大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和41年(特わ)724号 判決 1967年10月16日

本籍 島根県出雲市今市町九百十六番地

住居 東京都豊島区高田本町二番地

早稲田大学学生 石橋興一

昭和十九年二月五日生

右の者に対する昭和二十五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例違反被告事件について、当裁判所は、検察官沖永裕及び弁護人木内俊夫各出席のうえ審理を遂げ次のとおり判決する。

主文

被告人石橋興一を罰金参万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五百円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人に負担させない。

理由

(罪となるべき事実)

被告人石橋興一は、昭和三十八年四月早稲田大学第一政治経済学部自治行政科に入学し、本件当時同学科四年に在学していた者であるが、

第一、昭和四十一年十月二十日午後三時十分頃から東京都千代田区日比谷公園内日比谷公会堂前広場において開催された全学連再建準備会主催の「一〇・二一ベトナム戦争反対、総評スト支援全国学生総決起中央集会」と名づける集会の終了後、これに引き続き同集会の参加者らによって同日午後五時頃から同五時五十七分頃までの間、同区日比谷公園中幸門前から同区内幸町二丁目二十二番地飯野ビル前に至るまでの道路上で行なわれた集団示威運動に学生ら約千五百名と共に参加したが、右集団示威運動に対し東京都公安委員会が与えた許可には、交通秩序維持に関する事項として「行進隊形は五列縦隊とすること」「だ行進、ことさらなかけ足行進、停滞等交通秩序をみだす行為をしないこと」「旗ざお等を利用して隊伍を組まないこと」などの条件があらかじめ付されていたにもかかわらず、右集団示威運動に参加した学生らが右許可条件に違反して、(イ)、同日午後五時頃三個梯団に分かれ、各梯団の先頭隊伍は竹を横に構え持ち、これを利用して隊伍を組んだうえ、先頭第一梯団は約十列の縦隊となって右日比谷公園中幸門を出発して行進を始め、(ロ)、同午後五時四分頃先頭第一及び後尾第三の各梯団は前記道路の右飯野ビル前左(南)側車道上から駆足行進を始め、右折しながら道路中央部にあるグリーンベルトの切れ目附近を通り抜けて、折柄右(北)側(東京家庭裁判所旧庁舎南側)車道上に配置されて警備中の警視庁機動隊に先頭梯団から順次突き当り、(ハ)、同五時六分頃、右機動隊らにより右飯野ビルの東側にある中日新聞社前附近の左側車道上に押し返されると、同路上において隊列を整え、左から順に十一列、七列、八列位の縦隊に組み直し、折柄右側車道上にあった第二梯団と並んだうえ、アジ演説を聴くなどして同五時十二分頃まで同所附近にことさらに停滞し、(ニ)、同五時十二分頃、右各梯団は駆足行進を始め、うち第二梯団は一旦左側車道上に出たうえ、相前後して右折しながら前記グリーンベルトの切れ目附近を通り抜けて前同様折柄前記飯野ビル前附近の右側車道上に配置されて警備中の警視庁機動隊に突き当り、(ホ)、再び右機動隊らに押し返されると、同五時十五、六分頃から、右中日新聞社前附近の左側車道上に二個梯団、右側車道上に一個梯団、各梯団とも約十列の縦隊を組んで隊列を整えたうえ、アジ演説を聴き、「機動隊は帰れ。弾圧をやめろ。」