大判例

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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)3926号 判決 1968年4月01日

原告 平山道雄

被告 国

訴訟代理人 岸野祥一 外一名

主文

一、原告の請求は、これを棄却する。

二、訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立<省略>

第二、当事者双方の主張

一、(請求原因)

訴外平山奈加子は、昭和三七年一〇月一六日、原告を相手方として東京家庭裁判所八王子支部に婚姻費用分担調停の申立をし、同事件は、同裁判所昭和三七年(家イ)第四一〇号事件として係属し(この事件はその後同三八年九月一九日調停不成立となつた。)たものであるが、同事件の係属中同裁判所家事審判官高根義三郎は、同三八年四月一七日、原告の昭和飛行機工業株式会社に対する昭和三八年四月分以降の給料その他一切の収入のうち二分の一の額の支払の受領を禁止し、これを平山奈加子に支払うべき旨の仮の処分を命ずる審判をなし右審判は、同月一九日、原告に送達されまた第三債務者である前記会社にもその頃送達され、右の審判に基づいて、同会社から平山奈加子に対して同三八年五月一〇から同四一年四月九日までに合計金六九万七七二八円が支払われた。

しかし、本件審判は次の理由により無効であつて、この審判をなした家事審判官の故意又は過失による違法行為に基づくもので、その結果原告は、右給料等を失い損害をうけたので、被告に対しその損害の賠償を求めるものである。

まず、右審判は、前記調停事件についてなされたものでそのような、審判を求める申立はない。尤も同調停事件の一件記録には審判申立書と題する書面が編綴されてはいるが、右書面は同裁判所により適式に受付受理された形跡がなく、本件審判は、申立なき事項につきなされた違法な審判である。

第二に家事審判法および家事審判規則には、家事調停事件について、その係属中審判をもつて義務履行を命じ得る規定は存在しないから本件審判は、法規に基づかないでなされた違法な審判である。即ち本件審判はこれにより平山奈加子のために実体的権利の実現を命ずる仮の処分であるがこのような仮の処分が審判によりなすことができることを定めた法規は相続財産保全の仮の処分の場合を除いては存在しない。なるほど家事審判法第八条には審判または調停に関し、必要な事項を最高裁判所規則をもつて定めることを規定している。しかし憲法第七七条第一項所定の最高裁判所規制定権は訴訟手続に関する規則の制定権であつて、強制力によつて実体的権利の実現を伴う規則の制定はなし得べきものではなく、そのような内容の審判をすることは本案についての終局的裁判をなすのと等しくそのようなことを許容する家事審判規則の規定により定めうべき事項の範園を逸脱するものであり、本件審判が家事審判規則第四六条第四五条第九五条に基づいてなされたとしても憲法第七七条第一項ならびに家事審判法第八条により有効なものとなすことはできないし、またこれらの法規に基づく処分に対して抗告することが許されていない点からみてもこれが憲法第三二条に違反するものといわなければならない。

以上の理由により原告は被告に対し前記金六九万七七二八円及びこれに対する訴訟送達の翌日である昭和四一年五月二四日から支払済まで法定の年5分の割合の損害金の支払を求めるため本訴におよんだ。

二、(被告の答弁)

原告主張のような家事調停事件がその主張の通りその裁判所に係属し、不調となつたこと、同調停事件の係属中に原告主張の通り家事審判官が、原告主張の仮の処分を命ずる審判をなしたこと、その審判書が原告主張の通り関係人に送達されたことは認め、右訴外会社から平山奈加子に原告主張の金員が支払われた事実は不知、原告主張のその余の事実は争い、本件家事調停事件は、家事審判法第九条第一項に規定する、乙類事件であるが、かかる事件においては調停不成立の場合には調停申立の時に審判の申立があつたものとみなされその手続は、当然に審判に移行し、その事件は家事審判事件となるのであるから、乙類事件の調停手続はまさに審判前の手続というべきであり、したがつて、調停手続中においても審判前の仮の処分が許されると解すべきである。そして、本件事件は、その件名上婚姻費用分担調停事件となつているけれども、その実質は、別居させられた妻から夫に対する自己の生活費ならびに子の養育費の支払を求めるものであつて、夫婦間における扶助の請求ないし子の扶養費の請求にほかならないのであるから家事審判規則第九五条、第四六条を類推適用して臨時緊急必要な処分が認められ、本件審判は、調停手続の段階においてなされた審判前め仮の処分であると解すべきである。仮りに右主張が認められず、審判の申立が必要であるとしても、本件調停事件の係属中である昭和三八年二月二二日付で申立人平山奈加子は、原告を相手方として、前記裁判所に対し、婚姻費用分担の審判を求める申立をし、次いで右平山奈加子、同彰伯は、同人らを債権者、原告を債務者、前記会社を第三債務者とする本件審判書の主文と同趣旨の仮の処分を求める審判の申立書を提出し、右申立に基づき同裁判所の前記家事審判官は同年四月一七日、本件審判をしたのである。右申立書が一件記録に編綴された順序は手続の進行にしたがつており、本件審判の主文内容も申立の趣旨と同一であることから見ても、右各申立は、それぞれ受理され、そのうえで本件審判がなされたのである。原告は前記裁判所は審判の申立がないのに、申立に基づかないので審判をしたというが、その申立が必要であるとしても元来、申立は申立者の意思によつて裁判所に申立書が提出された時に申立の効果を生ずるものであつて、裁判所がその申立書に、原告主張の如き受付手続として定められた所定の記載をしなかつたとしてもそれによつて申立受理の効果が左右されるものではなく、事件番号、記録符号を付することは、単に裁判所内部における事務手続の便宜のためにすぎないからこれによつて申立の効力が影響をうけるものではない。

