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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)2907号 判決 1966年9月11日

原告 株式会社藤井組

右代表者代表取締役 藤井淑男

右訴訟代理人弁護士 西部健次

被告 株式会社丸和百貨店

右代表者代表取締役 圭佑こと 成瀬錦城

同 成瀬憲司

右訴訟代理人弁護士 荻野弘明

同 井上秀寿

主文

被告は原告に対し金五〇万円およびこれに対する昭和四〇年四月二三日から完済にいたるまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は第一項に限り、原告が金一〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

第一申立

一、原告(請求の趣旨)

主文第一、二項と同旨の判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二主張と答弁

一、請求の原因(原告の主張)

1、原告は建物の建築を業とする株式会社であるところ、昭和三七年八月中旬富士銀行亀戸支店内において、被告から東京都葛飾区下小松町一、二九四番地に予定された百貨店の新築工事約五四二、一四平方メートル(約一六四坪)についての工事金額の見積りと設計を依頼され、直ちにこれを承諾した。

2、仮に前記契約の成立が認められないとしても、その数日後に原告会社代表者代表取締役藤井淑男が被告会社の要請によって同会社に赴いた際、被告会社代表者代表取締役の圭佑こと成瀬錦城との間で前記百貨店新築工事の設計打合せをしたが、その際右藤井と成瀬との間に前示見積および設計に関する契約が成立した。

3、原告は右契約にしたがい被告と種々打合せをして作業を進めた結果、約旨にしたがった設計書図面および見積書を作成し、前者を昭和三七年一一月下旬、後者を同年一二月一七日頃それぞれ被告方に持参し、これを交付した。

4、ところで、前示設計書作成に伴う報酬(設計料)については、右建物の建築工事費が総額二、〇三三万六、二九一円であるところ、建築業界における報酬基準によれば工事費額の六%であるから金一二〇万円余となるが、現実にはその八掛の授受が行われているため約九六万円である。しかし、原告は本件における諸般の事情を考慮するときは、これを金五〇万円とするのが相当であると考え、昭和三九年七月一八日頃被告に対し前示設計契約の履行に対する相当額の報酬として金五〇万円の支払を請求した。

5、よって、原告は被告に対し前示報酬として金五〇万円およびこれに対する弁済期後の昭和四〇年四月二三日から完済にいたるまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求の原因に対する答弁

1、請求の原因第一、二項のうち、被告が原告に対しその主張のごとき新築工事の設計を依頼し、原告がこれを承諾したことは否認するが、その余の事実は認める。被告は原告に対し新築工事を依頼するかどうかを決めるための資料として、たんに工事費の見積りを依頼したにすぎない。原告から工事費の見積書の提出がない段階において、原告に対し工事の設計のみを依頼するわけがない。

2、請求の原因第三項のうち、原告がその作成にかかる設計書図面および見積書をそれぞれ主張の頃に被告方に持参し被告がこれを受取ったことは認めるが、その余の事実は否認する。

3、請求の原因第四項のうち、原告がその主張の頃被告に対し設計料五〇万円の支払を求める旨の請求書を届けたことは認めるが、その余の事実は否認する。原被告間には何らの報酬契約が成立していないし、原告は建築士でもなく、建築士事務所の登録をしているものでもないから、建築業界の報酬基準によって報酬を請求することは許されないところである。

4、請求の原因第五項は争う。

三、抗弁(被告の主張)

1、原告は建築士事務所の登録をしない。右の登録なくして原告主張のごとき設計契約を締結し、報酬を請求することは建築士法によって禁止されており、しかもこれに違反するときは刑罰に処せられるため(同法第二三条一項、同条の九第一、二項、第三五条)、それはいわゆる強行規定である。したがって、仮に原告主張のとおりの契約が成立していたとしても、該契約は無効であり、原告は報酬請求権を取得することがない。

2、仮に原告主張の契約が成立しており、かつそれが有効であったとしても、右契約は一種の請負契約とみられる。ところで、本件建物の建築場所は地盤が軟弱で地盤沈下、地下水位の変動が激しく、長さ一八尺程度の松杭丸太を打込む程度のことではとうてい建築物を維持できず、岩盤に達するまでコンクリート杭を打込まねばならず、付近の鉄筋コンクリート建物はいずれも岩盤に達するまで杭を打込んでいる。すなわち、本件建物を建築するためにはボーリングをすることが絶対に必要である。しかるに、原告の提供する設計書図面はその点において不備かつ不完全であり、該設計によってはとうてい建築許可の確認を得られないことが明らかであるから、未だ仕事の完成はないとみるべきである。したがって、原告は約旨にそう完全な給付をしていないのであるから、報酬請求権は未だ生じていない。

四、抗弁に対する答弁

抗弁事実のうち、原告が建築士事務所の登録を有しないことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。

第三証拠関係≪省略≫

理由

一、原告が建物の建築を業とする株式会社であり、昭和三七年八月中旬富士銀行亀戸支店におい、被告から東京都葛飾区下小松町一、二九四番地に予定された百貨店の新築工事約五四二、一四平方メートル(約一六四坪)についての工事金額の見積りを依頼され、これを承諾したことは当事者間に争いがない。

