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東京地方裁判所 昭和41年(行ウ)5号 判決 1968年4月15日

原告 大洋自動車交通株式会社

被告 中央労働委員会

補助参加人 岩下友武

主文

被告が中労委昭和三九年(不再)第四二号不当労働行為救済命令再審査申立事件について昭和四〇年一二月二二日なした命令を取消す。

原被告間の訴訟費用は被告の負担とし参加によつて生じた訴訟費用は補助参加人の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として次のとおり陳述した。

『一 原告会社(以下場合によつて単に会社という)は昭和三八年一〇月九日、会社に雇傭されていた運転手岩下友武を懲戒解雇したところ、右岩下並びにその所属する大洋自動車交通労働組合(以下単に組合という)はこれを不当労働行為であるとして東京都地方労働委員会(以下都労委という)に対し救済命令の申立をし、都労委は昭和三九年一〇月二七日右岩下の解雇は不当労働行為であるとして、会社は岩下を原職に復帰させ同人が解雇の日から原職に復帰するまでの間受けるはずであつた賃金相当額を支払わなければならないとの旨の命令を発した。

二 会社は右命令を不服として被告委員会に対し再審査の申立をしたが、被告委員会は昭和三九年(不再)第四二号事件として再審査の上、昭和四〇年一二月二二日再審査申立棄却の命令をし、その命令書は同月二八日会社に送達された。

三 右命令の理由は別紙命令書写記載のとおりである。

四 しかし右命令は左のとおり事実の認定及び法律判断を誤つたもので違法である。

(一)  岩下に対する解雇理由について。

(1)  被告委員会は命令理由第一の一二で、「会社は昭和三八年一〇月九日岩下に対し即日解雇する旨を通告した。その際解雇理由の説明を求められた会社は、前記九月一四日就業中の飲酒と客に対する不当料金の要求であるとしたが、後日会社は解雇理由について、昭和三七年一一月二八日の就業時間中の飲酒についで、またまた昭和三八年九月一四日就業時間中に客と飲酒し、かつその際客から不当料金を要求収受し、納金の際その一部を自己において着服したことによる就業規則にもとづく懲戒解雇であるとした」と認定している。しかし、原告会社は、本件解雇の直接の理由となつた岩下の飲酒等の行為の翌々日である昭和三八年九月一六日に岩下の懲戒解雇を決定したが、本人の将来を慮り、佐藤正次郎本社営業所長より再三任意退職を勧告し、岩下がこれに応じなかつたため、同年一〇月三日内容証明郵便で岩下に解雇通知書を送付したが、岩下はその受領を拒み、右解雇通知書が原告会社に返送されたので、やむなく同月九日佐藤所長は岩下を呼んで解雇通知書を手渡そうとしたが、岩下はなおもその受領を拒んだので、佐藤所長はこれを読み上げ、更に解雇理由を具体的に説明したのであつて、被告委員会の認定は事実と相違する。

なお、右解雇通知書には解雇予告手当を支払う旨が記載されているが、それは労働基準法上の予告除外認定の手続をとらなかつたことによるものにすぎず、岩下の行為は原告会社の就業規則第一〇条第三号(営業に当つては常に乗客から適正料金を収受しメーター不倒その他不正及び会社に不利益な行為をしてはならないこと)、同条第八号(乗務員は貴重なる人命を輸送する業務なれば勤務中は絶対飲酒せざること)に違反するので、第七四条第一四号(情状酌量の余地なく必ず懲戒解雇されることになつている)により、原告会社は岩下を懲戒解雇したものである。

(2)  被告委員会は、岩下の昭和三七年一一月二八日の飲酒行為について、命令理由第二、二(1)前段において、「岩下の行為自体責められても止むを得ない程のものではあつたが、当時会社は、係が注意しただけで放任し、別段の措置もとつていなかつたことが認められ、その後の時日の経過からみて、本件解雇理由に付加することの妥当性は認め難い。」と判断しているが、右判断は不当である。なるほど右行為については本社営業係上村陽彦が岩下を説諭したのみで、原告会社はそれ以上の措置をとらなかつたが、右は当時岩下の業務中の飲酒行為を発見した上村陽彦が、自己が組合の初代副委員長であつたところから、岩下に同情し、事実を直ちに公にせずに、同人を呼んで長時間に亘り説諭したところ、同人はその非を認めて「今後絶対にこういうことはしない」と確約したので、約一ケ月たつてから当時の営業所長那須吉蔵に報告したものであつた。このような上村営業係のはからいは会社職制としての適切な措置といえないことは勿論であり、その後通告を受けた那須営業所長が上村のはからいを黙認したのも、職責を全うしたとはいえないけれども、岩下は「今後絶対にこういうことはしない」と上村に確約しているほどであるから、重々反省自戒すべきであり、しかも佐藤営業所長は昭和三八年五月就任後運転手の業務中の飲酒については常々注意してきたにもかかわらず岩下は前記の飲酒行為から一〇ケ月を経ていない同年九月一四日再び業務中の飲酒行為をなしたものである。

そもそも同一の非行を重ねれば当然前の非行を併せ考えて処分を決定することは常識であつて、被告委員会が、本件解雇理由の正当性を判断するにあたつて、さきの業務中の飲酒行為を情状としてなんら考慮に入れなかつたことは著しく不当である。

(3)  (イ) そもそもタクシー運転手の業務中の飲酒行為及び料金に関する不正行為が如何に重大であるかについて、被告委員会は全く認識を欠いている。すなわち、

(ロ) タクシー事業(一般乗用旅客自動車運送事業)は、道路運送法に基く免許事業であり、その使命の達成特に輸送の安全と旅客の利便を図るため、同法及び同法に基く自動車運送事業等運輸規則(昭和三一年八月一日運輸省令第四四号、以下単に運輸規則という)による規制を受けるほか、運輸大臣の厳重な監督、指導の下に置かれており、そして道路運送法等は特に事業用自動車の運行の安全確保に関する事項を処理させるために、事業者に各営業所毎に一定の資格を備えた運行管理者を置くことを義務づけ(道路運送法第二五条の二、運輸規則第二五条ないし第二五条の五)、乗務員の指導、監督その他事業の遂行上必要な措置について万全を期さしめ(運輸規則第二六条、第三二条の二)、そのため乗務員が安全輸送及び旅客の利便をはかるために必要な服務規律を定めている(道路運送法第二六条、運輸規則第三三条、第三四条)ばかりでなく、事業者にも直接これを定めることを義務づけている。

(ハ) そして業務中の飲酒行為に関しては、運輸規則第二一条第三項は「旅客自動車運送業者は、疾病、疲労、飲酒その他の理由により安全な運転をすることができないおそれがある運転者を事業用自動車に乗務させてはならない。」と、同第二二条第一項は「旅客自動車運送業者は、乗務しようとする運転者に対して点呼を行い、次の各号に掲げる事項について報告を求め、事業用自動車の運行の安全を確保するために必要な指示を与えなければならない。一、(省略)二、疾病、疲労、飲酒その他の理由により安全な運転をすることができないおそれの有無。」と、同第三三条第二項は「前項の乗務員は、次に掲げる行為をしてはならない、一、(省略)二、酒気を帯びて乗務すること。」と、同第三四条第一項は「旅客自動車運送事業者の事業用自動車の運転者は次に掲げる事項を遵守しなければならない。一、二、(省略)三、疾病、疲労、飲酒その他の理由により安全な運転をすることができないおそれがあるときは、その旨を当該旅客自動車運送事業者に申し出ること。」とそれぞれ規定し、従つて原告会社の就業規則第一〇条も亦「乗務員は職務の特殊性に鑑みて左の事項を守らなければならない。一、ないし七、(省略)八、乗務員は貴重なる人命を輸送する業務なれば勤務中は絶対飲酒せざること」と定めている。

