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東京地方裁判所 昭和41年(行ウ)119号の1 判決 1969年12月24日

原告 鈴木敏文

被告 小金井市固定資産評価審査委員会

主文

一、別紙物件目録記載の各不動産について、原告が昭和四〇年三月一三日付でなした地方税法(昭和二五年七月三一日法律二二六号)四三二条に基づく審査申出に対する被告の不作為は違法であることを確認する。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

(原告)

主文と同旨の判決

(被告)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二、請求原因

一、原告は、別紙物件目録記載の不動産(以下本件不動産という)の所有者であり、従つて、その固定資産税の納付義務者である。

訴外小金井市長は、昭和四〇年度の本件不動産の課税標準たる価格を決定し、小金井市備え付の固定資産税台帳(以下台帳という)に登録し、昭和四〇年三月一日から同月二〇日までの間、右台帳を関係者の縦覧に供した。

原告は、右不動産の登録価格に不服があることを理由として小金井市に設置された固定資産評価審査委員会である被告に対し、昭和四〇年三月一三日付文書一通をもつて審査の申出をし、かつ、口頭審理の方式により審査手続を行うべきことを申請した。

二、しかるに、被告は、地方税法(以下「法」という)四三三条一項により、前項の申出があつたときは三〇日以内に審査決定をしなければならない法律上の義務があるのに口頭審理を開かないし、前記審査の決定をしない。

よつて本訴請求に及んだ。

第三、被告の答弁および抗弁

(請求原因に対する答弁)

一、第一項の事実は認める。

二、第二項中、被告が、原告申立の口頭審理を開かなかつたこと、および、原告の申立に対し審査の決定をしなかつたことは認めるが、その余の点は争う。

一、原告の被告に対する審査の申出は、次の経緯で撤回されたものである。

すなわち、原告は、原告所有の本件不動産について、台帳に登録された事項に不服があるとして、昭和四〇年三月一三日審査の申出をした。しかしながら、原告は審査の申出書一部を提出したのみであつたので、被告は、法四三一条による固定資産評価審査委員会条例四条一項に正副二通の提出を要する旨を定めているため、同条例五条二項に基づき昭和四〇年三月一九日付をもつて、同月二三日までに右審査申出書の補正を命じ、原告に右審査申出書を返戻した(なお、原告は、審査の申出については正副二通提出すべきことを十分了知しており、昭和四一年度以降の審査申出には二通提出しているのである。)

もつとも、右審査申出書を返戻するために、昭和四〇年三月一九日午後四時二〇分頃、被告委員会書記富田禎一が原告の事務所を訪れたが、原告はたまたま不在であつたので、右富田は留守居をしていた年配の婦人(親類の者だといつていた)に対し、事情を説明し、審査申出書及び補正命令書を原告に手渡してくれるよう依頼したものである。

ところで、本件においては、原告は、申立書の正本のみを提出して副本を提出していなかつたので、委員会は補正と同時に正本と全く同じ副本をも提出してもらうために、その旨をも付け加えたうえで、右正本を返戻して補正を命じたものである。

しかるに、原告は前記期限を経過しても補正をなさなかつたため、被告は同月三〇日まで期限の延長をしたが、なお、補正を得られなかつた。よつて、被告は四月九日、原告からの審査の申出がなされなかつた旨の内部的確認を念のため行なつたものである。従つて、被告はなんら応答する義務はない。

二、仮りに、本件審査の申出が撤回されなかつたとしても、次の理由により本件訴えは不適法である。

不作為の違法確認の訴えは、行政庁が法令に基づく申請を受け、相当の期間内にその申請に対しなんらかの処分又は裁決をすべきにかかわらず、これをしない場合に、その行政庁の不作為が違法であることの確認を求める訴えであり(行政事件訴訟法三条五項)、処分の取消しの訴え、または裁決の取消しの訴えの補充的性質を有するものである。

ところで、法四三三条八項によれば、一定の期間内(三〇日以内)に審査の申出に対する決定がないときは、その審査の申出を却下する旨の決定があつたものとみなすことができることとされ、法律上不作為の状態は解消するものと擬制されている。

