社に入金されたような観もないではないが、<証拠省略>によると、前者の七〇万円の入金は昭和四一年一二月五日出金の扱いになっており、これは乙第四号証の手形による借金およびその返済であることが認められるので前記の入金は原告木下関係の手形による借用金の入金ではないことが明らかであるし、後者の一五〇万円は<証拠省略>によると、昭和四〇年一二月二四日付で榎本の預金口座から一五〇万円の払出の記載があり、この預金払出しによる資金が四日後の同年同月二八日に被告会社に入金されたものと考えられ、なお同号証の預金口座には、その以前に一五〇万円の入金があった記載がないので、榎本が原告石井関係の手形による借用金を一旦自己の預金口座に入れ、それを払出して被告会社に入金したものと考える余地もないので、結局前記一五〇万円の入金は原告石井関係の手形による借用金の入金ではないことが明らかである。

以上の証拠を綜合して考察するのに、前記榎本証人が本件各手形により原告石井、同木下、同斎田からそれぞれ借用して被告会社に入金したという金銭のうち、原告斎田からの借用金は榎本から被告会社に対する貸付金という形で被告会社に入金されたと認められるが原告石井同木下からのそれが被告会社に入金されたかどうかについては、前記乙第二号証の一ないし四の帳簿に記載がなく、また前記のとおり榎本証人の証言と中沢証人の証言とに喰い違いがあるうえ、他にその入金の有無を一見明確にするのに足りる証拠はない。

しかし、被告会社の通常の形式により振出された前記乙第四号証の手形によって他から借用した金銭についても前記榎本と被告会社との貸借関係として処理されていた事実から推すと、榎本からの入金はすべて同人と被告会社との貸借関係として処理されていたものと推察され、前記乙第二号証の一ないし四に記載のない原告石井関係、同木下関係の手形の分については榎本から被告会社に入金されなかったのではないかと考える余地がある。

しかしながら一方原告ら各本人尋問の結果によると、原告らはそれぞれ、本件各手形の振出日として記載された日頃に、前記榎本の依頼により、手形金額相当の金銭を貸与したというのであり、この供述と本件各手形が原告らにそれぞれ渡っている事実、前述のように原告斎田関係の手形による借用金と目される金銭が被告会社に入金されている事実とを合せて考えると、原告らの前記供述は信用してよく、原告らが本件各手形金額に相当する金銭を被告会社に対する貸金として、または前記榎本光子に対する貸金として(原告田中関係)それぞれ前記榎本滋に交付した事実を認めることができる。

被告は、原告らが本件各手形について満期後暫らくの間被告会社に請求せず、前記榎本の配下である鶴岡某の知人である前田弁護士に仮差押手続および本件訴訟の提起を一括して委任し仮差押の保証金も前記榎本が金策したことなどを理由として、原告らが本件手形取得の原因関係となるべき金銭の貸借をしていないと主張しているけれども、原告らが前記榎本と親交の間柄にあり、同人の頼みに応じて金銭を貸与したといういきさつからすれば、満期後も榎本の善処を期待して直接被告会社に請求せず、また、前記榎本も前記のような個人的な縁故関係を基礎として原告らから本件各手形により金銭の貸与を受けたという立場上、その後にいたって同人が被告代表者の一人である中沢と不和になり、本件各手形金が容易に支払われる見込がなくなった以上(この事実は<証拠省略>によって明らかである。)、原告らの本件各手形金の回収について種々奔走するであろうことは充分考えられることであり、被告主張の事情が仮りにあったとしても、このことにより原告らから現実に本件各手形金に相当する金銭の貸与がなされたという前記の認定を覆すのに足りない。

また前記のとおり、原告石井、同木下からの借用金が被告会社に入金されたかどうか不分明であり、むしろ、入金されなかったのではないかとの疑いを容れる余地さえあるけれども、これは、前述のとおり、榎本が同原告らから被告会社のために金銭の貸与を受けながら被告会社に入金しなかったものと考える余地があるのであって、同原告らから実際に手形金額相当の金額が被告会社に対する貸金または榎本光子に対する貸金として前記榎本滋に交付されたという前記の認定を覆すのに足りない。

なお被告は、前記榎本が自己の被告会社に対する貸金債権と被告主張の未収金および赤字分三〇八万円とを相殺されたのに後日右相殺分をも含めて、自己の貸付金全額を回収しようとして権限を濫用して本件各手形を振出したもので、ひいては原告らが本件各手形による金銭の貸与をしていないと主張しており<証拠省略>によれば被告主張の右相殺の事実を認めることができるけれども、この事実は前記榎本が被告会社のために借金するという形で本件各手形により原告らから金銭の貸与を受けた可能性と矛盾するものではないし、これと前述の権限ゆえつによる手形振出、本件各手形が異例の形式によって振出され、それに見合う金銭が一部被告会社に入金されなかった疑いがあり、また本件各手形金の回収について前記榎本が種々奔走しているという被告主張の事情を併せて考察しても、前記の認定を覆して被告の主張を認めるのに充分ではなく、ほかに、本件各手形が原因関係なく振出されまたは裏書(原告田中関係)されたことを認めるのに足りる証拠はない。

そうだとすると、原告らは本件各手形をそれぞれ原因関係の金銭貸借に基いて取得したものであり、それらの原因関係のうち原告石井、同木下と被告会社との金銭貸借は前記榎本の権限濫用によりなされた疑も存するところであるが、この金銭貸借がいずれも有効に成立したものと認めるべきことは前記権限濫用による手形振出の場合と同理であるし、また原告田中関係の手形については被告会社との同手形の受取人である訴外榎本光子との間に振出の原因関係が仮りに存在しなかったとしても、原告田中がこれについて害意で手形を取得したものと認めるのに足りる証拠はない(被告は原告田中関係の手形について振出の原因関係および裏書の原因関係の双方が存在しないと主張し、同原告に対する裏書の原因関係が存在するものと認められるべきことは前述のとおりであって、右の主張は理由がないことに帰するが、被告主張の全体の趣旨によれば、原告田中が振出の原因関係がないことについて害意で右手形を取得したという主張が含まれていると解される。)。

したがって、被告の原因関係の抗弁は採用できない。<以下省略>。

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