「吾々は斗うぞ」などシュプレヒコールを唱和するなどして同五時二十六分頃まで同所附近にことさらに停滞し、(ヘ)、同五時二十六分頃右各梯団は駆足行進を始め、うち右側車道上にあった梯団は一旦左側車道上に出たうえ、更に全梯団相前後して右折しながら前記グリーンベルトの切れ目附近を通り抜けて前同様折から前記飯野ビル前附近の右側車道上に配置されて警備中の警視庁機動隊に突き当り、(ト)、同五時三十一分頃右機動隊らに押し返されると、前記中日新聞社前附近の左右の車道上に右(ホ)の場合とほぼ同様に梯団隊形を整えたうえ、アジ演説を聴きシュプレヒコールを唱和するなどして同五時五十分頃まで同所附近にことさらに停滞し、(チ)、同五時五十二分頃から同五十五分頃までの間、前記飯野ビル前附近の左側車道上に三個梯団になって並んだうえ、アジ演説を聴き、「ベトナム戦争反対」、「機動隊は直ちに帰れ」などシュプレヒコールを唱和するなどしてことさらに停滞し、(リ)、同五時五十五分頃、ほぼ全員が約三十列の縦隊の一個梯団となったうえ、駆足行進を始め右飯野ビル北西側角前交差点路上を右折しながら、折柄同所に配置されて警備中の警視庁機動隊に突き当るなどしたが、被告人石橋興一は相被告人秋山勝行、同圷久男ほか数名の学生と現場において意思相通じて共謀のうえ、右(イ)の際に、主として被告人石橋興一、相被告人秋山勝行、同圷久男において、いずれも先頭第一梯団の先頭列外附近に位置して笛(昭和四十二年押第八〇六号の四は相被告人秋山使用のもの)を吹き、相被告人圷久男において、右梯団の先頭隊伍が横に構えて持つ竹竿を掴んで引っ張り、右(ロ)の際に主として被告人石橋興一及び相被告人秋山勝行において先頭第一梯団の先頭列外附近に位置し、相被告人秋山勝行において右梯団の先頭隊伍が横に構えて持つ竹竿を引っ張り、右(ハ)の際に、主として被告人石橋興一において学生の肩車に乗って両手をあげ、笛を吹き、更に学生らに向ってアジ演説を行ない、右(ニ)の際に、主として被告人石橋興一において中心附近にあった梯団の先頭列外に位置して笛を吹き、同梯団の先頭隊伍が横に構えて持つ竹竿を掴んで引っ張り、右(ホ)の際に、主として相被告人秋山勝行において左端にあった梯団の先頭列外に位置し、学生の肩車に乗って学生達にアジ演説を行ない、また「機動隊は帰れ、弾圧をやめろ」などのシュプレヒコールの音頭をとり、続いてその場で被告人石橋興一において学生の肩車に乗って「吾々は斗うぞ」などのシュプレヒコールの音頭をとり、右(ヘ)の際に、主として被告人石橋興一において隊列の先頭列外に位置して笛を吹き、その先頭隊伍が横に構えて持つ竹竿を掴んで引っ張り、右(ト)の際に、主として相被告人秋山勝行において隊列を離れた附近路上でほか数名の学生と協議し、被告人石橋興一において附近路上で学生の肩車に乗ってシュプレヒコールの音頭をとり、相被告人圷久男において附近路上で学生の肩車に乗ってアジ演説を行ない、右(チ)の際に主として相被告人秋山勝行において隊列の先頭列外附近に位置し、学生の肩車に乗ってアジ演説を行ない、被告人石橋興一において附近路上で学生の肩車に乗って前記シュプレヒコールの音頭をとり、右(リ)の際に、主として相被告人秋山勝行において梯団の先頭左側列外附近に位置して手を振り、同圷久男および被告人石橋興一において梯団先頭列外附近に位置して梯団の先頭隊伍が横に構えて持つ竹竿を掴んで引っ張るなどして、前記竹竿を利用した隊伍の組成、約七ないし三十列の縦隊による行進、ことさらな停滞及び駆足によって警視庁機動隊に突き当ろうとして交通秩序をみだした行為などを誘導指揮し、もって右許可条件に違反した集団示威運動を指導し、

