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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)470号 判決 1966年9月16日

原告 市川秀雄

右訴訟代理人弁護士 石川浅

被告 唐木三郎

右訴訟代理人弁護士 上野久徳

主文

被告は原告に対し金五〇〇万円およびこれに対する昭和四〇年二月一日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告が金一五〇万円の担保を供したときは、かりに執行することができる。

事実

第一、当事者の申立、

1、原告の申立(請求の趣旨)

主文第一、二項と同旨の判決および仮執行の宣言を求める。

2、被告の申立

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

第二、請求の原因

一、原告は、昭和三七年一一月一〇日被告から一、二〇〇万円を利息月四分三カ月分天引弁済期昭和三八年三月三一日の約で借り受け、その担保として原告所有の別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という。)の所有権を被告に移転し、原告が右弁済期までに一、二八〇万円を提供したときは、被告は買戻名儀により右土地の所有権を原告に返還する旨の譲渡担保契約を締結した。

二、右契約に基き原告は右同日被告に対し売買による本件土地の所有権移転登記をなした。

三、ところが、被告は右弁済期前の昭和三八年三月二三日本件土地を訴外繁田武志に、同訴外人はさらに同日これを訴外李振栄にそれぞれ売渡し、同月二五日それぞれその所有権移転登記を了した。

四、その結果被告の原告に対する本件土地の返還義務は履行不能となった。そして右弁済期である昭和三八年三月三一日当時の本件土地の価格は坪当り九万円総額三、一五〇万円であった。したがって、原告は、被告の債務不履行により、右価格から被告に支払うべき一、二八〇万円を控除した一、八七〇万円の損害を蒙ったことになるから、被告は右損害を賠償すべきである。

五、よって、原告は被告に対しそのうち五〇〇万円とこれに対する本訴状送達の翌日である昭和四〇年二月一日以降完済まで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める。

第三、請求原因に対する被告の答弁

一、請求原因一の事実中、原被告間に本件土地の譲渡がなされたことは認めるが、その余は否認する。被告は原告から本件土地を一、二〇〇万円で買受けたものであり、その際原告の希望により昭和三八年三月三一日を期限として一、二八〇万円で買戻しできる旨の条件を付したのである。

二、請求原因二および三の事実は認める。同四の事実は否認する。

第四、被告の抗弁

一、被告は昭和三八年三月二三日訴外繁田武志に本件土地を前記買戻しの特約を付して売渡し、その頃その旨の通知を原告に対してしたものであるから、右買戻契約上の被告の地位は右訴外人が承継した。よって被告が債務不履行の責を負うべきいわれはない。

二、被告は、昭和三八年二月頃原告を訪れ、本件土地買戻しの準備の程度を尋ねたが、原告は何等積極的な意思表示をせず、同年三月中旬になっても何等の連絡もなく、ましてや買戻代金の提供もしないので、被告は原告に買戻しの意思も資力もないものと考えて他に売却したのである。これによって原告が損害を蒙ったとしても、被告の責に帰すべき事由によるものとはいえない。

第五、抗弁に対する原告の答弁

一、抗弁一の事実中、被告主張の通知書が原告に到達したことは認めるが、その余は知らない。

二、抗弁二の事実中、被告がその主張の頃原告を来訪したことは認めるが、その余は否認する。

第六、証拠(省略)

理由

成立に争いのない甲第一号証、甲第三号証、甲第七号証の一の各記載および原被告各本人尋問の結果を総合すると、次のような事実が認められる。

原告は、自己の借財の返済に充てるための資金を必要としたところから、昭和三七年一一月初頃訴外海老沢三重に対し当時原告の所有であった別紙目録記載の本件土地を担保として約一、〇〇〇万円の金策方を依頼した。そこで海老沢は被告と交渉したところ、通常の担保(抵当権設定)では被告の承諾を得られる見込がなかったので、右土地を買戻しの条件をつけて売渡すことにより金策の目的を達しようとし、その旨原告に告げてその承諾を得て、被告にその買取方を勧めた結果、被告は代金一、〇〇〇万円で買受けることを承諾した。よって、同月一〇日原被告は司法書士秋山信保方において海老沢等の立会のもとに代金の授受をなし、原告が昭和三八年三月三一日までに一、二八〇万円を被告に提供し買戻を要求したときは、被告は右土地の所有権を原告に返還すべき旨の買戻契約をなし、その旨の契約書(甲第三号証)を作成し、即日原告から被告に対する売買を原因とする所有権移転登記をなした。ただし、右買戻契約についてはその登記をしなかった。

