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東京地方裁判所 昭和40年(レ)213号 判決 1968年9月04日

控訴人 内野寿雄

右訴訟代理人弁護士 中村又一

被控訴人 佐々木久雄

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 畠山保雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

一、控訴人

1、原判決を取消す。

2、被控訴人佐々木久雄は、控訴人に対して別紙第二目録記載一、二の各建物を収去して別紙第一目録記載の土地を明渡せ。

3、被控訴人佐々木治は、控訴人に対して、別紙第二目録記載一、二の各建物から退去して別紙第一目録記載の土地を、明渡せ。

4、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言

二、被控訴人ら

主文同旨の判決

第二、当事者双方の主張

一、控訴人の請求原因

1、控訴人は、別紙第一目録記載の土地(以下、本件土地という。)を所有している。

2、被控訴人佐々木久雄は、本件土地上に別紙第二目録記載一、二の各建物(以下、本件一、二の各建物という。)を所有して、右土地を占有している。

3、被控訴人佐々木治は、本件一、二の各建物に居住して、本件土地を占有している。

4、よって、控訴人は本件土地の所有権に基づき、被控訴人久雄に対して本件一、二の各建物を収去して本件土地を明け渡すことを、被控訴人治に対して本件一、二の各建物から退去して本件土地を明け渡すことを、それぞれ求める。

二、請求原因事実に対する被控訴人らの答弁

請求原因1、2、3の各事実は認める。同4は争う。

三、被控訴人らの抗弁

1、控訴人は、昭和二六年三月一三日、本件土地を訴外大進工業株式会社(以下、訴外会社という。)に建物所有の目的で賃料一ヶ月坪当り一〇円として賃貸した。訴外会社は、同年五月頃、本件土地上に約七坪の平家建建物を建築した。

2、訴外会社は、昭和二八年四月頃、同社の従業員であった訴外永島正芳に、退職金代りとして前記約七坪の建物とともに本件土地の賃借権を譲渡した。その際、控訴人の母である内野すずは控訴人の代理人として、この賃借権の譲渡について承諾を与えた。

3、被控訴人久雄は、昭和三三年一〇月一〇日、永島正芳から地上建物を譲り受けて移転登記をうけるとともに、本件土地の賃借権を譲り受けた。

4、この永島正芳から被控訴人久雄への賃借権譲渡については次のような控訴人の承諾がある。

(一) 前記のように昭和二八年四月頃、訴外会社から永島正芳への賃借権譲渡に際し、控訴人代理人内野すずは、被控訴人久雄に対して永島正芳が将来被控訴人久雄に賃借権を譲渡することについても承諾を与えた。

(二) 仮りに右の事実が認められないとしても、昭和三三年一〇月一〇日に前記建物所有名義を永島正芳から被控訴人久雄に移転するに際し、被控訴人久雄は、控訴人本人に対しこの間の事情を明らかにして右登記名義移転に必要な永島正芳の印鑑証明登録の保証人となることを依頼したところ、控訴人は異議なくこれを承諾した。このことにより控訴人は右借地権譲渡についても黙示的な承諾をした。

(三) 仮りに(一)、(二)の事実が認められないとしても、永島正芳は昭和三五年一一月三〇日死亡したのであるが、その頃、少なくともその後である昭和三六年四月に控訴人の代理人内野すずと被控訴人久雄との間の賃料を月額六五〇円から八〇〇円に改訂する協議において、控訴人代理人内野すずは黙示的に右借地権譲渡を承諾した。

5、仮りに借地権譲渡の承諾の事実が認められないとしても、控訴人の承諾の拒絶は権利の濫用である。すなわち、(一)被控訴人久雄は、永島正芳と義理の父子関係にあり、昭和二六年から終始本件一の建物に居住して生計を共にしていること、(二)被控訴人久雄は実質上一家の主宰者として永島正芳やその妻の被控訴人治らを扶養してきたこと、(三)被控訴人久雄は本件土地の賃料増額等の交渉や賃料の支払を昭和二八年より現在に至るまで自ら行ってきたこと、(四)控訴人の住居と被控訴人らの住所とは近所であり、控訴人はこれらの事実を知りながら、永年何らの異議を述べることなく被控訴人久雄から本件土地の賃料を受領してきたこと等の事実に照せば、控訴人が現在に至って右借地権譲渡の承諾をしないで明渡を求めるのは権利の濫用として許されない。