(ニ) また料金等に関する不正行為に関連する事項としては、道路運送法第三二条第一項は「自動車運送事業者は、旅客又は荷主に対し、不当な運送条件によることを求め、その他公衆の利便を阻害する行為をしてはならない。」と規定し、原告会社の就業規則第一〇条は「乗務員は職務の特種性に鑑みて左の事項を守らなければならない。一、二、(省略)三、営業に当つては常に乗客から適正料金を収受しメーター不倒その他の不正及び会社に不利益な行為をしてはならないこと。」と定めている。

(ホ) このように業務中の飲酒や料金等に関する不正行為は事業主、運転手の双方に対して厳禁されている事項であつて、事業主及び運転手はこれらの行為が発生しないよう共々努力しており、運転手がこれらの行為を犯せば厳に処分されるのが、今日の業界の一般的な実情である。

(ヘ) 特に飲酒行為については、道路交通法第六五条は「何人も酒気を帯びて車両等を運転してはならない。」と規定し、これに伴つて同法第七五条は、安全運転管理者その他車両等の運行を直接管理する地位にあるものは、運転者に対してアルコール等の影響その他正常な運転ができないおそれがある状態で車両等を運転することを命じ、又は運転者がそのような状態で車両等を運転することを容認してはならない旨を規定しているのである。

(ト) 以上のような運転法規並びに道路交通法規に基いて、警察の取締りも監督官庁の行政指導も年々厳しさを加え、原告会社も亦昭和三八年五月一日佐藤営業所長が就任して以後は、運転手に対する指導管理を徹底してきたのであり、このような事情の下で二度目の業務中の飲酒行為をなした岩下に対しては厳重な処分がされなければならないものであつた。

(4)  (イ) 被告委員会は命令理由第二、二(1)後段において、「岩下の飲酒行為については、その酒量、酩酊の度合は明らかでないが、その後もなお、客を送りとどける約束をしていたことではあり、運転手として業務中の飲酒行為を厳に慎しまなければならないことはいうまでもないことであつて、岩下の飲酒行為は責められなければならない。しかし、その日一日中乗車した客が食事のためにうなぎ屋へ岩下を誘つたこと、うなぎのできるのをまつ間客が酒を注文したこと、客も自分が飲ませたのは悪かつたといつていることなどのその場の事情並びに、岩下は、その後佐藤所長の指示に従つていることではあり、会社としても、これらの情状を考慮してよいものと認めざるを得ない」と認定判断している。しかし、岩下は乗客の勧めをことわるどころか、自分も酒が大好きだといつて、さされるまま銚子二、三本は飲んだことが確実であり、後に主張するように料金の計算ができないほどに酩酊していたのであり、また運転を禁止する佐藤所長の措置に従つたのは、当然のことであつてなんら岩下に有利な情状とはいえない。タクシー運転手の業務中の飲酒行為の重大性は前述のとおりであり、客の好意を拒絶できないような運転手はその資格がなく、自ら職を去るか又は厳罰を覚悟しなければならない。

(ロ) 被告委員会は命令理由第二、二(2)中において、「岩下は客とのとりきめで、一一、八〇〇円を決め、これをもとに一二、一六〇円の料金を客に請求し、チツプも含め一二、五〇〇円を収受したことは、佐藤所長の目の前でなされていることであり、岩下が客に不当料金を請求したと認めることはできない。」と判断しているが、右一一、八〇〇円の計算の根拠も明らかにされていない。右はおそらく岩下が芦の湖までの料金の倍額を請求したものと思われるが、芦の湖までの料金のうちには芦の湖での長時間の待ち時間料金が含まれており、その倍額を請求するのは明らかに不当である。そして被告委員会はその計算にあたつて佐藤所長が助言を与えている点を挙げているが、同所長はただ計算を手伝つたにすぎず、岩下が示した指数をメーター器によつて確認したものではないから、岩下の計算の不当であることを知る由もなかつたのであつて、佐藤所長の助言はなんら岩下の料金の収受を正当化するものではない。岩下が翌日メーター指数に基き再計算の上原告会社に一〇、五二〇円を納入した点につき、被告委員会は「岩下は、翌日メーター指数にもとずき再計算の上会社に一〇、五二〇円を納金しているのであるが、岩下が納金に際し、再計算の事情を会社に報告していないこと、佐藤所長に追求されたとき、差額金については客に立替えた金であるなどと説明して明確な返答をしていないことは、岩下の処置に不明朗な点のあつたことを否定しえない。」としながら、「岩下に料金を不正に着服する意図があつたものと認めることは早計といわねばならない。」としているが、岩下に着服の意思がなければ右のような虚言を弄さなければならない理由はなく、不明朗な点があつたというだけで済ませられるものではない。以上の点からいつて、岩下に不当料金と正当料金の差額を着服する意思があつたことは明瞭であつて、被告委員会の認定は誤りである。

(二)  不当労働行為の認定について。

(1)  被告委員会は昭和三七年一二月一五日の年末一時金斗争の直後の団体交渉の席上、原告会社の吉田社長が、「会社内のことはお互いに話し合えばわかるんじやないか。ほかの人の力まで借りなくてもいいんじやないか。」と発言した事実を問題としている。しかし、昭和三七年の年末一時金については、すでに同年七月八日に夏期一時金と併せて協定されており、それによると年末一時金の額は基本給三、五ケ月分となつており、ただ「諸般の状勢の変化等により考慮することを得る」とされていたのであるが、組合は同年一一月一五日になつてなんら具体的根拠を示すことなく、基本給の三、五ケ月分(平均二八、〇〇〇円)のほかに、一律二〇、〇〇〇円を支給せよとの要求を提出し、そのために事情を知らない外部労組員の力を借りようとしたのであつて、右は明らかに労使間の信義に反する行為であつたから、吉田社長はこれを指摘し反省を促すため前述のように発言したものであつて、これによつて原告会社が組合活動を嫌悪していた証左と目すべきではない。

(2)  被告委員会は、原告会社が昭和三八年六月一日岩下に対して履歴詐称を理由に解雇を通告し、後にこれを撤回した事実を挙げて、原告会社が岩下を嫌悪し原告会社より排除しようとしたものとしている。しかし、右解雇の契機となつた組合事務所のロツカー中の現金盗難事件については岩下に疑いをかけることが無理でない種々の理由があり、かつ岩下に窃盗の前科があることが判明したので、岩下の履歴書を念のため調べてみたところ、「賞罰なし」と記載されていたところから、岩下に履歴詐称の理由で解雇の通告をしたのであるが、調査したところ本人の筆跡でないことが判明したので、解雇を撤回したのである(なお、右記載は当時既に退職していた那須所長が岩下の採用にあたり面接した際、賞罰欄が空欄となつていたので、その有無を確かめたところ、岩下は賞罰はないと答えたので、那須所長が書き加えたものであることが判明した)。従つて、原告会社が右の解雇通告をしたことは何ら岩下を組合活動の故に排除しようとしたものではない。

(3)  被告委員会は命令理由第二、一(3)において、「佐藤所長が組合大会の前日、宮崎、小池に対し岩下の執行委員長再選を阻止するよう申し向けたこと、および、岩下が再選された後、宮崎、渡辺に対し岩下を執行委員長から降ろすように申向けていることが認められ、その直後、宮崎は執行委員会で岩下不信任案を提案したり、渡辺も、宮崎に同調したこと、さらに渡辺は、書記長に選ばれた後二、三日で、岩下とともに組合活動をするのは不適当だとの理由でこれを辞退しているのである。したがつて、佐藤所長が組合大会の前後において岩下の再選を妨害し、また再選後はこれを降ろすよう組合員に働きかけていたことを認めざるをえないのである。」と認定している。しかしこれは初審の都労委における宮崎恒雄証人の偽証をそのまま採用したものであり、これに対して佐藤営業所長は初審並びに被告委員会においてそのような事実のないことをはつきり証言しており、更に被告委員会においては小池富雄、渡辺一の両証人がこれを裏付ける証言をし、特に宮崎は渡辺に対して都労委では事実と違うことを証言して迷惑をかけて申訳ないと陳謝したことが、被告委員会での審問の結果明らかとなつているのであつて、被告委員会の事実認定は明らかに誤りである。