以上のように認められ、原告本人尋問の結果および甲第七号証の一の記載のうち、右認定に反する部分は信用し難く、他に右認定を動かすに足る証拠はない。右の事実によれば、本件土地に関する原被告間の譲渡契約は、原告の主張するような消費貸借上の債権の存在を前提とする譲渡担保契約とは認め難く、買戻条件を付した売買と認めるべきである。そして原被告間になされた右買戻契約(甲第三号証には買戻契約なる文言が用いられている。)なるものは買戻代金額が当初の売買代金額と異なること、買戻条件につきその登記がなされていないこと等に鑑み、当初の売買契約の解除権の留保の性質を有する民法上の買戻契約ではなく、期限を付して新たな売買を約したいわゆる再売買の予約と解するのが相当である。したがって、原告は被告に対しその期限内である昭和三八年三月三一日までに本件土地につき再売買予約完結権を行使し得たものというべきである。なお、原告が右契約を譲渡担保契約と主張するのは、原告の法律上の見解を示したにとどまるものであるから、裁判所がこれを再売買の予約と認定して判断を進めることは何等さしつかえない。

次に、被告が昭和三八年三月二三日本件土地を訴外繁田武志に、同人は同日これを訴外李振栄にそれぞれ売渡し、同月二五日それぞれその所有権移転登記を了したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第七号証の二、三の記載および被告本人尋問の結果によれば、被告が訴外繁田に本件土地を売却するに当っては、原告のための前記買戻条件(法律上は再売買の予約、以下同じ)が付されていることを告げ、繁田もこれを承知の上で買受けたものであるが繁田はその事実を秘してこれを訴外李に売却したものであることが認められる。もっとも、成立に争いのない乙第三号証の一には、繁田と李との間の売買も右買戻条件付であることを明らかにしてなされた趣旨と解される記載があるが、甲第七号証の二の記載によれば、右書面は繁田が李と無関係に原告にあてて発した書面であると認められるから、右認定の妨げとなるものではなく、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

してみると、被告は、原告との間に再売買を約した本件土地をその期限前に他に処分し、原告において期限内に再売買予約完結権を行使するも、その返還義務の履行を不能ならしめたものといわなければならないから、これによって原告が蒙った損害を賠償すべき義務があるというべきである。

被告は、本件土地を訴外繁田に売渡すについては原告との間の買戻条件を付したままであり、その旨を原告に通知したから、右契約上の被告の地位は右訴外人が承継したと主張するが、本件再売買予約における被告の地位は原告の予約完結権行使に応じて本件土地を原告に返還すべき債務を伴うものであるから、被告がその地位を移転するには、一般の債務引受の場合と同じく、単に原告にその通知をするのみでは足らず、その承諾を要すると解すべきであるから、被告の右主張自体理由がないというべきである。

次に被告は、本件土地売却当時原告には買戻の意思も能力もなかったと主張するので、この点につき考えるに、原被告各本人尋問の結果によれば、被告は昭和三八年二月頃原告を訪れ本件土地買戻の意向を尋ねたところ、原告は「今は金ができないから期限まで待ってくれ。」と答えたことが認められ、又原告本人尋問の結果および前出甲第七号証の一の記載によれば、原告は昭和三八年三月下旬頃訴外海老沢三重を介し訴外磯村光恝から本件土地売買代金を買受けるにつきその承諾を得ていたことが認められるのであって、被告が主張するように原告に買戻の意思も能力もなかったとは到底認められない。被告が同年二月頃原告を訪れてから後同年三月中旬まで、原告が被告に対し本件買戻につき代金提供その他の申出をしなかったとしても、そのこと自体原告の義務違反とはならないし、これにより原告に買戻の意思および資力がないと信じたとしても、それは被告の過失によるものというほかないから、これをもって被告が責任を免れる理由とはなし難い。よって被告の抗弁はいずれも採用できない。

本件再売買予約における被告の債務不履行によって原告の蒙った損害は、右予約の期限である昭和三八年三月三一日当時の本件土地の価格から原告の支払うべき予約代金を控除した残額と解すべきところ、鑑定人丸山皓録の鑑定の結果によれば、本件土地の当時の価格は二、八〇〇万円であることが認められるから、右金額から本件予約代金一、二八〇万円を控除した残額一、五二〇万円が原告の蒙った損害というべきである。そのうち五〇〇万円とこれに対する本訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四〇年二月一日以降年五分の遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は正当である。<以下省略>。

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