6、被控訴人治は、被控訴人久雄の母として、久雄の占有権限にもとずき、本件一、二の建物に居住して本件土地を占有しているものである。

四、抗弁事実に対する控訴人の答弁

1、抗弁1の事実は認める。

2、同2の事実中、訴外会社が建物を永島正芳に譲渡したことは認めるが、その余の事実は否認する。本件土地の賃貸借契約関係は依然として訴外会社との間に存続し、ただ永島正芳が地上建物に居住していた関係上、同人が訴外会社に代って賃料を支払っていたにすぎない。

3、同3の事実は否認する。

4、同4の事実中、地上建物の登記簿上の所有名義が永島正芳から被控訴人久雄に移転されたこと、永島正芳が昭和三五年一一月三〇日に死亡したこと、および昭和三六年四月に賃料が増額されたことは認めるが、その余の事実はいずれも否認する。当時、控訴人は永島正芳の死亡の事実は知らなかった。

5、同5の事実は否認する。

6、同6の事実は認める。

五、控訴人の再抗弁

1、被控訴人久雄は、昭和三八年一一月二〇日頃、本件一の建物の改築前の建物(登記簿上一一・七五坪として表示された建物)の取壊に着手し、控訴人の中止申入れを無視して、昼夜兼行で二階建家屋の建築に着手したので、控訴人は東京簡易裁判所に対し、建築中止の仮処分命令を申請し、右申請は認容されたが、後に特別事情による異議申立により取消の決定がなされ、被控訴人久雄は本件一の建物の建築を完成した。右の建物は従来の建物より著しく大きなものであり、また本件土地は幅員一メートル位の狭い道を以って公道に通じた袋地の奥に位置し、道路の拡張をしないかぎり建築禁止の地域であり、所轄官庁から警告が出されたが、被控訴人はこれを無視して建築を強行した。被控訴人久雄の右の行為は、賃貸借の信頼関係を破壊する行為である。

2、また、控訴人と訴外会社との本件賃貸借契約においては、口頭で無断増改築を禁止する旨の特約がなされていたのに、被控訴人は前記の工事をなしたものである。

3、よって、控訴人は、被控訴人久雄に対して、本訴(昭和四一年六月二四日の準備手続期日)において賃貸借契約解除の意思表示をなした。

六、再抗弁事実に対する被控訴人らの答弁

1、控訴人の再抗弁は、控訴人が故意又は重大なる過失により時機におくれて提出したものであってしかもこれがため訴訟の完結を遅延せしめるものであるから、却下を求める。

2、再抗弁事実中、被控訴人久雄が、控訴人主張の旧建物を、控訴人主張のとおりの建物に増築したことは認める。その余の事実は否認する。本件賃貸借契約には増改築禁止の特約はなく、昭和二七年に五坪の離れ家を新築し、昭和二九年に五坪の増築もしているが控訴人は何ら異議を述べていない。

第三、証拠関係≪省略≫

理由

一、請求原因1、2、3の各事実については当事者間に争いがない。

二、そこで、被控訴人らの本件土地の占有権原について判断する。

1、控訴人は、昭和二六年三月一三日、本件土地を訴外会社に建物所有の目的で賃料一ヶ月坪当り一〇円の定めにて賃貸したこと、訴外会社は同年五月頃本件土地上に約七坪の平家建建物を建築したこと、訴外会社は昭和二八年四月頃右の建物を同社の従業員であった訴外永島正芳に退職金代りに譲渡したこと、さらに永島正芳は昭和三三年一〇月一〇日被控訴人久雄に対し右建物の所有権移転登記手続をなしたこと、永島正芳は昭和三五年一一月三〇日に死亡したこと、昭和三六年四月に賃料が増額されたこと、被控訴人治は被控訴人久雄の母として本件一、二の建物に居住していること、以上の各事実については当事者間に争いがない。

