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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)10206号 判決 1968年8月10日

原告

井野佳平

被告

東京トヨペツト株式会社

主文

一、被告は原告に対し金五、〇九四、八二八円および内金四、五九四、八二八円に対する昭和四三年七月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四、この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

「被告は原告に対し金五、八〇〇、〇〇〇円および内金五、一〇〇、〇〇〇円に対する昭和四三年七月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。」

との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告

「原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決

第二、請求原因

一、(事故の発生)

昭和三九年一〇月三日午後一時四五分頃、東京都港区麻布森元二八番地先道路において、訴外多田明敬運転の乗用車(登録番号品五は七、六二四番。以下甲車と略称)と原告運転のタクシー(登録番号品五あ六、四七五番。以下乙車と略称)が接触した。

二、(被告の地位)

右の事故当時、訴外多田は被告の従業員であり、被告の業務に従事していた。したがつて、被告は、自動車損害賠償保障法(以下自賠法と略称)第三条の「自己のために自動車を運行の用に供する者」に該当する。

三、(損害)

(一)  得べかりし利益の喪失

原告は、前記事故により、首、右肩、右腕などを負傷し、北村医院に昭和三九年一〇月三日から同月五日までの間に通院二回、皆川病院に同年一〇月六日から同年一一月一日までの間に通院五回、代々木病院に同月二日から同年一二月四日までの間に通院六回、東京慈恵会医科大学付属病院青戸分院に、同月五日から昭和四二年八月一五日までの間九四日(昭和四一年五月二〇日から同年八月二一日まで)入院、二五八回通院して、治療を受けたが、後遺障害として、頸椎に運動障害、頸部に強い疼痛、右肩、右腕、右手全体に強いしびれ、身体の障害部位に時々浮腫を生ずる等の障害がある。

原告は、大正一二年一月三日生の男子で、右のような身体障害により、事故後である昭和四三年七月一日から満六〇歳になる直前である昭和五七年六月三〇日までの一四年間に、次のとおり収入が減少したことになる。

タクシー運転手として、一ケ月平均六〇、〇〇〇円の収入で初めの四年間は六割減、次の五年間は五割減、次の五年間は四割減で、これを年毎にホフマン式方法で年五分の割合による中間利息を控除すると、昭和四三年六月三〇日現在の一時払額は、計三、七七四、九六〇円となる。

右のうち、六六五、一〇〇円については、労災保険の障害補償から受領したので、残額は、三、一〇九、八六〇円であるが、その内金三、一〇〇、〇〇〇円を請求する。

(二)  慰藉料

原告は、事故当時四一歳であつたが、終戦後の数年を除き、職業自動車運転手として生計をたてて来たものであり、昭和三六年八月からは小田急交通株式会社に勤務し、昭和三九年四月には、個人タクシーの営業免許を申請し、個人タクシー用の駐車場を確保しながら営業免許の聴聞手続を待つようになり、事故当時は、個人タクシーの営業免許がおり次第、個人営業が開始できる状態にあつたのに、本件事故のため前記の如き後遺障害を残し、生涯の仕事にしようとしていた自動車運転手は、廃業しなければならなくなつた。他に特別の技能もなく、四〇歳を過ぎた原告としては、身体障害も受けて、就職は困難である。

右事実ならびに前記の如く治療経過、その他諸般の事情を考慮すると、原告の慰藉料は二、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

(三)  弁護士費用

以上により、原告は被告に対し五、一〇〇、〇〇〇円を下らない損害賠償請求権を有するところ、被告が任意に弁済しないので、原告はその請求のため訴訟提起のやむなきに至り、東京弁護士会所属弁護士板根徳博に対し本訴の提起と追行とを委任し、同会の弁護士報酬規定による報酬額の標準のうち最低料率による手数料および謝金を第一審判決言渡日に支払うことを約した。原告の請求額五、一〇〇、〇〇〇円に対する手数料および謝金の最低料率は各七分であるから、これにより計算すると手数料、謝金を合算して原告は七〇〇、〇〇〇円(一万円未満切捨)の債務を右弁護士に対し、本判決言渡日を支払日として負つたのであり、これも本件事故と相当因果関係にある損害というべきである。