従つて、かかる場合には訴えの利益を欠くものとして、この不作為の違法確認の訴えによることができないものである。

よつて、本件訴えは却下されるべきである。

三、更に、原告の本件審査の申出は、次の理由により法令に基づく申請とはいえないから、本件訴えは不適法である。

(一) すなわち、法四三二条一項ただし書によれば、法四一一条二項の規定によつて、土地課税台帳等又は家屋課税台帳等に登録されたものとみなされる土地又は家屋の価格については、当該土地又は家屋について特別の事情があるため、基準年度の固定資産税の課税標準の基礎となつた価格により難い旨を申立てる場合を除いて審査の申出をすることができないものである。ところで、本件固定資産は第二年度である昭和四〇年度において新らたに価格を決定しなければならない特別の事情が何ら存在しないものであつたから、基準年度である昭和三九年度の登録価格がそのまま登録されたものとみなされるものであり、原告もまた本件審査の申出において本件固定資産について特別の事情があるため、昭和三九年度価格により難い旨を申立ててはいないものである。そうとすれば、原告の右申出は法令によつて申請権が認められないものであるから、被告はこれに対して応答しなくてもなんら違法ではない。

(二) もつとも原告は、本件土地家屋に係る昭和三九年度(基準年度)の審査決定について争訟中であることをもつて、法三四九条二項ただし書一号に掲げる特別の事情に該当するものであるから、本件昭和四〇年度の審査の申出は、適法である旨主張するが、この主張は、次に述べるとおり失当である。

(1) 法三四九条二項ただし書一号に掲げる特別の事情とは、「地目の変換、家屋の改築又は損壊その他これらに類する特別の事情」とされ、土地にあつては、その土地の全部または一部についての現況地目の変換または浸水、土砂の流入、隆起、陥没、地すべり、埋没等によつて、当該土地の区画、形質に著しい変化があつた場合等をいい、また、家屋にあつては改築、損壊、増築、大規模な附帯設備の更新又は除去等家屋の価値に大巾の増減を来たした場合をいうものである。

すなわち、土地または家屋に大巾な増減を招いた原因がその土地または家屋自体に内在する場合をいうものである。

(2) ところで、原告は、争訟中である昭和三九年度の審査決定について変更がなされた場合、昭和四〇年度及び昭和四一年度の価格に当然訂正がなされるかどうかについて疑問を持たれているようであるが、法が固定資産税の課税標準について第二年度及び第三年度においては原則として基準年度の価格によることとし(法三四九条二項三項参照)、更に、その価格の登録についても第二年度及び第三年度においては基準年度の価格をもつて登録したものとみなすこととされる(法四一一条二項参照)等、いわゆる価格の据え置き制度からして、基準年度の価格について訂正がなされた場合には、基準年度の価格による第二年度及び第三年度については当然変更がなされるものである。

従つて、基準年度の価格について争訟中の場合、その事由のみによつて、第二年度及び第三年度について形式的な不服申立等をしなくとも当然に救済を受けることとなるのである。

仮りに、原告の主張するように、第二年度、第三年度についても争訟手続を経なければ救済を受けられないとすれば、基準年度の価格について不服があり、確定しない場合は常に第二年度第三年度について審査の申出等を経なければ救済されないこととなり価格の据え置き制度と相反するものになる。

(3) よつて、基準年度の価格について争訟中であることは、法三四九条二項ただし書一号に掲げる特別の事情に該当しないから、本件昭和四〇年度の審査の申出は、不適法といわざるを得ない。

第四、被告の抗弁についての原告の認否および反論

一、抗弁第一項中、原告が本件審査の申出書を一通だけを提出したことは認めるが、その余の事実は否認する。

審査申出書を申立人に返戻する法の根拠はないし、また、申出は被告の定めた書面によらねばならないという根拠もない。却つて、昭和三九年度分の審査申出に際しては、当時の被告委員長鴨下利一郎は、申出書は一通でよいと述べたのである。而して、原告も、昭和四一年、四二年、四三年度の各審査申出に際しては、申立書を一通提出しているだけである。被告は、原告が二通提出したかの如く主張するが、いずれも、原告の申立とは事件を異にする原告の妻である訴外鈴木喜美子の申立書を原告の申立書と混同して、二通提出したと言つているにすぎない。