2、≪証拠省略≫を総合すれば次の事実が認められる。

(一)  永島正芳は、昭和二六年、訴外会社が建築した右の七坪と建物に妻である被控訴人治および正芳と治の子である芳治、正吾ととも、居住をはじめたが、その後まもなく、被控訴人治の前夫との間の子である被控訴人久雄も右建物に同居し、昭和二七年には本件土地上に約五坪の建物(本件二の建物)を増築した。

(二)  訴外会社は、昭和二八年四月頃、永島正芳に対し、前示のとおり、退職金代りに前示の約七坪の建物を譲渡するに際し、その敷地である本件土地の借地権を、ともに譲り渡した。その際、同社代表取締役であった奈蔵進は、控訴人宅を訪れ、控訴人の母であって、本件土地の賃貸、賃料額の決定等など管理行為について控訴人を代理して事務を処理する権限を委ねられていた内野すずに対し、本件土地の借地権を永島正芳に譲渡するについて承諾を求めた。すずは、当時永島正芳が失職中で賃料支払能力も十分ではなかったので難色を示したが、永島正芳と同居し、生計を一にし、正芳らを扶養していた被控訴人佐々木久雄が、賃料の支払についても責任をもつと言明したので、右の借地権譲渡に承諾を与えた。

(三)  永島正芳は、昭和二九年、被控訴人久雄の資金で前記約七坪の建物を増築して一一・七五坪の本件一の建物を建築し、昭和三二年二月八日にその保存登記を経由したが、昭和三三年一〇月一〇日、同建物および本件二の建物を被控訴人久雄に贈与し、同日所有権移転登記手続を経由した。

(四)  その際、永島正芳は本件一、二の建物の敷地である本件土地の借地権を、ともに被控訴人久雄に譲り渡したが、右借地権譲渡については格別控訴人の承諾を求めることはしていなかった。

(五)  永島正芳は、昭和三五年一〇月二六日被控訴人治と協議離婚をしたが、その後も本件一、二の建物で被控訴人両名らと同居していた。また被控訴人両名は、永島正芳が、昭和三五年一一月三〇日に死亡した後も、正芳の子である芳治、正吾とともに引き続き同居し、本件土地の賃料も、被控訴人久雄が、自らまたは母である被控訴人治に託して、控訴人宅に持参し、支払をつづけ、昭和三六年四月に賃料増額の要求が控訴人代理人内野すずからなされたときも、被控訴人久雄が交渉の任に当るなど、本件賃貸借は実質的には被控訴人久雄によって維持されてきた。

以上の各事実が認められる。≪証拠判断省略≫

3(一)  右の認定事実によれば、訴外会社は、昭和二八年四月頃、永島正芳に対し、本件土地の借地権を譲渡し、控訴人の代理人である内野すずの承諾を得たこと、および永島正芳は、昭和三三年一〇月一〇日、被控訴人久雄に対し右借地権を譲渡したことが明らかである。

(二)  しかしながら、永島正芳から控訴人久雄に対する本件賃借権の譲渡について、昭和二八年四月頃に内野すずがあらかじめ承諾を与えていたと認めるべき証拠は被控訴人両名の本人尋問の結果以外にはなく、この点に関する被控訴人両名の本人尋問の結果はたやすく措信できない。また、≪証拠省略≫によれば、昭和三三年一〇月永島正芳から被控訴人久雄に対する本件建物所有権移転登記手続の際に、控訴人は永島正芳の印鑑登録の保証人となることを承諾したことが認められるが、控訴人が永島の印鑑証明の用途など賃借権譲渡の事実を認識したうえで保証人となったと認めるに足りる証拠はないのであるから、これをもって右借地権譲渡について黙示的に承諾を与えたということはできない。さらに、永島正芳は昭和三五年に死亡しているが、被控訴人久雄は正芳の相続人ではないのであり、また控訴人は被控訴人治が正芳と離婚していることも知らなかったので本件一、二の各建物の所有権も被控訴人治ならびに同人と正芳との間の子らに帰属しているものと考えていたとも窺えるのであるから、控訴人は本件借地権を被控訴人久雄が承継していることを認識していたとは容易に認められない。よって控訴人代理人内野すずが昭和三六年四月の賃料改訂の交渉を被控訴人久雄を相手として行ったとしても、これをもって借地権譲渡について黙示的に承諾を与えていたということもできない。