五 よつて被告委員会のなした再審査申立棄却の命令の取消を求める。』

被告指定代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

『一 原告主張の請求原因一ないし三の事実は認める。

二 同四の主張は争う。

三 (一) (1) 命令理由第一、一二の認定に誤りはない。すなわち、被告委員会の審問の結果によつては、原告会社が岩下に解雇を通告するに際して原告主張のような解雇理由を告げた事実についての何らの証拠もなく、また原告主張の解雇通告書は被告委員会における審問には証拠として提出されていないばかりでなく、なんらこれに関する主張もなされていなかつたのであるから、被告委員会は原告主張のような認定をなすに由なきものである。

(2)  命令理由第二、二(1)前段の判断は相当である。

(3)  タクシー運転手の業務中の飲酒、料金に関する不正行為の重大性について被告委員会が認識を欠いているということはない。右のような行為の重大性にも拘らず、原告会社の岩下に対する解雇は命令書記載のような理由により不当労働行為と認定せざるを得ないのである。

(4)  (イ) 岩下の昭和三八年九月一四日の飲酒行為については被告委員会の認定のとおりであつて、岩下の行為は懲戒解雇に値しない。

(ロ) 不当料金の要求、着服の点についても、被告委員会の判断のとおり、佐藤営業所長が計算を手伝つたり、同人の目前で料金が授受されていること、岩下は差額金を乗客である佐治功に返還していること等からいつて、岩下は不当料金を要求し差額を着服する意思はなかつたものであつて、被告委員会の判断に誤りはない。しかも右料金問題で佐藤所長と岩下とが話しているところへ客の佐治から電話がかかつてきているのであるが、極めてタイミングの良い点でかえつて不審を招くものであつて、この乗客佐治功の乗車当日の行動については数々の不審な点がある。

(二)  (1) 命令理由第二、一(1)の吉田社長の発言に関する被告委員会の判断に誤りはない。

(2) 同(2)の履歴詐称による岩下の解雇に関する判断も正当である。

(3) 命令理由第二、一(3)の認定にも誤りはない。

四 要するに原告会社が岩下を解雇したことは、命令理由記載のとおり、組合の執行委員長たる岩下を排除し組合の弱体化を図ろうとした原告会社の不当労働行為意思に基くものであつて、被告委員会の認定判断に誤りはない。』

(証拠省略)

理由

一  原告会社が昭和三八年一〇月九日原告会社に雇傭されていた運転手岩下友武を懲戒解雇したところ、右岩下並びにその所属する組合(大洋自動車交通労働組合)がこれを不当労働行為であるとして都労委に対し救済命令の申立をし、都労委が昭和三九年一〇月二七日右岩下の解雇は不当労働行為であるとして、会社は岩下を原職に復帰させ同人が解雇の日から原職に復帰するまでの間受けるはずであつた賃金相当額を支払わなければならないとの旨の命令を発したこと、原告会社が右命令を不服として被告委員会に対し再審査の申立をしたが、被告委員会は昭和三九年(不再)第四二号事件として再審査の上、昭和四〇年一二月二二日再審査棄却の命令をし、その命令書は同月二八日会社に送達されたこと、右命令の理由は別紙命令書写記載のとおりであることはいずれも当事者間に争いがない。

二  そこでまず原告会社の岩下に対する解雇理由の当否について検討する。

(一)  いずれも成立に争のない甲第八号証(営業日報)、乙第二一号証(都労委の審問調書中佐藤正次郎の証言速記録)、同第二七号証(同岩下友武の供述速記録、但し後記措信しない各部分を除く)、同第二九号証(同亀山芳郎の証言速記録)、同第三九号証(被告委員会の審問調書中佐治功の証言速記録)、同第四四号証(同佐藤正次郎の証言速記録)、同第四七号証(同岩下友武の供述速記録、但し後記措信しない各部分を除く)、証人佐藤正次郎の証言及び右証言によつて成立の認められる甲第一号証(解雇通知書)、証人佐治功の証言を総合すれば次の各事実が認められる。

(イ)  岩下友武は昭和三八年九月一四日朝東京都北区岸町所在の原告会社の車庫を出て間もなく客佐治功を乗せ、江東区砂町の同人の自宅に向けて運転中、同人より当日家族を慰安のため箱根に連れて行くことになつているが行つてくれるかと問われたため、これに応じ、佐治の自宅で同人の妻と子を乗せ箱根芦の湖まで往復した。夕刻砂町で家族を降ろし、更に佐治の要求によつて上十条に行き、同所で約四〇分待つた上、池袋に行つて午後一〇時少し前頃、佐治の勧めによつて道路に車を置いて小料理屋「江戸つ子」において飲食した。ところが約一時間して、そこへ原告会社の本社の営業所長佐藤正次郎が現われ、岩下を業務中に飲酒したとして叱責し、自ら運転していた車に岩下を乗せて本社営業所に連れ帰つた。

(ロ)  岩下は右「江戸つ子」を出る際に乗客佐治に対し一二、一六〇円の料金を請求し、佐治よりチツプを含めて一二、五〇〇円を収受したが、右の料金はメーター器の表示によつたものではなく、それは、同日夕刻砂町を過ぎて上十条に向う途中、メーター器の料金の表示が九、九八〇円で止まつていたことに岩下が気づき、佐治の了解を得て上十条でメーターを倒し直したために、別の方法(その方法については後に記載する)によつて計算したものであり、佐藤営業所長もその計算を一部手伝つた。しかるに、岩下は翌日メーター器の指数に従つて、料金を一〇、五二〇円と計算し(当時料金は、基本料金が二粁まで八〇円、爾後料金が五〇〇米までが一回で待ち時間と共に一回二〇円であつて、出庫時と帰庫時のメーター器の指数の差による当日の営業回数は二回、爾後料金の回数は五一八回であつたから基本料金一六〇円爾後料金一〇、三六〇円合計一〇、五二〇円と計算したものである)、右一〇、五二〇円しか会社に納入しなかつた。もつともその約一週間後岩下は佐治より収受した金額と右一〇、五二〇円との差額を佐治方に赴いて同人に返還した。

(ハ)  そこで、本社営業所の従業員の人事について一切を任せられていた佐藤営業所長は、岩下の右(イ)及び(ロ)の行為を業務中の飲酒行為及び料金に関する不正行為であるとして、これを理由に岩下に対し、右行為のあつた翌翌日である昭和三八年九月一六日から数回に亘り自発的退職を勧告し、岩下がこれに応じなかつたため、同年一〇月三日付内容証明郵便により解雇通告書を発し、右内容証明郵便は岩下がその受領を拒絶し原告会社に返送されたため、同月九日これを岩下に交付しようとしたが、更に岩下がその受領を拒絶したので、口頭で解雇を言渡した。

(ニ)  そこでまず、岩下が料理店「江戸つ子」で飲酒したかどうか及びその酒量酩酊の程度について考えてみるに、被告委員会は岩下の飲酒行為について、「その酒量、酩酊の度合は明らかでない」としているが、前記乙第二一及び第三九号証、成立に争のない乙第四〇号証(被告委員会の審問調書中関武の証言速記録)、証人佐治功及び同佐藤正次郎の各証言によると、佐治功は岩下と共に日本酒を銚子六本飲んだのであるが、岩下に酒を勧めた際、岩下は「自分も酒は好きだ」、「一日乗り廻して料金も挙がつたから、これから会社へ帰つて寝るだけだ」と言つたので、岩下と一緒に飲んだのであつて、飲んだ量は佐治の方が多いけれども、岩下も銚子一、二本は飲みながら佐治と快談し、佐藤営業所長がはいつてきたときは、岩下は赤い顔をしており、料金の計算も十分にできず、営業所に連れ帰えられた後、営業係の関武は、岩下が酒の匂いがして呂律も幾分あやしくなつていたので、料金の納入は翌日にしてすぐ仮眠所に行つて寝るよう岩下に申渡したところ、岩下もこれに従つたことが認められ(佐治功は前記乙第三九号証中においても、また、当裁判所の証言中においても、「岩下は呂律がまわらないということはなかつた」と一見右認定に反するような証言をしているけれども、呂律がまわらないという表現による酩酊の程度は右認定よりは程度が進んでいる場合に使用される表現であり、また佐治の証言は「江戸つ子」にいたときのことをいうのであつて、右認定の呂律が幾分あやしくなつていた事実とは時点を異にするから、右各証拠はなんら右認定を左右するに足りない)、乙第二号証(都労委における岩下友武の供述速記録)中右認定に反する部分は措信できない。してみれば、岩下は「江戸つ子」において飲酒し、酒量も相当程度に達しており、酩酊の程度は、佐藤営業所長が「江戸つ子」にはいつてきた時点では「気分は爽快になり多弁となるが一方作業能力が落ち注意力も散漫となる」軽度の酩酊で、営業所に連れかえられたときはやゝ進行した程度に至つていたことが明らかである。