さらに、昭和四〇年三月一九日当時、原告方では、終日不在で、原告に代つて被告から書類を受けとる者は誰もいなかつたのである。

二、法四三三条八項の趣旨は、審査申立人の側において被告主張のとおり審査の申出を却下する旨の決定があつたものとみなすことができるというものであつて、被告が、同条によつてみなすことができるというものではない。すなわち、申立人の出訴の時期を規定したものである。

この点は、昭和四二年度分、昭和四三年度分の審査申出について、被告は、その主張する期間を経過したのに、いまだに審理を重ねている事実からみても、被告の主張自体に矛盾がある。

三、法三四九条二項ただし書一号所定の「特別の事情」について

(一)  原告は、昭和三九年四月二九日被告に対し基準年度たる昭和三九年度分固定資産課税台帳登録事項に関する審査申出をなした。右申立は価格決定に至る計算根拠自体を争うものであつたが、同年六月八日右申立は棄却された。そこで、原告は、同年七月五日東京地方裁判所に被告の右棄却決定の取消しを求める訴訟を提起し、昭和四一年一一月一七日原告勝訴の判決を得たた。被告は、右判決を不服として東京高等裁判所に対し控訴し、目下審理中である。

(二)  従つて、仮に右第一審判決のとおり、原告勝訴の判決が確定したとすれば、基準年度である昭和三九年度分については法四三二条の規定による審査申出があつて、いまだその審査ならびに決定がない状態になるのである(何故なら、右訴訟の請求原因は形式的事項、すなわち、いまだ審理が終つていないとして提訴したものであるからである。)。

そうすると、昭和三九年度分については被告は何らかの決定をする筈であるが、仮に、法四三五条による価格等の修正がなされたとき、又は被告の棄却決定に対し原告が出訴し、実質的事項について勝訴したときに基準年度たる昭和三九年度分の価格の修正がなされたからといつて昭和四〇年度分の価格が自動的ないし当然に変更されるという規定は見当らないのである。また、このような場合に昭和四〇年度分の被告の決定の取消しを求める裁判上の争訟の規定も見当らないのである。

法四三二条三項にいうとおり、本訴の如き請求は、固定資産評価審査委員会を被告とするものに限られ、法四三二条一項によつて不服申立事項が制限されているのである。従つて、同条による申出をしない限り基準年度の争訟の結果如何にかゝわりなく法四一〇条、四一一条の価格の決定は確定してしまうのである。

(三)  憲法の規定によつて何人も裁判を受けることができ、行政庁は終審として審決、決定等をなすことを得ないのであるから、かれこれ勘案するとき、法四三二条一項たゞし書、三四九条二項ただし書一号の趣旨は、土地の地目変更、分筆、建物の増改築等物理的理由による場合と、原告が申し立てた昭和三九年度分審査申立の内容たる評価価格算定の計算関係ないし計算根拠の誤りによる価格の変動たるとを問わず、昭和三八年一二月二五日自治省告示第一五八号固定資産税の評価基準ならびに評価実施の方法に定めた方法による価格に増減等の変動の生ずる場合をいうのである。

要するに、法三四九条二項ただし書一号にいう「特別の事情」の中には、昭和三九年度分について争訟中である事実、その争訟のもとである審査申立は価格変動についてなされている事実などが存在すれば、これも含まれるのであつて、原告は、昭和三九年度分価格決定の違法を原因として昭和四〇年度分のこれの当否についても裁判を受ける権利を有するのである。

(四)  而して、この種の審査申出に当り、申立書に「特別の事情あり」と記載しなければならない旨の規定は法律上存在しないのであつて他の事件(年度)について原告のなした申立の如く、先ず申立をなし、口頭審理において必要に応じて提出すれば足りるのである。