そこで、まず原告が主張するような建物工事の設計に関する契約の成否について判断する。《証拠省略》によれば、前示建物の建築打合せは原被告の取引先である富士銀行亀戸支店の吉田善次支店次長のあっせんによって昭和三七年八月中旬原告会社代表者藤井淑男と被告会社代表者成瀬錦城との間で始めて行なわれ、以後数回にわたって工事金額を見積るための交渉が行なわれたが、当初の建築予定は三階であったのが五階に変更されたこと、右成瀬錦城と藤井淑男および同人の同行した一級建築士市川英一らとの間で前後五、六回にわたり建築物のデザイン、構造などについてかなり詳細綿密な打合せの行なわれたことが認められ、これらの事実によれば、原被告間に締結された見積契約は単なる概算見積りではなく、将来右新築工事請負契約をするか否かを決定するための資料となる正確な見積作成を目的とする契約であったことが認められる。そして≪証拠省略≫によれば、建物建築に関する正確な見積りをするためには、その前提として詳細な設計をする必要のあることが認められ。以上に認定の各事実に弁論の全趣旨を総合すると、少なくとも原告会社代表者藤井淑男と被告会社代表者成瀬錦城とが前示建物の建築に関する打合せをした昭和三七年八月中旬に工事費の見積契約が明示的に成立したほか、右見積りをするため建物の設計をする旨の基本的な契約が黙示的に成立したものと推認するのが相当であり、右認定に反する被告会社代表者成瀬錦城本人尋問の結果は、前示各証拠に対比するときは、これをたやすく措信できず他に右認定を覆すに足る証拠はない。

しかして、≪証拠省略≫を総合すると、原告は右契約にしたがって被告と数回にわたって詳細な打合せをして設計および見積の作業を進めた結果、原告会社の依頼した一級建築士(登録番号四〇、六五九号)であって登録した一級建築士事務所を有する市川英一が本件建物についての設計書図面(甲第四号証の一ないし二〇)を作成し、さらに右図面にもとずいて詳細な工事費見積書(甲第三号証の一ないし一二)を作成したことが認められ、また原告が被告に対し右設計書図面を昭和三七年一一月下旬、工事費見積書を同年一二月一七日頃それぞれ被告方に持参し、これを交付したことは当事者間に争いがない。

二、つぎに原告主張の本件建物設計に関する報酬請求権の有無について判断する。

(1)  被告は本件建物の設計に関する契約は建築士法に違反する無効なものであり、原告は右契約にもとづく報酬請求権を有しないと抗争するので、これを検討する。被告の主張するとおり建築士法(昭和二五年法律第二〇二号)の第二三条第一項には、「他人の求に応じ報酬を得て、設計、工事監理、建築工事契約に関する事務、建築工事の指導監督建築物に関する調査若しくは鑑定又は建築に関する法令若しくは条例に基く手続の代理(以下「設計等」という。)を行うことを業としようとする一級建築士又は二級建築士は、一級建築士事務所又は二級建築士事務所を定めて、その建築士事務所について、この法律の定めるところにより、登録を受けなければならない。一級建築士又は二級建築士を使用して、他人の求に応じ報酬を得て、設計等を行うことを業とする者についても、同様とする。」とし、第二三条の九は「(1)建築士は第二十三条の三第一項の規定による登録を受けないで、業として他人の求に応じ報酬を得て、設計等を行なってはならない。(2)何人も、第二十三条の三第一項の規定による登録を受けないで、建築士を使用して、業として他人の求に応じ報酬を得て、設計等を行ってはならない。」とし、さらに第三五条の第四号の三において、右「第二三条の九第一項又は第二項の規定に違反した者はこれを一年以下の懲役又は五万円以下の罰金に処する。」旨規定されている。

ところで、建築士法が右にあげたような規定をしているのは、建築物の設計、工事監理等を行う技術者の資格を定めて、その業務の適正をはかり、もって建築物の質の向上に寄与させることを目的とするものであり(同法第一条参照)、無資格の者が報酬を得て建築物の設計等を業として行うことを禁止する趣旨に出るものである。したがって、建築士事務所の登録を有しない者が自ら、もしくは建築士を使用して、他人の求に応じ報酬を得て建築物の設計等を業として行うことはもとより許されないところである。しかしながら、右のごとき建築士法の関係規定の立法趣旨を考えると、建築業者が注文者の依頼にもとづき、その後に締結されるべき建築請負工事の準備的行為として、資格がありかつ建築士事務所の登録を有する建築士を使用して建築物の設計を行なわせた後、右建築請負契約が不成立に終った場合に、右設計に関する報酬の請求までを禁止するものではないと解するのが相当である。これを本件についてみるに、原告が建築士事務所の登録を有しないものであることは当事者間に争いのないところであるが、建築業たる原告が被告の申込により、その後に締結されるべき本件建物の建築請負工事の準備的行為として工事費の見積をするに際し、一級建築士の資格をもち建築士事務所の登録を有する市川英一を使用して右建物の設計を行なわせたことは前示のとおりであり、かつ右建築請負契約が不成立に終ったことが弁論の全趣旨によって認められるから、建築士法の前示規定にかかわらず、原告の被告に対する右設計に伴う報酬請求権の発生が妨げられることはないというべきである。