(三)  ところで、タクシー運転手の業務中の飲酒行為は厳に慎しむべきものであることは、原告主張の道路運送法、自動車運送事業等運輸規則、道路交通法等の諸規定からいつても明らかであるが、特に、何人も酒気を帯びて自動車を運転してはならないことは道路交通法第六五条の定めるとおりであつてこれに違反する行為自体、同法第一一七条の二により、懲役刑をも含む法定刑をもつて厳罰の対象となつており、もしもその上人身事故を惹起した場合においては、実刑を免れないのが通常であることは当裁判所に顕著であり、このことは人命尊重の上から極めて当然のことである。

もつとも、岩下は飲酒の上運転をしたわけではないけれども、前記乙第二一及び第三九号証、証人佐治功の証言によると、佐治は上十条で用件を済ませることができなかつたため、「江戸つ子」を出たらば再び上十条までやつてくれと予め岩下に頼み、岩下もこれを承諾していたことが認められるばかりでなく、岩下は少くとも帰庫までは車を運転しなければならないのであるから、もしも佐藤営業所長が現れて連れ帰ることをしなければ、おそらく岩下はその後軽度の酩酊ないしはそれよりやゝ進行した酩酊状態で運転を行つていたであろうと推察するに十分であり、また、もしも運転を行うときになつて運転が不可能であると判断してこれをやめたとしても、その場合には車を路上に放置したまま帰らざるを得ないのであつて、その場合でも会社に迷惑をかけざるを得ないばかりでなく、もともと、タクシー運転手たる者が、人命にかかわる酒気帯び運転を行うおそれがあるような営業中の飲酒行為を行うにおいては、会社の信用に著しい影響のあることも亦極めて明白である。

してみれば、そのような業務中の飲酒行為に対して会社が厳しい態度をとることは当然であつて、被告委員会が、客が岩下を誘つて飲酒させたこと、客も自分が飲ませたことは悪かつたといつていること、岩下がその後佐藤所長の指示に従つていること等の情状を考慮すべきであるとしているのは明らかに不当である。

(四)  更に成立に争のない乙第二三号証(都労委の審問調書中上村陽彦の証言速記録)によると、岩下は被告委員会認定のとおり昭和三七年一一月二八日にも業務時間中会社附近の酒屋で路上に車を放置したまま同僚と飲酒し、営業係上村陽彦に発見されて、上村から説諭されたことが認められる(乙第二七号証中右認定に反する部分は措信しない)のであり、前記の昭和三八年九月一四日の業務中の飲酒行為は二度目の行為であるから、会社がこれを重視するのは当然である。

(五)  そして原告会社の就業規則第一〇条第八号には、「業務員は職務の特殊性に鑑みて左の事項を守らなければならない。八、乗務員は貴重なる人命を輸送する業務なれば業務中は絶対に飲酒せざること。」と、また、同第七四条第一四号には「従業員が次の各号の一に該当する場合は懲戒解雇する。但し情状によつては減俸、格下げ若しくは懲戒休職することがある。一四、第一〇条の各号に違反する行為のあつたとき。但しこの場合は本条第一項の但し書は準用しない。」とそれぞれ定めてあることは、成立に争のない乙第一一号証によつて明らかであるから、岩下の解雇は次に判断する料金に関する不正行為の点を除いても極めて相当であると認められる。

(六)  更に前記(一)(ロ)記載の事実に関し岩下に不正行為があつたか否かの点について考えてみるに、前記乙第二一及び第三九号証、証人佐治功、同佐藤正次郎の各証言によると、佐藤営業所長は昭和三八年九月一五日午前中、前日岩下は池袋「江戸つ子」で一二、〇〇〇円以上の料金を佐治に請求しかつ受領しているのに会社には一〇、五二〇円しか納金していないことに不審を抱き、岩下を呼んで問い訊したところ、岩下は差額は佐治の買つた土産物代と有料道路の通行料金の立替分であると述べたが、丁度たまたまそこえ佐治から電話があり、右立替えは虚偽であることが判明し、岩下は佐治に謝つたことが認められ、乙第二七号証及び第四七号証中右認定に反する部分は措信できない。(特に、この点については、岩下は、乙第二七号証中では佐治から電話があり電話に出て佐治と話しあつたと述べておりながら、乙第四七号証では佐治から電話があつたことは記憶していないと述べている。)

この点に関し、被告委員会は、「岩下の処置に不明朗な点のあつたことを否定し得ない」としながら、佐藤所長は前日の計算に立会つて料金を確認しているのであるから、岩下がその金額の一部を横領しようとすることは考えられないし、岩下は差額金を客に返還しているのであるから、岩下に料金を着服する意図があつたと認めるのは早計であるとしているけれども、岩下にそのような意図がなければ、前記認定のように差額は土産物代等の立替金であるとの虚言を弄する必要は全くなく、前記のように佐治に請求した金額とメーター器の営業回数、爾後料金の回数による計算金額との差額の処置については、佐藤所長に相談して指示を仰げば足りるのであるから、これらの点を彼此考え併せてみるならば、岩下は右のような金額の相違が出たために処置に窮したものの、金額もそれ程多額ではないので、差額は立替金であるとして誤魔化してしまえば事が簡単に済み、もしも佐藤営業所長が多少の不審を抱いたとしても厳しく追及されることはあるまいとたかをくくつて、結局は右差額は自分が着服する結果となることを容認しながら、これを所持するままに放置したものと推認するのが相当である。岩下が右差額を佐治に返還したことは後日のことであるから、なんら右認定の妨げとならず、また、乙第二七号証中の右認定に反する部分はたやすく措信できない。

してみれば、岩下の右差額着服の行為は不正行為であることに誤りはなく、また、岩下が佐治に請求した金額の計算の根拠は後記のとおり必らずしも明確でないが、(一)(ロ)で認定したように岩下は、メーター器の料金の表示が九、九八〇円で停止しているのに気付かずそのまま走行し、佐治の了解を得て上十条でメーターを倒したものであるところ、成立に争いのない甲第八号証及び証人佐藤正次郎の証言によれば、右メーター器の表示が九、九八〇円で停止するのはその性能上当然のことで故障ではないことが認められるから、運転者たる岩下としては、九、九八〇円の表示が出た際直ちにメーターを再び倒して、メーター器の爾後料金欄の指数が正確に料金指数を表示するように操作すると共に客である佐治に対してはメーター器の性能をよく説明して最終の料金は佐治の最終の下車時数におけるメーター器の営業回数欄の表示と爾後料金欄の指数とによつて算出される旨か、若しくは、九、九六〇円にその後の料金欄に表示される金額を加算したものが最終料金となる旨を説明すべきであるのに、岩下は、右操作並びに説明を怠り右操作をしないで相当な距離を走行し、料金については、佐治との間に話合いをして合意し、結局、佐治に対し、メーター器に表示される営業回数、爾後料金指数によつて計算される正当な料金である一〇、五二〇円を超える一二、一六〇円を請求したのであるから、それが不当料金の請求であることは明白である。尤も、岩下は、九、九八〇円の表示後メーターを再び倒さないで走行したのであるからその間は爾後料金欄の指数は変動しない(前掲乙第二七号証によつて認められる。)から、右一〇、五二〇円は佐治が実際に本件タクシーを使用した金額より少額である訳であるけれどもタクシー運転者としては、メーター器表示の営業回数と爾後料金指数とによつて計算される以外の料金は客に対して請求し得ないと解するのが相当であるから、右一〇、五二〇円を以て正当な料金であるとしなければならない。しかして前記乙第一一号証によれば、原告会社の就業規則第一〇条第三号には「三、営業にあたつては常に乗客から適正料金を収受し、メーター不倒その他不正及び会社に不利益な行為をしないこと」と定められており、また同第七四条にはこれに対応する前記のような懲戒規定があるのであるから、原告会社が岩下の右料金に関する不正行為を解雇理由に加えたことも亦相当である。