第五、証拠<省略>

理由

一、訴外小金井市長が、原告所有の本件不動産につき、昭和四〇年度の固定資産税の課税標準たる固定資産の価格を決定し、それを記載した小金井市備付の固定資産課税台帳を関係者の縦覧に供したところ、原告は、右登録事項について昭和四〇年三月一三日被告に対し審査申出書一通を提出して審査の申出をしたこと、その際、原告は審査申出書の副本を提出しなかつたことは当事者間に争いがない。

二、被告は、先ず右審査申出書による審査の申出は、原告によつて撤回されたと主張するのでこの点について判断する。

被告の主張するところは、法四三一条に基づき小金井市が制定した固定資産評価審査委員会条例四条一項によれば、審査申出書は正副二通の提出を要するところ、被告は原告に対し、同条例五条三項に基づき、昭和四〇年三月一九日付書面をもつて同月二三日まで右審査申出書の補正を命じ、原告に審査申出書を返戻した。しかし、原告が、所定の期限を経過しても補正しなかつたので、被告は同年四月九日原告からの審査申出がなかつた旨の内部的確認を行つたものであるから、原告が審査申出を撤回したことになるというのである。

ところで、被告が、原告に対し審査申出書を返戻して、その補正を命じたかどうかについて按ずるに、証人富田禎一の証言によれば、被告の事務担当職員である富田禎一は、昭和四〇年三月一九日頃、上司から「原告の本件審査申出書は一通しか提出されていないから、二通提出するようにとの補正命令書を原告に手渡し、同時に、被告に提出済の右審査申出書一通をも原告に返戻するように」との命を受けて、原告方へ赴いたところ、偶々原告が不在だつたため、原告方の事務室で掃除をしていた年令六〇才位の婦人に、事情を説明したうえ、持参した右補正命令書及び原告の審査申出書一通を原告に手渡してくれるよう依頼した事実は、一応これを窺えないではないが、右富田が書類を手渡した相手方が氏名不詳の人物であるのみならず、手渡した事実を直接認めるに足る証拠、例えば領収書も存在しないこと、並びに、原告本人尋問の結果によれば、右富田禎一が原告方を訪ねた頃、原告は、入院中の子供の看病のため、殆ど不在勝ちではあつたけれども、右富田の証言するような年輩の婦人に事務室の留守番を依頼したことはなく、かつ、何人からも補正命令書及び審査申出書を受けとつたことがないことが認められるのであつて、これらの点を考えあわせると、前記証人富田禎一の証言はたやすく採用し難いし、他に原告に対する補正命令書が原告に送達されたとの事実を認めるに足る証拠はない。

また仮に、被告が、原告に対して原告提出の審査申出書を返戻し、その修正ないし補正を命じた事実があつたとしても、そのような文書返戻による修正ないし補正の要求は、場合により、文書提出者が修正ないし補正の要求に応じないときには申出を却下すること及び補正したうえで受理することを通知する意思表示であると解しうる余地があるにとどまり、所定の期限内に修正ないし補正がなされないときは、別途にこれを却下すべきものであり、期限の経過によつて、当然に、原告からの申出が失効し、又は撤回の効果を生ずべきものと解すべき何らの根拠はなく、又これを被告が内部的に確認したからといつて、申出の撤回となる筋合はないのである。そして、このような却下の命令がなされなかつたことは、本件口頭弁論の全趣旨で明らかであり、まして、原告自身の行為によつて審査申出が撤回されたことを認めるに足る証拠はないのであるから、被告の右主張は失当である。

三、次に、被告は法四三三条八項によれば、一定の期間内(三〇日以内)に審査の申出に対する決定がないときは、その審査の申出を却下する旨の決定があつたものとみなすことができることとされ、従つて、原告が適法な審査の申出をしたとしても、かかる場合には、法律上不作為の状態は解消するものと擬制されていると主張する。