四、(結論)

よつて、原告は被告に対し自賠法第三条に基き、以上合計、五、八〇〇、〇〇〇円および右弁護士費用を除いた五、一〇〇、〇〇〇円に対する逸失利益算定の基準日の翌日である昭和四三年七月一日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、請求原因に対する被告の答弁

一、請求原因第一項、第二項は認める。

二、請求原因第三項のうち、東京弁護士会の報酬規定が原告主張のとおりであることは認め、その余は不知。

第四、被告の抗弁

一、(過失相殺)

本件事故の発生した交差点は交通整理が行われていない上、左右の見透しがきかないのであるから、原告は右交差点に進入するに際し徐行すべき義務がある(道路交通法第四二条)にも拘らず、従前の速度で右交差点に進入した。又、原告は右交差点に進入する以前に、既に交差点に進入していた訴外多田明敬運転の甲車を乙車の右前方に認めたのであるから、甲車を通過せしめた後に自己が通過すべき義務がある(同法第三五条第一項)にも拘らず、右多田が乙車を優先的に通過させてくれるものと軽信して進入した。原告が徐行義務および先入車両優先の規定を遵守しておれば本件事故は防止できたものである。

よつて、相当程度に過失相殺がなされるべきである。

二、(示談の成立)

訴外多田明敬は、昭和四〇年二月一三日、原告の代理人訴外坂本弥一郎との間で、本件事故に関し、原告に対し休業補償として休業日数五一日間の平均給与の六割に当る金四五、〇〇〇円を支払う旨の示談をなし、示談書を作成し、その支払をした。

第五、抗弁に対する原告の認否

一、過失相殺の主張は否認する。

二、被告主張の示談が成立したことは認める。しかし、示談内容は休業補償に関するものであり、原告が本訴で請求している損害賠償とは別であり、当事者も多田明敬であつて被告ではない。四五、〇〇〇円を受け取つたことは否認する。

第六、証拠 〔略〕

理由

一、(事故の発生)

請求原因第一項は当事者間に争がない。

二、(被告の責任)

請求原因第二項も当事者間に争がない。したがつて、自賠法第三条但書の免責の主張立証をしない被告には右事故についての運行供用者責任が生じた。

そこで、被告主張の示談によつて、被告の責任が消滅したか否かについて判断する。被告主張の示談の成立自体は当事者間に争がないが、成立に争のない甲第一号証、乙第一号証の各示談書の「示談条件」欄の記載には若干の相異はあるが、右書面によれば、示談内容は車の修理代と原告の休業補償に関する条項のみであり、その他の損害については何らの取りきめもないことが認められ、又、当事者は運転者である訴外多田明敬であつて使用者である被告ではないことおよび示談金額は僅かに四五、〇〇〇円であることは当事者間に争がない。以上の事実によれば、原告は運転者たる訴外多田明敬に対してのみその余の権利を放棄したものと解するのが相当である。

したがつて、右示談の成立によつて被告の損害賠償責任が消滅したものと解することはできない。

三、(損害)