(三)  したがって、永島正芳から被控訴人久雄に対する本件借地権譲渡について控訴人の承諾がなされたことを認めることはできないが、前示認定のとおり、被控訴人久雄は、義理の父である永島正芳が訴外会社から借地権の譲渡を受ける前に、昭和二六年頃から本件建物に正芳らと同居して生計を一にし、昭和二八年正芳が失職して収入が途絶した後は正芳、被控訴人治らを扶養し、本件賃貸借の賃料の支払を行ってきているのであり、控訴人の代理人内野すずは、訴外会社から永島正芳に対する賃借権の譲渡について、永島正芳と同居していた被控訴人久雄の経済的能力を考慮したうえ、承諾を与えたものであって、賃料の受領、あるいは賃料増額の交渉等も、おもに被控訴人久雄を相手方として行ってきているのであるから、かかる場合、右借地権譲渡は、これについて賃貸人たる控訴人の承諾がなくとも、賃貸人に対する背信行為と認めるに足らない特段の事情がある場合にあたるものと解するのが相当である。よって被控訴人久雄は、永島正芳からの借地権譲り受けをもって控訴人に対抗することができる。

(四)  被控訴人治は、前示のとおり、被控訴人久雄の母として本件建物に同居しているのであるから、被控訴人久雄の右借地権に基づいて占有しているものと認められる。

三、さらに、控訴人の本件賃貸借契約解除の主張について判断する。

1、被控訴人らは、控訴人の右主張は、故意または重大なる過失により時機に遅れて提出されたものであって、訴訟の完結を遅延せしめるものであるとして却下を求めるが、右主張は当審における第一回準備手続期日(昭和四一年六月二四日)に控訴人が陳述しているものであって、いちがいに時機に遅れているということはできず、被控訴人らの右申立は失当である。

2、≪証拠省略≫によれば、被控訴人久雄は昭和三八年一一月二〇日頃本件一の建物を別紙第二目録記載の現況のとおりに改築をなしたが、被控訴人久雄は右改築について建築確認申請をなしていなかったこと、またたとえ建築確認申請をなしても、本件土地は公道に至る通路が幅員約二メートルしかなかったため、これを拡張しないかぎり改築工事について建築確認は得られないものであること、右の改築工事中被控訴人久雄は港区役所麻布支所土木課建築係員から右の申請をなすよう警告をうけていたこと、控訴人は東京簡易裁判所に対し被控訴人久雄を相手方として不法占有を理由とする工事中止の仮処分申請をなし、右申請は認容されたが、被控訴人久雄は右の命令に対し異議を申し立ててその取消の決定を得て工事を完成したこと、当時麻布消防署予防課予防係員は、控訴人からの陳情をうけて右改築工事現場におもむいて防火上の危険性について検討したが、特に危険性を認めなかったこと、以上の各事実が認められる。

しかしながら、本件土地が建築基準法所定の幅員を有する道路に接していないことは、控訴人が本件土地を建物所有の目的で訴外会社に賃貸した当時からの事由であって、被控訴人の増改築が招来した問題ではなく、控訴人は、このような土地を建物所有の目的で使用収益せしめる債務を負担したものであり、右の改築工事が建築基準法に基づく確認申請をなしていなかったこと、同法の規制に反していたことは、被控訴人久雄が公法上負担する義務を怠ったことにはなるけれども、これをもって、控訴人との間の賃貸借にもとづいて本件土地を使用収益をなすにつき、賃貸人との間の信頼関係を破壊するものということはできない。また右改築工事それ自体は賃借権にもとづく当然の使用方法の範囲に含まれる行為であって何ら信頼関係を破るものではない。そして、他に右賃貸借における信頼関係を破壊する事実の主張立証はない。

また、控訴人は、訴外会社との本件土地賃貸借契約において、無断増改築禁止の特約がなされていたと主張するが、本件全証拠によるもこれを認めることはできない。

よって、控訴人の本件賃貸借契約解除の主張は採用できない。

四、以上のとおり、被控訴人らは本件土地につき原告に対抗しうる占有権限を有するものであるから、控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却した原判決は正当であって、本件控訴は失当である。よって、民事訴訟法三八四条二項、九五条、八九条により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺忠之 裁判官 山本和敏 大内捷司)

<以下省略>

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