しかしながら、法四三三条八項所定の「その審査の申出を却下する旨の決定があつたものとみなすことができる」という規定は、固定資産評価審査委員会が、固定資産課税台帳の登録事項に関する審査の申出を受けた日から三〇日以内に審査の決定をしないときは、申出人は、その審査の申出を却下する旨の決定があつたものとみなして、右委員会の決定に対し、その取消しの訴えを提起することができるようにするためにもうけられたものであつて、換言すれば、委員会が審査の決定をしないことによつて、申出人の出訴の機会が遷延される不利益を解消し、もつて、権利関係の早期確定をはかろうとする趣旨であると解される。

このことは、委員会の側から、右審査の申出を却下する旨の決定があつたものとみなすことによつて、申出に対する審査決定をなすべき義務(同法四三三条一項)を免れ得るものでないこと、及び、同条一項所定の期間(三〇日)が経過したからといつて、委員会の審査の決定をすべき権限が消滅するものでもないこと(申出人の訴え提起後になされた審査の決定も有効である)等に鑑みれば、明らかといえよう。

従つて、被告の右主張は理由がない。

以上に述べた理由により、原告の本件審査の申出は、なお被告に係属しているものというべきである。

四、被告は、原告の本件審査申出は、「法令に基づく申請」に当らないから、本件訴えは不適法であると主張するので、この点について考察する。

(一)  原告所有の本件不動産について小金井市長が昭和四〇年度の固定資産税の課税標準たる固定資産の価格を決定したことは前記のとおりであるが、同市長は、右価格の決定にあたり法四一一条二項前段に則り、基準年度(昭和三九年度)の価格をもつて第二年度である昭和四〇年度の固定資産税の課税標準としたものであることは本件口頭弁論の全趣旨によつて明らかである。

ところで、法四三二条一項本文によると、「固定資産税の納税者は、その納付すべき当該年度の固定資産税に係る固定資産について固定資産課税台帳に登録された事項(所定の事項を除く)について不服がある場合においては、所定の期間内に、文書をもつて、固定資産評価審査委員会に審査の申出をすることができる。」として、一般に不服申立の方法が定められているのであるが、土地及び建物について原則として価格の据置制度がとられている同法の下においては、基準年度に対して第二年度又は第三年度における固定資産税の課税標準たる固定資産の価格決定ないし登録に対しては、その不服申立の方法について特別の制限が加えられているのである。

即ち、同法四三二条一項ただし書によると、「ただし、当該固定資産のうち四一一条二項の規定によつて土地課税台帳又は家屋課税台帳等に登録されたものとみなされる土地又は家屋の価格について、当該土地又は家屋について三四九条二項一号に掲げる事情があるため同条同項ただし書、三項ただし書又は五項ただし書の規定の適用を受けるべきものであることを申し立てる場合を除いては、審査の申出をすることができない。」とあり、換言すれば、同条同項は、第二年度における固定資産の価格の登録事項に対しても不服申立の制度、即ち、法令に基づく申請の制度を設けるが、それは、申請事項を同法三四九条二項ただし書の各号に掲げる事情がある場合に限定していることが明らかである。

(二)  次に、原告の本件審査の申出がいかなる事項についての申請であるかについて判断する。

原告提出の審査申出書の写しであることについて当事者間に争いのない乙第二号証の一によると、昭和四〇年三月一二日付原告の審査申出書には申請の趣旨として、「申出人所有の小金井市本町六丁目一、七〇〇番の六宅地及び右地上にある家屋番号九七〇番の建物に対する固定資産税評価決定を取消せ。」とあり、審査申出の事由として、「1、上記土地に対する評価は法令に定められた方法によつて定められていない。2、右を定める省令は無効である。3、小金井市長鈴木誠一個人の土地家屋に比較していちじるしく高い。4、その他口頭審理に於て主張する。」とあり、末尾に地方税法四三二条により申出をする旨記載されていることが認められる。右の申出書には、法四三二条一項ただし書の定める除外事項に該当する具体的事情の記載はないが、その記載がないからといつて、右申出が同項ただし書の定める申請事項についての申請ではないと速断することはできないのであつて、当該審査申出が法所定の申請事項についての申出であるかどうかについては、審査申出書の記載のほかに申出人の真意をも確めてきめるべき余地があるものというべきである。