第二、右集団示威運動につき東京都公安委員会が許可した順路、時間は右飯野ビル北西側角前交差点を左折し、港区内の南佐久間町、虎の門、溜池、山王下及び赤坂見附の各交差点を順次経て前記清水谷公園に至り、同所で同日午後六時に解散する予定のものであったが、右集団示威運動に参加した学生らは前記飯野ビル角前交差点の混乱によりその先の順路における行進を行なわなかったところ、右学生らを主とする約三百名がその後港区新橋二丁目十七番五号国鉄新橋駅銀座口附近路上に赴いて集合したうえ、東京都公安委員会の許可を受けないで同日午後六時三十六分頃右銀座口附近路上から同区新橋二丁目五番地国鉄新橋大ガード下附近に至る路上において、約五列の縦隊となって集団示威運動を行なったが、その際、被告人石橋興一および相被告人圷久男の両名は現場で意思相通じて共謀のうえ、両名共右隊列の先頭列外に位置し、その先頭隊伍が横に構えて持つ竹竿を引っ張り、掛声を発するなどして右運動を誘導指揮し、もって無許可の集団示威運動を指導し

たものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(訴訟関係人の主張に対する判断)

第一、認定事実について

一、検察官は、判示第一の集団示威運動に際し、日比谷公園中幸門から日比谷図書館前に至る道路上でことさらな駆足行進がなされた旨主張し、弁護人は許可条件としての「ことさらなかけ足」の概念が不明確であるから構成要件となし得ない旨主張する。ところで、「かけ足」とは、通常、急速な歩調を意味し、形態として両足が同時に地面から離れるものであることはあらためて詳述するまでもなく経験上明瞭であり、「ことさらな」は「違法に、故なく」と解すべきであるから、禁止事項としての「ことさらなかけ足行進」の文言が犯罪構成要件として弁護人指摘のように不明確であるとすることはできない。しかし、これが昭和二十五年東京都条例第四四号(以下「本条例」という)第三条第一項但書第三号の「交通秩序維持に関する事項」について付与された条件であり、かつそれが違法、無効といえないことは後述のとおりであるとしても、条件付与の基準を後記のように解する見地からすれば、ここにいわゆる「ことさらなかけ足行進」とは単にその形態において駆足であるだけでは不十分で、これが交通秩序をみだすおそれのある、すなわち交通秩序に具体的な危険を生ぜしめる程度の速度を伴うものであることをその要件としていると解するのが相当であり、このことは、右条件が後記認定のとおり「ことさらなかけ足行進(中略)等交通秩序をみだす行為」と明記されていることからしてもたやすく首肯し得るところである。そしてこれを本件についてみるに、前顕各証拠によれば、その間に形態としての駆足のなされたことは認められるが、その速度は、先頭梯団については、大股で歩けば追いつく程度のものであったというのであるから(証人小島勝視の第三回公判廷における供述)、右基準に照しこれが交通秩序をみだすおそれがあるとは到底認め難い。もっとも右証人小島勝視は、右梯団に続く第二梯団については、駆足をしなければ追いつかない、大股で急いでも一寸追いつけない程度のものであった旨供述するのであるけれども、なお同証言によれば、その間の距離はせいぜい四、五十米位であるのに行進に約一分を要したうえ、右第二梯団は第一梯団の後に続いていたものであり、また駆足のあと全梯団とも一時停止していることなどの事実が認められることに徴すれば、右供述部分の信用性に疑問がないわけではなく、仮にそうとしても、右第二梯団の右程度の駆足をもっては、いまだ交通秩序をみだすおそれのあるものとは認め難く、他にこれを認めさせる証拠もないから結局、検察官の右主張は是認できない。

二、検察官は、判示第一に判示したとおり学生らの梯団が三回にわたって駆足で右折しながらグリーンベルトの切れ目附近を通り抜け、前記飯野ビル前附近の右側車道上に待機していた警視庁機動隊に突き当った事実について、この駆足は「ことさらなかけ足」に、右折は「だ行進」に、また突き当りは「交通秩序をみだす行為」にそれぞれ該当する旨主張する。

前顕各証拠によれば判示第二の一の(ロ)、(ニ)及び(ヘ)の各事実が認められるところ、このうち右折については、これが外見上だ行進の軌跡の一部を辿るものであったことは否定し難いが、証人山口紘一の当公廷における供述によれば、右折の目的はだ行進のためではなく、機動隊の規制を実力で排除しようとする点にあったことが認められ、その態様も大きく右に一回曲っただけで左右にだ状に屈折を繰り返すだ行進の形態に程遠いものであったことは、これを現認した警察官がだ行進の事実を否定していることからしても(証人小林保徳の第五回公判廷における供述)明らかであるから、右折の事実を捉えてだ行進とすることはできない。しかし、条件に「だ行進、(中略)、ことさらなかけ足行進、(中略)、停滞、(中略)等交通秩序をみだす行為をしないこと」とされているのは(別紙参照)、交通秩序をみだすおそれのある、すなわち交通秩序に具体的な危険を生ぜしめる行為の一切を禁ずる趣旨であり、したがって右の「だ行進」等々は単なる例示に過ぎないと解されるところ、前顕各証拠によって認められる当該道路の状況及びこれをめぐる交通秩序などに照らせば、判示第一の(ロ)、(ニ)及び(ヘ)に認定の態様で機動隊に突き当ろうとした行為は、いずれもその駆足がことさらであるか否かを問うまでもなく全体として右にいう「交通秩序をみだす行為」に該当するものと解するのが相当である(なお結果として機動隊に突き当ったこと自体は他の法律による処罰の対象となるのは格別本条例による規制の対象外にあるものと解される。)。この点に関し弁護人は、当時前記飯野ビル前の右側車道上の交通は事前に警察の手で全部遮断されていたのであるから、交通秩序をみだすことはあり得なかった旨主張する。しかし右遮断が弁護人指摘のとおりであるとしても、前掲各証拠によれば、この遮断は被告人のデモ隊の通過に備えてなされたものであることが認められるから、前記突き当りの繰り返しによるデモ隊通過の遅延はそのまま右遮断時間の延長につながり、これによって交通秩序が不当にみだされる結果となることは、証人内田滋の当公廷における供述を俟つまでもなく自明のことというほかはなく、弁護人の右主張は理由がない。