三  よつて更に進んで原告会社に不当労働行為意思があつたかどうかについて判断する。

(一)  まず、いずれも成立に争のない乙第二五号証(山根昇二の都労委における証言速記録)、同第四六号証(同人の被告委員会における証言速記録)及び前記乙第二七号証(岩下友武の都労委における供述速記録)によると、被告委員会が認定したように、原告会社の従業員で組織された組合(大洋自動車交通労働組合)は昭和三五年一一月結成され、組合員の一部が全国自動車交通労働組合東京地方連合会(以下全自交という)に個人加盟し、次いで昭和三七年七月組合が全自交に団体加盟したものであるが、岩下友武は昭和三七年九月の組合大会で執行委員長に選ばれ、同人が執行委員長に就任してから特に組合は上部団体や地域の労働組合との関係を深めるようになり、殊に同年一二月一五日年末一時金斗争においては、地域の支援労働組合の参加を得て百数十名の決起大会を原告会社の構内で開いたことが認められる。

(二)  しかし、左の点に関する被告委員会の認定ないし判断には誤りが存するものと認める。

(イ)  被告委員会は、右決起大会の直後の団体交渉の席上、吉田社長が「会社内のことはお互いに話し合えばわかるんじやないか。ほかの人の力まで借りなくてもいいんじやないか」と発言した事実を捉えて、原告会社の不当労働行為の意思の一つの現われである如く判断しているけれども、証人佐藤正次郎の証言及び右証言によつて成立の認められる甲第七号証の一、二によれば、昭和三七年の年末一時金については、既に同年七月八日に書面で夏期一時金と併せ協定ずみであり、それによると年末一時金の額は基本給の三・五ケ月分となつており、ただ「諸般の状勢の変化等に依り考慮する事を得る」とされていたのであるが、組合は同年一一月一五日なんら具体的根拠を示すことなく、基本給の三・五ケ月分(平均約二八、〇〇〇円)のほかに一律二〇、〇〇〇円を支給せよとの要求を提出しその要求貫徹のために外部団体や地域の支援労働組合を入れて前記決起大会を開催したので、吉田社長としては、既に前記労働協約も取りきめてあることだし、その事情を知らない外部労働組合を入れて気勢を上げるなどすることより、原告会社と組合との間でよく話し合つて速かに解決しようではないかとの趣旨を発言したものであつて、右決起大会を含む組合活動に対して、これに介入し、妨害しまたはこれを禁止することを強制する等の意思の下に発言したものとは認められないから、右吉田社長の発言をもつて会社の不当労働行為意思の表現と見ることはできない。

(ロ)  次に被告委員会は、佐藤営業所長が昭和三八年九月二二日の組合大会の前日、会社附近の喫茶店で組合員宮崎恒雄及び小池富雄に対し、「岩下はどつちみち解雇するのであるから、役員にしてみたところではじまらないではないか云々」と話し、また、右組合大会の翌日にも、会社附近のすし屋で宮崎副執行委員長及び渡辺書記長に対し、「岩下が執行委員長に再選されたが、考え直したらどうか」と述べた旨認定し、乙第八号証(宮崎恒雄の陳述書)及び同第一九号証(都労委の審問調書中宮崎恒雄の証言速記録)には右認定に相応する記載があるけれども、右記載内容は、前記乙第二一及び第四四号証、いずれも成立に争のない同第三六号証(被告委員会の審問調書中渡辺一の証言速記録)、同第四二号証に照し措信し難く、かえつて右各証拠及び証人佐藤正次郎の証言によると、佐藤営業所長は小池富雄から誘われ、途中宮崎恒雄も一緒になつて喫茶店に行き、両名から岩下の解雇を組合大会まで待つてくれと申込まれたが、目下岩下には任意退職を勧告しているため未だ解雇していないけれども、解雇の時期を明らかにする必要はないと要求を拒絶したこと、及び、その後佐藤所長は、組合の副執行委員長に選任された宮崎恒雄及び書記長に選任された渡辺一からすし屋に誘われ、岩下は執行委員長に再選されたので、岩下の解雇を撤回してくれないかとの申出を受けたが、これも拒絶したものであることを認めることができる。

(ハ)  また、被告委員会は、原告会社が昭和三八年六月一日岩下に履歴詐称を理由に解雇を通告し、後にこれを撤回したことを、同年一〇月の本件解雇が不当労働行為であることの徴憑である如く解しているが、前記乙第二一号証、同第二七号証(但し措信しない部分を除く)成立に争のない乙第三七号証(被告委員会の審問調書中吉田久次の証言速記録)、証人佐藤正次郎の証言を総合すると、昭和三八年四月二九日会社内にある組合事務所のロツカー内の現金約一〇万円が何者かによつて盗まれた事件が発生し、岩下は右事件発生直後婚礼があると称して郷里にかえつていること右事件を契機に佐藤所長は吉田社長から岩下に窃盗の前科のあることを聞き知つた(吉田社長は他社のタクシー運転手からその事実を聞いていた)こと等から、佐藤所長は岩下に一応疑いをかけ、同人が犯人であるとの証拠はなかつたけれども、その機会に岩下の履歴書を調べてみたところ「賞罰なし」と記載されていたため、履歴詐称として同年六月一日岩下を解雇したが、その後その筆跡が岩下のものでないことが判明し、更に調査したところ、右の記載は、岩下を採用した当時の本社営業所長であつて右事件当時は既に原告会社を退職していた那須吉蔵が、岩下の採用にあたつて面接の際岩下の履歴書に賞罰の有無が記載されていなかつたため岩下にその有無を尋ねたところないと答えたので、那須所長自身が賞罰なしと記載したものであることが判明したため、原告会社は同年六月二九日解雇を撤回したものであることが認められるのであり、右の事実からすると、原告会社が岩下に対して解雇の意思表示をなしたことは、乗客から直接に料金を収受することを義務の一内容とするタクシー運転手の性質にかんがみて一応もつともであり、また、その後に右意思表示を撤回したことについては、右履歴の詐称が岩下の積極的な作為によるものではないことが判明したことによりその情状が軽いとしてこれを撤回したものであるとみるのを相当とするから、右解雇の意思表示をなしたことをもつて、直ちに、原告会社がかねてから岩下を会社から排除しようとしていたということの証左とすることはできない。

四  最後に、被告は前記の岩下の昭和三八年九月一四日の業務中の飲酒行為等に関して乗客佐治功の当日の行動には数々の不審な点があると、恰かも、右は原告会社が佐治と図り、佐治が原告会社の意を受けて偽計を用い岩下に飲酒せしめた如く主張するのであり、もしも被告主張のような事実があるとすれば、それだけで、前記三の(一)の事実と相俟つて本件解雇は原告会社の不当労働行為意思に基くものであることが明らかであり、他面、本件解雇は外形上解雇理由が存するようでも解雇権の濫用となるものと解せられるから、以下右の点について判断するに、なるほど昭和三八年九月一四日当日の乗客佐治の行動には一見かなり不自然な点があり、佐藤営業所長の行動にも不審な点がないではないけれども、原告会社と佐治功とがなんらかの関係を有したと認めるなんらの証拠もないことは勿論、左に判断するように一見不審な点も概ね解明されるのであつて、結局前記のような偽計が用いられたことを認めるに足りる証拠はない。