更に最高裁判所の規則制定は、法律の委任によつてなし得るところであり、これを禁ずる法規も存しないので法律の委任によつて制定された規則は、何ら違憲とするにあたらないところ、家事審判の性質は非訟事件の裁判であり家事審判規則に規定する各種の仮の処分は、この非訟事件の裁判における保全処分であり、家事審判法第八条は、これら保全処分を最高裁判所の規則制定権によつて規定し得ることを認めているのである。したがつて、右仮の処分についての家事審判規則は法律の委任に基づくものである。しかもその処分は、いずれも民法に基づく基本的法律関係の存在を前提として、家庭裁判所が同法にしたがい、当該事件における一切の事情を考慮して、その後見的立場からその具体的内容を合目的に定めるものであつて実体的根拠規定を欠くということはできない。そして家庭裁判所は職権によりそれに必要な処分ができるのである。更に本件仮の処分につき上訴が認められないとしてもこれが非訟事件であるという特質に鑑み、右処分自体に対する上訴を認めていないごとは不当でないし、家事審判規則第九五条第二項にしたがい、家庭裁判所は何時でも右処分の取消、変更ができるから、それにより実質的に不当な処分に対する救済がなされうるから原告の主張のような不合理はない。裁判の審級制度をいかにすべきかは立法をもつて定むべきものであり、したがつて、右の処分に対して上訴が認められないからといつて憲法第三二条に違反するとはいえない。

第三、証拠関係<省略>

理由

原告主張の、平山奈加子から原告を相手方とする家事調停申立事件がその主張の裁判所に係属したこと、同調停事件はその後不調となつたこと、同家事調停事件が右係属中に原告主張の通り家事審判官が原告主張のような仮の処分を命ずる審判をなしたこと、その審判書が原告主張のように関係人に送達されたことは当事者間に争がない。

まず原告は、右の家事審判官がなした審判には申立がなした審判には申立がないのになされた違法があるというのであるが、<証拠省略>によれば、右家事調停事件の係属中である昭和三八年二月二二日付を以つて平山奈加子は原告を相手方としで同裁判所に対し、甲第二号証の五なる、審判を求める旨の申立書(但し表題には準備書面と記載してあ呑)を提出し、ついで平山奈加子及び平山彰伯を債権者とし、原告を債務者とし、昭和飛行機株式会社を第三債務者とする本件審判によつてなされたと同内容の仮の処分を求める旨の同年四月(日付の記載は空欄である)付の仮の審判申立書なる書面(同号証の六)が同裁判所に提出されている。尤も右両申立書にはいずれも裁判所の受理印の押捺、事件番号の記載等のなされた形跡はないけれども、右事件についてこれらの書面が記録に編綴されていること自体によつて、その申立書が同裁判所によつて受理せられたことが認められるのであつて、単なる右の事務上の処理の欠缺があつたとしてもこれにより所論審判の申立がなかつたものということはできないところである。しかも前掲証拠によれば、右の家事調停事件は、その申立の趣旨及び事件の実状の記載によれば、別居させられた妻である平山奈加子からその夫である原告に対して、奈加子の生活費及び両名間の子平山彰伯の養育費の支払を求める事件であつて、家事審判法第九条の乙類に該当する事件であることが明らかな事件であることが認められ、右家事調停事件はその調停が成立しないときは法律上当然に、調停申立のときに審判の申立があつたものとみなされるのであつて、家事審判規則第四六条第四五条第九五条により所定の事項について家庭裁判所は臨時に必要な処分ができることとされているところであり、右審判事件の前段階とみらるべきその調停手続中においても、家庭裁判所は必要があると認めるときは仮の処分ができるものと解せられる。従つて、右審判はこの点からみても違法になされたものであるということはできない。

次に原告は右の家事審判規則の定めは最高裁判所規則を以て定めることができる事項の範囲を逸脱するもので、かかる仮の処分によりなされる審判によつて、当事者間の究極の権利関係が定められるのと同じ結果を招来するというけれども、家事審判は後見的作用を営む非訟事件の裁判の一種であつて、当事者間の権利義務を確定する効力を有するものではないことは明らかなのであつて本件家事審判もその例外をなすものではない。更に右審判に対しては不服申立の方法がないとしてもいかなる裁判に対してどのような不服申立方法を認めるかはもつぱら国の立法政策がこれを定めるところであるといわなげればならない。してみると原告は憲法第七七条第一項第三二条違反を言うのであるが、その前提において右と異なる見地に立つて右の違憲をいうのであるから右違憲の主張は当らないところであり、従つて右違憲を前提として、本件審判が無効であるとする所論も当らないところである。それゆえ右審判が無効であるとの立場から右家庭裁判所がなした審判が違法行為によるとの原告の主張は採用できないから、その余の点について検討するまでもなく被告に対する原告の本訴請求は失当として棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 須賀健次郎 長利正己 鳥飼英助)

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