したがって、被告の前示抗弁は失当というほかはない。

(2)  原告が本件建物設計に関する報酬を請求するところ、被告は原告との間に報酬契約が成立していないと述べるのでこれを審究するに、一般に商人がその営業の範囲内において他人のために特定の行為をすれば、たとえ当事者間に特別の報酬契約が存在していなくても、相当額の報酬を請求しうることは商法第五一二条に明定するところである。ところで、原告が建物の建築を業とする株式会社(商人)であり、被告から本件新築工事費の見積を明示的に、また右工事の設計を黙示的に依頼を受けて承諾し、右約旨にしたがって設計図面を被告に交付したことは前示のとおりであり、さらに原告会社代表者本人尋問の結果によれば、原告がその営業の範囲内の行為として被告のため本件設計をして該設計書図面を作成交付したことが認められるので、原被告間に報酬契約の存在が認められない本件においても、原告は被告に対し相当額の報酬請求権を有するものといわねばならない。

(3)  被告は原告から提供を受けた本件建物の設計書図面は不備かつ不完全であって、それによっては建築許可の確認を得られず、未だ約旨にしたがった完全な給付がなされていないと抗争するが、右主張にそう被告会社代表者成瀬錦城本人尋問の結果はたやすく信用できず、他にこれを認めるに足る証拠はなく、かえって証人市川英一の証言によれば、前示設計書図面で建築許可の確認を得られたであろうことが認められるから、右抗弁もまた採用の限りでない。

三、よって進んで報酬金の相当額について判断する。

原告は建築士事務所の登録を有するものではないが、前示認定のごとき経過のもとに被告の依頼により建築士を使用して建築物の設計をしたのであるが、このような場合には、建築業者としてはその使用にかかる建築士に対し所定の報酬を支払わねばならないのであるから、特別の事情がない限り、一般の建築士事務所が建築物の設計をした場合と同様の基準をもって依頼者に設計による報酬を請求しうるものと解すべきである。≪証拠省略≫を総合すると、原告が被告の依頼によって設計した建築物の(百貨店)の工事費見積総額は合計二、〇三三万六、二九一円であるところ、右のうちには金五〇万円の設計出願料が含まれているため、実質的な工事費見積額は右を控除した残額一、九八三万六、二九一円であること、建築士事務所の登録を有する建築士が設計料等の請求をする基準としては、財団法人日本建築家協会制定にかかる「建築家の業務及び報酬規程」の定めるところによるものとされているところ、右規程によれば見積額一、〇〇〇万円以上五、〇〇〇万円未満の百貨店の設計監理報酬の基準は第二類にあたり、工事費額の六%が報酬額の最低基準と定められているが、現実にはその八掛(八割)すなわち四八%程度であるところ、右基準のなかには設計の報酬のみならず、監理料をも包含しており、両者の比率としては設計料の方が監理料よりも高率であること、右設計を現実に担当した一級建築士市川英一が右建物についてした設計は右報酬規程の予想する事務の六〇%程度であったことが認められる。そして右認定に反する証人市川英一の証言部分および原告会社代表者本人尋問の結果はいずれも措信せず、また前示のとおり、原告作成にかかる新築工事についての見積書中に設計出願料(すなわち設計料と出願料)として金五〇万円を計上していることが認められるが(甲第三号証の二参照)、右の記載は原被告間に新築工事の請負契約が成立する場合における見積額であるから、これをもって直ちに設計費用のみを単独に請求する場合の設計出願料とみることはできないので、右の記載があることの一事によって前示認定を妨げるものではないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

前示認定の事実によれば、原告の設計した建築物の実質的な工事費見積額一、九八三万六、二九一円に六%×〇・八×六〇%二・八八%を乗ずると金五七万一、二八五円(円位以下切捨)となり、右金額が本件設計に伴う報酬とみるのが相当である。

四、以上に説示したところによれば、原告が右報酬額の範囲内である金五〇万円をもって本件設計に伴う報酬額として被告に請求したのは相当であり、かつ原告が被告に対し昭和三九年七月一八日頃右設計に伴う相当額の報酬として金五〇万円の請求をしたことは当事者間に争いがないところであるから、少なくとも右請求の日頃以後被告は履行遅滞の責に任じなければならない。

してみれば、被告は原告に対し前示設計に伴う報酬として金五〇万円およびそれが商行為にもとずく債務であることは前記事実によって明らかであるから、右報酬金に対する弁済期後の昭和四〇年四月二三日から完済にいたるまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務を有するというべきである。

五、よって、原告の本訴請求はすべて理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡垣学)

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