(一)  まず、佐治功は前記の如く江東区砂町に居住しながら、北区岸町所在の原告会社の本社営業所附近で岩下の運転する自動車に乗り、自宅に寄つて家族を乗せ箱根に行つたのであつて、(しかも同人は箱根行きは前から計画はしていたが当日行くことは家族に知らせてなかつたと証言している)このことは一見不自然であつて、ことさら岩下運転の自動車に乗車したものとの疑を抱かせるのであるが、右佐治功の証言によると、同人は前夜北区岸町(同人の被告委員会での証言速記録である乙第三九号証に錦糸町とあるのは、同人の当裁判所における証言に照して、岸町と述べたのを速記者が誤つて聞きとつたものと推認するに十分である)所在の小池某方に下宿していた友人の塚田某方で、マージヤンで夜深しし同人方に泊り、翌朝家族との約束を果すこととしたものであることが認められるのであつて、特に不自然とは思われない。

(二)  同人は上十条で約四〇分岩下を待たせ池袋の「江戸つ子」に向つたのであつて、一見この間に原告会社との連絡をとつたのではなかろうかとの疑を抱かせるのである(なお同人は「江戸つ子」を探すのに約三〇分を要したことが同人の証言によつて明らかである)が、前記乙第三九号証及び証人佐治功の証言によると、右は、不動産の売買のことで上十条在住の五十嵐某を訪ねたところ、不在であつて、五十嵐の妻が主人はひよつとすると池袋の「江戸つ子」に寄つているかも知れないと言つたので、佐治は五十嵐を訪ねながら自分も食事をするつもりで「江戸つ子」に行つたものであることが認められ、そうとすれば別段不審な点はない。

(三)  佐藤営業所長が突然料理店「江戸つ子」に現れた点について、前記乙第二一号証及び証人佐藤正次郎の証言によると、昭和三八年九月一四日の岩下の飲酒事件の一週間程前、原告会社の従業員が就業時間中(但し営業終了後ではあつたが納金、洗車等の業務を終える前であつた)、会社附近の飲み屋で飲酒し酔客と喧嘩をして傷害を負わされるという事件があつたため、佐藤営業所長は従業員に業務中には絶対に飲酒をしないように注意すると共に、本社営業所構内の社宅に居住し、業務に就く時間が自由になるところから、夜間営業所に近い王子、赤羽、池袋等の盛り場を自ら車を運転して巡視(パトロール)することをはじめ、一週間に数回これを実施していたところ、偶々九月一四日当日池袋で会社の営業車が道路に駐車されているのを発見し、更に四、五〇分他を巡視して戻つてきてもなお右車が駐車したままとなつていたので、附近の喫茶店等を覗いてみた後、「江戸つ子」にはいつてみたところ、飲酒中の岩下を発見したものであることを認めることができ、この点にも不審はない。

(四)  前記乙第二一、第二九及び第三九号証、証人佐治功及び同佐藤正次郎の証言によると、佐治功は岩下に上十条まで送つて貰うといつていたのに、佐藤営業所長がこれを断り、岩下を自己の運転する自動車に乗せて連れ帰つたこと、乗車拒否であるとしてその場で憤慨して文句を云い、かつその翌日である九月一五日付手紙で東京旅客自動車指導委員会に通告しその上同日原告会社に対して電話をかけて佐藤営業所長が前日とつた右処置を乗車拒否であるとして詰問したことが認められるが、右のような事実は通常の場合の乗車拒否とは形態が異るのみならず、飲酒した岩下を連れ帰つた佐藤営業所長の処置は当然であつて、なんら乗車拒否とはならないことは明らかであり、右の行為は、岩下の業務中の飲酒行為を公にする手段ではないかとの疑いを残すものである。しかしながら、前掲乙第二七号証及び証人佐藤正次郎の証言によると佐治が佐藤営業所長の処置に対し憤激して乗車拒否であると文句を言つたことから、佐藤営業所長と岩下とは営業所に帰る車の中で、佐治に指導委員会や陸運局に通報されると、陸運局に対し増車の申請をしている折柄困ることになるということを話しあつたことが認められるのであるから、佐治が乗車拒否であると憤慨した態度は岩下及び佐藤営業所長の目にもごく自然に映つたものと考えられる。また、二(一)(イ)及び前段で認定したように、同日一日中乗車した運転手岩下に酒食まで供し、深夜その車で上十条まで送つて貰う積りであつた佐治の立場に立つてみれば佐藤営業所長がそれを妨げたことを憤り文句をつける等の行為にでた心情は必らずしも了解できないことではない。従つて、佐治の行動は客観的には不合理のようではあつても、著しく疑問とするには及ばないと考えられる。

(五)  原告会社は岩下が佐治に請求した料金は不当であると主張しているのであるが、その料金の計算を佐藤営業所長が一部手伝つたことは前記認定のとおりであつて、この点にも一応疑問がもたれるのであるが、前記乙第四四号証及び証人佐藤正次郎の証言によると、佐藤所長は岩下が予め所持していたメモに従つて掛け算等を手伝つたにすぎず(乙第四七号証中の右認定に反する部分は措信しない)、メモの内容が正確かどうかは確認しなかつたことが認められるから、そうすればさしたる疑問も残らない。

(なお、岩下が佐治に請求した一二、一六〇円の料金の計算方法については、岩下は前記乙第二七号証及び第四七号証中で営業料数に基いて計算したと供述しているが、一方乙第二七号証によつて岩下が自ら作成し都労委に提出したものと認められる乙第一〇号証には、上十条までの料金を芦の湖を出発する際の料金の倍額の一一、八〇〇円とすることに客に了解して貰つた旨記載されており、右乙第一〇号証はその収受印の日付から見て都労委の審問に先立つて提出されている点、右乙第一〇号証及び同第二七号証によれば芦の湖では約三時間の待ち時間があつたことが認められるから、芦の湖を出発する際の料金の倍額を請求したのでは不当な料金の請求であると解される可能性が強く、乙第一〇号証の記載の方が乙第二七号証及び第四七号証中の供述より岩下に不利である点、前記甲第八号証(運転日報)によつては一二、一六〇円という額は計算できない点等を考え併せると、岩下は乙第一〇号証記載のように芦の湖を出発するまでの料金の倍額を佐治に請求したものではなかろうかと一応考えられる。しかし、そうすれば佐藤営業所長の乙第四四号証中及び当裁判所での、手伝つた計算には出庫時の指数を差引く計算があつたとの証言は記憶違いに基くものと認めるほかないこととなり、結局のところ岩下の料金の計算方法は判然としないけれども前記認定のように少くともメーター器の営業回数欄の回数爾後料金欄の指数によつたものではないことは明らかである。

(六)  なお証人佐治功及び佐藤正次郎の当裁判所における証言の態度は極めて自然であつて、事実を有りのままに証言しているとの感を抱かせるのであつて、同人らの労働委員会における証言の記載内容と共に十分措信し得るものと認められる。

五  してみれば、原告会社の岩下友武に対する解雇はなんら不当労働行為にはあたらないものと認められるから、これを不当労働行為であるとして救済を与えた都労委の命令に対する再審査申立を棄却した被告委員会の命令は、判断を誤つたものとして違法であり、その取消を求める原告の本訴請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条第九四条を適用して、主文のとおり、判決する。

(裁判官 西山要 今村三郎 山口忍)

(別紙)

命令書

(中労委昭和三九年(不再)第四二号 昭和四〇年一二月二二日 命令)