三、弁護人は、判示各事実につき共謀の成立を否認し、殊に相被告人圷久男は本条例第五条所定の指導者に当らない旨主張する。しかし、証人黄川田昭夫及び同小林保徳(第二回公判)の各供述によれば、当日の集団示威運動に先立ち日比谷公会堂前広場において開催された集会の席上、相被告人秋山勝行は、全学連再建準備会書記長吉羽忠より当日の集団示威運動の総指揮者として紹介されてあいさつに立ち、「支配階級に対して斗う」など発言したほか、被告人石橋興一も右吉羽忠より第一梯団の指揮者として紹介されてあいさつに立ち「機動隊の厚い壁を突破して外務省構内の集会を勝ち取ろう」など発言している事実が認められるうえ、前記挙示の各証拠によれば、被告人、各相被告人の誘導、指揮の行為として少なくとも判示のような事実が認められるのであって、以上認定の各事実に右各証拠によって認められる本件各集団示威運動の態様、被告人、各相被告人ら以外の学生らの動き等を総合すれば、判示の各事実につき被告人に判示認定のとおりの共謀が成立していたことを認めるに難くなく、かつ相被告人圷久男についての判示認定の誘導、指揮行為は、同被告人を優に本条例第五条にいう指導者と認めるに足りるものであるから、弁護人の右各主張は理由がない。

四、検察官は、判示第二に認定した集団示威運動に先立ち、当日午後六時二十分頃より千代田区内幸町交差点から日比谷、田村町間の都電通りを経て港区西新橋交差点を左折し、国鉄新橋駅銀座口附近に至る道路上においても集団示威運動がなされた旨主張する。しかし、証人小島勝視(第三回公判)、同小林保徳(第五回公判)、同山口浩司、被告人及び相被告人圷久男の当公廷における各供述によれば、判示第一の集団示威運動に参加した学生らの一部が判示示威運動後間もなく検察官主張の経路を通って国鉄新橋駅附近に到った事実は認められるものの、その間の学生らの状態は、路面はすでに暗く、後方から警察機動隊員の追跡を受ける懸念もあって、隊列は全く崩れ、車道上に一杯に広がり、先頭と最後尾との距離が数百米にもなったまま、各自かなり早い速度の駆足を続けていたほか、その一部は内幸町交差点から逆に左折して別の道順を通って右新橋駅附近に到ったことなどの各事実が認められ、以上認定の事実に照らせば、検察官主張の右区間において右学生らによって集団としての意思を表明し得る統制された集団が構成されていたとは到底認め難く、したがってその間の集団による示威運動があったと認めるに由ないから、検察官の右主張も容認できない。

