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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)6247号 判決 1968年8月06日

原告

吉田真平

代理人

伴廉三郎

被告

光陽自動車株式会社

代理人

富永進

主文

一、被告は原告に対し金一〇万五五〇〇円及びこれに対する昭和四〇年一二月二日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、被告は原告に対し被告の主たる事務所内社員食堂黒板に別紙記載の告示を五日間掲示せよ。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

四、本判決は主文第一項にかぎり仮りに執行することができる。

事実

一、原告代理人は主文第一項ないし第三項同旨の判決並びに金員支払の部分につき仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

(一)  被告は一般乗用旅客自動車運送(タクシー)業を営む会社であつて、原告は昭和二五年九月自動車整備運転者として被告に雇われ、同三七年九月には整備課長に任ぜられ一般車輛整備管理業務に従事して来た者である。

(二)  被告会社の従業員は係長以上の役職にある者を除き原則として光陽自動車労働組合に加入しているが、原告は前記の如く課長の役職にあるので右組合に加入していない。

(三)  ところが、昭和四〇年六月二八日被告会社と右組合(以下単に組合という)との団体交渉の際組合は、「昭和四〇年五月二三日、組合定期大会を世田谷区民会館で開催し執行委員長、書記長等の役員選挙を行なつたところ、右選挙に関し原告が不当に干渉した」と主張し、右干渉の具体的事実として、(イ)組合員である自動車乗務員柴田利夫が前記選挙当日の朝被告会社修理工場で原告から「今日は何の日か。お前は会社が目をかけているんだからな。」といわれたこと及び(ロ)非組合員である修理工柴田照已が「日時は不明であるが、修理工場で誰かが誰かに『赤くなるなよ』といつたのを聞いた。多分原告が柴田利夫に言つたものと思う。」といつていることを挙げた。

(四)  しかし、右組合の主張は全く無根の事実であるから、前記団交の席に居合わせた原告は直ちにこれを反駁し、その後被告会社幹部から問いただされたときも、事実無根であつて、おそらく何かの思い違いか中傷であると答えたのに被告会社は慎重に調査することもせず、就業規則第五三条に該当するものとして職員服務規定第九条その他所定の手続を経て、前記団交の翌日である昭和四〇年六月二九日原告に対し「昭和四〇年六月二九日から同年七月二八日までの間の休職並びに右期間の賃金総額の一〇分の一の減給を命ずる」旨の懲戒処分を行ない、これを実施した。

(五)  被告会社の右懲戒処分は、無根の事実に基づく以上懲戒権の乱用として無効であるから、原告は右減給にかかる給与合計金五、五〇〇円及び被告会社の右懲戒権の乱用による不法行為に基づき原告の蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料金一〇万円、以上総計金一〇万五、五〇〇円並びにこれに対する昭和四〇年一二月二日(本訴掲起後請求の趣旨変更の日の翌日)以降完済まで民事法定利率たる年五分の割合の遅延損害金の支払を求めると共に右懲戒処分により傷けられた原告の名誉を回復する処置として主文第二項掲記の如き告示の掲示を求めるため本訴に及んだ。

(六)  なお、前記組合の主張の無根であることは、(1)前記選挙当日原告が出勤したのは午前九時頃であつて、このことは原告の妻が当日原告は午前九時頃家を出たと記憶しておるのみならず、その直後訴外愛甲竜六からの電話に対し「原告はもう会社に着く頃であろう」と答えた事実があり、他面訴外愛甲竜六の日記には朝九時頃原告方に電話した旨の記載があることによつて明らかであること、(2)原告は出勤直後更衣室で訴外菊地安蔵営業部長に出会い、そのまま事務室に入り、以後一〇時までは右事務室から一歩も出なかつたこと、(3)柴田利夫は当日朝被告会社を午前八時四〇分に出発した第一便のバスで組合定期大会場に向い、原告出勤時刻には既に被告会社にいなかつたこと、等から明白である。

(イ)  本件懲戒処分の理由、適用規則が被告主張の如くであつたこと及びそのような規則の存在は認める。

と陳述し、

証拠<省略>

二、被告代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その答弁として、

(一)  請求原因(一)ないし(三)の事実は認める。同(四)の事実のうち、原告がその主張の団交の席にいたこと及び右団交後被告会社幹部が原告に組合主張の如き言動の有無を問いただし、原告主張の日その主張の如き理由及び手続によつて、その主張の如き内容の懲戒処分を行い、これを実施したことは認めるが、その余は否認する。(五)のうち、本件懲戒処分による減給額合計が五五〇〇円あることは認めるが、右処分が懲戒権の乱用であること及びこれにより原告がその主張の如き精神的苦痛を蒙つたことは争う。

