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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)10608号 判決 1971年7月19日

原告 田中久義

右訴訟代理人弁護士 楢原英太郎

同右 水谷昭

右訴訟復代理人弁護士 田原昭二

同右 大関栄

同右 金子健一郎

被告 安部重太郎

<ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 佐々木黎二

右訴訟復代理人弁護士 生天目厳夫

被告 位田恭子

<ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 牧野芳夫

被告 間中忠健

右訴訟代理人弁護士 生天目厳夫

被告 中村栄

右訴訟代理人弁護士 生天目厳夫

主文

一  被告安部は原告に対し、別紙第一目録記載の土地につき、東京法務局中野出張所昭和三四年一一月二七日受付第二〇六一六号による、建物所有を目的とする地上権設定契約に基づく順位第三番の地上権設定登記の抹消手続をせよ。

二  被告川田は原告に対し、前記目録の土地につき、前記出張所昭和四〇年四月一七日受付第七〇二七号による、売買を原因とする地上権移転登記の抹消手続をせよ。

三  被告川田は原告に対し、別紙第二目録の建物を収去して同第一目録の土地の明渡をし、また、昭和四〇年五月一五日から右土地明渡済まで月二五〇〇円の割合による金員の支払をせよ。

四  被告間中は原告に対し、別紙第二目録の建物のうち、第三目録A部分から退去して、その敷地の明渡をせよ。

五  被告中村は原告に対し、別紙第二目録の建物のうち、第三目録B部分から退去してその敷地の明渡をせよ。

六  被告有限会社山一商会は原告に対し、東京法務局中野出張所昭和三七年五月一一日受付第七九三四号による、手形取引契約承継を原因とする四番地上権を目的とする根抵当権移転登記、および同出張所同日受付第七三五号による、譲渡を原因とする三番付記一号仮登記の停止条件付地上権移転登記の各抹消手続をせよ。

七  原告のその余の請求を棄却する。

八  訴訟費用中、原告と被告位田恭子、同位田重幸、同位田勝彦の三名との間に生じたものは、すべて原告の負担とし、その余の被告ら五名と原告との間に生じたものは、これを二分して、その一を被告川田の負担とし、その余を他の被告ら四名の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一  本件最大の争点は、弁論の全趣旨に照らし、事実摘示第九節第一項に記載した被告川田主張の法律論の是非にあること、疑を容れない。そこで、まず、この点について検討した上、他の争点に及ぶこととする。

二  問題は、まず地代の登記ある地上権の譲渡がなされた場合、旧地上権者の地代滞納分と新地上権者のそれとが合せて二年分以上になるとき、地主が民法第二六六条第一項の準用による同法第二七六条の適用により地上権の消滅請求をなしうるか、どうかである。

当裁判所は、これを積極に解する。けだし、地代支払義務は地上権に必然的に伴うものではないけれども、一旦約定された場合には、当該地上権の内容となって地上権と不可分の関係に立つに至る。従って、地上権が譲渡されるときは、地上権者の地代支払義務者たる地位も移転せられ、その支分権としての個々の期間の地代支払義務も新地上権者に承継移転せられると見るべきものであって、地代支払義務の債権的性質に拘泥して旧地上権者のみが支払義務者たるに止まると解すべきではない。ただ、地代について登記がない場合には、権利者たる地主の方で義務者たる新地上権者に対し、右の承継を対抗しえず、地上請求をなしえない結果となるに過ぎない。

従って、旧地上権者が地代を怠納していた場合には、地代の登記ある限り、その怠納の効果も新地上権者に及ぶと解さなければならない。もし、そう解しえないとすると、地代怠納が二年間に近づいた頃に地上権を譲渡された地主は、怠納の効果として地主に与えられた民法第二七六条・第二六六条第一項の権利を行使する機会を実質上奪われてしまうからである。故に、二年間の地代怠納期間を云々するためには旧地上権者と新地上権者のそれとを併せて計算することを許すべきである。

三  次の問題は、右の場合、地上権消滅請求に先立ち、新地上権者に対し、催告をなすべきか否かである。本件での真の争点はここに存する。

当裁判所は、これを消極に解する。思うに、この点の結論は、前段の議論から直接に導かれるものではない。旧地上権者の怠納の効果を新地上権者に承継せしめない場合生じるのを見た不当な結果に比すべきものは、怠納分を一旦催告して後に初めて消滅請求しうることとした場合にも、当然生じるとは言えないからである。然しながら、地上権者は土地賃借人などに比し強く保護されており、地主の承諾なくして地上権を譲渡しうるのであり、換言すれば、賃貸借の場合のように、新旧の交替期に地主が承諾権者として事実上介入し、その機会に旧賃借人に対する債権の実現を図りうるのと異なり、新地上権者は、突然地主の前に登場するかも知れず、それ故にこそ前段に見たように、旧地上権者の地代怠納の効果をこれに承継させる必要もあったのであるから、地上権者としては、地主に対して強く保護せられている一面、地上権譲受の場面においては、旧地上権者の地代支払状況につきそれ相応の調査をし、その状況をそのまま承継することを覚悟しておくべきもので、そのような利害の配分こそ法規の予定するところであると考えられるのである。

四  そこで、事案に戻って、本件各被告に対する請求を逐次判断してゆくこととし、まず、被告安部についてであるが、請求原因第一・二項は争いがない。もっとも、地代支払期が一二月一日であることを同被告は争っているが、この点は、成立に争いない甲第一号証の土地登記簿謄本に「毎年一二月一日前払」と明記されているので、原告主張どおり認めるべきである。滞納分について、被告安部本人の供述は同被告主張に副うものであるが信用できず、原告本人供述のとおり昭和三七年一二月分以降の地代は支払われていなかったと認められる。そして、後段判示のとおりの理由で、被告川田に対してなされた原告の地上権消滅請求は有効であったと見るべきであるから、被告安部に対する主文第一項の登記抹消請求は理由がある。