五、弁護人は、判示第二の集団示威運動の進路が許可進路でなかったとしても、これは判示第一の運動の参加者が機動隊に進路を阻まれ、更に圧迫追跡された結果一時統制を失ったが、国鉄新橋駅附近に再集合したうえ、再び本来の許可進路に向おうとしたものであるから、判示第二の集団示威運動は無許可のものではなく、単に許可申請書の記載事項に違反したものに過ぎない旨主張する。ところで集団示威運動の進路、場所、日時等は、東京都公安委員会が右運動の許可に際して行うそれらの変更に関す事項が本条例第三条第一項第六号に規定されているところから、同条項の他の各号の事項と同様許可に附随する条件に過ぎないと解し得るかのようであるが、右進路等はいずれも集団示威運動にとって本質的なものであり、かつ右六号が他の事項とは別途に変更の基準を明示していることなどを併せ考えると、単なる許可の附款ではなく、許可の内容そのものをなすものと解するのが相当である。そして判示第二の集団示威運動がその進路、時間において許可されたものと全く異なることは判示認定のとおりである以上、これに至った経緯の如何を問うまでもなく、右運動は無許可でなされたものというのほかはない。もっとも、弁護人主張のような事情があるとすれば、それは違法性阻却ないし緊急避難の問題として検討されなければならないところであるが、本件において学生らが許可進路での行進を継続し得なかった原因が弁護人主張のように機動隊の一方的な阻止圧迫によると認めるに足りる証拠は全くなく、かえって判示のとおり本件集団示威運動の許可進路は飯野ビル北西側角前交差点を左折することとなるのに、被告人各相被告人らの指揮の下に右折しようとして警察機動隊に突き当り、そのため押し戻され、その後は許可進路に行進することなく反転して前示のように駆足で前示内幸町交差点から新橋駅方向に向ったものであることが明らかであり、犯罪の成立を阻却すべき何らの事情も認められないから、弁護人の右主張は採用できない。

第二、弁護人の法律上の主張について

一、先ず弁護人は、本条例は集会、集団行進又は集団示威運動(以下「集団行動」という)につき、一般的抽象的基準のもとに実質的にも許可制を定めたものであるから憲法第二十一条に違反する旨主張しその理由として縷々陳述するところ、小数者の意思を表明する手段としての集団示威運動は、憲法上その完全な保障が要請される表現の自由に属するところから、これを規制の対象とする本条例には、その規制範囲の非限定性、許可基準の明確性、東京都公安委員会が不許可の意思表示をしない場合の救済規定の存否、処罰対象者の範囲および罰則の適正か否か等の点について弁護人指摘のような問題点のあることは否定し難く、また本条例についての昭和三十五年七月二十日の最高裁判所大法廷判決が、これらの点のすべてにつき逐一明示の説示を加えていないことも所論のとおりであるけれども、その問題点はいずれも本条例の規定自体から顕著に察知し得る事項であるから、結局これらの諸点を含めて、全体として本条例が、東京都公安委員会に原則として許可義務のあることを前提として、実質的には届出制を採るものであることを理由にこれを合憲と解した右大法廷判決の理論構成は、かく解する限りにおいてなお妥当すると解するのが相当であり、弁護人の右違憲の主張は採用できない。

二、弁護人は、(イ)、本条例に基く東京都公安委員会の事務についての権限は大幅に警視総監以下の警察官に委任され、(ロ)、集団示威運動の許可申請をなすに際し、警視庁警備部警備課集会係では闇の手続ともいうべき事前折衝が行なわれ、行政相談の名の下に当局側の意図する進路等を一方的に申請者側に押し付けており、(ハ)、国会周辺、銀座通り、アメリカ大使館附近等の道路上における集団示威運動を禁止し、(ニ)、許可に当っては右集会係がおびただしい数の不当、不明瞭な条件を付与しており、(ホ)、この諸条件が機動隊等による実力規制ないしは大量の現行犯逮捕の根拠となり、(ヘ)、更に機動隊は集団示威運動の参加者に暴行、傷害等を加えており、(ト)、警視庁公安部公安課の私服警察官が終始集団行動についてスパイ活動を続けているが、以上のような本条例の運用の実態は憲法第二十一条、第三十一条などに違反するものであり、かつこれは本条例に基因するものであるから、本条例自体もまた違憲無効である旨主張する。しかし、右主張理由は、その一面では、その主張自体に徴してもその運用が本条例自体に基因するものでないことが明らかであるばかりでなく、また他の一面では、運用の違憲を理由に本条例自体の不備を指摘するものであり、結局は運用自体の当否を離れて本条例の諸条規の違憲性(第二十一条違反)を主張することに帰するものと解すべきであるが、本条例が合憲と解すべきであることはすでに判断したところであるから、いずれも失当というのほかはなく、その主張理由は、本件条件付許可処分の適否を判断するに際し、これに関係する限度において考慮すれば足りるものというべきである。一般の運用が違憲であることを理由に本条例自体の違憲を主張する弁護人の論旨は採用できない。