申立人 大洋自動車交通株式会社

被申立人 大洋自動車交通労働組合外一名

主文

本件再審査申立てを棄却する。

理由

第一当委員会の認定した事実

一 当事者

(1) 再審査申立人大洋自動車交通株式会社(以下「会社」という。)は、肩書地に本社をおき、六カ所の営業所を有し、従業員二一一名、車両七八台をもつて、ハイヤー・タクシー業を営む株式会社である。

(2) 再審査被申立人大洋自動車交通労働組合(以下「組合」という。)は、会社従業員八七名をもつて組織する労働組合であり、全国自動車交通労働組合東京地方連合会(以下「全自交」という。)に加盟している。

再審査被申立人岩下友武は、昭和三六年九月一三日、タクシー運転手として会社に入社したが、昭和三八年一〇月九日付後記の理由で解雇された。

二 組合活動と会社の態度

組合は、昭和三五年一一月結成され、組合員の一部が全自交に個人加盟したが、昭和三七年七月、夏期一時金闘争に際して、組合として全自交に加盟した。それから約一カ月の間に当時の松本執行委員長および高橋書記長があいついで退職した。岩下は、同年九月の組合大会で、上記松本執行委員長の後任として執行委員長に選出された。岩下が執行委員長に就任すると、組合は、上部団体や地域の労働組合との交流を深めるようになつた。とくに、同年一二月一五日には、午前八時頃から正午すぎまで、年末一時金闘争をめぐり、会社構内で城北ブロツク地域の労働組合の支援参加をえて、百数十人の決起大会を開いた。その直後の団体交渉の席上、吉田社長は、「会社内のことはお互いに話し合えばわかるんじやないか。ほかの人の力まで借りなくてもいいんじやないか。」と言つた。

三 岩下の昭和三七年一一月二八日の行為

昭和三七年一一月二八日午後九時半頃、会社附近の酒屋において、岩下は、業務時間中に車両を路上に放置したまま、同僚三名とともに飲酒しているところを本社営業所営業係上村陽彦に発見され、帰社後、会社の仮眠所で就寝し、同日の残余の業務を続けなかつた。このことについて、その二、三日後、岩下は上村から説諭された。なお、上村は、その一カ月後、当時上司であつた那須本社営業所長に岩下飲酒の事実と同人を説諭した旨を報告した。

四 履歴詐称と岩下に対する解雇通告

岩下に窃盗の前科のあることを、たまたま知つた会社は、昭和三八年四月二九日に発生した会社内にある組合事務所のロツカー中の現金盗難事件を契機として、同人の履歴書を調べたところ同人が入社時に提出した履歴書に「賞罰なし」と記載してあることを発見した。会社は、このことは履歴詐称にあたるとして、同年六月一日、岩下に対し解雇を通告した。これに対し、岩下は組合大会で過去の窃盗の事実を認めたが、この字句が同人の筆蹟でないことを指摘したところ、組合はこれを認めて会社に抗議した結果、会社は、この字句が同人の記載でないことを認め、同月末上記解雇通告を撤回した。

五 岩下の昭和三八年九月一四日の行為

岩下は、昭和三八年九月一四日朝、北区岸町の会社の車庫を出るとまもなく、最初の客があつた。その客は、江東区砂町の自宅まで行くことを命じ、車中で家族慰安のため箱根にドライブすることを話したところ、岩下は自分に行かせてくれるよう頼み、砂町でその家族を乗せて箱根芦の湖まで往復し、同日午後八時頃客の家に帰り、家族を降ろした。客は、知人と会う約束があるとして、さらに北区上十条まで行くことを命じ、岩下はひきつづき上十条まで行つたが、そこへ着いたときの車の料金メーターは砂町で示した九、九八〇円のままであることに気付いた。そこで岩下は、料金について客と話し合い、走行距離に単価をかけ、さらに待ち時間を加えて計算した一一、八〇〇円とすることで客と諒解をつけた。岩下は、上十条の路上で四〇分ぐらい待たされた後、客は知人が不在で池袋のうなぎ屋で待つことになつたとして、さらに池袋まで行くことを命じられ、そのうなぎ屋を探しあて、客の誘いに応じ客に伴なわれてうなぎ屋に入つた。そこで客は、その後の乗車を岩下と約し、知人を待つ間、食事をすることとしてうなぎを注文し、それが用意されるまでに酒が出された。数十分を経過した頃、そこへ突然、会社本社営業所長佐藤正次郎が入つてきて、岩下に対し、酒を飲んでいるととがめたうえ、客に対しては、岩下が酩酊しているからとその後の乗車を断わり、岩下の車の使用を主張する客との間に若干の口論があつたが、他社のタクシーを用意して乗車させた。同所長は岩下を自分の車に乗せ会社まで連れ帰り、また岩下の車は当直修理工をやつて引き取らせた。

なお、岩下は、その際、同所長の見ている前で、その助言を得て、その日の料金を計算し、上記一一、八〇〇円に上十条から池袋までの料金三六〇円を加えた一二、一六〇円を請求したところ、客はそれにチップを加えた一二、五〇〇円を支払つた。

六 岩下の会社への納金

岩下は、上記九月一四日の料金を当日会社に納金せず、翌朝、前日の料金として、メーター指数にもとづいて計算しなおした一〇、五二〇円を会社へ納金した。その後まもなく運転日報を点検していた佐藤所長は、岩下の納入金額と前夜の同人の受領金額との間に一、六四〇円の差額があることに気付き、不審をいだいた同所長は、このことについて岩下に問いただしたところ、同人は、土産物代や有料道路通行料の立替えであると弁解し、両者の間にやりとりがあつた。たまたま前記客から電話があり、同所長はこのことについて問い合せたところ、客はこれを否定し、岩下は客に対し陳謝するとともに、後で返却することを告げた。

同日、岩下は、客の居場所を探したが見つからなかつたため、結局一週間後に自宅を訪ねて、その金額を返却した。

七 岩下に対する退職勧告

会社は、前記九月一四日の事件の翌々日、岩下に対する処分を決定し、佐藤所長は、同人に対し退職を勧告した。

八 指導委員会への通報

前記客は、前記九月一四日のうなぎ屋の件について乗車拒否に該当するとして、東京旅客自動車指導委員会に対し、九月一五日付手紙で苦情を申し立てた。同月二一日、同委員会の調査に際し、佐藤所長は岩下を伴なつて出席し、当日の措置は運転者が飲酒したことによるものであると報告し、同委員会は、これを認めて乗車拒否に該当しないとし、運転者に対し勤務中飲酒しないよう充分監督するよう注意した。

九 喫茶店における佐藤所長の言辞

昭和三八年九月二二日の組合大会の前日、会社附近の喫茶店において、佐藤所長は、組合員宮崎恒雄および小池富雄に対し、どっちみち岩下は解雇してしまうのだ。解雇する人間を役員にしてみたところで始まらないではないか。それよりも君たちの中であしたまでに日があるから、今晩でも帰つて話し合つてそういうグループを作つてみたらどうか、という趣旨のことを話した。

一〇 組合大会における役員の改選

昭和三八年九月二二日の組合大会において、岩下は連続して執行委員長に選出された。また、小池は副執行委員長に選出されたが、同人は執行委員長が岩下であることを理由として、その大会の席上役員を辞退し、宮崎が副執行委員長に選出された。

一一 すし屋における佐藤所長の言辞

前項組合大会の翌日、会社附近のすし屋において、佐藤所長は、宮崎副執行委員長および渡辺書記長に対し、岩下が執行委員長に再選されたけれども、会社は同人を解雇することを述べ、この際執行委員に選ばれた中でも考えたらどうか、同人がいるうちは会社としては年末一時金にしろ、給料でもいい線は出ない、という趣旨の話をした。

その後、宮崎および渡辺は、執行委員会で岩下執行委員長不信任案を提出したが、否決された。渡辺は、書記長に選出されてから、二、三日後に書記長を辞任した。

一二 岩下に対する解雇通告

会社は、昭和三八年一〇月九日、岩下に対し即日解雇する旨を通告した。その際、解雇理由の説明を求められた会社は、前記九月一四日の就業中の飲酒と客に対する不当料金の要求であるとしたが、後日、会社は、解雇理由について、昭和三七年一一月二八日の就業時間中の飲酒についで、またまた昭和三八年九月一四日就業時間中に客と飲酒し、かつ、その際客から不当料金を要求収受し、納金の際その一部を自己において着服したことによる就業規則にもとづく懲戒解雇であるとした。