五  被告川田との間では、請求原因第一項は争いがないが、第二項中、争いない地上権設定契約以外の部分は、原告本人および被告安部本人の各供述によって認める。第三項は原告本人の供述によって認め、被告安部本人の供述は措信しない。第四項は原告本人の供述によって認め、被告川田本人の供述中、これに反する部分は採用しない。第五項の消滅請求の意思表示到達は争いがなく、第六項中、地上権譲渡の点、登記の点も争いがない。

延滞地代は、右認定によれば、昭和四〇年五月一五日の意思表示到達当時被告安部と被告川田と両名分を通算して二年分以上となっていたことになるので、第二段、第三段に判示したところに基づき、この消滅請求の意思表示は有効である。従って、被告川田に対する主文第二項の登記抹消請求は理由がある。

また、右のように地上権が覆滅した以上、本件建物はその存立の基盤を失うから、被告川田はこれを収去して原告に本件土地を明渡すべきであり、その場合、地代相当損害金が二五〇〇円であることは争いない地上権の内容から認められるところである。

これに対して、被告川田は、事実摘示第九節第二項のように権利乱用の主張をしている。そして、≪証拠省略≫を総合すると、たしかに、被告川田の主張するような三五〇万円の売買代金の支払(それのみでなく、更に被告位田ら三名を立退かせるための一〇〇万円まで被告安部との間で授受されている。)、原告から甲第三号証の一の内容証明郵便を受取って後、乙第一号証の一の内容証明郵便を原告あてに発信した事情、その後、昭和三九年四月から一年分、昭和四一年四月から一年分、昭和四二年四月から一年分、昭和四三年四月から一年分、昭和四四年四月から一年分と供託を続けたこと、その間昭和三八年一月から同年一二月分までの一年分の供託をも遡ってなしたこと、等の事情が認められるのであるが、右被告の行動は、初め地代支払義務が新地上権者となった昭和三九年四月以後発生するとの見解および延滞分は一年分のみとの前提に立ってなされたものであったこと明らかであり、後日遡ってなされた供託も支払義務が毎年一月分から発生するとの前提に基づいているようであるが、これら前提が事実に反することは前第四段で被告安部に対する請求の当否を判断する際判示したとおりである。従って、被告安部のことばを信じていた結果として、被告川田に気の毒な事情のあることは認められるけれども、その行動は、原告から見れば、独断的なものであったことになるのであって、かかる事実関係を総合的に判断するときは、被告川田が原告の請求を権利乱用というのは失当と言わざるを得ない。

六  被告間中および同中村との関係では、両名の占有関係を除いては、前段の被告川田に対する認定を引用することができる。被告間中の占有開始時期を除いては、両被告のA部分、B部分への入居と占有に争いはなく、右占有開始時期は、両被告の引受参加に関する審尋の際の被告川田本人の供述(右は証拠調ではないが、当裁判所が訴訟上知りえたところであるから証拠原因となると解する。)により昭和四四年二月頃と認められる。

右両被告は、入居後の投資額あるいは居住事情等を主張して、原告の請求が権利の乱用であると争うけれども、両名とも入居当時、既に係争中の建物であることを承知し、萬一の場合をも覚悟していたことは、前記審尋の際のそれぞれの供述からも十分窺知しうるところであり、然る以上、原告の請求を権利の乱用というのは失当と考えられる。従って、被告間中に対する主文第四項の、被告中村に対する主文第五項の、各退去明渡請求は、原告の所有権に基づくものとして、それぞれ理由がある。(請求原因第九項のように、被告位田らの義務の承継でなく、それぞれ独立に被告川田と賃借の契約をして入居し、占有しているものであると認められるが、原告の所有権に基づく請求として理由があるからである。)

七  被告山一商会に対する関係では、先に被告川田に対する請求について判示したところを引用することができる。

同被告は、被告川田の地上権上に抵当権等を有していたものであるが、原告は被告川田への地上権消滅請求に先立ち、かかる登記簿上の利害関係人にあらかじめ通知すべきであったとの被告山一商会の主張は採用することができない。けだし、地上権または永小作権の上に存する抵当権の地上権・永小作権の消滅に対する保護の規定は民法第三九八条であって、法律がこのような地上権者(抵当権設定者)側からの一方的放棄による場合を保護の限界としている精神から見て、本件のような地主からの消滅請求による地上権消滅の場合にまで抵当権を保護する必要はないと考えられるし、その場合、あらかじめ告知する必要もないことは、先に、新地上権者に対する事前の催告の必要がない旨判示したところからも明らかであろう。従って、被告山一商会に対する主文第六項の登記抹消の請求は理由がある。

八  最後に、被告位田ら三名に対する請求は、理由がないと考えられる。右被告らは、原告の請求に対し、種々述べるところがあるが、それは、本件建物から退去する前の訴訟状態を反映するに過ぎず、すでに右被告らが本件建物から退去したことを原告が自陳している現在では、右被告ら主張に及ぶまでもなく、原告請求は失当である。ただ、地代相当損害金の請求の一部は、退去にかかわらず、判断すべきものであるが、右被告らの占有中原告に対して支払うべき損害金の額が、被告川田同様地上権者の支払うべき地代相当額の二五〇〇円であったか否かは、たやすく断じえず、原告において更に主張立証を要すると考えられるところ、原告はこれをしないから、結局理由なきに帰する。従って、被告位田ら三名に対する請求は、すべて棄却すべきである。

九  よって、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八九条、第九三条に従い、仮執行宣言に付さぬこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 倉田卓次)

<以下省略>

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