三、本件条件付許可処分の効力

(一) 前記挙示の許可書謄本によれば、本件許可処分に付された条件(以下「本件各条件」という)の内容は、別紙記載のとおりであるところ、弁護人は、本条例第三条第一項但書所定の条件付与の基準は同項本文にある不許可処分の基準と同一であるが、本件各条件はいずれもその基準を逸脱しているから憲法第二十一条に違反して無効である旨主張する。右但書が第六号を除き(第六号が条件でないことは前述のとおり)、条件付与の基準を直接明示していないことは弁護人指摘のとおりであるが、本条例は実質的に届出制を採るものとして解釈するのを相当とすること前示のとおりであるから、右第三条本文所定の集団行動の「実施が公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」という事態が認められない限り、申請は無条件で許可されなければならず、右事態に一応該当すると認められる場合でも、許可に条件を付することによってその事態が回避される場合には、申請を不許可にすることなく、右事態が回避される限度までの条件を付して申請を許可すべきであり、ただ条件付与によっては右事態の回避が不可能であるか、実質上不許可処分と同様の結果を招来する場合にのみ限って不許可処分をなすべきであると解するのが相当である。すなわち右但書所定の条件(第六号を除く)については、右本文所定の事態を回避するに足りる最少限に必要な限度を基準としてその付与の可否ないし内容の当否が決定されなければならないものと解すべきである。そこで、これを本件各条件についてみると、少くとも検察官がその違反を主張する判示諸条件については、前掲各証拠によって認められる本件許可進路における当時の道路状況、交通事情、参加予定人員等を綜合すれば、そのいずれも右基準を越えるものとは認め難いから、弁護人の右主張は結局理由がない。

(二) 弁護人は、本件各条件はいずれも本条例上権限のない警視庁警備部長によって付与されたものであり、かつ犯罪構成要件となる条件が警察官によって付されている意味において構成要件の成立過程が憲法第三十一条に違反するから、以上いずれにしても本件各条件はすべて無効である旨主張する。証人茂垣之吉の供述、東京地方裁判所昭和四〇年(わ)第七八一号ほか昭和二十五年東京都条例第四四号違反被告事件第十七、十八回公判調書中証人山田英雄の供述速記録謄本(以下「山田速記録」という)、昭和三十一年十月二十五日都公委規定第四号東京都公安委員会の権限に属する事務処理に関する規程(抜抄)、前同日訓令甲第一九号東京都公安委員会の権限に属する事務の部長等の事務処理に関する規程(抜抄)、前同日例規用(総務)第二七号「東京都公安委員会の権限に属する事務処理に関する規程及び東京都公安委員会の権限に属する事務の部長等の事務処理に関する規程の制定について」と題する通達などを綜合すると、東京都公安委員会は集団行動の許可に関する事務のうち、不許可処分、集団行動の進路、場所又は日時の変更を伴う許可処分、許可の取消処分、許可条件の変更処分、その他メーデー等重要特異な集団行動についての許可処分は必ず直裁処理しているが、重要特異でない集団行動の許可処分およびその際の条件付与については警視総監にその事務処理についての決裁の権限を与えると共に、警視総監がその事務を主管部長に処理させ、殊に定例軽易なものについては警察署長に処理させることを許容し、ただ以上の事務処理はすべて公安委員会名をもって行なわせ、その結果を毎月とりまとめて公安委員会に報告させ、その承認を受けるべきものとしていること、警視総監はその処理事務のうち軽易な集会の許可のみを警視署長の処理事項とする以外はすべてこれを主管部長たる警備部長に処理させていること、本件条件付許可処分も以上の手続に従って警視庁警備部長が東京都公安委員会の名義で決裁したものであることなどの事実が認められる。そしてこのような事務処理の方式は、もとより権限を委譲するものではないから、いわゆる権限の委任ではなく、東京都公安委員会がその権限に属する事務の一部につき内部的な意思決定権のみを補助ないし下部機関たる警視総監以下の警察官に委ねたものであり、法的にはいわゆる代決の性質を有するものと解するのが相当である。ところで、東京都公安委員会は警視庁を管理するに過ぎないのであるから(警察法第三十八条)、この限りにおいては警視庁をもってその補助ないし下部機関とすることはできないばかりでなく、前記事務処理が警察法第四十四条所定の庶務に属すべき性質のものでもないことは明らかであるが、本条例による事務はその性質上警察の責務(警察法第二条第一項)に属するものであるところ、その事務の重要性に鑑み、本条例はその処理権限を特に東京都公安委員会に委ねたものと解されるから、右の趣旨に反しない限り、同公安委員会が同じく都の警察作用を営み、かつ前叙のとおりその管理下にある警視庁の警視総監以下の警察官に右事務を代決させることは法令上明示の規定を俟つまでもなく許容されるものと解するのが相当である。そして具体的には、無条件の許可処分のみならず条件付許可処分についても、当該道路、時間等の諸状況に照し、集団の性質を問わず、如何なる集団の示威運動についても一般的に共通して妥当する必要最小限の規制を内容とし、かつこれが規則、通達、先例等から窺知し得る東京都公安委員会の意思に反しない限度における条件の付与については、なお右代決に親しみうるものと解すべきである。もとより、代決により右限度を越える条件が付与された場合には、事柄の重要性に鑑み、内容の当否を論ずるまでもなく右逸脱部分は違憲無効になるというべきであり、本件各条件のうちには、右基準に照し代決に親しまない疑いのややあるものが含まれていることは否定し難いところである。しかし前掲各証拠によれば、本件で検察官がその違反を主張する条件については、いずれも本件集団示威運動の進路、時間等の諸状況に照し、右代決に親しむべき最小限に必要な規制を内容としていることは明らかであり、かついずれも定型的に従前から付せられていたものとして東京都公安委員会の意思にも反しないことが明白であるから、警視庁警備部長に代決の権限があったものといわなければならない。そして適法になされた代決は本条例上東京都公安委員会のした処分と同視されるのであるから代決の事実を捉えて憲法第三十一条に違反するものとなし得ないことはいうまでもなく、弁護人の主張はいずれも採用できない。