ところで、原告本人尋問の結果によると、原告は法四三二条一項ただし書、三四九条二項ただし書一号所定の「特別の事情」の中には、当該土地又は家屋に係る基準年度の登録価格が既に別の訴訟で争われているという事情も含まれ、かつ、これが不服申立事由に当るとの解釈の下に、本件審査申出をしていることが認められる。

してみると、原告の本件審査申出書による申請は、昭和四〇年度の前記固定資産の登録価格についての不服申立であり、かつ、基準年度の登録価格について争訟中であることが、申請事項である法四三二条一項ただし書、三四九条二項ただし書一号に掲げる「特別の事情」に該当するとの解釈の下になされているものということができる。

(三)  そこで、原告の右申請が、法四三二条一項ただし書の定める前記審査申出制度との関連において、「法令に基づく申請」といいうるかどうかについて検討する。

不作為の違法確認の訴えは、法令の明文により、又は法令の解釈上、行政庁が私人の申請によつてある処分又は裁決をなすべきものとされ、私人が一定の申請事項について申請することが認められている場合において、行政庁の右申請に対する応答の遅延ないし不作為状態を解消することによつて、申請権者の不利益の発生を防止し、その救済を図ることを目的とする制度であるから、この訴えにおける「法令に基づく申請」というのは、右制度の趣旨に照らしその申請が手続上適法であることや、内容的に申請どおりの処分がなされるべきものであることを必要としないが、当該法令の明文の規定により定められ又は法令の解釈上認められる一定の申請事項についての所定の方式による申請であることが必要であり、かつ、それをもつて足りるものと解すべきである。

ところで、本件のように、当該申請が法令の定める申請事項についての申請であるかどうかについて法律解釈上争いがある場合に、当該申請が「法令に基づく申請」に当るかどうかについて考察する。およそ、私人の申請によつて行政庁がある処分をなすべきことが定められている場合、行政庁は、まず申請人の申請が法令の定める申請事項にあたるかどうか、従つて申請権があるかどうかを審査する権限を有しているのであるが、このような行政庁の判断権に基づく処分がなされることを尊重して、行政庁をして、申請に対し相当の期間内に、ともかくなんらかの処分をなすべき抽象的な義務を課し、その履行を拘束することによつて、その不作為状態の解消を図ることを目的としているのが、不作為の違法確認の訴の制度の趣旨とするところである。したがつて、このような制度の下においては、申請権の有無が問題となつている場合においても、申請人が、不作為の違法確認の訴えを提起するまでもなく、申請後相当の期間内に行政庁のなんらかの処分がなされることを期待するのは当然であり、また裁判所は、申請人の法解釈の当否を別にして、行政庁の第一次的判断権を尊重し、申請権の有無についての行政庁のなんらかの判断を待つべきものと解するのが相当である。

ことに、本件のように、固定資産課税台帳の登録事項の適否を争うためには固定資産評価審査委員会の決定を取消しの対象としなければならない制度のもとにおいては、もし行政庁のなんらかの処分が得られないまゝ訴えを提起すると、審査前置ないし処分そのものを欠くとして、それだけで却下される可能性があり、申請権の存否について裁判所の判断を得る機会がなくなるおそれがあるのである。以上のことは、審査請求期間または申請期間を徒過した申請であることが明らかな場合でも行政庁は申請に対してなんらかの処分をなすべき義務があること(法四三三条七項による行政不服審査法四〇条一項の準用)からみても当然といえるであろう。

従つて、原告の前記審査申出書による申請は、「法令に基づく申請」に当るものと解すべきであつて、被告の前記主張は理由がない。

五、結論

以上の次第で、原告の本件審査の申出に対し、被告行政庁が、相当の期間内(右申請後相当の期間経過していることは弁論の全趣旨により明らかである。)になんらかの審査の決定をすべきにかかわらず、これをしないことは違法というべきであるから、原告の本訴請求は理由があるものとしてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 緒方節郎 小木曾競 山下薫)

(別紙物件目録省略)

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