(二)  本件懲戒処分の理由は、これを詳しく言えば、原告が訴外柴田利夫に対し恰かも被告会社において同会社に有利な組合役員候補への投票を期待しているかのような言動を示して同人の選挙の自由に干渉し、これによつて被告会社と組合との間に紛争を起させ会社事業の円滑な運営を阻害したということであり、原告のかかる行為は、被告会社就業規則第五四条(ロ)号所定の「故意会社の方針に違反し、不利益を生ぜしめる行為」及び同第五三条リ号所定の「その他不法な行い」に該当し、右第五四条により解雇又は第五三条により譴責、或は一回分が平均賃金一日分の半額以下もしくは一支払期の賃金総額の十分の一以下の減給、或は一〇日以内の出勤停止、或は懲戒の各処分を受けてもやむを得ないものであるところ、事案の程度から見て右五三条(リ)号によるのを相当と認め、被告会社職員服務規定第九条及び同内規定の手続を経て本件懲戒処分に及んだのである。

と陳述し、

証拠<省略>

理由

原告主張の請求原因(一)ないし(三)の事実及び(四)の事実のうち被告が、原告主張の日その主張の如き理由及び手続によつて、原告主張の如き内容の懲戒処分を行いこれを実施したことは当事者間に争いがない。

そこで、右懲戒処分の理由の根本である選挙干渉の事実があつたかどうかを判断するに、<証拠>中には被告の主張にそう部分があるけれども、これら各証言は全体としてあいまいな点が多いのみならず、<証拠>に対比するとにわかに信用できない。また、<証拠>中この点に関する部分はいずれも前顕<証拠>からの伝聞であつて、右選挙干渉の事実を肯認させるに十分ではなく、他に事実を認めるに足りる証拠はない。むしろ、前顕<証拠>をそう合して考えると、昭和四〇年五月二三日世田谷区民会館で行われた被告会社従業員らの光陽自動車労働組合定期大会の席上、組合員柴田利夫が隣席の組合員岡本勝に迎合して同人に対し、被告会社が右大会の役員選挙に干渉を試めている例証であるとして当日朝会社幹部の一人から請求原因一の(三)の(イ)記載の如き言葉をかけられた旨虚構の事実を私語したところ、右岡本は直ちに前記柴田利夫の制止をふり切つて選挙管理委員久住浄に対し「会社側が組合員に特定候補に対し投票すべき旨要請して選挙に干渉している事実があるからこれを問題としてとり上げるべきである。」

旨申出で、右選挙管理委員及選挙長協議の上選挙長から右選挙干渉の事実がある旨公表し干渉にとまどわされず投票すべきことを求めて、選挙を完了したこと、その後同年同月二八日組合において前記柴田利夫、岡本勝、選挙管理委員久住浄等につき事実調査を行い、その結果前記久住委員から組合に対し訴外柴田利夫のあいまいな私語を軽卒にとり上げたことを謝罪したけれども、同日午後被告会社との団体交渉の席上に訴外柴田利夫が出席して、前記定期大会の朝同訴外人に前記の如き言葉をかけたのは原告である旨証言したこと、同じく団体交渉に列席した原告はこれを否定したが、思いがけなかつたので突嗟に反証をあげることができず、「自分は柴田利夫の如き入社後日の浅い者に言葉をかける」ことはない旨申述べに止まつたこと、然るに被告会社は、原告の選挙干渉の有無につき更に慎重な審査をとげることもなく、右団体交渉の席上における原告の弁疏があいまいであつたという一事によつて選挙干渉の事実あるものと断じ、翌二九日前示の如き懲戒処分を行つたものであることがそれぞれ認められる。

そうであるとすれば、右懲戒処分は無根の事実を理由としてなされたものであつて、懲戒権の乱用として無効であると認むべきところ、右懲戒処分による減給のため原告が昭和四〇年六月二九日から同年七月二八日までの間の賃金総額の十分の一にあたる金五五〇〇円の支払を受けなかつたことは当事者間に争いのないところであり、原告が右無根の事実を理由として懲戒処分を受けたことにより甚だしい精神的苦痛を受けたであろうことは事理の当然であつて、その苦痛は、原告の被告会社における前認定の職歴、地位に照らせは金一〇万円を以て慰藉し得べく、なお右懲戒処分によつて傷つけられた原告の名誉は、主文第二項の如き告示によつてその回復をはかるべきものである。

以上の次第であるから、右減給による未払賃金及び慰藉料合計金一〇万五五〇〇円及びこれに対する請求の趣旨変更の日の翌日であること記録上明らかな昭和四〇年一二月二日以降完済まで民事法定利率たる年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、且つ前示の掲示を求める原告の本訴請求は、これを正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条仮執行宣言につき同法第一九六条をそればれ適用し、主文のとおり判決する。(川添利起 西村四郎 石田穣)

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