(三) 弁護人は、本件許可申請の際に、他の申請の場合と同様、警視庁警備部警備課集会係において行政相談と称する闇の手続ともいうべき事前折衝が行なわれ、係官が不許可処分をほのめかしてその意向に副った進路を強迫的に押し付けたのに対し、申請者側は期日の切迫した集団示威運動の計画を今更中止するわけにも行かず、止むを得ず妥協して押し付けられた内容どおりの許可申請を行ない、許可処分がなされるに至ったのであるから、本件許可処分はその手続過程に違法があり、したがって無効である旨主張するかのようである。しかし、前掲各証拠によって認められる東京都内の道路状況、交通事情及び各種集団行動の実態等に鑑みれば、右集会係における事前折衝は、それがいわゆる行政相談の域を出でず、したがって、申請者側において本条例所定の正規の申請手続を履践する自由が完全に留保されている限り、時に必要なものとして是認される運用といわなければならない。もとより、これがその程度を越えて弁護人主張のような事態に立ち至ることの許されないことは当然であるが、いまこれを本件についてみると、申請者側の者として現実に本件許可処分の申請手続に当った証人山口紘一の供述によっても、本件申請に際し、右集会係によって強迫的な進路等の押し付けが行なわれ、したがって、正規の申請手続の履践すら困難であったような事実は何ら窺われないし、他に弁護人主張の事実を認めさせる証拠もないから、弁護人の右主張は理由がない。

(四) 弁護人は、本件各条件中には、本条例第五条により構成要件となるものと、単に注意事項に過ぎないか何らかの理由で無効となるものとが混在しているため、条件全体が処罰根拠たる構成要件としては不明瞭であるから憲法第三十一条に違反して無効である旨主張する。前記挙示の許可書謄本によれば、本件各条件はいずれも許可書の別紙である「条件書」と題する書面に別紙の体裁、配列で列記されており、かかる形式やこれをすべて構成要件と解する山田速記録の記載等を綜合すれば、その当否は別として、本件各条件が東京都公安委員会、警視庁当局などによりすべて構成要件たり得るものとして扱われていることが認められるのであるが、別紙の一の1、2等はその文意からも明らかに注意事項に過ぎないと解せざるを得ないものであり、本来これらはその必要があるとしても注意ないし要望事項として条件とは別に表示さるべきものと考えられる。しかし、本件で検察官がその違反を主張する諸条件、すなわち別紙三の1、2及び6については、前叙のように他の条件中に注意事項に過ぎないものないし適法な代決の範囲を逸脱して無効の疑いのあるものがあるとしても、一見してこれら不当、無効のものと区別され、独立して構成要件たり得るものであることは極めて明確であり、前記不当無効な事項が並記されていることによって全条件を不明確にするとは認められないから、弁護人のこの点の主張も結局採用できない。