そこで、原告の損害額について判断する。

(一)  得べかりし利益の喪失

〔証拠略〕によれば、原告は大正一二年一月三日生れの男子であることが認められ、本件事故発生が昭和三九年一〇月三日であることは当事者間に争がないので、本件事故当時、原告は満四一歳であつた。〔証拠略〕によれば、事故当時原告は訴外小田急交通株式会社にタクシー運転手として勤務し、昭和三八年一〇月から昭和三九年九月までの一ケ年の総収入は六二四、九四五円で、一ケ月平均五二、〇七八円であつたことが認められ、〔証拠略〕によれば、原告の昭和四二年四月における基本給の月額は三一、八〇〇円(本人給二四、三〇〇円、勤務給七、五〇〇円)であつたことが認められ、右証言によれば昭和四三年には昇給があることが認められるので昭和四三年四月における基本給は右金額以下ということはないものと認められ、〔証拠略〕によれば、事故当時の業績給は一ケ月平均一四、一二八円、深夜作業手当は一ケ月二、三六二円、その他の手当は一ケ月一、三三八円であつたことが認められ、右証言によれば家族給は昭和四三年には妻は一、三〇〇円、第一子は五〇〇円、計一、八〇〇円となつていたことが認められ、以上を合計して一ケ月の収入は五一、四二八円、年間で六一七、一三六円であつたことが認められ、更に〔証拠略〕によれば、賞与は昭和四二年夏が五三、八〇〇円、同年暮が七一、五〇〇円で年間一二五、三〇〇円であることが認められる。従つて、昭和四三年における原告の得べかりし収入は、年収七二〇、〇〇〇円を下らなかつたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

ところで、原告は前記のように事故当時、四一歳であつたので、昭和四三年六月三〇日現在では四五歳となる。そして第一一回生命表によれば四五歳の男子の平均余命は二六・六一年であり、〔証拠略〕によれば原告は本件事故までは健康であつたことが認められるので、満六〇歳まではタクシー運転手として稼働し得たものと認められる鑑定人近藤駿四郎の鑑定の結果によれば、原告の後遺症は労働基準法施行規則別表の障害等級の第八級に該当する(昭和四三年二月二〇日付鑑定書)が、「現在軽易な労働に従事する可能性があり、この程度のリハビリテーシヨンを施行しながら症状経過をみれば今後多少ずつ症状が改善される見込みはある」こと(同年三月八日付鑑定書)が認められる。ところで、労働基準監督局長通牒(昭和三二年七月二日基発第五五一号)によれば、右第八級の労働能力喪失率は一〇〇分の四五とされている。これに対して、原告は昭和四三年七月一日から当初の四年間は六割、次の五年間は五割として右通牒以上の労働能力喪失率を主張するが、原告は昭和四三年六月三〇日当時四五歳であるけれども、労働能力喪失を前提とする軽労働につぐ可能性は中年者であるからとて小さくなるものとは言えず、タクシー運転手として平均以上の高収入のあつたことは、既に基準たる収入として評価してあるので、特殊の職種であることを労働能力喪失率の算定について考慮すべきではない。したがつて、原告の労働能力の喪失率は、若干の回復を考慮して、昭和四三年七月一日から当初の九年間は一〇〇分の四五、次の五年間は一〇〇分の四〇とするのが相当である。

以上の逸失利益を年毎のホフマン式計算方法により昭和四三年六月三〇日現在の一時払額を計算すると、当初の九年分は、七二〇、〇〇〇円(年収)に一〇〇分の四五(労働能力喪失率)を乗じ、更に九年分のホフマン式現価表係数(七・二七八二八二八一)を乗じた二、三五八、一六三円であり、次の五年分は、七二〇、〇〇〇円(年収)に一〇〇分の四〇(労働能力喪失率)を乗じ、更に一四年分のホフマン式現価表係数(一〇・四〇九四〇六六七)から九年分の同係数(七・二七八二八二八一)を控除した係数(三・一三一一二五四六)を乗じた九〇一、七六五円である。右の合計三、二五九、九二八円が原告の本件事故による逸失利益である。