第二当委員会の判断

再審査申立人会社は、岩下の解雇は、昭和三七年一一月二八日の飲酒、業務放棄に加えて、昭和三八年九月一四日の再度に亘る飲酒、不当料金の収受と、その一部を着服横領しようとしたことによる重大な就業規則違反を理由とするもので、執行委員長である岩下を解雇し、組合の弱体化を図つたものではないと主張する。これに対し、再審査被申立人組合および同岩下は、会社の主張する岩下の解雇理由は何一つ成立せず、会社は、組合に干渉し、また岩下の履歴詐称、飲酒、不当料金の請求、着服横領に藉口して、岩下を排斥し、活発化した組合活動を弱め、組合を壊滅しようとした不当労働行為であると主張する。

一 岩下および組合に対する会社の態度について

(1) 岩下の組合活動と会社の言動について

会社は、岩下が組合の執行委員長に就任してから、とくに全自交と組合との連携が強まり、活発な組合活動を行なうようになつたものではなく、松本前執行委員長の時に、組合は全自交に加盟しており、むしろ全自交が力を入れていたものであると主張する。

しかし、前記第一の二認定のとおり岩下が組合の執行委員長に就任した後、組合は、全自交および地域の労働組合との交流を深め、昭和三七年一二月一五日には、会社構内で、年末一時金について、城北ブロツクの決起大会を開いており、その直後の団体交渉の席上での社長の発言からみても、会社は、岩下を中心とした組合の活発な活動に着目していたものと認められる。

(2) 履歴詐称と岩下に対する解雇通告について

前記第一の四認定の岩下の履歴詐称を理由とした同人に対する解雇通告について、会社は、ロツカーの盗難事件が因となつたものであり、また岩下が入社の際、前科の事実を秘匿したことによるものであつて、会社が岩下を是が非でも解雇しようとの意図をもつたものでなく、したがつて履歴書の「賞罰なし」の記載が岩下の文字でないことが判明するや直ちに撤回していると主張する。

しかしながら、岩下の前科は事実であるとしても、会社は、岩下の前科の事実、履歴書に岩下自身で「賞罰なし」と記載したものでない事情、さらに、岩下とロツカー事件との関係などにつき、岩下について充分な調査をすることなく解雇を通告しているのであるから、組合の抗議により直ちに撤回したとしても、単に軽率な措置であつたというに止まらず、会社が岩下を着目嫌悪する余り、事あらば岩下を排除しようとしていた意図がうかがわれるのである。

(3) 昭和三八年九月二二日の組合大会前後の佐藤所長の言動について

会社は、九月二二日の組合大会前日、佐藤所長が宮崎、小池を呼び出し、岩下の再選阻止をしたこともないし、また大会翌日、宮崎、渡辺に対して、岩下を執行委員長から降ろすように説得したこともないと主張する。

前記第一の九および一一認定のとおり、佐藤所長が組合大会の前日、宮崎、小池に対し岩下の執行委員長再選を阻止するよう申し向けたこと、および、岩下が再選された後、宮崎、渡辺に対し岩下を執行委員長から降ろすように申し向けていることが認められ、その直後、宮崎は執行委員会で岩下不信任案を提案したり、渡辺も、宮崎に同調したこと、さらに渡辺は、書記長に選ばれた後二、三日で、岩下とともに組合活動をするのは不適当だとの理由でこれを辞退しているのである。

したがつて、佐藤所長が組合大会の前後において岩下の再選を妨害し、また再選後はこれを降ろすよう組合員に働きかけていたことを認めざるをえないのである。

二 岩下の解雇理由の当否について

会社は、岩下が昭和三七年一一月二八日の就業中の飲酒行為、業務放棄に加えて、翌三八年九月一四日再度就業中飲酒し、しかもその際客から不当に料金を収受し、一部を着服しようとしたことは明らかであつて、これは重大な就業規則違反であり、同人の解雇は止むを得ないものであると主張する。

(1) 就業中の飲酒について

昭和三七年一一月二八日の飲酒行為、業務放棄については、前記第一の三認定のとおりであつて、岩下の行為自体責められても止むを得ない程のものではあつたが、当時会社は、係が注意しただけで放任し、別段の措置もとつていなかつたことが認められ、その後の時日の経過からみて、本件解雇理由に付加することの妥当性は認め難い。

ところで、前記第一の五に認定した岩下の飲酒行為については、その酒量、酩酊の度合は明らかでないが、その後もなお、客を送りとどける約束をしていたことではあり、運転手として業務中の飲酒行為を厳に慎しまなければならないことはいうまでもないことであつて、岩下の飲酒行為は責められなければならない。しかし、その日一日中乗車した客が食事のためにうなぎ屋へ岩下を誘つたこと、うなぎのできるのを待つ間客が酒を注文したこと、客も自分が飲ませたのは悪かつたといつていることなどのその場の事情、並びに、岩下は、その後佐藤所長の指示に従つていることではあり、会社としても、これらの情状を考慮してよいものと認めざるをえない。

(2) 料金着服意図の有無について

会社は、岩下が走行粁数で計算するといいながら、メーター指数から割り出した納金額一〇、五二〇円とは別に、一一、八〇〇円の金額を算出し、これに上十条、池袋間の三六〇円を加算して一二、一六〇円という不当な料金を請求し収受していること、しかも岩下は、その差額一、六四〇円を客のために立替えた金額と言張り、これを着服横領しようとしたと主張する。

しかしながら、前記第一の五および六認定のとおり、岩下は、客との取りきめで、一一、八〇〇円を決め、これをもとに一二、一六〇円の料金を客に請求し、チツプも含め一二、五〇〇円を収受したことは、佐藤所長の目の前でなされていることではあり、岩下が客に不当料金を請求したと認めることはできない。

しかし、岩下は、翌日メーター指数にもとづき再計算の上会社に一〇、五二〇円を納金しているのであるが、岩下が納金に際し、再計算の事情を会社に報告していないこと、佐藤所長に追求されたとき、差額金については客に立替えた金であるなどと説明して明確な返答をしていないことは、岩下の処置に不明朗な点のあつたことを否定しえない。もつとも、岩下は、再計算した理由として、当夜の客に運転を断わつたことから乗車拒否が陸運局などに告げられ、ひいては会社の増車見通しも悪くなると佐藤所長に言われたことを心配して、どこからも非難されないよう再計算したものであると説明していることには、直ちに納得し難いものがあるとしても、既に佐藤所長が確認した金額の一部を横領しようとすることは通常考えられないことではあるし、その後差額金について、岩下は、客に返却しているのであるから、当時、岩下に料金を不正に着服する意図があつたものと認めることは早計といわねばならない。

三 岩下の解雇と不当労働行為の成否

前記第二の一認定のとおり、会社は、組合の執行委員長たる岩下を嫌悪し、事あらば岩下を排除しようとしていたのである。ところが、岩下が解雇される直接の契機となつた昭和三八年九月一四日の件については、前記認定のとおり、岩下の飲酒行為についても、料金納入に際しての事情についても、会社が岩下の解雇理由として説明する程度にまで悪質なものとは到底認め難いのであるから、岩下の諸行為が何等かの処分に値するものとしても会社が解雇の措置に出ることは首肯し難い。したがつて、「同人の解雇は会社が軽微な就業規則違反行為に藉口してかねてから企図していた執行委員長たる同人の追放により、組合の弱体化を図つたものと認めざるを得ない」と認定した初審判断に誤りはない。

以上のとおり、本件再審査申立てには理由がない。よつて労働組合法第二五条、同第二七条、労働委員会規則第五五条を適用し、主文のとおり命令する。

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