(五) 弁護人は、本件許可処分にはおびただしい不当な条件が付与されており、これがそのまま機動隊による不当な実力規制、大量現行犯逮捕等の根拠として機能しているが、このことは条件の全体を違法無効ならしめるものである旨主張するもののようである。しかし本件で検察官がその違反を主張する諸条件がいずれも不当でないことはすでに判示したとおりであるばかりでなく、他の条件中に不当なものがあるとしても、これを無効とし、また仮に無効な条件に藉口して不当な実力規制ないし現行犯逮捕が行なわれた場合にもその不適法を理由とする救済を受ければ足りるものと解すべきである、これを越えて全条件を無効としなければならない理由は全く見当らないから、弁護人の主張は理由がない。

四、犯罪の成立を阻却する事由の有無

弁護人及び被告人らは、「本件はいずれもその目的と行動を一体として評価さるべきである。すなわち全国労働者によるベトナム戦争反対の政治ストを翌二十一日に控えて労働者の決起を促すと共に、これと連帯しベトナム戦争政策を支持する米国、日本政府、独占資本の体制側に抗議することが当日の行動の主目的であった。以上の目的は極めて正当であり、この目的実現のため学生が採り得る唯一の手段こそ集団示威運動にほかならず、これによって政治への意思を表明することは正当な権利の行使であるところ、警察権力はこれに不当な制約を加え機動隊による弾圧を行なったものであって、被告人の本件行為はこれを排除してなされた正当な行為である、」など陳述して正当行為、実質的違法阻却、緊急行為等を理由に無罪を主張するもののようである。既に触れたように、集団示威運動は思想表明の手段として、その権利行使は最大限に保障されなければならないところではあるが、一般の社会生活上の利益との矛盾衝突の調整の観点からする制約を当然の内在的制約として内包するものであるところから、その権利の行使は秩序ある方法に従って平穏裡になされなければならないことはいうまでもない。しかるに本件にあっては、判示のとおり集団示威運動はその開始当初から機動隊の規制と無関係に許可条件に違反する行動を繰り返し、あるいは無許可の集団示威運動を行なったものであって、その点において機動隊の弾圧ないし挑発によるとする所論はその前提を欠くばかりでなく、証人山本浩司、相被告人秋山勝行の供述するように、被告人、各相被告人はあえて許可条件等に違反する行動に出ることが、前示目的を達成する最も有効な手段であり、またそれが政府批判のため残された唯一の手段であるとの危機感を抱いていたとしても、議会民主々義を採る憲法体制の下で、本件当時これに添う客観的な状況のなかったことはもとより、そのような意図目的をもってする本件各集団示威運動を緊急やむを得ない、有効な唯一の相当な手段として社会一般が是認する状況になかったことも多言を要しないところである。かえって、被告人の本件所為は、その結果として生じた交通の混乱、附近住民の平穏な生活の破壊の故に一般人をして被告人の主張、動機、目的等の純粋性に疑惑を感じさせ、ひいて目的実現に逆効果をもたらす底のものであったことをも考慮すると、弁護人らのこの点の主張も全く採用の限りでない。

第三、以上の理由により、本件各公訴事実については判示の限度で罪となるべき事実を認定すべきところ、右の証明不充分とすべき部分は判示有罪とされる部分とそれぞれ一罪として起訴されたものであるから、とくに主文において無罪の言渡をしない。

(法令の適用)

被告人石橋興一の判示第一の所為は、昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例第五条、第三条第一項但書、刑法第六十条に、判示第二の所為は、右条例第五条、第一条、刑法第六十条にそれぞれ該当するので、所定刑中いずれも罰金刑を選択し、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十八条第二項により合算した罰金額の範囲内で、被告人を罰金三万円に処し、被告人において右罰金を完納できないときは同法第一八条により金五百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 千葉和郎 裁判官 小瀬保郎 裁判官 高木俊夫)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例