(二)  過失相殺

そこで、過失相殺の抗弁について判断する。

〔証拠略〕によれば、本件事故のあつた交差点は、交通整理は行なわれておらず、東西に通ずる道路の巾員は一〇・〇米、南北に通ずる道路の巾員は一二・〇米で、いずれも歩道と車道の区別のない舗装道路であり、建物のため交差点での見透しはよくないこと、東西の道路には交差点に入る手前に両方向とも、それぞれ一時停止の標識のあることが認められる。〔証拠略〕によれば、右多田は東西に通ずる道路を西から交差点に進入したのであるが見透しが悪いため交差点に入つてから一時停止したが、右側は注意して安全を確認したものの、左側はよく注意することなく発進して二~三米進行して甲車前バンバーを乙車の右側面に衝突せしめたこと、これに対し、原告は南北に通ずる道路を北から南へ向い、甲車を四〇~五〇米の地点で発見し、交差点直前で時速三〇粁から一二~一三粁に減速したが、甲車が停止していたので進路を譲つてくれたものと考え停止することなく進行して右のように衝突されたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。したがつて、甲車の運転者多田には左方の安全確認を怠つた重大な過失があるが、乙車の運転者原告は、甲車が一時停止していたが故に甲車が進路を譲つてくれたものと信じて進行したものであつて、原告に過失ありということはできない。したがつて過失相殺の抗弁は理由がない。

ところで、六六五、一〇〇円については、労災保険の障害補償から受領していることを原告は自認しているので、これを控除すると、被告の賠償すべき逸失利益は二、五九四、八二八円となる。

(三)  慰藉料

原告は前記のように本件事故当時四一歳のタクシー運転手であつた。そして、〔証拠略〕によれば、事故当日とその直後北村医院で二回治療を受け、次いで皆川医院と代々木病院にそれぞれ七回位通院した後、昭和三九年一二月五日から東京慈恵会医科大学附属病院青戸分院に通院し、昭和四一年五月二〇日から同年八月二一日まで同病院に入院し、引き続き昭和四二年八月一五日までに同病院に通院した実数は二五八日であり、その後も一ケ月に三~四日通院していることが認められ、後遺症としては右上肢帯に倦怠、しびれ感が強く残り、時々浮腫を生じ、頸部痛、頸椎運動障害のあることが認められ、前記のように右後遺症は第八級に該当することが認められ、更に〔証拠略〕によれば、原告は昭和三九年四月には個人タクシーの営業免許を申請し昭和四二年八月には右免許に関する聴問の通知を受け、本件事故がなければ個人タクシーの営業免許がおり次第個人タクシー営業が開始できる状態であつたが、本件事故による後遺症のためタクシー運転手を廃業せざるを得なくなつたことが認められ、以上の諸事情を総合考慮すれば、原告の慰藉料としては二、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

(四)  弁護士費用

以上により原告は被告に対し四、五九四、八二八円の損害賠償請求権を有するものというべきところ、被告がこれを任意に弁済しないことおよび原告がその請求のため東京弁護士会所属弁護士坂根徳博に本訴の提起と追行を委任し、同弁護士に対しその報酬として、東京弁護士会の弁護士報酬規定による報酬額のうち最低料率による手数料および謝金を支払う旨約したことは弁論の全趣旨により明らかであり、右報酬規定による手数料および謝金の最低料率が認容額の各七分(合計一割四分)であることは当事者間に争がないから、これによれば手数料と謝金とを合わせて原告は六四〇、〇〇〇円(万未満切捨)の債務を右弁護士に第一審判決言渡の日を支払日として負うことになつたと認められるが、本件事案の難易、同弁護士の訴訟活動、前記請求認容額その他一切の事情を勘案すると本件事故に基く原告の損害として被告に賠償させるべき金額は右のうち五〇〇、〇〇〇円を以て相当とする。

四、(結論)

よつて、原告の本訴請求は、逸失利益の損害二、五九四、八二八円、慰藉料二、〇〇〇、〇〇〇円、弁護士費用五〇〇、〇〇〇円、以上合計五、〇九四、八二八円および弁護士費用を除いた四、五九四、八二八円に対する逸失利益算出の基準日の翌日である昭和四三年七月一日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 篠田省二)

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